灰と幻想のグリムガル 紅き眼のニ刀使い   作:kia

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第十話  結束

 

 

 

 人を寄せ付けない森の中にその屋敷は立っていた。

 

 深い森に佇むその屋敷は長年この場所に建っていた風格を持ちながらも、全くくたびれておらず手入れが行き届いている。

 

 それはこの場所に人が住んでいるという証明だった。

 

 その屋敷の中心にある大きなパーティールーム。

 

 そこでは男女の何人かが楽しそうに談笑し、傍には控えている給仕の姿が見える。

 

 さらに奥では一人の大男が酒を傾けていた。

 

 見かけは屋敷に住んでいるような高貴な生まれとは程遠い。

 

 鍛え抜かれた筋肉と身につけた屈強な鎧。

 

 そしてテーブルに立てかけてある身の丈にも達する大剣。

 

 彼は明らかに戦いに身を置く、戦士そのものだった。

 

 飲み干して空になったグラスに酒を注ぎ、再び口を付けると入口の扉が音を立て一人の女性が部屋へと入ってきた。

 

 「あら、いい物飲んでるじゃない?」

 

 容姿は美女と称して間違いなく、燃えるような紅い髪と瞳に引きつけられる。

 

 さらに目の引くスタイルの良さに、整った顔立ちは多くの異性を引きつける魅力を持っていた。

 

 胸当てなど身につけた戦士風の格好をしているが、それでも軽装の部類に入り、腰には獲物と思われる剣らしきものを携えている。

 

 彼女もまた荒事に身を浸す、戦士である事は一目瞭然だった。

  

 「おう、アラディナか。お前も飲むか? 結構な上物だ」

 

 「ご相伴に預かりたい所だけど、遠慮しておくわ。それよりもジュンヤに仕事を任せたんでしょう」

 

 「ああ。できりゃ断りたかったんだがな。クソッタレな貴族共からの依頼なんで、断りきれなかったんだよ。ま、あの程度の仕事、アイツなら問題ないだろ。それとも気になる事でもあんのか?」

 

 「ええ。……アナスタシアが動いてるっていう情報があるのよ」

 

 アラディナと呼ばれた女性は怒りを込めてその手を握りしめるとその名を口にする事も汚らわしいとばかりに吐き捨てた。

 

 「ほう、歌姫さんも仕事熱心な事だな。で、お前が出ると?」

 

 「ええ。万が一に備えてね」

 

 「ま、気負うなよ。予定数はすでに確保してあるんだ。無理して事を大きくする必要はないからな」

 

 分かっているとばかりに手を振るとアラディナはそのまま部屋を後にした。

 

 

 

 メリィの過去を聞いた翌日。

 

 何時も通りにダムローで狩りを行なった。

 

 しかしその雰囲気は何時も通りとはとても言えたものではなく、どこか緊張感が漂っていた。

 

 極力普通にしていたつもりの僕達でさえそう感じたのだ。

 

 漂う重苦しい雰囲気の理由を知らないメリィは特にそう感じていたに違いない。

 

 「メリィ、少し話があるんだけど」

 

 どうにか今日も無事に狩りを終えダムローからオルタナに戻ってきた所でハルヒロが声をかける。

 

 案の定、メリィは身構えるように自分の体を抱きしめた。

 

 メリィは自分がいつも通りに振舞っているつもりかもしれないが、明らかに緊張しているのがまるわかりだった。 

 

 「何? 早く済ませて」

 

 その表情を見て何となくだがメリィが考えている事を察した。

 

 多分、ここでパーティを抜けて欲しいと告げられる。

 

 そんな風に考えているんだろう。

 

 見当違いもいいところだ。

 

 そんな事を望んじゃいない。

 

 本当の仲間になりたい、ただそれだけだ。

 

 「……僕達にはさ、マナトって言う仲間が居たんだよ。神官で、いつも僕達を引っ張ってくれるリーダーだった。でも、死んでしまった。いや、僕たちが死なせてしまったんだ」

 

 マナトの事を口に乗せるのはやっぱりきつい。

 

 受け入れたつもりでも自分達の不甲斐なさや未熟さ、迂闊さを再確認するからだ。

 

 でも、ここできちんと言葉にしなくてはメリィは僕達に心を開いてはくれないだろう。

 

 「完璧主義者みたいなところもあったよ。俺達が怪我するとすぐに癒してくれたし、皆を引っ張ってくれたリーダーで、時にはモグゾー達と盾役になってくれた事もあった」

 

 「そやなぁ、ユメ達みんなを褒めてくれたりしてたし」

 

 「……うん、優しかった」

 

 「困ってた僕を……仲間に誘ってくれた」

 

 「うん。俺達はさ、元々あぶれ者の集まりなんだよ。マナトが誘ってくれなきゃ、そこらで野垂れ死にしてたかもしれない」

 

 皆がマナトの話をする中でランタだけは何も言わずソッポを向いている。

 

 でも、その表情はいつもと比べても暗く、強張っているように見えた。

 

 彼なりに思うところがあるのだろう。

 

 「そんな僕達を纏めようと実質マナトはリーダーを含めて三役こなしてた。皆、凄い奴だと思ってた。頼りになる奴だったんだ……いや、頼りにしすぎたんだと思う。それが当たり前で、誰もその負担に気が付かなったんだ」

 

 きっとマナトは凄い苦労をしたはずだ。

 

 皆からのプレッシャーも感じていたと思う。

 

 でもそれをおくびにも出さず自分の役目をこなしていた。  

 

 メリィは黙って話を聞いている。

 

 でも気が付いたと思う。

 

 置かれている境遇が自分と似てる事に。

 

 「マナトが居なくなって、僕達皆が駄目だと思ったよ。僕は何があっても続けるつもりだったけど、今のパーティのままで続けるのは無理かなって思ってた。でも仲間の一人が気づかせてくれたんだ。僕達全員で仲間なんだって。当たり前の事だけどね。その中にはさ、メリィも含まれてる」

 

 「あ」

 

 「何で仲間になったかじゃない。今、仲間であるかって事が大事なんだ。メリィは僕達の仲間だ。僕はそう思ってる」

 

 「私も……仲間だと思ってる」

 

 意外にも一番最初に手を上げたのはシホルだった。

 

 マナトに代わる新しい神官であるメリィに対して一番複雑な感情を抱いているのはシホルだと思っていた。

 

 でも皆が思っている以上に彼女は芯が強いのかもしれない。

 そしてそれに続くようにハルヒロやユメ達も手を上げた。

 

 「もちろん、俺も」 

 

 「そやなぁ、メリィちゃん可愛いしなぁ」

 

 「僕は当然仲間だと思ってるし、メリィさんが居ると心強いよ」

 

 「俺もちょっとした傷で騒ぐのはな、反省してなくもねーよ。ま、仲間なんじゃねーの」

 

 「ランタが反省するなんて、明日は雪でも降るかもな」

 

 「茶化してんじゃねーよ! 俺だって反省することくらいあるっつーの!」

 

 ハルヒロとランタの漫才を聞きながら、何も言わずにいるこちらを見ているメリィの方へ視線を向けた。

 

 正直、メリィの昔話を聞いて何を話せばいいのか分からなかった。

 

 そこでみんなで話し合って、マナトや自分達の事を話す事に決めた。

 

 メリィの過去を本人の許可なく聞いてしまった罪悪感もあったけど、それ以上に自分達の事を知ってもらう方が重要だと思ったのだ。 

 

 「とりあえず、俺達からの話はそれだけ。それから俺達、ギルドの関係者から仕事を頼まれる事になったんだけど、メリィにも紹介したいから、時間取れないかな? その後みんなで食事とかも行きたいし」

 

 「わ、私は……いい。……まだ」

 

 「そっか」

 

 メリィは迷っているように俯いている。

 

 まあ、いきなりすべて受け入れるという事はできないと思う。

 

 それでも――― 

 

 「それじゃ……また、明日」

 

 小声ではあったけど、去り際にメリィは確かにそう呟いていた。 

 

 「一歩前進かな」

 

 「うん」

 

 ようやくパーティとして一歩が踏み出せた実感に僕は安堵のため息を漏らした。

 

 

 

 

 今日も今日とて僕達はいつものようにダムローへ出かけている。

 

 朝が来て、狩りに出かけ、帰ってきてから、夜はみんなで食事に出かける。

 

 そして毎晩行われている訓練をこなし、宿舎に戻って休む。

 

 それが最近の行動パターンだった。

 

 しかしそれも少し変わってきていた。

 

 アナスタシアへの面通しが済んだメリィが訓練や夜の食事に加わり、各々が極力お金を節約して装備の充実や新たなスキルの習得に励んでいる。

 

 ユキトの装備は初期から着込んでいる鎖帷子の上に中古の軽装の鎧を買って着込んでいる。

 

 ランタの革鎧よりも丈夫で動きやすいこの鎧は結構お気に入りだったりする。

 

 特に手甲が軽い上に頑丈で盾代わりにもできる優れものなので重宝していた。

 

 武器のショートソードはかなりくたびれてるけど、研げばまだ十分に使える。

 

 買い替えても良かったのだが、余計なお金はスキルやモグゾーの装備に回した方がいいというハルヒロの案に賛同し、節約する事にしたのだ。

 

 そのモグゾーは皆からの寄付もあって、板金鎧、正式名称『甲冑』を揃えつつある。

 

 この甲冑という奴が馬鹿みたいに高い。

 

 一式揃ったものを買おうとすれば、何十ゴールドと掛かる。

 

 中古でそれぞれの部分を別個に買い、鍛冶屋でモグゾーに合わせてもらうのすら数十シルバーは下らない。

 

 義勇兵見習いの懐には厳しい話だが、命を守る為には必要な事だ。

 

 他のみんなも装備を整え、新たなスキルを身につけている。

 

 準備は着々と整いつつあった。

 

 準備というものは入念に行っておくに越したことは無い。

 

 ましてや命がけで稼いでいる義勇兵見習いは尚の事だ。

 

 「よう、ゴブリンスレイヤー!」

 

 「調子はどうだ? ゴブリンスレイヤー!」

 

 シェリーの酒場に足を踏み入れたユキト達に待っていたのは相変わらずの洗礼だった。

 

 ゴブリンスレイヤーというのは名の通り、ゴブリンばかりを狙う義勇兵につけられる蔑称だ。

 

 ゴブリンを相手にする義勇兵は精々新米だけ。

 

 その新米すら、いずれはゴブリンなど見向きもしなくなる。

 

 それを執拗に狩り続けるのは義勇兵として恥ずかしいという事らしい。

 

 「うっせーよ!」

 

 「ほっとけ、ランタ」

   

 それが正解だ。

 

 最初はランタも何度も意地になって言い返していたが言うだけ無駄。

 

 疲れるだけなのだ。 

 

 不満そうなランタを窘め、奥にあるいつものテーブルに座ると給仕のお姉さんにそれぞれが注文する。

 

 そして商品が来る前に各々話を始めた。

 

 「ようやくダムローの詳細な地図も出来てきたし、何とか間に合ったかな?」

 

 「そうやなぁ、シアさんに頼まれた仕事の日は明日やったし」

 

 「うん。装備やスキルも何とか整えられた」

 

 「へ、これであん時の借り、少しは返せるな」 

 

 「油断しないで。何が起こるか分からないのが戦場だから」

 

 実は最近ゴブリン狩り以外にもダムローで行っていた事があった。

 

 それがダムローの詳細な地図の作製だ。

 

 以前にも手作りで地図は作成していたのだが、アレは大雑把過ぎて使いにくかった。 

 

 昔、アラバキア王国が統治していた頃の地図もあるにはあるらしい。

 

 しかし荒廃し尽くしゴブリンたちの根城となったダムローは様変わりしすぎており、全く当てにならないらしい。

 

 「メリィの言う通りだ。皆、改めて説明するけど、明日の俺達が任された仕事は一つ。周辺に存在する敵の露払いだ」

 

 アナスタシアから告げられた仕事は驚くほどの難しい物ではなく、ダムローにいる敵の排除だった。

 

 曰く近々ダムローで反ギルドの連中が現れるという情報を掴んだらしく、彼女の仕事はそれの排除らしい。

 

 その時、邪魔になる敵の排除が必要との事。

 

 しかしアナスタシアの力ならゴブリンなど相手にならない。

 

 露払いなど必要ないと思うのだが、もしかするとユキト達に経験を積ませる為なのかもしれない。

 

 何にしろ、任された以上はきっちり仕事をこなすだけだ。

 

 「でもよ、反ギルドの連中、ダムローで何すんだ?」

 

 「さあね。何であれまともな話じゃないのは間違いないと思う」

 

 「俺達たちは自分の仕事の集中しよう。それにランタもさっき言ってたけど、借りを返す時だ」

 

 「ま、今日の前哨戦は十分にやれたからな」

 

 ランタがテーブルに運ばれてきたビールを呷りながら、ニヤリと笑う。

 

 油断は禁物だけど、確かに今日の戦いは悪くなかった。

 

 今日はダムローで遭遇した五匹のゴブリン達を苦も無く撃退できた。

 

 装備やスキルが揃ってきた事もあるけど、それ以上に毎晩の訓練も身になってきているんだと思う。

 

 「とにかく明日に備えて今日は英気を養うっていうか。乾杯しよう」

 

 「たまには良い事言うじゃねーかよ、ハルヒロ。俺ほどじゃねーけどな」

 

 「……何時、良い事言った?」 

 

 「あ、あははは、とにかく乾杯」

 

 ポツリと毒を吐くシホルの独り言をあえて聞かなかったフリをすると皆とテーブルの中央でグラスをカチンと軽く合わせた。

 

 

 

 

 正直にいえば今日という日を待ち望んでいた。

 

 その所為か早くから目が覚めるとすぐさま準備と整え、気が付けばマナトが使っていたベットの前に立っていた。

 

 そこには主の代わりに杖と神官服が置いてある。

 

 ベットの前に立っていたのはユキトだけではない。

 

 同じく早くに目覚めていたハルヒロもモグゾーもランタも、そして少し遅れてユメ、シホル、そして昨日は義勇兵宿舎に泊まったメリィも集まってきた。

 

 「……いよいよだ、マナト。行ってくるよ」

 

 ハルヒロが全員の顔を見渡すと、力強く頷いた。

 

 「良し、皆、行こう!」

 

 手持ちの装備をチェックし、いつも通りにオルタナ北門へ向かうとそこには銀髪の女性が立っていた。

 

 「来たか」

 

 「おはようございます、アナスタシア師匠」

 

 「「「おはようございます」」」

 

 門の前に居たのはアナスタシアだった。

 

 いつも通りの軽装と長剣を携え、隙のない立ち振る舞いで自分達を待っていた。

 

 しかしその雰囲気は普段とはまるで違う。

 

 笑顔を浮かべてはいるが、研ぎ澄まされた刃のような雰囲気を醸し出している。

 

 修行中の駆け出し義勇兵見習いでもそのくらいは分かる。

 

 「さて、今日はいよいよお前達の初仕事になる。段取りは以前に説明した通りだ。連中の相手は基本的に私がする。お前達は雑魚の掃除だ。ハルヒロ、現場の指揮はお前に任せる」

 

 「は、はい」

 

 「そう緊張するな。周りにいるのはゴブリンかホブゴブリンばかりだ。連中が他の厄介な奴を連れている可能性もあるが、そっちは私がやるから安心しろ」

 

 「え、反ギルドって他の異種族を連れてるんですか?」

 

 「正確には少し違うが……時間もないし、ダムローに向かいながら少しだけ話そう」

 

 険しい表情のままダムロー方面に歩き出したアナスタシアの後を追いつつ、話に耳を傾ける。

 

 「前にも言ったが反ギルドの連中はギルドの掟に反したり、あぶれた連中が作った組織だ。当然、仕事も非合法、つまりは大っぴらにはできないものが多い。その中で連中が力を入れているものの一つが賭博だ」

 

 「賭博、ですか?」

 

 一応オルタナにもそういった類の場所があると聞いた事はある。

 

 確か場所は娼館などが立ち並ぶ区画にあった筈だ。

 

 もちろん、ユキト達が足を運んだことは一度としてない。

 

 というかその日食べる事すら、どうにかでやっているユキト達に賭け事に勤しんでいる余裕など欠片もないのだ。

 

 「ああ。オルタナにもあるにはあるが小規模で一応は合法だ。だがアラバキア王国の都市部に行けばそれなりの規模のカジノや闘技場がある。その中でも非合法の賭博に関係する場所はすべて奴らが取り仕切っている。特に地下の闘技場は何でもアリだ。人間同士の殺し合いから異種族を使った余興までな」

 

 にわかには信じがたいというか、正直想像もつかない世界だった。

 

 できれば一生縁がない方が良いような世界でもあるようだ。

 

 ハッキリ言えば関わり合いにはなりたく無い。

 

 「じゃあ、今回の件もその……」

 

 「そうだ。連中が捕獲した異種族をその闘技場まで運ぶルートの一つがダムローを経由するらしい。それが本当かどうかを確かめるのも今回の目的の一つだ」

 

 「……そんなの見て何が楽しいのか理解できない。誰が見るのかしら?」 

 

 メリィに同意見だ。

 

 悪趣味の一言に尽きる。

 

 「見たがるのは裏で幅を利かせている碌でもない連中と後は大体が腐った貴族連中だ。貴族の奴らは恵まれている分、普段から娯楽に飢えている。地下の闘技場にしても、反ギルドにしても出資者は貴族だからな」

 

 「は、貴族が?」

 

 「貴族からしてみれば、反ギルドの連中は非合法の仕事を頼める便利な駒だ。しかも娯楽まで提供してくれる得難い存在でもあるんだよ」

 

 「……今、アラバキア王国は戦争中ですよね?」

 

 「後方の安全な場所で偉そうにしているだけの連中にそんな事理解などできないさ。所詮は他人事で、本気にしていないんだよ」

 

 吐き捨てるように呟くアナスタシアの表情が普段からは想像できないほどに険しい。

 

 もしかすると個人的に貴族に対して何か因縁でもあるのかもしれない。

  

 「ま、概要としてはこんな所だ。後、これは仕事に直接関係ないが一応言っておく。お前達も上手い儲け話などには乗るな。そう言った話に限って何か裏があるのは当然だからな。特にランタ」

 

 「な、なんで俺なんすか!?」

 

 「お前が一番引っかかりそうだからだよ」

 

 「確かに」

 

 「うん」

 

 「お前ら少しは俺を信用しろっての!」

 

 ランタの怒鳴り声でパーティを覆っていた堅苦しい雰囲気が少し和らぐ。

 

 そこで丁度ダムローの入り口が見えてきた。

 

 「さて仕事を開始する。私はダムロー中央部に位置する広場まで駆け抜ける。お前達は後からついて来い」

 

 アナスタシアは剣の柄に手を置き、僅かに腰を落とすと同時に一気に駆けだした。

 

 走り出した余波で突風が巻き起こり、風が収まった頃にはアナスタシアの姿は何処にもない。 

 

 「相変わらず凄いなぁ、シアさん」

 

 ユメの間延びした声を聞きながら、内心確かにと頷く。

 

 とにかくあの人の戦闘能力の高さは尋常ではない。

 

 一騎当千。

 

 そんな言葉が相応しいと思う。

 

 だからこそ気にもなる。

 

 彼女が一体どうやってあれだけの力を得ているのかが。

 

 「あっちは任せて大丈夫なんだし、俺達は自分の事に集中しよう。多分、今までで一番大変な仕事になると思う。でも俺達全員ならやれる」 

 

 「その根拠は?」  

 

 メリィがジッとハルヒロの方を見つめる。

 

 その目は非難している訳はない。

 

 表情は変わらないが、どこか不安気にも見えた。

 

 「毎晩の訓練のお陰で前よりも全員が強くなってる。モグゾーやユキトの防御力が上がったおかげで、攻撃に集中できるようになった。シホルの魔法で敵の無力化が可能になったし、ユメの弓も当たるようになった。俺も蠅叩(スワット)で一体は相手にできる。何よりメリィがいる」

 

 「何でそこで俺の名前が出てこねぇんだよ!!」  

 

 「ランタはなぁ」

 

 「おい!」

 

 「冗談だって。ランタもスキルの扱いが大分上手くなったよな」

 

 「は、初めからそう言やいいんだよ」

 

 照れたようにランタがソッポを向くと、それを見ていたシホルが「気持ち悪い」と呟いた。

 

 どうやらシホルはランタに対する遠慮が大分無くなってきたみたいだ。

 

 「……私は……そんな当てにされても、困る。私は仲間を死なせた、神官だから」 

 

 辛そう唇を噛みながら俯くメリィの肩にユメとシホルが気遣うように手を置いた。

 

 トラウマはそう簡単に払拭できない。

 

 でも―――

 

 「メリィ、それは前にも言ったけどお互い様だ。僕達だって神官を死なせたパーティなんだ。それに僕も怖いよ。前に出て戦う時、後ろの皆が無事なのかってさ。でも仲間だから、メリィを信じてるから、後ろを任せるよ」

 

 「言っとくけど俺は殺しても死なねー不死身の男だからな! 余計な心配してんじゃねーよ!」

 

 「フフ、ランタくんらしいね」

 

 「笑ってんじゃねーぞ、モグゾー! この中じゃ前に出るお前とユキトが一番あぶないんだからな!」

 

 「う、うん、大丈夫。僕も皆を守れるように頑張るから!」

 

 そこでメリィはようやく顔を上げると、僅かに口元を緩ませた。

 

 もしかして今、笑ったのだろうか?   

 

 最近、ようやく雰囲気も良くなってきて食事とか買い物とか一緒にするようになった。

 

 でも笑った所を見たのは初めてかもしれない。

 

 「どうしたの、ユキ?」

 

 「へ? い、いや、何でも無いよ」

 

 思わず見とれていたなんて恥ずかしくて言えない。

 

 というかメリィにまでユメみたいな呼び方された。

 

 「……私は、二度と仲間を死なせたりしない。ハル、ユキ、シホル、ユメ、ランタ、モグゾー、貴方達の命、私が絶対に守るから」

 

 「よし。これ以上師匠を待たせる訳にはいかない。そろそろ行こう!」

 

 ハルヒロが皆の前に手を差し出すとそこに全員が手を重ねる。

 

 「ファイト!」

 

 「「いっぱーつ!!」」

 

 いつも通りの掛け声をかけ、全員が決意と共にダムローの中に足を踏み入れた。 

 


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