転生少年ジーノ君の冒険譚 作:ぷにMAX
アランヤ村からアーランドまで、馬車で旅して14日目。
さすがに、ジーノにも、トトリにも飽きが来ていた。
「ペーターの兄ちゃんよ、まだ着かねえのかい?」
馬車の後ろのかごの中で、ジーノが寝っ転がりながら訪ねる。
「あと一日ってとこだ。もう少し、我慢しろ」
「聞いたか、トトリ。あと一日我慢すれば、このつまらん馬車の旅からもおさらばできるんだ」
「うう、やっとアーランドに着くんだ」
アーランドまでの道は、きちんと舗装されているわけでもなく、悪路のため、荷台の中ではひどい揺れが起こっていた。
ジーノは出発して、割と最初期になれたのだが、トトリは一週間経っても揺れになれることができず、馬車酔いに悩まされていた。
念願の冒険者になることができると、アランヤ村から出発してすぐの時は、二人とも浮かれていたのだが、時間がたつにつれて、その元気もなくなってくる。
しかし、あと一日我慢すれば、アーランドにたどり着くことができる。
王宮で冒険者登録すれば、悲願だった冒険者となることができるのだ。
その時、トトリの眼前で、ジーノの顔つきが変わった。
かごに囲まれていて、ここからは外の様子を見ることはできない。
しかし、ジーノは見えないながらも、外の様子を察知しているようであった。
「どうしたの、ジーノく―――――」
「うわああああああ」
トトリの声を遮って、馬を動かしていたペーターが、大声をあげながらかごの中に入ってきた。
「ど、どうしたんですか、ペーターさん?」
「お、お前ら、早く逃げろ!も、モンスターが――――」
ペーターが言い終わらぬうちに、かごに衝撃がはしった。
何度も、ゴツン、ゴツンと、何かを打ち付けるような音が聞こえる。
「も、モンスター!?」
「ああ、でかいやつだった。逃げるぞ。ここからならアーランドまでそう遠くはない」
「で、でも……」
「おせえよ。走って逃げ切れるわけがない」
そう言うと、鞘に入った愛剣を腰に差し、外に出ようとする。
「ジ、ジーノ君、どうする気?」
「戦う」
なんとも軽く答えたジーノの答えに、パニックになっている二人が驚愕する。
「む、無茶だよ」
「そうだ。早いとこ、逃げちまった方がいい」
引き留める言葉にかまうことなく、かごの外に躍り出た。
思わず、感嘆の声が、ジーノの口から漏れ出た。
かごの上に乗って、こちらをにらみつけているモンスター。
猛禽類特有の、鋭いくちばしと、獰猛な目。
肉食獣のしなやかで、獲物を狙うのに適した肉体。
何より、一対の翼を大きく広げることで、相手を威嚇する。
かん高く、鋭い声が、辺りに轟いた。
「……やる気じゃん、こいつ」
思わず、口角が上がる。
アランヤ村周辺、それも立ち入りが許可されている場所には、今のジーノを満足させるようなモンスターは、いなくなっていた。
そして明日、ようやく冒険者免許をもらうことで、その道が開けるのである。
普通なら、ここは逃げるべきなのだろう。
もうすぐ、アーランドなのだ。
怪我をするようなことは、避けた方がいいに、決まっている。
しかし、
「……逃げるかよ」
相手の目が、勝負しろと語りかけてくる。
生きるか死ぬかの世界。
獣が、自分のすべてをかけて、ぶつかり合い、勝者だけが、その肉を食らうことができる野生の世界。
ぞくぞくしてくる。
軽く、手に鳥肌がたっているのがわかる。
すらりと、鞘から剣を抜いた。
鈍い銀の色で輝く、ジーノの武器である。
相手の、太く、鋭いかぎ爪からすれば、なんと頼りない武器か。
しかし、それを別の要素で補う。
パワー?スピード?
どちらも、負けている。
ふふん。
生物としての性能では、相手の方が上だろう。
しかし、勝負は、それだけでは決まらない。
相手も、こちらの敵意を見抜いている。
こちらをにらんでいる視線が薄く、鋭くなっていく。
「ケェェェェッ!!」
モンスターが、かごを蹴った。
その衝撃で、かごが揺れた。
中のトトリたちの悲鳴が聞こえる。
ジーノは、右に跳んで、モンスターの攻撃を避けた。
すぐに起き上がり、追撃に備える。
ゆったりと、しかし油断なく、モンスターが体制を整える。
もう、視線はジーノにしかない。
認めている。
自分の敵となる人物を、認めているのである。
隠しきれぬ笑みを浮かべながら、ジーノは構えた。
いつもと同じ、正眼の構えだ。
モンスターが、ゆっくりと、ジーノの周りを回り始める。
ジーノも、視界から外さないよう、ゆっくりと体制を変える。
たまらない、緊張感が、ここにはあった。
空気の糸が、ピンと、張っているようである。
その糸が切れた時こそ、勝負の時だ。
じりじりと、両者見合ったままの時であった。
「じ、ジーノ君!?」
さっきモンスターが蹴った衝撃で倒れたかご。
そこからようやく這い出してきたトトリの言葉が、引き金となった。
「グルォッ!!!!」
モンスターが、瞬時に体を落とし、そのしなやかな筋肉で、こちらに跳躍してきたのである。
モンスターの巨体が、数瞬のうちにジーノに迫ってくる。
驚異的なダッシュ力であった。
「なろッ!!」
ジーノもその動きに反応している。
モンスターの着地地点から遠のき、次の瞬間に斬撃を入れようというのである。
モンスターの攻撃が、空振りする。
しかし、着地と同時に体をひねり、目標を再度定める。
まだ、その両の目は、ジーノに固定されたままだ。
補足されているのにかまわず、ジーノが突貫する。
わずかに崩れている体制を整えている間が勝負だ。
狙うは、まず足。
機動力をそぐのである。
まずは、相手の右――――、
「らああああああああ!!!!」
左腰に構えられた剣に、青い光がまとわりつく。
張り上げる声に呼応するように、その光も強くなっていく。
左薙ぎの斬撃だ。
「ギャアアアアアア!!!」
モンスターの右前脚から、赤黒い血が噴き出た。
ガクリと、モンスターの体が
――――もらった!!
そのまま、腰を入れ、右切り上げの二の太刀。
青い色から黄色へ、ついには赤色化した刀身。
それでもって、モンスターの命を刈ろうとする。
しかし、
――――キン
「――――あれ?」
いつも感じているような、重さがどこかに行ってしまった。
代わりに、眼前のモンスターの足元に、なにやら鈍い色で輝く物体が。
視線を剣に向ける。
――――なかった。
刀身が、そこにはなかったのである。
「……やば」
モンスターの体が、起き上がる。
恐る恐る視線を戻すと、そこには復讐に燃える獣の眼が。
足の痛みは、怒りがかき消しているようであった。
先ほど傷つけた右足が持ち上がり、こちらに振り下ろされる。
後ろに跳び、回避する。
風圧が、顔を打った。
モンスターが咆哮する。
どうやら、何がなんでも、こちらのことを許さないつもりらしい。
一対の翼をはためかせ、宙に浮きあがる。
ジーノが見ている前で、モンスターは高く、高く舞い上がっていく。
「おいおい、まさか……」
上空の太陽を隠すかのように飛び上がったモンスターが、宙で動きを変え、こちらに飛び込んできた。
慌てて、ジーノが横に跳ぶ。
爆音が轟き、先ほどまでジーノがいた場所に、小さく土が掘られた跡が残った。
直撃はさけたものの、衝撃によって飛び散った土砂が、ジーノに降り注いだ。
さて、どうしたものか……。
怒りを宿し、こちらをにらみつけてくる相手の方を見ながら、ジーノは思った。
武器がないことには、こちらも手がない。
ちらりと、トトリたちの方に目をやる。
何か、こちらに向かって言っているようであるが、頭に入ってこない。
それよりも、目の前の相手をどうにかする方が先である。
……ここで
しかし、素手で倒すのも、非力そうなガキにしては、変な話だ。
メルヴィアは別だ。
あれはいろいろな場所に肉が詰まっている。
それはいい。
自分なら、ジーノなら、この局面をどう切り抜けるか。
モンスターの突進をかいくぐりながら、ジーノは思案した。
……思い浮かばん!!
持ち前のすばしっこさで、モンスターの攻撃を避けまくっていた時であった。
「一閃!!」
ジーノの後ろから飛び出してきた影が、モンスターを一刀のもと、切り裂いてしまった。
上段からの、唐竹割。
加えて、剣からほとばしっている電撃によって、モンスターは断末魔の悲鳴を上げて息を引き取った。
「大丈夫か?」
黒の装束をまとった、騎士風の男だ。
先ほどのモンスターにも負けない、鋭い眼光だ。
何もしていないのに、こちらのことをにらみつけているようにも感じる。
「すまない、助けが遅れてしまった」
「とんでもないです。間に合ってよかったなぁ」
危険が去ったからか、先ほどまで傍観していたペーターが、笑顔で出てきた。
「こんなところまで、モンスターが出てくるとはな……。すまない、私たちが、見識を怠ったばかりに」
「い、いいですって。終わったことですから、なぁ」
ペーターが、こちらに肯定を求めてくる。
ジーノも同意の返事を送ると、黒い騎士が息を吐いた。
どうやら、危険は去ったようである。
「アーランドまで行くのか?」
「はい。こっちの二人が、冒険者になるために、王宮に登録しにいくんですよ」
なるほどと、騎士の視線がトトリとジーノに注がれる。
トトリがジーノの元に走り寄ってくる。
「ジーノ君、あの怖い騎士さんに睨まれてるけど、何かあったの?」
「知らねえよ、あんなおっさん」
小声で話しているつもりが、どうやら聞こえていたようである。
二人が話した言葉に、若干のショックを受けながらも、
「……まあ、いい。じきにアーランドに着く。それまで、私が護衛しよう」
「本当ですか!?いやぁ、よかったよかった。騎士様がいてくれるなら、安全な旅間違いなしですね」
「そうなるよう、私も気を配るつもりだ」
だから、危険をあおるような行動は、以後慎むようにと、最後に付け加えた。
視線は、ジーノに向けられていた。
◆
ガタガタと揺れる馬車の中で、ジーノとトトリが座っている。
ジーノの横には、折れた細剣が入っている。
柄はそのままだが、刀身が真っ二つに折れてしまっており、使い物にならない。
「ジーノ君、その剣、どうするの?」
トトリが訪ねた。
「どうもしねえよ」
「でも、子供の時から使ってたものだったのに……」
「……今回は、俺のミスだ。切り方が悪かった」
「――――」
「……なんでお前が落ち込んでいるんだよ?」
「だって……」
「古くなってたのは確かだし、いつかは買い換えようと思ってたんだ。それが、今日になっただけさ」
そう言うと。ジーノは馬車の窓から外を見た。
そこからでも、人の気配がわかる風景に変わっている。
あれから一日かけて、一行はアーランドに着いたのである。
◆
アーランドの街並みは、アランヤ村とは全然違っていた。
石で舗装された道路。
レンガが積み立てられ、2階も3階立てもありそうな、大きな家。
何より、立派な城がある。
田舎からはじめて都会にやってきた二人は、その光景に目を輝かせた。
本来ならば、いろいろ見て回りたいところなのだが、明日の夕方に、馬車が発射してしまう。
あまり、時間は残されていないのだ。
街中を探検したい気持ちを抑え、二人は王宮の方へと向かっていった。
王宮の中の、元受付に、冒険者ギルドの受付があった。
「しつっこい!やんないったらやんないっつってんでしょ!」
「理由を言いなさい!なぜこの私が、冒険者の資格を得ることができないのか!」
受付付近には、なにやら人だかりができており、その中心から、大きな声が聞こえてくる。
なにやら、言い合いをしているようであった。
トトリとジーノが近づいていくと、言い合いをしている人の様子も見えてきた。
金髪で、髪を後ろで束ねた、小さな女の子と、黒い髪を右で束ねた女の子である。
二人とも、高貴そうな雰囲気を身にまとう、お嬢様のようだった。
しかし、今は大声で言い合いをしているので、その威厳も半分になってしまっている。
「あんたみたいな礼儀知らずの娘にやる冒険者の資格なんて、ここにはないのよ」
「礼儀知らずなのはあなたでしょ!?シュヴァルツラング家の当主である私に対して、なんて口の利き方――――」
「あーら、シュヴァルツラング家の方でしたの。私、フォイエルバッハ家の令嬢でございますの。同じ貴族仲間でしてよ」
「貴族の家名を金で買った、成金と一緒にしないで」
「あっそ、つまり、貴族かどうかなんて、金で買える程度のものじゃない。くだらない」
「なんですって!?言わせておけば……」
両者の言い合いはエスカレートしていく。
形勢としては、金髪の方が上である。
舌戦で言い負けている黒髪の方が、いつ武力行使に出るのか、周りもはらはらして見守っている。
両者の間の空気が、ピリピリと固まっていく。
「ジーノ君、あんまり近づくと、危ないよ」
「いや、あれ、いつまで続くのかなって思って」
子どもの喧嘩だ。
そのうち収まるだろうと思ってはいるが、いかんせん今は少し機嫌が悪い。
2週間も馬車に揺られ、せっかく出会った獲物を、他人にとられる。
さらには、長年使ってきた愛刀が、真っ二つに折れてしまうという、このところよくない事が続いていたのである。
そこまでアーランドに長居はできない身としては、こちらでやっておきたいことは、ここにいる間にやっておきたい。
ぶっちゃけ、早くしてほしいのだ。
「ちょっと行ってくる」
「え、じ、ジーノ君、どこに行く―――――」
ヒョイっと、ジーノがずれた。
ジーノの服を掴むつもりだったトトリのバランスが崩れ、たたらふみ、そのまま足を滑らして、転んでしまった。
起き上がったトトリの眼前には、青と黒の瞳が一対ずつ、こちらを見ていた。
「悪い」
そうジーノが漏らした言葉を、トトリは聞いていなかった。
「何よあんた」
「私の邪魔をする気?それなら、容赦はしないわよ」
二人とも勝気な瞳で、こちらの様子をうかがっている。
「あわわ、ち、違うんです!こ、これは、その、転んだんです、転んだだけなんです!」
巻き込まれた!と、トトリは理解した。
騒動の火種となったジーノの方をちらりと見ると、来客用のいすに座って、こちらの様子を見ている。
あくびをしている姿が、憎らしい。
「わ、私、冒険者の資格をもらいにきて……」
「……あのね、今の状況を見て、言うべきかを考えて――――」
金髪の少女の視線が、トトリの杖に注がれている。
「それって、ロロナの杖じゃ?」
「え、あ、はい。これはロロナ先生からもらった杖で――――」
「もしかして、あんたがロロナの言ってた一番弟子?」
トトリが首肯すると、それまでのきつい目つきはどこかにいってしまい、一転して優し気な顔で、
「それを先に言いなさいよ!!冒険者の資格なんて、いくらでもあげるから」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!そんな田舎臭い子にはあげられて、どうして私には、上げられないわけ!?」
それに待ったをかけたのは、先ほどの黒髪であった。
金髪の受付嬢らしき人物は、どこかあきれたような表情で、
「なんだ、まだいたの」
「あたりまえよ!」
また口論が発生するかとも思われたが、トトリがこの国で著名な錬金術士『ロロライナ・フリクセル』の直弟子であり、貴重な錬金術士の一人であることを聞いて、黒髪のお嬢さんは、トトリの名前を聞いて、去っていった。
トトリには、まだ困惑が残っているのだが、一応、場は収まったのである。
「終わったかー」
ジーノがのそのそと歩いてくる。
トトリは頬を膨らまし、
「ジーノ君、ひどい!!」
「悪かったよ。なんというか、めんどくさくてな」
「ほら、何してんのよ。こっちに来て」
金髪の受付嬢、『クーデリア・フォン・フォイエルバッハ』が、受付カウンターの向こうから呼んでいる。
その声に慌てて二人は向かう。
クーデリアは、冒険者ギルドの受付嬢として働いており、ここでの業務のほぼすべてを取り仕切っているのだという。
トトリのことを知っていたのは、彼女の友達が、トトリの師匠であるという関係からだそうだ。
親友の彼女の口から、よく弟子のことを聞かされていたらしい。
クーデリアの手から、二人分の冒険者免許が手渡される。
「はい、冒険者免許二人分ね。これであんたたちも、晴れて冒険者の仲間入りよ」
ついに、ここまで来たのである。
割とあっさりもらえたことに、トトリは困惑していたが、ジーノにはどうでもよかった。
待ってろ、まだ見ぬ世界。
見つけるぞ、美人のねーちゃん。
割と俗っぽいことを考えているジーノの隣で、トトリとクーデリアの話は続いていく。
「冒険者になるのは、簡単だけど、一流の冒険者になる道は、険しいから」
冒険者免許はポイント制であり、様々なところに冒険したり、モンスターを討伐したり、依頼を達成したりすることで、ポイントがたまっていく。
ある一定のポイントが貯まると、冒険者免許のランクを上げることができる。
ランクが上がると、行ける場所が増えたり、使用できる特典が多くなったりする。
そして、
「今渡した免許だけど、有効期限は3年間だから、それだけは絶対に忘れないで」
「有効期限なんてあるのか?」
「それを越えたらどうなるんですか?」
「ランクが上がって、あんたたちがちゃんと冒険者として認められたら、期限を延長してあげる。逆に、ランクが低かったら、免許取り消しだから」
「はぁ!?どういうことだよ?」
「真面目に冒険者として活動してれば、達成できるノルマよ。そこまで厳しいわけじゃないわ」
とることは容易な冒険者免許を量産するだけで、ぼんくら冒険者が増えても困ると、クーデリアがこぼす。
具体的には、冒険者ランクDIAMONDらしい。
今は、GLASS。
ランクの更新には、クーデリアのところに報告に行かなければならない。
三年で、6つのランクを更新できるポイントを集めなければならないのだ。
「うう、私にできるかな?」
「ある程度こまめに私のところに来てくれたら、今どんな状況か教えることができるわ。さっきも言ったけど、真面目に冒険者活動してたら、それほど難しいわけじゃないから、きっとできるわよ」
それから、クーデリアはトトリに、ロロナのアトリエの鍵を渡した。
今は、どこかをほっつきあるいている師匠を探すために、どこかをほっつき歩いているため、アトリエは空なのである。
トトリたちが今日、一泊する宿を持たないので、そこで一夜あかせと助言してくれたのだ。
「あたしも時間があったら、明日見送りに行くから」
そういうと、二人は、クーデリアと別れたのだった。
◆
「俺、鍛冶屋によってるから、先に行っててくれ」
「ええ!?ジーノ君、どこにあるのかわかるの?」
「そこに看板が立てかけてあるだろ」
「ああ、本当だ。『漢の武器屋』?」
「アトリエも、ここの道をまっすぐ行ったところっぽいし、とりあえず、剣がどうなるかだけ聞いてくるわ」
「わかった。じゃあ、先にアトリエに行っているね」
トトリと別れると、ジーノは鍛冶屋の中へ入っていった。
炉から漏れ出る熱気で、部屋の中が暑かった。
「いらっしゃい」
のしのしと、出てきたのは筋骨隆々の大男。
頭が光っているのはご愛嬌というところだろう。
彼は、ハゲル・ボーネスト。
この王国で唯一の武器屋で、鍛冶職人である。
「こんちは、ちょっと見てほしいもんがあるんだけど」
「おう、何だい?」
ジーノが鞘から剣を取り出すと、ハゲルの眼が細まった。
折れた刀身と、柄とを接着させながら、
「こりゃあ、ただの経年劣化ってわけじゃなさそうだな……」
お前、何をやったと、目で語りかけてくる。
ジーノは気まずそうに、
「ちょっと力を入れすぎて――――」
「それだけじゃねえだろ?」
そう言うと店の奥に消えていき、しばらくして戻ってくる。
手には、一振りの長剣が。
「
先ほど持ってきた剣を、投げてよこす。
鋭いな、とジーノは思った。
さすがは、長年武器を作り上げてきただけのことはある。
ジーノは隠さなかった。
両の手で持ち、正眼に構える。
そして、力をこめた。
青色の光が、刀身にまとわりつき、しばらくすると、黄色から白に光、最後には、鈍い赤色となった。
そして、ある時、ふっと光が消えると、黒く焦げた剣から、さらさらと灰が落ちていった。
「……なるほどな」
腕を組みながら、一部始終を見ていたハゲルが、腰を上げる。
「
「ああ」
「すると、今まで、どうやって来たんだ?」
「力をコントロールする訓練は、長年やってきたよ。ただ、今回は、気持ちが高ぶって、うまくコントロールができなかったんだ」
「なるほど、それでこのざまか」
折れた細剣に目をやる。
すると、頭を撫でながら、
「武器屋としては、剣は大事に扱っては欲しいが、兄ちゃんが全力を出せないのも、それは剣としての用途をなさないからな」
「いや、今はこの剣の代わりになるものがあればいいんだけど」
「それだと、武器屋としての俺の名が泣くってもんよ。……しかし、今は材料がない。兄ちゃんの全力を出せるような金属が、ここにはないからな」
うーむと考えるハゲル。
彼の職人意識に火が付いたようだった。
「……兄ちゃんの方は、どっかで丈夫な金属を手に入れるあてはあるかい?」
「うーん、金属はないなー。……あ、そうだ。俺の幼馴染が錬金術士なんだけどさ」
「錬金術士か!それなら、どうにかなるかもしれん」
ハゲルが言うには、この国で活躍していたロロナにも、金属をもってきてもらい、それを加工することで、すごい武器をいくつも作ることができたのだという。
錬金術でそれぞれの金属のインゴットを作って、それをもってきてくれれば、剣を打つ。
今は、店にあった鉄製の剣を、今持っていた細剣の代わりと、渡してくれた。
金は出世払い。
なんとも、太っ腹な店主である。
「いや、俺の方も、新しい武器のインスピレーションがわきそうで、楽しいんだ」
そう言って、なんともいい顔で笑った。
鍛冶屋の親父だけあって、なんとも熱い男であった。
◆
辺りもすっかり薄暗くなってしまった頃。
漢の武器屋から出て、アトリエに向かう。
トトリの師匠である、ロロライナ・フリクセルのアトリエは、鍛冶屋のすぐ近くにあった。
扉を開けると、トトリのアトリエとは違い、汚かった。
ゴロゴロと地面になにかが転がっており、何枚もの紙が落ちている。
部屋の中にベッドはなく、ソファが一つあるのみだった。
そこでトトリが眠っており、ジーノが入れる隙間もない。
仕方なく、地面で眠るかと、ちらかったものを隅にどけて、横になる。
新たに貰った、長剣は腰に掛けるには少々長すぎる。
小柄なジーノには、背から引き抜くしかなさそうだった。
戦い方を変えるべきか。
そう考えているうちに、疲れが来たのだろう。
そのまま、夢の中へと旅立っていった。
◆
翌日の夕方、馬車が出発する時刻。
クーデリアは、約束通り、見送りに来てくれた。
トトリとジーノは、なれない床とソファで寝たからか、体の節々が痛いと文句を言っている。
トトリがアトリエの鍵をクーデリアに返す。
「今度会うときは、免許の更新の時かしらね」
「はい、いろいろありがとうございます」
「またなー、ちっちゃい姉ちゃん」
その言葉をすべて言い終えぬうちに、クーデリアの袖から銃が飛び出してきた。
一瞬のうちに、ジーノの頭に銀色の塊が添えられる。
「もう一度」
クーデリアは笑顔のままだったが、何か底冷えするような圧力が、彼女から漏れ出ていた。
「……すいません、調子に乗りました。ありがとうございます、クーデリア姉さま」
「よろしい」
銀の塊が、袖の中に戻っていく。
冷や汗をぬぐうと、トトリとジーノは、馬車の中に入っていった。
「じゃあね。ロロナが来たら、アトリエにいるように言っておくから」
「は、はい。クーデリアさんも、お元気で」
ペーターの馬車が発進する。
やがて小さくなるアーランドを後ろに、トトリがジーノに話しかけた。
「ジーノ君……」
「わかってるよ。俺がわるかった……」
世の中には、触ってはいけないことがある。
一つ賢くなった、トトリたちであった。