転生少年ジーノ君の冒険譚   作:ぷにMAX

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 アランヤ村からアーランドまで、馬車で旅して14日目。

 さすがに、ジーノにも、トトリにも飽きが来ていた。

 

「ペーターの兄ちゃんよ、まだ着かねえのかい?」

 

 馬車の後ろのかごの中で、ジーノが寝っ転がりながら訪ねる。

 

「あと一日ってとこだ。もう少し、我慢しろ」

「聞いたか、トトリ。あと一日我慢すれば、このつまらん馬車の旅からもおさらばできるんだ」

「うう、やっとアーランドに着くんだ」

 

 アーランドまでの道は、きちんと舗装されているわけでもなく、悪路のため、荷台の中ではひどい揺れが起こっていた。

 ジーノは出発して、割と最初期になれたのだが、トトリは一週間経っても揺れになれることができず、馬車酔いに悩まされていた。

 念願の冒険者になることができると、アランヤ村から出発してすぐの時は、二人とも浮かれていたのだが、時間がたつにつれて、その元気もなくなってくる。

 しかし、あと一日我慢すれば、アーランドにたどり着くことができる。

 王宮で冒険者登録すれば、悲願だった冒険者となることができるのだ。

 その時、トトリの眼前で、ジーノの顔つきが変わった。

 かごに囲まれていて、ここからは外の様子を見ることはできない。

 しかし、ジーノは見えないながらも、外の様子を察知しているようであった。

 

「どうしたの、ジーノく―――――」

「うわああああああ」

 

 トトリの声を遮って、馬を動かしていたペーターが、大声をあげながらかごの中に入ってきた。

 

「ど、どうしたんですか、ペーターさん?」

「お、お前ら、早く逃げろ!も、モンスターが――――」

 

 ペーターが言い終わらぬうちに、かごに衝撃がはしった。

 何度も、ゴツン、ゴツンと、何かを打ち付けるような音が聞こえる。

 

「も、モンスター!?」

「ああ、でかいやつだった。逃げるぞ。ここからならアーランドまでそう遠くはない」

「で、でも……」

「おせえよ。走って逃げ切れるわけがない」

 

 そう言うと、鞘に入った愛剣を腰に差し、外に出ようとする。

 

「ジ、ジーノ君、どうする気?」

「戦う」

 

 なんとも軽く答えたジーノの答えに、パニックになっている二人が驚愕する。

 

「む、無茶だよ」

「そうだ。早いとこ、逃げちまった方がいい」

 

 引き留める言葉にかまうことなく、かごの外に躍り出た。

 思わず、感嘆の声が、ジーノの口から漏れ出た。

 かごの上に乗って、こちらをにらみつけているモンスター。

 猛禽類特有の、鋭いくちばしと、獰猛な目。

 肉食獣のしなやかで、獲物を狙うのに適した肉体。

 何より、一対の翼を大きく広げることで、相手を威嚇する。

 かん高く、鋭い声が、辺りに轟いた。

 

「……やる気じゃん、こいつ」

 

 思わず、口角が上がる。

 アランヤ村周辺、それも立ち入りが許可されている場所には、今のジーノを満足させるようなモンスターは、いなくなっていた。

 そして明日、ようやく冒険者免許をもらうことで、その道が開けるのである。

 普通なら、ここは逃げるべきなのだろう。

 もうすぐ、アーランドなのだ。

 怪我をするようなことは、避けた方がいいに、決まっている。

 しかし、

 

「……逃げるかよ」

 

 相手の目が、勝負しろと語りかけてくる。

 生きるか死ぬかの世界。

 獣が、自分のすべてをかけて、ぶつかり合い、勝者だけが、その肉を食らうことができる野生の世界。

 ぞくぞくしてくる。

 軽く、手に鳥肌がたっているのがわかる。

 すらりと、鞘から剣を抜いた。

 鈍い銀の色で輝く、ジーノの武器である。 

 相手の、太く、鋭いかぎ爪からすれば、なんと頼りない武器か。

 しかし、それを別の要素で補う。

 パワー?スピード?

 どちらも、負けている。

 ふふん。

 生物としての性能では、相手の方が上だろう。

 しかし、勝負は、それだけでは決まらない。

 相手も、こちらの敵意を見抜いている。

 こちらをにらんでいる視線が薄く、鋭くなっていく。

 

「ケェェェェッ!!」

 

 モンスターが、かごを蹴った。

 その衝撃で、かごが揺れた。

 中のトトリたちの悲鳴が聞こえる。

 ジーノは、右に跳んで、モンスターの攻撃を避けた。

 すぐに起き上がり、追撃に備える。

 ゆったりと、しかし油断なく、モンスターが体制を整える。

 もう、視線はジーノにしかない。

 認めている。

 自分の敵となる人物を、認めているのである。

 隠しきれぬ笑みを浮かべながら、ジーノは構えた。

 いつもと同じ、正眼の構えだ。

 モンスターが、ゆっくりと、ジーノの周りを回り始める。

 ジーノも、視界から外さないよう、ゆっくりと体制を変える。

 たまらない、緊張感が、ここにはあった。

 空気の糸が、ピンと、張っているようである。

 その糸が切れた時こそ、勝負の時だ。

 じりじりと、両者見合ったままの時であった。

 

「じ、ジーノ君!?」

 

 さっきモンスターが蹴った衝撃で倒れたかご。

 そこからようやく這い出してきたトトリの言葉が、引き金となった。

 

「グルォッ!!!!」

 

 モンスターが、瞬時に体を落とし、そのしなやかな筋肉で、こちらに跳躍してきたのである。

 モンスターの巨体が、数瞬のうちにジーノに迫ってくる。

 驚異的なダッシュ力であった。

 

「なろッ!!」

 

 ジーノもその動きに反応している。

 モンスターの着地地点から遠のき、次の瞬間に斬撃を入れようというのである。

 モンスターの攻撃が、空振りする。

 しかし、着地と同時に体をひねり、目標を再度定める。

 まだ、その両の目は、ジーノに固定されたままだ。

 補足されているのにかまわず、ジーノが突貫する。

 わずかに崩れている体制を整えている間が勝負だ。

 狙うは、まず足。

 機動力をそぐのである。

 まずは、相手の右――――、

 

「らああああああああ!!!!」

 

 左腰に構えられた剣に、青い光がまとわりつく。

 張り上げる声に呼応するように、その光も強くなっていく。

 左薙ぎの斬撃だ。

 

「ギャアアアアアア!!!」

 

 モンスターの右前脚から、赤黒い血が噴き出た。

 ガクリと、モンスターの体が()()()

 ――――もらった!!

 そのまま、腰を入れ、右切り上げの二の太刀。

 青い色から黄色へ、ついには赤色化した刀身。

 それでもって、モンスターの命を刈ろうとする。

 しかし、

 

 ――――キン

 

「――――あれ?」

 

 いつも感じているような、重さがどこかに行ってしまった。

 代わりに、眼前のモンスターの足元に、なにやら鈍い色で輝く物体が。

 視線を剣に向ける。

 ――――なかった。

 刀身が、そこにはなかったのである。

 

「……やば」

 

 モンスターの体が、起き上がる。

 恐る恐る視線を戻すと、そこには復讐に燃える獣の眼が。

 足の痛みは、怒りがかき消しているようであった。

 先ほど傷つけた右足が持ち上がり、こちらに振り下ろされる。

 後ろに跳び、回避する。

 風圧が、顔を打った。

 モンスターが咆哮する。

 どうやら、何がなんでも、こちらのことを許さないつもりらしい。

 一対の翼をはためかせ、宙に浮きあがる。

 ジーノが見ている前で、モンスターは高く、高く舞い上がっていく。

 

「おいおい、まさか……」

 

 上空の太陽を隠すかのように飛び上がったモンスターが、宙で動きを変え、こちらに飛び込んできた。

 慌てて、ジーノが横に跳ぶ。

 爆音が轟き、先ほどまでジーノがいた場所に、小さく土が掘られた跡が残った。

 直撃はさけたものの、衝撃によって飛び散った土砂が、ジーノに降り注いだ。

 さて、どうしたものか……。

 怒りを宿し、こちらをにらみつけてくる相手の方を見ながら、ジーノは思った。

 武器がないことには、こちらも手がない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 ちらりと、トトリたちの方に目をやる。

 何か、こちらに向かって言っているようであるが、頭に入ってこない。

 それよりも、目の前の相手をどうにかする方が先である。

 ……ここで()()わけにはいかない。

 しかし、素手で倒すのも、非力そうなガキにしては、変な話だ。

 メルヴィアは別だ。

 あれはいろいろな場所に肉が詰まっている。

 それはいい。

 自分なら、ジーノなら、この局面をどう切り抜けるか。

 モンスターの突進をかいくぐりながら、ジーノは思案した。

 ……思い浮かばん!!

 持ち前のすばしっこさで、モンスターの攻撃を避けまくっていた時であった。

 

「一閃!!」

 

 ジーノの後ろから飛び出してきた影が、モンスターを一刀のもと、切り裂いてしまった。

 上段からの、唐竹割。

 加えて、剣からほとばしっている電撃によって、モンスターは断末魔の悲鳴を上げて息を引き取った。

 

「大丈夫か?」

 

 黒の装束をまとった、騎士風の男だ。

 先ほどのモンスターにも負けない、鋭い眼光だ。

 何もしていないのに、こちらのことをにらみつけているようにも感じる。

 

「すまない、助けが遅れてしまった」

「とんでもないです。間に合ってよかったなぁ」

 

 危険が去ったからか、先ほどまで傍観していたペーターが、笑顔で出てきた。

 

「こんなところまで、モンスターが出てくるとはな……。すまない、私たちが、見識を怠ったばかりに」

「い、いいですって。終わったことですから、なぁ」

 

 ペーターが、こちらに肯定を求めてくる。

 ジーノも同意の返事を送ると、黒い騎士が息を吐いた。

 どうやら、危険は去ったようである。

 

「アーランドまで行くのか?」

「はい。こっちの二人が、冒険者になるために、王宮に登録しにいくんですよ」

 

 なるほどと、騎士の視線がトトリとジーノに注がれる。

 トトリがジーノの元に走り寄ってくる。

 

「ジーノ君、あの怖い騎士さんに睨まれてるけど、何かあったの?」

「知らねえよ、あんなおっさん」

 

 小声で話しているつもりが、どうやら聞こえていたようである。

 二人が話した言葉に、若干のショックを受けながらも、

 

「……まあ、いい。じきにアーランドに着く。それまで、私が護衛しよう」

「本当ですか!?いやぁ、よかったよかった。騎士様がいてくれるなら、安全な旅間違いなしですね」

「そうなるよう、私も気を配るつもりだ」

 

 だから、危険をあおるような行動は、以後慎むようにと、最後に付け加えた。

 視線は、ジーノに向けられていた。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 ガタガタと揺れる馬車の中で、ジーノとトトリが座っている。

 ジーノの横には、折れた細剣が入っている。

 柄はそのままだが、刀身が真っ二つに折れてしまっており、使い物にならない。

 

「ジーノ君、その剣、どうするの?」

 

 トトリが訪ねた。

 

「どうもしねえよ」

「でも、子供の時から使ってたものだったのに……」

「……今回は、俺のミスだ。切り方が悪かった」

「――――」

「……なんでお前が落ち込んでいるんだよ?」

「だって……」

「古くなってたのは確かだし、いつかは買い換えようと思ってたんだ。それが、今日になっただけさ」

 

 そう言うと。ジーノは馬車の窓から外を見た。

 そこからでも、人の気配がわかる風景に変わっている。

 あれから一日かけて、一行はアーランドに着いたのである。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 アーランドの街並みは、アランヤ村とは全然違っていた。

 石で舗装された道路。

 レンガが積み立てられ、2階も3階立てもありそうな、大きな家。

 何より、立派な城がある。

 田舎からはじめて都会にやってきた二人は、その光景に目を輝かせた。

 本来ならば、いろいろ見て回りたいところなのだが、明日の夕方に、馬車が発射してしまう。

 あまり、時間は残されていないのだ。

 街中を探検したい気持ちを抑え、二人は王宮の方へと向かっていった。

 

 王宮の中の、元受付に、冒険者ギルドの受付があった。

 

「しつっこい!やんないったらやんないっつってんでしょ!」

「理由を言いなさい!なぜこの私が、冒険者の資格を得ることができないのか!」

 

 受付付近には、なにやら人だかりができており、その中心から、大きな声が聞こえてくる。

 なにやら、言い合いをしているようであった。

 トトリとジーノが近づいていくと、言い合いをしている人の様子も見えてきた。

 金髪で、髪を後ろで束ねた、小さな女の子と、黒い髪を右で束ねた女の子である。

 二人とも、高貴そうな雰囲気を身にまとう、お嬢様のようだった。

 しかし、今は大声で言い合いをしているので、その威厳も半分になってしまっている。

 

「あんたみたいな礼儀知らずの娘にやる冒険者の資格なんて、ここにはないのよ」

「礼儀知らずなのはあなたでしょ!?シュヴァルツラング家の当主である私に対して、なんて口の利き方――――」

「あーら、シュヴァルツラング家の方でしたの。私、フォイエルバッハ家の令嬢でございますの。同じ貴族仲間でしてよ」

「貴族の家名を金で買った、成金と一緒にしないで」

「あっそ、つまり、貴族かどうかなんて、金で買える程度のものじゃない。くだらない」

「なんですって!?言わせておけば……」

 

 両者の言い合いはエスカレートしていく。

 形勢としては、金髪の方が上である。

 舌戦で言い負けている黒髪の方が、いつ武力行使に出るのか、周りもはらはらして見守っている。

 両者の間の空気が、ピリピリと固まっていく。

 

「ジーノ君、あんまり近づくと、危ないよ」

「いや、あれ、いつまで続くのかなって思って」

 

 子どもの喧嘩だ。

 そのうち収まるだろうと思ってはいるが、いかんせん今は少し機嫌が悪い。

 2週間も馬車に揺られ、せっかく出会った獲物を、他人にとられる。

 さらには、長年使ってきた愛刀が、真っ二つに折れてしまうという、このところよくない事が続いていたのである。

 そこまでアーランドに長居はできない身としては、こちらでやっておきたいことは、ここにいる間にやっておきたい。

 ぶっちゃけ、早くしてほしいのだ。

 

「ちょっと行ってくる」

「え、じ、ジーノ君、どこに行く―――――」

 

 ヒョイっと、ジーノがずれた。

 ジーノの服を掴むつもりだったトトリのバランスが崩れ、たたらふみ、そのまま足を滑らして、転んでしまった。

 起き上がったトトリの眼前には、青と黒の瞳が一対ずつ、こちらを見ていた。

 

「悪い」

 

 そうジーノが漏らした言葉を、トトリは聞いていなかった。

 

「何よあんた」

「私の邪魔をする気?それなら、容赦はしないわよ」

 

 二人とも勝気な瞳で、こちらの様子をうかがっている。

 

「あわわ、ち、違うんです!こ、これは、その、転んだんです、転んだだけなんです!」

 

 巻き込まれた!と、トトリは理解した。

 騒動の火種となったジーノの方をちらりと見ると、来客用のいすに座って、こちらの様子を見ている。

 あくびをしている姿が、憎らしい。

 

「わ、私、冒険者の資格をもらいにきて……」

「……あのね、今の状況を見て、言うべきかを考えて――――」

 

 金髪の少女の視線が、トトリの杖に注がれている。

 

「それって、ロロナの杖じゃ?」

「え、あ、はい。これはロロナ先生からもらった杖で――――」

「もしかして、あんたがロロナの言ってた一番弟子?」

 

 トトリが首肯すると、それまでのきつい目つきはどこかにいってしまい、一転して優し気な顔で、

 

「それを先に言いなさいよ!!冒険者の資格なんて、いくらでもあげるから」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!そんな田舎臭い子にはあげられて、どうして私には、上げられないわけ!?」

 

 それに待ったをかけたのは、先ほどの黒髪であった。

 金髪の受付嬢らしき人物は、どこかあきれたような表情で、

 

「なんだ、まだいたの」

「あたりまえよ!」

 

 また口論が発生するかとも思われたが、トトリがこの国で著名な錬金術士『ロロライナ・フリクセル』の直弟子であり、貴重な錬金術士の一人であることを聞いて、黒髪のお嬢さんは、トトリの名前を聞いて、去っていった。

 トトリには、まだ困惑が残っているのだが、一応、場は収まったのである。

 

「終わったかー」

 

 ジーノがのそのそと歩いてくる。

 トトリは頬を膨らまし、

 

「ジーノ君、ひどい!!」

「悪かったよ。なんというか、めんどくさくてな」

「ほら、何してんのよ。こっちに来て」

 

 金髪の受付嬢、『クーデリア・フォン・フォイエルバッハ』が、受付カウンターの向こうから呼んでいる。

 その声に慌てて二人は向かう。

 クーデリアは、冒険者ギルドの受付嬢として働いており、ここでの業務のほぼすべてを取り仕切っているのだという。

 トトリのことを知っていたのは、彼女の友達が、トトリの師匠であるという関係からだそうだ。

 親友の彼女の口から、よく弟子のことを聞かされていたらしい。

 クーデリアの手から、二人分の冒険者免許が手渡される。

 

「はい、冒険者免許二人分ね。これであんたたちも、晴れて冒険者の仲間入りよ」

 

 ついに、ここまで来たのである。

 割とあっさりもらえたことに、トトリは困惑していたが、ジーノにはどうでもよかった。

 待ってろ、まだ見ぬ世界。

 見つけるぞ、美人のねーちゃん。

 割と俗っぽいことを考えているジーノの隣で、トトリとクーデリアの話は続いていく。

 

「冒険者になるのは、簡単だけど、一流の冒険者になる道は、険しいから」

 

 冒険者免許はポイント制であり、様々なところに冒険したり、モンスターを討伐したり、依頼を達成したりすることで、ポイントがたまっていく。

 ある一定のポイントが貯まると、冒険者免許のランクを上げることができる。

 ランクが上がると、行ける場所が増えたり、使用できる特典が多くなったりする。

 そして、

 

「今渡した免許だけど、有効期限は3年間だから、それだけは絶対に忘れないで」

「有効期限なんてあるのか?」

「それを越えたらどうなるんですか?」

「ランクが上がって、あんたたちがちゃんと冒険者として認められたら、期限を延長してあげる。逆に、ランクが低かったら、免許取り消しだから」

「はぁ!?どういうことだよ?」

「真面目に冒険者として活動してれば、達成できるノルマよ。そこまで厳しいわけじゃないわ」

 

 とることは容易な冒険者免許を量産するだけで、ぼんくら冒険者が増えても困ると、クーデリアがこぼす。

 具体的には、冒険者ランクDIAMONDらしい。

 今は、GLASS。

 ランクの更新には、クーデリアのところに報告に行かなければならない。

 三年で、6つのランクを更新できるポイントを集めなければならないのだ。

 

「うう、私にできるかな?」

「ある程度こまめに私のところに来てくれたら、今どんな状況か教えることができるわ。さっきも言ったけど、真面目に冒険者活動してたら、それほど難しいわけじゃないから、きっとできるわよ」

 

 それから、クーデリアはトトリに、ロロナのアトリエの鍵を渡した。 

 今は、どこかをほっつきあるいている師匠を探すために、どこかをほっつき歩いているため、アトリエは空なのである。

 トトリたちが今日、一泊する宿を持たないので、そこで一夜あかせと助言してくれたのだ。

 

「あたしも時間があったら、明日見送りに行くから」

 

 そういうと、二人は、クーデリアと別れたのだった。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「俺、鍛冶屋によってるから、先に行っててくれ」

「ええ!?ジーノ君、どこにあるのかわかるの?」

「そこに看板が立てかけてあるだろ」

「ああ、本当だ。『漢の武器屋』?」

「アトリエも、ここの道をまっすぐ行ったところっぽいし、とりあえず、剣がどうなるかだけ聞いてくるわ」

「わかった。じゃあ、先にアトリエに行っているね」

 

 トトリと別れると、ジーノは鍛冶屋の中へ入っていった。

 炉から漏れ出る熱気で、部屋の中が暑かった。

 

「いらっしゃい」

 

 のしのしと、出てきたのは筋骨隆々の大男。

 頭が光っているのはご愛嬌というところだろう。

 彼は、ハゲル・ボーネスト。

 この王国で唯一の武器屋で、鍛冶職人である。

 

「こんちは、ちょっと見てほしいもんがあるんだけど」

「おう、何だい?」

 

 ジーノが鞘から剣を取り出すと、ハゲルの眼が細まった。

 折れた刀身と、柄とを接着させながら、

 

「こりゃあ、ただの経年劣化ってわけじゃなさそうだな……」

 

 お前、何をやったと、目で語りかけてくる。

 ジーノは気まずそうに、

 

「ちょっと力を入れすぎて――――」

「それだけじゃねえだろ?」

 

 そう言うと店の奥に消えていき、しばらくして戻ってくる。

 手には、一振りの長剣が。

 

()()()()()

 

 先ほど持ってきた剣を、投げてよこす。

 鋭いな、とジーノは思った。

 さすがは、長年武器を作り上げてきただけのことはある。

 ジーノは隠さなかった。

 両の手で持ち、正眼に構える。

 そして、力をこめた。

 青色の光が、刀身にまとわりつき、しばらくすると、黄色から白に光、最後には、鈍い赤色となった。

 そして、ある時、ふっと光が消えると、黒く焦げた剣から、さらさらと灰が落ちていった。

 

「……なるほどな」

 

 腕を組みながら、一部始終を見ていたハゲルが、腰を上げる。

 

()()が何なのかは知らねえが、要は、兄ちゃんの全力に、剣の方が耐えられないってわけだ」

「ああ」

「すると、今まで、どうやって来たんだ?」

「力をコントロールする訓練は、長年やってきたよ。ただ、今回は、気持ちが高ぶって、うまくコントロールができなかったんだ」

「なるほど、それでこのざまか」

 

 折れた細剣に目をやる。

 すると、頭を撫でながら、

 

「武器屋としては、剣は大事に扱っては欲しいが、兄ちゃんが全力を出せないのも、それは剣としての用途をなさないからな」

「いや、今はこの剣の代わりになるものがあればいいんだけど」

「それだと、武器屋としての俺の名が泣くってもんよ。……しかし、今は材料がない。兄ちゃんの全力を出せるような金属が、ここにはないからな」

 

 うーむと考えるハゲル。

 彼の職人意識に火が付いたようだった。

 

「……兄ちゃんの方は、どっかで丈夫な金属を手に入れるあてはあるかい?」

「うーん、金属はないなー。……あ、そうだ。俺の幼馴染が錬金術士なんだけどさ」

「錬金術士か!それなら、どうにかなるかもしれん」

 

 ハゲルが言うには、この国で活躍していたロロナにも、金属をもってきてもらい、それを加工することで、すごい武器をいくつも作ることができたのだという。

 錬金術でそれぞれの金属のインゴットを作って、それをもってきてくれれば、剣を打つ。

 今は、店にあった鉄製の剣を、今持っていた細剣の代わりと、渡してくれた。

 金は出世払い。

 なんとも、太っ腹な店主である。

 

「いや、俺の方も、新しい武器のインスピレーションがわきそうで、楽しいんだ」

 

 そう言って、なんともいい顔で笑った。

 鍛冶屋の親父だけあって、なんとも熱い男であった。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 辺りもすっかり薄暗くなってしまった頃。

 漢の武器屋から出て、アトリエに向かう。

 トトリの師匠である、ロロライナ・フリクセルのアトリエは、鍛冶屋のすぐ近くにあった。

 扉を開けると、トトリのアトリエとは違い、汚かった。

 ゴロゴロと地面になにかが転がっており、何枚もの紙が落ちている。

 部屋の中にベッドはなく、ソファが一つあるのみだった。

 そこでトトリが眠っており、ジーノが入れる隙間もない。

 仕方なく、地面で眠るかと、ちらかったものを隅にどけて、横になる。

 新たに貰った、長剣は腰に掛けるには少々長すぎる。

 小柄なジーノには、背から引き抜くしかなさそうだった。

 戦い方を変えるべきか。

 そう考えているうちに、疲れが来たのだろう。

 そのまま、夢の中へと旅立っていった。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 翌日の夕方、馬車が出発する時刻。 

 クーデリアは、約束通り、見送りに来てくれた。

 トトリとジーノは、なれない床とソファで寝たからか、体の節々が痛いと文句を言っている。

 トトリがアトリエの鍵をクーデリアに返す。

 

「今度会うときは、免許の更新の時かしらね」

「はい、いろいろありがとうございます」

「またなー、ちっちゃい姉ちゃん」

 

 その言葉をすべて言い終えぬうちに、クーデリアの袖から銃が飛び出してきた。

 一瞬のうちに、ジーノの頭に銀色の塊が添えられる。

 

「もう一度」

 

 クーデリアは笑顔のままだったが、何か底冷えするような圧力が、彼女から漏れ出ていた。

 

「……すいません、調子に乗りました。ありがとうございます、クーデリア姉さま」

「よろしい」

 

 銀の塊が、袖の中に戻っていく。

 冷や汗をぬぐうと、トトリとジーノは、馬車の中に入っていった。

 

「じゃあね。ロロナが来たら、アトリエにいるように言っておくから」

「は、はい。クーデリアさんも、お元気で」

 

 ペーターの馬車が発進する。

 やがて小さくなるアーランドを後ろに、トトリがジーノに話しかけた。

 

「ジーノ君……」

「わかってるよ。俺がわるかった……」

 

 世の中には、触ってはいけないことがある。

 一つ賢くなった、トトリたちであった。

 

 

 

 

 

 


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