転生少年ジーノ君の冒険譚   作:ぷにMAX

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「ジーノ君、いくよー」

「おっしゃ、バッチコイ!」

「それっ」

 

 トトリがジーノに向けて、黄色の物体を放り投げる。

 ジーノはそれを、鞘付きの剣を使って、打ち出す。

 眼前にいた、青くてぷにぷにと弾力を持った生き物、『青ぷに』に向けて、剛速球で打ち出された『クラフト』が、青ぷにの体に吸い込まれていった。

 勢いよく打ち出された弾丸によって、青ぷにの体はめり込み、そのままの勢いで後方に飛んでいく。

 ミー、と鳴き声を上げて飛ぶ青ぷにの体が、次の瞬間はじけ飛んだ。

 比較的小さな破裂音とともに、周囲に体の残滓をまき散らす。

 

「ストラーイク!」

「バッターアウト!」

 

 そう言って、ハイタッチで手を合わす二人。

 その様子を物陰から眺めている人影が一つ。

 

「……なにあれ」

 

 頼れる姉貴分のメルヴィアは、久しぶりに見た妹分たちの奇行ともいえる行動に、冷や汗を垂らしてしまった。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「ジーノ君、絶対冒険者になろうね!!」

「……お、おう。いつになくやる気だな」

 

 たるリスの討伐が終わってから数日後、再び酒場の前に集まったトトリたちであったが、なにやらトトリの様子がおかしかった。

 錬金術の師匠からもらったらしい杖を振り回して、やる気のあることをアピール。

 自分は絶対に冒険者になるのだと、言い聞かせている。

 これで3度目だ。

 ジーノに言っているだけでなく、自分にも言い聞かせているようだった。

 ある程度付き合いの長いジーノからすれば、また家族と喧嘩したのか、という具合である。

 トトリと、姉のツェツィは、普段は仲良しな姉妹なのだが、ふと意見が対立すると、すぐに喧嘩になってしまう。

 お互いに頑固なため、自分の意見を譲らないところがあるのだ。

 特に、トトリが冒険者になることに関しては、ツェツィの方もダメの一点張りで、トトリの意見を取り合おうともしないのである。

 今回も、そのことで喧嘩をして、家を飛び出してきたトトリが、一人でも冒険者になるのだと張り切っているところなのであった。

 このやる気が、空回りするだけでなければいいのだが……。

 

「それで、今日はどうしよっか?」

「今日は西の方へ行ってみようかと思ってる」

「この前と同じ場所じゃないの?」

「また、たるリスの野郎にたんこぶ作られたくないからな」

 

 先日たるがぶち当たった箇所には、小さなこぶができていた。

 そのことを恨んでいるのである。

 おのれ、糞リスどもめ。

 

「それに、ぷにの方がなんか弱そうじゃないか?」

「そうかなぁ」

「今回は、トトリにも活躍してもらうからな」

「えっ、自信ないなぁ」

「ぷには練習相手も兼ねてるからな。――――ほら、行くぞ」

「あ、待ってよジーノ君っ」

 

 二人は駆け出す。

 目指すは、西の平原。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 アランヤ村から西へ少し行くと、緑の平原が広がっている。

 モンスターも比較的安全な個体がここでは生息しているため、ともすれば、人がモススターを追い払って、ここでピクニックをしたりなんかもするかもしれない。

 とにかく、ここは冒険者でなくても入ることができる場所なのだ。

 ここでは傷薬である『ヒーリングサルブ』の原料である、『マジックグラス』を採取することができる。

 先ほどから、トトリが草むらをごそごそとあさっては、腰のポーチの中にしまいこんでいる。

 錬金術士ではないジーノからしたら、ただの雑草に見えるが、トトリからすれば貴重な薬草の一種に見えるのだろう。

 まばらにたなびく雲を見ながら、ジーノは大きく伸びをした。

 心地よい風が吹いている。

 

「平和だねぇ」

 

 のどかな光景が広がっている。

 しかし、それも長くは続かなかった。

 

「――――ジ、ジーノくーん!」

 

 トトリの声に視線を戻すと、草むらから青い色をしたぷにが飛び出してきていた。

 いきなり出てきて驚いたからか、トトリは尻餅をついていた。

 あっちにいけーと、その体制のまま杖を振り回している。

 ぷにの方も、余りにも必死に杖を振り回しているトトリの元に近づくことができず、足を踏んでいる。

 

「何をやっているんだか……」

 

 走り寄って行くと、ジーノに気づいたぷにが、標的を変えた。

 ともすれば愛らしくも見えそうな顔をジーノの方に向けると、体を回転させる。

 縦回転、時間とともに回転速度は速くなり、十分なスピードがついたところで、はじかれたように突進を開始した。

 回転することによって蓄えられた運動エネルギーを伴って、ジーノに体当たりしようとする。

 

「おらっ」

 

 しかし、悪手であった。

 砲弾のようなスピードで近づいてきたぷにを、ボールのように蹴り返す。

 ぽーんとぷにが遠くへと飛んでいき、近くの木にぶつかると、体が飛び散った。

 

「大丈夫かよ?」

「うう、ありがとう、ジーノ君」

 

 差し出された手を取って、立ち上がるトトリ。

 ひらひらとした服についた草やら土を払って立ち上がる。

 

「お前さ、冒険者になりたいってたのに、ぷにごときでビビってたらダメだろ……」

「さ、さっきのは、急に飛び出してきたから、びっくりしちゃって……。こ、今度は大丈夫だから!」

「本当かよ」

「ホント、ホント!」

 

 言い合いをしていると、近くの草むらから音が鳴った。

 二人とも黙り、音のなった方へ視線を送る。

 草をかき分けて出てきたのは、さっきと同じ青ぷにであった。

 今回は二匹である。

 

「う、うわぁ。今度は二匹もいる……」

「ちょうどいいじゃねえか。俺右のやつな」

「え、ええ!?いきなり言われても……」

「それいくぞ!」

 

 ジーノは高く跳躍すると、二匹のぷにの間に降り立った。

 そのまま左右へぷにを蹴りだし、分断する。

 

「左だぞ、トトリ!」

「う、うん!」

 

 そう言づけると、右方に蹴りだしたぷにめがけて突貫する。

 居合の要領で、斬撃を一閃。

 二つに分かれた青ぷには、動かなくなった。

 危なげなく青ぷにを倒したジーノは、もう一方に視線を向ける。

 そこには――――、

 

「えい、えい!――――えーん、倒れてよー!」

 

 そこには、杖で滅多打ちにされているぷにの姿があった。

 見ていると、トトリが先ほどからポコポコと殴っているのだが、青ぷにの弾力感のある体に、打撃が押し返されているようである。

 確かに、ぷにぷにはしているが、それでも、そこまで手こずらないとは思うが……。

 どうやら、トトリの腕力は、想像以上に非力であったらしい。

 

「―――うわっ」

 

 鳴き声とともに、ぷにがトトリに体当たりを食らわせる。

 勢いよくぶち当たったぷにの体に押され、トトリは尻餅をついてしまった。

 そこに追撃をかけるように、ぷにが覆いかぶさってくる。

 

「ひやあああ、助けて、ジーノ君!」

 

 押しつぶされないように杖で押し返そうとするが、いかんせんトトリの腕力は非力であった。

 どんどんぷにの体に押されていく。

 

「おらっ、そこまでだ」

 

 見るに見かねたジーノが、青ぷにの体を切り裂く。

 今度は二つに分かれても、少しの間動いていた。

 もう一撃食らわせ、四分割にするとおとなしくなった。

 

「大丈夫か?」

「うー、ジーノくーん」

 

 涙目で泣きついてくるトトリに、ジーノは頭をかいた。

 少し、トトリはジーノに頼りすぎている。

 冒険者になるにしても、ならないにしても、一人で行動しなければならないときは必ず訪れる。

 今のままでは、決していい方へは行かないだろう。

 泣きべそをかいているトトリを落ち着かせ、手を肩に置いたまま話しかける。

 

「トトリ、今のままじゃ、ダメだ」

「……」

「今のままじゃ、冒険者になっても、弱いままだ。それどころか、冒険者にもなれないかもしれない」

「――」

「それじゃあ、嫌だろ?」

 

 グスグスと鼻を鳴らしながら、首を縦に振った。

 よし、とジーノはトトリを立ち上がらせる。

 

「……どうするの?」

 

 不安そうなトトリの言葉に、

 

「――――やることは変わんねえよ。特訓だ!!」

 

 ジーノはそう答えた。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 青ぷにの討伐依頼と、マジックグラスの納品依頼を報告し、そのまま酒場の空いている席に腰かける二人。

 ジーノがテーブルの上に、ゲラルドに言って持ってきてもらった紙とペンを置く。

 

「さて、作戦を考えるか」

「でもジーノ君、作戦なんてあるの?」

 

 首をかしげるトトリに、ジーノが人差し指を立て、ちっちっちと指を振る。

 それから、紙にジーノとトトリ、それぞれの名前を書く。

 

「まず、俺とお前でチームを組んだ時に役割を考える」

「役割?」

「おう」

 

 ジーノが言うには、トトリ個人としての戦力というのは、非常に心もとないものである。

 まず、腕力がない。

 武器としての杖も、殴打するにしても、腕力が物をいうのである。

 青ぷにの弾力に押し返されている今の状態では、戦力に数えることはできない。

 じゃあ、どうするか。

 まず第一に、基礎的な力を上げる。

 具体的に提示したのは、一日素振り1000回。

 トトリは悲鳴を上げていたが、スイングの速度や、杖の重さになれることに加え、腕力をつけるということで、この案を採用した。

 しかし、やはり一朝一夕では、腕力は身につくものではない。

 素振りとは並行して、何か代替え案を考えなければならない。

 

「……そういえば、お前って錬金術で何かできないのか?」

「え、うーん……、そういえば、簡単にできる爆弾のレシピがあったような」

「お、じゃあそれ採用」

 

 ということで、錬金術で作った道具での攻撃や、サポートといった戦い方を進めた。

 ジーノが知っている中では、ヒーリングサルブと呼ばれる傷薬と、錬金術の基本の中和剤ぐらいしか知らなかった。

 幸い、先日手に入れたニューズで、クラフトと呼ばれる爆弾を作れるそうなので、それを使って中距離から攻撃してもらうことにする。

 ジーノが接近戦での切り合いに加え、トトリが爆弾で援護をする。

 そのようなコンビネーションを目標とすることとなった。

 

 翌朝、早速作ってきたクラフトを使うため、西方の平原へ。

 昨日と同じように、青ぷにが草むらから飛び出してくる。

 

「よーし、トトリ、あいつに向かって投げてみろ!」

「う、うん」

 

 トトリは左手で杖を握りしめ、右手に小さな黄色をしたクラフトを持つと、腕を振りかぶり勢いよく投げつけた。

 ()()()に向かって。

 

「―――っ、おおおおおおい!?」

 

 慌てて鞘ではじき返す。

 鞘で跳ね返されたクラフトが、誰もいない地面に着弾すると、爆発。

 側面に配置されていた、ニューズの小さな棘が辺りにまき散らされた。

 これには青ぷにも苦笑い。

 

「……トトリ?」

「ご、ごめん、ごめんね。もう一回――――」

 

 再び振りかぶり、青ぷにめがけて投げる。

 手からすっぽ抜けたクラフトは、なぜかジーノめがけて飛んでいく。

 

「またかよ!?」

 

 今度も剣の鞘ではじき返す。

 近くの木に着弾し、爆発。

 小さな衝撃によって、木の葉が何枚か、地面に落ちていった。

 ジーノは気づいた。

 トトリはノーコンなのである。

 そういえばと、ジーノは幼い日のことを思い出した。

 アーランドでは『うに』と呼ばれる、イガイガの棘をつけた実が存在する。

 子どもたちの間では、うにを人にぶつける遊びが流行っていた時があったのだ。

 ジーノもトトリも、アランヤ村の子供たちと一緒になってうにを投げ合った時があった。

 その時も、やたらとトトリからうにを投げられたような……。

 まさか、とジーノは思った。

 トトリが投げると、自分に向かって飛んでいく、そのような魔法のようなことがあるのだろうか。

 

「も、もう一発、えーい!」

 

 ポーチから取り出した新しいクラフトも、トトリが投げるとあら不思議、ジーノに向かってとんでいく。

 先ほど立てた仮説が実証されそうだと、半場やけになって、ジーノは鞘で打った。

 カンッと鋭い音を立て、はじかれた爆弾は、勢いよく青ぷにの体内に吸い込まれていった。

 鳴き声を上げて吹っ飛ぶぷに。

 それに追い打ちをかけるように、クラフトがぷにの体に激突したことにより着火、爆発。

 体にめり込んだ状態での爆発によって、哀れぷには爆発四散。

 『ぷにぷに玉』を辺りにまき散らしながら、散っていった。

 

「おー」

「すごーい」

 

 その光景に、呆然としている二人。

 その後も、ガサガサと音を立てて、青ぷにが飛び出してきた。

 トトリがクラフトを投げると、ジーノが鞘で打ち、打球はぷにの体へ。

 何度も続けているうちに、トトリもジーノも楽しくなってきてしまい、作ったクラフトがなくなるまで、ノックの鬼と化していた。

 

「いくよー、ジーノ君!」

「おし、こい」

 

 放たれた黄色の爆弾を、ジーノがミートすることによって、速度を増し、打球はぷにの体へ。

 当たった打球はその衝撃で爆発し、ぷにもろとも吹き飛ばす。

 

「ストライク!」

「すとらいくってどういう意味?」

「当たりってことだよ。敵を倒したときは、アウトって言うんだ」

「ふーん」

「そら、もう一匹行くぞ!」

「う、うん。いくよー」

 

 カンッと打ち、ドカンと爆発する。

 ピギィ、との断末魔を上げて四散するぷに。

 果たして、どちらがモンスターなのだろうか。

 

「おらぁ、千本ノックじゃあ!!」

「ジーノ君、1000個もないよ」

「いいんだよ、さあ、さっさと投げてこんかい!!」

 

 この後めちゃくちゃノックした。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 ゲラルドのバーがある広場から坂を上がっていったところに、トトリの家が存在する。

 錬金術をするうえで、少し頑丈に補修を行った以外は、普通の一軒家である。

 日も落ちて、闇で辺りが見えにくくなった時間、トトリの家でも、部屋には明かりが満たされていた。

 リビングには、トトリの姉であるツェツィともう一人、褐色の女の子がいた。

 普段食卓に使っているテーブルに向かい合わせになりながら、二人が会話をしている。

 

「もう、こんな時間になっても帰ってこないなんて……。トトリちゃんが不良になっちゃった」

「だから、そのうち帰ってくるって。私がここに来るとき見かけたけど、遊び疲れたら帰ってくるって」

「でも、でも、途中でモンスターに襲われたらどうしよう」

「それも心配ないよ。この付近に生息しているモンスターは、弱っちいし、優秀な護衛もいるみたいだしさ」

「もう、メルヴィアはどっちの味方なのよ!トトリちゃんのこと、心配じゃないの?」

「そりゃあ心配だけどさ。いつまでもあんたもそばにいられるわけでもないし、ここは信じて待っていたらどう?」

「ああ、もう!見に行くべきかしら……。でも、入れ替わりになるとダメだし、ここは信じて待つしか……。ああ、もう!メルヴィアも見かけたなら、声をかけてよ!!」

「いやぁ、あれはちょっと、声をかけられる雰囲気じゃなくて――――」

 

 口元を引きつらせて頬をかいている女性は、メルヴィア・ジーベル。

 トトリの姉であるツェツィとは同い年で、大親友。

 冒険者になった彼女は、遠くまで依頼をこなしにいっていたので、アランヤ村を留守にしていた。

 豪快な性格の彼女は、今日、打ち取ったモンスターの亡骸をもって、この村に帰ってきたのだった。

 最初、ツェツィはモンスターの亡骸を見て、悲鳴を上げてしまった。

 今も、家の外にはモンスターの巨躯が、鎮座している。

 

 ――――と、誰かがドアをノックした。

 

 テーブルに伏せていたツェツィが、勢いよく起き上がると、扉の所までダッシュする。

 

「おかえり、トトリちゃ――――」

「ども」

 

 トトリはそこにいたのだが、ジーノの背に背負われて、眠っていた。

 先ほど扉を叩いたのは、ジーノであったらしい。

 

「疲れて途中で寝ちゃったんで、連れてきました」

「――――そう、ありがとう」

 

 そういうと、眠ったままのトトリを抱きかかえる。

 そのまま寝室まで運んでいく。

 姉は強いのだ。

 妹を抱えたまま、二階まで行くのは、なんでもないことである。

 

「ジーノ」

 

 家の中に消えていったツェツィの代わりに、メルヴィアが外に出てきた。

 ジーノが外に鎮座しているモンスターに視線を送る。

 

「あれ、メル姉が倒したモンスター?」

「そうよ」

「ふーん」

 

 メルヴィアはむっとした。

 

「何よ、久しぶりのお姉さまに、もうちょっとなんか言うことないわけ?」

「はぁ、おかえり」

「おかえりなさいませ、メルヴィアお姉さま、でしょ?」

「いや、ないわ」

 

 ないないと、手を左右に振る。

 その態度にいらっとしたが、メルヴィアは息を吐くと、

 

「あんた、冒険者になりたいんだ」

「おう。今金をためてるとこ。もう少し貯まったら、アーランドに行こうと思う」

「あたしが言うのもなんだけど、冒険者ってのは、ロクな職業じゃないよ。危険だし、時には何年も帰ってこれないときもある」

「承知の上さ」

「そうなんだ」

「メル姉は、俺とトトリを止めるかい?」

 

 その言葉に、メルヴィアは首を左右に振った。

 

「あたしは、止めないよ。トトリも、あんたも自分で決めたことだ」

「そうか……」

「あんたの家族はどうなんだい?」

「話し合ったよ。怒られもしたけど、許してもらえた」

「そっか。……ツェツィの方は、大変そうだけどね」

「今すぐ出発するわけでもないし、ゆっくりと話し合ったらいい。――――多分、今回は姉の方が折れる」

「……へぇ、その根拠は?」

「トトリが本気だからだよ」

 

 ジーノが、まっすぐとメルヴィアを見つめる。

 

「あいつの母さんに似て、あいつが本気になったら、相手が折れるしかない。トトリの姉ちゃんには、気の毒だけどな」

「――――確かに、そうかもね」

 

 なんとなく、少し大人になったかなと、メルヴィアは思った。

 冒険者の仕事で、少し村にいなかっただけなのに、自分の知っているジーノとは、違っているように見えた。

 

「じゃあ、俺行くよ」

 

 背を向けて歩き出す。

 

 ジーノが見えなくなった辺りで、ツェツィがトトリの部屋から降りてきた。

 

「ご苦労様」

「あの子、帰っちゃったの?」

「うん、ついさっきね」

 

 そう、と言って出口を見つめるツェツィ。

 目つきは、鋭かった。

 そこにいた誰かを、睨んでいるようだった。

 

「……確かにあいつは悪ガキだけどさ、そんなに目の敵にしなくても」

「……それだけじゃないの」

 

 ツェツィは苦手だった。

 彼が、時折見せる大人っぽさが。

 トトリを巡って、幾度となく衝突をすることがあった。

 そのとき、決まってジーノの方から頭を下げるのである。

 どんなにツェツィがひどいことを言っても、無言で頭を下げ続けた。

 ひどいことを言っているのは、わかっていた。

 嫌いになってくれれば、そのほうがよかったのだ。

 でも、あの子の態度は変わらなかった。

 ツェツィは、ジーノが時折見せる大人な態度が苦手だった。

 年齢はツェツィの方が年上なのに、お姉ちゃんなのに、ジーノと喧嘩になるたびに、自分がなんて子どもなんだろうと思い知らされる。

 ツェツィは、ジーノの得体のしれないところが、恐ろしかった。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 翌朝、トトリ一行は、広場で待っていたメルヴィアを交えて、村から東へ向かっていた。

 メルヴィアは、トトリが冒険者になろうとしていることを止めなかった。

 代わりに、一冒険者の先輩として、危険なことがないように、一緒についていくと提案した。

 それに、トトリは快諾し、パーティにメルヴィアが加わることとなった。

 自らの身長ほどもありそうなバトルアックスを軽々と肩に乗せ、飄々と歩いていくところから、彼女の怪力の片鱗がうかがえる。

 

「よかった、メルお姉ちゃんが一緒に来てくれるなんて」

「あたしができるのは、一緒に戦ってやることぐらいさ。ツェツィの説得は、トトリ、自分でやるんだよ」

「う、うん。頑張る」

 

 それと、とメルヴィアがとなりを歩いていたジーノの方に目をやる。

 腰にひっかけている剣と、今日は背に籠をしょっていた。

 中には、鉄串が数本入っている。

 

「あんた、それ何よ?」

「いやー、メル姉が来てくれるって言うんで、かねてから試したかったことができるなって思って」

「だからそれ、何に使うのか聞いてるんだけど?」

「それは後のお楽しみってことで」

 

 いつもより陽気なジーノに、トトリもメルヴィアもいぶかしげな表情である。

 付き合いの長いトトリからすれば、またろくでもない考えをしているようで……。

 

「――――来たね」

 

 奇声を発しながら、宙から飛び出してきたのは、アーランド全域に生息する鳥型モンスター『アードラ』。

 鋭いくちばしと、青い羽毛が特徴で、アーランドのほぼ全域で見かけるメジャーなモンスターである。

 青い羽毛は、抜け落ちると赤く変色し、丈夫な布の材料に使われることもある。

 上空を旋回していた二匹が、急降下でこちらに迫ってきている。

 メルヴィアは、トトリの盾になるとともに、かついでいたバトルアックスを構える。

 

「らああああああああああああ!!!!」

 

 勢いよく振り下ろされた一撃が空を切る。

 アードラの体を切断するはずだった一撃が地に刺さり、土を飛ばした。

 しかし、その衝撃で、アードラの方もメルヴィアに近づくことができなかったようである。

 空中で体制を立て直すと、再び攻撃のチャンスを狙って旋回しだす。

 ちっ、と舌打ちするとともに、すぐさま戦況の把握に務める。

 もう一匹いたはずだが、そう思い視線を別方向にもやる。

 

「―――っ、やばっ」

 

 もう一匹のアードラは、すぐ近くにいた。

 接近せず、様子をうかがっていたようであった。

 アードラが、勢いよく翼でうつ。

 巻き起こされた風は砂利を伴って、トトリたちを襲う。

 

「きゃあ」

「くぅ」

 

 ガードすることはできたものの、体に張り付いてくる砂がうっとうしい。

 

「大丈夫かい、トトリ、ジーノ?」

「う、うん。私は大丈夫だよ、メルお姉ちゃん」

「ジーノは――――」

 

 その時、メルヴィアの視界に新たに飛び込んできた影があった。

 風を巻き起こしたアードラのさらに上空から、ジーノが降りてきたのである。

 

「いただきい!!」

 

 ジーノの手から放たれた切っ先が、アードラの首を切断した。

 断末魔の悲鳴を上げ、二つの影が重力によって、落ちていく。

 ジーノはアードラによって風を巻き起こされるその前に、宙へと逃げていたのである。

 それも、アードラの上空へと。

 アードラ自身が巻き起こした風によって、視界が悪くなることを見越して、上空から奇襲する。

 それがみごとはまって、アードラを倒したであった。

 相変わらず、素早いやつ。

 そうメルヴィアは思った。

 もう一体のアードラも、仲間が倒された怒りからか、咆哮を上げて突進してきた。

 

「トトリ!!」

「うん、当たって!」

 

 トトリがポーチからクラフトを取り出し、それを投げた。

 アードラめがけて投げられたそれは、なぜかジーノの方へ向かう。

 それを、ジーノは剣の腹で打ち返す。

 アードラめがけてミートされたクラフトを、見事アードラは宙を舞うことで回避することができた。

 しかし、

 

「いらっしゃい」

 

 回避した先に、メルヴィアの大きな斧が待ち受けていた。

 振り下ろされた剛斧を今度は回避することができず、アードラは絶命することとなった。

 

「やりぃ」

「やったぁ」

 

 手を取り合って喜んでいる二人。

 こう見れば、仲の良い兄弟にも見えなくはない。

 ジーノだけでなく、トトリも成長しているようだった。

 

「あんたたち、喜び合うのはいいけど、次、来たよ」

 

 先ほどの叫びを聞きつけ、アードラが集まってきた。

 山へと続く道には、ところどころにアードラの巣があり、人々を苦しめている。

 『アードラの巣に注意』という立て札も立てられているほどだ。

 

「奴さんは待ってくれないよ!準備はいいね?」

「上等!!」

「うん!」

 

 かん高い叫びとともに、アードラとの戦闘が幕を開けた。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

  

 冒険者は、時には何日も街や村に帰ることのできないときがある。

 そのため、野宿や、野でトイレをすますことは、必須項目であるといえる。

 そして、生命活動に必要な、水や栄養素を確保することも、冒険者活動をしていくうえでは、重要なことである。

 ということで、ジーノたちはいま、アードラの肉を食べようとしていた。

 羽毛を捥いで、肉と皮とになったアードラの体に、鉄串を通し、火であぶっていく。

 味付けは、近くでとれた『岩塩』をすりおろして、あっさり塩味に。

 籠に入っていた鉄串は、このためにゲラルドから借りてきたのだという。

 モンスターを食べるという発想に、二人は呆れるばかりであった。

 メルヴィアの方は、冒険者としてやっていくうえで、野草を口にしたり、トカゲを食べたりしていたため、それほど忌避感はなかったが、トトリは違った。

 最初、食べることを拒否して、口につけようともしなかったが、肉が焼ける匂いと、ジーノたちが食べ進めていくうちに、一口かぶりつき、そのまま一羽分ぺろりと食べてしまった。

 やはり足の筋肉を使うからか、肉分は足が多かった。

 翼には、それほど身の部分は多くはなかったが、骨と肉との間の部分が、隠れた旨みであった。

 ここらへんに現れるモンスターでは、一つ頭が抜き出たアードラを相手にし、皆、腹が減っていたのである。

 腹が膨れたところで、トトリが疲れから眠くなり、メルヴィアの方へと倒れていった。

 炎を囲んで、三人が座っている。

 うち一人は、すでに意識は夢の中だが。

 

「あんたさ、なんで冒険者になりたいの?」

 

 メルヴィアがジーノに問うた。

 

「なんだよ、急に?」

「トトリが冒険者になりたい理由は知ってる。いなくなったお母さんを探すために冒険者になるんだって、何度も話してくれたからね。――――でも、あんたの理由は知らない」

「理由なんてねえよ」

「本当に?」

 

 まっすぐと、メルヴィアは見つめている。

 

「メル姉はどうなんだよ」

「あたしは、村で一番力も強かったし、ギゼラさんの勧めもあって、冒険者になることにした。実際、普段の生活では、怪力を持て余してた時もあったしね」

「バカ力も大変ですな」

「はったおすよ?――――でも、あんたには私みたいな怪力もない。もっと違う道もあるんだよ。でも、冒険者がいいんだろ?」

「ああ」

「例え、帰ってこれなくても?」

「――――」

 

 メルヴィアのトトリを撫でる手が優しくなった。

 

「あんたも知ってるだろ?ギゼラ―――トトリのお母さんがいなくなった時の、この子の落ち込みようを。……私は、見てられなかったよ。もしもあんたがいなくなったとしたら、あんたの家族はどう思うと思う?」

「――――」

「誤解してほしくないのは、別にあんたが冒険者になることを止めろってわけじゃない。ただ、先輩の冒険者としてのちょっとしたアドバイスみたいなものね。私だって、危なかった時がいくつもあった。あんたが思っているよりも、冒険者は危険なんだよ?」 

「…………」

「だから、私はあんたの決意が知りたい。どうして、冒険者になりたいと思ったのか――――」

 

 パチパチと、火がはぜる。

 辺りが薄暗くなっていく。

 二人の顔をオレンジ色の火が照らす。

 

「――――メル姉はさ、この海の向こうがどうなってるか、知ってる?」

 

 ぽつり、ぽつりとジーノが話始める。

 

「……いや、考えたこともなかったね」

「もしずっと海を越えて、島があったら島を越えて、ずっとずっとまっすぐに進んでいくと、何があると思う?」

「――――」

「書物でしか見たこともない場所に言って、見たこともないやつと会って、聞いたこともないような怪物を退治してさ、それって、――――かっこよくないか?」

「――――はぁ?」

「バカにしたっていいぜ。なんせ、俺はバカだからな」

 

 そう言うと、トトリに配慮して静かに立ち上がる。

 

「素振りしてくる」

 

 そう言って、走っていった。

 残されたメルヴィアは、トトリの頬を撫でると、

 

「男って、本当にバカね」

 

 そう言ってクスりと笑った。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 結局、ツェツィの方が折れた。

 グイードは止めず、むしろ娘を送り出した。

 アーランド王国までは、ペーターの馬車を使って移動する。

 トトリとジーノが荷台に乗り込むと、馬車が発進する。

 徐々に小さくなっていく、ツェツィやメルヴィアの姿。

 トトリは手を振りながら、家族と別れた。

 行先は、アーランド。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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