転生少年ジーノ君の冒険譚 作:ぷにMAX
「はぁ……、冒険者になりたい?」
さびれた店の一角で、そのような声がした。
困惑の色を含んだものだ。
小さな漁村であるアランヤ村にひっそりと存在する、店。
『バー・ゲラルド』と名付けられたその店には、今日も数えるほどの客しか入っていなかった。
バーのマスターであるゲラルドは、今日も変わらず、使うあてのないグラスを磨いている。
「声が大きいよ……、ジーノ君」
酒場には似合わない、幼い声音の主が二人、店に備えられたテーブルで向かい合っている。
どちらもまだ若い。
成人にも満たない男女が、丸椅子に腰かけて雑談を興じていた。
「いや、だってお前な――――」
「ジーノ君だって、冒険者になりたいんでしょ?」
近年、アーランドを中心とした共和国化によって、周囲の小さな村々もその豊かな自然の恵みを得ることができるようになった。
反面、モンスターたちの活動が活発化する中、民間から優れた能力の持つ人材を雇って、開拓の手伝いや、悪い影響を及ぼすモンスターの討伐などを依頼することが、制度化されるようになった。
彼らは冒険者と呼ばれ、アーランド王国で発行される免許を携帯することで、様々な恩恵を受け取ることができる。
冒険者しか入ることが許可されていない、危険な場所だってあるのだ。
ジーノの眼前の彼女、トトリの母も、冒険者の一人であった。
アランヤ村はアーランド共和国のはずれにある、小さな村であるが、トトリの母親はそこそこアーランドでも名の知れた冒険者だったのだ。
しかし、数年前から行方知れずになっており、音信不通の状態が続いている。
トトリは母を探すために、冒険者になりたいのである。
「それで、俺にどうしろって?」
「ジーノ君も一緒にアーランドに行こうよ」
冒険者として認められるには、アーランドの王宮にて、冒険者免許証を発行してもらう必要がある。
それをもらって、初めて冒険者として認められるのだ。
「俺はいいけど……、お前の家族はどうなんだよ?」
「――――」
「どうせ冒険者になるだ、ならないだで喧嘩したんだろ?それで気まずくなって、家を飛び出してきたんだ」
「お、お姉ちゃんが悪いんだもん!私だって、本気で冒険者になりたいのに……」
「あー、はいはい。わかったわかった」
今にも涙目になりそうなトトリをなだめながら、ジーノは人差し指と中指の二本の指を立てた。
「アーランドまで行くには、二つ方法がある。一つは、ペーターの兄ちゃんの馬車に乗っけてもらう」
「……もう一つは?」
「アーランドまで歩いていく」
「えー!?で、でも、冒険者以外、進入禁止の場所があるはずじゃ……」
「ばれなきゃいいんだよ」
「だ、駄目だよ。ペーターさんに乗せてもらおう?」
「俺はどっちでもいいぜ。ただ、馬車のほうがつまんなそうだしなぁ」
「馬車、馬車にしよ!馬車の旅なんて初めて。いやぁ、楽しみだなぁ」
話が一通り終わったところで、トトリたちが占拠していたテーブルに、ジョッキが二つ置かれた。
グラスの中には、なみなみと注がれた牛乳が入っていた。
「悪だくみか、坊主ども?」
バーのマスターであるゲラルドが、不敵な笑みを浮かべながら立っている。
「ゴチになります」
「バカを言え。きちんと支払ってもらうぞ」
「ひでえ、悪徳商売人だ」
「ほう、ジーノには、赤を追加しておくとしようか」
「あー、嘘です、嘘。ゲラルドさん、今日もかっこいいすねー」
「まったく。――――それで、お前たち、何の話をしていたんだ?」
「あの、えっと……」
「冒険者免許を取りに行きたいんで、どうやってアーランドまで行くか話し合ってました」
ジーノ君、と非難がましい視線をトトリは送った。
彼女の家族からは反対されているため、できるだけ秘密にしておきたかったのである。
ゲラルドは顎を撫でながら、
「ふむ、お前たち冒険者になりたいのか」
「ああ」
「トトリもか?」
「は、はい」
「冒険者の仕事は、過酷なものだぞ。それでもいいのか?」
「ああ」「はい」
「危険なことも少なくはない、それでもやるのか?」
「くどいぜ、おっさん」
ぐいっと、ジーノがジョッキをあおる。
豪快に音を立てながら、みるみるうちにジョッキの中身がなくなっていく。
そして、大きな音を響かせてからのジョッキをテーブルに置いた。
「止めたって無駄さ」
ふむ、と再び顎を撫でる。
ジーノもトトリにも、決意の炎が瞳の中で燃え盛っている。
彼らは一歩も引く気はないのだろう。
彼らの家族とも付き合いは長い。
どうして冒険者になりたいかの理由も、ゲラルドはある程度理解している。
――――本気のようだな。
ゲラルドはカウンターに戻ると、何か書かれている紙を、何枚か持ってきた。
「これは?」
「今のお前たちに頼めそうな『依頼』だ。旅立つには、小遣いが必要だろう?」
「……ゲラルドさん、反対しないんですか?」
「そりゃあ、できればやめてほしいよ。お前たちが大切だからな。でも、止めても無駄なんだろ?なら、せめて何か手伝ってやりたいと思ってな」
ゲラルドの視線が宙に向かう。
在りし日の何かを、思い出しているようであった。
「ギゼラのやつも、こうやって無茶してたよ。トトリ、母親に似たな」
「……お母さんも、ですか?」
「ああ、言っても聞かないやつだったよ。……だからせめて、お前たちに渡す依頼は吟味させてもらう。少しでも、危険が少ないようにな」
「ゲラルドさん……、ありがとうございます」
「達成した依頼があったら、ここに持ってきてくれ。内容に応じた金額を手渡すとしよう。……応援してるぞ、私は」
◆
「さて、今からどうするよ?」
「うーん、とりあえずゲラルドさんからもらった依頼を消化していくべきなんじゃないかな?」
「ちげーよ。トトリは家族と喧嘩したまんまなんだろ?そのままでアーランドに行くわけにはいかないだろ」
「う、うう……でも、お姉ちゃん、すごい怒ってたし……」
「まぁ、今は様子見かな。お前の姉ちゃんも、夜になったら機嫌が直っているさ」
「……そうだといいけど」
「じゃあ、簡単な依頼からいくか……」
ジーノがゲラルドからもらった、紙束をめくっていく。
何枚かめくった後で、手の動きが止まった。
「これにするか」
『ニューズ2個の納品』
最初の依頼が決定した。
◆
アランヤ村から少し歩いたところに、『ニューズの林』と呼ばれる採取地があった。
ここでは、トトリたちが受けた依頼の一つである、『ニューズ』を採取することができる。
年がら年中、木々からぼとぼととニューズが落ちてくるので、ニューズの林と呼ばれるようになったという。
ニューズとは、とある木になる実の名である。
殻の外側には小さな棘がついており、爆弾の材料にもなったりする。
しかし、この棘は意外と柔らかく、成長すると棘の部分は根っこの役割を果たし、またニューズの実を実らせるのである。
この林には、ニューズの木がたくさん生えていて、そこら中からニューズの実を拾うことができる。
「さっさとやっちまうか」
「そうだね」
トトリたちも手分けして、辺りの散策に向かう。
木から落ちたものでも、当たり所が悪いものだと品質が悪くなり、売り物や商品にならなくなる。
素材を見分ける力、これはトトリの得意分野である。
彼女の師から学んだ、錬金術には、素材の品質も重要な要素となるからだ。
そのため、品質を見分けるルーペを、師匠から譲り受けていた。
ジーノが実を拾ってきて、トトリが鑑定する、そのような分業が行われていた。
すると、そこに、
「――――あだっ」
ゴツン、ととてもいい音がなった。
遠方から飛んできた樽が、ジーノの頭に当たった音であった。
「大丈夫、ジーノ君?」
「いてぇ、……おいでなすったか」
たるが飛んできた方向を見ると、そこには明るい茶色の毛皮の、丸い動物がいた。
垂れた長い耳を持っており、小さな手で、体と同じほど大きな樽をもって、こちらを睨んでいる。
『たるリス』と呼ばれるモンスターだ。
人を見かけると、どこからか持ってきたるを投げつけてくる。
かわいらしい外見をしているのだが、モンスターである以上、人に害を与えてしまう。
ジーノが、腰にかけていた剣を抜く。
まだ小柄な体に似合う、細剣であった。
鈍く銀に光る刀身で、顔と相手の体とを結ぶ。
「ジ、ジーノ君、モンスターだよ」
「わかってる」
トトリには、まだ怯えが見えた。
彼女の腕には、師匠から授けられた愛杖が握られている。
腰を落として、構える。
たまらない緊張感が、一同の間に流れていた。
じりじりと、日差しが肌を焼く。
先に動いたのは――――ジーノだった。
たるリスに向けて、一直線に走った。
それに応えてか、たるリスがジーノにめがけて、たるを投げつける。
ジーノはそのたるを、あろうことか
「おらぁ!」
これには虚をつかれたたるリスに、たるがヒットする。
情けない鳴き声を上げて、たるリスの体制が崩れた。
それを逃さず、ジーノの切っ先がたるリスの体を薙いだ。
絶命、血を払って鞘に納める。
一瞬の出来事だった。
少なくとも、今のトトリにはそう見えた。
「……ジーノ君?」
「いたた……、こぶになっているかも」
顔をしかめながら、先ほどたるが当たった箇所を撫でている。
「ジーノ君、大丈夫なの?」
「おう、それよりも、――――来たぜ」
ガサガサと、草むらをかき分けて、たるリスが姿を現した。
その数、10匹。
「う、うわぁ」
「さすがに多いかなぁ」
「に、逃げようよ?」
「いやいや、冒険者になるためには、これくらいは簡単に片づけられないと」
「そんなこと言っても……」
「見てろ……」
ジーノが再び、鞘から剣を抜き、中段に構える。
片方の手で、トトリを下がらせる。
たるリスたちは、ご自慢のたるを片手で持ち、発射する体制に入っていた。
「行くぞぉ!」
気合を入れて駆け出したジーノに向けて、たるは放たれる。
10個も投げられたたるは、もはや面であり、それがジーノに迫ってくるのだ。
「わああ、危ない!」
物陰に隠れていたトトリには、避けきれず、ジーノに当たってしまうと思った。
しかし、
「――――え?」
トトリの疑問は、たるリスたちも同じように感じていた。
たるにぶち当たったジーノの姿が、霞のように消えてしまったのである。
いや、たるも当たった音は聞こえなかった。
そこに在ると思っていたジーノの姿が、消えてしまったのだ。
一体どこに?そう疑問を浮かべたたるリスたちの、真横から答えが飛んできた。
切っ先はすでに体にめり込んでいた。
ザシュ、と肉を割く音とともに、鮮血がほとばしる。
視線をそちらに向けたときには、二の太刀が、たるリスの胴体を切り裂いていた。
新たなたるを用意する間もなく、あっという間にたるリスの群れを殲滅してしまった。
「……ジーノ君、すごーい」
「鍛えてますから」
剣を鞘に納め、左手に力こぶを作って見せる。
「さあ、アランヤ村へ戻ろうぜ」
◆
「驚いたな。もう持ってきたのか」
夕暮れ時、辺りが暗くなってくるころ、トトリたちがゲラルドのバーへ入っていった。
この時間帯になると、店の中にはちらほらと客の姿が見えだしてくる。
テーブルを囲んでいる者、カウンターに腰かける者、様々だ。
人々の間を抜けて、トトリたちはゲラルドに依頼の報告をしに行った。
ニューズの納品を終え、報酬とおまけの物品をもらう。
『マジックグラス』は、ジーノには使い道がない代物なので、トトリがもらうことに。
「品質にも問題はない。なかなかいい仕事をしてくれたな」
「ジーノ君のおかげです。こう、ばったばったと敵を薙ぎ払ってくれてですね――――」
「トトリ、言うなよ。恥ずかしいだろ」
興奮して饒舌になっているトトリとは対照的に、ジーノは羞恥を感じているようだった。
「ほう、あの悪ガキがねえ」
「やめてくれよ、おっさん。明日も早いんで、今日はもう帰るよ」
「じゃあ、私も帰るね」
「じゃあな、トトリ、おっさん」
「ばいばい、ジーノ君。ゲラルドさんも、さようなら」
「おう、気をつけて帰れよ」
ゲラルドが笑顔で見送った後、カウンターに視線を送る。
「どうだい、お前の娘の様子は?」
「ツェツィの方も落ち着いていたよ。今日は飯抜きにならなそうで、よかったよかった」
グイード・ヘルモルト。トトリの父親である。
トトリが来る前から、カウンターに腰かけていたのだが、持ち前の影の薄さで、娘から気づかれることはなかったらしい。
ゲラルドからは、付き合いの長さから、トトリよりは認識されるようになっている。
「冒険者になりたいだなんて、誰に似たんだか……」
「どっちの娘も母親似だよ。頑固で、意見を曲げない」
「お前はいいのか?トトリが冒険者になることについては」
「そりゃあ、できるならやめてほしいけれど、あの子は僕の言葉では止まらない」
「親の心、子知らずってやつだな」
「人は一人で大人になっていくものさ。親はいつまでも子の面倒を見ていられるわけじゃない」
「それならせめて、娘の門出を見送るってか?」
「そうだね」
「ツェツィもトトリも、お前に似なくて良かったよ」
大人二人の会話は、酒場の空気の中に溶けていく。
動き出した歯車は、もう二人に止めることはできない。
◆
枕元に、剣を立てかける。
この世界に来て、もう十何年にもなる。
前の世界に居たころのことは、もうろ覚えになりつつある。
どうやら、転生と呼ばれる現象を体験したらしかった。
新しい器に入り込む際、前世の記憶も一緒に持ってきてしまったらしい。
前世での名前は、■■■。
今世での名前は、ジーノ・クナープ。
鉄と機械であふれるコンクリートジャングルではなく、緑とモンスターであふれる異世界での俺の物語を始めよう。
ああ、今俺は生きている。