Armored Core farbeyond Aleph 作:K-Knot
マグナスとジョシュアは久しぶりに二人でゆっくり時間を過ごしていた。
フィオナの妊娠が発覚したり、ラインアークが危機に追い込まれたりと友とのんびり語らう暇もなかったのだ。
もちろん今もそんな場合ではないが、とりあえず差し迫った危機はない。
あくまで何かあればすぐにネクストの元に駆け付けられる場所にある店で、二人は昼間から酒を飲んでいた。
フィオナが待っているから5時には帰る、とマグナスが言ったのを聞いてジョシュアは少しだけ笑った。
「すっかり、私の方が年をくってしまったな」
ジョシュアはそう言って隣でガブガブと酒を飲むマグナスを見るが、相変わらず20そこそこにしか見えない。
自分の方が年下…というのはこんな事をして、こんな年ならばもう関係ないのかもしれないが、それでも昔はそれなりにハンサムな男だったジョシュアは全く老化しないマグナスを少しだけ羨ましく思った。
「……」
またマグナスはグラスを空にした。
見た目に似あわず…だが伝説のレイヴンというイメージには良く合ってマグナスはまさしくうわばみで、タバコも鬼のように吸う。
それでいて健康なのだから羨ましい。
「もうすぐだな」
「ああ」
「気分はどうだ?」
最初は気遣う余裕もなかった。
いざ子供が出来て生まれそう、となったときに撃破されてしまったのだからどうなるのかと思ったがこの調子ならば無事に子供はこの世界に生まれることが出来るだろう。
「…昔は…この瞬間だけ生きていればいいと…戦っているときはずっと思っていた。だが今は、俺はなんとしても生きる。そんな意味では…強化人間になって、寿命が縮んだことが残念だ。俺はいつまで子供の成長を見守れるのだろうか」
「そう、か。そうだな。…だが、それでいいのだろう」
力それのみに固執すればそれは凄まじく強い。
これから先に生きる何十年もの時間をその瞬間のみに使ってしまおうとするのだから。
しかし、その強さ以外は…あの少年はどうなるのか、とジョシュアは考える。
恋人がいるのは意外だったが。マグナスはあの日からずっとあの少年は変わったと言っているが、そこにマグナス自身の罪の意識があるのかどうかは語ってくれない。
余計な心配をかけて身体に負担をかけない為にフィオナにも話していないのだろう。
「……自分がどこの出身かも覚えていないのだろう?」
マグナスが何をどれだけ一人で抱えているかを全て把握する術はない。
ほとんど自分の事を語ることをしてくれないからだ。いつか過去を聞いたら強化人間手術を受けて記憶を失くしたと言っていた。
「強化人間手術で失われる物は大きい。人格の破綻、感情の破壊…それに比べれば、俺の記憶喪失などマシな方だ」
「……。……! その名前は? 誰が?」
そこまで聞いて初めて気になった。マグナス・バッティ・カーチスという名前はいつから名乗った物なのだろうか。
誰もが知っている伝説の傭兵としての記号だから誰もその由来など気にはしないのだろうが…。
「俺が目が覚めた時、研究所が襲撃されていた。なんとか生き残って逃げ伸びたが、その時自分がいた部屋に書いてあったのがその名前だ。結局俺以外は皆死んで…拉致なのか、進んで手術を受けたのかも分からん。今から…30年以上前の話だ」
「ふむ」
「だが一つ、覚えていることがある。何度も繰り返し聞かされてきたのだろう。言葉を扱うことや、歩くことと同じようにそれは忘れていなかった」
「なんだ?」
「話していたのは…俺の母か、祖母なのだろう。寝る前に何度も聞かされた記憶が、おぼろげだがある。黒い鳥の話だ」
「ふっ。子供を寝かしつけるときに聞かせる話か?」
「俺もそう思うがな。……神様は人間を救いたいと思っていた。だから、手を差し伸べた。だがそのたびに、人間の中から邪魔者が現れた。神様の作ろうとする秩序を、壊してしまう者。神様は困惑したらしい。人間は救われることを、望んでいないのかとな」
「ますます、子供に聞かせる話だとは思えん。……あれこれ指図されたくない、それだけだろう。お前もレイヴンだったんだから、分かるんじゃないか」
「そうかもしれんな。だが神様は人間を救ってあげたかった。だから先に邪魔者を見つけ出して、殺すことにしたんだ。そいつは「黒い鳥」と呼ばれたらしい。何もかもを黒く焼き尽くす、死を告げる鳥。これは、本当の話だと…。ずっと昔の、俺の何代も前の祖母が見た出来事らしい。黒い鳥とは? 神様とは? 考えて思ったのが…地上で蠢く人間たちと全く違う視点を持った存在…」
「……」
ジョシュアはツッコむかどうか迷っていた。記憶がないのならば、当然幼い頃から学んだはずの人類の歴史を忘れていても仕方がないからだ。
どう考えてもその話が事実のはずがない。この西暦2200年になるまでにそんな話は……。しかし、黒い鳥という伝承は確かに世界中にある。
だがそれにしても、それを実際に見たという話は初めて聞いた。マグナスの記憶の混濁なのだろうか。やはり深くはツッコまない方がいいのかもしれない。
そう考えていると一人の兵士が駆けこんできた。
「失礼します!」
「何事だ」
その兵士からの短い説明を受けてマグナスはすぐに席を立った。
少しやらなくてはならないことが出来たな、と表情を変えずに呟いて。
西に沈む太陽の光を受けて影を落としながらとぼとぼとガロアとセレンは歩いて帰っていた。
(俺が…俺がいたから…)
相手がどうであれ、結局自分の存在が理由となっていた。
自分が恨まれているというのは分かっていることだった。それは自分の周りにも及ぶ。
…それも分かっていた。自分ですら、何かが違えばアナトリアの傭兵の守る全てを踏みつぶしていくつもりだったのだから。
ずきずきと頭が痛む。一体何なのだろう。
「もう夕方だ…はぁ」
何もしゃべらないガロアの隣でセレンはわざとらしく声を出すが無反応ガロアは無反応。
(俺がいたからセレンが襲われた。俺の大切な人は皆…)
結局どうやったってこうなるのかという思いが頭を渦巻く。
戦いからは離れられないし、離れることは出来ない。
「もうすぐ夕飯の時間だ。何か食べよう。な?」
(セレンの幸せな未来に…………俺は要らないんだろうな)
自虐でもなんでもなく、本当にそう思ってしまう。
いつからか始まった頭痛や幻覚、自分が何かしらの精神疾患や妄想に囚われているのは間違いないだろう。
だがこれは妄想では無い。生まれた日から自分の家族はみんな壊れていなくなった。それはどうしようもなく事実なのだ。
自分にはそれがあればあとはどうでもいいというのに。いつから、どうしてこうなってしまったのだろうか。
「先に部屋に戻るのか? いいぞ。そうしよう」
(戦いが終わったら…)
今日この手が届く場所でなんとか間に合った。
それでもいつか、かつてそうだったように壊れてしまうのだろうか。
どうしてだろう、いつも自分は戦いの中心にいる。
「ガロア!」
「!…!? セレン?」
いつの間にか部屋に入っていた。
「大丈夫か?」
「セレン…どうしてあんなところに行ったんだ」
「え?…お前の敵を調べようと思って…わざとついて行ったんだ」
「行かないでくれそんなもの」
「私があんな奴らに、!」
言葉が終わる前にセレンは抱きしめられていた。
いつかのように熱の籠った抱擁では無く、怖い夢を見た子供が親に縋りつくようだった。
「俺は怖かった。俺は心配だった」
「な、おい…」
「別にいいからそんなのは! 俺は……強くなっただろう? 何が来たって正面から叩き潰せる」
「……」
「これじゃあ…何の為に強くなったのか…」
奪ってきた。奪われてきた。ガロアの少年時代にはほとんどそれしか無い。シンプルな人生。
だからこそ、今になって奪われることに極端に怯えている。
小さく震える大きな身体を抱き返してセレンは初めてほとんど無敵に見えるガロアが恐れる物の一端に触れたような気がした。
「悪かった。もうしないよ」
よかった。元に戻ったとは言いにくいが少なくとも一番危険な精神状態からは脱した。
ガロアの激しい怒りが部屋に広まっていくあの時、その中心のガロアはむしろその怒りに進んで取りこまれようとしているかのようだった。
自分はガロアにそんな風になってほしくない、と思っているときおかしなことに気が付いた。
「…………」
(……? 何のためにって…ガロアが強くなったのはアナトリアの傭兵を倒す為だろう?)
「……」
(……! 私が…いるからか?)
ふと浮かんだ考え。それはガロアは自分がそばにいるから戦っているのではないかということ。
ほとんど根拠のない思いつきの割にはそれは実に真実に近かった。女としての冴えわたった勘だった。
「セレン、俺は……この世界の誰よりも暴力の理不尽な怖さを知っている。人間がどれだけ進化しても、いざという時の暴力には力で対抗しなければ壊れる、壊されてしまう。自分も、大切な人も」
(大切っ……)
今はそんな場合じゃないというのは分かっていても、しっかりと耳元でそう言われて顔が熱くなってくる。
そう言おうと意識して言ったという感じではない。当たり前にそう思っているから出た言葉のようだった。
心の中で当たり前にそう思ってくれているのだと思うと、セレンはもうそれだけで嬉しくてたまらなくなって強く抱き返してしまった。
「強くなるから、もっと。俺は強くなるから。セレンの為に」
とうとう口に出してしまったその一言は精神崩壊へと続く道だ。
ガロアが必死に頭を振り絞って出した答えはそれがギリギリだった。
自分がいるから周りまでも巻き込まれる。それでも離れたくはないからそれもなんとか出来るように強くなると。
「それって、……」
アナトリアの傭兵とやってることがほとんど同じなんだよ。
そう口には出せない。下手な事を言えば今度は自己嫌悪に苛まれてどうにかなってしまうかもしれない。
どれだけ身体を鍛えても心の弱い部分が確かにガロアの中にある。
「俺の周りで、なんでっ……俺を嫌いにならないでくれ」
(なにそれっ)
セレンは爆発するように一気に顔が赤くなった。
そんなことで嫌いになるわけが無いし、そもそも自分の身くらい自分で守れる。
それでも、その弱ったガロアのいじらしい言葉はセレンの心の奥のくすぐられたらやばい部分に999ポイントのダメージを与えた。
自分にはガロア以外いない。もしもガロアがいなくなればまた自分が分からなくなってしまう。
そうはっきり自覚しているのにこの自分に依存しきっている言葉。もうはちきれそうだった。
「……そんな事無かったから分からなかったけど」
「え?」
「セレンが男に触れられたりするのが嫌だ」
はうっ、とセレンはよろめいた。
依存、嫉妬、独占欲。
嫌いな人間から受けるのと好きな人間から受けるのとでこれほどまでに感触が違うものは無いだろう。
自分の好きな男からこう言われることはもう一つの女の憧れのような物だ。とうとうセレンははちきれた。
「ならない、ならないっ! 嫌いにならない! お前以外に身体を許すことも絶対ない!!」
「!」
「あ!? く、こっ、そうだ、絶対だ」
最近口を滑らすことが多すぎるのではないか。
ぽかんとした顔で徐々に顔を赤くするガロアを見てさらに顔を赤くする。
言い直そうとしても、簡潔にして率直な自分の本音を今更訂正することは出来ず、する気も起こらずまた言いなおす。
「…うん」
「……」
抱き着いたまま離れようとしないガロアの体重を支え切れずベッドに腰掛ける。
膝をついて自分の太腿の上に頭を乗せるガロアを見ても変な気持ちにならないのはなんでだろうと思いながら癖毛を撫でて気が付く。
(! あ…甘えている?のか? ガロアが?…は、あ…こんなの初めてだ…)
撫でられているガロアの表情は何を考えているかは分からないが、嫌そうな顔はしていない。
少々はにかんでいる…ようにも見えるような気がしなくもない。
(…ガロアも初めてなのかも…誰かに甘えるのって)
少なくとも母に甘えるという経験は絶対になかったはずだ。
自分も一人だがガロアも一人。
お互いになくてはならない存在なのだ。
そう考えると同時に母性本能までもがくすぐられてこれまでに無い程愛おしく思える。
「よ…よしよし」
「!……」
途端にぎこちない動きで上ずった声で頭を撫でてくるセレンのお陰でようやくメチャクチャだったガロアの気分が落ち着いてくる。
「大丈夫か?気分は…お、落ち着いたか」
「…ああ。飯だっけ…行こうか」
「…いや、まだ早いだろう?」
「…何?」
さっきとセレンが言っていることがまるで違うが、そんなことというのは結構あって、そういう時は大体言いたいことがあるのだとガロアは知っていた。
「甘えたいときは甘えておけ」
無論、セレンとて誰かに甘えた経験などほとんどないが、それでも食事を持ってきてくれるおばさんや歴史の先生など多少は話ができたし、甘えられる大人もいた。後日左遷させられたが。
過去を全て否定したい時期もあったが、自分という存在を受け入れた今になってそういう経験も必要だったのだと言える。
「何を馬鹿なことを…行くなら行くぞ」
そっぽを向く瞬間にちらりと見えたガロアは唇を噛みながらつぐんでおり明らかに何かを堪えている。
やっぱり強く大きくなった手前、プライドやら何やらが邪魔しているのだろうとセレンは察する。
「いいから。遠慮するな」
立ち上がって1秒もせずに腕を引かれてガロアはセレンの隣に座らせられた。
「……」
「ほら。おいでガロア」
「もう、もういいから」
「よくない。私、お前はなんでも出来る奴だと思って、だから…実際そうだから、誰かに甘えたことって全然ないだろ」
「……」
「甘えない人間って、強い、強いよそりゃ。全部自分の中で片づけられるんだから。でも、私は…お前と会ってから身の周りとかの世話されて…お前は私じゃもうよくわかんないくらい強いけど、甘えない人間って、人間じゃなくなるよ」
(甘えるってなんだ? 人間ってなんだ)
そんなクソ弱さをどうして出してもいいなんて言うのだろうか。ほんのちょっとの時間、出してしまっただけでも自分は自己嫌悪と恥で今すぐここから逃げだしてしまいたいのに。
それでもくらくらしてくる。艶やかな唇に大きな胸。こんなに打ちひしがれているときは、柔らかい身体に埋もれて胸いっぱいに幸せな匂いを吸いこみたい。
ガロアは今日爆発した様々な感情と頭痛に耐えきれずくらくらに加えてぼーっとまでしてきてしまった。
「だからほら」
知らないことが多すぎる。
本当ならその知らない感情が入るべき場所に強さが代わりに居座っているような感じだったのだ。
(……当たり前か)
腕を広げておいでおいでとするセレンの表情は10年以上前に霞が自分にそうしたのと全く同じ顔をしている。
そう言ったら怒るのかな、と思いながら懐かしさと耐えがたい誘惑に負けてガロアは飛び込んでしまった。
やっぱり自分は弱くなっているかも、と思いながら。
「……私はそれでもお前よりは大人なんだ」
出会ってからこれまでガロアがセレンを年上として尊重することはあっても甘えたり弱さを見せることなどほとんど皆無だった。
セレンがそのあたり下手くそだったこともあるかもしれないが、ガロアに子供らしさが許されるような人生じゃなかったのが一番いけなかったのだろう。
「…ごめん」
「家族だっていうなら…家族は守って守られるだけのものでもないだろう? 何かあったら言え」
(頭痛いんだ…凄く痛いんだよ…最近ずっとなんだ、戦っているときのほうが楽なんだ……痛ぇ……)
頭の中で蛇がのたうち回っているかのようだった。ずきんずきんと痛んでまともに呼吸も出来ない。
そう言ってしまいたかった。ずっと頭が痛くて痛くてしょうがないと。だがこれだけセレンが自分を心配してくれているからこそ、そう言う訳にはいかない。
そしたらきっとセレンは力づくでも自分を連れて行って戦いをやめさせてしまうだろう。言えない。
ガロアの中で起こっている異変にとうとうセレンは気が付け無かった。
ガロアがそれを強い意志で表に出さなかったからというのもあるだろうが、ガロアが素直に甘えてきてくれているのがセレンはひたすら嬉しかったというのもある。
言葉は返ってこないが腕の間に頭を埋めながらガロアは更に力を入れてセレンを抱きしめてくる。
(不思議だな…)
同じ抱擁でも身体の底から熱が湧き上がる様なものと安心して息をつくような物があるのかと、この年になってセレンは新しい発見をする。
色々あり過ぎた日曜日だったが、今は非常に時間の流れがゆっくりだ。
夕暮れに橙色に染まる部屋の中でただ触れ合っているこの時間の尊さはどんな宝石も劣る。
コンコン
「……」
「……」
まーた水を差されるのかと二人無言で思いながらもう慣れたという様子でガロアは立ち上がり扉に向かった。
扉を開くとそこにいたのは。
「久しぶりだな」
「帰れ」
いつだってこの世で一番会いたくない男、アナトリアの傭兵ことマグナスだった。
「今日は済まなかったな。君たちがここに住んでいることがどうしてあんな連中に漏れたのか…」
「テメェのせいじゃねぇんだろ。百歩譲って本当に悪いと思ってんならさっさと消えろ」
セレンが混乱しながらこちらを見ている。当然だろう。この目の前に立つ男がアナトリアの傭兵だという事は話していないし、どんな見た目かも言っていない。
自分と同い年くらいに見える男にどうしてここまできつい言葉を吐いているのかが分からないのだろう。
「そうだな。だが以前、妻が危ないところに手を差し伸べてくれたと聞いた」
「あんたが外出させなきゃいいんだ。忙しいから帰れ」
今分かったがこの男、前時代最強のリンクス及び伝説のリンクス等という大層な肩書の割には随分小さい。
背丈で言えばセレンよりも低いし、体重も自分より30kgは低いだろう。
拳銃なんかなくてもぶん殴ればそれだけで殺せそうなのに、目の前にいてもイライラはするが殺す気になれないのは何故だろう。
「礼と言ってはなんだが…受け取ってくれ」
「いらねぇ。失せろ」
菓子折りか何かだろうか、手に持った箱を差し出してくるが心の底から受け取りたくない。
「俺にはもう必要無いがこの辺では手に入らないからな。なに、綺麗に洗ってあるから安心してくれ。君たちはまだまだ必要だろう」
「あぁ?」
君たち、というのが気になるが、前にも似たようなことを言われて受け取ったのがアレフだったなと思った隙に手渡されていた。
「改めて礼を言う。また会おう」
「ふざけろ」
神経を悉く逆撫でするその顔を拒否するように扉を閉じると部屋が揺れる程の音が出た。
見えていないのを知っていながらガロアは中指を立てる。
「……誰だ?」
「くそ…夫婦そろって噛みあわねえったら…」
「夫婦?」
夫婦と聞いてセレンの頭の中で候補の消去が始まっていく。
そもそもガロアが誰かの妻に出会ったことなど自分の記憶にある限りでは一回しかない。
そして今の『噛みあわない』という言葉。
「……」
「え!? あれがアナトリアの傭兵か!!?」
「そうだ」
「そんな馬鹿な!? お前と変わらない年頃だったぞ!?」
茶髪に緑の目をした普通の背の高さのすっとぼけた顔をした白人、少なくともそうにしか見えなかった。
「そうなんだからそうだとしか言えん」
「はぁー…?」
意味が分からないという顔をするセレンに説明すらしたくないガロアは窓際の机の上に箱を置いて沈黙する。
「これ…何かな。この辺では手に入らない貴重品?なんだろう…」
「……」
一応、耳を当ててみるが金属や紙のぶつかる音は聞こえても分かりやすい時限爆弾なんかの音は聞こえたりはしない。
そもそもそんな回りくどい真似をする必要は無いはずだ。
「開けてみればいいんじゃないか?」
「………仕方ねえ」
意を決して嫌で仕方が無い中でぱかっ、と開けてガロアとセレンは目をひん剥いた。
「…これは…」
「エロ本…」
恐らくは極上物なのだろう、確かにこの辺ではまず手に入らなそうな過激なエロ本が数冊丁寧に箱の中に収まっていた。
それを手に取り怒りでわななきながら『よく洗った』ってどういうことなんだと考えていると。
「こ…れ…は…」
「……。…んのや、ろぉ…」
数冊のエロ本に蓋をされて見えなかった部分には、ラインアークのビラに包まれた何かがいくつかあり、
セレンがそれを剥くと中から卑猥な形をしたモノが出てきた。いわゆる大人のおもちゃと呼ばれる物である。
子供がお腹に宿った今でこそもう使わなくなったアナトリアの傭兵秘蔵の猥褻物であった。
「……………」
「夫婦そろって舐め腐りやがって…」
呆気に取られながらセレンがスイッチを入れると元気にうぃんうぃんと音を立てて動き出した。
わざわざ電池まで新品にしてあるという間違った気の使い方をしていることにセレンもただ絶句するしかなく、ガロアを見ると怒りで歯の根も合わぬほど震えていた。
一日に二回もガロアが怒り心頭になる姿を見るとは、とちょっと間の抜けた事を考えていると手の中で踊る男性器を模した極太の黒い機械が取り上げられた。
「ぬぁあああああああああ!!」
建物全体が揺れる程の絶叫をしながらガロアはアナトリアの傭兵から愛の籠ったプレゼントを外にブン投げた。
その一分ほど前、砂浜。
意外にも暇だったダンとメイはまた泳ぎに来ており、
それじゃガロアとか誘おう、と言ったダンに対して、二人で行こうというメイの言葉に従うがまま平穏な日曜日を砂浜でゆったりと二人で過ごしていたのだ。
「…………だから私…ダン君のこと好きよ」
「うお…おう。その…メイ、さん」
「……メイって呼んで?」
「……。メ」
ザクザクザクザクッ!!
「きゃっ!?」
「おおっ!?」
何かが始まり動きだしたと思った瞬間に空から正体不明の物体が降ってきた。
「な…なに…?」
「こ…こいつは…」
砂浜に突き刺さった複数の物体の中でも音を立てている物を拾い上げるとそれはダンがたまに行くポルノショップなんかで見ては自分には縁が無いだろうな、
と思っていた大人のおもちゃ、しかも途中で枝分かれなんかしちゃっているという特にハイレベルな物だった。
手に取ったそれが元気に動くのと真逆に固まっていると、ダンの顔に一枚の紙が当たった。
「……」
そこには海に浮かぶラインアークの写真と共に『新自由都市宣言』と描かれていた。
『いい雰囲気』を邪魔するには最高の一品が空から降り注ぎメイは完全にやる気を無くしダンは呆然としながら呟いた。
「自由すぎるだろ……」
普通、自分の身を守るための力を付けるのですが、それが膨れ上がれば上がるほど周りも巻き込むようになります。
ガロアしかり、アナトリアの傭兵しかりです。
自分以外に大切な物がないならそれでもいいのでしょうが……
追記
二話連続投稿しています。
なんかおかしいぞ?となった方は前の話を。