Armored Core farbeyond Aleph   作:K-Knot

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一世一代の告白

デイビッド、息子よ。聞いてくれ。これから俺は多分死ぬ。

ああ、いや。別に今から帰ろうと思えば帰れる。死のうとしているわけじゃないし、誰に強制されたわけでもない。

 

俺はもうお前の兄貴が赤ん坊の頃から数えて30年も父親をやってきたな。

もう長い事セックスレスだが、神に誓って浮気はしていない。本当だ。母ちゃんはちょっと疑っていたけど、本当だ。

俺には…母ちゃんやお前らと同じくらい大事な物があった、それだけだったんだ。

 

お前は普通に大学に行って、普通に歯医者になって、普通に嫁さん見つけたよな。

俺はそれをとても誇らしく思っている。いいんだ。それでいいんだ。おかしいのは『俺ら』の方なんだ。

 

なぁ、デイビッド。この世界には…結構いるんだ。強さが一番で、他のことはどうでもいいって奴はよ。俺もそうだった…いや、そうなんだ。

信じられないか?そうだろうよ、俺は父親をやっていたから。お前たちの前では。

 

俺にとって強くあることは何よりも大事なことだった。

でも、そんな俺にも強さと同じくらい大事なもんが出来ちまった。

30年連れ添った母ちゃんさ。

 

俺は、女を選んだ。ほっときゃいずれ誰かの女になるし、そうじゃなくともどんな綺麗な女も必ずババァになる。実際今の母ちゃんはぶくぶく太って立派なババァになったしな。

旬は今だけだったから。理屈に走って、強さを裏切っちまった。

 

家が出来て、ガキが三人も…ぽんぽこ出来て。大事なもんが増えちまった。

 

するとどうだ。戦う意味が少しぼやけた。

それからどれだけの時間を捧げても、ずっとぼやけていた。

後悔はしてねえが、ずっとぼやけていた。

俺の強さでお前らを守って、ずっと父親をやれたから後悔はしてねぇがよ…

 

カレンもきっとあと数年もしたら彼氏を連れてくるんだろう。結婚して、子供を生むんだろう。

きっと俺はその男を殴るだろうな。それがどんなにいい男でも、娘にはどこにも行ってほしくないんだ。それでもやっぱり祝福しなくちゃならないから、泣きながら祝福するんだ。

 

だがそれは俺がいなくても起こるイベントなんだ。

俺の代わりにお前とお前の兄貴…スペンサーと一緒にその男を力いっぱい殴れ。そして一緒に祝福しろ。

俺の代わりにお前らがいるから。

 

 

でもな、デイビッド。ここで戦う事だけは、俺の代わりはいない。

俺が戦わなきゃ起こらないイベントなんだ。

 

分かるか。この瞬間、俺は主人公になれるんだ。ぼやけていた強さが、何よりも輝いて。

そいつと戦うという事だけは、俺が勇気を奮わなきゃ起こらないから。

 

そうだ、ネクストだ。どうせ隠してもばれちまうだろうから言ってやるよ。来たのは奴だ、ガロア・A・ヴェデットなんだ。

ああそうだな。奴が変な行動を起こしたせいで、俺は未だにクレイドルに戻れずに地上にいる。孫の顔を拝めるはずの出産予定日にも仕事が入っている。

 

お前から見た俺は……そうか、ありがとよ。そう言ってくれて。救われる気分だ。てっきりダメ親父だって言われるもんかと思っていたぜ。

 

ぼやけても、他に大切なもんが出来ても。

俺は数十年積み重ねてきた。

あいつらネクストなんてのが出てきやがったせいで、俺らはどうしたって一生名も無き兵士Aであることは間違いなかったのに。

だが…一番になれないと分かっていても…それでも俺は積み重ねてきた。

 

俺は一番になるために積み重ねてきたんじゃない。

 

強い奴と戦いたかった。その願いが今日、叶うんだ。

 

お前たちが幸せになることは…もう、叶った。俺の最後の願いが叶うんだ。

 

いいや、やめないさ。もう止めるな。分かるだろう?

 

俺は、これから俺の意志で戦う。

もしも帰って来なかったらお前と、……その時の俺は大佐になってんだろうな。

嫁さんの間にこれから生まれてくる子にたまに言ってやってくれ。

 

 

 

お前の爺さんは、この世界で一番強い男と戦って死んだってな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さらに六日後、全ての準備が整ったという事でカラードからこちらに来たリンクスのみ集められ作戦が説明されることとなった。

メルツェルとオッツダルヴァの話によればORCAが当初予定していたメンバーが襲う場所は変わらず、さらにそこに防衛として割り当てられるだろうと予測されていたネクストを襲撃に回すとの事だった。

例えばカーパルスにはジュリアスとジェラルドが行くという。戦力としてもそうだが何よりも、混乱を誘発し出来れば戦闘を避け、可能ならば寝返らせるためだと言う。

ラインアークの防衛はマグナスとジョシュアに新たにネクスト(と言ってもリンクス戦争の頃と同じものだが)が与えられ、その二機が守ることになるという話だ。

 

「………そしてガロア、お前の役目は現在アルゼブラが支配しているリッチランドの防衛戦力を殲滅し、こちらから手配する守備部隊が到着するまで防衛することだ」

 

「え?リッチランド?」

カラードから結構リンクスが移ったんだな、と周りの顔を見ていると、オッツダルヴァに急にミッションの説明をされて焦る。

聞いていなかったのではなく、聞こえたから焦っているのだ。

 

「アルテリアを襲撃するとともにリッチランドを奪い企業の体力を奪う。兵糧攻めだ。全面戦争は避けたいし、電撃戦では意味がないのだ」

 

「いや、待ってくれ。俺がアルテリアのほうがいいんじゃないのか」

てっきり激しい戦場に送られる物だと思っていたので拍子抜けしてしまうし、隣のセレンもぽかんとしている。

 

「リッチランドはGAとアルゼブラの支配域がぶつかる場所にあり、食料生産量も非常に豊富だ。両企業に睨みを利かせられ、ダメージも絶大、さらに食料も確保できると…一石三鳥だ」

 

「重要なのは分かったけどよ、そんなこ」

 

「自分が受けたミッションを覚えているか?ガロア」

 

「まぁ…」

やけに優しい声をかけてくるテルミドール改めオッツダルヴァの言葉に顔を逸らしながら答える。

一番最初からラインアークを襲って各企業のフラグシップをぶっ壊してとどめに最強のネクストのホワイトグリントを破壊と来た。

思い返してみれば中々ハードだった。

 

「お前が受けたミッションはどれも極めて難度が高く重要な物ばかりだった。この意味が分かるか、ガロア」

 

「ああ…そういう事か」

セレンは眉を動かさずになるほどといった顔をしているが、前線で暴れまわる以外に能が無いガロアにはよく分からない。

 

「ランクは関係ない。企業が一番恐れているのがお前だ。我々もお前を勧誘する前は一番警戒すべきリンクスとして扱っていた」

 

「俺が動くこと自体が陽動になるってことか?」

 

「そうだ。元カラードリンクスによる各地のアルテリア同時襲撃に加えて、最重要戦力であるお前がリッチランドに行けば何か重大な意味があると考えるだろう」

 

「ふーん…」

 

「逆に言えばどこに行こうと結局お前が行く場所が一番激しい戦場になる可能性もあるという事を忘れるな」

 

「……」

その言葉にセレンは苦々しい顔になる。

やはり自分を危ない場所に行かせたくないのだろうが今の言葉通りならばどこに行っても同じだというのも分かっているらしく何も言わない。

 

「元々ラインアークはアスピナ機関とも提携関係にあり、技術及び資源の提供をしてくれている。今回ラインアークの二人にネクストが来たのもそのコネクションのお陰だ」

 

「分からねえな。オーメルとアスピナは完全に上下関係にあるんじゃないのか」

となると元アスピナの天才アーキテクトがホワイトグリント開発に手を貸した理由も分からなくなってくるが。

 

「それは正しくない。正しくはオーメルが金に物を言わせてアスピナを取り込もうとしたのだ。だがアスピナは優秀なリンクスによる実験データを欲しがっていた。それにそちらの方が将来的に価値がある」

 

「なるほどな」

そういえば極めて高いAMS適性を持ち戦場で戦闘データをとっていたジョシュア・オブライエンもかつてはアスピナ所属だった。

 

「だがそれだけに不気味だ。同じく技術屋体質のトーラスとの繋がりも示唆されている。奴らは実験データが得られればそれでいいのかもしれん」

 

「結構不安多いんだな」

 

「…まだある。アンサラー計画というのは公にも知られているがそれがどういう物なのか、情報の欠片すらない。またそれ以上に不気味なのがこの間確認されたソルディオス・オービットだ」

 

「あの変態球か?」

 

「そうだ。技術的に完全に我々の知る技術を超えている。我々はこれをアンサラー以上の脅威と見ている。というよりもネクストよりその二つが主たる脅威と言った方がいいな」

 

「近い、オッツダルヴァ、近いぞ」

何かの本で男のパーソナルスペースは正面に広いと聞いたことがある。

そこに他人が入ってくると機嫌が悪くなる距離ということだが、オッツダルヴァはそこに軽々と入ってきている。

オッツダルヴァの頭の中で何が起こったのか、少なくともガロアには分からないので困惑するしかない。

 

「……。基本的に私たちの作戦が人類全体の発展と幸福に繋がることは企業側も理解している。ここでアルテリアを襲撃し、企業の戦力を減らせば恐らくは早めに降伏するだろう」

ガロアの言葉に少しだけ沈黙したオッツダルヴァが数歩下がり、また言葉を続ける。

 

「維持費をこちらに丸投げしてしまおうってか」

 

「その通りだ。勝てないと分かれば降伏するだろう。企業上層部はその後は私たちにいったん管理を任せるはずだ」

 

「問題はその間、か?」

セレンの言う通り、その間黙って指をくわえて見ているほど企業も抜けてはいないだろう。

 

「そうだ。管理を丸投げした後、アルテリアに回していたはずの資金や資源そして戦力をどう動かすかはカラードのスパイや王小龍からの情報次第だな。だが予想はつく」

 

「どういうことだ」

 

「今回の作戦、到底民衆にその真意を隠し通せるものではない。それが分かってるからこそ企業は交渉も跳ねのけてきた。恥も外聞も捨てた企業はアサルトセルを掃射した後に一斉に我々に攻撃しアルテリアを奪い返しに来るだろう。あくまで自分達が人民の命と発展の足掛かりであるためにな。声だけ喧しい主導者には誰もついてこない」

 

「待てよ。そんな事みすみす許すはずないだろ」

 

「そうだ。だから…その時狙われるのはまず企業上位に所属していたリンクスと、お前だろうな、ガロア」

 

「……」

 

「話し合い次第だが、私たちは同時に新たなクレイドルの建設を進めたい。汚染された地球から残る4億人の人類を全て空に逃す。その後の宇宙開発自体はクレイドルでもできる」

 

「結局ケツに火が付いた状態なのは変わらねえんだな」

 

「汚染が消えるわけでは無いからな。逃げ場がない状態を打破するための作戦だ。…ところでガロア、オッツダルヴァじゃない」

 

「へ?」

 

「兄さんだ。ほら。大事なことだ」

 

「……」

繰り返しになるが、オッツダルヴァの頭の中で何が起きているのか、ガロアは分かっていない。

それにここ最近人との関係があまりにも目まぐるしく変わり過ぎて既に脳みそはパンク寸前なのだ。

ガロアは色々言おうとして結局口をぱくぱくさせることしか出来なかった。

 

「オッツダルヴァ、後にしろ、後に。大事かどうかはとりあえずいいから、今はそういうときじゃない」

ガロアに詰め寄っていたオッツダルヴァの肩を引いて、メルツェルが前に立つ。かなり落ち着いた知性的な雰囲気の持ち主で、何人ものリンクスの注目を浴びても堂々としている。

手にしていた紙の束を読み上げていたオッツダルヴァだが、その作戦を練ったのはメルツェルだろうとウィンは言っていた。

だったら何故自分でORCAを率いていないのかはガロアにもよく分からない。

 

「…私は戦争孤児。そしてテルミ…いや、オッツダルヴァはクローンだ。戦いによって生まれたり運命を捻じ曲げられたものもリンクスには多い。そんな世界だ、ここはな」

 

「……」

セレンは生まれず、ガロアが普通の家族と育ち普通に学校に行っていた未来。

そんな未来を二人同時に思い描き、あまりにも朧な想像に俯いてしまう。

 

「戦争など、どちらも始めた時点で悪だ。どんなに綺麗な理由があってもこれからの戦いで死ぬ者はいて、あるいは路頭に迷う者も出るだろう。だが…誰かがやらなきゃならないことなんてものがあるとしたら…それは偶然でもなんでも、力がある者がやらなくてはらないんだ。力には責任が伴うものだ。それでもやはり、これから人生が壊れる者は表れることになる。どうしてもな」

 

「……」

 

「だが願わくば…この戦いでこれから訪れる未来に、私達の様な子供が少なくなることを祈っている。綺麗事に聞こえるか?割と本心だ。そういう事に、命を賭けるなら悪く無いと思っていたのさ。以上だ」

 

(いい事言うじゃんか)

そう思いながらガロアは考える。

戦いによって生まれて作られ出会ってきたこれまでの全てを完全に間違った道だとは思っていない。

常々思う事だが物事に正しいも間違いも無い。本人がどう思うか、それだけだ。色々あれど、セレンに出会えたこの人生をガロアはそう悪く思ってはいない。

ただ…未だに自分を許せていない。あらゆる罪に対して。ガロアは真面目すぎた。

 

「行こう、セレン」

 

「ああ」

既にオペレーターであるセレンの情報端末には作戦概要、及び開始時刻は示されている。

いよいよもって戦いが始まる。

 

 

 

 

「ん?」

廊下を歩いているとふと奇妙な気配に気が付き辺りを見回す。

 

「どうした?ガロア」

 

「いや…何か変な気配が…。どうしたんだ?変な顔して」

セレンがこちらを見て凄い顔をしている。

いや、正確には自分の後ろ辺りか。お化けでも見たような顔してどうしたんだ、と思いながら振り返ると。

 

「……」

 

「うああぁっ!!!」

妖怪がいた。今の今まで、そう、セレンの方に向くまで何もいなかったのに突然現れた顔を白く塗った男。

こっちを満面の笑みで見ながら…手をすりすりと艶めかしく触ってきた。

 

「いいわぁ…戦い以外何も知らない手…ぞくぞくしちゃう…あなたはそんな子じゃないのにねぇ…」

 

「ひぃぃ!!なんだお前は!!?」

 

「あなたは不思議な子ね…あれほど悪辣にふるまっておきながら…あんなに綺麗な涙が流せるなんて…良いわぁ…あなたみたいなウブな男の子………好・き」

そう、この変態はガロアが初めてラインアークに来た日にも遠くから双眼鏡で眺めており、そのやり取りと泣き顔を見てガロアを完全に気に入ってしまったのだ。

 

色々な意味で。

 

「で、でで、出た…」

さりげなくガロアに抱き着いてしまっているセレンだが、ガロアもセレンも目の前の妖怪に気を取られて気が付いていない。

 

「誰だよこいつ!?」

 

「あたし?アブ・マーシュ。ガロア君、こっちに来ない?」

初対面とは思えない馴れ馴れしさで腕を組みガロアを暗がりに連れていこうとするアブ。

 

「いいい嫌だ!あっち行ってくれ!……?は?アブってあの?」

 

「そうよん。あなたがメチャクチャに壊したホワイトグリントを作ったのはあ・た・し」

 

「……」

気まずくて黙ったのではない。

語気を強めながら放ったウィンクがあまりにも吐き気催す物だったので口を閉じざるを得なかったのだ。

 

「おおおま、お前ガロアに何の用だ!ガロアにそんな趣味はない!」

 

「ちょっとぐらいいいじゃないのぅ。減るモノでもないんだし。ガロア君にプレゼントがあるのよ」

 

「いいいいらない…いらない。離してくれ」

減るモノって、何をするつもりだったのか想像するだけで緩やかな死を迎えてしまいそうだ。

 

「悪い物じゃないわよ」

 

「……一体何をくれると言うんだ?」

その動きは不気味そのものだしガロアにべたべたと触るのをセレンは許せなかったが、あの天才アーキテクトがいい物と呼ぶのならばあるいは本当にいい物なのかもしれない。

 

「ネクストよ」

 

「は?」

 

「んもう。もう耳が遠いの?ネ・ク・ス・ト。あたしがガロア君の戦い方に合わせて作った奴、あげるわ」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ。あんた、ネクストなんてそうほいほい渡せるものでも作れるものでもないだろう」

と、言うが実はアブはガロアが協力すると言ったその日から戦闘データを集め作っていたのだ。その上。

 

「ホワイトグリントみたいな超性能の奴じゃないわ。あの斥力発生装置はあたししか作れないから1年はかかるしね。普通のネクストに機能を追加した奴よん。お金はあたしが出してあげたわ」

 

「待て。あんたか。アレフ・ゼロから武装引っぺがした奴は」

 

「そうよ。ダメだった?」

 

「何か言えよ!!当たり前だろ!!」

 

「新しいネクストあげるってば」

 

「いや…でも…」

 

「なぁによぅ」

 

「…アレフ・ゼロが寂しそうだった」

 

「機械の心が分かるの?」

 

「知るか、んなもん。でも…あいつ俺の事結構好きだと思う」

ピンチに追い込まれたことは多々あれどその度にあのネクストは力を貸してくれた。

ガロアはずっとそんな気がしているのだ。つまり、あのネクストは自分の事が好きなのだと。

 

「…………」

口裂け女もとい、口裂け男の如く口を真横に広げて無言で笑う様はセレンとガロアを壁際まで引かせた。

 

「ますます気に入ったわぁ。ついてらっしゃい」

前を行くアブのニーソックスから覗く黒々と焼けたひざ裏の関節が実に気持ち悪い。

 

(どうすりゃいいんだセレン)

 

(……。気色悪いがネクストをくれると言うなら貰っておこうじゃないか)

ひそひそと会話して意見をまとめ、とりあえずアブがどんな行動に移っても回避できる間隔を保ちついて行った。

 

 

アレフ・ゼロが格納されている隣の倉庫に連れられてなんとも間抜けな顔をする。

隣でやっていたことにも気がつかずに体を鍛えながら頭をかしげていたなんて間抜けもいいところだ。

 

「これ?」

 

「そうよ。これ」

 

「アレフ・ゼロじゃんか」

見た目はほとんどアレフ・ゼロのままである。

ただ背部にグレネードもロケットも無いしところどころに小さな穴があいているし脚部にでかでかと自分の名前が書かれているが、

それでも新旧ホワイトグリントほどの違いは見えない。

 

「見た目を変える程の時間は無かったのよ。そうね…まずは…」

 

「マシンガンしか無かったらガロア死んじゃうだろ!」

 

「落ち着きなさいよ、もう。あの肩部を見てちょうだい」

怒るセレンにガロアも黙って同意する。グレネードとロケットをどこへ消したと言うのか。

 

「フラッシュロケットだな。…?なんか大きいぞ?」

 

「そうなのよ。ガロア君、あなたこの形に決めてからオーバードブースター以外何も変えていないじゃない?」

 

「そうだな」

 

「ネクストもノーマルもMTやAFに比べて優れているのは状況に応じて武装を柔軟に変更できるところにあるのよ」

 

「ガロアはそのメリットを潰していると?」

 

「その通りよ。だから…フラッシュロケットにグレネードもロケットも埋め込んじゃいました」

 

「は?」

 

「もう換装は出来ない。その代わり接合部やもろもろが必要無くなったお陰で重さが3分の1にできたのよ。弾薬は両方に半分ずつ入っているわ」

 

「へぇー…」

つまり軽くなったということだ。

確かに武装を変える気も無かったし、ここではどちらにしろ変えられないだろうから良い改造かもしれない。

 

「それで…ガロア君の今までの戦いを見たのよ。あなた、とにかくブレードを使うのが上手いのね。しかも格闘センスが半端じゃないと」

 

「そんで?じゃあ両方の手にブレードを持たせようと思ったとか?」

だがそこは変わらず右手にはマシンガンがある。

もしかしたら銃剣よろしくあそこからブレードが出たりなんかしているかもしれない。

 

「ジュパジュパジュパジュパァッッッ!!!ムムムッ!!?」

 

「「!?」」

突然目の前で自分の指をしゃぶり始めたアブに、セレンとガロアは二人でドン引きし抱き合う。

 

「ツメが甘いわぁ!!!」

と言いながらマニキュアやネイルアートでゴテゴテの爪をガロアに目の前10cmの距離で見せて来る。

 

「ご…ごめんなさい…」

 

(ガロアが謝った!?)

セレンに(だけ)は優しいし、そんな大それた間違いを犯すような事も無かったがセレンは知っている。ガロアは決して謝らない。

口が利けなかった頃からも、バツの悪そうな顔すらしなかった。

それがこんなわけのわからない場面で謝罪するとは。

 

「あたし昔から格闘漫画とか好きでねぇ」

 

「……」

 

「……」

固まっている二人を置いて話を続けるアブ。

しかも脈略が無いと来ている。

 

「頭の秘孔を突いた!とか好きなんだけどずっと思っていたことがあるのよ」

 

「な、何を?」

 

「刃物で刺せばいいじゃないって」

 

「……」

不粋もいいとこだが確かに美意識を無視すれば殴れるなら刺した方が早いし強い。

 

「という訳で肘、膝、つま先、かかとからブレードが出るようにしたの」

 

「ははぁ」

ところどころに空いている穴はそういう事だったのか。

 

「余剰分の積載量はほとんどそっちに回したわ。さらに運動性能をあなたの身体性能に合わせて飛躍的にアップさせたわ。その分フィードバックも凄いけど」

 

「待てよ。俺の身体性能なんてもんをなんであんたが知っているんだ。それにフィードバックが凄いってなんだ」

 

「格闘家は肌で空気を感じ痛みで緊張感を得るわ。そういうことよ。それに…あなたの身体性能、知っているわよぅ」

 

「だから何故だと聞いているのに!」

自分ですら完全には知らないことをさも知っているかのように話すアブにつっかかるセレン。

 

「出ていらっしゃい」

 

「ハイ、アブ様」

 

「ウォーキートーキー…?」

 

「あたしがこの子を作ったのよ」

 

「「……」」

セレンとガロアは同時に別々の疑問が浮かび黙る。

レオ―ネが作ったものではなかったのか、と思うガロアに対し、

こんな高性能なロボットを作る技術をアブが独占することを何故世間が許しているのか、とセレンは思う。

 

「ワタクシはガロア様の身体性能も成長率も筋配分も全て把握していマス」

 

「そういう事よ。この子と一緒に作ったこのネクストはまさしくあなたのもう一つの身体と言えるわ!」

 

「……そうか。ところで二つ気になるんだが」

 

「なぁに?」

 

「名前とエンブレムが違う。俺の出身はアルメニアだ。一応」

大きな0の上に剣と羽で描かれていたはずのNが、見覚えのある花の絵の上でただ大きくRと描いてあるのみ。

脚に書いてある名前もGalois.Armeria.Vedettになっている。

 

「もう国なんて古臭いもの捨てちゃいなさいよ。それに知っているわよ。この子がアルメリアの花をわざわざ持ってきて大事に育てているの」

 

「な!?なんで!?どこで見てたんだ貴様!!?」

 

(この子かぁ)

自分の中で大人の象徴のセレンがこの子と呼ばれるのにガロアは違和感を覚えるが、セレンはまだぴちぴちの20歳。

十分子供といえる歳である。

 

「ガロア君から贈られた物なんじゃなぁい?花言葉は思いやり…。いいわぁ…あなた達、ほんと好き」

 

「「……」」

多分悪い印象を持たれてはいないのだろうが『好き』というトーンがあまりにも不気味でそれどころではない。

 

「自然数Nの濃度はアレフ・ゼロ。実数Rの濃度はアレフ。だからこのネクストの名前は…アレフよ!NをRに変えるついでにArmeniaもArmeriaに変えちゃった」

変えちゃった、なんてノリで人の名前を変えていい物ではないと思うが、アブの短い言葉にガロアは少し興味を引かれる。

 

「?よく知っているな。アーキテクトなのに数学を専攻していたのか?」

 

「違うわよぅ!ただあなたよりずーーっと長生きしてるだ・け」

 

「アブ様は昔とファッションが変わりマセン」

 

(…長生き?)

アブのウィンクを避けながら違和感を覚えるが、顔は真っ白に塗られており身体はムキムキ。

歳は見た目からは全く分からない。

 

「今日からこのアレフに乗って戦ってちょうだい。ちなみにホワイトグリントほどじゃないけどオーバードブーストを着火したときに遊び心が出るようにしたわ」

 

「……」

 

『__、__』

 

「いや、別に俺が望んだわけじゃ…」

そこまで口にしてはっとガロアは我に返る。またすぐ近くにいるアレフ・ゼロが声をかけてきたかのような気がした。まるで文句を言ってきたかのようだった。

唐突に独り言を言いだしたかのように見える自分を見てセレンは『?』を両目に浮かべている。アブは気持ち悪い顔をしている。

 

幻覚を見ているのかもしれない。ネクストとリンクすることによる精神汚染は誰だって知っている。

だがそれはAMS適性の低い粗製が無茶をしたときに起こることのはずだ。まさか自分が、と思うが…。

アレフ・ゼロのことは好きだし、どこまでも着いてきてくれたこの機体に愛着もある。

だがネクストは機械なのだ。それ以上のことは…ヤバい領域に踏みこんでいるかもしれない。狂人は自分が狂っていると理解できないのが厄介なのだ。

いったん離れるべきなのかもしれない。この身体の方はともかくとして、精神の方がどうにかなりそうだ。

 

「そうか。アレフ…あー、ゼロの方はどうするんだ」

今まで口にしなかっただけで心の中ではアレフ・ゼロをアレフと呼んでいたガロアは少し混乱しながら言いなおす。

 

「パーツどりにでも使うかもね」

 

「これからの戦い次第デス」

 

「やめろ!置いておけ!」

ああ、また。

論理的に考えてそんな怒るような事でもないのに。

同時に二機を使う訳でも無いのだから、バラしてしまうのが普通にいい。

 

「ま。別にいいわ。資金難も脱しているし」

 

「ふーん…。でもいいのか?こんな物を俺に…住民だって」

 

「勘違いしないでちょうだい」

 

「は?」

 

「善意のプレゼントなんかじゃないわ。わからないの?」

 

「…どう言う事だ?ガロアに何を言いたい?」

 

「『働け!!』って言ってんのよ!あなたが壊したホワイトグリントの分まで、身を粉にしてね。言わば先行投資よ。はい。この専用のスーツを着ないと動かないからね」

 

「……。面白いじゃねえか。先にコックピット行って中で作戦開始まで待ってるぜ、セレン」

にぃ、と笑いスーツを乱暴に奪い取ってそのまま背を向けてアレフの元へと行こうとしてしまうガロア。

その背にアブが声をかける。

 

「ちょっと待ちなさい、ガロア君」

 

「何だよ?」

 

「私あなたのお父さんのこと知っているわ」

 

「……」

 

「!?」

セレンがさらに驚く中でガロアは歩みを止め背中で言葉を聞く。

 

「本当のお父さんの方よ。興味ない?」

 

「ねぇな。セレン、先に行っている」

無いわけでは無い。ただそれを作戦前に聞いて余計なことを考えて怪我なんてしたくない。

そんな言い訳をしながら過去から逃げる様にしてガロアはアレフの方に足早に行ってしまった。

 

「その…アブ・マーシュ」

 

「なぁに?」

 

「私は…知りたい。どんな人物だったのかを」

 

「…好きな人からの贈り物は値段関係なく一番大事になっちゃうのよねぇ」

 

「んなっ!?今はその話をしていないだろう!!」

そのこと自体は否定はせずに怒り出すセレンを見てアブは実に面白そうである。

今更ながらセレンの好意は周りから見てバレバレもいいところであり、そういうゴシップが好きで美人をからかうのが好きなアブにとってはいい獲物であった。

 

「いいわぁ。教えてあげる。そうねぇ…大きかったわ」

 

(大きい…?)

と言われてもセレンの知る中でガロアより背の高い人物はいない。

出会った頃はセレンの知る中で一番小さい人物だったというのにまことに成長とは不思議な物である。

 

「多分今あなたが考えている人の20㎝は大きいわ」

 

「な!?馬鹿な!?ガロアは2m近いんだぞ!220cmだと!?」

 

「ええ、そのぐらいあったわ」

 

「…お前、私をからかっているのか?」

身長2mの人間と言うだけでかなり少ないのにさらに2m20cmともなればスポーツ選手でも滅多にいない。

さらにアブの話を鵜呑みにすれば過去にレイレナード、レオーネメカニカ、アスピナ機関を経てここにいるというのだ。

少々信じがたい経歴だ。

 

「もっと面白いことがあるわ」

 

「なんだ」

 

「アレフ・ゼロのパーツは中古でしょ?」

 

「まぁ…」

独立傭兵として始めたガロアが企業から新品を回してもらえるはずも無く、中古のパーツをレストアした物を組み合わせたものを買う事になったのは当然である。

その分値段は低かったが。

 

「あの頭部…ガロア君のお父さんの機体が使っていた物よ」

 

「!!…本当か?」

全身の情報を統制しフィードバックまでの全てを計算し外の世界とリンクスを繋ぐ、コアに続いてネクストの最重要パーツの頭部を二十年以上の時を超えてガロアが使っている、とこの男は言っているのだ。

からかっているも何もガロア自身つい最近まで本当の親がレイレナードのリンクスだったこと自体を知らなかったのだ。それに嘘を吐く理由もない。

 

「今までなかった?ピンチの時にネクストがあり得ない動作をしてガロア君の戦いを手助けしたこと」

 

「……」

直近で言えばあのホワイトグリント戦での通常の倍の速度で回復したPAだろう。

もちろん損傷は酷くその後修理費がかさんだが、あれがなければ死んでいた。

 

「ガロア君のお父さんが…今でも息子を助けようとしているのかもね」

 

「アニミズムか?天才アーキテクトのアブ・マーシュともあろう男が」

 

「長生きしたおじいちゃんおばあちゃんほどそういう事を言うじゃない?経験上そうだとしか言えないようなことがあるからそう言うんじゃない?」

 

(いくつだ?この男)

気色悪いことを除けば、言っていることは一々的を射ているしデタラメも言っていないのは年の功を感じるが、

やはり年齢は分からない。それに長生きだとしてもそれだけでは説明できない部分が多すぎる。

 

「ネクストとリンクスは…繋がる。目で見て口で聞かせて手で動かしてなんてレベルじゃないわ。分かるでしょう?セレン・ヘイズ、あなたも…」

 

「……」

答えはしなかったが、セレンはその言葉の意味を理解していた。

確かに、リンクしたときのあの感覚はどれだけ口で説明しても説明しつくせない。

もう一つの身体を想像で操れるのだ。自分の身体は確かにそこにあるというのに。

 

「10年生きたら10年分だけ、100年なら100年分の時間が脳みそには詰まっている。たかだか1kgちょっとの………肉に」

 

(なんだこいつは)

アブの厚化粧の奥にある目に射抜かれゾっとしたセレンは一歩引いていた。

今までの変態染みた発言の気持ち悪さからではない。

世界中のアーキテクトの憧れの天才。その才気の一端に触れた気がした。

 

「満漢全席の料理を絞ってたった一滴の雫にしてもまだ足りない濃度のものをネクストは直接見ている。本当は義肢の技術だったのに、気が付けば視覚も聴覚もネクストが補うようになっていた」

 

「……」

 

「あたしにはAMS適性がないからあなたたちが何を感じているのか分からない。そして…あなたたちは…あれだけのAMS適性を持ったガロア君が何を…見ているのかも。神を?あるいは悪魔を?」

 

「なんだってんだ一体」

 

「アームが飛べば斬られたように痛み、ヘッドが砕ければ気を失う。いつかガロア君のお父さんの頭となっていたあれには…脳の奥の何かが…同化している、とか」

 

「どうかしているのはお前だ」

短いやり取りだったが、セレンは確信していた。

この男は自分が関わってきた中でもぶっちぎりで一番の天才だ。

言っていることのほとんどが理解できない。

 

「じゃあ、頑張ってちょうだい」

そうしてアブは、いつの間にか別の場所で作業にうつっていたウォーキートーキーの元に頭の上の如雨露をくるくると回しながら行ってしまった。

 

(…今でも助けようしている?だったら…戦わないようにした方がよっぽどいいだろう…。助けても戦いは終わらない…)

子供に戦争に行ってほしいなんて思う親がどこにいるのか。

ほんの少しではあるが親の気持ちと言う物が分かる様な気がするセレンは、そう思いながらちらとアレフ・ゼロを見たが鈍く光を反射するばかりで当然何も答えなかった。

 

 

 

 

「そっちはどうだ?ガロア」

なれないラインアークの指令室で周辺機器の所在を手触りで確かめながら通信を入れる。

一々手元を見て弄っていたら時間がいくらあっても足りない、というのはオペレーターをやっていて覚えた事だ。

 

『よく出来ているな、これは。俺の身体イメージと確かに重なる。人間のうっすい視線まで感じる程鋭いリンクが出来ている。後は実戦次第だが…』

 

「そうだな。シミュレーションで訓練出来ないのは少々不安だが…武装自体はそう変わっていないからな。慎重に戦え」

 

『分かった』

 

「よし。作戦開始時刻だ」

 

『行くか』

PAの影響が被害とならない位置まで浮かび上がった時にあることに気が付く。

 

「ガロア。スタビライザーからブーストが…」

コア背部に二つ着いた翼の様なスタビライザーの三つの先端とレッグバックの尾羽のようなスタビライザーの六つの先端からそれぞれ火が出ており独立して別々の方向へと動いている。

いわばほとんど飾りだったオーメル製大型スタビライザーが一気に追加ブースターとなっていたのだ。

 

『みたいだな。空中での動きも自由自在だ』

画面に表示されるデータを統合すると、システムを通常モード、つまり武装にエネルギーを回さない状態かつ理想的な気候でのオーバードブーストによる最高速度は2000km/h弱。

換装による柔軟性を犠牲にして運動性能が爆上げされている。

 

「お前の到着に前後して各地アルテリアへの攻撃が開始される。リッチランドの現在の戦力はノーマル部隊とギガベース三基だ。油断するな」

 

『了解。出るぞ!』

アレフを中心にソニックウェーブが広がり数瞬後には遥か彼方に飛んでいった。

 

「おお…!遊び心…なるほどな…」

ガロアからは絶対に見えないが、アレフの背部に二つあるオーバードブースト噴射口から出たエネルギーの波紋が円となって重なり、丁度∞の記号を空に作りながら飛んでいた。

 

 

 

 

これも仕方ないことだ。

他の連中は結構グチグチ言っているが、学もない、頭もない…頑丈さだけが取り柄です、なんて連中が大企業で高給を取るにはある程度は仕方が無いことなんだ。

本当だったら、今頃は休暇に入ってクレイドルに上がって孫が生まれるのを家族と一緒に待っていられた。

 

なのにリンクス共の集団謀反に加えてラインアークからの宣戦布告のせいで時間外労働、休日出勤の連発だ。

クレイドルの自分の家ではなく、地上にあるしみったれた共同部屋で寝て過ごすハメになっている。

 

『少佐!ECMが散布されています!』

 

「……!何か来るか」

吸っていたタバコをそのまま狭いACのコックピット内の足元に落として踏みつぶす。

ペダルに足をかけて、息を吐く。ああ、来やがった。もう感覚で分かる。怪物級の敵がここに来る。

休みも返上させて働かせる企業に言いたい文句なんて山ほどあるが、ここに戦力を置いた企業の判断は間違っていなかったということだ。

 

『ア、アレッ……』

なんか見えたらすぐに報告しろ、と言う前に空から凄まじい速度で黒い巨人が降りてきた。

着地と同時に風が巻き起こり、作物が吹き飛んでいく。

 

「マジか~…いきなり?いきなりこういう日が来るのかよ」

操縦桿から手を離して、コックピット中に乱雑に貼ってあった写真を手に取る。

そしてそこに映る紅い眼光の黒い機体にそっと口付けた。

 

『一度だけ忠告しておく』

 

「おっ…喋れるようになったってマジだったんだな」

三基のアームズフォートから次々と放たれる主砲を翼を広げるように背中から火を出しながら避けるその機体から、この戦場にいる全ての者へと通信が入る。

 

『退け。抵抗してもさして変わらない。死というものは想像よりもずっとそばにある。……例えば今日、そこにいる』

 

(想像よりも…かっこいいじゃねえか…)

ノーマルでは決して出来ない動きで、AFからの砲撃をするすると躱しながらカフェで机を挟んで話すかのように平然と声をかけてくる。

命が一秒で消える戦場だというのに、その落ち着き方は、下手な脅しよりもずっと不気味で背筋が凍り鳥肌が立つ。

 

『無粋な真似をするな、そこのアームズフォートども。中の司令官がそう命令したか?固まって集団でいれば怖くないか?関係ない。退かないなら死ぬことになる』

 

「お前ら…手を出すなよ」

部下のAC部隊に指示を出す。例えこの10倍の数のノーマルがいたって意味は無い。

そんなもの…ノーマル乗りは20年前に知ってしまっている。

 

『想像するんだ。愛する人間、愛する場所、帰りたい世界を。どこにある?……二度と帰れなくなる。それすらも捨ててかかってくるのなら…全てを捨てられる人間は強い。たとえネクストなど無くとも』

 

「……」

懐をがさごそ漁って携帯を取り出す。

戦場で敵がいながら操縦桿から手を離すなんて阿呆のやることだが、奴は未だに全く攻撃を仕掛けないで回避に専念している。

 

『これ以上は……ただ、敬意を以て殺す。ここは戦場だ。そして……向かってきた者は忘れない。それ以外は…もういらない』

ズドン、と分厚い鉄で覆われたコアの中にも大きく響く音が響いた。

黒いネクストがギガベースに突撃した音だった。その数秒後に反対側からネクストが出てきて、あっと思う間もなくギガベースが崩れ落ちた。

 

「お前ら、戦いたいか?勝てると思うか?怒らないから正直に」

 

『いやです、無理でずっ!!絶対に無理!!』

部下に尋ねると全員一致で無理無理と飛んでくる。

そんな僅かなやり取りの間に、崩れ落ちたギガベースがまな板の上の魚のように切り刻まれていった。

他の部隊のノーマル達も向かっていくが赤ちゃんと大人以上の戦力差だ。近づく機体から順に一瞬でスクラップになっていく。

 

「撤退だ。後で何か言われたら俺が命令したと…逆らったら殺すって言われたってな…そう言っておけ」

自分が残っていては先に行きにくかろうと、ペダルを踏みこみ先だって戦線から離脱する。

受け持った部下たちがついてくるのを確認しながら、やかましくアームズフォートから通信が入る無線を携帯を握ったほうの手で切った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リッチランドの至る所で煙が上がっている。ギガベースは既に壊滅状態であった。

最初に避難勧告は出したが元々の企業の性格に加えてガロアに恨みがありすぎるアルゼブラが素直にはいそうですかと退く訳もなく徹底抗戦の構えで来た。

いなくなったのはいくらかのノーマル達だったが、正直戦力にそう変わりはない。

 

「らぁっ!!」

前から放たれたギガベースの砲撃をしゃがんで避けつつ、後ろから射突型ブレードで攻撃しようとしてきたノーマルをつま先のブレードで解体していく。

作戦の目的上PAを展開していないが、ショットガンが少々掠った以外はほとんどダメージも負っていない。

 

「おおおおおお!!」

ノーマルの防衛を失ったギガベースにロケットを放ちながら突進し、ブレードで切り裂く。

 

「まだだ!!」

全身からブレードを展開し力技で内部に入り込んでいく。

中に入ろうとしてくるという、アームズフォートの想定を超えた攻撃に乗員はパニックに陥っている。

 

「ここだ!!」

メインエンジンと思われる熱源を発見し、ムエタイに見られるような肘による攻撃で五分刻みにした。

これでギガベースは全て沈黙した。装甲も、鉄も全てを切り裂いて上部から出ると周りにはもう動く物はなかった。

 

『周囲に敵影なし。ラインアークから防衛戦力が来るまで30分。予想よりも早く終わったな』

 

「ああ」

地面に降り立つと、脚にびりっとしびれが来た。

 

『どうだ。その機体は』

 

「やっている事自体にそう違いはないんだが…その一撃一撃の威力が上がった感じだ」

膝を叩き込むのも肘で打つのもつま先で蹴り上げるのもアレフ・ゼロの頃からやっていたことだ。

今まではそれを起点に攻撃をしていたわけだが今はそれで勝負が決まってしまう。確かにガロアの戦い方に良く合った機体のようだ。

他のリンクス…例えガロアより優秀なリンクスが使ってもあまり違いは感じられないだろう。

 

『GAには現在動きが見られん。アルテリアへの対応で精いっぱいなのもあるが…』

 

「リンクスがいないんだろ」

 

『そうだ』

専属だったローディーとメイが裏切り、懇意にしていたダンもこちら方。

ドン・カーネルは以前の戦いで死にはしなかったが大けがを負い現在も入院中だという。

無論リンクス候補生やNSSPの参加者などを入れればネクストを動かせる存在はそれなりにいるにはいるが、今のガロアにぶつけるのは自殺とそう変わりはない。

 

「現在の戦況は?」

 

『アンビエントとノブリス・オブリージュが向かったアルテリアは姿を見た途端に投降したそうだ。他はまだ交戦中だ。お前も作戦完了まで気を抜くな』

 

「了解……あ?」

 

『なんだと?』

この戦場は終わったはずだ。それでも敵が来る可能性はあるから気は抜いていなかった。

それなのにセレンとガロア、二人して間抜けな声をあげたのは、西から飛んできたのがなんの変哲もないノーマルだったからだ。

 

(なんだ?さっき逃げていった奴か?)

全部を覚えているわけでは無いが、似たようなカラーリングの機体が戦場から十何機か退いて行くのを見た気がする。

何をしに今更戻ってきたと言うのか。

 

『ふっふっふ。お前、首謀者、悪魔、最悪のテロリスト…散々言われてんぞ、企業に。随分出世しちまったな』

 

「…!?」

ノーマル一機など、消費税にもなりやしない。

瞬きする間に三枚おろしに出来る。いざ飛びかかろうとしたらやたらと馴れ馴れしく通信が入ってきた。

 

『お前らの起こしたソレで、俺は家に帰れてねえんだ』

 

「知ったことか。お前も戦士なら」

 

『その通りだ。それでいーんだ。生きとし生けるもの全員自分勝手に動いて迷惑かける世の中だからな、ガロア・A・ヴェデット』

 

「……なんだ?お前は」 『なんだこいつは?』

セレンとガロアの言葉がタイミングも内容も被ってしまった。

 

『聞いてくれ。これは俺の…プロポーズも超えた一世一代の告白なんだ』

 

「……?」

 

『才能なんて言葉じゃ到底足りないよな。その若さで…その強さは。俺はファンなんだ、お前の』

 

「ファ、なに?」 『なんだって?』

やはりというか、セレンもガロアもそのノーマルからの通信が全く理解できなかった。

 

『不思議か?でもよ、アンビエントやノブリスにミーハーなガキどもがキャーキャー言ってんだ。おかしくないだろ?お前にも、憧れている奴の一人や二人いてもよ』

 

「それでなんだ…?握手か…?いや、……分かる。お前…」

握手してください、サインくださいなんて言うために来たのではない。

なんとなくではなく、雰囲気が、放つ空気が敵のそれなのだ。しかもまことに不思議なことに、その空気はネクスト級の強敵の持つものだった。

 

『分かるだろう?やっぱり、俺の想像した通りの…想像した以上の…会いたかった、お前のような奴に』

 

「……」

ガロアは…ネクストを降りてしまいたかった。

ネクストとノーマルの戦力差は絶望的なまでにある。感じるのだ、これほどの強敵は滅多に出会える物では無い、と。

それなのに自分はネクストで奴はノーマルだった。例えどれだけの情熱があったとしても。

 

『ガキなんてのは世の中の不条理と親のゲンコに泣きわめくだけの存在なんだ。普通は、世界最強の男に挑もうなんて考えねえ。相当キレたガキだ。弱っちいはずのガキに、最高の武が宿っているなんてよ。憧れちまったよ。俺の三分の一しか生きてねえお前に』

 

「…やるか。もう」

ピリピリとこめかみに流れる電流にもう耐えられそうにない。

ガロアは好物を前に我慢できる性格ではない。

 

『最後まで聞いてくれよ。きっと今日で最後だからよお。……当ててやるよ。お前は…その反面…きっとこの世界の誰よりもアナトリアの傭兵に憧れていた。違うか?』

 

「……。なんでそう思った?」 『こいつ…』

 

『デカいことを…企業を倒すなんてデカいことをやるんだな。どうかつまらない終わり方を、死に方をしないでくれ。強い者にはずっと強くいてほしい。でないと…強い者に憧れた奴の人生そのものまで否定されちまうからよ』

 

(………)

その男の願いは、そのままかつてのガロアの思いを冷静な部分だけ抽出して言葉にしたかのようだった。

父がアナトリアの傭兵に殺されたと分かっても、その時ガロアは恨んでいなかった。強さが全ての世界で生きていたガロアは、さらに強いアナトリアの傭兵の存在を当然だと思っていた。

100人が強くあろうとしたら、99人は背中を追う側になる。頂点はただ一つしかない。

だがアナトリアの傭兵はつまらない奴になってしまった。敵を作りまくり、世界をメチャクチャにしておきながら、たかだか数百万の人間を守るなんていうつまらない存在に。

その時の怒りが、嫉妬や狂気と混じり合って今のガロアになったのだ。強さが全ての世界で、頂点にいた男のなり果てたその姿は、自分の行こうとした道すらもつまらなくなると否定されたかのようだった。

 

『分かるさ。そして、強い奴はただ強いだけで満足しない。強い奴を求め続けるから。こんな本能がある限りはどうしたって戦いは』

 

「無くならない」

 

『……。ここで俺はお前に立ち向かう。それで俺はもう、勝とうが負けようが』

 

「強い、か」

 

『さすが、母ちゃんよりも俺を理解してやがる』

強い者は認められたいのだ。積み重ねた日々を。磨き上げた技を。

100万人の有象無象共の尊敬など欲していない。強い者にこそ!認められたいのだ。

そこで勝っても負けても命をド真ん中に置いてやり取りをすれば、相手の記憶に残る。それが最大の賛辞になる。

だからこそ、強い者同士…例え会ったことがなくとも、お互いに友だと思っている。

会えばその瞬間にどちらかの死が決まるとしても、この世界で最高の理解者なのだ。芸術品をその辺の犬っころに見せても分からないのと同じだ。

 

『ノーマルでネクストに一矢報いた奴は二人しか知らん』

 

「三人目になりたいか?」

どうせこのリッチランドをラインアークのノーマル部隊がたどり着くまで確保していなければならない。

ならば、多少会話が伸びたところで構わない。ここには残骸と死体、そして自分達しかいないのだから。

 

『…それでも勝ったわけじゃない。ちょっと傷つけたのと、頑張って引き分けたのと。そうだとしても俺たちは沸き立った。ザマーミロ、ネクストのヤローめってな』

 

「……」

 

『今が最後なんだ。お前が生まれるずっと前から積み重ねてきた物を保てるのは。もう何年、いや、何カ月…?もすれば一つずつ抜け落ちていくんだろうな。髪の毛みたいに』

 

『お前にとっちゃ俺はただのノーマルかもしれん。だがこれは…俺の人生の、これだって瞬間なんだ!恨むだろうな、俺のガキ共も、母ちゃんも。だがいいんだ。戦争は、例え人殺しの業が絡んでも、互いに英雄が存在するから美しい』

 

(来るか…)

『敵機』が右手に着けた物理ブレードを展開する。

物理ブレードと言えば射突型ブレードが主流の時代だというのに、その敵が持っているのは鋼鉄を切り裂くなんて馬鹿げた考えのブレードだった。

弾薬費はかからない、エネルギーは使わない。利点はそれだけだ。戦いが終われば何時間も何十時間も研ぎ続けなければならないし、パキッと折れればそれで終わりだ。

なんでそんな物を付けているのか。理屈では無いのだろう。それと同時に、他の一切の装備がついていないことにも気が付いた。出せる最高のスピードを確保して斬る、それしか考えていないのだ。

ガロアの高揚した意識をアレフが汲み取ってスタビライザーに取りつけられた追加ブースターが光った。

 

『しかしまぁ…結構やってくれたな。だが気にすんなよ。俺らは死ぬのも仕事の内だし、覚悟が出来てないで死んでも、そんなんで戦場に立っている方がおかしいんだ。仮にも高給取りならな』

 

「……」

ブースターは起動していない。だが追加ブースターが断続的に火をあげ、アレフはその場で浮かびあがった。

 

『俺にも勝って、企業のワケワカランありがたいクソ兵器にも勝って、勝って勝って勝ちまくって。お前になれなかった俺たちの代わりに見てきてくれ、武の極み』

 

「来い」

 

『ふっふっふ。この戦場は奪われるし、きっと俺の家族は俺を失って悲しみのどん底だぁ。それでもよ』

 

『戦いの神さん』

 

『ありがとよ』

切れ切れの言葉を言いきったその男は時代遅れのブーストを必死に吹かしてこちらに向かってきた。

すかさずにグレネードを打ち込む。自分の魂に誓って、手は抜かない。

しかし、一撃で中身までも焼いたであろうグレネードはそのノーマルに掠りもせずに遥か後方に飛んでいった。

 

(時代遅れの動き………素晴らしい)

クイックブーストを持たないノーマル特有の、ロックオンを逆手に取ったブーストを吹かしては止める動きだった。

古臭く、泥臭い…勝ちを拾いに行くための美しくない動き。

だがそれでも、ロケットやグレネードは辛うじて避けられるがネクスト同士の戦いでは陽動程度にしかならないマシンガンでそのノーマルは削られていく。

たった数発直撃しただけで、盾にするように突きだされていたそのノーマルの左腕は吹き飛んだ。

 

『おおおぉおおおおお!!』

愚直に向かってくるその敵は、やはりノーマルだ。鈍すぎる。

後ろにゆっくり下がるだけでも追いつけないし、飛びあがって爆撃すればそれで終わる。

だが。そんな相手のどうしようもない部分を舐るようなみみっちい攻撃はこの敵と自分の間にいらなかった。

足を止めて、意識を集中して僅かに機体の重心をずらす。ガリガリと、躱したと思ったブレードが左腕を掠めていった。

しかしそれは同時に終わりを意味していた。もうここから攻撃する手段をこのノーマルは持たない。

 

ここで自分達が求めているのは。

 

例え相手がどこの何様であろうと真っ正面から破壊する……

 

(一撃ッ!!)

ドズン、と轟音を立てながら右足を前に踏みだし敵機の足を踏みつける。

揺れる地面から突き離されるように敵機は浮きあがるところを、足を踏みつけられそれもかなわず、伸びきった脚の関節だけが虚しく壊れた。

そしてアレフは踏みこんだ足から返ってくる力をそのまま右肘に込めて相手のコアに叩きつけた。

 

ガロアの頭の中であらゆる選択があった。近接だけでも実に20通りの勝利パターンがあった。

そしてこの肘からの体当たり…裡門頂肘を選んだのは、生身の人が放てる最大の威力の攻撃がそれだからだ。ネクストに乗っていても、いなくとも、一撃で相手の心の臓を止めるのならばこれを選ぶ。

ありとあらゆる作戦、強さを、正面から叩き潰す一撃。その肘から来る衝撃だけで中身の人間の鼓膜は張り裂け心臓は止まるはずだった。

しかしそれだけに終わらず、アレフの肘から接触と同時に伸びたブレードは中の人間を貫き、肌が焦げ肉が焼ける痛みを伝える刹那の時間も許さずにこの世界から消滅させた。

 

「まだだっ…!」

極限まで鍛え上げられた肺が、すうっと一瞬で外と中の空気を入れ替える。

人を、ノーマルを超えた動きを。爆発するイメージがジャックを通してアレフに伝わり、アレフはその場で持てる出力の全てを以てクイックブーストを用い、高速でターンをした。

左脚から着地しそのクイックターンの勢いを地面に全て押しこむと、直下型地震のようなズゥンッという地響きと共に、アレフとそのノーマルを中心に巨大なクレーターがその場に出来上がった。

そこから起きた地割れが近くの山まで次々と伸びて土砂崩れを引き起こす。

 

「覇ッッ!!」

作用と反作用から起こった凶悪な運動量は頑丈なネクストの背中を通じて全てがそのノーマルに叩き込まれた。

重さ数十トンはあるはずのそのノーマルはまるで機関車に跳ね飛ばされた子犬のように手足と胴体を分離させながら数百m上空まで打ち上がり、爆散した。

衝突の衝撃で周囲の木々も作物も地面も捲れ上がって吹き飛んでいた。

 

「…見事だ。お前の強さ。……やめねえさ。俺が最強となったからには」

ビリビリと、中身のガロアまで背中の感触が伝わっていた。

そして奇妙なことに、攻撃が掠った左腕の痛みが、脳が作り出す幻痛などではなく、本当にガロアの左腕をズキンズキンと痛めていた。

 

『……』

セレンはその言葉を聞いて、何も言えなかった。

いつかは戦いなどやめて自分だけを見てほしいという願いを胸に秘めることしか出来ない。

 

「そして……なんで……………………邪魔しに来るッ!!」

いきなりフルスロットルでキレたガロアがその場でクイックターンをして放った斬撃は、後ろから一撃で殺そうとしていたそのネクスト…レッドラムのショットガンとスラッグを切り裂いていた。

今のガロアは最高の最高に感覚が冴えわたっていた。

 

『なんで!?なんで!?』

 

『あ……!? すまん、ガロア!気付かなかった!!』

セレンとシャミアの通信が被って耳がキンキンする。

あの戦いの余韻に浸って敵の事を思いだしながら今日を終えたかった。

だが戦いというのは得てしてこういうものなのだ。結局は。綺麗に終わることなど滅多にない。

 

「相方はどうした?」

周囲の状況を見ながら、レッドラムもPAを展開していないことを確認する。当然と言えば当然だ。

取り返しましたが使えなくなっちゃいました、じゃ話にならないからだ。

この間戦った敵だからもちろん覚えているが、コンビで活動してかつ状況戦を好むという話だったがどういうことだろう。

 

『あなたを殺しに来たのよ…話に来たんじゃない!』

 

「帰れ。殺すぞ」

 

『やってみなさいよ…!』

 

ザンッ、というその音がシャミアの言葉をかき消していた。

 

「いいだろう」

ころんとアレフの足元に四角い何かが落ちている。

 

『え…?何、これ』

 

「……」

アレフがたった今踏みつぶしたソレは、レッドラムに積まれていたジェネレーターだった。

四脚のネクストに作物の実る畑の上を走り回られては堪らない。そう考えたガロアの初手は、まさかの王手だった。

シャミアがその攻撃を見切れなかったのは、その斬撃がシミュレーションで何度も見た『アレフ・ゼロ』の速さを遥かに超えていたからだ。

不運なのは、ガロアが機体を乗り変えたのが、まさしくシャミアが怒りにかられてガロアを殺しに来た今日だったということだろう。

まさか火の車のラインアークで一人だけ、しかもラインアークを追い込んだ主犯が機体を乗り換えているなど夢にも思うまい。

 

『うそっ、うそっ』

斬撃のダメージ自体は大したことなかったが各種ブースターへのエネルギー供給が絶たれ、最早レッドラムは節足動物のように地面を這う事しかできない。

 

「……」

 

『く、この!!』

まともな移動手段も失われたレッドラムがアレフにライフルを向ける。

が、引き金を引くどころかロックオンが出来る前にライフルは叩き斬られた。

 

「折角拾った命を…。今度は助からない」

無情にも二つに割れて地面に刺さったライフルを踏み越えてアレフが歩み寄る。

 

『あ…あ、…いや…来ないで、な、何するつもり』

先ほどまでの溢れんばかりの殺意はなりを潜めてもぞもぞと後ずさり何とかアレフから距離をとろうとするレッドラム。

容赦なくやれと教えたのは自分だからセレンは何も言わないがどこからどう見ても今はガロアが悪役である。

 

「……?死ぬんだろ」

 

『うそっ、死ぬって本当に!?』

 

「? なんだ?それは女のアレか?女だけの命乞いか?」

ガロアの頭の中に、知識としては一応あった概念が再生されていく。

今この女の頭の中にあるのは、命だけは保証するから代わりに兵士の慰み者に……とかいうそれだろう。

なるほど、戦争だ。そんなこともあるだろう。だがこの場合は残念ということになるのだろうが、ガロアは全くそんなことに興味が無かった。

 

「ああ、そうか。今まで自分がやってきたからそういう発想が出たのか?……それなら来世、別の男に懇願しろ」

この距離なら絶対に外さないという距離でガロアはブレードを振った。

 

『おおおおお!!』

 

「……。遅かったな」

だがブレードが切り裂いたのは空気だけだった。

武装を全て外して全速力で飛んできたスタルカがラグビーのタックルのようにレッドラムに組み付きアレフのブレードから二機とも難を逃れる。

 

『ド・ス!?どうして!?』

シャミアが勝手に出撃したと気付いてスタルカに乗るまで30秒、シャミアがリッチランドに来てからスタルカがここに辿り着くまでに30秒、ギリギリの時間差だった。

あと1秒遅ければシャミアもここに幾つも折り重なった骸の一つとなっていただろう。

 

『アホウ!勝手なことばっかりしよってからに!!』

 

ガン!

 

『痛い!何するのよ!』

怒り心頭なのがネクストからも見て取れるフルスイングげんこつがレッドラムの頭部を揺らす。

 

『なんだこれは。ガロア、構わん。畳んでしまえ』

 

「……そのつもりだ」

目の前で寸劇を広げているが、ほとんど攻撃手段の無いネクストが二機。このチャンスを逃がすつもりはない。

 

『すまん!!』

 

『あ!!放せ!放しなさい!!ド・ス!!』

タックルして掴んだままのレッドラムを抱えて一目散に来た方向へと飛んでいくスタルカ。

子供のようにレッドラムがスタルカの背部を手で叩いているのが何とも言えない哀愁がある。

 

「なんだありゃ…どうする、セレン?」

 

『……。お前のミッションはそこの確保だ。放っておけ』

100%負けない相手だが、遮二無二逃げる相手に追いつくのはアレフの運動性能でも少し時間がかかるし、その間にGAに占拠されたら意味がない。

 

「了解」

 

その後何かが攻め込んでくるという事も無く、一人ぽつんとラインアークの守備部隊がたどり着くのを待っていたガロア。

アレフの初出陣は大成功に終わったといえるだろう。

あまり話しかけたくはないがアブに礼を言うべきなのかな、と思うセレンであった。

 

 

ガロアはいつまでも、ずきずきと痛む左腕を見ながら今日戦った男のことを考えていた。

強くない強敵というものを。

 




主人公パワーアップ後、最初の敵はまさかまさかのただのノーマルです。
モテ期だぞ、やったねガロア君(白目)

ホワイトグリントは二人で乗らなきゃまともに動かないし、アレフはバカみたいなAMS適性が必要なうえ、ダメージがもろにガロアの身体にまで来るマゾい機体です。力には代償が必要なんです。
ただでパワーアップは出来ません。

アブはジョニーとは別な意味でイっている機体を作ります。


敗北は死、というのは元々ガロアの頭の真ん中にあった概念なので、アレフは自分に合った機体だとガロアは考えているようです。
それでもアレフ・ゼロのことが気になるようですが…


このノーマル乗りの少佐はモブキャラなのでもう出てくることはありませんが、結構好きですね。

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