Armored Core farbeyond Aleph 作:K-Knot
「なるほど、見事な引き際…と言いたいところだが、これは分からなくなってきたな…あのリンクスの目的はホワイトグリントではなかったのではないかね?」
BFF本社の一室で片眼鏡をした短髪の白髪交じりの男がつぶやく。60は過ぎているといった年齢であろうか。
綺麗に整えられた口髭と、陰謀に塗れた生活を長く続けてきたものだけが持つ独特の小皺と不敵な笑みが顔に浮かぶ様は老獪と呼ぶにふさわしい。
「そのはずです、王大人」
その問いに隣に立つ小柄な少女が答える。
その少女の名はリリウム・ウォルコットといい、
BFF社のトップリンクスでありカラードでのランクも2に位置しており、少しでもメディアに触れるものなら知らぬものはいない最上位クラスのリンクスであった。
その強さもさることながら、さらさらと艶めく長く限りなく色素が薄い銀のような金髪と清緑の瞳、たおやかな身体から伸びる輝く四肢、あどけなさと大人っぽさの両方を醸し出すその顔などなど、
つまり彼女は見た目と強さの両方の面でのBFFの象徴でもあった。
さらにデビューも実に早く、2年前、年にして15の頃にはネクスト・アンビエントに搭乗し、圧倒的な強さであれよあれよとこのランクまで上り詰めた。
「と、なれば何かしらの理由で撤退をしたか…」
その隣でモニターに映し出されるアレフ・ゼロの戦闘記録映像を眺めながら呟く男は王小龍といい、ランクやAMS適性こそリリウムよりも、
いや上位リンクスにかなり劣るものの、若いころから連綿とその頭脳で築き上げてきた作戦と陰謀により、
BFFの相談役にまで上り詰め、尊敬と畏怖をこめて周りからは王大人と呼ばれている。
この度の作戦も彼の指揮の元行われたものであった。
隣に立つリリウムも、ランクこそ王よりずっと上であるが、それを育てたのも、その位置に上り詰めらせたのも王であり、
それがこのランクの差からは考えられない奇妙な主従関係とも言える物の答えであった。
「どうしますか?」
自主性を全く出さずに支持を仰ぐリリウムであったが、それは常の事であり、彼女にとっては王の指示と信頼が何よりも大事なものなのである。
「ふむ。このリンクス、ガロア・A・ヴェデットは偶然にもお前と年が同じときている。お前には彼と接触を図ってもらい、その情報収集を任せよう」
普通の人間が、しかも新入りのリンクスがリリウムに声をかけられるとなれば動揺し、まともに話せなくなるか、もしくは機銃のように口から言葉を発し続けるかのどちらかだが、
得てしてこのようなタイプの強者は、こと他人が服のように纏う容姿や地位などはまるで意に介さない。
自分の強さこそが絶対の真実だと信じており、その他の物には一切惑わされないのだ。
一年前突然カラードに登録され、リリウムを蹴落として一気にランク1に上り詰めたオッツダルヴァもついに誰に対しても毒舌で尊大な態度を崩すことはないまま頂点へと至った。
「了解しました、王大人。では、リリウムはこれよりカラードへと向かいます」
去っていくリリウムが開けた扉の向こうからは、先日の作戦による株価上昇に伴うボーナス支給で大騒ぎが起きており、
その喧騒は今静かに新たな策略が練られたこの部屋と対照的であった。
扉が閉められ再び静かになった部屋の中で王は静かにほほ笑む。
さて、どうしてくれようか。
どちらに転んでも自分が利益を得る策を練る。
そしてその策に相手がぴったりとはまる。
女にも金にもさして興味のなかった王であるが、その愉悦は何にも勝り正しく格別の一言。
この時代の平均寿命は科学の発展や医療技術の発達により130を超えている(あくまでクレイドルでの話である)が、コジマ汚染にさらされ続けるリンクスは短命と言われている。
だが、既に60代も半ばに差し掛かる年齢のリンクス・王小龍であったがその頭脳は未だに衰える兆候を見せてはいなかった。
しかし…
「!ガハッ」
突然咳き込み始め口をおさえた王の手の平にはどす黒い血が付いていた。
コジマ粒子による人体への影響は未だに何があるかわかっておらず、手足がしびれ動かなくなるものもいれば、突然耳が聞こえなくなるものもいる。
そして、王が蝕まれたのは肺であった。
いつからか、このように突然喀血するようになっていたのだ。
秘密裏にかかった闇医者から貰った薬を飲み、血をハンカチで拭く。
この事実は、少なくともBFFでは上層部のほんの一握りが知るのみである。
現在、王小龍の名は陰謀家として知れ渡っており、BFFが少しでも絡む任務は王の陰謀が付いて回っているのではないかと敵が見えない陰に怯えるほどまでになっている。
単純な強さではなく、使える駒をすべて使う強かさ、そして増大させた自分のイメージ。
それこそが王の望んだ強さであり、原始的で暴力的な物ではなく理知的な人間種としての頭を使った強さであった。
自分が日に日に弱っているなどとの情報が漏れ出してはその力は瞬く間に瓦解する。
それはBFFの弱体化をも意味している。
だが、実際は王にとってそんなことはどうでもよかった。
王が自分が得た強さを守らなければならない理由。
それは…
「リリウム…」
彼を知る誰もが信じないであろうことだが、リリウム・ウォルコットのためであった。
『アレフ・ゼロの帰還を確認。除染後、ただちに格納します。リンクスは速やかにネクストから降りてください』
けたたましい音と共にアナウンスが響き渡る。
ネクストは帰還した後すぐに除染に移り、その後リンクスは速やかに分厚い三重の扉で隔離封鎖された格納庫を抜ける。
その手順を正しく取り、扉を抜けた先でセレンが壁に寄りかかりガロアを待っていた。
「初ミッション、成功おめでとう。まぁ、敵も弱すぎたがな…」
その意見には全くの同意なのでガロアも頷いた。
命をぶつけられるのはいいが痛くもかゆくもなかった。
「それより聞きたいことがあるのだが…あー…」
セレンは髪をかき上げながら目を左斜め上にやる。
最近わかったことだが、セレンは口に出すことが纏まっていないのに発言しようとするときは髪をかき上げる癖がある。
「お前、なんでホワイトグリントとの戦闘を避けた?いや、全くもって正しい判断なのだが…」
何故接近に気が付いたのか?何故あんなに動揺したのか?
聞きたいことは様々あったが質問はその一つに絞った。
ガロアは質問を受けて携帯に文字を打ち始める。
『シミュレーションと違った』
画面を除き込んだセレンは、その素っ頓狂な答えに思わず気が抜けてしまった。
「?それはそうだろう。お前の相手にしていたシミュレータ内のホワイトグリントはリンクス戦争の頃の物で、今はそれを模したハイスペックな似て非なるワンオフ機になっているんだ。
それに実戦とシミュレーションが違うなんてのは普段から言っていたことだろう?」
そんな、ある意味当たり前とも言えることにこいつはこんなに動揺したというのか?
それとも案外その辺りはまともな人間の感性だったということだろうか。
『そういうことじゃない』
即座にガロアは文字を入力し見せてくるが、その文字を見てセレンは混乱した。
「じゃあ一体どういう…」
『シミュレーションルームに行ってくる』
「あ、おい、今からか!?飯も着替えもしないでか!?」
再度打ち直した文字をセレンに見せると即、ガロアは踵を返し去って行ってしまった。
「なんだというんだ…」
残されたセレンはポツンと立ち尽くしながら、まだまだわからんところの多い奴だ…と独りごちた。
ピロリロリン、と初期設定から変えていないメールの受信音がガロアのリンクススーツのポケットから聞こえる。
メールを送ってくる人は一人しかいない。
『事後処理は私がしておくが、実戦の後なんだ。今はアドレナリンの影響で疲れを感じていないかもしれないがその後一気にくる。ほどほどにしておけよ』
案の定それはガロアの事を気遣った内容で、
その思いやりは嬉しかったがガロアには今それよりも気になることがあった。
シミュレーションルームの扉が開くとそこには何対もの厳めしいシミュレーターマシンがあり、その間には大型のモニターが付いている。
さらに天井からは超大型のモニターが付いており、今は起動していないがある条件の時にはその画面にネクストの戦いが映し出される。
中型スーパーマーケット程の広さの部屋の端には自動販売機やカタログ、過去のミッションの記録を見れるコンピュータなどもおかれており、今も室内にそれなりの人数がいるが利用しているのはリンクスだけではないようだ。このシミュレーションルームは一般開放されている区画の一つで、入室の際に荷物検査をされた後に入場料を支払えば誰でも入れるようになっている。
リンクスの利用には興味がない(またはその利用の為の資金がない)一般人がここに来る目的は主にネクスト戦の観戦にある。
モニターではシミュレーションを利用している人物の戦いを多角的に見ることができ、企業や依頼人はその戦い方や下馬評などから判断してリンクスを選んでいるのだ。
対になっているシミュレーターマシンに、日程を決め企業連の役人の立ち合いの元、観客に見守られる中で二人のリンクスが搭乗し優劣を決める戦いはオーダーマッチと呼ばれ、
そこで決せられるランクがリンクスの強さとも言われている。
オーダーマッチ時に天井の超大型モニターは起動され、物見高い一般市民はこぞって戦いを見物に来ておりその観戦料はカラードの中々馬鹿にはできない収入源となっている。
しかし、例えばオーダーマッチを全くしないランク29のリンクス、ミセステレジアなどはその強さに不釣合いなままそのランクに鎮座しているし、
実質最強と言われるネクスト、ホワイトグリントのランクは何故かカラード設立時からずっと9のままだ。
オーダーマッチを受けていないのにそのランクなのはおかしいとする者もいれば、その強さでランク9は低すぎると言うものもいる。
現在のランク1は企業でも一番力を持つオーメルのリンクスということもあり、つまるところ一概にランクだけで優劣を決めることは難しい、とされている。
ちなみにリンクス同士の戦いは基本的には本人たちが自由にしていいことになってはいるものの、敵に手の内を見せたがるものはいないのでオーダーマッチ以外で戦いが行われることはあまりない。
主にリンクスがシミュレーション目的でここを訪れるときは、データバンクに存在するネクストと相手をしている。
が、一方でチームで協力して戦うリンクスなどにとってはかなり練習のしやすい状況でもあり、そのおかげもあってか現在共同で戦うリンクスというものが増えてきている。
元来、リンクスは数の暴力の反対に位置する圧倒的な個の強さの象徴だったので協力して戦うなどということは本来想定されていなかったことだったが、
アームズフォートの出現や、ネクスト以外の戦力の増強などにより、リンクス同士も次第に共同で戦う者が増えていた。
そのような新しいリンクスたちは「第四世代のリンクス」と呼ばれ、
個々での強さは重視されていないためランクは低くとも、共同で戦った時の強さは侮れないものとなっている。
ここまでランクがそこまであてにならないという理由を述べてきたが、
それでもそのランクは強さの象徴には間違いなく、依頼料や舞い込む任務の数ももろにそのランクには影響されてくる。
あまり数の多い方ではないが、出世と金のために必死にランクをあげているリンクスもいることにはいるのだ。
オーダーマッチは自分よりランクが2つ上の者ならば挑戦することができ、逆に自分より下のランクなら誰でも相手に選ぶことが出来る。
挑戦の受理は本人の自由であるものの、自分より下のランクからの挑戦をあまり断りすぎれば角が立ち、
自分より下すぎる者に挑戦しても評判が下がるため、対戦の自由というものは実はあってないようなものだ。
登録されたばかりの新入りのガロアのランクは最下位の31、ランク上では最弱となっているが、
ガロアはそのランクにもオーダーマッチにもまるで興味はなく、ある目的のために来ていた。
「……」
シミュレータマシンの中に入りプラグを首のジャックに差し込む。
画面に表示される登録情報を流し読みし、設定をしていく。
場所はランダム、敵はネクスト一機のみ、相手は現ランク9ホワイトグリント。
選択して数秒後ガロアの意識は吸い込まれ、鋼の四肢と力を得て覚醒する。
場所は砂漠、そして相対するはホワイトグリント。
砂煙をあげてこちらに突っ込んでくるのが見える。
放たれるミサイル、そしてライフルの波状攻撃を当たらぬように避けつつガロアは違和感を感じていた。
あの時感じたプレッシャーとは全く比べ物にならない。
正確無比な狙いも回避の難しい分裂ミサイルも脅威ではあるものの、先刻感じた脊髄に直接氷をぶち込まれたかのような寒気は感じない。
回避に徹し攻撃せずにその答えを探るが一向に回答の手掛かりは得られない。
やはりシミュレータと実戦は違う、ということなのだろうか。
思案しているガロアのアレフ・ゼロに突然ホワイトグリントが接近してくる。近接装備は持ってなかったはずなのに、何故?と考えつつブレードを振りぬく。
が、それよりも早く緑の閃光が視界をシャットアウトする。
「!!!」
体中の皮膚が焼け付くような痛みがガロアの脳に伝えられる。
プライマルアーマーは全て剥げ落ち、APも半分を切る。
脂汗をかきつつもその後やはり回避に徹し3分ほど戦いを続けたが結局答えは得られぬまま途中でシミュレーションを中断し、ため息交じりにシミュレーターマシンを降りる。
と、その時ガロアの首に誰かの腕が回された。
「よう、新入り!いきなりホワイトグリントに挑むたぁやるじゃねえか!無謀はともかくその勇気は評価してやるぜ!」
首の後ろに回された腕に邪魔されながら右を見ると、
ひょろんと背が高くかなりしつこい印象を与える濃いまつ毛と、ほかの部分は全て直毛なのに何故かそこだけ強い癖のかかった揉み上げの男が口を片方だけ曲げて笑っていた。
そういえば観戦機能のON・OFFなんてのもあった気がする。
読み飛ばしていたのでうっかりしていた。
「俺の名前はダン・モロ!お前より先にリンクスになった先輩ってやつだ!年もお前より上だぜ!よろしくな!」
ガロアを開放し右手を差し出すダン。
改めて全体を見ると、真っ赤なポロシャツの下から黒い肌着がのぞいており、真っ青なズボンには何が詰まってるやらポケットがパンパンになっている。
普通の人間なら関わるのは躊躇われ、ましてや女性からは一目でありえないと言われそうな壊滅的なセンスをしていた。
変な奴だと思いながらもその右手に応える。人と握手するなんてセレン以来だった。というよりも人生で握手した人なんて片手で数えるくらいしかいない。
「無口な奴だな。名前ぐらい教えてくれよ」
怪訝な顔をするダンだが、それも無理はなく彼はガロアが喋れないことを知らない。
「そいつは喋れない病気らしいぞダン」
「あ、カニス!」
「ようお前、前評判は聞いているぜ。仲間が必要な時は俺を呼べよ。楽させてやるぜ」
「おいおい!俺がこれからリンクスのイロハってやつを教えてやろうと思ったのによ!」
カニスと呼ばれた男はドが付くほどの金髪をしているが眉が黒いことから察するに地毛ではないようだ。
日に焼けた中肉中背の身体にアロハシャツに短パン、赤いサングラスをかけており如何にも享楽的な遊び人といった風貌であった。
「ガロアっていったな。こいつはやめとけ。あんま強くない」
「なんてことを!おうおうおう!よく聞いておけ!俺様はネクスト・セレブリティアッシュを駆って世界を変えるヒーローなんだぜ!今のうちにサイン貰ってもいいんだぞ!」
「……」
突然目の前で開始されたコントのようなやり取りにガロアは1ミリも笑わず、そろそろおなかがすいたなとだけ考えていた。
そんな時。背後からの視線を感じて振り返った。
「……」
「あの、少しよろしいでしょうか」
「!」
「リ、リリリリリリリウム様!はっはは初めまして!俺、ダン・モロっていいいます!あなたのファンです!」
「存じております。初めまして、ダン様」
後ろから声をかけてきた少女にダンもカニスも顔を赤くし、カニスは黙り込みダンはまくしたてる。
初対面の人には必ずするように育てられたのか、それとも別の思惑があるのか差し出されたダンの右手にリリウムと呼ばれた少女が応え、ダンがもう俺死んでもいい!と騒ぐ。
ガロアはその名を聞いて静かに驚いていた。
先ほどのシミュレータマシンの中でランク2に位置していた者の名だ。
それがこんな幼い少女だとは。
それに、ベクトルは違うがここまで美しい女性を見るのはセレン以来である。
リンクスには見た目は関係ないとはいえこの少女にはリンクス以外の生き方もあったのではないだろうか、と自分がリンクスになった理由を思いながらも表情は一切変えずにいた。
「ガロア様、初めまして。リリウム・ウォルコットと申します。突然不躾ですが、リリウムと同い年のリンクスと伺いまして…どうでしょう?一緒にお食事でも」
丁度空腹だと考えていたところだし、カラードのどこで食事が出来るかまだ知らなかったガロアは断る理由はないなと考えて頷く。
普通の少年ならリリウムに話しかけられただけでダンのようになってしまうものだが、ガロアはそうはならなかった。
というよりも、ガロアは今までの人生で同い年の人物と関わったのがこれが初めてだった。
「はいはいはいはい!!行きます!俺、どこにでも行きます!食事!食事行きます!」
「お前には言っていないだろ…」
その隣で高速で頭を縦に振るダンと常識的な突っ込みをするカニスの姿があった。
どうやら二人もついてくるつもりらしい。
一方、そこから20mほど離れた物陰では。
「あのドぐされが…リリウムに話しかけてもらって表情の一つも変えんとは…」
双眼鏡を用いてそのやり取りを眺めながら歯ぎしりをする女性の姿があった。
茶色い髪を高い位置に結び、薄化粧された顔には一般人なら睨まれただけで震えあがるような迫力のあるツリ目があり、
その下ではよく整った高い鼻がプルプルと震える双眼鏡に当たっている。
平素は意志の固さを象徴するかのように結ばれている唇は、今は開かれその奥で白い歯がギリギリと音を立てている。
この女性の名をウィン・D・ファンションと言い、今は亡き霞スミカの後継として現インテリオルに所属するリンクスであり、カラードのランクは3にいる強者だ。
その強さと、そして相当な美人であるにもかかわらず全く浮いた話のない彼女は敵からは真鍮の乙女(ブラスメイデン)と揶揄され恐れられていた。
そして通り名に違わず20代半ばにして未通のままである。その理由は…
「はぁあああ…今日も可愛いなぁ…リリウムは…」
状況から察せる通り、彼女はレズビアンなのであった。もっともそのことを彼女が自覚したのは丁度二年前。
王小龍という彼女が毛嫌いする陰謀屋がリリウムをカラードに連れてきたときに今までになく心臓が跳ね上がった時だ。
ランク3ではあるが、その実力はリリウムには決して劣っておらず、単純にリリウムとまた相対するのが嫌なだけであった。
もちろんそれはオーダーマッチでの話であり、任務で当たったのならば傭兵らしく心を殺し対処する覚悟はある。
「お、ウィンディー!何してんだ?」
そんな不審者丸出しの行為をしているウィンの後ろから声をかけた男は独立傭兵の中でもカラードで最も高い位置、7にいる男でロイ・ザーランドという。
実はもっと上に行けるほどの実力を秘めてはいるが、7という数字は縁起がよさそうという理由でこの位置にとどまっており、半年前にこの位置に来てからは上に行かずとも下からの挑戦者に敗れたことはない。
同じような理由で自分のネクストにも「マイブリス」という名前を付けている。
短く切った黒髪には白いメッシュが入っているが、その派手さに負けることの無いキリッとした眉、大きな黒目、完璧な場所に位置した鼻と口。
つまりどんな女でも振り返らずにはいられない程のいい男な上性格もよく、そしてそのセクシーな口から飛び出す言葉は女性の心を絶妙にくすぐると来ているので、
彼は25になるまでどんな女も落とすことが出来た。
出来たというのは、つまり、それが過去の話だからである。
「ありゃぁ…新入りのガロア・A・ヴェデットか。初ミッションが終わってすぐにここにいるとはな…よくここに来るってわかったな。それとも尾けていたのか」
「……」
実際はストーカー、もとい尾行していたのはリリウムなのであるがそのような事実は口にせず無視で返す。
「な、なあウィンディー。そろそろ昼だし、一緒に飯でもどうだ?奢るからよ」
「うるさい。あっちに行け」
取り付く島もないとはこのことか。
大きなため息を吐きロイはうなだれる。
去年彼女に一目惚れして以来あらゆる手練手管を使い彼女に迫り、受けるミッションもインテリオル寄りにし、
彼女といくつものミッションをこなしてきたが態度の軟化は一向に見られない。
ならば自分を変えようと好みを聞いたらチャラついた男は好きではないと言われ、髪をカラスのように真っ黒に染め、七分に分て、大きな黒ぶち眼鏡をかけてスーツでデートに誘ったが、
今度は堅苦しい男は好きではないと断られる始末。
堅苦しい、チャラいではなく「男が好きではない」という事実に気が付かないままロイはこの一年でもうすっかりと自信を無くしていた。
「…ぁぃ…」
とぼとぼとロイが離れていくのを感じウィンはふんと鼻を鳴らし、さらに覗きを続ける。
と、そのとき、リリウムのそばにいる男の一人、ドンだかデンだか名前は忘れたが、とにかく独立傭兵の一人が食事と叫んでいるのが微かに聞こえた。
「この上一緒に食事だと…?」
なんとしてもあの新入りの癖毛赤毛のクソガキからリリウムを遠ざけなければならない。
どうするべきか…と少し考えて、肩を落としたロイが離れていくのを引き止めた。
「おい!ロイ・ザーランド!食事に行くぞ」
「ホントか!?よし、じゃあ美味い店を知っているから…」
「いや、店は私が決める。少し待て」
「ああ、どっちでもいいぜ。待ちますとも」
丁度向こうも話が纏まったらしく移動を開始する。
さて、どうしたものか。
カラード管轄外の一角の高くも安くもないレストランで四人の男女が一つの机を囲んでいた。
机に置かれたそれぞれの食事は一つだけかなり減っていた。
「……」
「…でですね!俺はそのヒーローの圧倒的な力に憧れて圧倒的な力を持つネクストのパイロット、リンクスになってやろうと思ったわけなんですよ!そのための才能もあったしこれは運命ってやつですかね!この力を使って俺は…」
「お前、よくそんなに口が回るな…」
(この二人にも付いてきてもらったのは間違いだったかもしれません…)
リリウムは笑顔でダンの話を聞きながら心の中でつぶやく。
王の言っていた通り、ガロアは他人のよしなしごとにはほとんど興味が無い様子で、
ずっと頼んだBLTサンドを頬張っては飲み込みを繰り返している。
幸い、彼が頼んだメニューはまだまだ全ては来てはいないが、今のペースでは恐らく30分もしないうちに食べ終えてしまうだろう。
「…つまり!独立傭兵になったというのもどの企業にも悪いところも良いところもあって、その良い部分だけが出ているミッションを…」
「お前、結構まともな考えだよな、それ」
「……」
「お待たせしました~ステーキセットと大盛ミートスパゲッティ、マヨコーンピザにシーフードドリアです~」
「……」
(言葉を発する事が出来ないと言うのは存じていましたがこれではそれ以前の問題かもしれません…)
そうこうしているうちにもガロアの細身な身体にどんどん食事が吸い込まれていく。
これでは話を聞き出すどころではないと思っていたところに新たに入ってきたらしい客が声をかけてくる。
「リリウムか。奇遇だな」
後ろを振り返ると、自分がリンクスになってから何かと気をかけてくれていた先輩リンクス、ウィン・D・ファンションがいた。
一応彼女の所属するインテリオルと自分の所属するBFFは敵対関係にあるものの、こと強力な力を持つリンクスにとっての所属企業とは拘束の意味は持たない。
見返りの大きい任務や新製品が自分達に優先的に回ってくる。それだけだ。もし所属企業の力が弱ったら鞍替えをすればいいだけ。
リンクスはどの企業も欲しがるのだから…というのは王の教え。
リリウムは企業間の相関図やBFFの力などにはそこまで興味はない。
そういった理由から、優しく世話をしてくれていたウィンディーの事は実の姉のように慕っている。
「こんにちは。ウィンディー様。お食事ですか?」
「まあ、そんなところだ。折角だし、一緒にどうだ?」
(リリウム・ウォルコット…早速接触しているのか‥恐らくは王のジジイの命令に違いないな…それにしてもウィンディー、さりげなく新入りと同じ机に…抜け目ないな…)
ロイの想像はある一点を除いて的を射ていた。
「ええ、是非」
(ゲゲーッ!ロイ・ザーランドにウィン・D・ファンションじゃねえか!なんだってこうも化け物が集まってくるんだ!)
「ゲゲーッ!ロイ・ザーランドにウィン・D・ファンションじゃねえか!は、初めまして!俺、ダン・モロっていいます!」
「……」
ガロアはさらに来た二人にもあまり関心を示さずひたすらに胃袋に食料をぶち込み続けている。
是非とは言ったもののますます席は混み合いこれでは話すことの出来ないガロアから情報収集など全くできないだろう。
「お姉さん、俺、リブステーキセットとコーヒーね」
「私はフレンチトーストを」
「かしこまりました~」
「あの!共同作戦の時はいつでも言ってください!格安で引き受けますから!ご一緒させてください!」
「このレベルのリンクスのミッションに着いていったら死んじまうだろ…」
「……」
捲し立てるダンにもっともな正論を返すカニス。
そうこうしているうちにガロアは注文の全てを身体に取り込んでしまっていた。
どう切り出すか…と考えながら背筋を伸ばし紅茶を啜るリリウムは目の前にいた男二人と女一人が見とれてしまうほど様になっていた。
が、そのとき。
ピロリロリン、とありきたりなようで今は中々聞くことの無いような音が聞こえてくる。
「……」
「お前、随分古いケータイ使ってんなー」
先ほどから正論しか口にしていないカニスの言葉通り、ガロアに取り出されたケータイは近頃とんと見ない折り畳み式のケータイだった。
喋れないガロアがケータイを用いるとしたら恐らくはメールだろうか。
「……」
『お前、今日の四時には引っ越し業者が来るんだぞ。それまでに片付けなきゃいけないってこと忘れてないか?入り口で待ってるから早く来い』
「…!!」
セレンからのメールを見てすぐに時計目をやると14時22分。
家に着くまで最短でも三十分。
家の状況を思い出してみればガロアの部屋とリビング、トイレと風呂以外、つまり共同の部屋以外は酷い有様だったはず。
以前勝手に片づけて酷く怒ったり落ち込んだりしていたのでそれ以来放っておいたが、あの部屋の惨状を思うに片付けが一時間やそこらで終わるとはとても思えない。
部屋の片づけも引っ越しの手順にしてもどうしてこう刹那的に生きているのだろうか。
なんでそんな刹那的に生きているんだとは、お互いに思っていることではあるがそれに気が付くことはない。
そもそもの話、忘れてる覚えてるではなく、引っ越しが今日の四時なんてのは初めて聞いた。
「……」
手にしたフォークを放り出して即座に走り出す。
何か忘れている気がするが、セレンが入り口でぷりぷりと怒りながら待ってることに比べれば大したことではないはずだ。
セレンは堪忍袋がかなり小さいので、ほんの少しの火種が一気に大噴火になることが割とよくあるのだ。
「ガロア様!待ってください!」
情報収集どころか自分の存在すらほぼ認識されていなかったのではないか、と生まれて初めての事態に焦りながらリリウムは追いかける。
「あ!リリウム!待ってくれ!」
「お、おい!まだ注文来てねーのに!」
ガロアを追うリリウムの後を追うウィンの後を追うロイ。
一気にがらんとした机に先ほど注文された物が追加で来る。
「なんだよなんだよ…まだまだ話はあったってのに…ったく…」
まだまだ話足りないぜとばかりにぼやき大分冷たくなったステーキを口に運びながらダンはつぶやく。
「なあ、おい」
「ん?なんだよ。早く食わねえとどんどん不味くなるぜ」
「いや…俺、ロッカールームに財布置きっぱなしなんだが…これ誰が支払うんだ?」
「……」
ダンの手が止まる。
実は初任務の報酬でガロアに奢ってもらおうなんて情けないことを思っていたので金を持ってきた記憶はない。
パンパンのポケットに手を突っ込むとケータイ、埃、使用済みのちり紙、ガムの包み紙、小さいころから持ち歩いてるヒーローのフィギュアが出てきた。
「……」
ポケットから何やらごちゃごちゃとゴミを出し、顔をサーッと青くするダンを見てカニスも顔を青くした。
目の前で走るガロアが立ち止まる。
追いかけるリリウムは、あれだけ食べてよくここまで走れるものだと思いながらも追いついた。
「遅い!やっぱり忘れていたのか!」
普段慌てることのないガロアが全力でこちらに駆け寄ってきたのは少し可愛いな、とセレンは思ったが当然そんなことを口に出すわけはない。
「ガロア様!」
「リリウム!」
「おい、待てってウィンディー!」
その後ろから次々と人が追ってくる。
一瞬また人さらいが来たのかとギクリとしたがどうもそうではないようだ。
「あの、まだお話を何も…」
「!!」
(お、これまた凄ぇ美人!ガキだと思ってたが、意外にやるなぁこの新入り)
「なんだ?なにか話でもしていたのか?すまないが、これから引っ越しがあるんで急いで帰らなくてはならないんだ。話ならまた今度にしてくれ」
追ってきた三人は三者三様の反応をしているが、ポニーテールの女性が驚愕、といった表情でセレンを見る。
「引っ越し?ああ、そうか。ところで、お嬢さん、お名前は?おっと、俺の名前はロイ・ザーランド。気安くロイって呼んでくれ」
引っ越しと言うと皆反応が少し遅れる。
実は上位リンクスのほとんどは個人的にネクスト格納庫と発着場を所有し、作業ロボやガードロボを買ってその近くに住んでいる。
自分たちの置かれた傭兵という立場をよく理解し企業から一定の距離をとる、あれこれ指図されたくないなど理由は様々だが少なくともその為の資金なら上位リンクスなら容易く稼げる。
企業は逆にそれを戦力が独立しようとしている危険な兆候とも捉えており、その不完全な支配がアームズフォートの開発の動機の一端になっているということは個々のリンクスが知るはずもない。
現在一ケタのランクでカラードに住んでいるのはランク1オッツダルヴァだけだが、それが企業に従順なのかと言われればまた違うというのは別の話だ。
「ああ、ガロアのオペレーターのセレン・ヘイズという」
唐突に名前を聞かれ言葉がつっかえそうになるが、なんとかすらすらと自己紹介に成功する。
未だに極少数の人を除き自分が話題の中心になるのも、話すのも苦手だ。
突然話しかけてきた男は、今まで自分に言い寄ってきた奴と同じ、女の扱いに慣れた男の雰囲気がして反射的に鼻がひくついた。
「行くぞ、ガロア」
頷きガロアは着いてくる。
「あの!」
立ち去ろうとするガロアにリリウムは王から命令されたことを達成できていないことへの焦りと、ほんの少しのガロアへの興味から声を上げた。
「ん?」
「……」
「また今度一緒にお食事を!」
ガロアと同じくらいの年齢であろうか。
たおやかな少女がそんなことを言い出す。
ガロアは少しだけ怪訝な顔した後に頷き、そのまま自分の隣に並んで再び歩き出す。
なぜだがガロアが素直に食事の誘いに肯定したことに胸のあたりがチクリと痛んだ。
「なんなんだ?あいつら、お前の友人か?」
小声で話しながらセレンは思う。
ガロアはこんなに社交的な奴だっただろうかと。
「……」
間をおかずに首を振るガロアにほっとするセレンだが、その独占欲と呼ばれる感情の正体に気が付くことはないまま帰路に着いた。
(霞…スミカ…か?死亡したはずの…なんなんだ?インテリオルは一体何を…?)
セレン・ヘイズと名乗った女は、つい最近になって入室が許可されたインテリオルの記録室…その中で見た、過去に旧レオーネメカニカに所属していた霞スミカの姿そのままだった。
元々綺麗な企業だとは思ってはいなかったが、ますます疑念が増える。他人の空似にしてはあまりにも似過ぎていた。
(クローンか…?いや、だがそれがなぜオペレーターなどを…?)
さらに長考すれば当たらずも遠からずの答えに至れたかもしれないが、唐突に邪魔が入る。
「おい、ウィンディー。飯注文したままだろ。戻るぞ。そりゃ失礼ってもんだ。リリウムちゃんも、ほら」
「ん?あ、ああ」
「はい、ロイ様」
背後から急にぶつけられた正論に思わず肯定の意を出してしまい、しまったと一瞬思ったがリリウムも戻るというので結果オーライだ。
(どちらにせよ…警戒しておくに越したことはないな…)
風に流れる髪をおさえながらウィンは中断した思考にそう結論付けた。
「……」
リリウムは先ほど何故自分があんな大声で思っていたことを言ったのか自分自身よく分かっていなかった。
その正体は、自分と同年代の異性が気になるというこの年頃なら当たり前に起こりうる感情なのだが、今まで彼女と触れ合う同年代の異性は少なかったうえ、
出会ってもそのリリウムが持つ地位や見た目のせいで、ただの17歳の少女という目で等身大のリリウムを見てくれる者はほとんどいなかったのでその感情の正体を正しく掴めない。
実のところただ単にガロアはリリウム含む今日現れた人物にあまり興味を示していなかっただけなのであるが、
そういった反応をした同年代の異性はリリウムの人生の中で初めてであり、それが彼女の興味を引くことになったのだ。
既に見えなくなったガロアとセレンの姿を探すように後ろを振り返った後、リリウムは自分を待つウィンの元へかけていった。
そして戻った三人が見たのはジャパニーズ・アポロジャイズ・スタイル、通称DOGEZAと呼ばれるものを二人の独立傭兵が店員と警備隊にしている姿だった。
そのあまりに滑稽な姿に眉を顰めっぱなしだったウィンは思わず笑ってしまい、その笑顔を見てロイはやっぱりウィンディーがナンバーワン!と心の中で思っていた。
「何?突然相手の機体が光を発してダメージを受けた?」
夜、引っ越しのトラックの荷台の中で揺られながらガロアの質問を受けて少し考えて思い出す。
「ああ、恐らくアサルトアーマーだろう。その場で見ていないから確実にとは言えないが」
何をしていたのかと聞いたら、シミュレーション上でホワイトグリントと戦ってみたという。
そしてその後大勢の見知らぬ人に捕まったそうだ。
ガロア自身気付いていないがそのAMS適性の高さから新人としてはかなり注目されていることは事前に知っていたので遅れたことにも納得がいく。
一人で勝手に納得していると、非常に珍しくガロアの方から質問をしてきたので、なんだか嬉しくなり丁寧に説明することにした。
「コジマ粒子は非常に細かな粒子で速度が一定以下の時はその時の速度と、その速度に則った時間後の位置に留まろうとする性質があるのは教えたな?
その性質を利用してプライマルアーマーが作られたんだ。実弾がぶつかってもその位置に留まろうとする性質によりコジマ粒子は弾を弾き返す。
逆に質量のないエネルギー弾には効果が薄いとも教えたはずだ」
そのあたりのことは覚えていたようで揺れるトラックの中で体育座りをしながらガロアは頷き覚えていると示す。
「だが、コジマ粒子にはもう一つの性質がある。先ほど述べたある一定以上の速度を超えると粒子同士が互いに影響しあう…つまり波の性質になるんだ。縦方向への超高速振動をくり返しながら振動と垂直に移動する波となるのだが、それは一定速度以下のコジマ粒子は弾き飛ばし、一定速度以上のコジマ粒子は巻き込む。そして金属を貫通しその原子結合を断ち切りグズグズに溶かしてしまう」
「この性質は以前から知られていて、まだまだ解明されてはいないがこの性質が生物の身体に悪影響を与えるのではないかとも言われている。確定ではないがな。
昔から実験的なネクストに利用されてはいたが、如何せんリンクスにも悪影響を与えるから、その性質は使われることはなかったんだ。だから教える必要もないかと思っててな。
だが、最近になってようやく一般的なネクストにも利用されるようになった」
どうやって?、と素直に質問をするガロアに少し得意気になりながら説明を続けることにする。
リンクスデビューして、最早自分に頼ることも無くなるのかと少々寂しくなっていたがまだまだ自分の助けが必要なようだ。
「逆位相…つまり、自分側に来るコジマ粒子の波を打ち消す波を同時に放つ事で自分がコジマ汚染にさらされること無く相手に打撃を与えられるようになったんだ。だが、自分の周囲のコジマ粒子を攻撃に転用し、ジェネレータからその時出力出来るコジマ粒子を全て打ち消す為にオーバードブースターから出力して使うためジェネレータとオーバードブースターがオーバーヒートを起こし、暫くの間プライマルアーマーが使えなくなってしまうんだ。まさしく諸刃の剣だ。それを使うとなれば相手より速く動けてかつ熟達しているか、隠れてプライマルアーマーが回復する場所がある戦場か、だな」
目を薄く開きながら何かを考えるように聞くガロア。恐らくその頭の中では今どう使うのが効果的か、自分に合っているのかと様々なシミュレーションを繰り返しているはずだ。
「ちなみにお前の機体では使えん。オーバードブースターが昔の物だからその機能が付けられていないんだ。だが、無理して新しい力に手を出すよりも今の力を伸ばす方がいいと私は思う」
目を開きこちらをまっすぐ見つめながらゆっくり頷くガロア。
冷静でいるようでその実自分の思ったことはすぐに行動に移す猪突猛進型のガロアであるが、人の話に耳を貸す賢さもまた兼ね備えている。
「っ…ととと」
ぐらぐらと揺れるトラックの中で掴むところを探しつつバランスをとる。
公共エアラインシステムを使えば30分で着くのだが陸路では3時間はかかる。
荷物が少なければ空路でも行けたのだが、如何せん(主にセレンの)荷物が多すぎた。
インテリオルから唐突に解放され羽の伸ばし方の分からなかったセレンは一人きりだった一年で浪費の限りを尽くしており、またさらに悪いことに彼女は捨てられない女、片づけられない女だったのだ。
揺れる4tトラックはほとんど一杯であり、これでも大分荷物は捨てたほうだ。
4LDKあったうちの実に二部屋は彼女の荷物で埋まっていたというのだから恐ろしい。
対するガロアの荷物はトランク一つで収まる程であり、実のところ一人で先に行こうと思えば行けたのだが先ほどガロアがしばらく離れて他人と話していた事実に僅かに不機嫌になっていた事実を鋭敏に察していた彼はセレンのそばにいることにした。
しかしそれはそれで狭い空間に二人きりでいるのも落ち着かないらしく立ったり座ったりを繰り返しその度にバランスを失い転びそうになっているのを見て難しい人だな、と思うほかなかった。
「まだ到着しないのか…」
荷台についてる小窓で外を見ながら呟くセレンだがその台詞は出発して既に7度目、小窓を除くのは12回目だ。
チラリとガロアの方を見る。ちなみにこうしてそっとガロアの方を見るのは日に何十何百とあることであり、セレンは気づかれないように見ているつもりでもガロアはその視線には気づいている。
(大きくなったな…あのワケの分からんファッションだったダボダボの服もぴったりになっているじゃないか…)
出会った頃から来ていた全くサイズの合っていない保温性に優れた白いコートと長いズボン、そしてウシャンカと呼ばれる厚手の帽子は彼がもともと住んでいた地方独特の服装であり、訓練や料理等をするとき以外はよく身に着けていた。
その服を纏う理由をセレンは既に調べ上げて知っていたので変な格好だとは思いつつも止めることはしなかった。
今は大きく成長した彼の身体にはそれらの服装はジャストフィットしており、ウシャンカを深々と被った下から覗く癖毛の影がかかった独特の紋様を持つ眼が作る憂いを帯びた視線に、
ロイほどではないにせよ整った顔立ちを全く崩すことの無いどこか幼いポーカーフェイスは、良く似合うようになった服装と相まって中々の美少年であった。
しかし、この地方では冬でもまず見ないであろう服装をいつでも構わずにしているというのは、似合う似合わない以前に変人の域なのだがその辺は気にしないことにしている。
ガロアがこちらに視線を向ける。
セレンはよく分からぬ類の感情が内側で弾けて視線をそむけてしまう。
平常であれば目が合ってもなんともないが、この頃、二人でいてふとした瞬間に目が合うとつい目を逸らしてしまうようになっていた。
ガロアの色素の薄い灰色の眼が自分の隠している過去を責めているような気がするのだ。
そんなやり取り(と思っているのはセレンだけだが)をしているうちに疲れが陰から身を出しぬるりと眠気がわいてくる。
ガロアのリンクスデビューであったと同時に自分もオペレータデビューであった。
やはり気づかないところで相当気を張っていたに違いないし、引っ越しや知らない人物とのやりとりもあってかなり疲れた。
自分の服がぐちゃぐちゃパンパンに詰まった紙袋を引き寄せそれを枕に寝転がる。
ガタガタ揺れて不快だったこのトラックの振動も今では眠気をいざなう絶好の材料に過ぎない。
再びガロアに目を向けると、先ほどと変わらぬ様子で体育座りをし膝に顔を埋め込みながら虚空を見つめている。
その顔には疲れは見えない。
(……)
初めての実戦の後シミュレーションまで行ったのになんでこいつは疲労していない?
いや、それよりも、少なくとも何人かは今日確実に殺しているはず。それなのにこの落ち着き様。自分が初めて人を殺した時は…。
セレンは自分が初めてネクストに搭乗した時を思い出しながらいつの間にか眠りについていた。
(…また酷く揺れるな…とんでもない悪路だ…)
半覚醒の眠りの中でグラグラと揺れる身体を感じながらセレンは思う。
「……」
辺りを確認しようと薄目を開くと頼りない光に照らされたガロアの顔が目の前に見える。
「うわっ!?」
あまりの距離の近さに心臓と身体が跳ね上がり思い切り頭と頭を衝突させる。
今まで起こされることはあってもこの距離感ではなかったのだが、それは単純にぐっすりと寝ているセレンを起こすためにガロアもしゃがみこみ身体を揺らしていたからである。
内外ともにカチコチの頭の衝突はかなりの痛みだったらしくガロアは頭を抱えたままうずくまる。
一方のセレンは痛かったものの目が覚めたと言わんばかりに目をこすり立ち上がる。
「着いたのか?じゃあ荷物を運ぶか…」
ちなみにこの時代の引っ越しは人間は頼まなければ来ず、全自動走行のトラックが時間通りに来て荷物を運ぶのみである。
大荷物があり、かつ運ぶだけの力がある人物がいない時に業者を呼ぶのである。
今回は細身ながらも力もかなりついているガロアがいたので業者は呼ばなかった。
ここに来るまでのゲートは既にガロアがIDカードを示し、トラックの中のスキャンも済ませている。
さて、ここからが大変だ。
何せ4tトラックが埋まるほどの量の荷物があるのだ。
現在時刻は7時半。夕餉の時間は大分遅くなりそうだ。
「……」
「くっ…重い…」
黙々と(セレンは少々グチグチと)カラード管理下マンションの入り口に荷物を降ろしていくと入り口から見覚えのある人物がやってきた。
「よう、待ってたぜ。手伝ってやるよ」
「!」
「誰だ?知り合いか?」
昼にもまして意味不明な格好の部屋着をしているダンがそこにいた。
「ああ、ちょっとしたな。ロイの旦那から今日引っ越してくるって聞いてな。俺はダン・モロ。リンクスだ。よろしく(ホントにすげえ美人じゃねえか!)」
「セレン・ヘイズだ。こいつのオペレーターをしている。手伝ってくれるとはありがたい」
「いいってことよ。そのかわり、僚機を選ぶときは考えてくれよ」
ダンはある理由によりあまり僚機に選ばれることがないため、この機会に名を売り込んでおこうという狙いと善意半分で早めに晩飯を済まして待っていたのだ。
「ふぃ~これで全部か?二人分の荷物なのかよこれで…」
「これをエレベーターに乗って25階まで運ぶんだ」
ダンとセレンが微妙にかみ合ってない会話をしている間にガロアは積み下ろし完了のコマンドを示しトラックを送り返しておいた。
エレベータに積み込んだ荷物をようやく部屋の前に降ろしセレンが礼を述べる。
「すまないな、助かった」
「えっ!?二人で一つの部屋に住むの!?」
「そうだが?」
「え…あ、そうなの…」
普通の少年時代を経て、服装のセンス以外は普通に育ったダンにとって思春期の男女が同じ部屋に住むということはどうしても邪な妄想をせずにはいられない。
なによりも。
(オペレーターと一緒に住む…ただの契約関係というわけじゃないのかな…)
普通オペレータというものはそれ専用の教育を受けて、一人ではなく何人かのリンクスやノーマル乗りと任務の報酬の何%、
もしくは毎回一定の給与を受け取ることを互いに合意の上で決めて契約をする立派な職業の一つであり、
仕事上の関係以上の関係となることはあまりない。
またリンクスの方も人によるが、作戦に応じたオペレータをそれぞれ選んで起用する者もいればオペレータを用いずに任務に臨む者もいる。
カラードに登録されているオペレータもいれば、企業に所属するオペレータ、または独立オペレータなどもおり、それぞれの特徴というものも人の個性と同じようにある。
ちなみにダンの契約しているオペレータは独立オペレータであり、ベテランだが白髪混じりの男性なので羨ましいったらない。
カラード管理下の建物はリンクスも住んでいることにはいるが主にはカラードに勤めている者とオペレータが住民となっており、
個人としての関係を持たずに踏み込むことも通常はないはずのオペレータとリンクスが一緒に住むというだけで色々と勘繰れる要素となるのだが、
若く経験も浅いダンにとっては結局のところ、美人と一緒に住めるなんて羨ましいや、という考えに帰結してしまった。
「ま、まぁいいや。じゃあ俺は自分の部屋に帰るからよ…おやすみ!」
「?」
「なんなんだ?」
妄想が加速してしまいこれ以上ここにいたら言うべきではないことを言ってしまいそうだと判断したダンは足早に走り去ってしまう。
「変わったやつだな…友人なのか?あの男は」
服装のセンス込みで変わったやつだと判断しガロアに聞くがまた首を横に振って返してくる。
まぁいいやと前もって受け取っていた鍵を差しドアを開け荷物を運んでいく。
「なんか狭いな」
ようやく(主にセレンの)荷物を運び終えて言った一言がこれである。
一緒の部屋でいいだろうと言ったのはセレンであり、そもそも2LDKという間取りなので二人で住むのに狭いということはない。
単純にセレンの部屋に荷物を放り込むだけ放り込んだ結果狭くなってしまっただけである。
今は全部セレンの部屋にあるが、そのうちなんだかんだと自分の部屋に侵食してくるであろうことを予想しているガロアはその台詞が来ることは正直わかっていた。
「お前の部屋は荷物も少ないしそっちにもいくらか置くか。今日は遅いから明日にするとして」
流石に許可をとることもせずに、お前の部屋にも荷物置くからな宣言が来るというのは予想外だったが。
「シミュレーションルームに行ったならオーダーマッチについてはもう把握したか?」
頷くガロアに向けてリビングに置いた椅子に座りながらさらに続ける。
「それを受けるつもりは…ないか。わかっていたよ」
ガロアがセレンの発言を予想出来ていたように、言葉を話せないためかなり時間はかかったもののセレンもこの約三年でガロアの性格を把握しつつあり、
そのような順位付けなどに興味を持つことはないだろうことは分かっていた。
「それでも構わないんだが…その…」
核心に触れないように言葉を選びながら目の前の椅子を引きガロアも座らせる。
「ランクが上がらなければ難しいミッションが来ることもないんだ…あー、例えば上位リンクスと敵対するようなものとかな。
ランク30をランク1にぶつけてどうなるかなんて火を見るより明らかだろ?例えそのランク30に相当な実力があったとしてもやはりそのミッションにはランク2が選ばれるだろう」
「…!」
ガロアの顔色が明らかに変わる。
そう、その言葉通りもしホワイトグリント撃破が任務として出されるとして、順当に考えてその依頼が来るのはランク1オッツダルヴァだろう。
その事にもうまく気が付いたようだ。
「なら、近いうちにオーダーマッチの申請をしておくことだ。…さて、飯にするにも材料がないからな。どこかに食べに行くか」
各部屋に取り付けられている連絡用コンピュータにガロア・A・ヴェデット宛の二つ目の依頼が来ていたことに二人が気が付いたのは食事から帰ってきてからだった。