Armored Core farbeyond Aleph   作:K-Knot

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レッドラム+スタルカ撃破

リンクス戦争は終結した。誰もが予想しなかった、企業の崩壊を経て。

やれやれ、うちが潰されなくて良かった…

という安堵の声を聞いてテクノクラートの秘蔵のリンクスだった当時33歳のド・スは苦笑いをした。

 

「テクノクラートは潰されるほど目立っとらんじゃろう…」

リンクス戦争が始まる前にテクノクラート唯一のオリジナルはアナトリアの傭兵に軽くひねり殺され、戦争に参加するまでも無く終了した。

潰されなくて良かった、じゃなくて潰す価値も無かった、だ。

 

「お話しがあります」

 

「なんじゃ」

オペレーターの男が話しかけてくる。

こんな時期にミッションなんてあるのだろうか。

あるのならばそれはあまりいいミッションではないだろう。しかもまだ自分はほとんど実戦に参加していない新米リンクスだと言うのに。

 

「こちらへ…話は道中」

 

「ふむ」

コツコツ歩くオペレーターについて行くが、ちょっと嫌な感じがして鼻がひくつく。

あの場所では話せないような話という事なのだろうか。

 

「…イクバール支配圏である封建的支配をしていた一族が、リンクス戦争に巻き込まれて壊滅しました」

 

「……」

 

「その程度ならばよくある話なのでして…その一族の生き残り…ジェルミ家の正統血族のご令嬢を縁あって引き取ることになったのですが」

 

「政治的価値が」

 

「ええ。全くありませんでした。既にその地方は建前上は民主的指導者の下、オーメルの支配下におかれており、ジェルミ家が圧力的支配をしていたこともあって、

民衆からの支持も無いに等しくこれ以上彼女にお金をかける価値もありません」

 

(やはりのう。やることなすことちぐはぐなんじゃ、テクノクラートは)

 

「…と思われていました」

 

「なんじゃあ?ようわからんのだが」

 

「AMS適性があったのです」

 

「ほう。して、ワシになんの関係があるのかの」

 

「これからはリンクスといえどチームワークが重要になってくるとテクノクラートは考えています」

 

「…?」

 

「長期ミッションになります。彼女を引き取り、リンクスとして育て上げ、あなたのパートナーとしてください」

 

「……」

結局負担は企業では無く自分に来るのか。そっと溜息をついていると、どうやらその女性がいる部屋についたらしい。

 

「………………」

むっつりと口を曲げて眉を顰めている、いかにも良家のお嬢様風の女の子がいた。

褐色の肌に金髪金目がよく似合い、ますます高貴な雰囲気を醸し出している。頭が痛くなってきた。

 

「彼女です」

 

「ガキじゃが」

 

「ガキって何よ!!オヤジ!!」

開口一番金切り声である。これを引き取る?本当に?

 

「ええ、子供です。まだ11歳です」

 

「老け顔!!」

 

「リンクスに?」

 

「鷲鼻!!」

 

「そうです」

 

「黒髪!!」

 

「……」

悪口にすらなっていない。

そりゃこの娘の綺麗な金髪に比べれば自分のようなぼさぼさの黒髪は見下したくもなるかもしれないが。

 

「ハゲ!!」

 

「ハゲとらんわ」

確かに髪を全て後ろに縛って額が出ているせいでハゲているように見えるがハゲではない。…多分。

しっかり寝る前に髪のケアもしているし、ワカメも沢山食べている。脂は控えているし、性欲はもともと枯れている。

ハゲていない。ハゲていないぞ。

 

「何よ!!」

 

「……」

これをリンクスに育てて自分のパートナーにしようというのか。これを?これを??今も自分に罵詈雑言を飛ばし続けるこの口汚い娘を?

 

「野蛮人!!お母さまを返せ!!」

 

「ワシゃ知らん」

 

「この!!」

 

「……」

今度は飛びかかってきた。首根っこを捕まえ猫のように持ち上げるがそれでも暴れ続けている。

よく見てみれば、残念なことに上玉だ。リンクスにならないというのならどこぞの娼館に流されて終わりだろう。

考えてみれば、まだ11歳の女の子がいきなり家族を奪われ住む場所を追われて最後は男に食い物にされて病気を貰っておしまいなんて悲惨すぎる。

 

「…はぁ…。分かった。ワシが育てよう」

 

「ふざけないで!!誰があんたみたいな男に…」

 

「ありがとうございます」

 

「話を聞けーっっ!!」

 

そうして奇妙な共同生活が始まった。

やれ一緒に下着を洗うなだの、やれこんな物は食べられないだの、やれこんな所で寝れないだの口を動かせば文句しか言わない娘だったが、

それでもリンクスとしての才能はあったのかメキメキと才覚を伸ばしていった。自分よりもランクが上がった時は少し複雑な気分だった。

40歳の誕生日に一言だけ、『おめでと』と言われたとき、ド・スは少しだけ泣いた。結婚もしないで四十路に入ったことに気が付いたのだ。

 

 

 

そして八年後。

自分が長い事住んできたPA-N51で沈黙しているネクスト、スタルカの中で立派な中年となったド・スはため息を吐く。

 

『うふふ…うふ…イルビス様の仇…私が取ってあげるわ…』

 

「…はぁ…」

あれから八年。思えばよく育てたと自分で自分を褒めたくなるが。

 

『穴だらけにしてあげるわ…ガロア・A・ヴェデット…うふふ…』

 

「育て方を間違えた…」

流石に19歳になって口の悪さや粗暴さは鳴りを潜めたが何故かこんな嗜虐心溢れる性格になってしまった。

 

『何か言った?』

 

「…何も言っとらん」

何よりもネクストが破壊されただけでイルビスは別に死んでいない。入院しているが。

何故かあの少年がカラードに登録されてからずっと執心しており、仇討ちというのもただの口実だ。

 

『ああ…楽しみ…どんな悲鳴をあげるのかしら…』

 

(ワシ…どこで間違ったんじゃろ…)

がんばれド・ス。お前は間違っていないぞド・ス。シャミアが元々そういう性格だったというだけだ。

そう自分に言い聞かせてド・スは今日も溜息をつく。

化け物染みて強いと聞くアレフ・ゼロ。何事も無く勝てればいいのだが。

 

 

 

物凄い霧だ。あちらこちらで何かが蠢いている気配がするが何も見えない。

 

(丁度いい…心の目だ…心の目…)

目の能力が下がっていても、この霧ならどっちにしても意味がない。

雪で5m先も見えなかった幼き日々を思いだす。

それでもあの日々の自分は獲物の位置が分かっていた。昔出来ていた事を今やるだけなんだ。

 

カシン、カシン、と何かが周期的に動く音があちこちから聞こえる。

 

『ミッション開始。敵ネクスト、2機を撃破する。この霧に加え、ECMも展開されている…奴ら、闇討ちをやるつもりだ…慎重に動けよ』

 

『こちらメリーゲート。作戦行動を開始するわ。いやな霧…シャミアには相応しいわね…派手にやる。いぶりだすわ』

 

(感じるぞ…魂の震えが…敵の気配…)

色々と入る通信は全くガロアの耳に届いておらず、あろうことかガロアは深い霧の覆う戦場で目を閉じていた。

 

(20…いや…21か…?なんだかブリーフィングで聞いたよりも多い…この中から二機を探して叩っ壊すのか…)

一定のリズムで飛び上がり、また着地を繰り返す物が何機もある。恐らくはノーマルがかく乱のためにそうしているのだろう。

無論、ネクストに襲われれば例え目標でなくとも殺される。そういう覚悟は嫌いではないが、今はやめてほしい。

 

『殊勝な羊たちね。わざわざ狼の餌場にでてくるのだから…戻れないわよ、あなたたち。…イルビス様の仇は討たせてもらうわ』

 

(今動いた奴がこの女か?…仇?……)

 

『………そういうことじゃ。えぐらせてもらうで、GA』

 

「全部で21機か。予定より随分と多い…」

ああ、この感覚。そうだ、思いだした。街にいて分かるはずがなかったのだ。

常に命の危機がそばにあり、周りの全てが敵という状況だったからこそ、磨かれていたというのに。

あんな生ぬるい世界では錆びつき失われていくのも当然だ。

 

『!?』

 

『この霧で見えるはずが…!?』

 

「簡単にばらすなよ、阿呆。オオカミも殺す…牡鹿もいるのに、よぉ!」

後ろから突如来たショットガンを避けて肘を叩き込む。気が付けばすぐそばにいた危険な野生動物と違い、音も気配も分かりやすかった。

 

『くあっ…何故!?』

コアに肘が当たったようで赤いネクストの胸部が不気味にへこんでしまっていた。

急な攻撃でバランスが崩れたレッドラムは地面に歪な跡を残しながら加速していく。

 

「不細工な殺気だ、女。霧じゃ足りなかった」

言葉は便利だ。

怒りは信じられない力を引きだすこともあるが、大抵は行動の衝動的な単純化を招きいい結果にならない(そこまで分かっていても自分の怒りは止められなかったが)。

適当になじるだけで相手を怒らせられるならこんなに便利な物は中々ない。

 

『…!!絶対に殺すわ…』

 

「………ふーん…」

更に殺気は膨れ上がったが不思議な事に霧の中へと引っ込んでいってしまう。

このまま近くで戦い続ければ不利なのは自分だと判断したのだろうか。

 

(待てよ?)

 

(狼の餌場なんてふざけた事を言っていたが…)

 

(俺はどうやって狩りをしていた?)

 

(……やるじゃねぇか!!ふざけやがって)

 

 

 

 

 

「……」

シャミアがキレているのは演技ではないと分かるがそれでもよく引きつけておいてくれた十分だ。ド・スは息を潜めて機会を待つ。

緑色のネクストがまた明後日の方向にいるノーマルを撃ち落としている姿がビルの隙間からよく見える。

 

「……」

緑のネクストがこちらに完全に背を向けた。

 

(ここ!!)

右手の射突型ブレードをコアのコックピットへ向けて突撃する。

技術的に常に後塵を拝してきたテクノクラートが発狂してとうとう作り上げてしまった最悪の兵器、KIKU。

非常に当てにくいが、一度まともに当たったが最後、パイルに搭載されたソナーが鼓動の聞こえる場所、

つまりリンクスの乗っている部分まで到達し小規模な爆発を起こすという非人道的と言われても仕方がない兵器だった。

 

(当たっ……)

当たった。そう思った瞬間に霧の中から黒いネクストが飛び出して緑のネクストを突き飛ばし、こちらに一撃を入れていった。

 

「おおっ!?小僧…やるのう…」

だがそれでも、向こうのブレードはこちらのマシンガンを切っただけに終わったが、こちらの射突型ブレードは緑のネクストの左肩から下を吹き飛ばしたのを視認していた。

 

 

 

 

 

(狩りは弱いやつから狙うのが定石…やるな、こいつら。…メリーゲートはもうダメそうだな)

一撃でAPが8割ほど持っていかれているのが確認できた。

しかも主武装のバズーカを持つ左腕が吹き飛ばされたとなれば最早戦力としては期待できない。

 

『あ…ありがとう…ガロア君』

 

「…別に助けたわけじゃない。あんたを狙ってくるって分かっていながら黙っていたからな」

事実だ。目的が分かっていればその瞬間を狙って殺せると思っていた。だが実際の敵の速さは想像を上回っており、目で追えずにしとめ切れなかった。

目が前の状態なら殺せていたというのに。そういえばこれは久々の対ネクスト戦ではないか。果たしてこれだけ不利な状況が揃って生き残れるだろうか。

 

(まぁ…その時は死ぬだけだ)

自分の『不利』を一つずつ確認していると、そのうちの一つが声をかけてくる。

 

『それでも…ありがとう』

 

「…退け、メリーゲート。お前の機体じゃ不利過ぎる」

 

『でも…』

 

「尻拭いにまで手を回せないって言ってんだ!!邪魔だ!!帰れ!!」

 

『…分かった。ごめんなさい、メリーゲート退避するわ』

 

「ちっ…」

 

『…お前はどうするんだ?ガロア。勝てない相手ではないと思うが、この状況…お前だって不利だ』

 

「ああ…。うん。いや…」

それは分かっている。BFF製の遠距離用FCSとヘッドにでもしておくべきだった。

 

(……?)

ヘッドを変えておけば良かった、そう思った時、ジャックを通してアレフ・ゼロから何かが伝わってきた。

それは無言の非難のような感覚で、静電気のような痛みまで伴っていた。

 

(何か不機嫌なのか?お前)

思えば初めて乗った時から何かが違った。

このネクストはずっと自分に語りかけてくる。

シミュレーションの世界のアレフ・ゼロとは全く似て非なる物だ。

一体この機体はなんなのだろう?

 

「女。俺が仇だって?」

とりあえずそんな戦闘中に考えるべきことではないことは置いておいて、レッドラムのリンクスに声をかける。

 

『戦闘中にお喋りとは余裕ね。…そうよ、イルビス様の仇取らせてもらうわ』

 

「…受けてやる」

仇、と聞いてちくりと心が痛んだ。

このまま背を向けて逃げれば遺恨を残してしまう。ここで叩き潰すか、自分が負けて死ぬかだ。

醜く生き延びれば……自分が恨んだあの男と全く同じになってしまう。戦いはやめられない。

 

(……そこか!!)

ドウッ、という反動を残して放ったグレネードはノーマルを木っ端みじんにする。

砕け散ったあのACの中にも人はいたのだろうか。囮であると分かっていながらどうして死ねるのだろう。

 

「ぅおっと」

 

『チィっ!!』

すかさずに射突型ブレードを持ったネクストが攻撃してきたのをぎりぎりで回避する。

 

(上手い…くそっ。集団で戦うのに慣れてやがるな)

考える暇も無く四脚のネクストがショットガンに交えてアサルトアーマーをぶつけてきた。

どれも回避してはいるもののこちらの攻撃もカウンターの一発しか当たっていない。

 

(まいった。攻撃が来れば分かるが…見えねえんじゃこっちから攻撃のしようがない。ジリ貧だ)

 

(霧が邪魔なんだよな…霧が…)

 

(…ああ)

 

(じゃあ吹き飛ばすか)

 

 

 

 

 

『アレフ・ゼロが何か不審な動きを始めました』

 

「…何?」

ノーマルのパイロットからの通信が入るが、ここからでは見えない。

不審と言っても何が不審なのだろうか。

 

『飛び上がって…あ、あ、う、うわ…』

 

「おい!どうした!…何じゃあ…あれは…」

もう見えた。深い霧の奥深く、空中で緑の光が収縮していくのを。

 

(アサルトアーマー?だが溜めが長すぎる…まるでコジマ爆発でも起こそうとしているような…)

ぎゅんぎゅんと中心に集まっていくコジマ粒子の輝きは不穏すぎるが、下手に刺激してコジマ爆発を本当に起こすわけにもいかない。

と、思った瞬間

 

カッッッ!!!

 

「ぬおっ!!」

 

『きゃあっ!!』

 

通常のアサルトアーマーの何倍もの規模のアサルトアーマーが周囲の霧全てを呑み込んだ。

 

「霧が!!」

 

『晴れた…!?』

 

普通のアサルトアーマーは有効射程距離が決まっており、それ以上の距離では効果がない。

というのも、それ以上それ以上と欲張れば攻撃力自体が失われてしまうからだ。

だが、攻撃力を気にせずにマニュアル操作で距離を制限せずに解放すれば当然数kmに渡ってコジマの波が広がっていく。

オーバーヒートしてその後の戦闘で使えなくなることを無視して全てを開放すればその波の到達する距離は計り知れない。

 

解放されたコジマ粒子は空中を漂う水分子を分解し、弾き飛ばして濃霧で覆われるのが常のPA-N51に青空と太陽を覗かせた。

太陽の光を背に受けて宙に浮かぶ黒いネクストはこの世のどんな物よりも不吉な影を落としている。

 

『そこにいたか。来いよ、ホラ。女』

 

『な……めんじゃないわよ!!』

 

「シャミア!!!」

幼い頃のような激情を隠そうともせずに宙に浮かぶアレフ・ゼロに飛びかかっていくシャミアのネクスト、レッドラム。

四脚だと言うのに空中戦を挑むのがどれだけの愚かか分かっていないのか。

 

『殺す!!』

 

「よせシャミア!!分からないのか!!」

確かにもう相手はPAもアサルトアーマーもオーバードブーストも今日は使えないだろう。

だが、あれだけ有利な条件が揃っていて仕留められなかった相手だというのに、こちらの有利はほとんど消えてしまった今、あの突撃は自殺行為にしか見えない。

 

『…ふん』

 

『くぁ…が…』

 

「シャミア…!!」

制止を振り切り飛びかかったレッドラムは一呼吸の内に腰から下と分離してた。

 

 

 

 

『く…そ…絶対に…絶対に許さないわ…』

 

「生きてんのか。運が良かったな」

コアを狙って両断したはずが、少し低かったようだ。

墜落した赤いネクストの元へと行くと腰から下が取れたまま呪詛を吐いていた。

どちらにしろこれではもう戦闘能力は無い。

 

もぞもぞと足を捥がれた蜘蛛のように動く赤いネクストをぐりぐりと踏みつけて辺りを見渡す。

もう一機はビルの隙間に隠れたようだ。ランクはこのネクストより下だったが幾分か冷静に思える。

 

「どこに消えた…」

力を込めて踏みつけたまま回線をオープンにして聞こえる様に呟く。

 

『踏むな!!見下すな!!』

 

「うるせぇなぁ…停止したネクストへの攻撃は禁止されているから攻撃してねえだけだ。切り刻まれて食われねえだけマシだろ?女。負けたんだから黙って這いつくばっていろよ、コラ」

オープン回線で罵り動けなくなったネクストをさらに踏みつける。わざと中に響くようにコアの上を数度蹴った。

 

『女女って!!私にはシャミア・ラヴィラヴィという名前があるのよ!!』

 

「そうか。黙っていろ、女」

 

『ぐぅう…くっ…うっ…この野郎…』

 

 

 

 

 

(シャミア…じゃけん、女は向かんのんじゃ…)

ぐりぐりと踏みつけて辱めている姿を見て突っ込んでいきそうになるのを努めて抑える。

あれはこちらを誘い出すための作戦だ。聞いていたよりも随分と頭の切れる男だ。

ここから狙い撃ちしようにも、マシンガンは壊されたし、残ったロケットも散布型ミサイルも停止したレッドラムを巻き込んでしまう。

恐らくはそれを分かっているからこそあの場から動かずにレッドラムを踏みつけ続けているのだろう。

 

(やるしかない…)

そうなればこの射突型ブレードで一撃で殺すしかない。

奴ののろまなグレネードとロケットには当たらない自信があるし、アサルトアーマーも封じられている。

分は悪くないが、もしも負けた時の事を考えると失うものが多すぎる。

 

「くっ……おおおおおおお!!」

ビルから飛び出して雄たけびをあげるとアレフ・ゼロの紅い複眼がこちらを捉えた。

 

『ド・ス?!』

 

「おおおぉおお!!!ハラショー!!」

 

『…真っ直ぐ来るのか』

 

ガッ、という音が爽やかな青空の覗くPA-N51に響いた。

 

(なっ…そんな…)

間合いに入る直前、ド・スの赤いネクスト、スタルカは何かにぶつかった。

アレフ・ゼロが動けなくなったレッドラムのコアをこちらに蹴っ飛ばしてきたのである。

反射的に突き出していた射突型ブレードを引っ込めてしまう。

 

『凡骨め。消えろ』

 

ああ、そうだな。と、ド・スはその言葉に全く同意していた。

下手な情にかられて全てを失うことになるとは。

バランスを完全に崩し、隙だらけのスタルカに迫るブレードを避ける術はもうなかった。

 

「がああっ!!!」

ヘッドと右腕を斬られた。

頭が引き千切られるような幻痛によって視界が暗闇に落ち、数瞬後ネクストから強制的にリンクが解除された。

 

『へぇ。二人とも生きているのか。ターゲットはお前らだけだ。よかったな。ノーマルを展開していたお陰で傷が浅いだ…死なずに済む』

 

「くっ…この街が終わりとはのぅ…」

このままこのネクストは撤退し、PA-N51はGAに奪われるだろう。

自分達はノーマル部隊に回収されて命は助かるだろうが、防衛失敗だ。

それよりも。

 

(攻撃出来なかった…)

あの場でレッドラムを気にせずにブレードを突き出していれば勝敗は真逆だっただろう。

まず間違いなくシャミアの命と引き換えに。結局自分は同情してシャミアを預かることになった日からこの日の敗北は決まっていたのだ。

そもそも所属している企業を冷めた目で見ていた時点からダメだったのかもしれない。

 

「ワシらしいの…つくづく…」

自嘲ぎみに呟くがそれは誰にも届かない。

それでいい。自分に言っているだけなのだから。

 

『絶対に…殺してやる…』

 

『…いつでも来いよ』

 

 

 

 

 

再び深い霧に包まれながらカラード管轄街へと向かって飛ぶ。

 

「セレン。イルビスって…」

 

『お前が倒したネクスト、マロースのリンクスだ』

 

「そうかい」

 

『どうした?ミッションは成功だ。もっと喜ばないのか』

 

「気が付けば俺も恨まれる側か…笑えるな…」

 

『…ガロア?』

 

 

その日の夕飯はちょっぴり味付けが薄かったと、セレンに文句を言われた。

 

 

 

そして後日。

 

 

「テテテテテテ、テロ組織だとおおおおおおお!!?」

日曜日の真昼間、子連れの親が笑って歩くカラード管轄街にあるマンションの中から悲鳴のような叫びが響き渡った。

 

「…そう。誘われた」

絶対にキレると思っていたのでずるずると話さないままここまで来てしまったがやはり説明しない訳にはいかないだろう。

ORCA旅団の前で口が回ったのが嘘みたいに要領を得ない説明をしたが遠まわしに言ってもやはりダメだった。

完全にブチギレている。

 

「入るのか!?」

 

「…多分」

両手を頬に強く押しあてて典型的な大ショック顔、完全にあっちょんぶりけ状態になっているセレンに少し引く。

 

「あわわわわ…そ、そんな悪い子に育てた覚えはない!!この!!この!!」

机に置いてあるコップやボトルをブン投げ、投げる物が無くなったら飛びかかってきた。

 

「わーっ!!すぐに暴力に訴えるのはよくねえ!!」

 

「リンクスばかり集めた組織が暴力以外に何が出来るんだ!!一緒に茶でも飲もうってのか!!」

襟首を掴みがくんがくんと揺らしながら正論を叫ぶセレン。

顔に口角泡とばしながら頭を揺らしまくるのは正常な判断を妨げるには十分だったがそれでもガロアは主張をやめない。

 

「リンクスだって兵器じゃねえ!!…人だ!!」

 

「テロの意味を知っているのかこの馬鹿!!」

 

「…まぁ落ち着けよ。国家解体戦争のときは企業側が国に仇成すテロ組織だったわけだ」

 

「ぐ…ぐぬ…くの…」

肩を押えられて座らせられるセレン。馬鹿力に押さえつけられて立ち上がることも出来ず、徐々にボルテージが下がってくる。

運命の女性を抱えて自分の元から去るのではなく、まさかテロ組織に誘われて行ってしまおうとするとは想定外だった。

まだ運命の女性を見つけたと言ってくれた方が幾分かマシだった。

 

「その時にはセレンにも来てほしい」

 

「う、うぬぬ…」

 

「無茶を言っているのは分かっている。カラードの庇護から逃れて、企業の作る安寧を捨てて、それでも俺と来てほしい」

 

(なんだよそれっ、それでも俺と来てほしいって!!それだけで言えよ!!)

この世のどんな男にそんな事を言われても絶対について行かないがガロアに言われれば着いて行く。

こいつには自分が必要なのだということが分かるからだ。でなければ簡単に死んでしまう。

自分がいなければダメなくせになんて自分勝手な男なんだ。

 

「セレンがオペレーターじゃないと俺は嫌だ」

 

「ぐっ、く、クソ…お前…」

だがこれは自分がオペレーターだとかそういう問題じゃない。

世界を敵に回して無事に済むはずがない。自分がついて行ったところでどうにかなるものでもないだろう。

 

「……でも…来ないなら仕方がない。正しい判断だ」

 

「い、いや…そういう事じゃ…」

ダメだ、この話の流れは。もう説得タイムは終わったという雰囲気になっている。

なんでもう話は終わりですみたいな空気を出すんだ。

 

そんなに簡単に諦められるほど自分は軽い存在なのか?

頭に嫌な疑問が広がっていく。

 

「その時はこれまでに稼いだ金は全部置いていく。この前話していた…スイーツ専門店でも始めればいいさ。この街で一番デカい店を作れるだろ」

 

(違う!確かにそんな店を経営出来たら楽しいだろう……)

 

「………やらなきゃならねぇんだ…力があるなら…」

 

(でも…お前がいなきゃダメなんだ…お前がいたからそんな未来があったらいいと思えたんだ)

セレンは自覚していた。

16にして人生に希望を持てず自分を見つけられずに迷子になっていた日々から、明日を楽しみにして寝れるようになったのは他でもない目の前のガロアがそばにいてくれたからだと。

ガロアの為だけではない。きっとそんなガロアがいなくなればまた自分はダメになってしまう。

ガロアが死ぬのも嫌だ、自分がダメになるのも嫌だ、ガロアが自分のそばからいなくなるのも嫌だ。

駄々っ子のようにワガママが頭を埋めていきこんがらがってくる。そしてパンクした頭のせいで、ガロアが発した言葉は耳に入っても理解は出来ていなかった。

 

「まぁ…何か追及されても頑張ってしらをきってくれ」

 

「ぐ…ちょっと出かけてくる」

 

「?どこに?」

 

「甘い物でも食べてくる。夕飯には帰る。今日は、きょ、今日は炒飯が食べたい」

 

「分かった…いってらっしゃい…?」

 

ぽかんとしているガロアを置いて外に出る。

考える時間が必要だった。

今までもそうだったが、こういう時に止めてもまず聞く耳を持たない。

殴っても蹴っても投げても…噛みついても止められないだろう。

だとすると自分はついて行くべきなのだろうか。

そこが極寒の凍土でも水が枯れた砂漠でも着いて来いと言われれば行く。

だがガロアが今から行こうとしている場所はさらに過酷な戦場なのだ。

ミッションもクソも無い。全てのミッションを一遍に受けて戦うのと同じだ。

 

「どうすりゃいいんだ…」

暴力でも説得でも止まらない。身体をやると言っても受け取ってくれない。

なんでなんだ。戦いをやめてずっと一緒にいよう、それではダメなのか。

なんなんだ、今までよりも過酷な戦場に行くから着いてきてくれって。そんなんで着いてくる女がいると思っているのか。

もう見ているしかないのだろうか。何となく周りを見渡すと、一件の店が目に入る。

 

いかがわしいポスターには悩ましげなポーズをとった女性の姿があり、

開けっ放しのドアからは子供は使い道が想像も出来ないような…いわゆる大人のオモチャや十八歳未満は見る事すら出来ない本が置かれていた。

どこの街でもある程度発展すればすぐに出来てしまうその道の専門店だった。

 

(そういえば…教育を受けなくてもああいうのは目に入るもんだ)

 

(ガロアは…ああいう店には行かないのだろうか。…図書館以外に行かないのか)

 

(興味が無いのかな…。それとも私には魅力がないのか…)

セレンに魅力がないわけでも、ガロアが女性に興味が無いわけでもない。

ただガロアは今、常に命を脅かし脅かされるようなこともないこの街で、戦っていない時は本人なりにゆったりと普通の生活を楽しんでいるだけだ。

ホワイトグリントも倒したガロアにはようやくそんな余裕も出来ていた。………というのに。

 

「セレン…?何をやっているの…?あんな店をじっと見て…」

 

「どわっ!!?」

十八歳未満お断りの店に入る勇気も無い高校生男子のようにずっと眺めていたセレンの背後から突然声がかけられ、セレンは口から心臓が発射されるかと思った。

 

「……?」

 

「ななな、なんだ…メイか…後ろからいきなり声をかけないでくれ…間違えて撃ってしまいそうだ」

 

「昔そんな漫画の主人公いたよね。…暇なら付き合ってくれない?」

 

「はぁ?…はぁ。うん、いいぞ」

 

 

誘ってすぐにフラリとついてきたセレンだが、それが男…いや他の人物ならば着いてくるどころか話すら通じないことをよく知っている。

自分勝手なガロアに対し先日ちょっと怒っていたメイだが、セレンも同じくらい自分の事しか考えていないことを知っているのだ。

この辺では一番美味しいはずのマカロンを食べながら上の空なのは多分。

 

「まーたガロア君のことを考えているの?」

 

「…?どうして分かる?」

 

「あなたが悩んでいるときはいつもガロア君のこと」

 

「……」

 

(本当に分かりやすいったらない)

図星なのを全く隠し切れずに明後日の方向に目を向けている。

しかし、ガロアの事を考えていたとしてそれがなんであんな場所をじっと見ることになるのだろうか。よく分からない。

単純そのものの性格だが、突飛なところもあるのが付き合っていて面白い。

 

「他に考えることは無いの?」

 

「私は…ガロアのオペレーターだし…」

 

(答になってなさ過ぎて笑うしか…)

こんな美人がずっと一人の男の事を考えているのはもったいないと思うが、それはそれでお伽噺のように美しいことだとも思える。

ダメな男に惚れる美人と言うのはいつの時代もいるものだが、そういうのとはまた違うし、暴力で逃げられないようにして依存させ、縛りつけられている訳でもない。

ただただあのガロア・A・ヴェデットが制御不能な存在で、セレンがその背中を追いかけているだけだ。

本来なら、あんな年齢から一緒にいるのだからうまく立ち回れば自分に依存させて離れないようにもできたはずだ。

それこそ女の夢と言ってもいい、一から自分の好きなように教育して自分しか見ない男に。

どっちがダメというかどっちもダメだ。

 

「ガロア君、あの時…口は悪いけど…私を死なせないようにしたのよね」

 

「うん?ああ…それは…そうだろうな」

セレンにはその言葉に思うところがあった。

あまり多くは無いが、思い返してみればガロアはほとんどの共同作戦で味方の命を救う様な事をしているのだ。

それが本来のガロアの姿だとセレンは信じたいが…。

 

「お礼を言っておいて。どうせ私が言っても適当に流されるだけだと思うし」

 

「…そうだな…最近分かったが…あいつは相当捻くれているからな…。分かった。伝えておこう」

 

「捻くれている…そうね。あのままだとガロア君がいずれ死んじゃうね。ちゃんと止めるか、協力しないと。どちらにしろ、一緒にいないと」

何よりも、ずっと一緒にいることがセレンの為にもガロアの為にもなるだろう。

 

「……!!」

その言葉を聞いてセレンは見るのも痛々しい悲愴な顔をしていた。

 

「ねぇ」

 

「ん?」

 

「好きだって言いなよ。ガロア君に」

自分の事を考えると、ある異性のことが浮かぶ。頭からずっと離れない。

それが自分の幸せだと言うのならば、それこそが恋なのだろう。自分の事しか考えていないはずなのにそれがガロアの事になっているのだから。

こういうタイプはとにかく一歩前に出ないと何も始まりやしない。

あの少年が何一つない子供からあそこまでの力を得る為に何を捨てたかなんて考えるまでもない。そんな細やかな気付きが出来る心があるとは思えないのだ。

 

「なぁ、んばな、何を言っている?!」

 

「違うの?」

 

「おままま、お前、私はガロアがこんなに小さな頃から一緒にいるんだぞ!?保護者だぞ、私は」

立ち上がって胸のあたりの高さで手をひらひらと振るセレン。

大げさだなぁとメイは思ったがそれは事実だった。

この三年間でガロアは実に50cm近く身長を伸ばしており、遅れてきた成長期とは言えそれでもその成長曲線は異常と言う他なかった。

そんなガロアの成長にセレンの頭がついて行けないのも無理はない。

 

(オペレーターって言っておきながら…これ以上はおせっかい…なのかなぁ)

 

実は好き合っているセレンとガロアだが、普通の恋とは違い精神的な部分で超えるべき壁が多すぎる。

ガロアもセレンも成長しなければならないのだ。

 

一生このままなのかな、面白いからそれはそれでいいけど、と思いながらあたふたするセレンをさらにからかうメイであった。




純正ドSお嬢様のシャミアと枯れ系おじさんのド・スの登場です。
彼らの存在自体は、大分前に書かれていましたが登場がかなり遅れました。
この二人の関係、好きですね~





次はいよいよガロア君がラインアークに行きます。
次話のタイトルは『対峙』なのですが…
彼はラインアークで何を見るのでしょうか。

虐殺ルートの序盤で彼の心を徹底的に破壊したものを彼はこれから見ることになります。
一体何と『対峙』するのでしょう?

それはガロア君にとって一番大切で一番恐ろしいものです。

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