Armored Core farbeyond Aleph   作:K-Knot

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ウォーキートーキー

ガロアは二歳になった。

信じられない速度で言葉を覚えていくガロアはとうとう本を読み始めた。

 

「……」

 

(面白いわけないと思うんだが…)

『自然について』と名付けられた哲学書をゆっくりと読んでいるガロア。まぁ理解は出来ていないだろう。

理解できなくても文字を覚えられるのならいい……いいのはいい。それにしたって面白いはずがないのだが…やはりこれでいいのだろうかとは思う。

無理して街で絵本でも買うべきなのだろうか。いや、でも本人はあまりそういうのを欲しがっていないし、そういう価値観の押しつけもよくないだろう。

とは言えオモチャの一つくらいあってもバチは当たらないはずだ。

ただの丸太から一週間かけて作ったオモチャをガロアの前に出す。

 

「ガロア。これはマトリョーシカという人形だ」

 

「……」

きょとんとしている。

そりゃそうだろう。可愛く顔を作るつもりが何故か、胃痛に苦しむ四十代男の顔が出来てしまったのだから。

 

「ただの人形では無い。これは…こうして開けると…開けると…ぬぬぬ」

中に三つほど順に小さな人形を入れたのだがおかしい、開かない。

 

「……」

 

「ふっ…、くっ…がっ…がっ…くぐくぐうぐぐぐぐ…」

開かない。

ガロアが何をしているの、という眼で見てくる。

違うこれはそういう物じゃないんだ。

 

「がっ…ぬぅあっ!!!」

 

がっ!

 

100%中の100%、子供のおもちゃに大人の本気の力を込めた瞬間にアジェイ作のガラクタは開き、

中から飛び出した人形も空中分解した。

最後に出てきた借金地獄に溺れて苦悶する二十代男の顔した人形が顔に思い切り当たってひっくり返る。

 

 

「……」

ガロアはそれを見て声を出さずにけたけたと笑っているが、違うこれはそういうおもちゃじゃない。

 

(まぁ…いいか…楽しんだのなら…)

 

「……」

と、思っていると紙になにやら書き始めた。

大抵は文字だったり言葉だったりするのだがガロアは時々訳の分からない絵のような物を描く。

 

(天才…当然か。優秀な学者の間に生まれた子だからな…)

霞がこの子は信じられないくらい頭がいい、拾って正解だ、と大騒ぎしていた。ギフテッドに相応しい教育をしてやれとも言われた。

結局自分の息子だという嘘は最初から最後まで一切信じてもらえなかった。

日に日に出来上がっていくその顔は、ターゲットとして殺しに行った女、ソフィー・スティルチェスの面影が色濃く見える。

アジェイにはそこまでしか考えが及ばないが、ガロアは本当に驚くほどソフィーに似ている。

例えばソフィーの幼い頃を知る人物が今のガロアを見たらひっくり返るだろう。そう言えるくらいには生き写しなのだ。

そう考えているうちに何かを描きあげたらしい。

 

「何を描いたんだ…?見せてくれないか」

 

「……」

横に無造作に引かれた線の集まりだった。

全人類、誰に見せてもゴミとしか言えないようなその絵だがアジェイにだけはよく分かった。

 

「川…か…?これは…」

なぜ分かったのか自分でも分からない。

ただこの線の集まりがよくガロアを抱えて眺めたり魚を釣ったりする川に見えた。

 

「……!流れか!流れが書いてあるんだ」

目を瞑ってガロアが来る前から何百時間と見続けた川を思い浮かべる。

岩を避けて通る水、光が反射されて映る線。

川の流れだけが見事に再現されていた。

 

「……」

 

(訳が分からん…どういうことなんだ…)

ただ見ているだけで流れが見えるだけなのだろうか。百歩譲って見えたとしてここにこうして描けるのだろうか。

一度見た景色を完璧に再現して描く自閉症の画家というのは昔いた。ただその人物は瞬間記憶という才能を得ていただけだ。

今ガロアが何気なくやったこの行動。完全に理解の外の才能だ。

 

「ちょっと待ってくれ…じゃあ…三日前に書いた…これは?」

またまたゴミにしか見えない楕円の集まりが描かれた紙。

アジェイにもただの落書きにしか見えなかったが、こうした思い出の品々は全て保管していた。

 

「……」

ガロアはなんでそんな事を聞くんだろうという顔をしながら、すっと窓の外にある木を指さした。

 

「……む?……!」

木の枝が風を受けてそこに付いた葉が揺れる様子、その軌道…つまるところまた流れが完全に再現されている。

 

「……」

 

「素晴らしい眼を持っているな…」

口が利けなくなった代わりに得た天からのギフトだろうか。

同心円状の模様が浮かぶ眼を持つガロアは何ともなさそうな顔をしている。

 

「100個以上の丸が…全部あの葉の動きか…」

 

「……」

 

「なんだ…?」

違う、そうじゃないと首を横に振ったガロアが何かを紙に書きだす。

 

『131』

 

「……?どういうことだ…?」

紙に突然書かれた数字に困惑していると、ガロアは自分が手にする絵と外の枝を指さす。

そこまでされてようやく分かった。ここに描かれている楕円の数と葉の数だ。

 

「確かに…」

楕円の数は131個あり、枝に付いた葉の数は131より少ないがそれは単純に落ちてしまったからだろう。

 

「……」

 

(待て…数が分かったところでこうも正確に絵が描けるのものか…?)

同じような形をした葉が何枚あるかを正確に数えるだけでも一苦労なのに、

揺れ動く葉の動きを数え間違えず、写し間違えずに描けるものなのだろうか。

 

「まさか…。ガロア、ちょっと見ていなさい」

 

「……」

ガロアがその不思議な眼で見る中で、ポケットの中から散弾銃のペレット弾を適当に掴みとり箱の中にばら撒き蓋をする。

その間僅か2秒。

 

「今…弾はいくつあった?」

 

「……?」

 

「いや、間違ってもいい。何個に見えた?」

 

『97』

 

(一瞬で…?)

突然の質問に戸惑ってはいたが、数を答えることに関しては完全にノータイム。

思い起こすそぶりすらなかった。

 

「……合っている…」

かっきり97個。その小さな粒を数えるだけで自分は1分もかかったと言うのに。

 

「……」

 

(これがガロアの見ている世界…?こんな眼を持っていて身体や脳に影響は出ない物なのか…?)

鉄臭い指を口元にやり考える。

異様な眼。明らかに現生人類の物…いや、今世界に生きるどんな生き物とも違う異質な眼を持っている。

自我を持った日からそんな能力があるならば恐らくは不思議に思う事すら無かっただろう。

正しく、この子の頭の中には無限がある。人間が得られる才能と言えるものの領域を超えてしまっているような気がしてならない。

声を失った代わりにこの能力では釣り合わないのではないだろうか。

 

「……?」

 

「いや、何でもない。大丈夫だ」

 

「……」

黙り込んで考え始めた自分に不安交じりの眼を向けるガロアに言葉をかけるがその眼から不安の色は消えない。

 

「さて…霞の所に行こう、ガロア」

そんな視線を向けられるのに耐えられなくなり、つい予定を繰り上げて、

考えていたよりも早くその言葉を口にしてしまう。まだまだ後二時間は余裕があったのに。

 

「!」

ガロアがにぱっと顔を緩めて椅子から降りる。

何にでも興味を持つ年頃だ。やはり賑やかな町にいた方が楽しいのだろうか。

と思うもののこっちにいて霞の所に行きたいと自分から主張することは無い。

なんというか、自然にかなり馴染んでいるように見える。ここにいる方が落ち着いているとでも言うべきか。

自然にいる方が自然に見える、と言葉遊びのような感想が浮かんでくる。

そういえばもう七回ほど霞に預けているが毎回ぶつぶつ文句を言いながらも断らないし、ガロアもよく懐いている。

少なくともあの時霞に預けようと考えた自分は間違っていなかったようだ。

 

などと考えているうちにガロアは一人で着替えを済ませてしまった。

二歳児と言うのはここまで賢く理にかなった行動をするものなのだろうか。

少なくとも自分は二歳のころの記憶など無い。

実はまだ自分の準備も終わっていなかったので急いで準備を終えて向かうことにした。

 

 

 

 

 

「頼みたい」

 

「はい、わかりました…と言いたいところだけどね、あなたせめて事前に連絡しようとかそういう気遣いは無いの?」

いつの間にか抱えることの無くなったガロアの手を引き霞の家のチャイムを鳴らすといつものように面倒くさそうな顔をして霞が出てきた。

 

「連絡先を知らん」

 

(人の住んでいるところを勝手に調べておいて今更…やっぱりこの人ダメだ…私…)

正直な話、たまに来るガロアは可愛くて仕方ないし訪問が唯一の楽しみだと言ってもいいくらいだがやはりこの男は根本的に人としてダメだ。

 

「…はぁ…。ほら、これ…」

そう返ってくるのでは、とうすうすと予想していた霞は連絡先を書いた紙を渡す。

今まで幾人もの男に連絡先を聞かれてはやんわりと断ってきたのにこんな人間失格一歩手前の変人に渡すことになるとは。

それにこの男とは間違っても恋仲になどなりたくない。

病気になる前に、リンクスになる前にちゃんと恋愛をしておくんだった。

 

「いつも暇そうだが」

 

(デリカシー無いなぁ…)

ああ、そうだよ毎日24時間暇で暇でしょうがないよ確かに合っているよ。

言っていることは合っている。

だがそれでもピキッと来る発言だ。

 

「都合の悪い時でもあるのか」

 

(折角…ガロアが遊びに来るんならそれなりの用意はしておきたいじゃない)

と、ツンデレとでも表現するべきなのだろうか、微妙な感情に唇をとんがらせる。

遊びに来ているわけでは無い、という事実は脳みそから消しておく。

 

「では頼んだ」

 

「はいはい…」

どっと疲れた。さっさとガロアを置いて行ってくれ、と思った瞬間。

 

「お客様デスカ!?」

機械的な声が霞の家の奥から響いてきた。

 

「……?一人では無かったのか…?」

 

「ああ…もう…」

ややこしくなりそうだったからあえて言わなかったのに。

 

「ムムムッ!?どなたデスカ!?不審者デスカ!?明らかに不審者!!ワタクシが相手になりマス!!」

大きさで言えば130cmくらいの金属の箱のような物に赤い光点が付いた機械がするすると床を滑るように出てきて、

箱の部分からトングのような手がついた腕を出して空中にジャブを放っている。

 

「なんだ…これは…」

 

「……」

 

「お客さんよ、やめなさい。これはね…」

霞が目頭を押さえながら謎の物体の正体を口にしようとする前に物体自ら名を名乗った。

 

「ワタクシはHKCWTM-2200!スミカ様にはウォーキートーキーと呼ばれていマス!近代技術を結集した一家に一台の家政婦デス!!お子様のお世話もお手のモノ!!さぁ、こっちにイラッシャイ!!」

 

「……」

明らかにガロアに向かって言っているのだろうが当のガロアはすっかり怯えてしまいサーダナの長い脚の影に隠れてしまっている。

そんないじらしい様子に霞はきゅんと来たが隣でやかましく騒ぐ機械が全てをぶち壊す。

 

 

 

「大丈夫!そんなお子様の為に!ナント!!ビートボックス機能搭載!!ドゥビドゥビシュビドゥバブブボボボ」

 

 

 

(何故…)

目の前で大騒ぎを開始した機械を前にしてアジェイも固まってしまっている。

 

「ブゥーッチブゥーッチビビビバババ」

 

(普通に音楽再生機能を付けなかった…?)

 

「……」

 

「アッ!まだ怯えていマスネ!悲しいデス!と言ってもコレはそういう反応に対してはこう言う感情を示せというプログラム、つまり哲学的ゾンビ的な」

 

「霞…これは…大丈夫なのか…ガロアは…」

 

「大丈夫…、…悪い機械じゃないから」

 

「頼んだぞ。…頼んだぞ」

念を押したかったがどう念を押せばいいのかわからないアジェイは結局同じ言葉を二度繰り返す。

 

「はいはい…」

サーダナが去ると今度は自分の脚にしがみついてなんとかウォーキートーキーから距離をとろうとするガロア。

数か月ぶりに会ったが、会うたびに成長して会うたびに可愛くなっていく。

 

「ボクちゃん!!お名前はナント!?…ムムッ!?両側声帯麻痺、言語野に軽度の障害確認。口が利けないのデスか?」

 

「……」

 

「さぁ、ガロア。中に入ろうね。今は寒いから」

 

レオーネメカニカから一か月前に突然送られてきたこの機械HKCWTM-2200。

ただのうるさい機械ではなく、数千万通りの会話パターンを持ち、途轍もない桁の記憶容量を有し、

介護から料理洗濯家事全般が完璧にこなせる上に病院のCTスキャンも裸足で逃げ出す高性能スキャンを搭載した自律行動型AI、ということらしい。

今はまだ非売品でその試作品がいずれは介護が必要になるであろう霞の元に送られてきたが、どうにも空気が読めなくて困る。

まぁ機械に空気を読めと言うのが無理な話なのかもしれないが。

 

「……」

 

「ガロア様と言うのデスか!よろしくお願いシマス!」

 

「ほら、怖くないから、ね?」

 

「……」

怯えるガロアをウォーキートーキーの傍まで抱きかかえて運ぶ。重くなった。

 

「髪、伸びたね。そろそろ切らなくちゃ」

そういう気遣いをあの男に求めるのは間違いなのかもしれないが、前髪以外ガロアは生まれたときからほとんど切られていない。

少々ぼさぼさで野性的だが、昔の児童文学に出てくる赤毛の何とやらそのものだ。

見た目は完全に女の子であり、ウォーキートーキーのようにスキャンでもしない限りは性別は絶対に間違えてしまうだろう。

母親に似たんだろうな、男の子は母親に似るものだからなぁ、と霞は思う。少しだけ、今は亡き弟のことを思い出した。

 

「でもでも…」

いったんウォーキートーキーにガロアを任せてタンスを漁る。

このまま絶対髪は切られないだろうし、顔も可愛くなると確信していた霞はこの間ある物を街で購入しガロアが来るのを心待ちにしていた。

 

「髪を切る前に…女の子の服…着てみよっか…」

アジェイがいなくなった途端にやりたい放題である。

 

「ガ・ロ・ア・ちゃん!服を……………」

 

「ハイ!これでさっぱりしマシたね!!男の子はこれくらいの髪の長さがいいのデス!」

 

「……」

 

「……………」

リビングに戻ったらウォーキートーキーが身体からハサミ付きアームを伸ばしてすっかりガロアの髪を短く切りそろえてしまっていた。

 

「命令。髪を片付けたら部屋に戻りなさい」

やかましく勝手な事を多々するウォーキートーキーだが、「命令」と言うと素直に従うあたりはロボットだ。

 

「了解デス」

 

「……」

 

「…ココアでも入れてあげる」

すっかり髪の短くなったガロアを見て肩を落としながらトボトボと台所へと歩く。

よく考えれば家政婦ロボだと言っているのだから飲み物を入れることくらいやってくれてもいいじゃないか。

 

 

 

 

「ハイ、よく似合ってマスよ」

 

「それがワタクシの仕事デスから」

 

 

 

「……?何をやってるの?」

口をぱくぱくと動かすガロアの前でウォーキートーキーは髪を片付けながらまるで会話するかのように言葉を投げかけている。

 

「お話デス」

 

「え?分かるの?」

 

「ワタクシほど高性能になると声が無くても口の動き・表情などから分かりマス」

 

「し、知らなかったそんな機能…」

 

「スミカ様には必要のない機能デスから言いませんデシタ」

 

「ガ、ガロア!私は誰!?」

 

「……」

口だけを動かしているがこれで分かっているのだろうか。

 

「なんて?なんて言っているの?」

 

「スミカお姉さんと言っていマス」

 

「よし!!よし!!ベニッシモ!!」

 

「ガロア様、スミカ様の年齢から考えるとお姉さんではなく」

 

「命令。黙りなさい」

 

「了解デス」

 

「……」

 

(お姉さん…お姉さん…フフフ…生きていて良かった…良かった…)

 

「……」

無言でガッツポーズを繰り返す霞を見て今度はウォーキートーキーにしがみ付いて怯えるガロアだった。




以前からちょくちょくその名が出てきた「ウォーキートーキー」の登場です。


ウォーキートーキーの自己紹介からも分かる通り、設定で言えば西暦2200年です。
とはいえちょっと違う歴史を歩んでいますので…例えばこの世界ではiPS細胞が発見されていなかったりします。
それが後々大切なのかと聞かれればそうでもないので覚えなくても大丈夫です。

ウォーキートーキーはガロアと会話出来る『この世界唯一の』存在です。
それは結構大事なことなので覚えておくといいかもしれません。

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