Armored Core farbeyond Aleph   作:K-Knot

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戦いの始まり

そしてセレンとガロアの出会いから約三年、さらに肉体的に成長し、177センチと女性にしては背の高かったセレンの身長をいつの間にか抜いて188センチ、

細い骨に付けられた筋肉はエネルギー消費に効率的な量かつ高密度なものとなっており体重は丁度90kgとなった。

 

その肉体の美しさは、とうにその裸体など見慣れたセレンでもときおり心臓が跳ねるほど美しいものとなっており、引き締まった筋肉が可能とする動きは熟練の傭兵にも劣るものではないだろう。

またリンクスとしての機体の操作も間違いなく一流の域に達しており、人間臭い動きをするその機体は、通常のことなら考えられないことだが、

壁を蹴っての三次元的な鋭角な移動や相手のコアに向けての痛烈な体当たりなどを繰り出すようになっていた。

近接=ブレードという考えをもつ者にとって、通常ありえないネクストの格闘術は致命的なものになるだろう。

 

これ以上の成長は戦場での経験なくしては得られないと判断したセレンは満を持してガロアの名をカラードに登録申請をした。

この後、試金石となる簡単な依頼を受けた後登録が行われ、認証されればガロアとそのオペレーターであるセレンはカラードの管轄街へと移ることになる。

最初のミッションの連絡が来るのはその時の任務の依頼状況によるのでいつが初出撃となるかはまだわからない。

初めてネクストを動かすリンクスでもこなせるような依頼ならノーマルでも割と何とかなるようなものが多いため、そもそもそのようなミッションが少ないのだ。

何よりも、まだガロアの機体は届いていない。

 

カラードに登録申請したぞ!と喜んでいたセレンであったが一週間もしないうちにイライラし始めていた。

 

 

その頃、とある通信回線上で上位リンクスたちがある議題について話し合っていた。

 

「…とうとうあのリンクスの登録申請が来た。…まず間違いなくランク上位に食い込む存在になるだろうな」

 

「ずいぶんと早いデビューだな…情報は確かか?オッツダルヴァ」

 

「オーメルが間違いないと言っているのだからそうなのだろう」

 

「GAではまだ確認が出来ていなくてな…」

 

「間違いない。オペレータが登録申請してきたのを確認している」

 

「リンクスになる前からオペレータが付いている、か。…ジェラルド・ジェンドリン、それは本当にオペレーターだったのか?…まぁよい。リリウム、最初にぶつける依頼…ラインアーク襲撃でよいのだったな?」

 

「はい、王大人。間違いなくリンクスになった目的はホワイトグリントの撃破でしょう」

 

「正気か…?新人をホワイトグリントにぶつけるなどと…」

 

「一応、ホワイトグリントが留守の時にラインアークの戦力を削ぐためにノーマル部隊を撃破する、という内容になっておる。こちらとしても目的が分かれば手綱も握りやすかろう」

 

「相も変わらず策を弄するのが好きなようだな、王小龍」

 

「リンクスもただ力を振りかざすだけでは勝てない時代になったのだよ、ウィン・D・ファンション」

 

「ふん…どうやら、異論はないようだな。ラインアークの襲撃はその新人に回す。聞いているな?ブローカー」

 

『了解です、オッツダルヴァ様。ホワイトグリントが留守になる状況はこちらで用意しておきます』

 

 

 

 

 

 

こうした陰謀渦巻くやり取りから四日後、セレンの元に「至急カラードに来るように」との連絡が入り、セレンは内心わくわくしながらガロアを連れ、早足でカラードに向かっていった。

 

 

 

「こちらがご注文のネクスト、アレフ・ゼロになります。今回受けていただくミッションに成功されればこのネクストはリンクスの手に渡り、

料金は以降の依頼から払い終わるまで3割ずつ引かせていただく、という形になります。

くれぐれも、この機体はまだあなた方の物ではないということは忘れずに。失敗するにしても極力傷をつけないように持ち帰ってください」

 

カラードの管理者の一人で、今回の機体を運んできていた企業連の役人の女が規約をつらつらと述べているが、

ガロアもセレンもその機体を前にして様々な感情が弾けておりまともに話を聞いていなかった。

 

(今日まで長かった…そして今日からまた新しい生活が始まるのだな)

ああ、わかってる、等と適当な相槌を打ちながらもその内では新しいおもちゃを目の前にした子供のようなときめきに心を傾けていた。

 

一方のガロアは、想像していたものよりも少し大きいなと思った後、ようやく自分の目的を果たせる力を手に入れられるのかと、表情には出さずにギラギラとした感情を燃やしていた。

 

そのとき、セレンはあることに気が付いた。

 

(あのスタビライザーは…!)

シミュレーションでは見たことの無い、独特の曲線を描く真っ赤なスタビライザーが頭部に取り付けられていたのだ。

既に生産中止されているあのスタビライザーはガロアの数少ない手荷物の中にそっとあったものだ(許可を取らずに勝手に漁って見たのは言うまでもない)。

とうとうガロアはセレンに目的を教えてくれなかったが、セレンはセレンで色々と調べてきたのだ。もう当たりはついている。

そしてこれで確信に変わってしまった。

 

 

「では、ミッションを説明します。今回こちらのリンクスにはラインアークを襲撃していただきます」

淡々と説明する役人の口から飛び出した爆弾発言にセレンは激昂する。

 

「なんだと!?よりにもよってなぜ新人にラインアークと戦わせようというのだ!?何を考えている!?」

 

セレンの怒りには二つの理由がある。

まず、新人にラインアークとの敵対任務が来るということはまずない。

ラインアークとは企業支配を肯定せず、クレイドル体制に批判的な自由主義者の集まりで民主主義を掲げており、

空に浮かぶクレイドルと真っ向から対立する地上の最大勢力である。

だが、「来る物は拒まず」という姿勢から、企業からの亡命者やアウトローを大量に抱え込む事となり、結果として政治の腐敗を招く事になっており、

地上の最大勢力とはいいつつも基本的には企業連の敵ではない。

ならば何故それが企業連と敵対することができ、さらには新人に絶対に敵対ミッションが来ることがないのか。

 

それはラインアークが「ホワイトグリント」という名のネクストを守護神として抱えているからだ。

政治的な理由から企業連管轄下の傭兵登録機構カラードでのランクは9番目だが、

先のリンクス戦争ではそのパイロット、アナトリアの傭兵(が搭乗しているのではないかと言われている)は最大の規模であった企業を一つ壊滅させており、

その上敵対勢力であったネクスト21機のうち、実に17機も打ち取るに至っている。

その時代のランク1であったベルリオーズ含む他三機の計四機を一度に相手取り、そして勝利を収めている。

そもそもがバランスブレイカーと呼ばれるネクストと比べてもホワイトグリントは明確なバランスブレイカーであり、その伝説を挙げていくとなれば枚挙に暇がない。

そしてその伝説を裏付けるかのように現在も鬼神の如き強さで企業連を圧倒している。

 

そして、もう一つがセレンの怒りの原因の大部分であった。

この大体三年間でセレンが秘密裏に探っていたガロアがリンクスを志す理由、そして訓練に打ち込む理由その目的。

 

それはほぼ間違いなくホワイトグリントの撃破であった。

 

そのことは恐らく企業連も把握していたのであろう。

その上でこの任務をちらつかせてきたのはガロアの手綱を握るために違いない。

 

「はい。お怒りもごもっともです。ですが作戦内容には続きがあります。作戦決行の当日、主戦力たるホワイトグリントにはBFFの所有するアームズフォート、スピリット・オブ・マザーウィルの撃破が任務として出されています。無論、マザーウィルもホワイトグリントもそう簡単には落ちずに拮抗するでしょう。その隙にラインアークを襲撃し、ノーマル部隊を撃破し戦力を削いでもらいたいのです。いかがでしょう?」

 

「だが…それでも最初からそんな任務を、…!」

至極当然の理由を述べて断ろうとしたセレンであったが、その時隣で無表情かつ感情を出さずに佇んでいたガロアから、抑えられなくなった烈々たる感情が漏れ出すのを感じた。

そしてセレンが断るより先に契約書にサインをしてしまった。

いくらセレンが保護者然としていても、任務を受けるのも戦うのもリンクス。

オペレータはそのサポート。

ガロアが同意をしてしまえば断る術はない。

ガロアの動かない唇の下で奥歯に力が入っているのを見て、セレンは思わず唾をゴクリと飲み込む。

 

「やる、というのだな…」

ガロアは動かない。

それはもう口を出すなという仕草にも取れた。

14歳からこの歳になるまでみっちりと鍛え上げ、獣のような部分は鳴りを潜めたがそれでも強烈な意志を生む心は変わっていなかった。

 

「…わかった。予定はいつとなっている?」

 

「既にホワイトグリントにはマザーウィル撃破の任務は受諾されており、その出撃が明日の午前八時となっておりますので、こちらの出撃もそれと同時となります」

もう受諾されている、ということはつまりガロアがこの任務を受けるのは間違いないと踏んでいたということか。

忌々しい奴らだ。セレンは沸き起こる激情を静かに静かに抑えて答える。

 

「いいだろう」

 

「では、機体の出撃準備はこちらでしておきますので、今日のところは以上です」

役人の女は話を終えると一礼をし、眼鏡に手を当て踵を返し去っていく。

残された二人の少年少女は我が家に帰らんと歩き出す。

先ほどまでの漏れ出る熱が嘘だったかのようにガロアの表情は静かなものになっていた。

 

 

 

 

「………」

この家では最後のものとなる食事と風呂を終えガロアは寝室としてセレンに宛がわれている部屋のベッドの上で寝ころびじっと物思いにふけっていた。

平素であればベッドに入って1分で眠りにつくほど寝付きは良いのだが、この日ばかりは違ったようだ。

既に明かりは消し、寝る姿勢には入っているものの開け放った窓から吹き込む風がやけに肌を刺激し中々寝付けない。

様々な思いが浮かんでは消えているガロアの耳に聞きなれた足音が入る。

 

ガチャリと音を立て寝室のドアが開く。

普通なら思春期の男子の部屋にノックもなく入ろうものなら怒号が飛ぼうものだが、

この部屋自体もともとセレンのものであるし、何ら疚しいこともしていない上セレンがそういった人との距離の取り方が上手くないことをこの三年余りでよく理解していたガロアは特に文句も言わなかった。

 

「ガロア、起きているか」

入口に目をやると風呂に入ったばかりなのかまだ髪がだいぶ濡れていて、シャンプーの芳香が漂ってきていた。

相も変わらず、風呂を上がっても髪を乾かす癖は付いていない。

上体を起こし、話を聞く姿勢を見せた。

 

 

 

無遠慮に部屋に入ったものの、何を話すべきか、そもそもなぜこの部屋に来たのかがセレン自身分かっていなかった。

何かを伝えたい、ただその感情だけでつい来てしまったのだ。

 

「その…片づけないとな。正式登録されたら引っ越しになる」

言いながら濡れた髪をかき上げつつ床に座り込むが、自分の部屋と違い無駄なものを全くおいておらず、常に整理整頓されているガロアの部屋は、引っ越そうと思えば今すぐにでも出発できそうだった。

窓から入るクレイドルの明かりに照らされているガロアの独特な紋様を持つ眼が至極当然の事を示唆している。

すなわち、普段から片付いている、ということだ。

 

「………」

それ以上の言葉が出てこない。雨の日に今日はいい天気だなと挨拶をするのと同レベルの切り出しだった。

空に雲がかかり、途端にガロアの表情が見えなくなる。

 

「明日は…あまり無茶をするなよ」

ガロアが頷いているのを感じる。

いつか、ラインアークに敵対するミッションを受けることは分かっていた。

だが、いきなりそれをぶつけられることも、そしてそれを承諾してしまうことも予想外だった。

つまり自分は精神的に後ずさっているのだ。

これからが始まりだと思っていたらいきなりその終わりを突き付けられたかのようにも感じる。

 

(そうだ…私は…)

ガロアの目的を知った日からずっと心の片隅で思っていたことがある。

 

(目的を達したらその後こいつはどうなってしまうんだって…)

家族のようで友達のようで師弟のようで、でも実際はただの傭兵とオペレーターになる。

それだけである。戦いの世界に身を投じること、それは平凡な生活を切り捨てること。

だが、その身を投じてその目的を達成した後も、まだこの関係でいられるのだろうか。

 

(考えたことがなかった。私にとって、これは、初めてできたまともな繋がり…)

そう、端的に表すならばセレンはこの三年で得た繋がりを失うのを恐れていたのだ。

 

 

 

(……)

セレンが入り口前で胡坐をかきもの思いに耽っている。

何を考えているのはよくわからないが、少なくともさっきまで頭の中でチラついていた寄せては返す様々な思いは何事もなかったかのように消えていた。

 

もし目的を達成したら、そのあとはどうなるのか、どうするのか。

それはガロアにも分かっていなかったし、考えたこともなかった。

ただ、今その心の全ては目的の達成に傾けられている。

 

その後を案じるセレンとただ目的の達成のために今に殉じるガロア。

今ここにきて二人の考えのすれ違いがはっきりと浮き彫りになっていた。

セレンも約三年前の17の頃、その時一時の感情で行動をして今この状況となった。

得てして若さというものは何かのためになりふり構わずに必死になる、もしくは必死になれる何かを求める熱源であり、

行動の前に立ち止まり考えるようになることが大人への第一歩なのである。

セレン20歳、ガロア17歳。

年齢によって移ろう未来への考え方というものが浮き彫りになっているかのような少年時代の肖像であった。

 

 




この物語はセレンとガロアの成長の物語です。
セレンは三年間でいろいろと成長しました。

ガロアは身体は成長しましたが…中身はどうでしょうか。

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