Armored Core farbeyond Aleph   作:K-Knot

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春には春の花が咲き
秋には秋の花が咲く
私の花は何んの色
咲くならそっとスミレ色
目立たぬように咲きましょう
目立てば誰かが手折ります
手折られ花は恨み花
涙色した風下さい
涙色した水下さい



Armored Core farbeyond Aleph Lapse Of Time


Lapse Of Time 
国家解体戦争


宣戦布告二時間前。

ECMを散布しながら飛ぶ輸送機の中でカリカリしているアジェイの元に声をかける者がいた。

 

「あなた、イクバールのサーダナね」

 

「…何の用だ」

バーラッド部隊の中でも自分に声をかけてくる者はいない。

規律を乱すな、一人一つの弾丸となれ。しかし戦いで死のうと思うな、生を全うすべし。

その言葉を毎日繰り返し聞かせた隊員が戦闘の直前になって自分に声をかけてくるとは思えない。

だとすると合流したレオーネメカニカのノーマル部隊の者か、そこのリンクスか。

 

「今回の作戦手出しは無用。プライマルアーマーも展開しないで、ただ住民の避難指示にだけ専念して」

 

「本気か?貴様は…」

大抵の人間にとってブラックボックスのネクストだが、

ネクストをネクスト足らしめる要素の一つ、プライマルアーマーについて知っているのは技術屋かリンクスしかいない。

となるとこの女は。

 

「霞スミカか。何のつもりだ。死ぬのは勝手だが…戦争なのだぞ。そんな仏心を見せて死んで戦況が揺らげば結局ますます人が死ぬ」

戦場に似合わない美人がそこにはいた。少なくとも男臭いイクバールにこのような女性はいない。

高価な墨汁で描かれた墨絵のような黒髪は白い肌とサファイアのような蒼い目を際立たせ、桜色をした唇がつやつやと薄暗い輸送機の中で光を反射している。

年は自分より少し下くらいなのだろうか、だというのに十代の肌よりもシミも皺もない珠の肌。滑らかな曲線の鼻は顔のバランスを保ちながらも目立っていない。

神が直接のみをとって作りあげたかのような美だった。

 

「人をこれ以上殺さない為の戦争よ。これで世界は変わる」

 

「どうだか…」

 

「限られた人間だけが強大な力を持つことによってのみ世界が安定に向かう。選ばれた理由がそうであると信じたい」

 

「好きにするがいい。ただし、貴様が撃破されたらどれだけ人を殺さないようにやっていたとしても私には関係ない。徹底的にやる」

 

「どうぞご自由に」

自信をその柔らかな笑顔に浮かべ、黒い髪を翻して霞は去って行った。

すれ違う兵士は皆、戦闘の直前だというのに顔を緩ませてしまっている。

 

 

「選ばれた?殺さない?何を言っているんだ…命にあまり意味は無い。…勝手に言っていろ…偽善者め…。生き死にの際に行かないで本音が出るものか…あんな顔をしていてもその下で何を考えているのか」

積み荷に座り水をチビチビと飲みながらぶつぶつと独り言を言うアジェイと霞は同じリンクスで、極めて優秀な人材でありながら正反対の性格をしていた。

と、言うよりも生まれながらにして考え方が違うと言った方がよかったのかもしれない。

霞がこんな世界でも性善説を信じ、例え戦いが起こってもその戦いで平和を勝ち取っていく人の姿を信じているのならば、

アジェイは人は醜い生き物で戦い奪う為だけに生きていると考えており、どんなに善人に見えても、逆にどんなに悪人に見えても、元々根本から人を信頼していない。

結局こんな状況までどん詰まってしまった人類などさっさと滅んで然るべきだと考えていた。

ぶつぶつと、チビチビと、もう空になった飲料ボトルを口にやってるうちに作戦開始五分前となっていた。

 

 

 

 

 

 

『交通機関、閉鎖完了しました』

 

『住民の避難もまもなく完了します』

 

「警戒態勢のまま、待機」

元々各企業の動きに敏感になっていたこともあるし、度重なるテロや反乱に国の総戦力が落ちに落ちていることもあったが、あっけなく市街地の占領は終わった。

全戦力はどうやら首都の中でも重要な機関だけを守っているらしい。

迫りくるACから国民を守ることすら早々に放棄して銀行や議事堂など人がいなければそもそも意味の無い物を守ろうとしている様は上から見ていて滑稽ですらある。

いや、憐れみすら感じる。

 

「…くだらん」

アメリカ、ロシア、インドは既に落ちたと通信が入ってくる。

全世界を一斉に落とすのではなく(そもそもネクストの数が足りない)、超大国、主要地域大国を落として周辺国の降伏を迫る、とのことだったが、

なんともあっけない。人類が依り代にしていた国家とはここまで脆いものだったのか。

 

「…!」

戦争が起きているにしては、ACがあちこちで見られる以外には火の手どころか煙すら上がっておらず、

まるで低予算の戦争映画を観ているようだと思いながら海上300m前後でふわふわと浮いていると警報が聞こえた。

 

「……」

相変わらず、このクイックブーストというものはワケが分からない、とアートマンに向かって放たれたミサイルを悠々と避けながら思う。

この加速度を中に人が乗っていながら実現するとはどういう技術なのだろう。

自分が大学で数学を学ぶ傍ら受講した物理ではそんな技術は欠片も教えられなかった。

 

 

「…ふぅ…怖いな…怖い…」

ぶんぶんとハエのように飛び回る高速戦闘機が七機。

ACにすら敵わないその戦闘機が怖いのではなく、絶対に勝てないと分かっていながら向かってくるその様が怖いのである。

 

「……」

また放たれたミサイルは本気で動くアートマンよりも遅い。

PAがあればダメージにすらならないし、当たったところで豆鉄砲をぶつけられた程度の痛みしかない。

今の異様な動きで敵う相手じゃないと分かったのだろうに。

 

 

 

「お前達は何のために死ぬ?敵わぬとわかって何故向かってくる?何のために?即座に降伏したと見られたくない国の意地のために?くだらない…国はそんなに価値のあるものか?」

ぶつぶつと、誰にも聞かれない言葉を狭いコックピットの中で呟きながらショットガンを放つ。

一発で三機が砕け海に散っていく。

 

「弾単価36cだから…一機に二人乗りだとして…一人6c?そんなものなのか…人間の価値は…」

残った四機も叩き落とすともう攻撃は来なくなった。

未だ陥落したとの通信は入ってこないが…意味不明な戯言を言っていた霞はどうなったのだろう。

 

 

「見に行くか…」

ネクストならばここから全速力で20秒もしないうちにシリエジオの戦闘区域に入る。

ぶつぶつと独り言を言いながら霞スミカのシリエジオが戦闘しているであろう区域へと飛ぶアートマン。

 

 

 

 

人間音痴。

一言で言えばサーダナことアジェイ・ガーレは人間音痴だろう。

ネパールのヒマラヤ近くにある裕福な家庭の十三人兄弟の三人目として生まれたアジェイ。

父親は一人だが母親は四人。一夫多妻。だが父はどの子も妻も平等に愛していた。

 

しかし、アジェイは物心ついたときからその家族に猜疑的な目を向け続け馴染むことは無かった。

二番目の妻が父の金で遊び回り男娼を買っていたのを目撃してしまっていたことも理由としてはあるだろうし、

父が仕事仕事の仕事人間であまり家に顔を出さなかったこともあるだろう。

だが、根本のところでアジェイは人としてずれてしまっていたのが一番の原因だろう。

要するに、人を信じる。ただそれだけがどうしても出来なかったのだ。その誰もが生まれながらに持っているはずの能力とすら呼べない物をどこかで失くしてしまっていたのだ。

 

両親に聞かされた誕生日ですらも信じられず、生まれた病院の記録を調べ役所の戸籍まで見た。

 

国境、幸福、金、美、神。あらゆる概念を共有し生きる人々。共有していれば味方、家族。していなければ他人、敵。

人はそんなに簡単に左右される安っぽい存在なのか。

 

概念を共有しているという感覚は錯覚だ、と自分の違和感を言葉にできたのは十歳の時。

その皮の下では何を考えているのか分からない他人と、概念を共有しているという理由だけで同じ場所で過ごすということに耐えられなかった。

 

母の出す料理すらも信じられず、自分で鳥や動物を撃ち、捌いて食うようになっていた。

恰幅のいい家族の中でアジェイだけは痩せ細りギラギラと幽鬼のような目だけが爛々と光っていた。

 

家族に馴染めないアジェイをだんだん父も母も兄弟も避けるようになり、

彼が優秀なのをいいことに留学という名目で家から追い出してしまったのが16の春。

 

絶対と呼べるものも何一つないと思える世界の中で出会った数学。

数学の証明には美しさがあった。

正しいと証明されれば永遠に正しいまま。

 

だが、長い事没頭したものの結局数学上の正しさも正しいと決めた公理の上で成り立つ物。

不完全性定理を理解するようになってからはまた何が何やら分からなくなってきた。

 

正しい、間違っていると決められない曖昧なことが多すぎる。

特に人間という生き物が絡むと尚更だ。

 

そうこうしているうちに自分まで分からなくなってきた。

自分を表せる記号なんて一つも無い。大量の書物に頼っても結局人の言葉では自分を表せない。

他人どころか自分すらわからないこの世界でどうやって生きていけると言うのか。

自分が正しいとも言えないのに一体何が正しいと言えるのか。

 

ただ、どうやらこの世界での人間は倫理を抜きにすれば、力ある者が正しいとされるらしい。

それならば分かりやすいし、動物的でまだいい、と思い軍に入った。

両親には報告すらしなかったし、手紙すら来ることも無かった。

連絡をとろうと思えば10秒もかからなかったのに。

 

20年以上人間をやってきて分かったことだが、人間の世界で生きていく上では、

殺人や強盗なんかよりも、人に馴染めないで生きていくことが一番の重罪らしい。

あいつは自分達とは違う。ただそれだけの理由で排斥しようとする人々。

 

お前たちと関わりたくないだけなのに、お前たちも自分と関わりたくないだろうに何故排斥という形で自分に関わろうとする?

いくらアジェイがそう主張しても変人だと一笑に付されて終わる。

 

 

ならば仕方がない。この世界で生きていくためにも、人前で人に尊敬され畏れられるような自分を演じる事にした。

 

 

それっぽい事を言っておけばリンクスだの数学者だの神学者だのという肩書に目がくらんで人々は称賛する。

あんな人が言っているのだからきっと正しい事なのだろうと。その下らなさには笑うしかなかった。今自分が言った言葉をあのレイシストやあの失業者が言ったら戯言だと一笑に付すんだろう?くだらない。

人は理解の及ばないものを持ち上げるか、排除するか、あるいは無視するか。その三つしかしない。

 

それならとりあえずは持ち上げられていた方がいいだろう。

唾と罵倒よりも尊敬と金の方がまだ使えるのだから。

 

 

 

 

「なに…?」

一見すれば戦場。

だが、ノーマルは頭部や腕部脚部を潰されているのみでコアに損傷はなく、戦車も砲身がひん曲げられているだけ。

墜落した戦闘機からも脱出した跡がある。

軍人らしき者どもは皆武装解除してその場に伏せているが誰一人として怪我をしていない。

 

『何か用?もうこっちは終わっているけど』

 

後ろから表れた桜色のネクストには傷一つついておらず、PAも全く展開していない。

まさかそんな、と思った瞬間作戦終了の通信が入った。

本当に一人も殺すことなく国家転覆を成し遂げてしまった。

 

「……」

 

『為せば成る、何事も、ってね。最初から諦める方がよっぽど簡単なのかもしれないけど』

 

「ふん」

まだ何か言いたそうだったがそんな物を聞きたくないし、終わった以上ネクストがこの場にいる理由は無い。

これで反撃すれば今度こそそれを口実に容赦なく叩き潰されると分かっているのは国の方だろう。いや、『元』国だったもの、か。

 

 

 

「ふん…まぁその正義感を押し付けてこないだけ…実践しているだけ…他の偽善者よりマシか…だがそれがどこまで持つか…」

ぶつぶつと言いながら飛んでいくアートマン。

結局ショットガンを4発使った以外は損傷も死者も無く作戦は終了。

霞スミカは各企業に存在するリンクスの中でもエースとして早速頭一つ抜けた存在となった。

 

 

 

 

 

「お疲れさまです!」

 

「はい。お疲れ様」

レオーネの基地に戻り、敬礼を返しながらちゃきちゃきと歩き、人のいない所で壁に手をついた。

 

「……?」

なんだか頭痛がする。

貧血の時のように頭がフラフラする。

というよりも脚が覚束ない。

 

「実戦は初めてだから…緊張していたのかな…」

耳鳴りまでしてきた。

確かにネクストはシミュレータマシンでもそのストレスは何とも言えない辛さがあるが、

いくら長い間操縦していたからとは言え、降りた後も異常が出るなんてことがあるだろうか。

まさかコジマ汚染?いや、プライマルアーマーを展開していなかったのにそんな事があるか?

 

「はぁ…」

月の物よりも身体にずっしりくるだるさを隠し、背筋を伸ばして医務室まで歩いた。

 

 

 

「どうですか?まさか…コジマ汚染とか?」

一通りの簡単な検査と質問が終わり、不安を隠せずに医師に質問する。

 

「高血圧ですな」

まさか重病だったり…と内心はらはらしていた霞の肩を透かすような耳慣れた生活習慣病。

 

「高血圧?」

 

「そうです。お酒とか…コーヒー。食塩の取り過ぎとか」

 

「あっ」

コーヒーと酒を好む霞は特にコーヒーとブランデーを混ぜたフレンチ・コーヒーが大好物だった。

そういえば度数40を超えるようなブランデーを大量に入れてがぶがぶ飲んでいたような気もする。

やはり戦争を前にしてピリピリしていたのだろうか、ここ一か月は毎日毎晩瓶一本以上空けていた。

おまけに塩辛いものも大好きと来ている。25で生活習慣病の代表の高血圧に罹るとは恥ずかしいが、原因を言われれば両手では数えきれないほどあげられる。

 

「お薬出しますか?」

 

「大丈夫です。どうもありがとうございます」

さっきまでの重たい気持ちが全て恥に入れ替わり、顔を赤くしながら手を激しく横に振る。

とりあえず、身体に悪そうなものは控えよう。…いや、半分くらいにしておこう。

後がつかえているので、この場で長々と対策について話すわけにもいかない。後でゆっくりと調べればいいだろう。

 

 

「……んっ」

医務室を出るとまた一つ、大きな頭痛の波が来て身体が揺らいだ。

膝が笑う。高血圧にはこんな症状もあったんだっけ?

 

「どうかしましたか?」

歩いていた女性職員が心配そうに肩を支えてくれる。

 

「いや…初めてのネクストでの出撃で疲れちゃっただけ」

 

「素晴らしい戦績でしたね!貴女が味方でよかったです」

 

「そう…かしら?」

 

「ええ!」

早いところ帰って寝てしまいたいが、尊敬の眼差しを向けて興奮気味に話す職員を置いて去ってしまうのも印象が悪いだろう。

そう思って話に付き合い始めると、なんと一時間も拘束された。

 

その後、ようやく霞は家に帰り暖かいベッドで眠ることが出来た。

だが、基地の簡易的な医務室で簡単な検査ではなく、大病院でしっかりとした検査を受けていれば気づいていただろう。

これらの症状が恐ろしい病の産声に過ぎないという事に。

 




正統派美人の霞と後のランク2、サーダナの登場です。
二人はおよそ真逆の性格をしており、お互いにいい印象を持ちませんでした。

王小龍はプロフィールで「人を信じれない」と書いていましたが、サーダナの場合は更に人が嫌いで人を怖がっています。

そんなサーダナと霞はどうやってガロアの人生に関わってくるのか、お楽しみに。…と言ってもまだガロアは生まれてすらいません。

副題の「Lapse Of Time」はArmored Core Silent LineのBGMのタイトルから取っています。
名曲なのでぜひ聞いていただきたいです。

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