Armored Core farbeyond Aleph   作:K-Knot

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vs CUBE

逆立ちをし、利き腕ではない左腕を地面に突き立て、曲げては伸ばしを繰り返すガロア。

既に昼間は温かいとも言える気候でありそんな中で片腕逆立ち腕立て伏せなんてしていればその地面が汗でびっしょりになるのは当然であり、

実際赤土を固めた運動場の地面を透明な汗が水たまりを作っていた。

 

左腕に持つブレードをもっと速く振れるように。

相手の眼にもとまらないスピードで切り抜けるように。

 

リンクスは動きのイメージをネクストに伝えネクストはその動きを反映するが、

妄想ではなく、確固たるイメージでなければネクストは反応をしてくれない。

つまり、こんな動き無理があるだろうと思いながらネクストに伝えるのと、間違いなく出来るという感覚と共にネクストへ伝えるのでは、動きに天と地ほどの差がある。

それは最近の研究でわかったAMSの新たな性質であるが、それを本能レベルで理解していたガロアは百分の一秒でも早く動くために今日も身体を酷使する。

今日で謹慎も三日目。

あと四日というのは短いようで長い。

 

「……」

 

汗が染み色が濃くなる地面を睨みながら屈伸運動を続けると突然影が出来た。

 

「初めまして」

 

「……」

抑揚のない声を頭上から聞き、倒立をやめ手をはたきながら立ち上がるとそこには普通という文字を人間にしたような男が立っていた。

中肉中背の黒髪に黒目に眼鏡、まゆ毛は濃くも薄くもなく目鼻立ちも普通。あえて言うなら目の下に泣き黒子があるくらい。

ワイシャツに黒い長ズボンを履いた涼しげな顔をした男がそこにはいた。

 

「CUBEと申します。アスピナ機関のテストパイロットをしております」

 

「……」

アスピナ機関というのは知っている。

あのホワイトグリントの設計を担当した天才アーキテクト、アブ・マーシュが昔所属していたと記憶している。

そういえばカミソリジョニーからアブによろしくと言われたが彼とのエンカウントの気配は全くない。

 

 

「お話しができないのは存じていますのでそのまま聞いてください」

 

「……」

ならば無理に反応することも無いなと、力を抜き、首を縦横に振る準備だけをしておく。

 

「私とオーダーマッチをしていただきたいのです」

 

「……」

断る理由はないがまたか、とガロアは思う。

そもそもなぜ…

 

「はい、大丈夫です。そちらの疑問の答えも前もって用意してあります。どうして自分となのか、ですよね」

 

「……」

当たりである。頷きを返すとともに、先ほど印象を受けた普通というのはあくまで見た目だけだなと感想を改める。

 

「私の機体、フラジールはアスピナ機関のテスト機体であり、私もテストパイロットというのは先ほど申し上げた通りです」

 

「……」

 

「これは間違いのないことですが、私のフラジールは全ネクストの中で最高の速さを誇ります。ステイシスよりもレイテルパラッシュよりも、ホワイトグリントよりもです」

 

「…!」

その速さで名の売れた強力ネクストの名をあげるが、実際はホワイトグリントの名前を述べてガロアを反応させるためだった。

そして予想通りガロアは一番の反応を見せる。

 

「そしてそのスピードは誰にも捉えられてはいけない。なぜならば攻撃に当たらないために速さを追及しているのですから」

 

「……」

 

「今までの戦闘の記録は全てアスピナ機関で改めさせてもらっています。その結果あることが判明しました」

 

「……」

何故アスピナ機関が戦闘記録を保持しているのか、という疑問が頭をよぎったが今はCUBEの話の方が気になる。

 

「あなたは現存するリンクスの中で一番よい眼を持っている。視力という意味ではなく、戦闘に必要な要素を考えた眼としてです」

表情に抑揚がない割には随分コミカルに手を動かし、目の周りに指で丸を作りながら言ってくる。

 

「……」

 

「フラジールはあなたの眼に捉えられてはならない。もしあなたがフラジールを捕まえられたらあなたの眼から逃れられるネクストはいないでしょう。保証します」

 

「…!」

自分の眼、それはガロアの誇りであり、絶対の自信でもあった。

 

「この勝負、受けていただけますか?」

 

「……」

頷くガロア。

CUBEの口から出た言葉は今までのどんな相手よりもガロアを燃え上がらせる。

 

「では、二日後会いましょう」

踵を返すCUBEはアスピナ機関から渡された煽り文句に見事乗っかったガロアの視線を受けながらも最後までテンションを変えずに運動場を立ち去った。

 

 

 

「ガロアと戦うのは変なのばっかだな…」

二日後、セレンはシミュレーションルームの二階席の空いている場所に座りながら呟く。

周りを見渡すと、キルドーザー戦をも上回る観客の数であった。

 

それもその筈、今回配られたパンフレットには実に興味をそそる戦いになることが予想されるようなことが書いてあった。

 

『ランク21 ガロア・A・ヴェデット

 現カラードで最高のAMS適性を持つ独立傭兵

 完璧なミッション成功率に加え、AFをいくつも落としており、

 ランクより遥かに強力なリンクスだと言われる。

 搭乗機のアレフ・ゼロは汎用性に優れた機体』

 

『ランク17 CUBE

 アスピナ機関のテストパイロット。

 搭乗機体のフラジールは全ネクスト中最高の速度をたたき出す。

 反面、強烈な加速によるGに耐えられず幾人ものパイロットが犠牲になっている。

 その中でもCUBEは一番フラジールの扱いに長ける』

『カラードに捉えられる者無し!?

 フラジールの速度はネクストと人類の限界への挑戦!

 装甲も限界への挑戦!?

 理論上アレフ・ゼロの攻撃の全ての速度を上回るフラジール

 マシンガン以外の攻撃をどれか一つでも当てれば勝利確定のアレフ・ゼロ

 勝負の行方はわからない』

 

「…最高の速さか…」

突然帰って来るやオーダーマッチの事を伝えてきたガロアの次の相手はてっきり一個上のエイ=プールかさらに上のド・スだと思っていたら、相手はさらに上だった。

恐らくはその煽り文句に買い言葉の如く勝負を挑まれ受けたのだろう。

なぜCUBEがガロアを選んだのかはわからないが、とりあえずパンフレットではガロアは褒められておりそれがなんだかとても誇らしかった。

 

 

 

「……」

始まった。

戦闘モードに移行する折の電流が身体を駆け巡り、目を開くと無限に広がる砂漠が映っている。

今回の戦場はそのまま砂漠。

丘陵などにより緩やかな高低差はあるものの全体を通して障害物は無く、その分縦横無尽に動けるフラジールが有利なのは明確であった。

 

 

「……!」

奥から光が見えたと思ったらもう目の前70mにフラジールがいる。

遅れて動くアレフ・ゼロにフラジールは貼りつきながら光の雨を降らせた。

 

「…!」

非常にゆっくりとではあるがPA、APが削られてくる。

視線を向けるも全く焦点が合わない。

 

「…!…!」

速い。

全ネクスト中最高速というのは嘘でも伊達でも無かった。

視界で何か光ったと思ったらもう目の前には何もなく横からぎりぎりとAPが減っていく。

 

「…!!」

苦し紛れにまき散らしたマシンガンは一発も当たらない。

この速さ、ガロアの、いや、アレフ・ゼロとのリンクにより拡張強化された感覚を持ってしても捉えきれない。

AMS適性の高さは暗にその感覚の拡張度合いも示し、ガロアほどのAMS適性ならばネクストのカメラがもたらす視覚拡張の恩恵を100%受けることができ、音速を超える速度でもまず見逃さない。

その眼にとまらないということはすなわちアスピナ機関の求めた速度の勝利である。

 

 

「ガロア…!」

激しい撃ち合いと見たことも無い速度の戦いに観客は大盛り上がりであるがこんなのちっともいい勝負じゃない。

マシンガンでちびちびと薄皮をはぐように削られていくAPが与えるストレスは想像以上であるし、

何よりガロアが適当にマシンガンをまき散らすのは初めて見た。

APはともかくこれは恐らく今まで戦った敵の中で一番追いつめられている。

画面上で放たれたロケットもグレネードもフラジールの影にすらふれず遥か彼方へと飛んでいく。

こうしろ、ああしろという具体的なアドバイスも浮かばないセレンは勝利を祈るしかなかった。

 

 

 

「……」

移動を交えながらもガリガリと削られるAPはとうとうフラジールに並んだ。

その低いAPはアレフ・ゼロの約半分であり、一方のフラジールは幾らかマシンガンが掠っただけで未だほぼ無傷である。

既に有力リンクスの一角と噂されていたガロアの苦戦に観客はさらに盛り上がる。

 

「……」

だが、降り注ぐ光の雨の中で苦戦しながらもガロアは静かに笑った。

確かに自分の眼ではこの速度は捉えられない。

それはそれでいい。

しかし、リンクスとしての勝利は別だ。

 

「……」

グレネードを放ち確認する。もう15発目、つまり15回外していることになるが、15回あることを確認している。

まずフラジールはマシンガンとチェーンガンしか持たない上、特にチェーンガンの集弾性能が著しく悪く常に近くに張り付いていなければならない。

もちろんそれを戦術として考えたうえで集弾性能は考慮されなかったのだろうが、この距離は普段なら一回の踏み込みでブレードが入る。

そして次に…

さらにグレネードを放つ。外の観客が 

 

あいつセンスねー! ダメじゃん 天才ってのは見かけ倒しばっかり 

 

と勝手に騒ぐがもう16回確認した。確信する。

機体は見えないがその残像と光は捉えられている。

砂地に足をすり、跡をつけながら準備を整える。

フラジールは強烈な攻撃が来たら必ず右前にクイックブーストで避け、その後すぐに適性距離に戻るために後ろのクイックブーストを吹かす。

ここまでくればもう解は出ていた。

いざ作戦を実行せんとアレフ・ゼロは光を放った。

 

 

「くっ、フラッシュロケットですか」

瞼をほとんど閉じながらCUBEはつぶやく。

実害はないがこれをやられるとしばらく攻撃不能になる。

が、遠くに行くわけにもいかないのでこのフラッシュばかりはどうしても避けられない。

その時爆音とともに空気を裂く音が聞こえる

 

「…!?舐めないでください」

恐らくはグレネードかロケットのどちらかが放たれたのだろう。

右前にクイックブーストを吹かしさらに後ろへと飛ぶが、そこでCUBEはおかしなものを目撃する。

 

「両方から煙が…?ぐあっ!」

グレネードとロケット、どちらからも硝煙が上がっていることに気が付いたCUBEは考える暇もなく突然後ろから強烈な衝撃を受けAPの殆どが持っていかれる。

 

「しま」

ったという前に安定性も最悪のフラジールが体勢を整えなおす前に飛び込んできたアレフ・ゼロに一刀両断された。

 

何度も何度もクイックブーストの距離とフラジールの癖を測っていたガロアはグレネードをフラジールに撃つと同時にフラジールが飛んでくる予定の方角にロケットを放っておいた。

果たしてフラジールは当たるはずの無かったロケットに自ら追いつき当たってしまったのだ。

本来なら当たるはずもないのろまなロケットが、機体性能を逆手に取られた結果、命中することになったのだ。

 

 

 

 

おい…なんで終わっているんだ…?

まだまだ長引くはずだろ…?

インチキだろ!なんかおかしいぞ!

意味が分からねえ!シミュレーターのバグだろ!

 

 

どよどよと騒めく会場。

それもそのはず、今の今までAPは互角、不利なのはガロアだったはずが画面が光った瞬間にはフラジールのAPは0になり、ガロアの勝利で終わっていたのだ。

ガロアを応援していたセレンですらも狐に包まれたかのような表情をしていた。

 

「終わった…のか?」

 

 

会場で納得がいっているのは戦った二人のみであり、出てきた二人は握手を交わしている辺り、少なくとも二人は勝負の結果に納得しているようだった。

 

「素晴らしい。あなたは最高のリンクスとなるでしょう」

 

「……」

 

「是非この上のランクも目指してください。あなたなら一位も夢ではないはず」

 

「……」

 

「それでは。ミッションでは敵にならないといいですね」

 

「……」

 

初日にあったのと変わらずに踵を返し去っていくCUBE。

その背中を見送るガロアの顔は厚着に隠れて見えづらいが、また一つ理由を得た自信からほんの少し笑っていた。

自分は強いという事を自分が知っていればいい。それしかガロアの頭にはなかった。

 

 

シミュレーションルームに通じる廊下にて表情一つ変えずに通信端末に話しかけるCUBEの姿があった。

 

「戦闘終了いたしました。今からデータを…」

 

『いやいや!もう見たよ!』

 

「そうでしたか。すいません。敗北しました」

 

『しょうがないね、こっちは実験機の上、君も傭兵というわけではないんだし』

 

「ですが、当たらず見えずのフラジールが…」

 

『まぁそうだろうねぇ…』

 

「はい?なんですか?」

 

『まあまた何か連絡があったら俺から連絡するからさ!元気でやってくれよ』

 

「わかりました。ではまた」

 

通信機器を切断し再び歩き始めるCUBE。

あのフラジールのコックピットにかかる物理的負荷は尋常の物ではなく、もしシミュレーションではなく実戦ならばどうなるか。

幾人もの犠牲の果てに『お前ならばあの機体の負荷に耐えられるはずだ』と拾われた自分だが、かつての被験者の最後を聞かされた後ではどんな保証もうすら寒い。

以前の搭乗者の何度かの実戦及びオーダーマッチによりランク17に位置していたがそれはフラジールの話であり、自分は実戦をまだ経験はしていない。

不吉な予感に騒めく心臓に、しかしその表情は変えずにCUBEは歩き去って行った。

 

変えないのではなく、彼は表情を作れないのだった。

 

 

(…わからない…なぜ…!?)

その戦いを見ている者の一人にガロアとそう変わらない年の少年がいた。

栗色の茶髪をツーブロックで切り、やや赤みがかった瞳の少年は普段は真一文字に結ばれている口でぎりぎりと歯を食いしばり表情を歪めていた。

その少年の名はハリといい、ランク10に位置する天才と持て囃される独立傭兵であった。

実際その天才という呼び名に恥じることなく、適性任務とそうでないものの差ははっきりしているものの今までのミッションの殆どに成功しこれからの成長も期待されているリンクスだった。

お前の才能を誰よりも評価している、自分の所属している組織に入らないかとある人物に誘われその誘いに乗ったハリは、

その組織のリーダーからガロア・A・ヴェデットはお前と同等以上の力を持っていると言われた。

自分が天才だということを驕るわけでもなくただ普通に当然の事実として信じ切っていたハリは、それほど言われるとはどんなものかと今日見に来たのだ。

 

そして見てた試合は凡夫がしそうな醜い試合そのもので全く美しくなく、自分以上と言われた男は途中まで全くの劣勢だった。

大げさですね、全く、と鉄柵に肘を掛けあくびを噛み殺しながら見ていたら突然画面が光った瞬間勝負がついていた。

画面が光ったのはフラッシュロケット。それはわかる。

そこからがわからない。

なぜあれほどの速度の機体が自分より遥かにのろまなはずの機体に切り捨てられたのか。

 

 

……自分の理解が及ばない戦術をとったのだろう。

ハリは頭のどこかで響くその事実に耳を傾けたく無かったが、認めざるを得なかった。

 

天才は生まれて初めて嫉妬というものをしていた。

 

 

 

インチキだろコラァ!

チート野郎!

新入りがアームズフォートを落とすなんておかしいと思ってたんだよ!

 

罵倒雑言が飛び交いセレンはどう庇っていいかわからずおろおろするばかり。

CUBEは既に去り当のガロアは涼しげにその罵倒を受けている。

顔をあげゆっくりと喚き散らかす人々を眺めているガロアを見てセレンはぞっとする。

非難の嵐の中心にいて全くなにも思っていない顔。まともに人間社会の中で生きている人間があんな感性を持てるものなのだろうか。

 

 

『えー、スローモーションで上空カメラからの映像を決着10秒前から映しますのでご覧ください…』

機械のバグだとかインチキだと言われてシミュレーターマシンそのものの信頼が下がってはまずいと判断したのか、

もう一度、今度はスローで天井から釣り下がる大画面上に、過ぎ去ったロケットに自分から突っ込んでいくフラジールが映し出される。

一瞬の決着の真相を見た観客はもう黙るしかなかった。

 

(あの戦いの中で思いついたのか…脇で見ていた私は何も解決策が浮かばなかったのに…)

セレンも観客同様沈黙し考えこむ。

 

(もし私がリンクスになっていたら、あんな事ができたのだろうか…)

既にリンクスとしての自分を捨てているはずのセレンは、けれど16年間リンクスとなるべく生きてきた自分をそう簡単に捨てられるはずもなく、答えのない問答に頭を悩ませた。

 

 

「ちくしょう…」

リーダーは言っていた。

出来れば味方に引き込みたいと。

それは認める。

あいつがこちら側につけばそれは頼りになる戦力となるだろう。

 

だが。

もしこちらにつかず敵となった時は。その時は。

 

「オレがぶっつぶしてやる!」

鉄の柵を拳で思い切り叩きハリは赤い目をギラギラと燃やしひねり出すように呟いた。


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