Armored Core farbeyond Aleph   作:K-Knot

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我が身既に鉄なり

我が心既に空なり

天魔覆滅



最後のゼロ

お前らネクストは

人を食って人を殺す悪魔だもんな

 

すげぇよ

 

人間を滅ぼす為に生まれたのか?

俺は美味しかったか?

 

最後に、そんなお前に人間を助けさせてやる

その代償に――

 

「さぁゼロ。俺の肉、俺の骨、俺の全てをくれてやる」

 

「だから」

 

「もう一度だけ……」

 

「俺の手となり足となれッ!!!」

ウォーキートーキーから受け取ったリムーバルメディアを力の限り突き刺すと同時にコードがガロアの首に飛んできた。

 

「があっ!!?……あっは…………」

自分という存在が吸い取られて行く感覚とともに視力聴力が復活していく。

いや、違う。ゼロが自分の目となり耳となっている。

 

「一緒に死線を潜り抜けてきたもんな。俺の事が大好きなんだろ? 共生共死だ、俺とお前は。……愛してるぞ」

身体中を覆っていた鈍痛、倦怠感が消えていく。

 

「俺は俺の命を消滅させたい時に使う……今日だッッ!!」

いつかは自分が自分でなくなるこの世界で死に方を選べるのならば、それはきっと自分のような人間にとっては望外の幸福なのだ。

殺した動物、燃やした木、壊した機械――人間。全てが脳内を駆け抜け蘇る。

奪わなければ奪われるだけだった人生。殺す以外に生きる術を知らなかった。

死にたくないという当たり前の感情ですら希薄だった。

それなのに利益不利益関係なく自分に何かをくれた人達。

もしその善なる姿が正しい人のあるべき姿だというのならば。

 

(俺はぶっこわれていたんだろうな……)

血管がボコボコと蠢き、耳からも血が出た。もう何もいらない。

 

「……行こう」

簡潔なマップに表示されている赤い光点を目指し、アレフ・ゼロは青空の中にあまねく夜のように飛び出した。

 

 

 

 

 

 

ボブ・イーストは臆病だが幸運な人間だったと言える。

全てが始まったあの日。アレフ・ゼロがホワイトグリントの留守中に襲撃してきたあの日、ボブは増援としてノーマルに乗って向かい、切り刻まれているはずだった。

だが彼は、一目見てその絶望的なまでの戦力差を確信して逃げた。上官にはメチャクチャに怒られ階級も下げられ、給料も減った。だがあの戦場にいたものがどうなったかを考えれば幸運だった。

何よりも、そこで生き延びたからこそ、その時付き合っていた彼女と結婚できた。

 

だがその幸運もここまでかもしれない。

逃げれば妻が死ぬかも、と思ってから戦場で死を覚悟する戦士たちの気持ちが分かった。

 

「ど、ど……どうしろってんだ」

キュルルルル、と奇妙な鳴き声だか駆動音だか分からない黒い鳥のような機械が動かなくなった仲間の機体を啄んでいる。

見た事も無い機体、見た事も無い攻撃力。ただただ不気味だ。

 

「うっ」

赤く、生命の存在を感じさせない目がこちらを見た。

怯えて竦んだ時にはもう、飛び上がってこちらに突撃していた。

 

『邪魔だ!!! どけッッ!!!』

 

ゴウッッッ!!

 

「うわああああああああ!!?」

嘴でコアを貫かれる瞬間、黒い暴風が自分の機体を弾き飛ばして鳥をチーズのようにスライスしていった。

暴風が過ぎ去った後は地面に線のように炎が走っていた。

 

「ア……アレフ・ゼロ……」

通り過ぎていっただけなのかもしれない。

だがそれだけで、この区域を襲っていた敵機は全てただのガラクタと成り果てていた。

 

 

 

「お゙お゙あ゙あ゙ああああああ!!」

ブレードで突き刺した敵機をさらに向かってくる特攻兵器に投げつける。

後ろから射突型ブレードでコアを狙ってきた敵のヘッドを掴んでそのまま力の限り右手を下に降ろすと縦に潰れた敵は前衛的なオブジェクトと化した。

中身が人間なら生きているはずはないが、踏みつぶされた虫のようにまだぴくぴくと動いていた。

 

「があッ!!」

怒喝の力をさらに右手に込めると、手の平からほんの数十cmほどだがコジマ粒子が噴出され、溶けた敵は地面と一体化する。

 

「……!」

コジマ粒子が想像通りに流動してくれる。もはやAMS適性が無いはずの自分が何故か機体を動かせる。

ウォーキートーキーの改造なのだろうか?それとも……

考えるのはあとでいい。いや、もう考えることは出来ないかもしれない。

今も命を吸われている感覚がするし、コアの内部にコジマ粒子が漏れてパイロットスーツを着ていない自分の身体を刻一刻と蝕んでいく。

一時間?30分?どちらでもいい。敵をこの手で殺す時に、一秒でも残っていれば。

 

その時、空からどこかで見たようなネクストが降りてきた。

ネクストだ。全てのネクストは今は味方のはずなのに。

 

『同じセリフ同じ時』

四脚のそのネクストを見たのはいつ以来だろうか。

もう自分の中で時間の感覚も日付の感覚もないから分からない。

 

『思わず口にするような』

一機だけでは無く、二機、三機、四機と降り立ってくる。

 

『ありふれたこの魔法で』

キーの外れた耳障りな声が何重にもなって耳に届く。

 

『――作りあげたよ』

基本となる形は全て同じネクストが四機――カリオンが攻めてくる。

歌声の一つ一つの声の高さが違い、まるで赤子のような儚げな声から夢見る年頃の少女の声まで重なって響き実に気味が悪い。

 

先頭にいるカリオンの右腕に取りつけられていたのは異様な兵器だった。

戦いに用いるとは到底思えないそれは六つのチェーンソーであり、急激に回転数を高めていく。

その六つ全てが固まって束になり軸ごと回転を始めた。どんなネクストであれ、くらえば即破壊されるだろう。

 

『だぁああああれもさわれなぁいいいいいい!!』

甲高い音を響かせて焦げ跡を地面に残しながら向かってくる。

 

「なんだそりゃ……」

不思議な感覚だった。恐怖すらもなく、向かってくる敵が如何に圧倒的であろうと今のガロアにはまるで相手が紙細工でできているかのように脆く見えてしまう。

手でくしゃっと握り潰しておしまいなほどに脆く。

 

左手のブレードをぶつければ間違いなく弾かれるだろう。かと言ってロケットもグレネードもマシンガンすらもない。敵機が展開した分厚いPAには色が付いて見えるほどだ。

カリオンのPAとアレフ・ゼロの頼りないPAが接触した瞬間――

 

「焼かれてみるか!?」

 

『ぎっ!? ぐっ!?』

右足を思い切り地面に叩きつけるとその周囲にクレータが出来上がりチェーンソーを持ったカリオンの身体が浮かびあがった。

そこから発した衝撃は中身にまで響いたのだろう。歪な悲鳴が聞こえてくる。

その隙を見逃さずに右腕を肩から切り落とし、まだ回転しているチェーンソーを拾う。

 

「お前が食え!!」

 

『あぎぎゃああ痛ぃがああああぁあああ!!』

コアに突きつけるとギャリギャリという音に混じって苦痛に満ち満ちた悲鳴が聞こえる。

動かなくなったカリオンを蹴りあげて陣形の崩れた他のカリオンに向かう。

 

「はははははッ!! 殺されに来たか!! 殺されに来たのか!! 全員地獄に送ってやるぞ!!」

一機、二機とカリオンを粉々にし、さらに向かってくるノーマル達を何機かバラバラにするととうとうチェーンソーの回転が止まった。

もう一機カリオンがいたはずだ、と周囲を睨むと――

 

『ルーララ――宇宙の――風に乗る――』

やや離れた場所でまるでロケットの打ち上げ台のような物を一から作りあげているカリオンが見えた。

そこにミサイルが設置されていく。カリオンのカメラアイは冷酷にこちらを見ており、味方ごと自分を吹き飛ばす気なのだろう。

 

「はっ……ははは」

使い物にならなくなったチェーンソーを投げ捨てる。

全身から電流を迸らせながら天を仰いだアレフ・ゼロに力が集まっていき周囲の地面に大きな地割れが起きた。

瞬間、紅い複眼から放たれた光が周囲の機体に何らかの影響を及ぼし数瞬動きを止めた。

 

「ぐうぅぅああ……! あ゙っっ!! があああああああ!!!」

緑の粒子が解放されて、地面が捲れあがり周囲の敵意が全て砂へと還っていく。

今にもミサイルを発射しようとしていたカリオンは自分が蒔いた種となったミサイルの大爆発に巻き込まれて消滅した。

 

「うおああァあアあああッッ!!」

最後の命を燃やして咆哮するガロアの息を止めんと、更に敵が押し寄せてくる。

 

津波のように迫ってくる敵を気体のようにすり抜けたアレフ・ゼロを追おうとした敵はその場で崩れ落ちた。

切り落とされた脚や胴体も気にせずに芋虫のように地面を這いながら遥か彼方へ飛んでいったアレフ・ゼロの方へと向かおうとしたが、ラインアークの部隊に破壊され後には残骸だけが残った。

 

 

 

 

あの時自分は街に攻め込んだ。

今、自分は街を守っている。

 

あの時自分はあの親子を守れなかった。

 

いや。自分は攻め込んだんだ。

過程はどうあれ、その結果は変わらないだろう?

 

 

いったい何なんだろうな俺は。

 

 

 

特攻兵器の性質上、重量機であるメリーゲートの方が直撃の回数が多かったようだ。

もうAPは3割も残っていない。自分も大して違いはない。

 

(過程はどうあれ……)

押し寄せてくる敵の数はもう数えるのも馬鹿馬鹿しい量だ。弾の数も少ない。ブレードもいつまでブレード自体が持つかわからない。

きっと無理だろう。過程はどうあれ、自分達は殺され、後ろにある街も焼かれる。

 

あの街と同じように。

 

「……! ダメだ! ダメだダメだ! 俺は!! ここで死んでもいい!!」

こちらに蹴りを叩き込もうとしてたノーマルに逆に蹴りを入れる。

脚の長さの違いからこちらの攻撃が一方的に決まったが、やはりガロアのように決定打には出来ない。

 

『何を言っているの!?』

 

「メイ……! 人は、きっと……安いプライドの為だけに生きるんだ。そんなもの捨てちまえばいくらでも生きようがあるのに。だから……だから、お前は逃げろ!!」

 

『バカ言わないで!! それに、』

そうだった。奴らは弱っている方を積極的に狙ってくるんだった。

過程はどうあれじゃない。過程こそが大事なんだ。

咄嗟にダンは自分の立つ地面に向けてミサイルを連射した。

爆風に巻き込まれてAPがみるみるうちに減っていきメリーゲートのAPを下回った。

 

「! ぐうっ……! これでどうだ!! こっちだ!! こっちに来い!! そうだ!!」

メリーゲートに向かっていった敵のほとんどがこちらにターゲットを変えてくる。

その中には前に自分が決定打を受けた目玉から二本の脚が生えた化け物もいた。

 

(! 死んだかも)

二本脚の機体が回転しながらこちらに突撃してくる。前もあれでやられたのだ。避けなくてはいけない。いけないのに。

先ほど蹴っ飛ばした敵機がセレブリティアッシュの足を掴んでいた。

前のようにガロアが助けに来てくれることなどもうないだろう。

やはり過程はどうあれ、自分は死ぬのか。

 

ドッ、と鈍い音が響いた。

 

『オラ!! ざけてんじゃねえ!! 蜂の巣にしてやる!!』

セレブリティアッシュに負けず劣らず派手なカラーリングの黄色いネクストが、化け物にレーザーを撃ちこみさらに踏みつけて徹底的に破壊した。

 

そう。過程が大事なのだ。彼には彼を思ってくれる友がいた。彼が迷いながらも戦ってきたその過程で。

 

『おいダン!!』

 

「カ、カニス……」

一度売ったネクストを買いなおすなんてしたものだからカニスは多額の借金を負ってしまった。

後悔は沢山している。だが今、女を逃がし街を救おうとしたダンの命を救えたということは後悔しながらもカニスが選んだこの道が間違いでは無かったということなのだ。

 

『ヤったか!!?』

 

「ヤってねぇ!!」

 

『童貞!!』

 

「うるせぇ!!」

脚に絡みついていた敵に改めてとどめを刺しながら叫ぶ。

 

『何それ……最低!』

セレブリティアッシュに敵の注目が集まったおかげでメリーゲートの負担は軽くなり、メリーゲートは集まっていた敵を吹き飛ばすことが出来た。

 

『おい!! こいつはいい男だぞ!! 俺が保証してやる』

 

「カニス、お前……マジで思ってんのか」

 

『デケぇ乳してんだから戦いが終わったら一発や二発くらいカマトトぶってねぇでヤらせてやれ!!』

 

(戦いが終わったら)

その言葉にどくんと心臓が跳ねる。地平線を見ると更に敵がこちらに向かっていた。

まるで無尽蔵に思える。絶望的だ。ただし、ほんの少し前までなら。

 

『信じらんない……!! でもそうね! 戦いが終わったら!! そろそろもう一歩踏み出してもいいよね!ダン君!』

 

「やったああああ!!」

今は希望がある。生き残れるという希望では無い。

もっとかすかで言葉にしてみたら失せてしまうようなものだ。

自分もメイも、カニスも一緒に死ぬのだろう。そうだとしても。

 

『よっしゃああああ!!』

 

『なんであなたまで喜ぶの!!』

 

 

結果は同じなのかもしれない。

だがその過程で心が救われていたのならば、その結果を受けるときに何かが違うはずだ。

 

自分はヒーローになれたのかな。

その疑問にはやっぱりイエスと言えない。

でも今、自分は自分を誇っている。

 

 

 

 

 

 

敵ごと地面に突き刺したブレードを支えに、さらに向かってくる敵のヘッドを両脚で挟み、

空中で三回転ほどしてから地面に叩きつけると動かなくなった。それはまるで邪悪さを象徴する逆さの十字架のようだった。

 

「ああ死ね死ね全員死ね!! 砂に還れ!! ぶっ壊してやる!!」

 

あの時、自分は世界で一番綺麗な言葉をこの口から紡いだんだと思う。話せるようになって良かった。

あれが最後だ。自分はこういう生き物なのだから。もう我慢する必要は無い。煉獄の炎のように焼け付く高揚に身を任せて金属を裂く不協和音からなる生命の挽歌を奏でる。

 

きっと自分は生きて帰れない。セレンとはもう会えない。

 

あの森が好きだった。思い返してみれば幼い頃、自分から主張すれば街に留まることも出来たのだろう。

自分はそれでも森に戻ることを選んでいた。心の中の獣の赴くままに動物たちと命を賭けて全てを奪い合うのが好きだったんだ。

 

命をこの手で奪うのが好きだった。そうでもしないと命が実感できなかった。

 

「はあ゙あああはっはっは!! あっはぁ!!」

結局のところ、自分にとって戦わないという選択肢は苦痛を伴う我慢だった。原因はどうあれそれが全てだ。

我慢というのは欲望や感情に流されないためのものだ。だがセレンと二人で過ごした四年で戦いたくないという思いも生まれてきた。人間になりかけていたからだ。二つの矛盾した感情があった。

もう、必要無い。心行くまで、身体がかすかすになるまで暴れればいい。

 

また一機、ただの鉄の塊に変えた時、ゴツい下半身をしたノーマルがこちらに蹴りを入れようと頑丈な盾の取り付けられた脚を振り上げたのが見えた。

 

「テメエらに俺を滅ぼせるか!!? テメエらに! 俺の心が!! 砕けるか!!?」

アレフ・ゼロの長い脚が振りあげられ、破壊の意志を反映したどす黒いコジマ粒子を爪先で輝かせた蹴りがノーマルの蹴りとぶつかり合い一方的に相手を吹き飛ばし粉々にした。

 

ブレードで敵を突き刺し、右手で別の敵のヘッドを握り潰していたアレフ・ゼロに、仲間も蹴散らしながら二本脚の目玉の化け物が回転して突撃してくる。

 

「がぁッッ!!」

カウンターでアレフ・ゼロが繰り出した頭突きは一角獣のようにヘッドの赤いスタビライザーを敵機に突き刺し、そのまま遥か上空まで化け物を突きあげた。

幾多の敵の残骸を踏みつけ、その眼を紅く光らせるアレフ・ゼロのその姿はまさしく戦場の王だった。

 

「ガラクタ共!! 俺を見ろ!! 俺が王だ!! 恐怖しろ!! 死を迎え入れろ!!」

天災のように道中にある全てをなぎ倒しながら目標地点へと進んでいく。

もう理由を考えても仕方のない事なのかもしれないが、どういうことかAPが一秒ごとに減っている。

きっと自分と同じく、アレフ・ゼロも限界を超えているのだろう。機械だからそれが分かりやすいだけだ。

だが限界を超えてなお人の命という燃料を得てアレフ・ゼロの複眼は赤く爛々と輝いており、残像を残しながら敵を切り裂いていく。

 

「くそ!! 俺は馬鹿か!!」

敵が途絶える気配はない。向かっている場所がもし敵の本拠地ならば、最短距離で本拠地に向かっている自分は最短距離で向かってくる敵にぶつかるということだ。

かといって迂回する時間もないし、迂回した先で敵と鉢合わせたら最悪だ。

 

その時、一機のタンク型ACがこちらにタックルを仕掛けてくるのが見えた。

 

(!)

極悪なコジマ粒子を纏った拳を突き刺そうとしたとき、遠距離から放たれたスナイパーキャノンがアレフ・ゼロに直撃し、もう動いていない電車まで吹き飛んだ。

 

『死んだはずだが……まぁいい。手段は選ばん』

 

『結果は変わりはない。……恐れるな。死ぬ時間が来ただけだ』

 

『見せてもらおう、傭兵。お前の持つ力』

 

明らかに他の機体とは格が違う三機の機体が通信を入れてくる。

画一的で見分けのつかない雑魚と違い、それぞれが武器を持った動物を象ったエンブレムを機体に持っていた。

声には僅かにノイズが混じっており、身体中に機械を埋め込まれた今なら分かる。あれはもう人間では無い。

 

「この野郎……もう……少ねぇってのに」

血へドを吐きながら考える。タンク型の中身が言っていた、『死んだはずだ』という言葉。

何を勘違いしているのか知らないが、もし敵全体がそう考えているのなら、自分が最初に敵に見られずに繰り出す攻撃は予想を超えた物になるはずだ。

勝機がある。

 

「てめぇらがいるから俺はおちおち安らかに眠ることも出来ねえ!!」

一番動きが速そうな軽量二脚の敵を見据えて声を捻り出しながら列車に腕をぶち込む。

全てのエネルギーが腕部のみに回され、ジェネレーターが焼け付くような熱を帯びた。

 

「邪魔をするってんなら……」

錆びついた電車の窓が衝撃で割れながら浮かび上がり、電線がぶちぶちと切れていく。

 

「邪魔するってんなら!!」

ネクストの重量を遥かに超える電車を持ち上げたアレフ・ゼロはそのまま三機に向かって投げつけた。

 

『!』

 

『どこに消えた』

 

『逃げるような男には見えなかったが……』

線となって迫る電車を避ける為に後ろに下がった三機は集まって周囲を見回す。

 

 

その時、その場所に夜が訪れた。三機が空を見上げた時にはもう遅かった。

黒い巨人が太陽を砕くように突きだした右拳には異様な濃度の緑の粒子が渦巻いており、温かなはずの太陽の光を全て遮っていたのだ。

 

「引きずりこんでやるッッ!!!」

 

カッ!!

 

右手を地面に叩きつけたほんの0.02秒後にネクストの歴史の中で一番凶悪なアサルトアーマーが放たれた。

 

宇宙からも観測できたその深緑の光は隕石の激突のような衝撃と共に如何なる命の存在も許さない熱となり、周囲の敵も木々も、空気すらも巻き込んで消滅させた。

超兵器の爆発のような跡の中心には塗装が完全に剥げ落ち真っ白になったアレフ・ゼロがただ一機立っているのみであり、今後数百年にわたってその地は生物の営みが許されない土地となるだろう。

やがて地獄に降るような黒い雨が大地に降り注ぎ始めた。

 

 

 

「く……ぁか……頭が……」

脳細胞全てが暴走しているかのような頭痛に耐えかね頭に手を触れると髪の毛がごっそりと抜け落ちた。

力を込めないようにもう一度触れてみたが、やはりパラパラと落ちていった。

 

(次は命まで持っていかれるな)

まだだ。まだダメだ。

そう思ったが、揺らぐ意識が戻る前に空の彼方からまた別の機体が飛んできた。

 

 

 

「光が見えた……まさかとは思ったが……ガロア……何故」

絶対に失敗するわけにはいかない作戦が今行われているものだとしたらその道中の安全も絶対でなくてはならなかった。

マグナスとジョシュアを護衛をして、無事にミッションを完遂したオッツダルヴァは直ちにラインアークに戻るために飛んでいたところ、遠くに巨大な緑の光を見た。

本当に、まさかと思ったが直感が『行け』と言ってきたのに逆らわずにその場所に行くと、丸く刈り取られたように砂だけになった土地に黒い雨を受ける白いアレフ・ゼロがいた。

 

『……オッツ……ダルヴァ』

 

「押し寄せてくるぞ、奴らも視認しているはずだ」

自分にも見えたあの光は敵にも見えているだろう。

だが一つ、気になることがあった。

重度の通信障害が起きている。ステイシスの故障では無い。あの機体に近づいてからだ。

今まで報告にあった未確認機のようにECMに加えて強烈な通信障害を起こす電波をあの機体が発している。

 

(誰がこんな改造を)

これならば一匹ずつ潰していけば仲間は呼ばれない。

だとしてもガロアが戦える身体では無いことは知っている。

 

『とめないでくれ』

 

「……」

これだ。この精神力こそがガロアの最強たる所以なのだ。

弟を守ると言ったあの言葉は、果たしてここでは何をするのが『守る』なのだろう。

 

「………………。行け、ガロア……私たちは……結局戦いでしか自己表現できない」

自分は弟を守れる程、自分の言葉を守れる程強く無かった。

今の自分にできる『守る』とは、ガロアの思いを汲んでやることだけだ。

 

「上へ飛べ! 上空からなら分からないはずだ! 私がここに残る!」

敵はここに向かってくる。ガロアにではなく、光の見えた方へと。自分がここで足止めをすればあるいはガロアはその望みを叶えられるのかもしれない。

その望みが何なのかは分からないが、それはいい。

 

『…………、……。ありがとよ、兄貴』

兄と言われた。初めて兄と言われた。

思わず両手の銃を降ろして涙を流している間にアレフ・ゼロは黒雲を突き抜けて遥か上空まで飛んでいってしまった。

 

「こんなに長く離れて……忘れていても……することが同じとは……ガロア、兄を許せ」

遠くから押し寄せてくる敵を認識しながらも、心から静かに笑った時。

 

『あの少年は何を望むのか……』

 

「!?」

突如聞こえた通信と上空から天使のように降りてきたその機体を見てオッツダルヴァはぞっとする。

間違いなくアレフ・ゼロは視界に入っていたはずだ。

 

『我々は……愚かな存在なれば……管理する者が必要だ』

白く細身のその機体には同様に細長い腕、細長い脚が付いており、小さくも大きくもないが頑強そうなコアが良く目立つ。

左腕のブレードを起動してこちらを見据え、明らかに敵意があることが分かる。

周囲にはいくつもの自律兵器が飛び回りコアから伸びた三日月のような砲台がこちらに向いた。

 

「弟の邪魔はさせん!!」

今までで一番の強敵だという事は見てわかるが、今までで一番奮い立っているオッツダルヴァは腹の底から叫ぶ。

かなりの老齢であることが伺えるしわがれた声があざける様に笑う通信が耳に届いた。

 

 

 

 

 

 

 

猛吹雪の中に輝く光は一つや二つでは済まない。

この吹雪で動きが鈍るのは恐怖を知る人間だからだ。

機械人形たちに恐怖はなく、視界が確保できない雪でも構わずに進んでくる。

雪の向こうにはアームズフォート級の大きさの四足歩行の巨大兵器がこちらに向かって歩いてきており、こちらの攻撃が届かない距離からレーザーキャノンやミサイルをばら撒いてくる。

 

「くっ……う」

射突型ブレードの最後の一発が相手に刺さった。もうまともな武装は自分にはない。

果敢に攻め立てるレッドラムが降りしきる雪の向こうでアサルトアーマーを放ったのが見えた。

先ほどからアサルトアーマー以外に何かをしているように見えないのは、弾が切れたからだろう。

 

「行け……シャミア! こいつらは弱っている方を」

自分はあの娘をあの時引きとってから何か出来たのだろうか。

結局シャミアの心に巣食う暴力の闇を取り除くことも出来なかった。

 

『いやよ!』

 

「何を言って」

 

『ずっと、一緒だったのに!! ふざけたことを言わないで』

 

「……」

あの日から今日この瞬間まで何一つ自分の言う事を聞かなかった。

年を重ねて乾燥した肌を一筋の涙が伝う。今までで一番絶望的な状況なのに、今までで一番心が救われているとは。

思えば自分は感動と言う物がこの年まで薄かった。単純にそういう何事にも熱くなれない性格なのだろう、とどこまでも冷静に思っていた。

今日も恐らくは負けて死ぬ。そう静かに思っていたのだが。

 

「ハラショー!!」

もう弾薬の入っていないブレードで敵ノーマルをぶん殴ると不細工にへこんだ。

ならば死ぬわけにはいかない。加齢臭がいやだとか騒がれるのだろうが、戦いが終わったらシャミアを抱きしめたいのだ。

あのアームズフォート級の敵には、そもそも対ネクスト戦を中心に考えられたアセンブリの自分達では敵わないかもしれない。

だがそれでも折れかけていた心に芯が入った。40年以上生きていて初めて心に火が付いた気分だった。今日が命日になるとしても、ド・スは人生最高の時を迎えていた。

 

 

 

 

 

 

 

最後のカリオンの動きが止まる。

また自爆をされてはたまらないと、残酷なことだと分かりながらもコアをきっちりブレードで貫いた。

 

「よし!」

汗だくになりながらウィンは声を上げる。

これでこの戦場はクリアだ。

 

『ウィンディー様! 上です!!』

既にAPが50%を切っているアンビエントが銃を空に向けると、鈍重そうな機体が降ってきた。

 

『こ、ここ、こっ、この姿、を見ろ、……策に溺れたもっ者の末路だ……、手を、つくしたつもりがこの様だ』

 

(なんだ!?)

バケツを刻んで作ったかのような特徴的なヘッドをしたその重量二脚の機体は一見して既存のノーマルにもネクストにも見えないが明らかに『アーマード・コア』だ。

だがそれよりも不気味なのは理解不能な言葉を呟きながらギチギチと油の切れた子供のおもちゃのように震えていることだった。

 

『人が、ガガガ、あれを支配するなど、元より無理だったのだ』

戦ったら互いに無事に済みそうにない機体だというのは分かる。

しかし、攻撃をしてこようとはせずに何事かをぶつぶつと呟いている。

 

「待て!! 戦わなくていいのなら」

何が何やらよく分からないが、敵という雰囲気は薄い。人間では無いのだろうが。

ウィンが説得をしようとした瞬間、イエローだった敵のカメラアイの光が真っ赤に染まった。

 

『破滅……人類の運命は決した』

強烈な殺気がウィンに叩きつけられる。

凶悪な兵器だと一目で分かる右手の大型のレーザーライフルをこちらに向けてきた。

 

『ウィンディー様!!』

アンビエントが正体不明機にライフルを撃ちながら体当たりをするが、体重の関係か敵機のバランスは崩れずその銃口をアンビエントに向けた。

思わずハイレーザーを発射するとこちらを見てもいないのに避けられる。

 

『いいだろう。私が相手になる。本当の強者はどちらなのか……試させてもらうぞ!!』

 

(何を言っている!?)

まるで話は通じないが分かるのはもうこの機体は敵なのだということだけ。

心の準備が出来ていない中でとにかく距離をとらなければ、と飛びあがった瞬間、空から大量の赤い特攻兵器が降り注いだ。

 

 

 

 

 

 

怒りが具現化したかのような粒子を纏ったネクストが雲を切り裂き流星のように海に飛び込んだのを知る者は誰もいない。

そう、誰もだ。彼は既にデータベースの中で死人にカテゴライズされていたのだ。

知るはずがない。死人の行動など。

 

「ゼロ……俺にも分かる」

海底都市だ!などと驚いている暇も無い。

この更に下に目標がいるのは分かるが細い通路を縦に赤いレーザーが幾つもあり、さらにその隙間を縫うようにして特攻兵器が向かってくる。

急がなくてはならない。だが急げば避けるのが困難になる。

今ここでダメージを覚悟してオーバードブーストで突っ切った方が結果的にはいいかもしれない、と考えた時いきなり地面に穴が空いた。

 

(!! 重力が!!?)

ただ穴が空いただけだったら落ちる前に脱出できたはずだ。

だがそれはかなわず、急激に下方向へとかけられた加速度に逆らえずにアレフ・ゼロは数100m下の大部屋に落下した。

 

『死んだと聞いていたが……そんなはずはないと思っていた』

緑に光るカメラアイがこちらを見据えてくる。

紫色の機体に積まれた兵器はどれも平均的に見えるがこの肌を刺すような感覚は知っている。

強いんだ。こいつも。なんでこんな奴ばかりが目の前にくるんだ。

 

『私の勘が貴様は来ると告げていた』

香水だろうか、フラスコだろうか。

背中にある瓶を後頭部に回した腕で抱く美女のエンブレムはその機体が醸し出す静かな雰囲気に似あわず妖艶だった。

 

「人間みてぇなこと言ってんじゃねえぞ……」

とりあえず強烈な重力は消えてくれた。立ち上がりながら思考を回転させていく。

あの細い道から脱出出来たのもよかったし、元々下へ行くつもりだったのだ。

最悪なのはこの相手が今まで戦った敵の中でも最強に類される実力を持っているのだろうということか。

 

『私は、……人間……だった。だが、支配されたとしても、こんな姿になったとしても変わらない物はある。……私はジジジー、ザザザ……Z』

 

「Z……テメぇで最後ってことか」

この前のあの機体の男は『J』と呼ばれていた。ジョシュアの『J』かアルファベットの『J』かは微妙なところだ。

 

『アルファベットの数だけいるという訳では無いが……お前の最後の相手という意味でなら……その通りだ』

すぐに交戦開始しなかったおかげでPAが回復した。もうAPの方は残り少ないし今も減っていっているがそれはもういい。

 

「どうでもいい……邪魔するってんならぶっ潰すッッ!!!」

 

『私とお前は同じだ。そして……一人しか存在できない。人は何故……私は何故戦い続けるのか。この戦いで……それが分かる気がする』

 

『お前を倒した、その時に』

 

「!!」

暗い部屋だが、それでも視界は良好のはずなのにその機体は溶ける様にして消えてしまった。

一瞬の戸惑いの後に影は消えずに残っていることに気が付いたが、さらにその数瞬後に影のある場所ではなく、その上の宙にいるのだと気付いたときにはもう遅かった。

嵐のような攻撃がアレフ・ゼロに全て直撃する。

 

「クソったれ!!」

この薄暗くだだっ広い部屋では塗装の禿げたアレフ・ゼロは目立ちすぎる。

ブレードを闇雲に振りまわしてもまず当たらないし、隙を晒すことになる。見た限りではネクストより頑丈そうには見えなかったからこちらの攻撃が当たれば一瞬のはずだ。

アサルトアーマーをやっても意味がないだろう。いや、むしろ悪い。外れた後はただやられるだけだ。あの時のような威力の物はもう無理だ。次は死ぬ。

仮に死なないにしてもこんな地下深くであんなことをすれば生き埋め間違いなしだ。

 

「俺とお前が!! なんだ!? 知らねえぞ、クソ!!!」

本当は、『Z』と名乗った女が何を言いたいのか分かっていた。

何故この女がこんな風になっても逆らう様子も見せずに戦うのかが。

 

『認めてしまえ。お前は戦いを呼び寄せる。だからまだ生きている。私達は戦いに好かれている。そしてただ……ひたすら強くなる。それだけだ』

 

「ぐぅうっ!!?」

分かってはいた事だ。ブレードしかないのは基本的に不利でしかない。おまけに敵は見えないしロックオンも出来ない。唯一影だけで認識できる。

そこまで考えが至った時、肩に取りつけられてはいたものの『人間が相手じゃないなら意味がない』と使っていなかったフラッシュロケットに意識がいった。

 

「がっ!? …………あ……」

ほんの一瞬の隙に強力なパルスキャノンが直撃し、薄くなっていたPAを貫いてコアに損傷を与えた。

内側であちらこちらが弾けて、飛んだ金属片がパイロットスーツの着ていないガロアを傷つけていく。その中で、顔に直撃した破片はガロアの意識を無慈悲に刈り取った。

 

薄れていく意識とアレフ・ゼロから送られてくる錯綜した情報が見せた幻影。

脳裏に映るのはアンビエントを蹂躙し、レイテルパラッシュを両断し、ステイシスを貫く映像。

挙句の果てには都市を襲撃し力のない人々を踏みつぶしさえしている。

 

(これが俺か。知っていたよ)

復讐は理由だ。自分には感情があった。心があった。

自分が、自分でその道を選んだ。そういう人間だったからだ。こういう未来もあったのだろう。

それにしても、本当に関わる人間全員死なせているとはつくづく自分は悪魔だ。

 

誰かを守るために戦うなんて。

意識をもう投げたしてしまおうとしたとき、アレフ・ゼロから電流が送られ無意識に両肩についていたフラッシュロケットをむしりとった。

 

 

 

 

 

(!?)

何をしている、と考えた瞬間にアレフ・ゼロはフラッシュロケットを地面に叩きつけていた。

強烈な閃光が部屋の中を照らしていく。『Z』が目を焼かれることはなくても相手の姿を見失ってしまった。

ただ死ぬ時間を引き延ばしただけにしか見えなかったが。

 

(影か!)

『Z』の操る機体、透明な『ファシネイター』から伸びる影が閃光によってはっきりと浮かんでいた。

 

『ぐ、うぎ、あ゙ぁああああ!!!』

 

(なんだ!?)

雄叫びではなく、今の声はまるで――悲鳴のようだった。

これはまずい。相手の行動に対し思考が一手ずつ遅れている。

このままでは決定打を放たれたときに対応できない。

そう考えた瞬間、アレフ・ゼロが見えないはずの自機に向かって飛びかかってきた。

 

(無駄だ!)

『J』と同じくガロアの、アレフ・ゼロの全てを知る『Z』はそのブレードの間合いをミリ単位で知っていた。

クイックブーストの持たない機体の為、急激に移動することは出来ないが、今後ろに下がった分で十分のはずだ。

 

(え?)

ブレードに注目したつもりが、アレフ・ゼロには左腕が無かった。

 

また思考が一手遅れた。その遅れを認識したときにはもう、ファシネイターのコアをアレフ・ゼロのブレードが焼いていた。

アレフ・ゼロの右腕が、ブレードを取りつけた左腕を持っていたのだ。

 

 

 

「あああああああ!!」

斬った!!

引き千切った左腕を持った右腕から伝わる感触。見えなかったが間違いなく斬った。

エネルギー供給が断たれた左腕のブレードから刀身が消えていく。

 

「……俺が……王だ……お前は負け犬だ……」

姿を現した敵は下半身と上半身が分断されており、既に動きも見えない。

 

「う……あ……?」

また意識が遠のいた。

口の中に何かが入っているという違和感に従い素直に口の中の物を吐きだしたら白い歯がいくつも出てきた。

 

「え……?」

右頬に手を添えたつもりが、あるはずの頬はなく、いきなり奥歯に触れた。さっきのあれで頬が丸ごと削り飛ばされたらしい。

瞬きがしにくいから変だと思えば目玉が飛び出ており、視界の半分はとうとう何も見えなくなってしまっている。

 

「あー……壊れちまったか……」

飛び出た右目を押しこんだが、眼球に直接触れたというのに痛みどころか違和感すらなかった。

ガロアからは分からないが目玉には縦に割る様な線が入っており、もう目玉としての機能を果たしていなかった。

 

(関係ねぇ。骨が砕けようと肉が裂けようと知ったことか)

どうせ生きて帰るつもりなど無い。今この瞬間を生きていればいい。頬からべろりと垂れた皮膚と肉を剥がして捨てると口を閉じているのに空気が口の中によく通ってきた。

画面が見えなくても、それはAPやPA、残エネルギーなどの情報が見えなくなるだけで視界はヘッドのカメラが潰されない限りは首のジャックから送られてくる。

だが今のはヤバかった。既にAPは3000を切っている。あの一撃で決められたのはラッキーパンチに近い。

 

行かなくては、と思ってから気が付いた。

 

(どこに?)

 

閉ざされた部屋であり、入ってきた穴もどこだったか分からない程完璧に塞がれている。

いや、分かったところであの道を今のAPで抜けられるとは思えない。

 

(うそ? これで終わり)

 

 

 

 

立ちすくむアレフ・ゼロを視界に捉えながら消えていこうとする『Z』は、ただの情報、そして魂へと戻る過程で気が付いた。

自分が過去の人物から生み出された存在だということは知っていた。それでいて戦っていたのは、負けるまでは目の前の敵と戦い続けるため。

ひたすら強くあればその先に自分の求めたものがあると信じていたから。

 

だというのに。

 

 

 

 

『私はただひたすらに強くあろうとした……』

 

『それが私の生きる理由であると信じていた……』

 

『やっと追い続けたものに手が届いた気がする……』

 

『レイヴン……その称号は』

 

『お前にこそふさわしい』

 

 

 

 

 

この部屋と同じように暗く、広い地下で自分は『あの男』に負けていた。

そして負けを認めて『あの男』の最後の礎になったことを誇りながら死んでいった。

 

そうか、自分はとっくに負けていたのか。

それに気付かず今日までこんな姿になってまで生きながらえていたとは。

まるで喜劇だ。

 

 

 

 

 

呆けながらも一秒ごとに死に行くガロアの耳に、ガァンと妙な音が届いた。

 

「!!…………なんだ……」

動かなくなったはずの敵機の上半身がハンドレールガンを構えて壁に大穴を空けていた。

そこからは地下へと続く道が見えている。

 

「まだ生きて……。いや、生きちゃいないか……。手向けてやる」

時間の無駄だと知りつつも、戦士としての敬意を払いながらその機体のコアを踏みつけてコジマ粒子を解放しぐずぐずに溶かした。

 

「先に逝っていろ、……俺も……もう少しだ」

 

アレフ・ゼロが飛び込んだ穴のその奥深く。

世界の命運を決める戦いの決着がつこうとしていた。

 

 

 

 

 

 

『……呆気ないな。全てが…………。お前たちはつまらん』

ルブニールのAPが0になった。ホワイトグリントの方もいち早く動きを止めている。

この二機がかかっても真正面から叩き潰されたという事実は残った人類から戦う意思を刈り取るだろう。

途轍もない強さだった……というよりも動きの全てが見透かされていたと言うべきか。

ボールをパスしようと目を向けた先に既に手を伸ばしているバスケのプロ選手のように、何もかもが手の平の上だった。

動きが止まったのと同時に急激に戦いの熱が引いていくのを感じる。

 

「……ジョシュア」

ネクストとの接続を外して、足元に置いていたロケットランチャーを持ち上げる。

重さ100kg近いそれはただのロケットランチャーではない。

かつてのアナトリアを消炭の一片すらも残さずに吹き飛ばした超兵器――イェルネフェルト博士が『発掘』した爆弾を発射するものだ。

この大きさでも周囲数十kmに渡って消し飛ばし、自分達もまず死ぬだろう。

 

『かまわん、やれ。マギー』

 

(フィオナ……マグノリア。さよならだな)

旧時代の兵士の自分だが、これまで自分は良く生きた方だ。だがそれでも、娘の成長をもっと見ていたかった。

骨の髄まで戦いの為に改造された男の目から、最期の涙が一滴だけ流れた。

 

『寂しくないよ。すぐに全員そっちに送ってあげるからさ』

リンクスは全員処分する、と言ったが『主任』は今回の作戦でネクスト及びコジマ粒子の技術に関して少しでも知識のある者は全員『処分』するつもりだった。

その知識を『次』に持ちこまれては意味がないのだ。

 

『ま、行ったこと無いからそっちなんてあるか知らないけどねぇ!! ぎゃははははは!!』

 

「!!」

ロケットランチャーを抱えるマグナスがコアから出る前に敵が向かってきた。

しかしその時マグナスは見た。壁が突然崩れて真っ白な機体が飛びこんでくるのを。

確かに、中のリンクスと目が合った。

 

 

(……お前は光……俺は闇……なんでだったのかな)

ルブニールに飛びかかっていく赤い機体の首に手をかけながらガロアは静かに思う。

自分は殺す事しかできない。こんな自分でも愛してくれた人はいた。

だがそれでも、自分が愛した物は皆壊れていく。

 

(お前は生きればいい。……出来る限りはな)

 

ガッシャァアン、と海底都市全体を揺らすような爆音が響き渡る。

一瞬の稲光のようだった。飛び込んだアレフ・ゼロは赤い機体のコアとヘッドの接続部に深々と右手を突き刺して中央の光の柱に自機もろとも叩きつけたのだ。

 

『主任』は全てを見透かしていた。ジョシュアやマグナス含む人類すべての動きを、抵抗を。

ただし、死人の動きはどうしたって見えない。

防御不可能の一撃必殺が突き刺さる。

 

 

「テメぇえええあああああああもう逃がさねええええああああああああ」

静謐で厳格、未来のかかった戦ではなく、全てを焼き尽くすような圧倒的な暴力。

粗にして蛮の原始的極まる攻撃は、しかし極めて効果的だった。

二機が隙を見て攻撃してもびくともしなかった光の柱にひびが入っていく。

それは完璧な王手だった。『主任』が避ければ取られてはいけない駒である光の柱が破壊されることは必至。

しかしこのままでも間違いなくアレフ・ゼロは『主任』ごと光の柱に突っ込んでいくだろう。

 

『なぜ生きて』

問答を投げかけながらも問答無用とばかりにブレードがアレフ・ゼロに向かってくる。

 

これで最後だ、振り絞れ。そう身体中に檄を飛ばし膝蹴りを繰り出す。

 

「ゲブッ……ぐうっ、グぶ、るっ、あ゙っああぁ!!」

悪運尽きたのか、振るわれたブレードへのカウンターとして叩き込んだ膝蹴りは相手の腕をへし折りはしたが、折れた腕についていたブレードがアレフ・ゼロのコアに突き刺さりガロアの左脚を消し飛ばした。

身体の中の血が足りない。呼吸をしようとしたら血が気道を塞いでいた。

スクリーンも砕けており、その向こう側から人体にとって益なはずのない光が入ってくる。だがそれでも相手の姿は見えていた。

ヘッドとヘッドを付き合わせその中身を残った方の目で射抜く。

 

「あるか……?……っぐぶ……あるかだと!!?」

解放されたコジマ粒子が赤い機体の内部に勢いをつけて入り込み敵の内部を次々と食い荒らしていく。

 

「テメェは俺と地獄に行くんだろうがぁッ!!」

身体中の穴から血を噴出するような叫びは敵の中で荒れ狂うコジマ粒子の流れを変えて敵機の両手足を吹き飛ばした。

 

「一緒に確かめに行こうぜえええええゲェあはははははははははは!! ははははははは!!」

笑い声が響き渡り部屋全体に振動が走る。それと同時にアレフ・ゼロが飛び込んできた穴から海水が入ってきた。

 

「あはーっははははははは!! ぎゃあはははははは!!」

塗装が完全に剥げ落ち真っ白になったアレフ・ゼロを、異様な光を放つ紅いカメラアイが周囲を鮮血の色に染め上げた。

この男も王だがガロアも王だった。ただしそれは壊れ行く世界に独り立つ、支配する者すらも誰一人いない王。

崩壊を始めたこの海底都市もガロアの世界だった。そして共に壊れていく。セレンが恐れてガロアが忘れようとしていた獣性が完全にガロアを取りこんだ。

 

(俺が……俺は………)

砕けた歯が覗く口からは血の蒸気が上がり右目がレンジに入れた生卵のように弾け飛んだが、それに押されるようにさらに力を込めたアレフ・ゼロの右手が敵のヘッドとコアの接続部に食いこんでいく。

狂気を含んだ笑い声と共に楽しかった思い出と命が身体中の穴からまろびでて蒸発していく。

何もかもが、自分を愛してくれた思い出が消えていく。強烈な電流がガロアの身体を貫き、抜けずに残っていた髪に火が付いて心臓が強制的に止まった。最早僅かにも命は残っていないだろう。

 

 

身体から離れていく魂が時空を極限まで歪めて泡沫の幻覚を見せてくる。

 

『奴らの望む死に場所をお前なら用意できる! 私がお前を導いてやる!』

 

(……)

 

『示してみろ。君がこの世の何よりも強く、正しいという事を』

 

(……)

 

『この世界が俺たちを見捨てるのなら……俺たちも……この世界を……』

 

(……)

 

(…………)

 

(…………………………)

 

『だから……そう、だから。お前がどう思おうと関係ない。世界中の誰が謗ろうと関係ない! どんな目で見てこようと知るもんか!!』

 

(!)

 

『私がいる! 私がお前のそばにいる! お前は、幸せになっていいんだ』

 

(本当は俺は……)

散々傷つけて嘘をついたな。

 

ごめん。

 

 

 

 

「俺が王だッッ!!!」

 

『……!』

名前すらも誰も知る者がいないその男が遥か過去に忘れた感情――『恐怖』が湧き上がってくる。

逃げることは出来ない。自分をデータにして転送することは出来ても、この場所を破壊されればそれで終わりだ。

そして悪魔は『主任』を確かに掴んでいた。

 

「あ゙あああああああああ!!!」

最後の雄叫びはアレフ・ゼロの背部を吹き飛ばす程の異常な出力のオーバードブーストを起動し、二機は光の柱の中に消えていった。

 


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