Armored Core farbeyond Aleph   作:K-Knot

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選択と答え

連絡のつく全てのリンクスにその状況は伝えられた。

最早かつて争った敵同士などと言っていられない状況だった。

現在地上にある戦力は全て展開され、各コロニーの防衛に回された。

3週間後と言ったがその間も嫌がらせのようにコロニーや施設への攻撃は続いており、探索と調査もままならかった。

 

そんな喧騒から遠く離れたある小さな小さな島にカニスはいた。

ラインアークが企業に対して戦争を始める前にネクストを売っぱらい、今まで稼いだ金で小さいながらも落ち着ける家がついたこの島を買ったのだ。

野菜も十分に取れるし魚も動物もある。船もあるので買いだしも問題なく出来る。

戦争なんか勝手にやっていてくれ、とカニスは日がな一日女を買ったり本を読んだり、時には泳いだりと優雅に過ごしていた。

 

これこそが与えられた才能と特権を賢く使った結果なんだ、とプールで浮かびながら青い空を見て自分に言い聞かせるように考えながらも虚しい感情に苛まれているとき、懐かしい友から連絡が来た。

 

「それ……全部本当か?」

 

『そうだ! だからカニス、』

 

「ほっとけよそんなもん! 逃げちまえ! 戦わないで逃げればネクストなら逃げきれる! 生き残れるだろうが!」

どうしているのだろうか、とは思っていた。馬鹿な夢に殉じる為にカラードを裏切ったと言うところまでは知っていた。

死んでいなくて良かったと思ったが、このままではやはり、どちらにしろ死ぬだろう。

 

『俺はお前の言っていることが分からねえ、カニス』

 

「なんでお前がそこまでするんだ。お前が人々の為に戦ってなんだってんだ。どこまで行っても俺たちは戦争の兵器で普通の人間とは違うし感謝もされない。弱い人間を救ってどうなるんだ? お前が一人助ける間にどれだけの人間が死ぬ? 力があるなら生きる為に使えよ、お前」

 

『違う! ここで戦わなきゃ救われないのは俺なんだ……俺だったんだよカニス! 俺はそうやって俺の為に戦っていたんだ。お前がお前の為に戦うのと同じだったんだ』

 

「お前……」

 

『命をかけるものはあった。俺だった』

 

「知るか!! 大馬鹿野郎が! 勝手にしろ!!」

怒鳴りつけて一方的に電話を切ってしまう。

どうして自分は怒るのだろうか。

 

「……どうすれば救われるかだって……?」

自分の怒りの理由を知っている。

自分の思う通りに、願った通りにならないから怒っている。

なぜ怒るのか。

 

「リンクスは殺されるだと……くそ」

たとえ馬鹿だとしても、自分みたいな賢しいやつよりもああいう奴が力を持った方がいい。そう思っていた。

でもそういう馬鹿は加減を、自分の力を知らないから見誤って死んでしまうんだ。あんなにいい奴でも。

しかしそういう場面で死を覚悟して戦えるような奴だからこそ自分はあいつに死んでほしくないと思っていたのだろう。全く矛盾している。

 

「俺は……お前が羨ましかったんだよ……ダン」

 

ネクストを売り払ってから、一時的な快楽に浸って忘れることは出来ても、

救われた気分になったことなど一度もない。自分の気持ちに正直に動いたことなど一度もないからだ。

いいや、それどころか今までだって一度もなかった。自分の為に戦っていたはずなのに。

ダンの救いが、自分の信じる正義の味方像になる為に戦うことだとしたら自分の救いは?『本当に自分の為に戦うということ』は?

 

絶対に死ぬ、間違っているそんなこと、と言いながら三度ほど壁を殴りつけたカニスは船に乗りこんで乱暴にエンジンをかけた。

 

 

 

意志の力がどれだけ人の身体に作用するのかは分かっていない。

ただ、何らかの形で作用するという事だけしか。

彼にとっては今までの人生で心の中にあった焼け付くような意志こそが良くも悪くもこの現実を引き寄せたものだった。そしてそれは今も変わらない。

 

「ぐ、ふ……う……!」

 

「……」

以前はたった数口しか食べなかった粥を何度も吐きだしながらももう三回もお代わりをしてどんどん口に入れていっている。飲みこむのも辛いのであろうに。

腹が減ったからもっと寄越せという主張にセレンが否定することも出来るはずも無く、ただ口に運んでいく。

 

「ふーっ……ふーっ……、……!」

身体が動いたのならば今すぐにでも飛び起きて走り出して行ってしまいそうな顔をしている。

開かれた目は白濁としながらもバチバチと電気が迸り火が付くのではと思えるほど強烈な意志が宿っている。

信じられないことだが、ただ漫然と死に向かっていくだけだったガロアがゆっくりとではあるが回復しつつあった。

無論全快にはほど遠いし、五感のうち四つが潰れているという状態自体は変わっていないが、自力で身体を起こせるようになってしまった。

だがその姿は回復というよりも残り少ない寿命を全て今につぎ込んでいるといった感じだった。

 

「もうやめて」

とうとうセレンは口に運ぶスプーンを止めてしまった。

生きようとするならいい。諸手をあげて喜ぶべき事だ。

だがこれは、もう誰がどう見ても戦いに赴くために無理やりに回復しようとしている。

言い換えれば、死ぬ為に生きようとしている。馬鹿げている。

 

「……、う……!」

 

「あっ」

手を動かすのをやめた自分とは逆に手探りで皿を掴んだガロアはそのままひったくって犬のように口からむかえに行って食い始めた。

このまま体力が回復してその場から動けるようにでもなったらガロアは文字通り、身体を引きずりながらでも戦場へと向かうだろう。

 

「お願いだから……どこにも行かないでくれ」

もちろん、聞こえていない。だが結局変わらないのだろう。

ガロアが今まで自分のそんな願いを聞いてくれたことなど一度も無いのだから。

自分にできることはどこかに行ってしまわないように縛りつけてしまうか、食事を与えないか。

どちらも残酷でどちらもやりたくない。ただ生きてそばにいてほしい、それだけなのにどうして世界もガロア自身も許してくれないのか。

溢れる感情を抑えられずにやせ細った身体を抱き寄せると器が小さく音を立てて落ちた。

 

「……」

しんしんと泣くセレンの声も聞こえない、姿も見えない中でガロアはただ一つだけ感じていた。

自分はやはり人を幸せになど出来ないと。出来ることはただ戦うだけだと。

 

 

 

 

 

「おかえり、ウィンディー。疲れていると思うけど……あと少ししたらヨーロッパに向かって。未確認機の情報があるの」

 

「分かった。弾薬を補給したらすぐに向かう」

先に見えない戦いを繰り返している。眠っているとき以外は常にパイロットスーツのままだ。

レイラの持ってきてくれた水を飲んで一息つくが、本音を……いや、わがままを言うのならば家に帰って広いベッドの上でぐっすり眠りたい。

カンナで削る様に出撃、帰還が繰り返されているこの場所に新たにヘリが降りてきた。

もう誰がどこにいるのかすら把握できていない。

と、思ったら中から出てきたのは会ったことの無い黒髪の女だった。どこかで見たような顔だが、はてどこで見たのだったか。

 

「ミド……?」

 

「え?」

レイラがその声をあげるのと、その黒髪の女がこちらに気が付くのは同時だった。

 

「セーラ……? 生きていたの!?」

 

「あ……ミ、ド……どうして……」

 

「! 記憶が……」

そうだ。あの女、どこかで見たと思ったら前時代のリンクス、ミド・アウリエルだ。

とっくに引退していたはずなのにどこからか引っ張ってこられたのか。

だがそれより大事なのはどういうことか、この女を見てレイラが、いやセーラの記憶が戻ってしまったということだ。

記憶喪失という物はどんなことがきっかけとなって記憶が戻るのかは分からないがまさかここで戻るとは。

 

「その仮面はどうしたの? 死んだって聞いていたのに」

 

「あ、その……これは……」

 

「待て。あなたは一体……?」

割りこんだ自分に一瞬疑問を抱いたような顔をしたが、自分の格好を見てすぐに合点が行ったように口を開いた。

 

「レオーネのリンクス? 私はこの子と同じ養成所にいたの。もう10年以上前の話だけど……新人の育成にでも回っていたの?」

 

「私……」

多大な勘違いをしているがそれ以上に、記憶が戻ってしまったセーラの方が心配だ。

どうにかこの場の進行をストップして、セーラのフォローに回れないかと思った時。

 

「久しぶりだ。ミド・アウリエル」

 

「!……相変わらず……年をとらないのね」

タイミングがいいんだか悪いんだか、やってきたアナトリアの傭兵が割り込んで会話をぶった切ってしまった。

 

「診てもらいたい患者がいる。それは道中話す。来てくれないか」

 

(患者?)

この女はリンクスじゃなかったのか?という考えと、患者とはあのガロア・A・ヴェデットのことだろうか?という考えが同時に出てウィンは一瞬思考が麻痺してしまった。

 

「……。またあとでお話ししましょう」

 

「う、うん」

 

「……大丈夫か? あー……」

アナトリアの傭兵とともに歩いて行ってしまうミドの背中を見ながら、さてどう呼ぶべきなのだろうかと迷っていると先に口を開いたのはセーラの方だった。

 

「ウィンディー! 思いだした、思いだしたの!」

 

「ああ、うん、分かるよ。大丈夫」

 

「違う! そうじゃなくて、まだ生きているのよ!!」

 

「んん?」

まるで自分の記憶がなくなっていた事、取り戻したことなど大した問題では無いと言わんばかりに何かを伝えようとしてくる。

しかし、生きているとは何の事だろう。

 

「延々とクローンによって増え続ける……だからカリオン(細胞核)」

 

「は?」

 

「カリオンと永遠に結ばれた女……だから『ミセス』・テレジア。まだいる、まだまだいるのよ。あいつは死んでいない!」

 

「……!」

ようやく理解したそれは絶望を上塗りするような情報だった。

ガロアと自分、二機がかりで苦戦したあの異様なネクストがまだ……どころか、まだまだいるという。

とにもかくにもここで泣いても笑っても何も変わらない。

記憶を取り戻したセーラの肩を抱いてウィンは一度部屋へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで? 患者って?」

 

「子供だ。まだ18なのに、死にかけている」

並んで歩く二人は年が10は違うのだが、マグナスの方が若く見える。

昔は何とも思わなかったが見た目の上で年をとらないのはやはり女として羨ましいとミドは思った。

 

「なぜ?」

 

「コジマ汚染で触覚以外の五感と運動神経を潰された」

 

「……残念だけど、そうなったら手は……」

 

「いや。あの少年はこの世界でも他に無い程のAMS適性がある」

 

「! リンクス……その子……?」

 

「そうだ。金はあるはずだ。なんなら俺が」

 

「お金はいりません。お金なら、腐る程あるから」

なるほど、それだけ言うAMS適性があるのならば時間をかければ治せないことも無いだろう。

だが、その前に聞かなくてはならないことがある。

 

「では何を?」

 

「どういう人か教えてほしい」

 

「…………純粋、なんだろう。少なくとも俺の目にはそう映った。誰よりも強いリンクスだった。それが仇となり、一番に狙われてしまった。そういえば、何故君はコロニーからいなくなった?」

 

「下半身が動かなくなって、AMS適性を失う代わりにまた動くようになったけど私はリンクスじゃなくなった」

 

「それで医者になろうとしたのか」

 

「そう。で、リンクスを辞めて分かったのよ。私は……正しい人間が力を持てば世界はいい方向に変わると思っていた。でもそれは違った。とても愚かしい考え」

 

「……?」

 

「人間なのに、獣みたいに争って。どう理由をつけたって、結局その本質は自分にとって都合の悪い人間を消しているだけ。企業の命令で戦ってきたけど、私は誰を救ったんだろう、って」

 

「……」

 

「あなたが奥さんと故郷を守るために戦ったことは否定しない。例え、世界をこんな状況にしたのがあなただとしても。でもその子の治療をするかどうかは私が決める」

 

「基準は?」

 

「その子を大切に思っている誰かがいるなら、その子が大切に思っている誰かがいるなら、治療する価値はある。力だけが増長した獣なら私はただ帰るだけ」

ミドがそこまでを淡々と言った時、マグナスは静かに笑った。

 

「なら、彼のいる部屋に行くといい。きっと君はその子を治療する」

 

「?」

よく分からなかったが、関係ない。

救う価値があるならば救えるだけ救う。それだけだ。

 

ゴミだめのようになってしまった地球で救いようのないように見える人々。

何の利益にも得にもなりやしない、そんなことを分かっていながらもミドは病にあえぐ人々を無償で救い続けた。

その時の笑顔、感謝、そして、

 

『あなたにまた会いたい』

 

というその言葉。きっとどんな物よりも価値があると思っている。

 

こんな世界でも人間を信じていたいのならばこの手で人を殺めるよりも治す方がきっと前に進める。

それでも自分が殺した人間の数の方が多いのかもしれないが、少なくともこの何年かで沢山の感謝を貰ってきた。

それは自分がリンクスをやっているとき、ついに一回も貰えなかったものだった。

 

 

 

 

今は眠っている。

だが目が覚めればまた食事を要求するのだろう。

どうしてこんなに戦いたがるんだろう。どうして自分は止められないのだろう。

自分が非力なのか、ガロアの意志が強すぎるのか。いや、それは簡単だ。

ガロアは強すぎる。身体能力やAMS適性の以前に、ガロアは怪物と言っても間違いない精神力を持っていた。心の強さが人間の強さなら、人間を怪物にするのも心だった。

でももう身体がついていっていない。ガロアの人生に、もう少しだけでも誰かに甘えられる優しい時間があったのならば何かが違ったかもしれないのに。

未来のことを何も考えないまま眠っているガロアの手を握っているとノックが聞こえた。

 

「誰だ」

 

「ガロア・A・ヴェデットさんはここにいますか?」

そう言って入ってきた女はだいぶ日焼けしているが、とりあえず黄色人種なのだと分かった。

中国大陸が工場のガスとコジマ汚染のダブルパンチで人が住めなくなり、イエローといえば日本以外にほとんどいなくなった今、こんなところで黄色人種に会うとは珍しい。

 

「何の用だ?」

知らない人物を部屋にあげてしまったという愚に気が付き、そっと腰の銃に手を伸ばす。

しかしその女はどこかで見たような顔でもあった。

 

「医者です。そちらがヴェデットさん?」

 

「!……そうだ」

 

「あなたは?」

 

「家族だ」

 

「……」

間髪入れずに答えたセレンの事をじっと見るミド。

ミドからはどう見たってこの二人の血が繋がっているようには見えなかった。

辺りの様子や、この女性の様子を見るに、ずっとそばにいたのだろうというのは分かった。

あの時のマグナスの言葉の意味が分かった。

この女性にとってこの少年はきっと何よりも大切なのだろうということも。

 

「私は、AMSについての知識があります」

 

「!!」

 

「その子を治療します。病院に行く準備をしてください」

 

「……分かった」

なんということだ。ガロアが命を手放そうとしているときは何も無かったのに、戦おうという意志を見せた途端にこれだ。

まるでガロアの意志が戦いの運命を引きつけてしまっているかのよう。いや、ガロアが戦う為に生まれた存在なのだと言ってもいいかもしれない。

それでも、治療の目途があるというのならば、その言葉を断る理由はなかった。

 

 

高いAMS適性がある、と言われても具体的に知らなかったミドは病院で改めてその検査をした。

途轍もない、少なくとも自分のAMS適性が塵のように思えてしまう程、化け物染みたAMS適性だった。

まだ18歳の子供にこんな能力が宿っているということ自体が恐ろしいことのようにも思えた。

 

(この子……どこかで……?)

ミドは検査の間ずっと気になっていた。

この顔に見覚えがある。そんなはずはないし、検査には関係のないことだからとりあえず気にしないことにした。

いずれこの少年が話せる様になったらどこかであったことがないか聞いてみようと思った。

 

だがもし聞けたとしても結局分からないだろう。

ミドがかなり昔に大学に在籍していた頃、自分と同じく飛び級を重ねていた少女がいた。

名前すらも知らなかったが一回り以上大きな人間が自分の周りにいる中で、お互いに自分と同じ子供が大学にいるということだけは認識していたのだ。

ソフィー・スティルチェスと生き写しのガロアの顔に既視感があっても、その点と点を結ぶことは出来ないだろう。

 

 

 

 

 

「一通り、検査は終わりました。それで……」

 

「待ってくれ。見覚えがあると思ったら……ミド・アウリエル。あなたはリンクスだな」

セレンはミドを知っていたがどこで見たのだろうと散々考えた後に名前を言われてようやく思いだした。

昔覚えさせられたリンクスの名前と顔。その中にあったものと似ている。言ってしまってはなんだが、シミュレーションの上では大して強く無かったから記憶にも残っていなかった。

 

「!……どうして? ジャックが見えた?」

 

「私もリンクスだからだ」

 

「……そう。でも今は医者です。説明を始めても?」

そう言われて渡されたカルテはよく分からない部分が多かったが、やはりというか退院した時よりも回復していた。

その分寿命を縮めているのだとしたら喜びにくい。だがそれよりも気になる部分があった。

 

(……!! なんだ!? どうなっている!?)

最後にガロアのAMS適性を見たのはいつだったか。というか一度しか見ていない。ガロアの首にジャックを取り付けた時だけだ。

その時も異常な数値だったのにさらにそこから倍近く跳ね上がっている。想像の力が直結するというCUBEの言葉が思いだされる。

 

(何を考えている……? ガロア……)

ベッドの上で麻酔をかけられ静かに寝ているガロアの顔を不安げに見る。

何を考えているかなんて、知っている。

 

「途轍もないAMS適性……それでも、全身と五感となると、全てのAMS適性と引き換えになります」

 

「!」

ミドは重々しく言ったが、セレンにとってそれは意外な吉報だった。

ガロアの意志的に、そして運命的に、身体が動いたらネクストに乗るためにAMS適性が上がってしまったと思ったのだが。

 

「だからもう」

 

「いいんだ。ガロアはもう戦わないから」

 

「……。そうですか。工程を分けて、手術には二週間かかります。私にしか出来ないから。暫くは外からの刺激に対してどういう反応をするか見なくてはいけないから面会謝絶になります。それと……」

 

「それと?」

 

「普通に生活できるようになるには時間がかかります。これからネクストに慣れるのと同じぐらいの時間で視力も聴力も回復していきます。それでも、最初は小さなラジコンを動かす事から訓練を始めたでしょう? それと同じで、まともに身体を動かせるようになるには……才能と努力次第です」

 

「……」

恐らく、ガロアならば立って歩く様になるまで一カ月もかからないだろう。最初の訓練の時点でその辺を五段飛ばしくらいで進んでしまったのだから。

戦争の開始まであと三週間という事実がちらりと頭を掠めたがそれは無視した。

 

「でも、何年生きれるかについては……保証できません。普通にネクストに乗っていたらここまで酷い汚染には……」

ああ、やっぱりだ。そこはAMS適性とは関係のない部分なのだから仕方が無いといえば仕方が無いことなのだ。

そして思いだした。最近のガロアの姿の印象が強すぎですっかり忘れてしまっていたが、医者からもう今月いっぱいなのだと宣告されていた。

 

「……。それでも……ガロアにもう一度、この世界に戻ってきてほしい」

結局自分の事になってしまう。もう一度自分を見てほしい。もう一度自分の声を聞いてほしい。

もう一度、片腕でもいいから抱きしめてほしい、と。

 

「……汚染が少なければ死ぬまでなんの症状も出ない人もいます。汚染が重くなればなるほど、症状が出るまでの時間が短くなって重さが酷くなる。だから重度汚染区域ではすぐに死ぬ」

 

「……?」

 

「言い換えればこの地球にいる人はもうみんな汚染されている。体内に多かれ少なかれコジマ粒子が蓄積してしまっている。自分の寿命が先か、毒されるのが先か……」

 

「……」

企業がなんとしても地球から逃げたがった訳だ。

置いてきぼりというよりも、これはもう静かな大量殺人に近い。

 

「ただ、担当医の言っていた、今月いっぱいってことに関しては無いって言いきれます」

 

「え?」

 

「多分栄養状態や睡眠不足による衰弱からの判断なのでしょうけど……医者という立場を抜きにして言わせてもらうと、こんなに生きる意志に溢れている人は見た事ありません」

確かに食事を無理にでも食べているし、顔に今日を生きる意思が戻っていた。

 

 

『必ず、戦いに戻るから』

 

(……!)

あれは寝言うわごとの類だと信じたい。だが……

 

「それにこのAMS適性の高さ……世界がこの子にまだ生きろと言っているみたいです」

常にガロアに対して残酷だったこの世界がガロアを生かそうとすること。それが何を意味するのかと考えた時、いい想像は出来なかった。

だがそれでも自分はガロアにどうしてもまた普通に動ける様になってほしかった。

よろしくお願いします、と。セレンは生まれて初めて心から人に頭を下げた。

 

 

 

 

 

アルテリアに押し寄せる怒涛の攻撃はその地に一切の生の存在を許さない。

開戦が3週間後となっていたが、今がこれなのにもし始まったらどうなるのだろうか。

 

『やっとわかってきたな……奴らの行動パターン』

 

「ええ、明らかに弱っている方を優先している」

トーティエントからの通信に答えながらスナイパーライフルの引き金を引いたら弾が出なかった。

もうそんなに撃ったか、と毒づきながら敵に投げつける。

 

特攻兵器と奇妙なノーマルに襲撃されているアルテリアに鎧土竜とグレイグルームが到着した途端、基地に攻撃していた全ての機体がこちらにターゲットを変えた。

そこにあるのは分かりやすいぐらいの殺意。強いものではなく、弱っている者から順に殺していくという簡潔さ。

リンクスは全員処分すると言っていたがなるほど、その手段は実に効率的だ。

 

『弾は?』

ここから二人が生きて帰ることは出来ないだろう。

 

「ありません。切れました」

弱っている方、APの低い方を追ってくるからだ。つまり一緒に逃げれば逃げ切れない。

どちらかが必ず追われる。

 

『アサルトアーマーだけか……』

 

「そうなりますね」

といっても鎧土竜のアサルトアーマーは選択肢の一つとは言い難い。

苦手な接近戦に対する補助的な役割の方が強いし何より慣れていない。

 

『海から、それも太平洋からだ』

今まで散々神出鬼没のこの機体たちに遅れをとっていたのはその言葉通り、どこから来ていたか分からなかったからだ。

ようやく分かった。今も二人の目の前で海から次々と出てきている。中に人間がいないとなれば確かに完全な密封も出来るだろう。

海中での戦闘を考慮しないのならばなおさらだ。これを伝えなくてはならない。

 

「……」

だが……通信が出来ない。今までの襲撃でほとんど情報が集まらなかったのはそういうことなのだろう。

ECMの濃度も異常だが、あらゆる通信が妨害されており、同じ戦場に立つグレイグルームからの通信もブツブツとノイズが混じっている。

奇襲をかけて通信をさせずに全滅させてきたのだろう。きっと知らないだけで既に潰されているコロニーや街もあるかもしれない。

 

『聞け、PQ』

 

「え?」

このまま行くとどちらも死ぬ。どっちが早いかの違いはあるだろうが、と淡々と想像して目を細めているとトーティエントからの通信が入った。

目を向けるとグレイグルームを覆うPAの濃度がどんどん上がっていっていた。

 

『人生は選択の連続だ。よく言われていることだな』

 

「何をしているのです?」

 

『だが、それが選択の時だというのはその時では分からないし、どれが正解でどれが間違いかも分からない。分かるのはずっと後になってからだ』

 

「あなた……リミッターを……」

ORCAのネクストは企業から買うものとはまた違う改造が施してある。

自爆機能や鎧土竜の地中潜航機能もそうだ。そしてグレイグルームに施された改造は内側からの操作でKP出力のリミッターを解除することだった。

だが当然、中身も無事では済まない。

 

『俺は17で淫売の母と飲んだくれの父の元を去った。リンクスとなりどんどん腕を上げた俺は20代で億万長者だ。26の時は馬鹿でかい家も買ったし、ある夜には別荘で10代の女の子三人と車が買えるくらいの値段の酒を浴びる程飲みながら一晩中遊んだ。その時は思ったもんだ。同年代の誰よりも成功している俺は誰よりも正解の選択を選び続けたのだと』

 

「私とあなたはそこまで親しい友人でもないでしょう? 馬鹿な真似はやめてください」

だがそれは正しい選択に思える。少なくとも今は。

この場でアサルトアーマーが主力のグレイグルームが囮として残り、地中に潜れる鎧土竜が逃げた方が格段に生き延びる確率は違うだろう。

 

『……そしてそれから一年後のことだ。コジマ汚染に蝕まれた身体に異変が起きたのはな。30になる前に髪も抜けて顔もボロボロ、おまけに40までは決して生きられないと言われた。どう考えても俺は選択を間違えたと思った』

 

「正解か間違いかなんて……」

そう、誰にも分からない。良かれと思ってしたことが悪い方向に転がることもあるし、なんとなく蹴った石に偶然当たってしまった人がそのおかげで突っ込んでくる車から逃れることもあるだろう。

分からないのだ。

 

『それからどれだけ経った時だったか……お前達ORCA旅団に誘われたのは。人生がどうでもよくなっていた俺はあっさりとお前達の仲間になった。自暴自棄になることで見えてくるものもある』

 

「……、何が言いたいのです?」

 

『俺の最後の選択が正解だったのか間違いだったのか。それを決めるのはお前だ、PQ。最後の最後、死ぬ間際で正解だと思えたのならば! 今までの人生全てが正解になる』

 

「……」

 

『このまま二人とも死ぬのは間違いだろう? お前は何がしたかったんだ、教えてくれ』

そう言いながら敵機の群れの中心でアサルトアーマーを連発するグレイグルームのAPは既に鎧土竜よりも低い。

 

「支配力の落ちた企業からオーストラリアのある土地を買い上げることでした。金と力だけでは足りなかったのです。馬鹿馬鹿しいと思いますよね」

 

『そうか……いつか正解だと思える道を選び取れ』

 

「あなたはそれでいいのですか? トーティエント」

 

『俺の名前はタオ・ミン。……覚えておいてくれ』

 

「……!」

その言葉を聞いて頷いたPQは一つ息を吐いたあと、地面に穴を空け始めた。

 

『行け! そして伝えろ。奴らは海から来る。太平洋だ!!』

 

最後の通信は届いたかは定かでは無い。

既に鎧土竜は地中深くに消えていた。

 

「一流は正解を選択し続けた者だと思っていたがな……ふん」

正解も間違いも選んできた『今日』は、どんな『明日』を作るのだろう。

グレイグルームが放ったアサルトアーマーは一際強い光と共に敵機を破壊した。

 

 

 

 

 

 

 

「海か……」

 

「太平洋からです。ただし、海中を移動することを考えれば一概には言いきれませんが」

PQの捲し立てるような言葉にジュリアスがポツリと反応しながらそっと自分の腹に触れるのをウィンは見逃さなかった。

死の後には生があるのがこの世の常で、誕生は希望だからこそ人は絶望的な状況にも立ち向かっていけるのだろう。

父も母も空の彼方へと行ってしまったが、今はレイラがいる。自分には誕生の希望というのは訪れることがないのは理解しているが、希望という物は理解していた。

 

「確かに、中身が人間でないのならば完全に密封してよいのだからな。海中ならばどちらにしろ戦闘がないのだから気密性を気にしなくてもよい」

 

「そうだ! 確かに俺たちが南極基地で襲われた時、こいつらは濡れていた! 空中のレーダーにもかからないでいきなり現れたのはそういうことか!?」

メルツェルの言葉にダンも早口で言葉を並べる。二人とも疲労の色は濃い。

戦場で戦士だけが戦うのならば、休む時間はある。だがこの地上に生きる全ての人間が、非力な一般人までもが巻き込まれて行くのならば休息は無い。

 

「コジマ汚染区域から……恐らくは無人のトラックが何台も走ってくるのを見た事がある」

もう何か月も前の話だ。

自分は確かあの時オッツダルヴァの生い立ちを調べていたのだっけ、とまだ何も起こっていなかったあの時を懐かしく思う。

 

「俺は行けるぜ!! メルツェル!!」

 

「やめろ。危険すぎる。何よりも、叩くべき頭を潰さなければこの戦いは終わらない」

そもそもがヴァオーの駆るタンクでは突入は出来てもまず生きて帰ってこれない。

それは他の機体でも同じだが、そんな場所に行くのは無駄死にと変わらない。藪蛇になりかねないのだ。

 

「なるほど……そもそも汚染されている場所は戦闘があった場所だ。そして戦闘があった場所というのは大抵は資源を巡って争っていた場所だ。そこから資源を回収し、海底で悠々と作っていたということか」

ウィンをはじめとして賢い面々は既に気が付いているようだった。この情報は益か害かで言えば益だ。

しかし絶望を煽る情報でもあった。

 

「だが地球の表面積の7割は海なのだ。太平洋と一言で言っても……海はつながっているのだぞ……」

海から来ていると分かっても、それをどうするのか。

海の中を探し回るのか。この広い海で?見つけたとして生きて帰ってこれるのか、そもそもどうやって戦うのか。

ますます敵の規模も技術も分からなくなってしまった。

 

(辛いだろうな)

会話したこともないジュリアスがほんの少しだけ顔を暗くしながら(元々明るいとは言えない顔だが)、腹をさするのを見てウィンは一口水を飲んだ。

どこからおかしくなったのだろうか、と考えるとやはりガロアが戦闘不能になった時からだろう。

誰にもなびかない、誰にも頼らない、孤高の強さを持っていたあの少年は紛れもない『キング』だったのだ。

彼がまだ戦えていたのなら、恐らくは平気な顔をしながら今も戦場で黒い疾風と化して敵を切り裂いていたに違いない。そしてその姿は優しい言葉なんかよりは余程励ましになったはずだ。

ORCA旅団も自分も、ガロアのぶっちぎりの強さを知っていたからこそ、その『キング』がとられた今、煙のように絡みつく絶望に取りこまれてしまっていた。

 

 

トーティエントの選択は正解となるときは来るのだろうか。それは誰にも分からないし、正解かどうかも誰が決めるのかも分からない。

少なくとも、PQは生き残った。PQは自分が生き残ったことを正解だと思える日が来るのだろうか。

 

最後の戦いまであと一日。

青空の中のやたらと大きく見える太陽が不安を駆り立てる午後、一機のヘリがラインアークの領域に入ってきた。

二人の男がそこにはいたが、武器は携帯しておらず抵抗もせずに拘束を受け入れた。

一人の男は鼻水を垂らしながら『どうしてこんなことに……』とぶつぶつ言っているだけだったが、もう一人の男の方が奇妙な要求をしてきた。

アナトリアの傭兵に会わせろ、と。

 

 

 

 

手錠をされた手に荷物を持って部屋に入ってきた男は、すらっとした長身のハンサムな男だったが、

その釣り上がった細い目からは強い猜疑心が現れているように感じられた。

ジョシュアもマグナスも同じ感想だった。

 

「……俺が『アナトリアの傭兵』だ」

 

「!? 見えねえな」

自らそう名乗る回数は多く無かったが、その反応はみんな大体同じだった。

最初から看破してきたのは思えばあの少年だけだ。

 

「名前は?」

 

「トラセンドのリンクス、って言えば分かるか? 名前よりそっちの方がいいだろ」

 

(! セレン・ヘイズには絶対に会わせるな)

 

(分かっている)

即座に耳打ちしてきたジョシュアの声に静かに答える。

問答無用で殺されるだろう。

 

「何の用で来た? 今がどういう状況か分かっているのか?」

 

「あのガキは……ガロア・A・ヴェデットは生きてんのか?……どうでもいいけどな」

 

「……」

 

「あの時……やられた俺は海の底で三日間……くらいかな。生きていた」

 

((!))

 

「夢でも見てんのかと思った。海底都市……って言えばいいのか。そんな感じの何かがあった。そしてそこから件の兵器共が湧き出てくるのを見ていた」

 

(……まさか)

先日のPQからの報告がなければ信じられなかったであろう情報。

このタイミングで来るのもこの男がそこから生還したのも奇跡としか言いようがない。

 

「位置情報と映像記録だ」

ぽいっと机の上に投げられた鞄からは機械がぶつかる音がした。

 

「あんときの作戦にほとんどつぎ込んだからカラードにはろくな戦力は残っちゃいない。残っている連中も各コロニーの防衛に努めるからどちらにしろ協力も出来ねえ」

 

「攻めるのはあんたたちの誰かだ。オッツダルヴァでも、リリウム・ウォルコットでも、アナトリアの傭兵……あんたでもいい」

 

「見返りに何が欲しい?」

 

「別にいらねえよ」

 

「何?」

 

「これで敵が勝っちまったら金も土地もこれっぽちも意味がねえ」

 

「なら何故わざわざここまで来た?」

合理的に淡々と質問を返すマグナスに対してダリオが返した言葉は、最初の印象からは最も遠い物だった。

 

「子供がいるんだ。そんだけだ」

 

そう言ったダリオは滞在時間僅か20分でパッチのケツを蹴ってヘリに乗り、さっさと帰ってしまった。

 

 

 

やることは決まった。

 

問題は誰が行くのか、だ。この限りなく生き残る確率の低い作戦に。

 

行くなら俺たちしかいないだろう、と前時代最強の二人のリンクスは頷き合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

テレジア

 

身長 159㎝ 体重 50kg

 

 

出身 イギリス

 

※あくまでオリジナル・テレジアのもの

 

 

 

 

リンクして戦っていくうちに完全に意識がネクストに吸い取られてしまった女性リンクス。

ネクストに送られる単純な命令を徹底的にこなし、ネクストに接続されたどんな兵器も扱えるが、テレジア自身は食事の経口摂取も排泄すらも自分一人では出来ないただの『生きた燃料』状態となった。

 

クローンで生成された彼女ですらも、AMSの有無に関わらず、リンクした瞬間に完全に同化し、全テレジア間で記憶の共有が出来るようになる。

極々一部の者しか彼女の正体を知らないが、誰もがこれを神の領域と呼んだ。

カリオンと結ばれた、という意味で『ミセス』と呼ばれている。

教育をしなくてもカリオンと接続したらオリジナルの状態(正気では無いが)に戻るため、まともに教育もされず、一日三度の飯と一週間に二度の風呂以外は完全に放っておかれているという。

 

同時に何人でも動かせるが、コストと倫理上の問題で表立って派手に使われることは無かったが……。

現在も地球上のどこかで企業に置いてけぼりにされたテレジアが何十人と生きており、その権限は全て『主任』が握ってしまった。

 

 

 

趣味

???

???

 

好きなもの

???

???

 

 

 

 

タオ・ミン(トーティエント)

 

身長 174cm 体重57kg

 

 

出身 北朝鮮(拉致被害者の子孫)

 

 

17歳の頃、周りに文句を言い続けるだけの祖国と家族に嫌気がさして脱北。

その後各国を放浪した彼はアクアビットに入り、後にトーラスから出て独立傭兵のリンクスとなる。

優秀なリンクスだった彼はみるみるうちにカラードのランク一桁にまで食いこんだ。

グレイグルームがあまり弾薬費などがかからない機体ということもありかなりの大金持ちになって贅の限りを尽くしていた。

だが、元々個人差のあるコジマへの耐性だが、彼は特に弱かったのかあっと言う間に身体はボロボロになった。

自暴自棄になっていた時にメルツェルに誘われORCAに入る。

 

一人で国を捨て生きてきた経験が示しているが、かなりタフな人物である。しかし、もうすぐ死ぬということにだけはどうしようもなく耐えられなかったようだ。

だがORCAルートでの描写や命を捨ててPQを助けたことからも分かる通り、本来は情に溢れた人物でもあり、今となっては色々あったがORCAに入って良かったと思っていた。彼はここに死に場所を見つけに来たのだ。

 

彼の死に対してORCAの面々は様々な反応をしたが、一番その死を悼んだのはネオニダスであり、『彼の心の故郷はどこだったのだろうか?』と考えている。

 

ちなみにカミソリジョニーと知り合いではあるが正体は知らない。

 

趣味

ミキサーで自分だけのジュースを作ること

携帯ゲームで育てている電子モンスターの世話

 

好きなもの

あっさりした食事

Deep Purpleのアルバム『Machine Head』


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