して。
朝は九時、総一郎は川神駅ではなく島津寮の前で人を待っていた。
待ち人は総一郎の父である塚原信一郎と妹である塚原水脈、そして「カガ」と呼ばれる
三人。祖父である純一郎は家預かりの為随行していない。
川神駅にて待つことをしない、つまり信一郎は京都から川神まで車で来るということだ、
京都から川神までおよそ五時間。総一郎が島津寮前で待っているのはもうすぐここにくる
からだろう、時間を遡ればわかることだが、この時間に到着するためには四時前に出立し
なければならない。新幹線ならば三時間ほどであるのにも関わらず、塚原家一行は何故か
車を選択した。
大和もそれに疑問を呈した。キャップは「それの方が楽しいだろ!」なんて言うけれど
も四時前に出立するならば起床は三時ほどになるだろうか。
その答えは。
「俺の父親は車好き、そして塚原家にとって三時という時間は酷い苦ではないのだよ」
さすが武士の家系――と、大和は言う。
勿論、嘘だ。
朝練というものは確かにあるけれども、朝の三時に起きて素振りをする者は塚原家に
いない。純一郎と信一郎が偶々起きるのが早かったからという理由でするくらいだろう。
しかし総一郎はそうでもない。
彼は朝早く起きて山に行くのだ、そして釣りをする、走る、泳ぐ、食べる。これらをす
るために彼は朝の三時に良く起床する、こちらでは一度も起きたことは無いが。
信一郎が車好きだということだけ事実である。それについてくる水脈もドライブを苦に
ない性格だ。総一郎も車ではないがバイクが好みだった、家系的な所で車好きなのかもしれない。
すると総一郎の後ろからドアをスライドする音が聞こえ、続いて人の声が聞こえた。起床した寝起きの大和と京だった。
「……おはよう」
「どもども」
「お、わざわざ起きてくれたのか、昨日の夜は大変だったようだけど」
大した言葉を交わすことなく京はその言葉だけに反応するように体を震わせた。
「そうなの、昨日は凄い乱れちゃった……だって大和があんなことやこんなことをしてくるんだもん」
わざとらしい表情と仕草で総一郎は大和に視線を送った、焦りだした大和に追い打ちをかけるように源さんが外にやってくる、それと同時に総一郎が言った。
「え!? ついに京と大和は結ばれたのか!」
「そうだよ!」
京はただ同意した。
しかし効果は覿面だ、源さんは大和と京を交互に見てゆっくりと寮に戻りドアを閉めた。そこで固まっていた大和は事の重大さに気付いて、総一郎に抗議しながら大急ぎで源さんを追いかけるのだった。
二人は悪い笑みを浮かべながら拳を合わせるのだった。まるで悪代官と癒着した商人のようである。
十分ほどで大和は帰って来た。散々怒られはしたものの、総一郎に悪びれる様子は無く「俺は信念に従ったままだ!」と訳の分からない言い訳に大和もそれ以上いうことは無かった。
夏にはまだ遠いが肌寒さはもうない、かといって照りかえる暑さもなく、三人は薄着で塚原家一行を雑談交じりに待つ。
頻りに時計を見ている総一郎は言った。
「そろそろだな」
その十秒後、九時半ちょうどに白いバンが島津寮に到着する。少しスピードを出していたのか停止するときに少しスリップしていた。
そして後部座席のドアが開いた。
「うう、吐きそう……」
「最高にpunkだったぜ!」
姿を見せたのは袴姿の優男そうな少年と所謂パンクロックで髪の色が四色の斑になっている少女だった。そして反対側から少し老けていて、髭が薄ら生えている男が姿を現した。
「やあ、総一郎」
「おう、親父」
その親子の会話はそれだけ。
大和はそれに気づかないで総一郎へ一つの質問を投げかけた。
「なあ、総一」
「どうした」
「ど……どっちが妹だ」
「左かな?」
と、総一郎は左を指さした。その先には黒く、刺々しい少女がいる。
大和は天を見上げていた。
「あ、兄ちゃん!」
「おう、相変わらずイカした格好だな」
「でしょ! 折角こっちに来るから新しいの買ってきちゃった!」
言動と、兄に抱き付く行動こそ妹らしく可愛いと言えるが、服装はゲテモノと言わざる格好だった。大和曰く、顔は良い。
「ご無沙汰です」
水脈の隣にいる少年は総一郎に声を掛けた。歳はそう変わらないが、総一郎に対して深く頭を下げた。総一郎も微笑んで軽く返事をするだけで、二人の間に何か関係があるように匂わせるやり取りだった。
信一郎はそこで総一郎の隣にいる大和と京に気が付く。
「おや、お友達かね」
「ああ、同じ寮生でクラスメイトの直江大和、直江京だ」
「そうか、いつも総一郎がお世話になっているね」
信一郎は頭を下げて一瞥した。
「いえいえ、こちらこそ、総一郎君のおかげで毎日が楽しいです。それとこいつは――」
「どうも、直江京です。実は大和の妻――」
「ちがーう!」
慌てて大和は京の口を両手で塞ぐ。信一郎は「何事か」と思ったのか、総一郎に視線を向けるが、総一郎は笑うだけだった。
大和は塞いでいた手を逃げるように離した、服で手を拭いているところを見る限りどうやら京はここぞとばかりに大和の手を舐め回したようだ。心なしか顔がうっとりしている。
改めて京が本名を名乗ると、信一郎は興味を示した。椎名性を名乗るものがこの川神に居るのだから勘づいてもおかしくはない。
話が盛り上がりそうになるが、総一郎は「ここで話しても仕方がない」と言って島津寮に三人を招き入れた。
京と信一郎の話は他愛のないもので終わり、信一郎は寮母の島津麗子へ挨拶をしにいった。騒がしいのに気が付いたのか、キャップや源さん、母から聞きつけてきたガクトが居間へ来て寮生全員がいつの間にか集合していた。
ともなれば始まるのは水脈と少年の自己紹介だった。
「初めまして塚原水脈でーす、水に頸動脈の脈って書いてみおでーす。好きなものはpunk! 嫌いなものは納豆です!」
大和と京を除いた一同が唖然だった。特にガクトが。
源さんは似ても似つかない二人を交互に見たり、キャップはストレートで「似てねーな」と、言ったり。
ガクトはこの世にはこんな女がいるのか――と心で嘆いていた。
話題が水脈だけに集中していることに気が付いた大和は一同を宥めてもう一人の少年に自己紹介を促した。
「初めまして皆さん、し……総一郎さんよりも一つ下で水脈さんと同級生の――足利直輝と申します」
大和と京はその名前に少し反応する。単純に聞き覚えのある名前だったからだ。
そして一同がその後の言葉に総一郎へ視線を集めることになる。
「――総一郎さんの一番弟子です」
♦ ♦ ♦
総一郎の弟子――ということに大して驚くことは無かった。既に一子が弟子のようなものだったからだ。ただ、一番弟子ということが少し引っかかっただけだった。
二人の自己紹介が終われば後はこちら側の自己紹介、大和と京も改めての自己紹介となった。質問も兼ねて雑談をしていると途中からモロが居間へ入ってきた、入って早々水脈の風貌に度肝を抜かれていたが、そこまで毛嫌いすることもなく、人見知り且つ女性免疫がないモロにしては良く話す方だった。
一時間ほどして信一郎が居間へ来て皆に挨拶をした、程なくして塚原家一行、何故か源さんを除くファミリーも川神院へ移動することになった。
元々信一郎の目的はこの度の闘い、そして川神院との交流が目的だったため川神院に移動するのは決まっていたことだった。
いざ、その川神院の前へ来てみると水脈、そして直輝はその門の大きさに絶句していた。その姿に信一郎は笑い、二人の姿はまさしく上京したての田舎者だった。
門を潜るとそこに待っていたのは鉄心だった。
「おう、遠いところわざわざすまんのう」
「いえいえ、娘たちも一度こちらへと思っていましたからいい機会でした」
「ほう、中々面白うじゃのう。格好もじゃが、気骨のある顔をしておる」
こんな形の水脈でも鉄心は知っている、彼女も武家の一員である。伝説的な男を前にして緊張している様子だった。
「は、初めまして塚原水脈です! 水に頸動脈の脈でみおです! い、一応剣術もやってます!」
そんな姿をみて鉄心は「ほっほっほ」と笑うだけだった。
信一郎を客間に連れていこうとするその時に鉄心は直輝の存在に気が付く。
「……こやつは?」
「俺の一番弟子です」
「……ほう」
即答する総一郎の返答に鉄心は興味をそそられた。鉄心は直輝をただ見つめ、直輝の一挙一動を見定めていた。
対する直輝は額から流れる脂汗が止まらなかった、武の世界で生きている直輝にとって鉄心はもはや伝説ではない――神だ。水脈のようにただ緊張するだけでは済まなかったのだ。
そして総一郎の言葉に直輝は驚愕を隠せなかった。
「親父、鉄っさん、お願いがある。百代とカガを戦わせたい」
足利直輝――塚原総一郎の一番弟子。一番初めの弟子ということではなく、一番優秀な弟子ということだ。総一郎の弟子は大して多くは無い、だがそれでも直輝ほどの歳で一番弟子を名乗るということは相当な実力、または才能を秘めているという裏付けでもあった。
ともあれ、あの足利というものが総一郎の弟子であるというのはそれだけでも面白かった。
足利と言えば室町幕府だろう、有名どころで言えば足利義満や足利義政――そして足利義輝、室町幕府第十三代征夷大将軍、塚原卜伝の直弟子で奥義である「一の太刀」を伝授されている剣豪。大和と京が先程反応したのはそれだった。
そして今その足利直輝が道場で――武神と対峙している。
「突然来て突然呼ばれたと思えばこいつは誰だ?」
説明も無しに呼ばれたことに対して百代は機嫌が悪かった。
「うわぁ、姉さん機嫌悪いよ」
「ねえ、総一、大丈夫なの?」
大和とモロは顔を青ざめて総一郎へ問いかけてくる、総一郎は言うのだ「知らん」と。
百代の問いには直輝が答える。緊張と目の前にいる猛獣に怯えているのか、心なしか声が震えているようにも聞こえる。
「あ、足利直輝です。し、師匠に武神さんと戦いなさい――い、言われました!」
戦い――と辺りで百代の闘気は膨れ上がった。
「師匠ってのはもしかしてお前か?」
視線を向けられた総一郎は指を鳴らして言った。
「YES!」
そこで百代は闘気を爆発させいつものように獰猛な笑みを浮かべるのだった。
直輝は意識を持って経つのが精一杯と言わんばかりに腰にある刀に手をかけて震えていた。その様子はまるで猫に怯えるハムスターだった。
総一郎が二人の間に入る。
「これは稽古だ、使う得物も川神特製の模造刀。致命傷となる一撃や気絶、続行不可能とみなした場合は止める――大丈夫だカガ、万が一は起らない――それでは……はじめ!」
両者が睨む――ということは無く、百代は例の如く突進した。
直輝は腰の刀を握り目を瞑っていた。抜刀はしていない。
二人の間合いが近づく、刀を使う直輝の方が間合いは長い、つまり有利だ。抜刀していないということは剣術をかじっている者から見れば分かるが――抜刀術ということになる。一瞬で刀を抜き、相手を一閃で斬る。やっていることは総一郎と同じでも、速さと鋭さで言えば最強ともいえる技だった。
突進してくる百代にとってそれは最悪、初めて総一郎とやった時と同じ状況と言えただろう。
しかし結果は異なる――いや、経過すら違うと言えるだろう。
間合いが衝突した瞬間、直輝の一閃は百代を捉えることができなかった。最速の鋭さがあっても当たらなければ意味が無い。
剣先はあと一ミリ百代の剣先をかすめることが出来なかった。
衝突する間合いと間合い、総一郎ならば気づくことができたかも知れないが、実際にその間合いは衝突していなかった。気が見えれば分かることだが、百代の姿は一ミリずれて見える、気当たりによる残像――それは質量を持つと錯覚してもおかしくない芸当だった。
直輝の間合い衝突したのは一ミリだけ先走る百代の残像だった。
一閃を外してしまえば終わる――そんなことはない、外してしまうことも考えれば直輝はそれほど驚くこともなかった。
決めにくる百代を迎え撃つために直輝はもう一閃を放つ、先ほどは左腰から右手で抜刀したが今回もまた左腰からだった。右手は使えない、ならば左手で左腰にある小太刀を逆手で持つほかない。まるでその持ち方は忍者であったが、百代の一撃をどうにか防ぐには十分と言える。小太刀されども小太刀、剣術家が使う刀はどの様であっても鋭さは変わらない。
一閃避け、一閃で弾かれた百代は考えることはしなかった。いや、初めから決めていたのだろう。
勢いが止まらないのであればその攻撃は一撃必殺の鈍器とも言えた。
――頭突き――
突然の衝撃に耐えられることなく直輝は意識を手放した。
♦ ♦ ♦
終わって見れば百代の圧勝。
一瞬の出来事でしかないため、傍から見れば直輝が一撃でやられたとも言えるだろう。ある程度目が良い京ですらほとんど見えていない。
直輝は直ぐに部屋へ運ばれて手当てを受けた。夜には目を覚ますと聞いたファミリー一同と水脈は肩の力を抜いて安堵していた。
信一郎は鉄心と百代の礼をいってまた直輝のところへ戻っていく、その顔は笑顔ではないが満足に近いと言える顔だった。
だが、一番満足したのは総一郎と鉄心だろう。
自分の弟子が武神に対してやり取りができただけでかなり収穫があった、そう思うのは至極当然。百代にここまで付いてこれる少年がいることに喜びを感じるのも至極当然。
しかし、鉄心と総一郎が顔を合わせて驚いているのはそれとは違う理由だった。
先程の戦いを見て挙げるならば、それは直輝の善戦、そして――百代の戦い方だろう。ゴリ押しには変わりない、しかし猪ではない。戦い方を覚えた虎だ。
特出すべきなのは経過だ、二人はそう考える。
何が違うのか?
「やはり、名称は要らないですね」
「口に出すのは良くない――と言うべきじゃろう?」
百代は傲慢知己に技の名前をいうことしなかった。
どうもです。
投稿遅れてすみません。
構想を練る――という建前でサボってました。
中々、原作へ突入しませんがそれはご容赦ください。一年生編はまだかかります。
原作に行くと総一郎以外のキャラが沢山出てくるので、今のうちにと。
ファミリーとか結構書くの大変だもん。