真剣で一振りに恋しなさい!   作:火消の砂

7 / 43
――私は教える。――

 精神改革と通告から二週間――川神院内の雰囲気は以前よりも活気に満ち溢れる修行僧や門下生で溢れていた。

 小学校の時、授業が嫌な男子もこれならば――と、楽しむことができる体育。それと同じで修業の合間にやるスポーツはモチベーションという意味では非常に効果が現れていた。

 たまにルーや鉄心が混ざればたまの休み時間にやる生徒対教師のドッジボールみたいだ。

 肉体的な鍛錬に総一郎は関わっていない、スポーツをするときも関わることはしなかった。教えることはあっても指導することはしない、あくまでも川神院であることを尊重した。

 例外としてあの二人――百代と一子。

 百代には戦い方の知識を与えた。狡賢い足運びやマジックで使われるミスディレクション――つまり、いかに相手から意識を逸らせるか。初歩的な技術、武術以外にも通じる技。言うなればペーパーテストでどう凡ミスを減らすか――それを武術に置き換えて知識を与えた。

 

 そして一子――

 

「君は川神院師範代になれる才能は無い」

 

 驚いた――というより理解できていなかった顔をしている。今までどうにか頑張ってきた、努力してどうにかここまでこれた。

 始めは朝の鍛錬で何度もバケツにお世話になった。が、今は鍛錬の後に新聞配達だってできる。いつもオーバーワークだって言われて、それでも体を苛め抜いて来た――

 

「――そんなの――」

 

「だろうな、そう思うのが筋ってもんだ。ワン子、君の本能に言おう――君は川神院師範代になれる才能は無い――」

 

 なぜ総一郎が言い直したのかは分からなかったが、その言葉を聞いて一子は爆発した。

 気が――ではない――心――が爆発した。そして心の燃料である言葉が溢れだしたのだ。

 

「きゅ――急にそんなこと言わないでよ! わ、私は――お姉さまと並んで歩くのよ! 私は――私は――私は! 川神一子よ! ワン子じゃない!」

 

 自分とは違うのだな――総一郎は清々しい気持ちで目の前にいる健気で、本能に任せた動の少女を見つめて、そして後ろの三人を少しばかり軽蔑していた。

 この少女は――否、川神一子は――

 

「我が先祖――新当流開祖は生涯六つ度の傷しか浴びることなく、一度も負けることはのうござった、新当流奥義とは特別なことではござらん、ただの一振り――つまりは極めた一振りでござる、この意味がお分かりになりんす?」

 

「え?」

 

「努力だ。一日一万回――それを何十年も続ければ奥義になる。初めは振っているだけで日が落ちる。次は振りながら考えて日が落ちる――そして気が付けば振り終えて、窯から昼時の匂いが漂ってくる」

 

 一万回振ったわけではないが総一郎は懐かしい思い出に浸っていた、数え終わると匂いと共に妹が来て言うのだ――

 

「一子、俺の弟子になれ。壁を努力で破壊させてやる――」

 

「!?」

 

「お前の本能は俺が目覚めさせてやるよ、お前は川神院師範代になるんじゃない。お前は園部秀雄――最強の薙刀使いになるんだ」

 

 次第に一子は涙を流した。嗚咽は聞こえない、涙が零れ落ちないよう上を向いて腕で涙を止めていた。

 嗚咽は聞こえない――聞こえるのは彼女自身が胸に秘めていた叫びだけ、武術家としての葛藤――ずっと思ってきたこと、無理かもしれない――だけどそれでも――

 朝の修行場に美しく透き通った光が伸びていく、扉の隙間や上戸から差し込む光は彼女の心を慰めるように包み込む――いや、心を歓迎していた、彼女が漸く開けた心を。

 

♦  ♦  ♦

 

 

 総一郎に弟子入りした一子はマンツーマンで修業を――受けてはいなかった。それどころか修行することを許可してもらえなかった。勿論、一子にとって不満以外のなにものでもなかった。

 しかしそれは新当流総代塚原総一郎という指導者を知る者ならばよく知ることだった。

 ――彼は武術の基礎の基礎、さらにその下であるカーストの最下層である食事や生活、娯楽、通常である自然体を重きに置く。人間としての自然。

 そして彼はかなりの放任指導者でもあった。

 飽くまで鍛錬はする方でもさせる方でも嫌いなのだ。その証拠に適当な理由を作って川神院での稽古付けは殆どしていない、前述の下りはただの口実だった。

 

「総師! 修行がしたいです!」

 

「もう、やってるよ」

 

「え?」

 

「何もしないことが修行ってやつか」

 

 教室内での出来事、一子の問いを総一郎が答えて補足に入るのは大和、立場としてはあまり変わっていなかった。

 

「でもいいのか? ワン子は修行しないと感覚が鈍りそうだけど、ほらなんというか……犬だし」

 

「そうよ!」

 

 総一郎は一子の同意に困惑していた、大和の話を聞いていなかったのか――それとも本心からそう思っているのか。

 首を振って二人の誤解を解いた。

 

「それは違うさ、ワン子は犬じゃない――豹だ」

 

 大和以外その意味を理解できていなかった、教室は静まり返ってそれを破ったのはガクトだった。

 

「ワン子、女豹のポーズをしてみろ」

 

「? こうかしら?」

 

 その場で所謂セクシーポーズをする一子。凹凸の少ない体でするその恰好は総一郎から見ても残念なものだった。――、一部の人間を除いて。

 

「それはねえだろ、総一」

 

「どういうことよ!」

 

「そんなぺったんこな――」

 

「おい、島津、うるせえぞ」

 

 今の今まで机に突っ伏していたはずの源さんが顔を上げてガクトを睨んでいた、健康優良不良少年の睨みで筋肉達磨は舌が回らなくなって竦んでしまう。総一郎は源さんをなだめて話を戻した。

 

「俺が言いたいのは豹の瞬発力と集中力だ。ワン子はなぜか犬っぽい――大和のせいだろうけど――だから百代にように本能に任せるように見えるが、そうじゃない。どちらかと言うと俺寄りだ」

 

「所謂、静の気ってやつだね」

 

「モロいたの、気が付かなかった」

 

「それは京もでしょ!」

 

 一々横やりの入るクラスだ――と苦笑しつつも総一郎は話を続ける。

 

「まあそうだ、百代や京は動だな。俺やルー先生――もっと言えば大和だって静と言ってもいいぞ。そして意外にもワン子は静の気を持っている――さて何故でしょう?」

 

 唐突の質問に一番早く手を上げたのは飼い主である大和だった。

 

「集中力の凄さ――かな?」

 

「yes! だから今は修行をさせない、動物的な癖を少し抜きたいんだ。その代りに勉強で集中力を鍛えてもらいつつ、今まで培ってこなかった童心を味わって精神段階を引き上げる、それが現在の方針」

 

「え」

 

 一子が固まる、まるでこの世の終わりのように。ガクトやモロも同情する視線を送っている。逆に大和と京は称賛の視線を送っていた――拍手もしていた。

 総一郎の発言、その一部が原因だった。

 

「べ、勉強――」

 

「ははははは、良かったなワン子。強くなる上に頭も良くなるぞ、こういうの何ていうか知ってるか?」

 

「し、知ってるわ……い、一矢報いる――よ!」

 

 ファミリー一同と話を聞いていたクラスメイトは声を揃えて言った。

 

『誰にだよ!』

 

 

「そういやキャップは?」

 

 一子のボケで一通りの話が終わった頃、ガクトはキャップがいないことに気が付いたのか辺りを見渡していた。大和がそれに答える。

 

「朝は居たんだけどな……「俺も気を覚える!」って言いながら原付で走り去って行ったよ」

 

「相変わらずだね……」

 

 総一郎の話を聞いたせいなのかキャップが旅に出る――毎度のことながらもファミリーは呆れ顔で遠くの空を見上げた。

 

「あれ?」

 

 そこでまたガクトが何かに気が付く。

 

「総一はどこ行った?」

 

 先程までいた総一郎がいないことに気が付いたが、ガクトはこの場からもう一人いなくなっていることに気が付いてはいなかった――そのことに気が付いたのは恋する乙女と心配性な軍師だけだった。

 

♦  ♦  ♦

 

 

 一子の話が終わってからすぐ後のこと、総一郎は廊下にはる出っ張りの柱にもたれかかってある人物が通るのを待っていた。勿論、先回りして待ち伏せをしている。

 二分程経ってからその人物が現れる。きっと総一郎が声をかけなければ通り過ぎてしまっただろう。

 

「おっす源さん」

 

「……なんだ塚原」

 

 出会ってから一ヶ月位経つというのに源さんは心をまだ総一郎に開いていなかった。大和達とは明らかに違う、総一郎の中では源さんと言う男は大和以上に慎重な男で信頼に値する人間と言う評価が出来上がっていた。

 

「まあまあ、そんなにつんけんしないで」

 

「用がないなら行くぞ」

 

「あるさ、一子のことでね」

 

「……あんだと?」

 

 源さんは総一郎をできるだけ睨んだ。

 

「源さんは園部秀雄って知ってる?」

 

「……知らねえな、そいつがどうした」

 

「今の一子が目指している人物。名前は男っぽいけど女の人さ――ただ、生涯で二度しか負けたことのない近代最強の薙刀使いだけどね」

 

 一子は川神院師範代を目指している――それが彼ら彼女の認識だったはずだ、しかしこの目の前の男、百代の勝って急に一子の師匠を務めることになったこの男は、事実かどうかも分からない――源さんにとってなんとも言えない発言をしたのだ。

 

「おい、どういうことだ。一子が目指しているのは川神院師範代じゃないのか」

 

「ああ、それは無理だって一子には言ったさ――」

 

 既にもたれ掛かっていたため叩きつけられることは無かったが、総一郎は源さんに胸倉を掴まれていた。凄い形相――というわけでもないが、源さんの睨みは先ほどよりも鋭さを増していた。

 幼馴染――の夢が踏みにじられたと勘違いしたのだ。実際、一子にとっては残酷な話でもあったが、同様に救いでもあったわけだ。

 

「てめえ」

 

「おいおい、自分の気持ちを伝えられないような奴が残酷なことを未来ある若者に伝えなければいけない教育者に抗議しようとするなよ」

 

 思わず源さんは手を離した。

 総一郎が自分の気持ちに気付いて皮肉を言うとは思いもしなかった――それ以上に総一郎が自分を罠に嵌めたことが驚きだった。

 気付いたのだ、総一郎が損な役回りをしていることに。

 

「園部秀雄ってのはな努力家だったんだ。明治時代、女が武術をやるなんて――そんなことを言われている中で薙刀を振り回しどうにか男に食らいついた。才能があったといえば終わりだがな、当時は名だたる剣豪も多かった、その中で二敗しかしなかったというのは間違いなく努力の比率が多いだろう」

 

 流暢に話す総一郎とは反対に源さんはその話の意味を理解できていなかった。

 それでもいつものようにその場を離れることは無かった。

 

「しかし園部秀雄は言った「稽古ばかりに集中して、女性の嗜みである家事を疎かにしてはならない」と、つまり――、一子に女性の嗜みを教えてやってくれってことだな」

 

 二人の間に沈黙が走る――源さんが理解できていなかったのだ。

 そして思考が理解に至ると源さんは赤面に陥る前に総一郎へ怒りを放っていた。思わず総一郎は駆けだして逃げた、源さんは無論追いかける。

 しかし総一郎が放った言葉で歩みを止めた。

 

「これは師匠としての頼みさ、源さんも少しは素直になりな!」

 

 言われた意味は分かった、そして気付いたから歩みを止めたんだ。

 

「あいつ……ワン子って言わなかったな」

 

 なんとなくだが分かった。総一郎と言う人物が。

 源さんは静かに溜息をつくのだった。

 

 

♦  ♦  ♦

 

 

 現在は六月の終わり頃、入学から二か月ほどが経過してた。

 

 川神姉妹改造計画――基、修行は捗っている。

 

「なあ、総一郎。あんまり変わった気がしないんだが」

 

「総師! 私もそう思うわ!」

 

「おいおいおい……」

 

 二人はこう言うが修行は捗っている。ある程度の精神自然化は完成してきている――だが、舐めてはいけない。修業とはそう簡単に成果が出るものではない、百代は例がともいえるが、改革の度合いで言えば百代の方が大きい。だから二人の修行成果はあまり良くないと錯覚してしまう。

 

「なあ、総一! 俺も早く気を飛ばしたいぞ!」

 

「キャップは諦めとけって」

 

「でも飛ばせるって言われたぞ!」

 

「総一、どれぐらいで飛ばせるの? あとどれぐらいで私と大和は結婚できると思う?」

 

「京と大和が結婚できるのは二年後の二月二十日だ、ちなみに大和の誕生日ね。そしてキャップが気を飛ばせるようになるのは、前も言ったけれど二十年ぐらいかかる」

 

「もっと早く飛ばしたいぞー!」

 

 キャップの叫びと大和が総一郎に抗議しながら悲鳴を上げているここは秘密基地、今日は金曜集会だった。

 入学初日に色々あったけれども総一郎とファミリーの関係は良好――既に一部となっていた。

 

「ごめん、遅れた」

 

「お詫びに俺様がお菓子を買ってきたぞ」

 

 モロとガクトが来て、ファミリー全員が揃った。

 今日は夏にどこへ行くか――つまり夏休みのお盆に旅行をする場所を決めるための会議だった。総一郎は金を持っていてもその他のメンバーは一介の高校生、何故だか大和は小金を持っているようだけれども、百代と一子は川神院の娘であっても金は無い。川神院では小遣いというものがなく、自分でバイトしなければ一向に金が入ってくることは無いのだ。

 

「任せろ! 俺が商店街で旅行券を当ててくる!」

 

「それが一番いいかもね」

 

「行き先も決まるしそれでいいだろ」

 

「しかも金が殆どかからないからな」

 

 総一郎はキャップの発言に「おいおい」と突っ込もうとするも、ファミリーの反応がまるで何の疑問も抱いていない様子だったことに一人だけ困惑していた。

 

「あ、総一は知らないんだっけ」

 

「え、何が」

 

「キャップは激運の持ち主なんだよ」

 

 モロと京がそう言うが、総一郎は理解できていなかった。

 

「いやいや、確かにすごい運がいいようだけれども、まさかそんな簡単に福引が当たるわけ――え?」

 

 何かのドッキリか――と思うほど総一郎以外はその話に疑問を呈することは無かった。その後にキャップの激運武勇伝を聞かされて総一郎は半信半疑のまま納得するのだった。

 

 金曜集会はその後何の変哲もない時間を過ごして夜の八時頃解散となった。

 解散間際に総一郎の携帯電話が鳴った。

 その画面には「うぉーたー」と書かれていた。

 

「彼女か!」

 

「ちげえよ!」

 

 総一郎は普通に応答した。

 

「おう、どうした……ああ、わかった。そうだな――カガも連れて来いよ――ああ、気をつけてな。お休み――水脈」

 

 短く、言葉数も少ない電話だった。しかし信一郎と話すときのような違和感や燕と話すときの惚気はない。

 

「やっぱり彼女か!」

 

 ガクトの再三の問いかけに百代が拳を振り上げてガクトは竦む。

 

「誰だ、みおって?」

 

 変わって大和が総一郎に質問を投げかける、単純な好奇心だろう。

 

「ああ、妹だ」

 

「え、総一って妹居たの!?」

 

「言ってなかったか?」

 

 一同は首を振って考えた。きっと和風が似合う清楚な妹なのだろう――と。

 

「で、なんだって?」

 

「ああ――」

 

 携帯電話をポケットにしまって総一郎は言った。

 

「明日朝早くに父親とこっちに来るって、多分川神院への挨拶だろう」

 

 百代はそこで思った、きっと私と総一のことだ――総一郎はそのことに関心を覚えていた。

 「三撃」の塚原信一郎――その言葉を聞いて真っ先に闘気が出ていなかった。

 

 当の本人は気が付く様子もなく、その後すぐに戦闘衝動に駆られていた。

 




どうもです。

ペース落ちてますね、どうにか頑張ります。

皆さまのご感想で僕のモチベーションは上がります!どしどしまってるぜ!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。