「おお!すごいケーキなのだあ!」
小雪のはしゃぎようはすごいものだ、準も大変そうだがどこか嬉しそうでもある。
そんなケーキに対して皆が駆け寄るなか総一郎は壁に寄り掛かって皆の姿を観察していた。
弁慶が義経にケーキの「あーん」をねだったり、初々しく二人で食べる由紀江と直輝。最大の功労者である大和を中心に風間ファミリーに紋白が礼を言ったり、会場全体を微笑ましく見守る京極と談笑する弓子、千花と真与、羽黒の三人はエレガント・チンクエを見て楽しんだり料理部とまゆっちなどの力作である料理を食べたり。
「おや、塚原君どうしたのじゃ」
「おお、ここちゃん」
「ぬう……まあよいわ。お主先程の舞は見事じゃったぞ。異様ではあったが美しい舞じゃった」
「……ありがと」
一言だけ呟いたその柔らかい言葉に心は何か不思議に感覚を覚えた。
「初めてやったけど楽しいもんだ」
「ほう、なら今度はうちでもやってもらおうかのう」
「いくら?」
「金を取るんかい!」
ハハハ――総一郎はただ笑っていた。心の底から笑って心を見ていた。
「やっと昔のような顔になった」
憤慨して去って行く心はふと振り返えると嬉しそうにそう言っていた。また心も飛び切りの笑顔であった。
♦ ♦ ♦
夕暮れを通り越して歓迎会は行われた為に簡単な片づけを合わせて皆が帰路に就いたのは十時頃であった、会に尽力した風間ファミリーは疲れ果てて少し早く帰してもらい打ち上げも翌日に持ち越しとなった。
疲れ果てていた島津寮組は居間でテレビを囲み、茶を飲んでゆったりしていた。
「源さん設営の監督ありがとうね」
「はっ、あれ以上しつこく頼まれても迷惑だからな」
と言っているがそんな彼もソファに寄り掛かかり疲れているのか中々部屋に戻ろうともしなかった。
「明日、秘密基地で打ち上げするんだけど源さんもどう?」
「いかねえよ」
「いーじゃーねーかーよー、そろそろ折れてくれよ」
「うるせぇ……まあちょっとぐらいなら顔出してやるよ」
停止、驚愕の後、大和と翔一は歓喜した。既にクラクラしているクリスを介抱する京とお茶を注いでいる由紀江、その周りを鬱陶しく二人を払う源さんと大和、翔一が騒ぎ立てて深夜の島津寮は時間に似合わずまるで歓迎会のようであった。
そしてあることにクリスが気が付き呟いていた。
「総一郎は……?」
「疲れたー」
「頑張ってたもんねー」
「つーちゃんも人材確保で頑張ってたんだろ、大和が後でお礼するって」
「いいこと聞いた。ま、かなり納豆も使ってくれたからいいけどねん」
寝間着で畳に寝っ転がる二人、燕はノートPCで仕事を総一郎は燕にくっついて瞼を重くしている。
だがこれから発展していくことはない、直ぐ近くに燕の父である久信がいるからだ。
「いやあごめんね、おじさん邪魔だよね」
「オトン?」
「あ、いや、ごめんなさい」
「どちらにせよ今日は無理」
総一郎の言葉に燕は「むー」と口を尖らせた。幾ら彼女でも父の前でそんな話をするのは恥ずかしいはずだ。
「どうじゃ、納豆は」
「ま、軌道は乗ったからねえ」
「いやあ本当にその節はありがとうね、総一郎君が居なかったらと思うと……」
久信の泣き声は嘘に見えるが聞こえはしない、だがその片手にはビールが握られている。松永家ルールのビールは二本までである。
「オトン気を付けてね」
「はい、すいません」
燕のビシっとした声で一瞬だけ久信も正気に戻る、だが十分もすれば酔いが回るだろう。
現在十二時、仕事もそろそろにしてパソコンを閉じ、布団でも敷こうかと思ったが左半身が重いことに気が付いた。
「総ちゃん?」
「……」
燕のお腹にしがみ付いて総一郎は静かな寝息を立てていた。そんな彼の姿に燕は思わず心が昂っていた。無防備で柔らかい表情、刀を振っている時の凛々しい顔や学校などで見せるお道化た顔ではない。完全に気を許しているからこそ出せるまさに素の総一郎だ。何度も見てきた寝顔、だが其度に思っていたことがある。
幼少期に見たあの顔はもうどれほど見ていないか。大人になったから見れないということではない、彼を苛んできた枷と重石と呪いが彼の素を変えて行ってしまったのだ。もう二度と戻らないあの総一郎、だからと言ってそれを口にもしない。
だからこそ、だからこそ今総一郎が燕に見せた表情が嬉しくて嬉しくて――
「燕ちゃん?どうしたの?」
「え、え、いや、なんでもないよオトン」
いつの間にか涙が出ていた。これっぽっちも悲しいことはないというのに、嬉しくて嬉しくて――気が付いた、燕もまた変わっていたのだ、心の素を出すことができていなかった。
「おやすみ」
右手で彼の髪を撫でる細い指は愛しさと切なさを兼ね備えた慈愛に似ていた。
♦ ♦ ♦
「カンパーイ!」
キャップの声が聞こえてきたのはある廃ビルの屋上、わざわざ説明する必要もないが秘密基地である。
歓迎会の打ち上げでテーブルの上には大量のお菓子とジュースとケーキ、そして何故かある寿司。何といっても普段は居ない人物である源さんが居る。それだけでキャップと大和はテンションが高い。
「源さんジュースは?ポテチは?」
「源さーんこれからもこいよー」
「うるせえ」
そんな三人の関係に京の息も必然的に荒くなっていく。
「でもまさか源がくるとはな」
「あれだけ渋ってたのにねー」
「……うるせえ」
「でも嬉しいわたっちゃんが来てくれて」
「……おう」
一部の人間はそのやり取りに対してニヤニヤが止まらない、源さんもそれに気が付いて睨みを効かすが大和、京、総一郎の三人はそれでもやめることは無かった。
だがなんだかんだと言っても源さんもまんざらでもない。
「クリス、コーラ飲むか?」
「ああ、ありがとう源殿」
「HEY,GENBOYオイラにも一杯注いでくれぇ……」
「ほらよ」
「あ、あ、ありがとうございます」
「随分と馴染んでるな……」
一子を撫でつつ百代がつぶやく、その隣では総一郎の携帯電話に着信が入っている。一度とり逃してもう一度かけると相手は紋白だった。
「おう、モンプチ」
『モ、モンプチ……まあよい、直江の携帯に繋がらなかったのだがそこにいるか?』
「ああ、変わるか?」
「あ、待て、総一にも礼を言いたい……あ、ありがとう」
「……ふふ、どういたしまして」
姪っ子に微笑えむような総一郎はそのまま大和へ携帯電話を貸す。百代も何故か変わりたがっているが話が終わると大和はすぐに電話切ってしまう。憤慨する百代だが心なしかいつもよりも当たりが弱い。何故だろうか?総一郎はその変化に気が付くも真意は読み取れなかった。
彼女以外は。
「なん……だと……」
「どうしたの京?」
京の狼狽は分かりやすい、幸い大和も百代も気が付いていないがモロはすぐに気が付いた。それから京の様子がおかしいと総一郎も考えだす、すると彼も一つの答えに行きあたっていた。
「波乱……か」
不吉以外の何物でもないその言葉は言うには遅すぎる言葉だったかもしれない。
新時代はとっくに幕を切っているというのに。
♦ ♦ ♦
告知という文言はこの川神では唐突とほぼ同義である。
幾度となく語られてきた川神学園の伝説もここに極まりといった所か、これから先川神の異常性が驚かれることもなくなっていくのではないだろうか、日本最後の童心である心ならばと日本国民は淡い希望に浸るかもしれない。
体育祭を控えつつ、生徒は夏休みを待ち望む。だがそれは試験が刻一刻と迫る危険な思想でもある。
そんな歓迎会後の土日を挟み終わった月曜日、生徒の表情は期待と不安が入り混じる、もしくはそのどちらかで満たされていた――否、満たされてなどいない。
壇上には鉄心と――帝の姿があった。
「父上―!」
「ぬおう!父上ではありませんか!」
九鬼兄妹はその姿を見るなり声を上げている。
ふと大和は英雄の隣に居るあずみを見た。その表情に狼狽はなく、彼女はこれから発表される何かを知っている様子だ。だが序列一位として帝がこんな壇上に上がることを不安に思わないのだろう――杞憂である。この世で最もな愚考である。
「じゃあ俺から言わせてもらうぜ――今の川神は近年まれにみる程活気に溢れてる、すげえいいことだ。だからこそこのままで終わるわけはねえな?
商業的にも悪くない、出資者も募れば幾らでも出てくるだろう川神。そんなところに目を付けたのが俺なわけ」
「えらい勿体ぶるのう」
「こういうのは大切なんだよ――東西交流戦、すげえ疲れたと思うが楽しかっただろ?動画見てたら「俺もやりてえ」って思わず思っちまった、だから今年は川神院と九鬼財閥、地元有力者や全国から出資を募り、大規模なイベントを開催する。
それが――」
若獅子タッグマッチトーナメント
模擬戦
???
「最後の一つはまだ言えねーけど上の二つは夏休みに入ってからやることが決まってる、ルールは鉄心の爺さんからだ」
「やっと出番じゃな」
若獅子タッグマッチトーナメントは全国の二十五歳以下もしくは学園の生徒によるタッグマッチ。予選を二人一組で勝ち抜き、決勝トーナメントで優勝した者には豪華賞品と武神「川神百代」への挑戦権が貰える。
模擬戦は総大将を六人決め、一チーム百五十人、補欠合わせ二百人で行う団体戦。総大将が六人なので必然的に六チームができ、総当たり戦により最終的な順位を決める。これにはしかも特別ルールがある。
戦闘を好まない学生には酷な話かもしれない――と思われがちだが勝てば成績にも反映する。また強制参加ではなく、辞めることも簡単だ。
そう聞いた主にS組の生徒は安心感に包まれた。ハングリー精神で武闘派の多いこの学園でも学問からのアプローチによる優秀なハングリーを持ち合わせた生徒は多い。学生の本分である半分をしっかりと持っているのだ。
だからこそ、その話を聞いた時、ここに居る全ての武闘派が――震えた。
武者震いもしくは強者の気に当てられ当て返し、そこは気が乱れる世界でも恐ろしい場所となっていた。だが、鉄心やヒュームにとっては心地よく、ここまで生徒たちが高揚できると感じられると年長者として嬉しさも増してくる。
そしてその渦中に居たのが何を隠そう――隠せはしない、川神百代である。
精神修行の成果により戦闘衝動は収まりつつあるが、武を極めんとする者にとってここで抑えろというのは余りにも酷であり、ここで抑えられないのならば寧ろそれは問題である。
そう、問題である。
燕、源氏組、名も知れぬ闘気、直輝や由紀江、一子、マルギッテ、ガクト、しまいには自分の力を本当に試すときが来たと感じた大和も拳を胸の前で強く握っている――だが。
総一郎は全く昂っていなかった。
ここまで昂らないことはない。百代と戦う時や東西交流戦の時も、義経の時も少しは気分が上がってたはずだ――総一郎は自分でも動揺していた。
ここまでか――と寧ろ下がる一方だった。
その日の総一郎は放課後まで気持ちが落ち込んでいた。
六時限目が終わると帰宅する前に帰宅部の部室へ足を運ぶ、するとそこには大和も宇佐美もいなかった。
代わりに一人、弁慶が盃を傾けていた。
「ちーかま」
「たこわさ」
部室に入り挨拶を済ませると、靴を脱いでスライディングするように畳に寝転んだ。
「ん、どうしたのお兄ちゃん」
「ぬわあ」
畳に突っ伏したまま総一郎は弁慶に相槌を、そんな彼を邪険にすることもなく彼の傍にただ川神水を注いだ盃を置く。
「美味い」
「どうしたの?」
「弁慶は今日の話しどう思った?」
「ああ、めんどくさいなって」
「武術家としては?」
「……そりゃ少しは」
総一郎は仰向けで天井を見上げた。
茶室独特の天井と鼻に優しい匂いが総一郎を彼を心の奥底に誘う――が彼はすぐに現実へ引き戻された。驚いて起き上り弁慶を見ると彼女も総一郎の奇行に目を見開いている。
帰れ馬鹿者――
門前払い。総一郎は精神的にかなり手詰まりだった、今の状態であれば精神の宮殿は間違いなく使えない。それどころではない、この状態が続けばその間彼は弱体化する。
変わったのは確かだ――だが変化に何もかもが追い付いていない――いや、何かが彼には足りない。
それに彼は気が付かない、だからこそ不安なのだ。
総一郎は知らぬ知らぬうちに一筋の涙を流していた、弁慶がそこにいること失念して。
「総一?」
彼女も思わず名前を呼んでしまっていた。
その後、彼は何も言わず千鳥足で茶室を後にする。その後をただ眺める弁慶は思わずその姿に右手が伸びていた。
♦ ♦ ♦
夕暮れを過ぎるその時間がこの町で最も美しい時間だ。工場地帯の明かりは遠くからよりも近くで見た方が綺麗、この町は道が暗い。そして彼は暗く、未知の領域を混沌と歩いていた。
精神は澱んでいる、手練れに襲われれば今どうなるだろうか。
答えは今まさに彼にあった。
その唐突はこの道が暗く視覚に頼らず歩いて来たこと、何よりも彼に染みついた十七年間、そして何日も卜伝と戦った経験がそれを――間一髪、倒れ込むように総一郎はその一閃を避けた。後ろ髪は空に舞う。
「避けたのね、当たると思った」
「……」
二閃目はない、試したかのように閃の持ち主は次を打ってはこない。どうしてだろうかと考える前に総一郎はその正体に心当たりを見つけていた。
「あら?私の正体がわかるの?」
「ま、刀を使う奴を見分けられなかったら話にならないからね」
「そう、でももう少し秘密にしておいてね」
「まてよ」
「いやよ」
謎の剣士、彼女は暗闇に溶けて消えて行った。
「……一人、二人、三人、四人、五人、六人、七人」
七まで数えて総一郎の指は止まった――そして風が吹いた。
「まだまだ増える、ならば――」
戦えるだけ戦うか
決意は手練れによって満たされた。
新章・塚原十二番篇
デジモンの小説を書きたいこの頃。書こうと思えばかけるがこちらが疎かになる、最悪。