真剣で一振りに恋しなさい!   作:火消の砂

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遅れてすいません


宮殿を侵略するは崖からの侍

 川神学園の特質性、もしくは異常性と呼ばれる実態は普通では非難されるものであり、大手新聞社の一面を飾るに相応しいほどのものである。

例えば決闘は暴力を伴うものが多く保護者からの非難もあるだろう、中には体罰を行う教師もいる。認められてはいないが賭場なるものも存在する。 この学園で認められてないなんてことはない、つまり放置されているわけだ。賭けマージャンや賭けポーカー、賭けブラックジャック、中にはこの場で決闘をする者もいる。大和とか冬馬とかキャップとか。

他にも詳細は全く明かされていないが何故かガサ入れのない明らかに怪しい「魍魎の宴」なるものも開催されているらしいが、それは触らぬ神に祟りなしだ。

 そしてこの学園にもう一つの異質、それは三階廊下突き当りにある茶室だ。その中にある気配は四つ、だが穏やかな気配だ。

 そこにはヒゲこと宇佐美先生と大和、弁慶、そして総一郎の四人が川神水を片手に寛いでいた。

 

「いやあ、良いですなあ」

 

「くー!最高!」

 

「オジサン教師なのにこんなことして良いのかねえ……」

 

「本当にそう思ってる?」

 

「思ってないわ、寝ちゃーお」

 

 放課後であるが教師が川神水を学園内で飲んで寝るなど頭がおかしいだろう、それが許される川神学園。そもそも学園内で川神水を飲んでいるのがおかしいのだが、弁慶は試験で4位までに入れば川神水を飲んでも良く、それ以下であれば退学という条件付きで学園内に持ち込んでいる。

だからと言って総一郎達が飲んでいいわけではないが。

 

「あれ、お兄ちゃんは主と決闘じゃ?」

 

「延期、なかなか終わらないからね」

 

 そんな弁慶との会話に宇佐美は遅れて突っ込むことになる。

 

「え、二人はどういう関係よ」

 

「「義兄妹」」

 

 さも当然のようにに答える二人に、宇佐美は困惑したという体をとってその場に寝っ転がると鼾をかき始めた。

 

「ちくわ」

 

「ほいよ」

 

「俺にもくれ大和」

 

「ほい」

 

 現在四時半を回った所、恐らく義経と戦っている人の雄たけびがだらけ部の子守歌だ。人が頑張っている間、畳みのいい香りそして川神水を飲んで寝っ転がっているという快感に酔いしれているわけだ。

 

「そういえば総一はなんで義経の挑戦を受けたの?」

 

「ん?それは一体どういう意味?」

 

 事情を知らない弁慶はすぐさま問いかけた。

 

「ああ、弁慶は知らないっけ。総一は決闘を大体断っているんだよ」

 

「へえ……」

 

 武士の勘だろうか、余り詮索しない方がいいと思った彼女はそんな相槌程度で総一郎の答えを待った。

 

「んー……奥底が凄そうだから?英雄とは違う大将の器みたいな奴が義経からは感じられる。ていうか強い奴なら戦うよ、弁慶だって隠してるものがあるし」

 

「……まあね」

 

「へえ、まあ二人ともあれだけ強いのに更に隠し玉があるとなれば総一もその気になるか」

 

「そう思ってくれ――まあ負けるわけないけど」

 

 総一郎の何気ない一言、それが弁慶の忠誠心を刺激した。こんな体たらくでも彼女は忠臣であることに間違いはない。

 

「ちょっとそれは聞き捨てならないね」

 

 弁慶は起き上ると壁に寄り掛かっている総一郎を見た。睨みつけているわけではない。

 

「俺は準備すれば本気が出せるけど、そっちは本気出さないだろ。壁を超えているだけじゃ俺に勝てないよ」

 

 盃をちょびっと傾けて総一郎は反論した。

 弁慶はムスッとした顔で今度は睨みつけていた。しかしそんなことを総一郎は気にも留めなかった。

 

「儂と本気でやらんとは傲慢よ」

 

 大和はそこで何かおかしいことに気が付いた。

 

「総一郎……?」

 

「お?……いかんいかん」

 

 そう言うと総一郎は横にパタっと倒れて数秒後に目を開けた。ゆっくりと体を起こすと目をパチクリして何だか状況が分かっていない様子、大和と弁慶を交互に見ると二人とも自分を訝しげに見ている、逆に総一郎はそれに疑問を抱いた。

 

「どうした?」

 

「え、いや……」

 

「寝ぼけてる?」

 

「あー……かもしれない、帰る」

 

 総一郎は言ってから三秒で立ち上がって割とフラフラの足で帰路についた。

 そんな姿をいつの間にか起きていた宇佐美合わせ三人はただ目で追った、その後顔を合わせ顰めると宇佐美が口を開いた。

 

「ありゃ酒癖が悪そうだ」

 

「あれは酒癖とかじゃないでしょ」

 

 

 

 

 零時、その日の零時、総一郎は知らぬうちに自分の部屋にいた。布団をぐしゃぐしゃにして天井を見上げてから二十分ほどしてその事実に気が付く。最後の記憶は確か大和達と川神水を飲んでいたはず、酔いつぶれるまで飲んだのか――と考えたがそんなことはあり得ないと首を振った。総一郎は樽杯の中で寝ていたこともあるくらいだ、しかもその時はしっかりと記憶を残している。

 冴えた頭で下に降りていくと大和とクリス、キャップ、京の四人がテレビを見ている。クリスの好きな時代劇だ。総一郎が居間にきても気が付かなかったが彼が冷蔵庫を開けると始めにキャップが振り向く。「おはよう」と総一郎は言おうとしたがキャップが青ざめた表情で総一郎を見ているではないか、続いて大和と京も振り向いて同じ顔をしている。

 

「いけえー大和丸!」

 

 アクション付きで意気揚々と画面の中にいるキャラクターを応援するクリスはなんとも愛らしい、だがそんなことを考えることもなく総一郎はこちらを見つめる三人を怪訝な顔で見返した。

 

「なんだよ」

 

「……憶えてない?」

 

「何が」

 

 京の質問は総一郎にとって全く意味の分からないものだ。

 すると大和は顎でそこを示した、庭だ。ゆっくりと総一郎もそちらを向こうとするが視界に庭が少し入った時点で見るのを止めていた。

 

「なんだ」

 

「帰って来てから暴れた」

 

 キャップが小刻みに震えて手に持っているコーラが零れている。

 意を決して勢いよく庭を見てみる、そこに広がるのは一言でいって惨状である。庭の残骸が総一郎の意識を居間に戻した。

 

「お茶が美味い」

 

 手慣れた動作でお茶を淹れると何食わぬ顔で椅子に座るが直ぐに三人が脇を固めた。キャップと大和は既に総一郎の両脇を掴んでいる。

 

「逃避しない」

 

「ごめんなさい」

 

 そのまま総一郎は三人に引きずられて夜の島津寮に消えて行った。

 

 

「――ということがあった、どう思いますか燕さんに百代さんや」

 

「酔いつぶれたんだろ、庭しっかり直したか」

 

 屋上にて三人は燕が作ってきた納豆弁当を囲み昼休みを過ごしていた。百代がここに居るのは燕の弁当が羨ましかったのと義経と総一郎が戦うのが羨ましかったからだ。だがそれを一過性のもので今はただ仲良く納豆を囲んでいる。

 

「うーん……」

 

「どうした燕」

 

 燕が顎に人差し指を置いたことに気が付いた百代は納豆揚げを口に運びながら何気なく疑問を呈した。

 

「いやー総ちゃんは川神水で酔うような下戸じゃないんだけどな~」

 

「そういえば箱根の時も大して酔ってなかったな」

 

「酒樽に一晩入れられて次の日空になった酒樽で寝てるような人だから」

 

「やめい」

 

 百代が総一郎を化け物のような目で見ていた。そんな話を誤魔化すように総一郎は話を続ける。

 総一郎の呈した疑問は燕が言ったものとほぼ同じようなものだ。川神水ごときで、しかも飲んでいる量は弁慶よりも少なく、今まで本物を飲んだとしても暴れたこともない。酔っている雰囲気すら見せず次の日二日酔いになったこともない。そもそも何故本物の酒を飲んでいるのか百代は茶々を入れようとするが、もの凄く二人が嫌な顔をしたのですぐに取りやめている。

 

「口調が変わってた?」

 

「ああ、大和がそう言ってたぞ」

 

 百代がそう言うと総一郎はすぐに顔を顰めた。

 

「どんな感じだって?」

 

「爺臭い口調」

 

 更に顔を顰めたがどうやら総一郎と燕は事の顛末を理解したようだ。そんな二人の関係に腹がたったのか百代はすぐに二人を問いただす。が、それは彼女の意図しない地雷であることに気が付きもしなかった。

 

「前にもいったろ、今俺にはうちの先祖がとり憑いているんだ」

 

「へ?」

 

「塚原卜伝がね……あれモモちゃんどうしたの?」

 

 燕が気が付くころ、百代は顔を真っ青にして体を震わせていた。

 

「そうだ、モモちゃんは幽霊が怖いんだ。よく覚えておけよ燕、攻略の糸口に繋がる」

 

「なるほど……あ、モモちゃんの後ろ」

 

「やーめーろー!」

 

 断末魔、衝撃波の両方が川神学園を襲った。

 

 

 

 

 

 

 

♦  ♦  ♦

 

 

 

 

 

 

 

 放課後を告げる鐘が鳴ると校庭にて決闘が始まる。別に毎日それが行われている訳ではない、今回は義経がいるためにここまで規模が膨れ上がっている。昨日までに五十人程の挑戦者が現れ全て撃退されている。壁を超えている義経からすれば当たり前もいいところだが一切邪険にすることなく笑顔で受け、真剣に戦い、最後は讃える。彼女の人気が上がる要因の一つであり、新たな挑戦者を生む原因ともいえる。

 だがそれも昨日までの話だ。今日はいつも居た挑戦者の列がない、代わりに割りと離れた所にギャラリーが輪状になって義経たちを囲んでいる。

 今は丁度クリスの挑戦が終わった所だ、無論義経は無傷でクリスは膝を着いている。義経は手を伸ばしてクリスはそれに受けとった。特に蟠りもなく二人とも笑顔だ。

 

「手も足も出なかった、流石だ」

 

「フリードリヒさんも鋭い突きだった、義経は感服した」

 

「ありがとう。それと私の事はクリスでいい、もう私たちは友達だからな!」

 

「友達……うん!よろしく頼むクリス!」

 

 友達という言葉に義経は飛び切り輝く笑顔を見せた。

 

 クリスの決闘が終わると次は総一郎――ではなく、そこには穏やかながら薙刀を、しかも普段よりも二十cmほど短く大きい物を持って闘志むき出しのまま近づいて来た。

 

「川神さん」

 

 そう言って義経も気を昂めた。

 その後二人の間に会話はない、クリスが急いで退き、ギャラリーも一歩下がる。

 審判はルー、説明などもう必要はなく、只右手が振り下ろされた。

 

 意外にも読み合いはなくしかも義経からの先手である、だからと言って一子が防戦に回ることを良しとするわけもない。それにこの決闘に勝ちはまずないと彼女も感じている。状況が良くなければマルギッテと互角程度でしかない、ならば短期でもっと言えば彼女は一分でこの決闘に幕を閉じさせるつもりだ。

しかも自分の負けによって。

 これは総一郎との相談で決まったものではない、完全な独断で下手をすれば負け癖が付くかもしれない。だが彼女は焦りと落ち着きを今現在両方持ち合わせている。それは絶対に勝てない人間がこの川神に居るのとそれが続々と川神に集まっていることに起因する。差を実感する一方それをチャンスと捉える自分がいるわけだ。

 それが彼女の感覚を次へ――二十秒のみ。

 一子は先手を取る義経の領域を定めるとその瞬間に瞼を閉じた。

義経はそんなことを気にすることもなく速度は落とさない、感覚に頼る猛者と戦ったことは勿論ある、そして弁慶やヒューム、クラウディオによって対策もしている。自分が一子よりも実力が上であることも理解しているし、それで驕ることもない。実直である義経の強みだ。

この際それ故に存在する彼女の弱点を語ることもない、何故なら彼女が一子から一撃を貰うのは驕りや油断などによって引き起こされたものではなかったからだ。

 一子が義経に確実と言える一撃を与えたのは義経にとっても一子にとっても一手目である。

 義経の袈裟切りが一子に直撃するのと同時、一子の薙刀は最も深い位置にある義経の足、それも足の甲を捉えていた。

 それによって一子は勿論戦闘不能となる、だがそれは結果だ。経過に置いて壁越えの相手に一子は一撃を喰らわせ、しかも躓いた状態になっている義経は一子の斜め後ろに倒れ込んでいた。勿論義経は殆ど無傷、一子は肩を大きく打たれてその瞬間ルーによって義経の勝利宣言が下される。

 一子には笑み、義経には驚愕が、双方ともあり得ない経験を手に入れた。

 

「意識外を無理やり狙ったか、無茶をするがよくやった一子」

 

「えへへ……勝負にも試合にも負けちゃったけどね」

 

「自分に勝ったろ」

 

 一子のすぐ後ろには総一郎が立っていた。一子はもう気配で彼に気が付いていた。

 

「義経大丈夫?」

 

「……ああ、ありがとう川神さん――しかし見事だった、義経は負けてしまったのかと思った」

 

「そんな大げさな……あ、名前でいいよ!私達はもう友達、というかクリだけに友達何て許せないわ!」

 

「そ、そうか、一子さんありがとう。義経はすごくいい経験になった」

 

 クリス同様に二人は握手を交わしている。そして友情に喝采が起きるとクリスが負傷した一子を保健室へ連れていこうとするが、一子はそれを拒否した。クリスは邪険にされ憤りを感じたが、振り向いた一子の視線にすぐに気が付く。先程まで穏やかな表情をしていた義経が完全な戦闘状態へ移行している。対峙しているのは先程現れたばかりの彼だ。そんな二人の真剣な感覚はギャラリーに伝わったのか一子含め校庭の脇へ退散していく。

 校庭の真ん中には構えた義経と一本の刀、雨無雷音を片手に持つ総一郎。ルーは何も告げる様子はない、右手を振り下ろす気もないようだ。

 湿った風が肌に掛かるが結局は涼しくならない、今日は暑い、義経が今日クリスと一子と戦ったのは偶然だがそれは幸運だった。二人には申し訳ないが総一郎と戦うためのウォーミングアップに他ならない。総一郎もクリスや一子の戦いぶりを屋上から見ていた。クリスはまだまだ愚直の域を出ていないし一子も二十秒だけでは意味が無い。

 彼は笑った、準備は完全、体調も万全――構え・地擦り八双――

 

 今出せる全力、義経は神速の斬撃を以て総一郎の制空権に侵入した。侵入ならばいくらでもと言わんばかりに総一郎は迎え撃つ――だが、ただ迎え撃つわけではない、宮殿にて彼女の一撃を待つのだ。

 義経は先日見たあれを今まさに身をもって体験した。

 

(これが……!)

 

 だが今更足を止めることもない、生地であれば負けは無く死地にしか勝ちは無い――神速が今弾かれたがそれでも攻撃の手を止めることは無かった。

 二撃三撃四撃――弾かれ見切られはするがそれは義経を同じだ。反撃されれば弾き見切る、二人の額に焦りの証拠はまだ浮かび上がっていない。

 

「すごい……な」

 

「……」

 

 二人とも素直にすごいとは言えなかった。一子は差を実感しているしクリスは到底たどり着けないと感じてしまっている。

 

「二人とも生き急ぐな」

 

「そうそう、総ちゃんが最も優れていたのは環境だから」

 

 二人を挟み込むように百代と燕は現れた。

 

「だからよーく見ておけ、私と並ぶ最強の一人だ」

 

 

 

 

 

 

 技のようなものは見受けられる。だがそれを意味としないのが後の後である。

義経は焦りを持たなくともかなり難儀していた。攻略の糸口をまだ掴めないのもそうだが宮殿というよりは迷宮に迷い込んでいるような感覚だ。侍の重要なファクターである読み合いに関して全く歯が立たない、感覚と集中による意味の分からないものに追従しようとも思わない。

だからこそ義経は今彼に食らいついている、普段以上の実力を以て総一郎の全てと対峙していた。

 逆に総一郎は焦りを覚え始めた。負けることは無い、だが余りにも拙い完成度に不安を覚えるのだ。そして義経の技量よりも適応能力に驚愕を覚えていた。

 この奥義が相手の潜在能力を上げて引き出すことに総一郎は漸く気が付いたようだ。

 ならば――

 

(こちらも上げていくしかない。ここは宮殿、相手は彼源義経、馬で崖を下るような人間。まだまだ本気ではない、守り切れるか?――否)

 

 そうだ、守り切るなど阿呆垂れめ――

 

 宮殿に来たものを何故攻撃しない――

 

 それに気が付いた総一郎は自分の愚かさを呪い、あのままでは負けていたと全てを悟った。

 

「変わった」

 

 呟いたのは百代だった。

 そんな突然、義経は悪寒と共に自分の首を総一郎の刀が掠めたことを理解し、思わず防戦に回ってしまう。それが完全なる悪手であることに気が付いたことが後彼女を三十秒持たせた原因だろう。

 まるで詰将棋――義経は自分の防御する刀があたかも総一郎の刀に吸い寄せられている感覚に囚われた、そしてどんどん防ぎきれなくなっていく、やり辛い体勢や角度に打ち込まれ、意識していない箇所すべてが斬られる錯覚に陥る。

 最後の攻防は自分の攻撃があしらわれて総一郎が自分の後ろに抜けていった。気が付けば首元には刃先がある。

 

「塚原流・首極」

 




僕はメロンブックスで予約しました。

いつの間にか完全なる燕ファンになりさがりやがりました

それと祝☆三十話です!早いのか遅いのか分かりませんがもう少しで一振りも一周年です。

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