遡ること五分前――総一郎のファミリー入りが保留となり、臨時会議は解散となるはずだった。
しかしそれを止めたのは他ならぬ風間ファミリーの長、キャップこと風間翔一だった。
どうしても仲間に入れたいキャップは一応リーダーとしては保留に肯定を示したが、それも束の間、帰宅の準備を始めるファミリーに一つの提案をする。
――そして今現在、総一郎の部屋にはファミリーメンバー、キャップ、大和、京、百代、一子、モロ、ガクトが一つのテーブルを囲み、キャップは総一郎に提案をする。
「今から風間ファミリー入団試験を始める!」
提案と言うか総一郎は殆ど強制参加の形をとられた。
「質問だ」
「許可する!」
「ファミリーなのに入団試験なのか」
「そのほうがかっこいい!」
呆れ顔で総一郎は「さいですか」と言葉を溢し、本質を確かめることにした。
総一郎から見て閉鎖的なグループがまさか自分に入団試験を受けさせるとは思いもしなかった。
「試験内容は? それとなんで俺をファミリーに?」
「面白そうだからな! 勿論、俺だけの意見じゃあ入れることは出来ない――だからこの徹夜で川神トランプをして俺達の好感度を上げろ! それが試験内容だ!」
至極簡潔な説明であった。リーダーの気まぐれ法案が総一郎の居ない間にファミリー内で上がったらしい。
しかし総一郎はその入団を受けることにした、入りたくないならば断わることも出来る、相手に不快な思いをさせない断り方だって総一郎は知っている。
だが、それ以上に好奇心が勝った。
至極簡単なことだ――面白そう。
「……いいぜ受けてやろうぞ――と、言いたいが、俺は川神トランプなるものを知らない」
「私も知らないわ」
「俺様も知らないぞ」
「僕も知らない」
「そんなトランプ今まで聞いたこともない」
「大和知ってる?」
「……キャップ適当なこと言うなよ」
「……おいおい」
意気込んだ総一郎の精神は一気に冷めることになった。
「当たりまえだ、さっき考えた!」
キャップが考えた川神トランプ――いわば王様ゲームのトランプ版。
種目はなんでも良い、大勢で出来て尚且つ勝敗が決まるもの。
負けた奴が勝った奴の言うことを聞く――ではなく、勝ったやつが負けた奴の言うことを聞く、意地の悪すぎる変則ルールだ――総一郎はそんなふうに思ったけれども、風間ファミリーの反応はいたって普通だった。
川神の恐ろしさが垣間見えていた。
「キャップにしては頭使ったな」
「簡単なルールだけど面白そうだね」
ガクトとモロが呑気なことを言っているがファミリー数名の頭の中は既に自己作戦会議状態となっていた。
(最悪のシナリオは負けて俺が勝つことだ、慎重に行くぞ、直江大和――ここが俺の関ヶ原だ!)
(どうにか大和に……どうするべきか)
(これは面白そうだ……弟にとんでもない恥をかかせてやるのもよさそうだな)
そんな思惑のさなか、総一郎は一つの提案を出していた。
「まあ、ルールは分かったけどさ、なんか怖いし初めの種目と先行は俺が決めていいか? はっきり言って不安でしかない」
「あーまあいんじゃね? いいよな?」
ファミリーはそれを了承した。
恐らくこの中で一番悪知恵が働くであろう大和が了承したということは恐らく様子見ということになるのだろう。
だが、大和は勘違い、そして大きな失態を犯していた。
総一郎は天然ではないのだ。
「じゃあ七並べをしようぜ」
♦ ♦ ♦
大人数でやるとトランプといえば「大富豪」「ババ抜き」「七並べ」三大トランプと言うのは些か大げさかもしれないが、総一郎の選んだ七並べはまごうことなき王道であったはずだ。
しかし、総一郎の提案に大和は反応せざるを得なかった。
――ぬかったわ!
そんなことを心の中で思いながら悔しくも一つの安堵を覚えていた。
カードが配られ中央に「七」が揃えられていく。
先手は先ほど全員から了承を得た通り総一郎。
「――パスだ」
人数も多いため手札が偏ることが七並べでは起こる、その分次の順番が来る頃に出せる手札もあるだろう。
「俺もパス」
総一郎に続いて大和もパス。
二人も連続で出せる札がない、確率として大いにあり得る。
だが、気付くものもいただろう、二人とも手札を全く見ていないことに。
「あ! 卑怯だよ総一! パスを続ければ一番最初に負けられるじゃん!」
「ふ、罠にかかったお前らが悪い――ああ、そして椎名……いや、京と呼んでいいかな? これは独り言だ、俺が負ければこの七並べに勝ったものへ絶対順守の命令を下すことになる。わかるか? 絶対に従わなければならない、仕方ないよな? だってそう言う命令何だもの」
多くの者はその言葉を理解できなかった。顔を蒼白にした少年と、悪い笑みを浮かべた少女以外は。
「……いいよ、京って呼んでも。私は総一に感謝しきれない」
「総一! 貴様、裏切ったなあ!」
大和の抗議も空しいまま、総一郎と京は悪代官のように視線を交わしてただ笑みを浮かべるだけだった。
総一郎と京の間に妙な絆が結ばれ、風間ファミリー入団試験の最難関は一問目で突破されるのだった。
♦ ♦ ♦
入団試験が行われる少し前、川神院で鉄心は孫娘から「今日は泊まることにした、明日には帰る――それと朝練は行けないかも――」と、ぶつ切られ、電話を取るときに「はい、川神院じゃ」なんて言葉しか発することが出来なかった。怒ろうとしても怒る相手は目の前に居ない、溜息をつく他なかった。
「総代どうしましタ?」
「モモが島津寮に泊まるそうじゃ。明日の朝練には参加しないらしい、恐らく寝ずに遊ぶんじゃろ」
「……困りましたネ」
鉄心とルーは顔を合わせて同時に溜息をついた。
二人にとってはいつものことなのだろう、それでも溜息をついてしまう。肉親であり師である者の定めともいえる。
「まあ島津寮じゃし間違いは起きんだろう。まあ、今回は大目にみるかのう――今日から島津寮には信一郎の息子がおることだし」
「……塚原家当主「三撃」の塚原信一郎ですカ、彼とは一度だけと手合わせしましたが流石「三撃」と言われるだけあって三手目の攻撃が桁違いでしタ――」
ルーはそう信一郎を評価しているがとても負けたようには見えず、恐らく手合わせとはいえ勝利を収めている。しかし次の瞬間には鉄心の言葉に顔を顰めてしまう。
「――そしてその息子である総一郎がモモを一撃で仕留めた」
「……正直驚いた――いや、恐ろしかったでス。あれは実力と言うよりも精神的な部分が大きいのでハ?」
ルーの問いは正しかったのだろう、鉄心は庭に出ると月明かりに照らされて天を見上げた。
「初めて会ったのはあやつが六つの頃じゃ――」
鉄心の記憶には人よりも多くの記録が残っている、人よりも長い年月を生きているからだ。十年前の出来事など自身にとって現役を退いたつまらない出来事のはずだった。
しかしある少年との些細な出来事は生涯の中でも恐らく上位に来るような印象深い出来事だった。
十年前に京都に行ったときのことだ。
鉄心は当時、塚原家当主兼新当流総代だった総一郎の祖父にあたる旧友、塚原純一郎の元を訪れていた。新当流は歴史が古いため川神院とも歴史の中で交流があった。
純一郎は鉄心にあうなり息子の信一郎を鉄心に会わせた。
「私よりも才のある自慢の息子だ、どうか稽古をつけてやってほしい」
鉄心は純一郎からそのような言葉を聞くとは思いもしなかった。
純一郎が若い頃は刀一本で戦場を駆け抜け、強き者に片っ端から勝負を挑む鬼のような男だった。鉄心とも武を交えたこともあり、その時の闘いを鉄心は忘れることは無い。待つ――などということはなく、ひたすらに攻撃を続ける――恐れすら感じる獰猛な剣士「鬼太刀」なんて言われていた。
息子とはいえそのようなことを言うとは――。
旧友の頼み。無論、稽古をつけてやることにした。稽古が終わると鉄心は思う――昔の純一郎に似ていると。
だが、信一郎からも信じられない一言が発せられた。
「どうか息子にも稽古をつけてやってください、あの子は私よりも才がある」
性格は確かに違う、それでも純一郎に似ている部分、即ち剣術への自負。自分は強い、そう思う心。稽古で信一郎の刀から感じた思いは確かにそうだった。
鉄心は考える暇もなく信一郎の続く言葉に三度目の驚愕を覚えた。
「恐らく開祖――塚原高幹の再来かと」
信一郎の言葉に鉄心は純一郎を見る。純一郎は目を合わせることなくただ頷いた。鉄心から見て信一郎の才は確かに純一郎を超えるものがある、そう感じた――そう感じたが、それを聞いてしまえば、純一郎がそう頷いてしまえば――
――確かめたくなってしまう。
しばらくすると信一郎の息子はやってきた。
塚原総一郎――これが鉄心との出会いだった。
第一印象はその佇まい――まるで自分の孫娘とは違う、体の大きさや力はモモの方が強いかもしれないが、非常に落ち着いていた。大人しいということではない、気が――体から放たれる気が非常に落ちついていた。
信一郎から総一郎へ鉄心との稽古が言いつけられる。
鉄心は微笑んで武道場の中央へ歩いていった。しかし総一郎は一向に歩いては来なかった。稽古がしたくないのか――鉄心はそう思った、六歳ぐらいであればそう考えるかもしれない、自分の孫娘もそうだったから――
「山に行こうよ」
総一郎が提案したのは武を試すことではなく、己の道を作ること――即ち精神修行だった。
齢六歳のいうことではない――鉄心は信一郎が叱る前に総一郎の提案を受け入れていた。
鉄心の言葉を聞いて駆けだす姿は確かに子供、友達と駆けっこをしているように山に向かっていった。
山でする精神修行と言えば座禅――風で葉が揺れる音や動物が走る音、虫の鳴き声、蚊が頬に止ることが気にならずとも刺された箇所はいずれ腫れ、激しい痒みに襲われる。
通常の精神修行をしっかりと行っていなければとても出来るものではない。
総一郎は鉄心を連れ川に来た、すると落ちていた棒に袴の解れから作った糸を括り付け、細く尖った木に糸を巻き付ける、石を裏返して虫を見つければそれを返しすらついていないただ尖った木に差して釣りを始めた。
自分に精神修行を見てもらいたい――そう思って鉄心は山に来た。ところが鉄心などに構いもせず、総一郎は手際よく出来合いの物で釣りを始めてしまった。
驚きはしたが直ぐに感心に変わる、鉄心も出来合いの釣り竿で釣りを始めた。
ただ釣りをしている。そうにも見える。
しかし二人は掛かる筈もない魚を微動だにせずただ待っていた。
集中はしているものの鉄心はほんの少しだけ総一郎へ意識を向けていた。まったく動かない――それどころか精神修行の域は自分と同じぐらいの練度、体がそこにあるにも関わらずまるでそこにある石のよう――自然。そう評価するのが当然だった。
幾らか分からない時間が経った。
総一郎の周りには鹿や栗鼠、狸、蛇などが集まってきていた。総一郎に少しだけ意識を向けている自分の周りには近寄ってこない、当たり前といえば当たり前である。
それから更に時間が進み、ある出来事が起きる。
熊が現れた。
自分ならば近寄らせること無く撃退も出来る――しかし熊の進行方向には総一郎がいた。熊に気を取られること無く釣りに集中している。
防御をすること無く熊に襲われれば一溜りもない――鉄心は行動に出ようとする。しかし熊は一向に遅い歩みを変えることは無く、総一郎の周りにいる動物たちも熊に怯えることは無かった。
それどころか熊は総一郎の隣に来ると寒くなってきた外気から総一郎を守るように――温めるように擦り寄って体を丸めていた。
この少年……!――
「彼は僅か六歳で静の極みであるその一つを極めていた、末恐ろしいことじゃ。今回十年振りに彼を見たが……塚原卜伝の再来――いや、精神に至っては卜伝を上回っているのかもしれん」
「総代……」
鉄心は語り終わると天を見上げたまま笑った。
「あやつはモモにとって確実にぷらすじゃ、力で勝るモモと心で勝る総一郎……久々に血が滾るわ」
口角を上げて微笑みとは言えない笑みを浮かべた表情は百代そっくりであった、ルーはそう思った。
♦ ♦ ♦
なんだか体が重い――目覚めた理由は気怠さだった。目を開けて腹の上をみると総一郎と十字になるように腹を合わせてハの字に寝ている一子の姿があった。
目覚まし時計をみると、その針は午後二時過ぎを指していた。部屋の中央にはテーブル、床には散乱したトランプ、そして雑魚寝をするガクトとモロ、百代の枕になっている大和と大和に抱き付いて添い寝する京の姿があった。
天井を見上げると昨日――今日の朝方のことを思い出した。
結果から言えば総一郎は風間ファミリー入団試験を合格した。京が一番初めに墜ちた、それが大きな要因だろう。
しかし、入団試験が終わろうともトランプは続いた。
賭けトランプ――金を賭けた真剣勝負。刀は使っていないが、ここにいる全員が頭脳をフル回転させて己の財布を賭けた。
総一郎も何度か負けを喫したがトータルで言えば最大の敗北者はガクト。一子は大和と百代のフォローがあり一度も負けることは無かった。
総一郎の記念すべき初めての川神は最高の友達が七人も出来る最高の結果となった。
投稿が遅れたこと、重ねてお詫びします。
そして少しだけ短いです。
少し焦って書いたので誤字があるかもしれません、気軽に言ってください。
それと評価のことです、自分の至らなさが原因あるのですが、低評価を付けるかたはもしよければどうか感想もお付けください。0を付ける際は感想をつけるという規約しかございませんが、ただ低評価を付けられても「荒しかな?」と思ってしまいます。なかには作品に対する矜持みたいなものがある方もいらっしゃるようですが、どんな酷評していただいても構いません。どのような所が至らなかったのか、良ければ感想をお付けください。
飽くまでも僕の提案でございます。感想をつけるのが嫌でしたら無理につけることありません。
長々としたあとがきになりましたが今後ともよろしくお願いします。