真剣で一振りに恋しなさい!   作:火消の砂

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僕にとって明日ってのは今日のことです


赤い髪と父の乱

一子と京は大和達から離れた山中、旅館に通ずる開けた道で組み手をしていた。

 

「やっぱりワン子、かなり強くなってるね。もう敵わない」

 

「えへへへ」

 

 組手なので圧倒的に一子が勝つなんてことはないが京の消耗は見て取れる。平然としているが京の汗はかなりのもので、一方の一子は笑顔のまま大した汗をかいていない。

 一段落ついた組手はそのまま休憩に変わろうとしていた。

 

「……?」

 

 切り株に腰を掛けようとして居た二人、だが一子はその場で振り返った。京は一瞬一子を不思議な眼で見ていたが、すぐに危険な香りを感じ取った。

 

「誰!?」

 

 一子は叫んだ――すると木陰から一人の女性、黒く赤い戦闘服を纏った赤髪の眼帯、その眼光はまさしく狩人、秘められた闘気は解放された時の強大さをイメージさせることを容易にさせている。京にそこまでを感じ取ることは出来ないが一子は「豹」としての感受性が彼女の強大さをその身で感じ取っていた。

 

「気付かれましたか――面白い」

 

 軍服の女は目の色を変えて一子に襲い掛かった。それと同時に京も女に向かって動く、普段の得物である弓は持ち合わせていないが、普段から組手も疎かにしておらず今は一子との組手の後で体も良く動く、京も武士娘に変わりはない。

 京が入る前に女と一子が一手交える。一子も薙刀を持っていないが総一郎に抜かりはない、女の得物をすんでのところで躱した後に掌底ですぐさま顎を狙いに行く。ボクシングでいうジャブのようなものなので簡単に避けられるがこちらには京がいる、京の蹴りが女の腹に入る。

 しかし浅かった、女は当たったというよりもその力を利用して後ろに下がったようにも見える。

 

「ほう……なかなかです。特に髪の長い方は少しやれるようですね――」

 

 途端、女の瞳孔が開く。獣ではない、狩人だ。一子は豹だというのにまるで二人とも野兎のように見ていた。だが、ここで怯む一子ではない。

 精神を集中させクリスとの戦いの時のような状態、つまり「六徳の観」である。豹の様な集中力、そして「待つ」「観察」するだけではないその速さ。京が動く暇もなく二人の攻防は繰り広げられた。

 

「……すごい」

 

 息を飲んだのは京だ。自分よりも明らかに格上の軍人に対して互角に渡り合う一子を見てそう言った。組手の時は力を抜いていたわけではない、本気の一子の姿を彼女は見た。

 だが、豹は豹、獣でありそれは一子の目指す通過点であって未完成である。

 相手は軍人であり場数が違う、特に彼女は「狩る」ということを生業としている。例え一子と互角であろうと一子の方が上であろうとも、その差が完全なるものでなければいくらでも埋められる――一子は次第に手数を減らしていた。

 

「くっ!」

 

 傍から見ればそれほどの差はない、だが少しずつ、少しずつ一子の額に汗が噴き出てきた。一子が呻くとまるでそれを待っていたかのように女はそれを口にした。

 

「Hasen jagd!」

 

 先程から打たれていたトンファーとは重みの違う攻撃が放たれた。間違いなくトンファーに変わりはないが、一子の焦りに反応してガードの薄い箇所を狙ったものだ。

 

「ぐうっ!」

 

 後方へ思いっきり吹き飛ばされた一子、森であるためそのまま大木に叩きつけられる。

 

「ワン子!」

 

 京がすぐに駆け寄った、女からの追撃はない。

 一子はすぐに立ち上がることは出来なかったが意識はあり、上体はすぐに起こせていた。

 

「実力はありますが経験が足りませんね、それに相性にも左右される」

 

 女は二人を見下す形でそう一子を評した。一子は悔しそうに、京は憎悪を含んだ視線を女に向けた。そんな様子を女はただ鼻で笑う、口角を上げずに。

 そんな睨み合いが続くと走って大和達が来る。

 

「ワン子!」

 

 ほぼ四人同時にそう叫んだ。走り寄ったのはモロとガクト、キャップと大和は近くまで行って無事を確認すると女に視線を向けた。

 軍服を着て武器を持っている女を見てキャップが興奮しないわけがない。いや、言い方が悪い、女に興奮したのではなく、物騒なことが起こるかもしれないこの状況に高揚していた。

 一方軍師こと大和は冷静な分析を心掛けていた。一子を倒せるほどの実力、軍服、外国人――一つの結論が出た。

 

「クリスの関係者ですか」

 

 女は少し目を窄めた、それはどちらかと言えば称賛するような視線だ。そしてそれを肯定するように男は現れた。

 

「よくわかったね。確か直江大和君といったか、素晴らしい観察眼だ」

 

 男はフランク・フリードリヒ、クリスの父親だ。転入してきた時ファミリーは面識があった。非常に穏やかな表情をしているが、こちらとしては急に襲われたので緊張感が解ける筈もない。

 フランクが来た理由は単純明快、クリスが旅行するというのでやってきたわけだ。しかも一緒に男が居るとなれば超過保護のフランクとしてはいてもたってもいられない、戦闘機でここまで駆け付けたというわけだ。そして護衛として連れてきたのがこの女。

 

「マルギッテ・エーベルバッハです」

 

「彼女はドイツ最強の部隊「猟犬部隊」を率いる優秀な部下だ」

 

 と、説明が入っていると遠くからクリスの声が響いた。

 

「マルさんじゃないか!それに父様も!」

 

「おお!我が愛しのクリス!」

 

「お嬢様お久しぶりです!」

 

 クリスはマルギッテに飛びついた。マルギッテも嬉しそうに先程とは明らかに違う笑顔を見せている、まるで姉のようだ。少し和んだ空気に大和達も緊張の糸が切れていく。

 一子も早速マルギッテに再戦しようとしているしガクトとモロはマルギッテの美貌に驚いている。キャップは「あの銃触らせてくれないかな」などとマルギッテの腰についているハンドガンに目を輝かせていた。

 大和も「はあ……」と息を吐く、京も大和の所に寄り添い「怪我しちゃった」と言えば大和に「絆創膏は自分で貼れよ」なんて会話ができるようになった。

 だがそんな雰囲気は一人の男の登場でかき消された。

 マルギッテが本能的に振り向き、殺気をばら撒いた。

 

「あら。もう大丈夫なのかね」

 

 マルギッテの先に居たのは雰囲気穏やかな総一郎だった。

 

「君は確かサムライ……」

 

「塚原総一郎です。どうも」

 

 フランクは何も感じないのかマルギッテだけが総一郎へ敵意を向けていた。

 

「赤い美人さん、殺気を納めてください」

 

 総一郎はゆうゆうとマルギッテの横を通り過ぎてファミリーの所へ歩いて行った。

 一瞬だけまた険悪になった雰囲気はほのぼのとした彼によって温和なものに変わる、依然として警戒心が強いマルギッテだが、殺気は納めている。

 そして少しするとフランクがクリスに旅の内容を尋ねる。勿論大したことはない、沢で遊んだり湖に行く予定があるくらいで、遊びすぎれば今後の勉学に影響が出てしまう。大和の計画に抜かりはない。

 少し気が緩んだせいなのかそんな雰囲気の中大和は冗談で「まあ、間違いなんて起きませんよ――お父さん」なんて口走ってしまう。するとフランクは「何か言ったかね?」と銃口を大和に向けてきた。

 普通であれば大和は「冗談ですよ」なんて言うものだが、今回は少し違った。大和のせいではない。そして少し違ったなんてレベルではなかった。

 

「おい、どこにその薄汚え鉄の塊を向けてんだ?」

 

 フランクの気が付いた頃には――マルギッテの気が付いた頃にさえフランクのハンドガンは切り刻まれ、総一郎がいつの間にか抜いた刀はフランクの頸動脈に刃を当てていた。寸止めなどではない、薄皮一枚切れて一滴血が垂れている。

 全く反応ができなかった――マルギッテはそんな思考を一番に浮かべて、そしてその愚行に気が付いた。父同然の上官に刃物を突き付けられていることを何故一番に考えなかったのだろうか。本人は気が付いていないが理由は簡単、実力差だ。

 

「貴様――」

 

「父様!」

 

 フランクは右手で二人を制した、命欲しさではない。マルギッテよりも死地を乗り越えてきた猛者であるフランクはそこに居る二人――そこにいる大和達よりも度胸がある。額に脂汗一つ掻かず、顔色一つ変えず視線だけを総一郎に向けていた。

 

「急にワン子を襲ってきて、更には銃口を大和に向ける。俺も三人ほど突っかかってきた奴がいたんで、今しがたあしらってきたが、普通そんなことをすればどうなるか分かってるよな?」

 

「止めなさい、中将の命令に背いて交戦したのは私です。その刀を――」

 

「それを制空権内に入ってきた爆撃機に言えるか?――おたくら少々日本にきて平和ボケでもしてるんじゃないですかね」

 

 マルギッテは押し黙った。言葉にではなく総一郎の瞳に、真っ黒な瞳に。

 

「おいおい、はしゃぎ過ぎだぞ総一、それくらいにしとけ」

 

 その声はいつの間にか総一郎の刀を掴んでいた。少し真剣な表情の百代だ。二人は少し見つめ合って、そして総一郎は緩やかな動作で刀を鞘に納めた。百代は背中をポンポンと叩いて総一郎を諫めた。

 

「さて、後はまとめろ弟」

 

「え」

 

 不機嫌そうに眼を瞑る総一郎、意地悪笑みの百代、ガクトとモロと一子はビビッているしクリスは敵意を総一郎へ向けている、京は悲し気に総一郎を見て――正気なのは大和だけだった。

 

「えー……お開きです」

 

 パンっ!と大和は手を叩いてそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

♦  ♦  ♦

 

 

 

 

 ファミリー一同は何事もなかったように川岸へ戻った――総一郎は居ないが。

 日も少しずつ落ちてそろそろ夕焼けを迎えるだろうか。そんな心休まるときを見計らった大和はクリスと何度目かによる仲直りのアプローチをかけていた。巧妙な誘導尋問だ。フランクが軍人であることを認めさせ、その軍人は任務のために策を練る、そして卑怯な手を使うこともあるだろう。そして自分の卑劣さ――なんて言ってしまえば元も子もないが、そんな狡猾さをどうにか認めさせようとしていた。

 だが。

 

「なんだか気に食わない」

 

 近くに京か総一郎がいれば秘密基地の再来があってもおかしくないような発言、大和もこれは聞き捨てならない。落とし前を付けるべく、大和は百代立ち合いの下、川神名物である「川神戦役」による決闘を申し出る、クリスもそれを二つ返事で申し受けた。

 知恵、体力、感性、度胸、それら全てをお題として競技を何個も決め、実際にやる競技は籤で決める。勝負は五本先取の九回勝負、知恵の大和と武のクリス、例え大和が五本連取しそれが全て大和寄りの競技だとしても、川神院の名を賭けた百代に不正はなく、運も実力の内である。クリスも川神院の名に賭けた百代に不満を抱くこと無くそれを了承した。

 明日、大和の矜持を認めさせる決戦が行われる。

 

 

 

 

 

 大和は風邪を引いていた。

 コンディションは最悪、決戦を前にして最悪の状況だった。酷いのは熱、とりあえず解熱剤を服用したが、咳や鼻水などよりも性質が悪い、体が火照って体が思うように動かない。辛うじて頭をどうにか、という所だが、体力勝負は恐らく殆ど敗北が待っているだろう。何とか策を練っていたがそれももう無意味と化していた。

 この事実を広めることを大和は良しとしなかった。幸い居なかった女子連中、ガクトとモロ、キャップ、総一郎に口止めはしたが、たまたま帰ってきた由紀江に事実を聞かれてしまう。頭を下げてどうにか口止めはさせたが、どうなるかは分からない。

 だが、昨日知らぬ間にそんなことが決まっていた総一郎は何故か彼に同情できなかった。

 

 大和は女風呂を覗きに行って失敗し、そして夜中の川に落ちたらしい。

 

 それまでは真剣な眼差しだったが、総一郎は事態が事態だったので出来うる限り大和を蔑んでやった、無言で。

 

「まあ、どうせ百代にはばれる。それに京にも……じゃあ知らないのは一子とクリスだけかよ」

 

 九人中七人が知ってしまっている現状はいかがなものか分からないが。総一郎もこれ以上なにかを言うことはしなかった、大和の男気に口を挟む程野暮ではない。

 

「無理したら止めるからな」

 

「無理するなとは言わないんだな」

 

「言うわけがなかろう。我が軍師が男を見せるって言っているんだ、無理して勝ったら止めてやるよ」

 

 ガクトもモロもキャップも何だが格好いい笑みを大和に向けていた。

 

「じゃ、俺は野暮用があるんで」

 

「止められないだけじゃねえか!」

 

 ズキリ――と怒声で大和の頭が裂けた。

 

 

 

 

 

♦  ♦  ♦

 

 

 

 

 名もない山の麓、あっても総一郎に関係はなかった。少し拓けた森林、総一郎はただ歩いて、ただ止まった。そしてただ振り向いた。

 視界に映ったのは赤い髪が靡く姿、それを捉えると眼帯を付けた赤髪の軍人、マルギッテ・エーベルバッハがそこに居た。

 

「何をご所望か」

 

 決まっている、決闘だ。彼女ならば死闘を望むかもしれないが総一郎は格下を殺す趣味も道理も「今」はもう持ち合わせていない。

 マルギッテはその問いに答えず、そして応えた。ただ眼帯を取る、すると動の闘気が開放される。

 この場で危惧するのはこの気に反応する百代だろうか――問題はない、百代には断ってきている、それに彼女は今日弟の決闘を見届けなければならない大事な用がある。昔であればもしかすれば総一郎の方を優先するかもしれないが、今は違う。

 

「では、雨無雷音でやろう」

 

「両方抜きなさい」

 

「実力を知れ、お前ひとりじゃ相手にならない。俺は出し惜しみをするような人間じゃない」

 

 マルギッテはただ頷くこともせず、沈黙を貫き、そしてトンファーを構えた。

 二人の交わりは総一郎が長い大太刀を擦れる金属を最後まで鳴らしきった後、総一郎が完全に構える前に交わった。不意打ちではない、マルギッテが問題ないと判断しただけだ。

 

 マルギッテの先手に間違いはない。総一郎が先を取ることはこれから先あるのだろうか――そんなことはどうでもいい、勝負はそこでけりはつかなかった。意外と言えば意外、それに総一郎は手を抜いていない。そして打ち合いは二合、トンファーを囮としたキックだ。それでもけりはつかない、だが総一郎は考えることもなくただ防御した。

 しかし、三合――利き手のトンファーが最速と最強を以て総一郎を捉えようとするも、マルギッテは腹に一撃を受けてそのまま地面を滑り、そして転がり二十メートル先の大木に体を思い切り激突させた。

 三合――それで決着は付いた。

 

「こ、これが……」

 

「強いね、後の先じゃまだけりはついてない」

 

 その意味を知らぬマルギッテはそれが称賛なのか理解できないまま意識を手放した。

 

 

 

 

 

 




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