――我回想、そして私の女。――
師の死、そして決意、燕との和解――もとい、交際を経た次の年。総一郎は武者修行の旅を兼ね、呪いについて情報集めをしていた。川神院に行くことはなかったが、西の天神館や武士に縁のある全国を旅してまわった。その時に京の父とも手合わせをしたことがある。
そして北陸へ向かった。結局そこでも呪いに関して手がかりを得ることは出来ず、殆ど修行の為の旅となっていた。
「失礼、新当流総代塚原総一郎と申します。突然の訪問お許し下さい」
「ああ、よく来たね。最近色々な所から君の名を聞くからそろそろ来ると思っていたよ」
総一郎が北陸で出会ったのは剣術家「剣聖」と呼ばれる黛大成十一段、生前の村雨とも交流があり葬式にも出席していた。
「葬儀の時はありがとうございました」
「構わないさ。悲しいことだが友人の別れは出来るだけ手を尽くしてやりたい」
そう大成は微笑む。葬儀の時かなり暗い趣だった総一郎と今の何か決意に満ちている総一郎を比べて自分の疑いが憂いだったことに気が付いたのだ。
「聞いていた印象が違うね。村雨からは手のかかる弟子だと聞いていた」
「その通りです。師が死ぬ間際までは愚か者でした」
「……そうか。ならば村雨も――いや、これは言うべきではないな。ゆっくりして行きなさい、稽古であれば幾らでも付けてあげよう」
「ありがとうございます」
恐らくは「村雨も未練がなかろう」と言うつもりだったはずだ。人昔前の者であれば気にも留めずむしろそれが真理と言わんばかりに褒めたたえていたかもしれない。だが、大成は葬儀の時総一郎の異変を悟っていた。村雨の謎の死、そして総一郎の変化を合わせれば「何か」が起きたことを察することは容易だった。
「何、友の弟子だ。それは私の弟子と同義さ――ああ、だが一つお願いがある」
「はい?」
「――娘と手合わせ願えないだろうか」
♦ ♦ ♦
「ってのが由紀江ちゃんと俺の出会いなわけよ」
そんな昔話をすると由紀江は総一郎の隣で縮こまっている。
「へえ、黛さんってすごいんだな」
「で、総一と黛さんはどっちが勝ったの?」
大和の質問に総一郎は由紀江と目を合わせた。
「俺、圧勝」
「コテンパンにされました……」
更に縮こまる由紀江と誇らしげなドヤ顔を見せつける総一郎、そんな姿を居間の一同は蔑んだ視線を送りつけるのだった。
「で、だ。由紀江ちゃんはとんでもない人見知りなので皆さん出来るだけ声を掛けるように、滅茶苦茶怖い顔をされてもそれは多分笑顔です。はい、由紀江ちゃん自己紹介!」
「え!」
額に汗をかきながら総一郎と他の者を交互に見つつ手をわさわさと動かして明らかな動揺を隠しきれない。
そのうち深呼吸を繰り返すと少しだけ聴き取れぬ声で「松風、いきます」と呟き、俯いた顔を上げた。
「ま、黛由紀江です! 得意なものは家事全般! 得意なことは剣術です!」
渾身の自己紹介。時々声が裏返りつつも言い切った彼女は目を瞑って返事を待ち望んでいた。
「よろしく、黛さん」
「よろしく頼む」
「おう、よろしくな」
「よろしくな!」
「……よろしく」
そんな皆の言葉に由紀江は目じりに涙を溜めるのであった。
「やりましたよ松風!」
「おう、友達百人計画もようやく始動だぜ!」
そして馬のストラップと会話する由紀江に一同はドン引きであった。
♦ ♦ ♦
次の日は土曜日、クリスと由紀江を交えてファミリーは河川敷にて簡単な野球を行っていた。
「ハンサムには打てない球」
と京が投げれば。
「くっ、俺様には打てねえ!」
と空振るガクト。
「打つと私と結婚することになる!!」
と興奮しながら京が投げれば。
「お友達で」
と見逃しの三振を喫し冷静に甘んじる大和がいる。
そんな風景を2人に見せるキャップは2人を仮メンバーに入れることを告げていた。
「野球って言っているけどまあこんな感じで適当に遊ぶのがいつもだな」
「なるほど。誘ってくれてありがとう、こんなに早く友達ができるとは」
「あ、あ、あ、あ、ありがとうございます!」
そんな時、参加していたメンバー全員が3人のいる方へ駆けてきたーー否、逃げてきた。そんな状況を理解できていないクリスと由紀江、河川敷の方を見たキャップは顔を青くした。
「へいへーい、ピッチャーびびってる、へいへいへーい、ピッチャーびびってる」
「安心しろ、顔はやめてやる」
悪魔の笑みを浮かべる百代とそれを面白半分で煽る総一郎の姿がある。
「やべえ! 皆んな離れろ!」
キャップがそう声を張り上げると完璧なセットポジションに百代は入る、対する総一郎も少しばかり額に汗を浮かべて数秒の間だけ無我の境地を発動させた。
百代の持つ球に氣が込められる。スカートではないので派手なまさかり投法から完璧なフォームでおおよそ理解できない速さの球が繰り出された、周りからは百代がいつの間にか投げたーーように見えただけだったが。総一郎も木製のバットに氣を込める、気の総量で勝てないことを知っているのか、その気の込め方はできるだけ相手の力を削ぐ障壁だった。
力の配分は双方とも完璧、あとは潜在時な野球のセンスがものを申した。恐らく長物を使い慣れている総一郎が有利、当然総一郎はそのボールを真芯に捉えた。がーー
「へーい、ピッチャーライナー」
「て、てめえ、卑怯だぞ!」
確かにホームランコースだった総一郎の打った球。だが、それを百代が捕ってしまえば確かにピッチャーライナーだった。
薄ら笑みを浮かべながら百代は次々とボールを投げ、総一郎はその殺人ボールを打ち、百代はそれをひたすら捕る。
「……化け物だな」
「「化け物結構!」」
その日の夜、島津寮に入ったクリス、そして遅めだが由紀江の歓迎会も兼ねた焼き肉が島津寮で振る舞われた。
一子とクリスは競うように肉を取り合い、ガクトはその肉汁を飲み、百代は由紀江をまさぐっている。キャップも負けじと豪快に飯を口へかけこみ、モロはマイペースで箸を運んでいる。
「はい、あーん」
「せめてやるならそのデスソースはやめろ」
「わかった、結婚して」
相も変わらず二人はいちゃつき、微笑ましい光景は風景となっている。
そして総一郎は気配を絶って寮を抜け出していた――
彼が勝手に歩く足のなすがままに訪れたのは春の風が少し荒れている河川敷だった。かって百代と二人で壊した惨状は面影をなくし、総一郎もそれを投影することは容易くない。
月は出ていない。向こうに無数の明かりが見える。
七浜ほどの光はないが、やはり都会、実家程に星は見えないが、それでも目の前にある人口光よりは多く見えていた。
「なあ爺さん、俺は殻に閉じこもってしまったのだろうか。それとも殻が付いたのか?」
総一郎の気配に鉄心は居ない。こちらに近づいてくる大きな気と二つの小さな気配があるだけだ。
「……ふふ、そうか。時間はあるもんな」
総一郎は微笑んだ。目の前の誰にでもなく、後ろの誰にでもない。自らの手平に語り掛け、微笑んだ。
「なーに笑ってんだ」
その声の主は百代だった。何度も手合わせし本気で戦った仲だ、先程から分からないわけがない、勿論他の気配も理解していた。
「今はキャップやガクトがなんとかやってるけど、クリスとまゆっちが心配してたぞ」
そんな優しい声を掛けるのは思いのほか大和だった。恐らく帰って来てから総一郎の様子がおかしいとファミリーは気が付いていたのだろう。
「……」
京は只総一郎を見つめ続け、それに気が付いた総一郎はいつの間にか見つめ合っていた。
「そんな見つめて俺にでも恋したか――」
「私たちは逃げ場所だよ、絶対にそこにある」
開いた口が塞がらなかった。唖然としていたわけではない、その言葉の後すぐに言葉を紡いでしまったのだ。
「俺はお前たちに話したいことがある、聞いてくれるか?」
「ああ」
「おう」
「うん」
「……俺は――」
♦ ♦ ♦
総一郎は元日の前々日に京都駅に着いた。十二月三十一日の昼だった。新幹線を降りて京都駅改札を出ると割と地味目な服装でキャスケットをかなり深く被った女性が視界に映った時、すでに彼女は自分めがけて飛び込んでいた。総一郎は衝撃を緩和するように彼女を受け止めその場を数回転した。
「おかえり!」
「先にただいまって言わせてくれよ」
「口答えには納豆鳩尾!」
「ごふっ! シャレになんねえ……」
中腰になってうずくまる総一郎は苦笑いで笑顔の少女を見上げた。
「元気そうだね、つーちゃん」
「もち!」
ピースサインで笑顔を見せる燕の表情は下からは良く見えた。
京都で有名人な納豆小町が町中をイケメンと手を組んで歩いていれば辺りは騒然となるだろう。そのため燕は重変装を施しているわけだ。
だが、それでも二人は注目の的となっていた。それもそうだろう、燕がこれ程までにべったりと総一郎にくっついていればバカップルその物に見える。そんな視線を構いもしない燕とは裏腹に総一郎は嬉しさ半面、居心地の悪さ半分と言った状態だった。
二人は今所謂デートに勤しんでいる。総一郎の荷物は京都駅に来ていた新当流の門下生に預けてきた。二人の姿をみてニヤついていたそいつに総一郎がローキックを食わらせたのはご愛敬。少しばかりの手荷物で二人はショッピングや食事、ゲームセンターなどで久しぶりの時間を過ごしていた。
とある道、時刻は四時半を迎えようとして夕日が煌いていた。
「今日は暇なの?」
「は?」
「ああ、今日は家ですることはないの?」
「あー……ない、しいて言えば母さんに合う位かな、まあそれは明日でも」
「あらそう」
「……え、何?」
総一郎が怪訝に問いかけると燕はさらに体をくっつけて耳元で囁いた。
「今日、親居ないんだ」
「ほほう」
「私んちこいよ」
「やだ、イケメン」
そして二人は笑う。微笑みは交わしていた二人だったが、これが初めての抱腹絶倒だった。
「久しぶりだね、総一君~」
夕方五時過ぎ、松永家宅。
「いるじゃねえか!」
そんな総一郎を出迎えたのは松永久信、燕の実父であった。総一郎は人目もはばからず思わず大声を上げていた。ガクトの癖が移ったのかもしれない。
「ああ、大丈夫大丈夫。もう少ししたら仕事で出かけるから。邪魔はしないよ~」
どうやら元から燕が話を通していたようで久信の温かい視線が総一郎を突きさしていた。
「まあまあ、上がって」
燕の押されて足早に中へ入っていくと約一年ぶりに見た松永家の風景がそこにあった。幼き頃から燕と共に遊んだ――わけでもない。
「昔と比べたらやっぱりシンプルですね」
「そ、それは言わないでよ総一君……」
昔は一軒家の一般家庭だった松永家。しかし少し前に久信が始めていた株が大失敗し、大損の借金まみれ。塚原の援助によりどうにか今は松永納豆で生きているという状況だ。と言っても貧困生活をしているわけではない、そこに居る筈の人――松永ミサゴ、燕の母が居ないため久信は常にナーバスなのだ。いてもナーバス。
「ま、つーちゃんが料理を作ってくれれば問題は無いでしょう」
「そうなんだよね! もうこのままでいんじゃないかって思うよ!」
「え? ミサゴさんに電話します?」
「ごめんなさい、これからも精進します」
この通りお惚けな所が多々ある久信だが、愛想尽かして出ていったミサゴともう一度やり直したいため技術屋として、そして松永納豆を全国に広めるため古今東西を駆けまわっているわけだ。
「そういえばこの前ミサゴさんから電話がありまして」
「「え!?」」
エプロンを着けていた燕もこちらを振り返る。
「孫はまだかと言われました」
「あ、あはははは」
「あははははは……」
同じような苦笑いが松永家に木霊した。
場面変わって九時過ぎ。既に久信は関東へ仕事に出かけ、燕と総一郎も風呂から上がり夜の寛ぎを楽しんでいた。そうは言っても燕は眼鏡をかけて仕事中、寝っ転がってパソコンに向かい経理の仕事に勤しんでいた。
そんな燕の横で総一郎は読書――をしがてら燕の横顔を楽しんでいた。
「ん? どうした?」
それに気が付いた燕はいったん手を止めた。
「可愛い横顔」
「むー」
照れたのか燕は少し頬を赤らめながら作業に戻る、そんな姿をみて総一郎は微笑みを漏らして頬を突いた。
あまり邪魔をしてはいけないと思ったのか直ぐにそれを止め、本も床に置いて仰向けで一つ息を吐いた。
古時計から刻まれたリズムが燕の打つキーボードと音楽を奏でるようで、自然と瞼が落ちていくような感覚に駆られた。
「何も言わないのか」
だが、ここで寝るつもりはなかった。そうして燕の指も動きを止めた。
「心配してないもん」
少しの沈黙の後、燕はそう呟いた。呟いて指をキーボードに掛けた。
そして不意打ちだった。燕は左肩を弾かれて仰向けになっていた――否、仰向けにされた。そして総一郎が覆いかぶさっていた。
「俺は死ぬかもしれない」
「……そんなわ――」
口を開こうとすれば燕の口は総一郎の口で塞がれた。唇が離れると息が漏れ出る、そして自然と涙が零れた。
「……死なないで――」
「ああ、約束する」
総一郎は燕の体に触れ、二人の唇は交わった――
短かったけれどもちょっとR15、書きたいですけどねーR18も