真剣で一振りに恋しなさい!   作:火消の砂

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遅くなりました。


――私の寄り道。――

「赤点回避よ!」

 

「私もだ」

 

 成績発表後の秘密基地、金曜日ではないがファミリーは全員集合していた。一子の赤点回避に大和と京は一安心、頑張った褒美にローストビーフを食べさせていた。

 

「俺様も赤点回避だぜ」

 

 一同驚愕。

 前回の金曜集会で言ったことはてっきり法螺を吹いたと思っていたのが殆どだろう。聞けば英語以外が全て三十点――英語は六十点だった。

 ここにいる殆どの者が思ったことを大和は代弁する。

 

「カンニングしたのか?」

 

「ちげーよ!!」

 

 慌てて否定したところでその様子は動揺しているようにしか見えない、怪訝な視線を一斉に浴びたガクトが助けを求める人物は一人しかいなかった。

 

「総一!何とか言ってくれ!」

 

「……ガクトは頑張った、それだけだ」

 

「本当にカンニングじゃないの?」

 

 ガクトのカンニングを総一郎が否定すればファミリーにとってそれは真実である。だがそれと同じ位ガクトが英語で六十点取ることは空前絶後なのだ。

 

「ああ、カンニングはしていない」

 

「そうだ!俺はただ総一から――」

 

 ガクトの頭頂部を掠めるように総一郎の刀が飛んでくる。

 

「おっと、ガクト悪い」

 

 幾ら頭の悪いガクトでも自分が総一郎にとって害を生す発言をしようとしていることに気が付いたのか、小さな声で「……お、おう」と呟いて大人しくなってしまった。

 

「一体何したんだ、総一?」

 

「なんもしてない」

 

 そこでキャップは何かを思い出したかのように「あ」と呟いた。

 

「もしかしてあれか? 鉛筆――」

 

「そうだキャップ、圧縮式点火って知ってるか? 普通は摩擦熱や火打石でマグネシウムを削って――」

 

「なんだそれ! 気になるぞ!」

 

 今話そうとしたことなんて忘れたかのようにキャップは総一郎の話にのめり込んで行った。大和も驚くほどに話が逸れてガクトのカンニング疑惑は薄れて行った。

 

 

 

 

 次の日、川神学園は期末考査が終わったせいか気が完全に抜けた状態になっており、特にF組の生徒達からは勉学に励む心意気は全く感じられなかった。

 一子やガクトなどは顕著にそれが現れていて、事前に一子は大和から注意を受けていたが放置されていたガクトは梅子からお仕置きをされるのだった。

 そんな日の昼休み――

 

「一年F組、塚原総一郎は至急学長室へくるように」

 

 校内放送で名前を呼ばれたのはF組で最も優秀な男だった。

 

「なにしたのさ総一」

 

「……いやー」

 

 口籠る総一、明らかに心当たりがあるように見えるが、鉄心に呼び出されてもいつものように飄々としている姿を見た大和は何か対策を持っているかのように思う。恐らく集会で話したガクトの話だろうか、軍師である大和は聞くか聞かないか迷っていた。

 

「大丈夫じゃない? 総一だし」

 

 京にも信頼を置かれている総一郎。大和は一つだけ言葉を掛けることにした。

 

「吐けば楽になる」

 

「お前軍師じゃなかった?」

 

 

 

 目の前に聳え立つはそこそこ大き目な両開きの扉。鉄製でもなくただの木製、良い素材を使っているようにも見えない。それもそう、この先にいる人物は世界でも一、二を争う実力者の一人、悪意ある物がこの学園に入っただけでその人物はすでに終わっている。子の扉は在って無いようなものだ。

 総一郎はなぜここに呼ばれたのか?

 ここ当たりがないことは無い。

 

「失礼します」

 

「おお、きたか」

 

「総一郎、なんで呼ばれたか分かるかイ?」

 

 驚きはしないがそこには鉄心以外にもルーが待ち構えていた。

 

「さあ、見当もつきません」

 

 見当がある、と言わんばかりの言い草だ。

 鉄心とルーは顔を合わせて溜息をつく、そして引き出しから出されたものをルーが総一郎に渡す。

 

「それが何かわかるかイ?」

 

「9Hの鉛筆です、僕がガクトに渡した物ですね」

 

「その鉛筆にはお主の気が纏われているな」

 

「ええ、ガクトが困っていたので迷ったら転がすように貸し出しました、その時に落としても折れないように強化しました」

 

 一見疑わしい様に見えて言い分は最もと言える。気を纏う必要は無かろう――と言われれば「ガクトは力が強いので力んだ時に折ってしまうかもしれない」と弁明すれば隙もない。

 

「鉛筆に気を纏わせてはいけないんですか?」

 

 それもその通り、鉛筆に気を纏わせたところでテストの点数が良くなるはずがない。少なくとも鉄心やルーにはできる芸当ではない。気の使い方が優れている百代でもできない。そもそもそんな運用法は気にはない。

 

「うーむ……」

 

「どうしますか総代」

 

 閉じているように見える鉄心の瞳が総一郎の姿を捉えている。見られているだけだというのに総一郎の体には重りが着けられたような感覚が纏わりつき、鉄心が言葉を発するまでそれは続いていた。

 

「総一郎、この鉛筆は何の変哲もない鉛筆か?」

 

「はい」

 

「……そうか、呼び出してすまんかったな」

 

 意図した即答だったことに鉄心も気が付いていたが、総一郎の隙を突けるようなところがなかったのか鉄心は間を置いてこれ以上の追及を諦めた。

 一礼して学長室を出た先には何故か百代が壁にもたれかかっていた。

 俺を待っていたのか――総一郎は顔を歪ませて精一杯猫背になった。

 

「一体あの鉛筆に何をしたんだ? 状況証拠を黙っててやるから教えろ、そして奢れ」

 

「ぎょえー、この鬼、おっぱいお化けー」

 

「良し分かった」

 

「嘘です」

 

 付きまとわれてしまえば引き時を見極めて言いたいことを言ってやる、そう思っていたのはいいが、百代は思わぬ形で総一郎へアクションを起こした。

 体を目一杯背中に押し付けてきたのだ。

 

「……なんすか」

 

「サービスしてやるにゃん。だからあんみつもつけてにゃん」

 

 時が経てば経つほど上乗せされていくカルマへの代償に総一郎は己の行いを初めて後悔した。

 

 

 

 

「気の刷り込み?」

 

 川神通りの和菓子屋、総一郎と同じ学年の小笠原と言う女子の両親がやっている店で、川神院に参拝する客が良くこの店に来るらしく評判も良い。ファミレスのデザートに比べれば高いが、学生が手を出せるぐらいの値段なので学校帰りに寄っていく生徒も多い。

 かく言う総一郎も今は百代と共にこの店であんみつを食べている。

 

「まあ、簡易的な神聖物とでも思ってください」

 

「意味が分からん」

 

 百代が男子と共にあんみつを食べているのが珍しいのか、周りの女子からの視線が総一郎に突き刺さって総一郎は非常に迷惑していた。

 それに何故か百代はテーブル席だというのに総一郎の向かい側ではなく、隣に座って総一郎の抹茶あんみつを頻りにつまみ食いをしている。

 

「不思議な気を放つ刀とか見たことないすか」

 

「……ああ、そういえば前に川神院に来た剣聖が持っていたあれはそんな感じだったか」

 

「大成さんの刀はまさにそれです。時を経て名だたる剣豪が気を纏わせて振りに振った刀はそれ自体が気を纏う、それを一時的に鉛筆に施したんです」

 

 話が理解できたのか百代は五度ほど頷いた――が、そこで総一郎が言っていたことの矛盾点に気が付いた。

 

「だが、それで点数が高くなることはないだろう。もしそんな仕掛けがあるならジジイやルー先生が気付く、私も気付くぞ」

 

 百代は総一郎の白玉を取ろうとしたが総一郎がスプーンでそれを弾いた、意地になって何度も挑戦する百代だったが鉄壁のスプーンに阻まれて諦めてしまう。

 自分が抹茶を頼めばいいということに気が付いたからだ。

 

「おいおい」

 

「で、どうなんだ、どんな仕掛けなんだ」

 

「……刷り込ませたのは俺の気じゃない、俺の気は纏わせただけっす」

 

「結末を言うにゃん」

 

 百代は上機嫌に抹茶あんみつを口に運んでいる。

 

「キャップの気を刷り込ませた」

 

 流石の百代もその結末に驚いたのか口に運んでいた白玉をそのまま戻している。驚いた理由は幾つかある。

 それは黒に限りなく近いグレーな行為だ、殆どルール違反だ。だが、それは百代にとって些細な驚きでしかない。真面目そうで不真面目な海水に靡くワカメのような男がそんなことをするのか? どちらかと言うと疑問ありきの驚き。

 それ以上に驚いたのは「キャップの気」についてだ。気を習得するには長い年月と才能がいる、百代ですら気を習得するのに五年はかかった。しかし、キャップはまだ気を習得しようとして一ヶ月ほどしか経っていない。

 

「ああ、別にあいつが気を使えるようになったとかじゃないですよ。キャップが持っている気を俺が鉛筆に刷り込んだだけです」

 

「……だが、キャップは気を持ち始めたのか?」

 

「まあ……そうなりますね。伸びしろはあんまりないですけど、結構いけるかもキャップは」

 

 破天荒な男――それがファミリーの風間翔一に対する認識だった。キャップが気を習得しているところを想像した二人は思わず笑ってしまった。

 

 

 その後さらに口止め料として一週間ほど食べ物を奢らされてしまった総一郎であった。

 

 

♦  ♦  ♦

 

 

 

 

 夏休みまであと一週間程、期末考査が終わってしまえば夏休みまで川神学園では大きな行事はない。

 あるクラスではナンパをする計画やどこに旅行に行こうか、と言う話もあれば。

 あるクラスでは夏休みをどう優雅に過ごすかの自慢話が繰り広げられていた。

 言わずとも分かるが、前者がF組で後者がS組である。

 

「ああ、ヨンパチ! 俺達の夏が待ってるぞ!」

 

「ああ! 貯めに貯めたこの資金を今解き放つ時が来た!」

 

「いや、解き放つのはまだ早いよ」

 

「く、そうだっだ。ありがとうよモロ、危ないところだったぜ」

 

 F組はいつものような喧騒に包まれている。喧騒と言っても騒いでいるのは一部の男子や女子。窓際にいる大和、京、総一郎、源さんなどは静かに弁当を食ったり本を読んだりしている。

 

「総一郎は夏どうするんだ?」

 

 空気にあてられた大和が総一郎に聞く。

 

「大和は夏、京とどうなるの?」

 

「あ、おい――」

 

 そんな言葉にあてられた少女は言う。

 

「勿論! 交際、婚約、結婚、初夜、懐妊、出産、二人目、三人目、四人目、五人目、六人目――百人でも!」

 

「お、落ち着け!!」

 

「あ、交際したらすぐにヤりたい? もう、大和ったら///」

 

「大和、盛ってるなあ」

 

 顔を赤らめ、笑い飛ばす二人は既にコンタクト無しでアドリブをかませるコンビネーションを築いていた。

 当然大和の抗議が総一郎を襲うが大和の攻撃が始まる前に総一郎は教室を飛び出した。総一郎を追ってこない大和を察するに京が大和を追いかけてどこかに行ってしまったのだろう。

 気が付いたら総一郎はS組の前まで来てしまっていた。

 

「おお、総一ではないか」

 

 そこに聳え立つ金色の男はいつも通りの英雄――とメイドだった。

 

「やあ、英雄……そっちは」

 

「ん? そうであったな、総一郎は初めてであったか。あずみ! 自己紹介せよ!」

 

 一見メイド、しかしその瞳の先にある奥深さが彼女の強さを物語っている。かなりの修羅場を抜けてきた者だろう――と思っていた矢先。

 

「はい、英雄様!☆ 私、九鬼従者部隊序列一位の忍足あずみと申します!☆ 主な仕事は英雄様の専属として尽くすことです!☆」

 

「フハハハハ! あずみ、これからも我に尽くしてくれ!」

 

「きゃるーん☆ 勿論です英雄様!☆」

 

 なんだこれ――口に出さなかったのが総一郎に残された唯一の思考回路だった。自らが行ったプロファイリングがとんでもない大宇宙ボールだったのかと錯覚してしまった。

 

「あずみ、総一郎は村雨殿の高弟であるそうだ。何か積もる話でもあろう、我は一子殿を見てくる、好きに話せ!」

 

「お気遣いありがとうございます英雄様!☆」

 

 高笑いを上げて英雄はF組教室へ進んで行った。廊下の真ん中を譲る人がいるのは気味悪さなのかそれとも威厳なのかは分からない。

 総一郎は視線をメイドに移すとその変貌に驚いた――と言うか安心した。

 

「誰が年増じゃボケェ、殺すぞ?」

 

「いや、言ってない、思ってないです」

 

 クナイを首元に押し付けられた総一郎は両手を前に出して無実を訴える。舌打ちが聞こえてあずみはクナイをメイド服のどこかにしまった。どうやら九鬼のメイド服は戦闘用らしい。

 

「お前武神に勝ったんだろ? それなら村雨さんの弟子って分かるが――」

 

 あずみは横目で総一郎の成りを見た。

 髪はワカメのようで表情からは威厳を感じない、刀の扱いもおざなりで時折地面を擦っている。あずみは記憶にある厳格な剣客を思い出して総一郎と被せてみる。

 

「――見えねえなあ」

 

「ですよねえ」

 

「あん? 自覚あんのか?」

 

「ええ、まあ」

 

 それもそう。総一郎は村雨から学んだことなど殆どない、ほんの二、三個程度だ。だが、それを恥だとは思わない、逆に誇るべきことを学んだと総一郎は思っている。

 

「師匠は何か俺のこと言ってました?」

 

 考えたわけでもなく何故かそんなことを口にしていた。口にして考えてみると師匠が自分のことをどう周りに言っていたのかなんて知らないことに気が付く。

 いい機会だ――と総一郎はそのままあずみの答えを聞くことにした。

 

「……反抗期の息子みたいだ――なんて言ってたな、あんときはヒュームにからかわれてたな」

 

 重く鋭い物が総一郎の胸を貫いた気がした。

 嬉しいのと同時に悲しみや後悔、憎しみが総一郎の心を抉っていく。

 

「そうすか」

 

 こんな言葉しか出てこない、あずみが不審に思う要素はそれだけで十分だった。

 

「なんだ、どうした」

 

「……いや、俺師匠のこと何にも知らないので。九鬼との繋がりがあったのも葬式で初めて知りましたし、九鬼で何をしていたか何て知らないです」

 

 普段はそんな殊勝なことは言わない。

 立て続けに出来事が起こってファミリーにも全てを話したせいなのか、こんなことを初対面の女性に話すことではなかった。

 そんな総一郎を見てあずみは彼の人物像を変化させた。村雨が総一郎について話すとき、彼は少し悲しげだった。反抗期――から読み取るに少し荒れているとも感じていた。

 だが、今ここにいる彼はそんな村雨と同じような雰囲気で自分の師匠を語っている。まるで自分の弟子を語る村雨のように。

 

「なら九鬼にいる奴に聞けばいい」

 

「え?」

 

「九鬼の若手は殆ど村雨のことを知ってる。従者零位のヒュームなんかは村雨をずっとスカウトしていたしな」

 

「いいんですか?」

 

「……ああ、英雄様もお前を気に入っているみたいだしな。村雨さんの弟子ならだれも文句は言わねえだろうよ」

 

 あずみは鼻を鳴らして「この話は終わりだ」と合図した。

 彼女が駆けだした先には英雄がいた。

 




二週間ぐらい経ちました、すいません。

今回短めでしたが、この後九鬼家の話なので少し長くなる――かもしれないと思いここで切りました。


て、ことで

次回は九鬼家メンバーに会います。

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