再生と追憶の幻想郷   作:錫箱

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♯07 あるいは誰も(彼を)理解できない

 

 

 

 廊下の向こう、自分を求める悲鳴が響いた時、上白沢慧音は後悔した。

 

 (くっ…やはり「隠して」おくべきだったか…!)

 

 非戦闘員が三人もいる部屋を、自らの能力で守っておかなかった事を悔やみつつ、間に合う事を祈って駆ける。

 たどり着き、襖を蹴倒すまで僅かに二秒。

 

 

 「阿求殿!小鈴!」

 

 

 だから、彼女もそれを見た。

 天井に穴の空いた部屋の奥に横たわっていた影が、空気を震わせて指から何かを撃ち放つ瞬間を。弾丸の如く放たれたそれが、阿求に喰らい付こうとしていた巨虫を貫いた瞬間を。

 

 「な……?」

 

 言葉が出ない。

 あいつは…何をした?

 魔法や妖力といった、この地ではありふれている力とは違ったモノ。

 

 「…………」

 

 青年は、真っ二つにされてなお痙攣したように手足をばたつかせている虫に、「まだ動くなら撃つ」とばかりに指を向け続けている。顔の半分近くが包帯に隠されているため、その表情は翳って見えない。

 青い目ばかりが、強烈な光を放っている。

 

 彼の様子に何か「ぞっとする」ようなモノを感じた慧音は考える。

 

 (待て。そもそも医者の話では、彼は「明日の朝」目を覚ますのではなかったのか……?)

 

 だとしたら、何故今……?

 立ち尽くす彼女の視線の先で、半身を起こした青年がゆっくりと顔を上げ、彼女を見据える。

 そして、先端で何かが回転している指を向けてきた。

 

 (「敵」になるか!)

 

 慧音はとっさに阿求と小鈴を庇うように前へ飛び出す。

 だが、その動きを咎めるように阿求が言った。

 

 「お待ちを」

 「だが…!」

 

 危険だ、と食い下がる慧音を今度は手で制止し、稗田阿求は青年に語りかける。

 

 「あなたは今、私達を助けてくれた。それなのにどうして、私達の友人に敵意を向けるのですか?」

 「…………」

 

 冷静にひとつひとつ言葉を発する阿求。青年の瞳が、微かに揺れ動いた。

 そして、彼の口から声が漏れ出る。

 それは、まるで長きに渡って声帯を使うことを忘れていたような声。

 

 「保証…して、くれ…る、のか?」

 「あなたがそう望むなら」

 

 阿求は続ける。

 

 「私は稗田阿求。そしてこちらが上白沢慧音さん、あっちにいるのが本居小鈴……ご自分の事を覚えていますか?あなたは瀕死の状態で、土の中に埋まっていたそうです。何故かは分かりませんが。慧音さんたちが見つけ、ここへ運び込んで手当てをしたのです」

 「僕が、埋まって、いた……?」

 

 怪訝な表情をつくる青年に、阿求は頷きを返す。

 数瞬後、青年は黙ったままその指を下ろした。同時に消えた殺気に、胸を撫で下ろす三人。

 そして青年は、今度は慧音に向かって問う。

 

 「あんたが、彼女…達を、守っているの、か?」

 「あぁ、今はそうだ」

 「……この、破れた天井、をどうする…気だ?」

 「その点は心配ない。さっきこの部屋に入ってきたとき、結界を張っておいた」

 「……?」

 

 この場所の住人なら知らないはずのない「結界」という言葉に、青年は弱々しい動きで首を傾げる。その様子に、慧音は確信した。

 

 (やはり、彼は外来人か)

 

 外見、経緯からして既に異世界の者であることは察しがついていたが、これで決定的である。

 などと慧音が考えている最中に、それまで部屋の隅で座り込んでいた小鈴が、おそるおそると言った体で青年に質問した。

 

 「あの…あなたのお名前は……?」

 

 その問いに暫く押し黙った青年は、やがてこう言った。

 

 

 「僕が……何者なのか……それを、探さなければ、ならない……」

 「どういう…?」

 「その為に、ぼくはここへ来たの……か……?」

 

 と、糸が切れたように彼の身体は力を失い、手術台の上に投げ出された。

 

 

 

 「っ……!」

 

 慧音は慌てて彼の手首を取り、脈を確かめる。

 

 「……大丈夫、多分眠っただけだ、また……」

 「そう、ですか…阿求、大丈夫なのね?」

 「ええ、平気。でも、一体……」

 

 部屋にある三対、六つの瞳が青年を見つめる。

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 「ブン屋!そっちに一、二、三……いっぱい行ったぞ!」

 「せめて数くらいはマトモに報告してください……ねっ」

 

 屋敷の表の戦闘は続いている。

 戦闘というよりは掃討に近いモノではあったが、何しろ駆除対象が多い。その上、力加減に慣れていない魔理沙と、逆に力加減をし過ぎるきらいのある文のふたりが戦っているためか、屋敷の周囲はあらかた片付いているのにも関わらず、ここだけがまだ終息を見ていなかった。

 

 空中から細いレーザー弾幕で地上の虫を狙い撃っていた魔理沙が、凄まじい速度で飛び回る文に箒を並べる。

 

 「こうやってぶっ潰しながら聞くのもなんだが」

 「えぇ」

 「こいつら、本当に『敵』なのか?」

 「隙あらば阿求さんのお家を食い破ろうとしてますし、どう見ても敵かと」

 

 つむじ風で小石を巻き上げ、それを飛ばして弾丸のように虫を撃ち抜き続けながら、文が返す。

 

 「いや、そのわりに私らには見向きもしないだろ?奴らは何を狙っている?」

 「……何か、『明確な目的』を持っていると?」

 

 だとしたら、一番可能性が高い「標的」は。

 文が瞬時に答えを弾き出した瞬間、目の前で異変が起きた。

 

 「消え…?」

 

 

 ブゥン…という奇怪な音とともに、地を駆け回っていた虫たちがゴッソリと消えたのだ。

 消失は一回だけでなく、そこかしこで幾度も起こり、十秒のちには全て虫が消えていた。

 

 同時に身体に沸き起こる、奇妙な失調感。間違いない、この能力の感触は――――

 

 

 

 「あーあ、なんか変だと思ったらさ」

 

 魔理沙がぼやくように言う。

 

 「やーっぱりお前が絡んでたのか?八雲紫」

 

 殆ど同時に、文と魔理沙の前方の空間が少し歪み、ぱっくりと口を開けた。

 滲み出るように姿を現す。

 

 「あら、ごきげんよう。余計なお世話だったかしら?」

 

 いつものように飄々と装う境界のあやかし。

 

 「一応聞いておくが、虫どもをどこへやった?」 

 「焼却炉へ」

 

 彼女が指さすのは、頭上に輝く天道。

 いともたやすく「そういうこと」ができてしまうのが、二人の目の前にいる存在だった。

 

 魔理沙は「もっとまともなゴミ箱使え」とため息混じりに言い捨て、さらに問う。

 

 「お前が首突っ込むってことは、何かある。そういう事だよな?」

 「少しばかり、ね」

 「害虫の大群がか?」

 

 いいえ、そこではなくって、と紫は微かに首を横に振る。

 

 「ちょっとやり過ぎたのよ。変な事象まで『連れ込んで』しまったみたいだから、その責任を取りに来たというわけ。それにしても興味深いわ、あの人間は。ちょっと小突けば崩れてしまいそうなくらい弱いくせに……」

 「おい、まさかお前がアイツを……?」

 

 賢者は空間の歪みに腰掛け、「まぁそんなところかしら」と歌うように答えた。魔理沙はもう一つため息をつく。

 

 「悪ふざけも大概に……」

 「でもね」

 

 言葉は遮られる。

 

 「私が放っておいても、いずれ彼はここに来たんじゃないかしら……あ、ところで新聞屋さん」

 「は、はい?」

 

 謎めいた言葉ののちに突然水を向けられた文は少し動揺する。どうもこのスキマは苦手である。

 

 「彼の持ち物、何か見つけてない?」

 「あの車椅子、ですか」

 「彼が目を覚ましたら使わせてあげると良いわ……それじゃあね」

 

 そう言って紫は目玉空間の向こうに姿を消そうとした。魔理沙が慌てて突っ掛かる。

 

 「おい!まだ何か知ってるんだろ!」

 

 紫はゆっくりと振り返った。その表情には微笑みが浮かんでいたが、何も読み取れない。

 

 「わたくしは『ラプラスの悪魔』ではない」

 「は?」

 「答えを求めないことね。八雲紫にだって、全てが見通せている訳ではないのだから」

 

 今度こそさようなら、と言い残し賢者は境界に姿を消した。

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 「皆さん大丈夫だったかしら……って」

 

 虫の掃討を終え、阿求たちのいる部屋に戻ってきたのは永琳。さしもの彼女も、部屋の惨状を見て一瞬言葉を失った。

 

 「……何があったのかしらね」

 「面目ない…」

 

 やや項垂れ気味の慧音の様子から、永琳は全てを察したようであった。

 

 「まぁ、誰も怪我をしていないのならいいのよ」

 「うむ……しかし、本当に私は何も出来なかった。『彼が』やったんだ」

 

 永琳が一瞬、動きを止めた。

 

 「どういうこと?」

 「さっき、彼が数分だけ目を覚ましたんだよ…それで、侵入してきた虫を殺したんだ」

 「まさか……よほど妙な能力でも持っていない限り、抵抗できないような睡眠薬だったのだけれど」

 

 そう言って眠り続ける青年を目を凝らして見つめる永琳だったが、やがて小さな声で呟いた。

 

 「その能力とやらは……アレかしら。貴女は見える?私にははっきりと見える」

 「え?」

 

 慧音が視線を向けた先は、青年の脚の間。

  

 それは、ある者にははっきりと。

 またある者にはぼんやりと見えた。

 

 いずれにせよ、部屋にいる全員が「青年の脚の隙間からこちらを窺っている」何か小さいモノを感じ取った。

 

 弱々しい、動物の赤ん坊を思わせる姿のそれは、青年を護るかのように、その脚にしがみついているように見えた。

 

 

 

 

 


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