再生と追憶の幻想郷   作:錫箱

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#29 柳の下には怪異

 

 

 

 草木も眠る丑三つ時。既に月は山の端に沈み果てた。黒々と澄んだ夜空に沈む、瞬く星々……そのささやかな光のもとに、吸血鬼の紅い不夜城が毅然として鎮座している。窓から漏れる灯火と喧騒が、中で行われている宴会の、衰える事のない活気を示していた。

 今、館の正面玄関に複数の人影が姿を見せる。山高帽の少女、その彼女に寄りかかる足元のおぼつかない少女。車椅子に揺られる青年、彼を後ろから押す影もまた、小柄な女の子の形をしている。彼女らは脆弱かつ責任ある人間であるから、吸血鬼のパーティーにオールナイトで付き合ってやるほどの暇も体力もない。

 

 

 「こうなるとは思ってましたけれど、ええ」

 

 

 冷たい風に靡く髪を片手で抑えつつ、車椅子を押す少女の言葉が闇に浮かんでいる。車椅子のひじ掛けとひじ掛けの間で、若い男の首ががくり……がくりと舟を漕いでいる。少女・稗田阿求はげっそりとして、大きなため息を一つついた。なぜ自分がこれ(・ ・)を運ばねばならないのか、阿求は納得できないでいる。

 

 

 「仕方ない、不可抗力だ……ほれ小鈴、ちゃんと歩け」

 

 

 自分の背中にもたれ掛かるようにしてなんとか歩いているお荷物を励ましつつ、山高帽の少女は「諦めろ」と阿求に諭す。もう一度大きく息をついてから、阿求は歩き出した。正面に見える開きっぱなしの巨大な門に向かって、四人は前庭の石畳の上を歩いていく。といっても、まともに歩いているのは半数だけである。歩みを進めながら、愚痴っぽくぼやくのは阿求。

 

 

 「……妙にテンションの上下が激しいと思ったら……たぶん二人とも、騒霊楽団の演奏を『部分的に注視して』聴いていたのでしょうね。鬱と躁の音色は毒なのにねぇ」

 

 

 阿求が言っているのは、演奏会が始まって数十分後の出来事である。突如として涙をこぼし始めた青年の姿を右側に見て「まさか」と阿求が身構えた瞬間、左側で小鈴がくつくつと笑い始めた。「気をしっかり保て」と二人の肩を揺すぶるなどしてみたが効果は薄く、小鈴は呑んでもいないのに酔っぱらいのようになってしまった。青年――ジョニィ・ジョースターの方はといえば、楽団の演奏に振り回されて泣いたり笑ったりすることに疲れてしまったのか、今は半分眠っている。

 

 ルナサ・プリズムリバー及びメルラン・プリズムリバーの奏でる音は感情の流れそのもの。単独でこれらの音を聴けば、精神に躁鬱の気をもたらす。ルナサ・ソロライブはお葬式向け、メルラン・ソロライブは忘年会向け。そこへリリカ・プリズムリバーの持つ音質「幻想」と「想い」が加わって中和されることで、ようやく「安全な」アンサンブルが成り立つのである。

 つまり、魅力的だからといって「弦楽器だけ」「管楽器だけ」を注意して聴いていると、徐々に精神を蝕まれる。注意を喚起しておくべきだったかしら、と阿求は後悔している。が、すでに後の祭りであった。

 

 

 「えへへぇ……んー……」

 

 

 魔理沙の背中でにたにたと満足げに笑う飴色の髪の友人を半目で見やりつつ、向こうの方が手が掛かりそうだからまだマシか、そう考えることにして、阿求は妥協を得た。こちらは椅子の取っ手を押しているだけでいい。

 圧迫感を醸し出す鉄門をくぐる。門の右側に灯りが備え付けられていて、その下で赤毛の門番が腕組みをして立っていた。風に合わせて、微妙だが左右に揺れているように見えた。魔理沙は口に指を当て「しーっ」と囁き、阿求に目配せをする。そうしてこっそりと門番の背後に近づき――

 重いものが風を切る音。

 

 

 「…………っ!」

 

 

 鼻先に拳を突きつけられた。危ういところで魔理沙はのけ反ったが、あと一寸で顔面に直撃する所だった。流石に冷や汗を流しつつ、魔法使いは気まずい空気を取り繕おうと試みる。

 

 

 「おっ……流石だなぁ。この私の気配を見破るとは」

 

 

 橙色の光の元、紅美鈴の口許が得意げに吊り上がった。その唇の端に寝よだれの跡が一筋走っているのを、阿求は見逃さなかった。

 

 

 「フッ……だだ漏れの気配なんぞ、眠っていても読めます」

 

 「寝ていたんだな」

 

 「…………」

 

 

 黙って頭をぽりぽりと掻く長身の門番の手元に、魔理沙は「ほい、これ」と箒にぶら下げていた大きなバスケットを押しつけた。受け取った門番は訝りながらも籠の上部の覆いを取り除ける。中にはパンやら骨付き肉やらの食物がぎっしり詰まっていた。隅の方には陶器制の小さなティーポットまである。夜気に漏れ出す、食欲を誘う香気。

 

 

 「夜食だってさ、『蚊帳の外の門番へ』って。咲夜と私に感謝するんだな」

 

 

 美鈴は目を丸くした。そして一瞬笑顔を見せ、すぐに元の仏頂面に還る。「こういう親切って、あとが怖いんですよねぇ」……最後には苦笑しつつ、藤で編まれたそれを大事そうに両の腕で抱えた。「よく味わって食べるんだな」……と自分が作った訳でもないのに胸を張る魔理沙の背中から、小鈴ががくりと滑り落ちる。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 幸せそうに夜食を頬張る中国系妖怪の護る門をあとにして、阿求と魔理沙、それに酔いどれ気分の小鈴と熟睡中の青年を乗せた車椅子からなる一行は、人里への帰途を急いだ。真夜中の風が冷たく吹きすさび、彼女たちの頬から色を失わせる。細い道には湖から流れ出した冷気と、僅かな霧が立ち込めている。

 

 

 (春は名のみの……ってね)

 

 

 身を震わせる寒さに、阿求は何処かで聞いた唱歌の一節を思い起こす。だが、紅魔館のテラスに出たときにも感じたように、この寒さも一月前と比べれば鳴りを潜めつつある。梅などとうに散ってしまっているし、水気の多い地面からは所々土筆が顔を出している。もうしばらく寒暖を繰り返して、そうしたら春がやって来る。「やって来る」……彼女は幻想郷の全てを愛していたが、春の訪れるその瞬間はとりわけ好ましく思っていた。厳しい冬を堪え忍んだ末に、ようやく地平線の向こうから姿を現すのは……花鳥風月が極彩色の様相を呈する……光輝く季節……

 

 

 「……魔理沙さん」

 

 「ん? どうした……」

 

 

 この漠然とした想いを誰かと共有したくて、阿求は白黒魔法使いに話しかけた。

 

 

 「もうすぐ春で……」

 

 「……ふぇっくし! ……んー、そうだなぁ」

 

 

 大きな可愛らしいくしゃみ。直前に仕掛けようとしていた会話とのミスマッチ具合、そしてくしゃみに続く「おぉ寒」という小さな呟きに、阿求は思わず顔を綻ばせる。魔理沙も少し笑って、「山の雪もあらかた解けたようだし、暖かくはなってきてるよなぁ」……そう応えた。

 

 

 「今年の冬は長かったけれど、この分ではあと一週間もすれば春一番、って感じかしら……あぁ、でも、最近季節の変わり目が不安定だからなぁ……この間だって雪が降ってましたし、ねぇ」

 

 「いい加減あれが最後だろう? もう寒いのは懲り懲りだ……あったかくなったらさぁ、桜の下でどんちゃん騒ぎやらかして、前後左右不覚になるまで酒呑んで……」

 

 

 (……この期に及んでまだ呑む話してる)

 

 

 宴会の後だというのにまた宴会の話をし始める魔理沙の健啖っぷりを、阿求は呆れと感嘆のない混ざった視線で見る。阿求とて人並みに飲み食いは嗜むつもりでいるが、流石に今は酒宴の酒の字だけでお腹一杯、といった体である。元気だなぁ、などという些か年寄り臭い感想は心の中に仕舞い込んでおいた。

 

 

 「……ん、まぁウチにも桜は有りますし、『小規模な』宴でよろしいのでしたら」

 

 「お、嬉しいねぇ」

 

 

 ニコニコと笑う魔理沙。本当に会話の内容を全て理解しているのかどうか怪しみつつも、とりあえず阿求は頷いておいた。それから暫しの間は、二人とも黙って歩き続けた。

 

 行きは四人でだらだらと、緩やかに目的地へと向かった。帰りはたった二人だけが――あとの二人は数に入れられない――出発点を目指して来た道を戻る。ランプが球形の光の空間を造り出し、一行を包んだままで闇の中を滑り出す。その速度は往路よりも速い。俯瞰すれば、闇から隔絶されたおぼろげな球が、夜道を無音のままに滑ってゆくように見えることだろう。

 彼女たちはその隔絶空間の中で、様々な音を聴いた。木立の中を駆ける風……巡る巡る葉擦れの音……何処からか聴こえてくる、冬の間ずっと薄氷の下に眠っていたであろう小川のせせらぎ……奥知れぬ夜に低く響く怪鳥ジミた鳴き声……あれは梟、あれは夜鷹、これは……判らないから鵺……そう冗談めかして呟いたのはどちらだったか……

 里のはずれの三叉路に差し掛かったとき、どちらからともなく頷きあって、二人は別れた。一人はよれよれの少女を担いで鈴奈庵の方角へ、もう一人は車椅子を押しつつ稗田屋敷へ、まばらな街灯の光に影を長く伸ばして、道の向こうへと消えていった。時刻は既に寅の刻、午前三時を回っている。里には既に人の気配はなく、ただただ穏やかな春の気配を孕んだ夜の風が、街路を静かに吹きわたっているのみである。

 

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 「くしゅっ……あー、寒。そして眠……」

 

 

 同時刻、里の上空。

 地上のそれよりはやや冷たい風を切って飛ぶ、一つの陰影があった。大きな赤いリボン、紅白の装束……純白のマフラーを首に巻いた少女、博麗霊夢のものである。四半時ほど前から、緩やかに旋回しつつ、里の空を飛んでいる……何のために? 彼女自身、なぜ「見回り」などしているのかを記憶の片隅に追いやっていた。そうでもしていないと、

 

 

 「あんの隙間女……覚えてなさいよ……よくも私を炬燵から引き剥がすような真似を……」

 

 

 八雲紫への恨み言が噴出しそうになるのである。現に少々吹き出ている。だが、巫女はぶつくさ言いながらも、自分の役目――境界のあやかしから依頼された――を、彼女なりの誠実さで果たすべく、鷹のように目を尖らせて、地上に広がる静かな町並みの上空を巡回していた。 

 

 ここに至るまでの経緯は、おおよそ霊夢にとっては不愉快極まるものであった。

 

 ――――――

 

 過ぐる日(と、言っても、もはや一昨日の事になってしまった。日付の変わった今となっては)の日没前、一人のハウスメイドが博麗神社の境内に降り立った。その手から霊夢に渡されたのは、素敵なパーティーへの招待状。

 

 

 「暇なら――暇でしょうけど――ぜひ、お越しくださいね」

 

 

 癇に障るような捨て台詞を、わざわざ丁寧に畳んでから廃棄していったメイド。その後ろ姿が空の向こうに消えていくのを、霊夢は表面上立腹して見送った。だが、内心は退屈からの解放を望んで浮き立っていた。元よりお祭り事の好きな性分である。まして冬の間は嫌でも閉じ籠りがちで、鬱憤の溜まり切った時期でもあった。そんなわけで、博麗霊夢は吸血鬼のパーティーを「そこそこ」楽しみにしてはいたのだが。

 その浮かれ気分が打ち砕かれたのは、翌日の朝のことであった。

 目を覚まし、雨戸を開け放ち、寒さに身を震わせた霊夢。すでに高く登りかけている日を睨め上げつつ、まずは一風呂浴びよう……などと怠惰に部屋の布団を畳もうとして、枕元に置かれた一片の紙切れに気づいた。取り上げて見れば、走り書きの数行に、見慣れた八雲の花押。

 

 

 【市中見回りの件、よもや忘れてはいないでしょうね? 日に二回以上、昼と夜に分けてね。

  あぁ、勿論申し訳ないとは思っているわ。貴女の性分を考えればなおさら……

  私なりに他の策も考えたのだけれど、今はどうにも身動き出来なくってねぇ。

  この騒ぎの詳細が分かるまで、巡回をお願いすることになります】

 

 【追伸 心づけに昼食代を置いておきます】

 

 

 裏を見ると、一枚の紙幣が、透明なベタベタする細い紙で貼り付けてあった。霊夢はそれを毟り取って、わなわなと震え始め……やがて叫んだ。

 何なのよ、と。

 その声量は相当のもので、縁側で剣ならぬ針の素振りをしていた小人が魂消て尻餅をついた。

 

 

 ――――――

 

 

 (大体…… アンタ()が身動き取れないとか、んな馬鹿な話が有るわけないでしょ)

 

 

 余裕綽々とした紫の姿しか知らない霊夢には、その姿以外を想像できない。どうせ何処か居心地の良い処でサボっているのだろう……普段の自分のことを棚に上げて、博麗の若い巫女は憤慨する。

 しかし、手紙だけなら怒りはそれほどのものではなかっただろう。霊夢の怒りの矛先は主に、小馬鹿にしたように貼り付けてあった少額紙幣に向いていた。蕎麦屋で二八を一杯、甘味処で汁粉と甘酒を一杯ずつ。それで全額使いきってしまった。夜間労働の賃金としては余りに酷ではないか。

 

 団子がどうだ、蕎麦屋の熱燗がどうだ……とぐだぐだ呟きながらも、霊夢は空を飛んでいる。

 ……と、里のはずれに流れる運河に……何かが動いたような……

 

 

 (……人? こんな時間に?)

 

 

 すぐさま音もなく急降下し、運河のほとりに着地。岸に沿って項垂れる柳の陰に身を隠すようにして、右往左往している影に接近し、様子を窺う。件の影は頭からすっぽりとフードを被り、マントを靡かせている怪人物である。さらには、何か大きな丸いモノを、胸の前に大事そうに抱えている。あからさまに怪しい。霊夢は袖口の中に仕込んである呪符を確認し、柳の陰から一歩踏み出た。

 

 

 「そこ。ちょっと止まりなさい。私は博麗の巫女よ」

 

 

 声を張り上げると、怪人物はビクリと肩を跳ね上げて立ちすくんだ。その背中に向かって、霊夢は更に問い掛ける。

 

 

 「あなた、こんな時間にこんな場所で一体何をしているの?」

 

 「れ、霊夢、いや博麗の巫女殿こそ、こんな夜中に何を……」

 

 

 つっかえながら問い返して来た不審者。声は低かったが、女性のものだった。訝りつつも「質問をしているのはこっちよ」と釘を刺しかけて、霊夢は眼前のシルエットに、どこか見覚えがあることに気づいた。記憶の引き出しを探ってみるが、なかなかすぐには出てこない。「マント」……最初に脳裏に浮かんだのは、高名な聖徳王その人であるとかいう、あの仙人擬き。赤と青のマントが霊夢の記憶の中でひらひらした。

 だが、目の前の不審者は立ち振舞いに威厳がない。オドオドとして、今にもこちらに「許して下さい」と頭を下げて来そうである。違うな、と霊夢は脳内の聖徳太子像(ふはははは……と高笑いしている凛々しい美女)に大きく「バツ」をした。と、なると次は……

 

 

 「ん? あんた、もしかしてろくろ首の……」

 

 

 影はぴくりと肩を震わせ、一瞬のち、がくりと項垂れた。うつむきながらフードを取ると、中から見事な赤毛のショートカットと、青いリボンが出てくる。ろくろ首……飛頭蛮の少女、赤蛮奇(せき・ばんき)は首肯した。

 

 

 「ふぅ……いかにも、赤蛮奇です。覚えてたんだ……」

 

 「名前は忘れてたけどね」

 

 「忘れてたんだ……」

 

 

 蛮奇は再び項垂れた。その様子があまり哀れっぽかったので、霊夢は笑気の衝動を堪える必要があった。どうせ暗いから見えていないだろう、とたかを括りつつも、真面目な表情を作り、地面にしゃがみこんでしゅんとしている赤髪の少女に問う。まだ、先程の質問に答えて貰っていない。

 

 

 「で。ここで何してるの。また何か企んでいるんじゃあないでしょうね? この間の――いつだったっけ?――付喪神の異変のときみたく」

 

 「違う違う。違いますって」

 

 

 不安定であろう着脱式の首を、外れやしないか心配になるほどのスピードでぶんぶんと振る蛮奇。

 

 

 「あの時は私自身どうかしてた。今は反省してるから」

 

 「んー? 本当かしら?」

 

 

 霊夢は大げさに首を傾げつつ、蛮奇が抱えている大きな丸いものにチラチラと視線をやる。風呂敷らしきものに包まれたそれは、近くで見ると、ずっしりと重量感のある歪な球形をしているようだった。蛮奇はそれを霊夢の視線から隠すように、後ろ手に抱える。

 

 

 「ん~?」

 

 「…………」

 

 

 巫女が後ろに回る。ろくろ首は包みを身体の前に回す。その動きを追いかけて、巫女は前に回る。ろくろ首が再び後ろ手に包みを抱えて隠そうとする。霊夢が蛮奇の目をじっと見つめると、数瞬の視線のぶつかり合いを経て、蛮奇は敗北し、目を逸らした。

 

 

 「見せなさい」

 

 「うぅ……」

 

 

 差し出された風呂敷包みを受け取って、霊夢はまずその重さに驚いた。大きさこそ中ぐらいの西瓜ほどだが、重さはその比ではない。漬物石のような重みである……蛮奇は言った。

 

 

 「落とさないでよ……『起きるから』」

 

 

 霊夢ははたと動きを止める。「起きる」……

 腕の中にある包みが、急に触れてはいけない「何か」になったような気がした。

 霊夢は囁くように訊く。

 

 

 「『これ』は……生きてるの?」

 

 「うん……でもね、私のじゃない。私は捨てに来たんだよ……これは『私の』にそっくりだけど、全然違うモノなんだ。制御出来ない……かといって何かをするわけでもない、けど」

 

 

 赤蛮奇が何の事を言っているのか、霊夢はやや麻痺した思考で噛み砕き……そして、ゆっくりと包みを地面に下ろした。地面の上で、風呂敷の結び目がゆっくりと、自然に緩んでいく。霊夢は再び囁く。

 

 

 「……現れたのはいつ?」

 

 「昨日……竹林を散歩して、ねぐらに帰ったら……ねぇ、霊夢さんの力でどうにか出来ない? 封印とか……物理的な破壊以外なら何でもいいから……何だかよく分からないけど、気持ち悪いのよこれ……あなたはこれが何なのか、知ってるの?」

 

 「私にもよく分からない……封印はやってみるけど」

 

 

 霊夢は袖口から数本の針と、同じ枚数の呪符を取り出した。いまや包みは完全にばらけ、中身が露になっている。地面に敷かれた風呂敷の中央に、無造作に転がるそれを、霊夢と蛮奇は直視する。それは生々しい生き物で、今は安らかに寝息を立てている。彼女らの表情は固く、特に蛮奇の顔には嫌悪感のようなものが浮かんでいた。

 

 

 地面に転がる「首」――赤い髪、青いリボンの少女の首――赤蛮奇の――唇の端から寝息とともに零れた音は、見つめる二人の耳には届かず、そのまま地面に染み込んでゆく。

 

 

 【*** *】

 

 

 

 









 恐らくあと二、三話で第一章はお仕舞いです




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