朝起きて障子を開けてみると、外には雪がちらついていた。
三月の上旬だというから、冬も終わりに近づいているのは本当なのだろうが、この雪を見ると、春はまだ遠いものに思われる。軒下から望む空……屋根と塀の間から垣間見える空は灰色で、心なしか雲の起伏も少ないように見える、平坦な曇り空だった。シャツ一枚では寒くて、枕元に置いてあった上着を着る。何という名前の着物なのかは分からないが、綿が入っていて暖かい。
朝飯を頂いたあと、ふと思いついた事があって、阿求の書斎へ赴いてみる。書斎といっても洋風のものではなく、やや狭めの和室に書き物机が一つ置いてあって、その周りに巻物や古そうな本が山と積んであるだけだ。部屋の主によると「ショインヅクリの構造をトウシュウしている」のだとか。ショインヅクリが何で、トウシュウがどんな意味の動詞なのかは聞きそびれた。
僕が障子越しに呼び掛けると、中から「どうぞ」と声がする。僕は車椅子から降りて、這いずったまま部屋に入った。わざわざこうするのには理由がある。先日、お手伝いさんの一人が厨房で「お客人の車椅子のせいで、畳に痕が残ってしまう」とぼやいていたのを聞いてしまったのだ。仕方のないことだが、迷惑をかけているのには違いない。それからは極力、畳の部屋には車椅子を降りてから入ることにしている。
妙な姿勢で部屋へ入ってきた僕を見て微笑みながら、「余計な気を遣うことはないのですよ」と彼女は言ってくれた。「むしろ配慮すべきはこちらですからね」とも。それでも、僕に宿を与えてくれた上、なんだかんだと世話を焼いてくれる彼女とその使用人さんたちに、これ以上負荷を掛けたくなかった。
……いや、別にそういうことを言いに来たんじゃあなくって。阿求に言いたい事と、聞きたいことが一つずつあったんだ。それを口に出してみることにしよう。
思い付いたことをそのまま言ってみると、彼女は眉を寄せた。
「貴方が『馬乗り』ですか」
「……だと思う」
思い返せば、今の僕が始まったのは「馬車を見てからだ」。馬車に連れていかれた先で、「馬に乗れない僕」を見た。その「僕」は、馬を曳いた二人組に嘲笑われていて……いや、これはどうだっていい。
とにかく、あの脚の動かない少年は馬に乗ろうとしていた。その願いは成就したのだろうか?ともかく、そうして旅立った道のりの向こうにあの「自分の脚で立つ僕」がいたんだ。だから、
「馬に乗せろ、と?」
「きっと手がかりになるはずだ。ここらに……いないだろうか?荷物を運んだり、畑を耕すための馬なんかじゃあなく……『乗る』ための馬が」
阿求はため息をつくと、机に広がっているぎっしりと字の詰まった紙を脇に押しやり、代わりに自分の手を机の上に置いた。
「一応訊いておきますが――貴方、自分が何を言っているのか、お分かりで?」
「そのセリフは予想してたよ……歩けない癖に馬に乗りたいだなんて、自分でも馬鹿げてると思うから」
「分かっていて、その上での申し出……ってことかしら?」
頷いてみせると、彼女は目を閉じて横髪を掻き上げ、ふぅ、とため息とは別種の息を一つ吐いた。
「手近な所で言いますと、この家の土地を耕している小作人が、幾らか馬を所持しています。ですが、これらは一度も人間を乗せたことがありません。良く手入れされているとはいえ体格も貧相で、人間を乗せるには耐えませんね」
ただ、と阿求は人差し指を突きだし、語を継ぐ。
「里の郊外に、大きなお屋敷があります。塩の専売で財産を為したお方が主人でしたので、『塩の長者の御屋敷』と呼ばれています。そこの主人がたくさん馬を飼っていました……残念ながら、とある事情によって数を減らしていますが」
「とある事情?」
「んー……大きな声では言い難いのですが、少し前に主人が狂乱して、馬を次々殺してしまった……という出来事があってね。病気かなにかだったようです。その後彼も亡くなり、屋敷はひっそりとしている……で、ここからが本題なのですが」
「二週間ほど前、そのお屋敷の近くに、大層立派な馬が現れたといいます。どうやら外の世界の『競争馬』が紛れ込んで来たようで……今は屋敷の馬丁が世話をしていると、風の噂で聞きました……見に行ってみますか?」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
その屋敷は人里の反対側にあった。
そもそもこの町があまり大きくないのだが、ここまで歩いて来る途中、阿求は息を切らせて二度ほど立ち止まっていた。本人曰く、あまり寒すぎる日、暑すぎる日などは体調が芳しくないのだとか。見た目も丈夫そうではないし、身体は弱いほうなのかも知れない。どっちが怪我人なのか分からないくらいだ。
自分の屋敷に負けず劣らず大きな門を阿求が叩くと、暫くして少しだけ隙間が開き、気の良さそうな女性が顔を出した。この家の使用人の一人らしい。僕の方を見て怪訝な顔をしつつも、阿求が事情を話すとすぐに迎え入れてくれた。
裏にあるという馬小屋を目指し、屋敷の塀にそって庭を歩いていく。大きな家はひっそりとしていて、心なしか空気さえ冷たく感じるほどだった。
前を歩いている阿求と女中の会話を漏れ聴くと、この家の主人――「塩の長者」には跡継ぎも家族も居なかったらしい。彼が亡くなったことでこの屋敷も空き家になり、里の自治会のような組織に引き渡されるのだとか。大勢いた使用人も、後片付けが終わり次第出ていく……という話だった。
で、僕にとっての最重要事項……つまり馬については、畑で働いていた小作人らが少しずつ引き取っていく予定だそうだ。件の競争馬も、馬の世話をしていた馬丁のものになっているとのこと。
――ところで、僕は馬に乗って、それからどうするつもりなんだろう。
乗るためのイメージは……おぼろ気にだが、たしかにあった。「回転」が重要だ。きっと、「彼」が教えてくれたことなのだろう。詳しいことは何も覚えていないが、そんな気がする。
だが、乗れたとして――僕はどこに向かう気なのだろう。
何の為に?――記憶を取り戻す為に?
敵と戦う為に?
「――着きましたよ?聴いてますか?」
「……あぁ、うん……」
答えの出ない問いに悩んでいたら、阿求に呼ばれているのに気がつかなかったらしい。顔を上げると、僕は畑の間、小さな馬小屋の前にいた。小屋の横には小さな牧場も見え、何頭かの馬が草を食んでいる。
「今、連れて来てくださるそうです」
阿求が言い終わらない内に、馬小屋から一頭の馬が姿を現した。農作業着姿の男が手綱を持って牽いている。
美しい馬だった。
歩く度、褐色の毛並みと皮膚の下で引き締まった筋肉が躍動しているのが分かる。牧場にいる、背の低く脚の短い馬達とはまるで違った、気品のある姿。僕たちの数メートル先で立ち止まって、首を振りつつ鼻を鳴らす。
柵に馬を繋いで、馬丁らしい中年の男が近づいてきた。この馬の引き取り手らしい。
「これは稗田の御当主。いつもお世話になっとります」
「いえいえ……この馬ですか?外から紛れ込んできたというのは」
「へい。旦那様の葬式の翌日でしたかねぇ……畑の外れをうろうろしてたんですよォ。鞍も着けたまんまで、毛並みもガタイも良かったから、こいつは『競馬』ってやつの馬かなぁと思った次第で」
そこで男は首を傾げた。
「いやしかし、ちょっとばかし意外ですなぁ。御当主に乗馬の心得があるなんて」
阿求はクスリと笑って、きょとんとしている男に答えた。
「先祖が乗ってましたから、私も乗れないことはありませんが……今回乗るのはこちらの方です」
僕を指差す。
男は僕と車椅子と阿求を代わりばんこに見て……文字通り困惑した……気持ちは分からないではないけれど。
「……いやいや、んな訳ないでしょう。第一そこの兄ちゃんは……」
「ふふ、私もそう思いますよ。しかし、やると言ったら聞かない感じですし……一度だけ、ね?」
「うぅむ……大恩ある貴女のお願いですからなぁ……しかし……」
彼は納得していない様子だったが、ともかくこれで、僕はチャンスを得たわけだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇
(何だって言うんだ、本当になぁ)
馬丁は半ば怒りすら覚えていた。
今、牧場の柵の向こうでは、先程まで車椅子に乗っていた青年が這いつくばって、馬の手綱に手を伸ばそうとしている。見るからに乗れなさそうだ。
(大体、脚が動かん奴が馬に乗れるハズもなかろうに。たとえ無理やり乗っけたとしても、脚で体重を支えられずに落っこちるのが目に見えてらぁな。ましてやあの姿勢から乗ろうなんざ、天地がひっくり返っても無理だわな)
青年は垂れた手綱を握って、馬を見上げている。馬丁はその様子が余計に気に入らないのである。何故なら、
(誰だか知らねぇが……『乗れる』『乗ってやる』っつう目をしてやがる)
無理なものは無理。長い間馬を世話してきた彼でなくても、脚が完全に動かない人間が馬に乗れるはずもない事は分かるはずだった。それなのに目の前の青年は「やる気」だ。哀れみを通り越して怒りが沸いてくる。
(だいたいやらせる稗田様も大概だよなぁ)
そう思いつつ横を見遣ると、稗田阿求が青年に向かって微笑んでいる。
「行けそうですか?」
「行ける感覚はある。あとはタイミングさえ……」
呟いて、青年が腕に力を込めた瞬間。
突然手綱を引っ張られたことに驚いたのか、馬が急にいななき、前足を宙に踊らせたのだ。
その動きに引っ張られ、青年が一瞬、宙に浮く――
「あ、おい、待て……!」
馬丁が柵を乗り越えて止める間もなく、褐色の馬は青年を引きずったまま駆け出す。
身を乗り出して阿求が叫ぶ。
「止めて……!」
「言わんこっちゃねぇ……!」
どうにか鎮めようと、馬丁が駆け寄ろうとした途端。
土埃を上げて引き摺られる影が叫んだ。
「近寄る…なァッ!」
「……っ」
叫び声の余りの剣幕に、走りかけていた馬丁は急停止した。振り返って阿求を見る。
俯いて唇を噛んでいるようだった。
「……どうしようもなくなったら、無理やりにでも止めて下さい……」
「へぇ……」
その言葉に従い、馬丁は今しばらく彼を見守る事にした。
◆◇◆◇◆◇◆
少年の視線の先で、男が馬に引きずり回されている。
「あの兄ちゃん、バカなのかなぁ?」
牧場の隅、柵に寄りかかっている男の子が一人。口に棒付き飴をくわえている。今日は寺子屋が休みということで友人の家へ遊びに行く途中だったのだが、途中で妙な物を見た。それがこれである。
「早く止めてあげりゃいいのに」
ひとしきり青年の醜態を眺めた後、少年は駆け出した。
……だが、直ぐに誰かにぶつかりそうになって急停止する。
「危ねっ!」
飛び退いた少年は、ぶつかりそうになった相手の横をすり抜け、再び駆け出そうとして……捕まった。
「うわっ!何すんだよおま……え……?」
少年が見上げた先に立っていたのは、妙ちきりんな服を身に纏い、翠色の髪を片側だけ長く伸ばした、やや長身の美しい女性だった。美しいのだが、他人を寄せ付けない類いの美貌。ついでに言うなら被っている冠みたいな帽子も綺麗だが、ちょっと近寄りたくない感じの装いである。
少年が女性の美しさと奇抜さに見とれていると、彼女の柔らかそうな唇が開き――
「そこの貴方。いくらお休みの日といっても、前方不注意になるほど浮かれるのは感心しませんね。人の目は前にしか着いていないのですから、きちんと前を見て歩かねば道を踏み外しますよ?今この場に限らず、です。それにその飴。そんなモノをくわえて走って、転んだらどうするのです。口蓋に棒が刺さって、大怪我をするのは目に見えていますね。最悪、棒が脳まで突き抜けて死にます。そのようなつまらない事で命を落としたら、きっと親御さんが大泣きしますよ。貴方だってお父さんやお母さんを悲しませたくないでしょう?……次、人に迷惑を掛けたら謝る。貴方、さっき私を放置して逃げようとしましたね?いけません。謝罪という行動には、自らを戒める目的もあるのです。これを疎かにしていると、罪を重ねても反省しない悪人になる。寺子屋で教わったでしょう?『過ちて改めざる、これを過ちと云う』と。学びの家で習得したことは決して、ただの暗記事項ではないのです。そもそも……」
流れるようにお説教が飛び出してきた。
その勢いたるや、九天の滝を流れ落ちる清水のごとく、である。少年は悟った。目の前にいるこの美人さんは、ウチの寺子屋の先生と同じ類いの人だ、と。
だが頭突きだの白墨だのが飛んでくることはない、そう見切った彼は、無理やりお説教を中断させる事にした。
「わー!わー、あの兄ちゃん、大丈夫かなー!」
牧場の柵に駆け寄って、大声を上げる。柵の向こう側では、長い説教の間もずっと引き摺られ続けていた青年が土埃を上げてもがいている。これを出汁に使う。早速背後から説教女が近づいてきた。ふむ、と声が聞こえてくる。
「ふむ……妙な人間ですね」
「な、姉ちゃん、アイツ、乗れると思う?無理だよね?」
説教女は形の良い顎に手を当て、暫く考え込んでいたが、やがてこう言った。
「乗るでしょうね」
「えぇ?何でさ?脚が動かないんだよ?」
「脚の自由不自由など、彼にとっては関係ないのではないでしょうか。人間にしては珍しいぐらい、意志の強い魂を持っているようですから……ん?……それどころか、善悪を意に介さない?……いや、見間違いか……それはもはやヒトの精神ではない……」
女性は何事か口の中で呟いていたが、おもむろに少年へ向き直った。
「まぁ、見たところ悪行も無いようですし、今は良しとしましょう……さて、続きです。私は此処等を見回った後、人里へ向かう途中でしたが……貴方は?」
「……里の友達の所だよ」
「では、歩きながら話すとしましょうか。良いですか、仏法においての悪行とは本来……」
少年はうんざりしていた。
隣で延々と説教を垂れている麗人が彼岸の閻魔王その人であると知っていれば、その態度も少しは変わったかもしれない。いずれにせよ、有難い説法は当分終わりそうにないのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
……止まった。
どのくらい長い間、引き摺られていたのだろうか。間断ない痛みと赤い色で、上半身のあちこちに擦り傷が出来ているのが分かる。感覚はないが、下半身も同じようなものだろう。服もあちこち破れていて、「後で阿求に怒られるな」と少し場違いな事を考えている。
僕は一度も手綱を離さなかった。
手を離せばいつでも、引き摺られる痛みからは逃げる事が出来た。でも、それはもっと大きなモノからの「逃避」だ。ここで手を離したら、もう二度と這い上がる事は出来ない。そんな気がしたから。
熱い息が顔にかかる。少し顔を上げると、細長く精悍な馬の顔が目の前にあった。優しい目。長い舌を伸ばして、僕の頬を柔らかに嘗める。
そうだった。この駿馬の眼差しは、初めから優しく、穏やかで――
唐突に、頭の中に声が弾けた。
【馬に乗ろうとする意思を持つなら――】
【なぜそれを使わない?】
馬の頬を撫でる。ありがとう……君に引き摺られたおかげで、また一歩――たったの一歩だけかも知れないが――前へ進むことが出来たんだ。だから、もう少しだけ、そのままで……
◆◇◆◇◆◇◆◇
その瞬間、阿求と馬丁が目の当たりにした光景は、「信じがたいもの」の範疇に属していた。
地面に倒れていた青年が、馬の顔に背を預けた――かと思うと次の瞬間、馬が首を跳ね上げる勢いに乗じて、彼の身体も一緒に馬上へと放り上げられたのだ。円軌道を描いたその動きは、まるで魔法のように不思議な動きで、それでいて幾何学的な美しさすら感じられた。
彼は自らの脚を掴み、強引に曲げて鐙に乗せた。手綱を手繰り寄せ、馬の後ろ首を叩く。すると、馬はゆっくりと駆け出した。
唖然としている馬丁の後ろで、阿求はため息をついた。驚きよりも大きな安堵が含まれていた。
「……ね?一度言い出したら聞かない人なんですよ」
立ち尽くす馬丁の背中に呼び掛けるが、やはり返答は無かった。
しかし。
「へぇ~、脚が不自由でも乗れるには乗れるのねぇ。お嬢様は脚が鐙に届かないでしょうけど、この分なら行けますね。上半身の筋肉だけで制御する……と。ご興味が向いた時のために、ちょっと覚えて置こうかしら?」
その声は、阿求の直ぐ真横から聴こえた。
慌てて振り向くと、牧場の柵に寄りかかって、ゆっくりと駆ける青年と馬を眺めている少女がいた。いつの間にか――本当にいつの間にか――瞬間移動でも用いたように、忽然と姿を現していた彼女の装いは、「主人に仕える者」をあからさまに誇示するメイドのもの。銀に近い色のおさげが揺れている。
「貴女は……」
阿求が言葉を選んでいると、十六夜咲夜はにっこりと微笑み、柵から軽快に飛び降りて阿求の前へ歩み寄った。エプロンドレスの裾を摘まんで、優雅に頭を下げる。
「ごきげんよう。突然お邪魔して申し訳ございません」
「あぁ……いえ。ご無沙汰しておりました」
辛うじて返す阿求。微妙に受け答えが成り立っていないようだった。完璧な従者は意にも介さず、言葉を続ける。
「さてさて、本日お訪ねしたのは他でもありません。本当に藪から棒な感じでアレですが、こちらをどうぞ」
そう言うと、ノーモーションで手のひらを差し出した。その上に乗っている洋風の封書。
表面には横文字の宛名が流麗な筆跡で綴られているが、正直読めない。朱色の封には、凝った紋様が刻まれていた。何から何まで古風な手紙である。
「ここで開封しても宜しいですか?」
「あ、どうぞどうぞ」
封を割って開けてみれば、小綺麗な厚紙が一枚。やはり筆記体の英語で綴られているが、やっぱり読めない。当然といえば当然の話、阿求は国語専門である。これを読めるのはそれこそ鈴奈庵の娘くらいのものだろう。
しかし、この書類がどういった類いのモノであるかは、なんとなく理解できた。
「これは……『招待状』ですか?」
「ご明察恐れ入ります。漢字も仮名文字も書けるにもかかわらず、わざわざ横文字を遣うのは我が主の悪癖でしてねぇ……それで、内容の方ですが」
「あ、はい」
「明後日の夜8時より、我が主人『レミリア・スカーレット』主宰によるパーティーを開催致します。場所は無論、紅魔館にて。人里をはじめとして、幻想郷の各地から客人をお招きする予定です――まぁ、言ってしまえば主人のいつもの気まぐれって感じですね。お暇なら是非ともお越しくださいな。門番に招待状を見せれば通してくれますから」
そこで咲夜はもう一度微笑むと、少し声を低めた。
「……例の『彼』の噂、お嬢様の耳にも届いているようです。ぜひ一度会ってみたい、との仰せでした」
「それは……」
「お越しになるかどうかは本人様次第ですけれどね。では、まだ招待状を出さねばならない所が山ほどありますので、私はこれにて失礼いたします。お邪魔しました……」
言葉を失った阿求を置き去りにして、紅魔館のメイド長は姿を消した。
まだ冬の気配を色濃く残した一陣の風とともに。
塩の長者は「東方鈴奈庵」第五巻より。彼は悪行の末、馬憑きなる妖怪に魅入られ、霊夢に粛清されています。表向きは病死という扱いのようです。
そしてまさかの閻魔様カットイン。後々チラッと出てくる人なので、ここらで顔見せくらいはしておこうと思いまして。少年共々舞台装置みたいな扱いでごめんなさい。