櫻田家の末っ子   作:ツユカ

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第六話 風邪

「…………び、……帯?大丈夫?帯!?」

 

(し……栞ねぇ?うるさいな……てか体が起きね……)

 

 朝、栞ねぇの声で目が覚めると体が重く、全身が熱っぽかった。

 

「だ、大丈夫だから、た、てるか……」

 

「帯!?あ、葵お姉様!!」 

 

(栞ねぇの大声なんて久しぶりに聞いたな……)

 

 俺の意識はそこで途切れた。

 

 

「ん……」

 

「あ、帯、起きたんだ。」

 

 横のベットでは茜が漫画を読んでいた。

 

「茜……?なんで……っていうかここって……」

 

 見渡すといつもの部屋ではないし、いつも寝ているベットでもなかった。

 

「私と光の部屋だよ。光はお友達とお泊りらしいけど……」

 

 俺はどうやら風邪をひいて光の布団で寝ているようだ。

 

「ん?茜はなんで一緒の部屋に……?風邪、うつるんじゃ……」

 

「いや~私もひいちゃって……ここは今隔離部屋なの。」

 

「なるほどなってことは……この家には今四人しかいなくて、しかも二人は風邪でダウンってことか?」

 

 葵は確か友達と勉強合宿、葵の友達が可愛がりたい一心で輝も連れて行ってたっけ、修は父さんの仕事について行って、岬と遥は修学旅行だったはずだ。……あのバカップルはお察しだ。

 

「そうなの……今はカナちゃんが頑張ってくれてるんだけど……」

 

「少し心配だな……あいつ過保護だし。」

 

「うん、そうなの……ッッゴホッ!ゴホッ!!」

 

「あ~あ、大丈夫かよ。ちゃんと寝とかないからだよ。」

 

 茜の横に行って、茜の背中をさすってやる。

 

「うん、そうだね。帯、ありがとう。」

 

 茜は漫画を置いて素直に寝ころんだ。

 

「帯もこっちおいで……」

 

 茜が布団の横を空けて、俺を招き入れる。

 

「ん?……でも狭しなぁ……」

 

「いいじゃん、甘えさせてよ……帯は嫌なの……?」

 

「嫌じゃないけど……って泣くなよ茜。」

 

 目を潤ませてゆく茜に焦ってしまう。風邪で少し不安がっているのかも知れない、そう思うと断るのもなんだかかわいそうな気もする。

 

「はぁ、わかったよ……入るな。」

 

 茜が空けてくれている布団に体を入る。少し狭いが、俺の体は小さいし余裕があって、寝苦しいことはなかった。

 

「えへへ、帯、ありがとね。」

 

 そう言いつつ、軽く抱き着いてくる茜の体は風邪のせいか、少し熱かった。

 

「苦しいからもうちょい緩めて、早く寝よう。」

 

「うん、わかった。おやすみぃ。」

 

 と言うが早いか、すぐに寝てしまう茜。やっぱり風邪が辛いのだろう。

 

「はぁ、俺の能力が治癒能力だったなら、楽にさせてやれるのにな……」

 

 俺のつぶやきは、部屋の中で誰にも聞かれずに消えていった。

 

 

「帯~、茜~、起きてる?入るわよ~~?」

 

 奏の声が聞こえると思ったときには、部屋のドアが開く。

 

「って、何してるのよ……寝苦しいでしょうに……」

 

「お~~、べつにそうでもないぞ。なぁ、茜。……茜?」

 

 茜の様子を伺うと、まだ寝ているようで気持ちよさそうな寝息を立てていた。

 

「まだ寝てるみたいね。もう少し寝かせときなさい。帯は水でも飲む?」

 

「うん、もらおうかな。というか、この体制から抜け出せないんだけど……」

 

 今の体勢は茜が俺に抱き着いているのだが、抜け出すと茜を起こしてしまうかもしれない。

 

「はぁ、わかったわよ、少くらいなら体起こせるでしょう?ストローでも持ってくるから。」

 

「ありがとう、奏。」

 

 奏がストローを取りに行く間、少し沈黙が流れた。この家に生まれてから、こんなに静かなのは初めてな気がする。この家は大家族だし、一人一人の個性も強いから、こんなこと普段からしてみればあまりないのだが……

 

「静かだと、それはそれで寂しいのな。風邪のせいで少し精神的にやられてるのかもな……」

 

「そうなんだ。なら、お喋り、する?」

 

 部屋の入口から栞ねぇの声がした。

 

「栞ねぇ、いたんだ。……少しだけ、話したい。」

 

 少し、恥ずかしいことを聞かれた気がするが……栞ねぇならネタにはされないだろうし大丈夫だろう。栞ねぇはこっちに歩いてくる。俺の目の前に腰を下ろす。

 

「奏、大丈夫だったか?」

 

「奏お姉様?大丈夫って?」

 

「あいつ、俺らに対して過保護だからな……。」

 

「奏お姉様は、何かそわそわして歩き回ってる、よ?」

 

「やっぱりか、まぁまだ名医とか薬とか創ってないだけマシと考えよう。」

 

「さすがにそこまでは、ないと思うよ。」

 

「そうだよなー。」

 

 そんなことを考えていると、奏が戻ってきた。

 

「帯、ごめんね待たせて。ストロー探すのに手間取っちゃって……って栞!?駄目じゃない風邪がうつると大変よ。」

 

 奏が二人分のペットボトルにストローを刺して持ってきてくれた。

 

「ごめんなさい、奏お姉様。でも、帯が心配で……」

 

「栞……心配なのはわかるけど、それで風邪がうつっちゃって帯に心配かけたくないでしょう?」

 

「う……うん。でもっ!!」

 

「栞ねぇ、俺は大丈夫だから、ね?」

 

「う、わかった……」

 

 こちらに心配した目を向けながら出ていく栞ねぇを見送る。

 

「はい、帯。水飲みなさい。」

 

「サンキュな、奏。少し寝たおかげか、だいぶ良くなったし明日には治るぞ。」

 

「ばか、そんなに早く治るわけないでしょ。ちゃんと休んどきなさい。」

 

「でもさ、かな「休んどきなさい。」……はい。」

 

 奏の凄みに従ってしまう。本当に大丈夫だと思ったんだが……

 

「ちょっと茜を起こして水だけ飲ませておきましょうか。」

 

「そうだな、茜、茜起きて水だけ飲んどけって。」

 

 茜の体を軽く揺さぶる。

 

「ぅぅ……わかった……」

 

「おい、茜大丈夫かよ……ってすごい熱じゃねぇか!!」

 

「ほんと!?帯、ちょっとどいて!!」

 

 奏が俺を軽く押しのけて、茜の額に自分の額を当てる。

 

「すごい熱……これ大丈夫なの!?最高の名医となんでも治す薬出すからちょっと待っててね。」

 

「おい奏、落ち着けって。」

 

 俺は奏の体を止める。()()()()()()()()()()()()()()()

 

「そういう、非現実的なものは俺の方が得意だろうし、俺に任せ「帯もカナちゃんも落ち着いてよ!!」

 

 茜が俺達を制した。

 

「でもだな茜、「もしも、能力使ったら……」

 

 茜はふらふらしながらも、立ち上がる。

 

「ここから、能力を使って逃げてやる。」

 

「……わかったから、それだけは絶対にやめてちょうだい。」

 

「あぁ、茜。寝よう、それが一番だ。」

 

 茜は水を飲んでから、もう一度俺に抱き着きながら寝始める。

 

「とりあえず、一安心だな……」

 

 

「起きて、茜、帯。お粥食べてなさい。」

 

 軽く体を揺さぶりながら、俺と茜を起こす奏。その近くにはお粥の乗ったお盆があった。

 

「わかった……んぅ~結構楽になったな。もう明日には治るな。」

 

 奏は俺の額に自分の額を当てる。

 

「そうね、割とよくなったわね。若いからかしら、さすがの回復力ね。」

 

「ふふん、奏に比べたらな。」

 

「私が年寄りって言いたいのかしら?」

 

「さぁ、そんなつもりはなかったんだけどな。」

 

「今度、覚悟しときなさい。茜はどんな感じ?」

 

 言われて、茜の額に手を当てる。先ほどよりはマシになったようだ。

 

「だいぶ治ってるな。明後日には治るだろうな。」

 

「そう、ならよかったわ。ここに置いとくから、茜を起こして食べときなさい。それとも、食べさせてあげようか?」

 

 意地の悪い笑顔を浮かべて、奏が言う。

 

「そんなのいらねえよ。大丈夫だ。」

 

「あ、そ。やっぱ可愛くないわね。ばーか。」

 

 言いつつ出ていく、奏を見送る。

 

「お前もかわいくねーよ。ばーか。」

 

 

 どれくらい寝たのだろうか。俺は誰かの叫び声で目が覚めた。

 

「なんなんだ……」

 

 横を見ると茜はいなかった。

 

「あいつ、どこ行ったんだ。下、行ってみるか。」

 

 俺が廊下に出た途端、修と輝の部屋から窓ガラスの割れる音と何人かが家に踏み入る音が聞こえた。

 

「っっなんなんだよ!くそっ!!」

 

 俺は修と輝の部屋に向かい、走る。

 そこで見たのは奏を取り囲む機動隊みたいな服を着た男たちだった。

 

「てめぇら、なにしてんだよ!!」

 

 俺は今、子供だから力がない。そんな状況だからこそ、俺は怒りを隠して、冷静に、周りを見る。使えるものは使って戦う。それが今の状態の俺の戦闘スタイルだ。

 俺はまず、小さい体を利用して男たちの股の間を潜り抜け、奏の体に触れて、能力を借りる。

 

「ちょっ帯様!?ストっ!!」

 

 男たちの一人が何かを言っていたが、関係ない俺は奏を助けるだけだ。能力で創った、スタンガンで男たちの懐に潜り込んでいく。体が小さいゆえになかなか捕まるものでもない。

 一人、二人、三人、次々に気絶させていくが、男の一人に捕まってしまう。

 

「こんのっ離せっ!「帯様!落ち着いてください!!我々です!!!機動部隊です!!」って機動部隊?」

 

 改めて周りを見てみると、確かに見知った服と背格好だった。

 

「なんだ、父さんか。相変わらずだな……」

 

「そうね……ちゃんと言っとかないと……」

 

 奏は言いつつ、携帯を取り出し電話を掛ける。

 

『もしもし、奏?寂しくて電話してきたのか?今すぐ帰ろうか?』

 

「父さん?あの機動部隊は何なのかしら?」

 

 その奏の声から、父さんの今の状態が見ていなくとも、声を聞かなくともわかる。

 

『な、何のことだ?パパはそんなの知らないぞっ?』

 

「とりあえず、帰ってきたら話し合いましょう。」

 

 そう言って電話を切る奏。これは俺でも怖いわ。

 

「で?帯は何してるの?風邪なのにあんなに派手に動き回って……あなたとも()()()が必要かしら。」

 

「いやぁ、お断りだよ。それにもうほとんど治ってたのに、さっきのもあって風邪なんて吹っ飛んだよ。」

 

「そうかもだけど、一応休んどきなさいよ。治りかけが一番危ないっていうし……」

 

 本当に心配そうに言われると、申し訳ないことをした気分になってしまう。

 

「わかったよ……ちなみにそこで伸びている修はどうするんだ?」

 

「あぁ、修ちゃんは寝かせときなさい。そのうち起きて帰るわよ。」

 

「あ、そ。なら今日は栞ねぇのこと頼んだ。」

 

「任されたわよ。あんたも茜のこと頼んだわよ。」

 

「はいはい。」

 

 

 部屋に戻ると、茜は上半身を起こして起きていた。

 

「帯?なにかあったの?」

 

「いや、何もなかったこともなかったんだけど……説明めんどくさいから、また今度な。」

 

「そう、とりあえずこっち来てよ。」

 

「お、夜も一緒に寝るのか?いいけどよ。」

 

 茜の方に向かっていく。茜の横に入り、茜と同じように座る一緒の体勢になる。

 

「今日はなんだか寝てばっかりだったなぁ。」

 

「当たり前だ。風邪だったんだからな。明日にはよくなってるよ。」

 

「あはは、そうだといいね。」

 

「それよりも、寝なくてもいいのか?」

 

「うん、たぶんちょっと寝すぎちゃったかも。寝付けないや。」

 

「それもそうか。俺もちょっと寝付けないかもな……っっ!」

 

 そこで、急に俺の意識が朦朧とし始めた。能力の副作用が始まった。

 

「ん?帯、どうしたの?だいじょう「茜ねぇ……」ってほんとにどうしたの急に抱き着いて!!」

 

「茜ねぇ、栞ねぇは?」

 

「あ、そっか。副作用か……そういえばカナちゃんの能力使おうとしてたっけ……」

 

「栞ねぇ、栞ねぇ、どこぉ?」

 

「あぁ!帯、泣かないで!!今日は私が一緒に寝てあげるから、ね?ほら、こっちおいで。」

 

 茜が寝ころんで腕をあげてくれる。俺はそこに潜り込んで全身を密着する。

 

「ちょっと帯、私汗くさいよ?」

 

「茜ねぇの匂い好きだからいいの……いやなの?」

 

「嫌じゃないけど……もう、帯は仕方ないなぁ……」

 

「ん、ありがと茜ねぇ……大好きぃ……」

 

「う、うん……いつもの帯と違うから、ちょっとむずがゆいなぁ。栞はいつもこんななのかな……ちょっとだけずるいかも……」

 

「すぅ……」

 

「あれ、寝ちゃった?なら私も寝ちゃおうかな……おやすみ、帯。」

 

 

 俺は目を覚ますと、風邪はすっかり良くなっていた。

 

「清々しい朝だな……茜のよだれがべったりついた服がなければ……だがな!!」

 

 茜の体を大きく揺さぶる。

 

「茜!!起きろぉ!!!」

 

「……おはよう、帯。」

 

 茜は少し大きめの伸びをした後

 

「なんだか、清々しい朝だね、帯。風邪も治ったみたいだし。」

 

 なんて言ってのけた。

 

「あ~か~ね~!!」

 

「わあぁ!なんで怒ってるのぉ帯!」

 

 朝から俺と茜の鬼ごっこが展開された。

 

「あんたたち!!うるさいわよ!!!!」

 

 奏に怒られて、鬼ごっこが終了するとともにドアが開く音が聞こえた。

 

「「ただいまぁ~」」

 

 葵と輝が帰ってきたみたいだった。

 

「俺、お迎え行ってくる!!」

 

「あ!!帯、逃げるな!!!」

 

「帯の裏切り者!!待ってよ!!」

 

 俺は階段を駆け下りて、葵と輝のもとに走っていく。

 

「葵お帰り!!」

 

 その勢いのまま、葵に飛びついていく。

 

「帯?ただいま。どうしたの、こんなことしてくれるなんて珍しいね?」

 

「帯はまだまだ甘えん坊だな!僕のところに来てくれてもいいんだぞ!!」

 

「輝、奏が俺をいじめてるんだ。助けてくれ。」

 

「なんだって!!僕が守ってやるからな。」

 

 輝は急いで靴を脱いで、そろえる間もなく二階に向かう。二階でちょっとした喧騒が起きているが俺には関係ないだろう。

 

「帯、それ嘘でしょう?だめじゃない、そんなことしちゃ。」

 

「べーっだ。」

 

「あ、そんなことする子には……」

 

 葵が俺の体を抱き上げ、顔を近づける。

 

「もう一度、キスしちゃうよ?」

 

「あ、葵?冗談だよな。いいから離せって……」

 

「ん~どうしようかなぁ~「おはようございます、葵お姉様。」って栞!?いつから見てたの!?」

 

「栞ねぇ!?ちょ、これは違うんだよ。」

 

「ん?なんの話?」

 

「「な、なんでもない!!」」

 

 今のは焦った。本当に焦った。焦る要素もないけどもな!!!

 

「わ、私、荷ほどきしてくるね。」

 

 葵が立ち去ったことで、生まれた栞ねぇと俺だけの空間。

 

「栞ねぇ、さっきのはほんとうに「帯、もう大丈夫なの?」ってあ、あぁ!もう大丈夫だよ!!心配してくれてありがとな!!」

 

 おもむろに栞ねぇが抱き着いてくる。

 

「急にどうしたんだよ。」

 

「なんかこうするの、久々だね。」

 

「うん、やっぱり一番いい、と思う。」

 

「そうだね。」

 

 栞ねぇの体を俺も抱きしめる。

 と、そこで玄関の、つまり、俺たちの目の前の扉が開いた。

 

「ただいま~~父さんが帰ってきたぞ!奏なんて怖くない!!さぁ、愛する息子たちよ、父さんを守ってくれ……」

 

 抱きしめあってる俺と栞ねぇと父さんの間に流れる空気はとてつもなく微妙だった。

 

「す、すまん。邪魔したな……」

 

「ちょっと待てよ!!違うってわかってやってるだろ!!顔がにやけてるぞ、くそ親父!!」

 

 次は俺と父さんの鬼ごっこが始まった……

 


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