ガンパレード・マーチ episode OVERS 作:両生金魚
ほとんどの兵が寝静まった深夜、軍のとあるテントの下で久場友仁は人型戦車に関するレポートを制作していた。命からがら九州を脱出し、兵はようやくの休息を手に入れている所だが、久場のような高級将校はむしろこれからが本番である。これまでに経験した戦闘より戦訓を見つけ出し、次の戦いの為に己のあらゆる知識や経験を役立てる。人型戦車を学ぶために出向していた久場は、特にその様な思いが強かった。
今まで自分が見てきた戦闘を、分類しその傾向を探っていく。攻勢・機動防御・陣地防衛・救出・敵中突破・待ち伏せ……自分が出向してから、この撤退戦までに戦場で起きうる大半の戦局は経験してきた。士魂号から撮影された映像や、タクティカルスクリーンの推移を一つ一つ丁重に見返す。そして、見返す度に何度でも思うのだ。人型戦車は非常に強力であると。
この衝撃をどう言語化しようかと悩んでいると、賑やかな足音が近づいて来た。何事かとそちらを向けば、やって来たのは西住中将への意見書に名を連ねた戦友たちであった。
「おお、探したぞ久場」「よくぞ戻ったな!」「最後まで残っていた様だからな、心配したぞ!」
どうやら、皆心配してくれたようだ。確かに、部隊としては最後の最後まで残っていたのだ。外から見れば何時死んでもおかしくなかったのだろう。だが、思い返してみればこの撤退戦の時に死ぬかもしれないと思ったのは、司令部に大量の幻獣が押し寄せてきたその時だけだった。その思いも、戦闘の途中からいつの間にか消えてしまっていたのだが。
「ああ、ありがとう。だが、変な話なのだがな――俺はあの幻獣に水際まで追い立てられ、トンネルが爆破された時でさえ、自分が死ぬとは思ってなかったのだ」
「ほう?」
同期の一人の柴田が、酒をこちらに勧めながら興味深そうにこちらを見ている。小池と片山も同様だ。
「おいおい、まだ書いている途中だぞ?」
「せっかく生き延びたんだ。深酔いしない程度には飲んでも、バチは当たらん」
そう言ってズズイと酒を押し付けてくる。仕方がないと受け取り一口飲むと、三増酒では味わえないフルーティーな香りと豊かな味わいが一気に体に染み入る。
「美味いな」
「ああ、生き延びた祝にとびきり良いのを見繕ってきたぞ」
横では片山がレーションの缶詰を開けていた。つまみにサンマを口に放り込むと、これがまた酒とよく合う。美味い。心からそう思うと、今更ながら終わったのだという実感が湧いてきて、気がつけば紙コップの中身は空になっていた。だが、すぐにまた酒で満たされた。
もう一口と酒を飲む前に、たくあんを一切れ齧る。心地いい歯ごたえと少し強めの塩気が、また酒を飲みたくさせる。
「それで、どうだった。実際にその目で見た人型兵器は」
「想像以上――いや、想像を遥かに超えていた。見ろ」
試しに出したのは、撤退戦のとある戦闘のタクティカルスクリーンの戦局図。味方を包囲している幻獣があっという間に蹴散らされ、逆に挟撃されあっという間に数を減らしていた。それを、三人は食い入るように見つめる。
「恐ろしい事に、これが彼らの日常だ」
地形を選ばず、敵を選ばず、航空ユニットさえ一方的に狩っていくその様は、年甲斐もなく軍人を興奮させる。だが、そんな彼らの表情とは非対称に、久場は複雑な顔をしている。
「どうした、久場?」
「この戦果を上げられた理由は、ひとえにパイロットの天才性に依存する部分が大きいと思うのだ。見ろ」
指揮車から撮影した、遠距離での戦闘の映像の一つを再生する。そこには、漆黒の重装甲型が敵陣のど真ん中に躍り込み、太刀とサブウェポンを使い分け、一方的に殲滅していく姿が見られた。
「この動きを、マニュアル化できると思うか?」
「……いや、無理だな」
小池が首を振って否定する。確かに、こんな動きはマニュアル化できる筈が無い。
「天才が見つけられれば、戦果は斯くの如し。だが、その天才が早々いるとも思えん。また補充も容易では無かろう」
壬生屋・速水・芝村にそして猫宮。彼らに匹敵する才能が早々見つかるとも思えなかった。何せ彼らは平然と敵のど真ん中に躍り込み、大損害を与えては平気で生きて帰るのだ。
「兵科として確立するには不安定……と言う事か」
渋い顔をして片山が一口呷る。だが、諦めるにはこの戦果は魅力的に過ぎた。
「この中でマニュアル化出来るとしたら……彼だな」
端末から引っ張り出したのは、黄色に塗られた機体。滝川の操る軽装甲であった。山岳や市街地等の障害物の多い所からの安定した狙撃、その様な場面ばかり映っていた。また、適度に煙幕弾などで援護もしている。
「ふむ、移動しての狙撃、発見されたらまた移動……か」
「援護もまた的確だな」
「ああ、だが彼の運用法はマニュアル化出来ると思うのだが……」
「だが?」
また一口と口にする久場。いつの間にか2杯目も空になっていた。
「やはり、中核になるパイロットが欲しい。特に、人型戦車が囮になり通常兵力で叩く戦法では、敵の目を引き付けられる者が必要だ」
5121単体でも戦果は凄まじいが、相乗効果で更に戦果が跳ね上がる。改めて思い返せば、黒森峰を筆頭に女学兵達もまた天才が揃っていたのだ。更には、整備士たちもまた天才揃いである。
「天才、天才、また天才……か。随分と、才能に依存する部隊だ」
マニュアル化し、兵や兵器の質を均一に高くする事を目指す現代軍とは離れた発想だ。
「……増やすのは難しいか?」
口惜しそうにする片山。先程から資料を次々に切り替えていくが、見れば見る程まるで子供の用に欲しくなってしまう。
「幸いなのは、部隊を増やすことには善行隊長も含めパイロットも整備士も賛成していることだろうか。整備学校を作るとしても5121の整備員で教官になれそうな者は既に居るし、何より彼だ」
キーボードを叩き、写真を出す。西住家で初めて出会った、熊本……いや、現存する人類でおそらく最強のエース。
「猫宮悠輝……か」
ぽつりと呟かれた言葉に頷く。唐突に現れた規格外の少年。普通でない事は、同じ隊に1日入れば分かる。だがーーあれは悪いものでは無いのだ、きっと。仲間たちと楽しそうに笑い、一人でも死人が出ぬように努力し、あちこちを駆けずり回るあの少年が、悪いものな訳が無いのだ。助けを求めれば、きっと笑顔で手を貸してくれるだろう。
「ああ、彼はいい人だ。間違いない」
司令部が大量の幻獣に襲われた時、果たして生き残れるのかと思った。だが、彼はほぼ一人であの群れを蹴散らした。そこに、久場は負け続け、すり減り続ける人類の希望を見出した。
「貴様がそこまで惚れ込んだ相手か。是非ともこちらに引き込みたいな」
柴田がコップ一杯の酒をぐいっと呷り、大きく息を吐いた。芝村の側に居るのは、どうにも落ち着かない。そんな感じだ。
「彼は派閥なんて意識してないさ。軍が強くなるなら誰にだって喜んで手を貸すだろう。それにまあ、引き込むのはーー」
「引き込むのは?」
「西住中将の娘さん方にお任せするとしよう」
はははと笑い、また一杯。今日は酒がとても美味い。つまみも一口。これだけで、明日への気力がもりもりと湧いてくる。
「ほう、どちらの娘さんだ?」「どちらもだ」「モテるな」「うむ、中将の娘さんだけないぞ。美少女たちに本当によくモテていらっしゃる」「流石は英雄か」
ははははははと、テントから4人の笑い声が木霊する。生き延びた喜びと、未来への希望を噛み締めて、この後酒もつまみも追加して4人揃って泥酔するまで酒盛りは続くのだった。
なお、次の朝4人揃って西住中将からきついきついお説教を喰らったことはどうでもいいことである。
更に余談では有るのだが、会津・薩摩閥の中でまほ、みほの恋を応援するのが密かな共通認識になったとかならなかったとか。
本編で印象が薄くなっちゃった久場さんの補完話その1。恐れられる事も多い猫宮ですが、惚れ込まれる事も有るんだよと言う話。
次はおっさん+5121で滝川のテストパイロットの話とかも良いかなぁ