ガンパレード・マーチ episode OVERS 作:両生金魚
撤退戦・あるいは潰走の始まり
5月6日、○五○○。それは、唐突に始まった。戦線の突出部に強力な陣地を構える精鋭の針ネズミ陣地が、突如として大攻勢に晒されたのだ。阿蘇戦区の北と南から一斉に押し寄せる幻獣。精鋭は先に逃げ出し、使い捨ての学兵たちは残される。そんな地獄が、唐突に出現した。
善行戦隊は大津戦区で、極々小規模の幻獣の群れを片付けた所だった。損害など皆無で、戦闘員達は拍子抜けするほどだった。が、指揮官たちはそれどころではなかった。
指揮車の中で、善行・久場・瀬戸口の3名は食い入るようにタクティカルスクリーンを見ていた。――最悪だ。
阿蘇戦区は包囲するように幻獣が押し寄せ、豊肥本線を中心に味方が撤退しようと殺到している。ここ熊本も敵の包囲が迫っている。
「こちら若宮であります」
「状況は?」
逡巡している内に、若宮から連絡が入った。即座に無線を取る善行。
「針ネズミ陣地がほぼ陥落、3077他数名を連れ撤退中ですが、途中で病院を見つけました。ただ今、出来得る限りの物資と人員を詰め込んでいる最中です」
「分かりました。君たちとの合流地点は熊本空港に隣接する旧菊陽CCのトーチカ陣地です。こちらからも迎えを出そうと思いますが、一四○○時までに合流することは可能ですか?」
「可能です」
若宮の、力強い声が帰ってきた。
「では、どれだけの部隊を迎えに行かせますか?」
「装輪式戦車は行かせないほうがいいでしょう。何処もかしこも大混雑ですよ、これ」
久場の問いに、瀬戸口が答える。衛星写真から見る限りでも、道は大混雑していた。
「では、機動力の高い2・4番機を向かわせましょう。彼らなら移動時の消耗も少ないはずです」 メガネを押し上げながら善行が言った。
途中で脚部を傷めるリスクも有るが、この状況では何処かでリスクを負わなければどうしようもなかった。
「滝川君、猫宮君」
「はっ、はいっ!」 「はい」
「28号線沿いに、3077他多数を迎えに行って下さい」
『了解です』
善行の命令に、二人は力強く答えてくれた。
同時刻、猫宮は士魂号に端末を繋ぎ、押し寄せてくる報告を捌いていていた。
『こちら玉島、現在小型幻獣の群れを撃退、でもあちこちから銃声が!』
『車輌確保は最重要、無線は壊れたことにして、民間人・非戦闘員が居たら優先して回収! 護衛のためって名目を作って! トラックのコンテナなんかは中身抜き出して、銃弾で中から撃ち抜いて窓作って即席の……』
今できうる方策を送り続ける猫宮。だが、心を削るような悲鳴が多数入る。
『こちら針ネズミβ、げ、幻獣の群れが、ど、どうすれば、どうすればっ!? う、うわあああああっ!?』
運が悪かった人や部隊は、既に幻獣の波に飲まれていたりもする。だが、嘆く暇は無かった。ただひたすらに、指示を出していく。
『57号は大渋滞、きたかぜゾンビが出没って情報もあるから使っちゃダメ、県道28号を使って』
と、そこへ善行からの命令が入る。
「こっちから迎えにか……人も部隊も多いから使える手だよね、これは」
原作より、ほんの少しだけマシになった状況であるが、これから先はどうなるかわからない。
「猫宮、俺先導するから警戒よろしくな!」
「うん、お願い!」
だが、史実よりたくましくなっているであろう味方達を思うと、史実よりも死者は減らせるだろうと、そう思えるのだった。
2・4番機を送り出した直後の善行に、通信が入った。通信元は0101、芝村神楽からであった。無線の裏では、撤収準備をしているのかドタバタと騒がしい音がしている。
「熊本空港付近で敵は削れるか?」芝村らしく、挨拶も無しに要件を直球だ。
「可能です。時間はどの程度ですか?」
「2時間15分といったところだ。それと、今後は何かあればこっちに話を通せ。ある程度の無茶は通せる」
「ふむ、そちらの計算はどうなっている?」
唐突に舞が割り込んできた。盗聴でもしてたのだろう。善行がやれやれと苦笑する。
「このまま遅滞戦闘を行う部隊が居ない場合、学兵の85%は死亡するな。他、北側に残っている民間人も逃げ遅れればかなりの数が死亡するだろう」
「是非もなしだな。了解した、止めるとしよう」
舞の言葉に、善行や久場も一度目を瞑り覚悟を決めた。機動防御を行うのが熊本最強の部隊の役目だろうと。そして、善行は戦隊のメンバーに通信を入れる。
「皆さん、本戦隊は熊本空港付近の陣地と共同で敵部隊を削ることになります。時間は2時間30分程です。その後も長期戦が予想されるので、消耗しないことを第一に考えて下さい。では、質問などは?」
質問などは?とは、まるで学校の委員長の用だと久場大尉は思わず笑ってしまった。
「2・4番機が連れてくるまで、では無いのですね?」
田尻の確認するかのような声だ。
「はい、ここで幻獣を削るのが目的です」
「了解しましたわ」
そう言うと、観測されている地点へ早速射撃を始めるグロリアーナの3輌。他のL型や士魂号も、それぞれ配置についていく。整備班は後方へと展開、慣れたものである。
「では、参ります!」 「3番機も続く!」 「援護は任された!」
こうしてまた、何時終わるともしれない戦闘が始まった。
橋爪十翼長は、クソッタレと歯を食いしばりながら94式機銃をばら撒いていた。何の因果かまたまた自分だけが生き残り、途中も病院で他の生き残りと合流できたはいいものの、またしても敵に囲まれ大ピンチである。おまけに敵には中型が混じり、更には負傷者まで抱え込んでいる。本当に、自分はこんな酷い目に遭うくらい悪いことをしたのかと、弾を打ちながらそんな益もないことを考えてしまう。
だが、悪いことばかりでもなかった。途中で合流した3077は兎も角、5121の二人は中型を狩れる程頼れる連中であるし、玉島って野郎の6233小隊もサブマシンガンを多く持っている中々の小隊だ。お陰でそこそこ粘れている。
そして、橋爪は更に自分に悪運が尽きてないことを思い知った。
「助けに来ましたよ~っと!」
安心させるかのような明るい声が拡声器越しに聞こえ、更に重い銃声も聞こえた。久方ぶりに見る士魂号だ。突撃してきた士魂号は、そのまま刀でミノタウロスを切り飛ばすと、ナーガを銃で吹き飛ばして、更に細かいのの掃除までしてくれた。後から続いてきたもう1機も、長砲身の銃で目ざとくキメラなんかを吹き飛ばしていた。
「猫宮、滝川! よく来てくれたな!」
「お待たせしました!」 「おまたせッス!」
若宮の声に、士魂号2機が愛想よく返事をする。そして、そのまま2機の士魂号はあっという間に中型を含めて幻獣を蹴散らしてしまった。
「おっ、玉島さんも無事で何より、あ、橋爪さんもお久しぶりっ!」「おっ、水俣の。懐かしいな~」
そう言われて手を振られ、覚えられてたことにちょっとびっくりする橋爪。そうして手を降ってもらえて他の連中と一緒に思わず歓声を上げる。そうすると、何とか成るのではないかと思え始めてきたのだった。
【それは、歴史のどうでもいい1ページ】
根岸百翼長は、どうにかして手に入れてたボロい幌付きトラックに小隊メンバー全員を載せると、ドライバーに大声を上げて急かした。
「ほらっ、とっとと出せよ!」
「だ、出したいんですけど重量がっ!」
そう言われ、チッと舌打ちする根岸。銃もウォードレスも弾薬も、軍用品ってのはどれも糞重いもんだ。しかし、幻獣は待ってくれないしゴブ共はすぐそこまで迫っている。中型もそれに遅れて来るだろう。
チラリと後ろを見ると、そこには十数名足らずの自分の部下たちと――2週間ほど前に何の因果かくっついたカノジョが居た。
――こいつらを死なせるわけにはいかねえよな……
そう思うと、94式機銃を抱えて飛び降りていた。そのまま腰だめで、あちこちに弾をばら撒いて迫ってくるゴブ共を薙ぎ払う。
「よ、よし、動いた!」
「た、隊長!?」
「な、何やってんのよこのバカ!?」
音から、降りて直ぐにトラックが動いたことはわかった。そして、部下達と、カノジョの心配する声。
「お前らは生きろよ! それじゃあな!」
唸りを上げる機銃に負けないくらい大声を出しながら、見送る根岸。
「た、隊長! も、戻せよ!」 「戻して、お願い、戻してよ!」 「で、でも戻すと囲まれるっ!」
声が遠ざかっているのを聞きながら、根岸は人生で一番の満足感に包まれていた。
こんな俺でも、誰かを守れましたよ、猫宮さん、それに互助会のみんな。
途切れたゴブ共の代わりに、ナーガのデカイ図体と、顔に集まるレーザー光が見えた。これが俺の死って奴か。他人事のようにそう思った―――
史実の2098小隊:全滅
本日の2098小隊:現在戦死・1
歴史書に乗らない、どうでもいい1ページ……しばらく続きます。
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