ガンパレード・マーチ episode OVERS   作:両生金魚

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一人でも、多くを【5121小隊と黒森峰戦車中隊と猫宮の日常】

 近頃、5121では仲の良い男女が多かった。滝川は森と、何やらデートに出掛けているようだし、壬生屋も不器用ながら少しずつ瀬戸口にアタックし、芝村速水は言わずもがな。狩谷と加藤は今までが嘘のように仲睦まじく見えている。田辺は頑張って遠坂にアピールしているようだし、中々に微笑ましい。

 

 近頃、出撃がやたらと増えていた。5121と黒森峰、そして聖グロリアーナの3隊を合わせた諸兵科連合は、出撃すればどの戦場でも必ず勝利を収めた。なので、当然次々と激戦区へ回される。なので、戦闘員は、全員消耗していた。芝村ですら、多少頬が痩けるような有様である。だから、こういう日常が、とても貴重だった。

 

「……そろそろ準竜師に頼んである程度の休みを……」

 

 などと考えつつ猫宮が4番機の整備をしていると、遠坂が近づいてきた。

 

「どうも、猫宮さん」

 

「や、遠坂さん今日はどうしたの?」

 

 猫宮がそう聞くと、近づいてきた遠坂が顔を曇らせた。

 

「実はお願いがありまして……。その、言いにくいのですが、東京から父が帰っていましてね。昨日、ちょっとした言い争いを……」

 

「それで、同伴して欲しいってことかな?」

 

「はい、是非……」

 

 とても申し訳無さそうな表情をしている遠坂。

 

「うん、了解。困ったときはお互い様だよね」

 

 それに、微笑して了承する猫宮。それを聞くと、遠坂は笑顔で校内に待機させていたリムジンに招き入れるのだった。

 

「猫宮さんの他にも一人、狩谷さんをお連れしようかと……」

 

「なるほど、了解」

 

 リムジンのフカフカのソファーに身を委ねた猫宮。興味深げに見渡していた。学兵とは縁のない、非日常の空間である。

 

「ははは、流石に酒はお出しできないので、紅茶でもいかがですか?」

 

「お願い!」

 

 こうして、リムジンは紅茶の香りを内部に漂わせながら、狩谷も探し当てた後に遠坂邸へと向かった。途中で別れる羽目になった加藤が、トボトボと帰っていく。

 

「……埋め合わせは何が良いだろうか……」 申し訳無さそうな表情で、狩谷が呟く。

 

「プラネタリウムとか、誘ってみたら?」

 

 そう言うと、チケットを2枚狩谷に見せる猫宮。

 

「……なるほど。何処かへ出かける……か」

 

「うん、デートに誘ってあげなよ!」

 

「なっ、デ、デート……わ、わかったよ……」

 

 そう言うと、チケットを受け取り、照れながら顔を背ける狩谷だった。

 

 

 

 端末を操作していた遠坂の父は、猫宮の姿を見ると、表情を笑顔にして近づいてきた。何やら打算の見える顔である。

 

「これはこれは、黄金剣翼突撃勲章を受賞したエースにお越しいただけるとは、光栄です。それに、我が財閥に多数のソフトウェアや商品アイディアをもたらして頂き、本当に感謝しております。そちらの方は?」

 

「狩谷夏樹です。遠坂さんと同じ、整備員です」 狩谷が如才なく挨拶をする。

 

「私の同僚と言うより、先生と呼べる方です」

 

「そうですか、お二人共どうぞよろしくお願いします」

 

 父親が手を鳴らすと、給仕が一斉に動き出す。暖炉や真紅の絨毯が設置された洋風の食堂には、大小様々な絵が統一感なく並んでいた。ミスマッチであり、趣味が良いとはいえない。それを見渡す猫宮と狩谷。

 

「絵に興味がお有りですかな? 1枚如何でしょうか?」

 

 二人の視線を察し、父親が話しかける。賄賂のつもりだろうか?

 

「あはは、吊り合う内装が部屋に無くて」

 

 やんわり断る猫宮。それに、狩谷もうなずいた。

 

 席につくと同時に料理が運ばれてきた。

 

「大したものですね」

 

 と、狩谷は無感動に言った。猫宮はふむふむと、味を確かめるように食べている。

 

「……ところで圭吾、昨日の続きだが」

 

「ええ」

 

「そろそろ東京に戻らんか? 遠坂財閥の後継者がこんなところで戦争ごっこをしていても埒が明かんだろう。その気があるなら媒体関係を任せてもよいし、しばらくは大学に籍を置くのも悪く無いだろう。芝村準竜師にも話はついてる」

 

「せっかくですが、わたしには私なりの将来設計がありましてね」

 

 遠坂はにこやかな態度を崩さない。

 

 

「戦場での経験は無駄ではない、と考えています。除隊するのは、この九州の戦いの帰趨を見極めてからですね。父さんの新聞の片隅に乗る戦いの帰趨を、ですね」

 

 二人の距離は、3mは離れて向かい合っている。それがそっくりそのまま心の距離のように思えた。

 

「……猫宮さん、狩谷くん、息子を説得して下さらんか? 猫宮さんはそのままソフト開発の主任にも、適当な部隊の教官でも、士官学校でも入れるでしょう。狩谷くんは、帝都大学の助教授のポストにご興味は」

 

「まったく」

 

「エースが今、前線離れてどうするんですか」

 

 二人は、にべもない。

 

「むしろ遠坂君は戦場に身をおくべきだと思いますね。失礼ながら、あなたが株の過半を取得している新聞は、この凄惨な戦いについてほとんど報道していません。自衛軍の過半に、十万もの学兵が動員されている戦いについて、目を瞑っていますね」

 

「民主主義には正しい情報が不可欠。――たとえ、どんなに目を背けたくなるような現実でも」

 

「その通り。下らない芸能ゴシップ、多摩川のベニアザラシ、それが戦争よりも重要な事ですか?」

 

 狩谷、猫宮、遠坂と続く。3人の言葉は、辛辣である。過酷な戦場という現実に身を置いているが故に。

 

 それに、表情が険しくなる父親。滔々と、いかに化粧品やトレンディドラマの商品需要が大事かを語る。なるほど、芝村を小さくしたような人物とはよく言ったものだ。

 

「ああ、失礼。けれど、化粧品の売り上げが落ちたって、僕は困りませんね。僕は化粧品屋さんでなく一介の技術屋ですから」

 

 そう狩谷がすましていうと、遠坂が笑っていた。一方、猫宮は表情が消えている。

 

「……既に本土に幻獣の侵入を許し、30万の将兵と数えきれぬ学兵が死んでいるこの状況で、報道しないのは国民に活力をもたらすのではなく――ただの破滅からの逃避です」

 

 戦場で敵を倒し続けた、エースの言葉である。その威圧感に、父親はたじろいだ。そして、その言葉に遠坂も笑いを消し同意する。

 

「私も同意です。今は、化粧品の売り上げより、この国の事が大事でしょう。幻獣に攻められれば、化粧品やドラマどころではなくなります」

 

「……な、生意気な……帰る! 車の用意を!」

 

 そう言うと、逃げるように立ち上がる父親。食堂を出る際、遠坂の方を振り向くと吐き捨てるように言った。

 

「妹のことは放ったらかしで戦争ごっこに夢中か?」

 

 そう言うと、父親は足音荒く玄関へと遠ざかっていった。

 

 

 

 そして、これからが遠坂にとっての本題である。妹に、友達として会って欲しいそうだ。

 

「……どうする?」

 

 狩谷の方を見て、尋ねる猫宮。

 

「……ま、たまには悪くないさ」

 

 そう肩を竦めると、狩谷はふっと微笑して同意した。

 

「お二人共、ありがとうございます」

 

 それに、遠坂は柔らかな笑顔で礼を言うのだった。

 

 

 案内されたのは、二重構造――航空宇宙局で開発されたかのような部屋だった。十畳ほどの洋間の向こうは、特殊ガラスで区切られた部屋になっていた。壁紙から家具、食器に洗面台――全てが特注の部屋だった。

 

「家具にも注意しているんです。ちょっとした傷でも大騒ぎになりますから」

 

 何となく古風なドレスを着た少女を想像していたのだが――狩谷の想像は外れた。少女は、今時の少女の格好をしていた。ほっそりとした体を白いキャミソールとデニム地のミニスカートに包んでいる。遠坂に似て、顔立ちは整っている、穏やかな眼差しの少女だった。

 

「あはは、似合ってますね」

 

「ほ、本当ですか、ありがとうございます!」

 

「おや、猫宮さんは3年前の流行がお好みですか?」

 

「もう、兄様ったら、これは雑誌の最新モデルなのよ!」

 

 猫宮が褒めると、遠坂がからかい、少女の顔が赤らむ。ガラスで区切られている以外は、とても、普通の光景に思えた。

 

「え、ええと、猫宮千翼長と……そ、そちらの人は……」

 

 少女が顔を赤らめながら猫宮と狩谷を見る。狩谷は本当に珍しい照れ笑いを浮かべ、挨拶する。

 

「狩谷です、はじめまして」

 

「自己紹介はいらないかな、猫宮です。よろしくね」 猫宮もそれに続く。

 

「遠坂絵里です。ごめんなさい、お忙しいのに無理に来ていただいて」

 

「いえ、仕事は終わりましたし」

 

「放課後、出撃のない日は結構時間が開いてるんですよ」

 

 

 

 自己紹介から、穏やかな会話が続く。そうして話し込み、ふたりとも帰ろうとすると、遠坂と絵里に止められた。

 

「もう少しお願いできませんか? ああ、そうだ、飲み物も用意しないと……猫宮さん、お手伝い願えますか?」

 

「うん、了解」

 

 そう言うと、狩谷を残し遠坂と猫宮が出て行く。待ってくれ、と言おうとしたが、その言葉を狩谷は止めた。かつて、自分が持っていたものがそこにあった。深い憂鬱と絶望の眼差しである。思わず、狩谷は目を背けてしまった。

 

「ごめんなさい」と、絵里はそれに小さな声でつぶやく。

 

「……いや、いいんだ……」 何故か、申し訳なく思い言葉を絞り出す狩谷。

 

「ね、狩谷さん。死にたいと思ったことあります? わたしは毎日です」

 

「……僕は、死にたいと『思っていた』んだ」

 

「……思っていた、ですか……?」 怪訝そうな絵里。

 

 絵里がそう言うと、よろよろと、狩谷は立ち上がった。車椅子にブレーキを掛け、縁に掴まり、立ち上がる。絵里は、一層憂鬱な表情を深くした。

 

「……僕は、元々怖いものがなかった。成績はトップで、バスケットボールの選手で、生徒会長をしていた。でも、事故に遭って2度と歩けないようになった。――それから、五体満足な人間に嫉妬と羨望をずっと覚えてた。そして、そんな自分の醜さを、ずっと惨めに思っていた。他人の優しささえも、疎ましかった」

 

 狩谷の言葉を、黙って聞く絵里。

 

「……周りにも当たり散らして、不幸を振りまいて、本当に最低だったんだ。――でも、ある日、『奇跡』が起きたんだ」

 

「――奇跡――ですか……?」

 

 羨むような、嫉妬の視線が、狩谷に向かった。それが、狩谷にはどうしようもなく、辛かった。

 

「ああ。猫宮から一発、殴られて――そうしたら、いつの間にか――」

 

 その時を、思い出していた。蒼の光を纏った拳で――蒼の光?

 

「……そう、ですか。……ねえ、狩谷さん。世界って、どうしてこんなに……」

 

 涙で言葉が中断される。しかし、その先の言葉は、狩谷には確信があった。世界って、どうしてこんなに不公平――なのだろうか。

 

 少しの間、涙を堪える気配だけが漂った。そして、絵里は顔を上げた。その表情には、真剣なものが有った。その視線に気後れをしてしまい、視線を外してしまう。

 

「狩谷さん、わたしを外に連れ出してくれませんか?」

 

 

「――そうか……」

 

 拒絶の言葉が、出せなかった。自分だけが、希望を持っている。しかし、彼女は――そう思うと、無理だ、の一言が出せない。

 

「わたしからもお願いします」

 

 振り返ると、遠坂が猫宮と一緒に立っていた。遠坂はコーヒーを置くと、部屋の隅の本棚に置かれた書類の束を持ってきた。そのうちの1枚をテーブルの上に広げる。しかし、それを見ずに、狩谷は遠坂に尋ねた。

 

「……なあ、彼女は……不治の病……なのか?」

 

 遠坂は、悲しそうに目を伏せると、頷いた。

 

「ええ、なので――1度だけでもと――」

 

 それを聞くと、狩谷は猫宮の方へと向いた。

 

「……猫宮。君ならば、ひょっとして――」

 

 その言葉に、一瞬呆ける遠坂と絵里。そして、言葉の意味がわかった後、猫宮の方へ視線を向けた。

 

「――どういう、事ですか?」

 

 怪訝そうに、猫宮と狩谷を交互に見る遠坂。

 

「……僕の足が、動くようになったのは……猫宮から殴られてからなんだ。蒼く光る、拳で」

 

 そう言うと、頬を擦る。あの1発は、相当応えた。何もかもが、吹き飛ぶような、そんな衝撃だった。

 

「……猫宮さん?」

 

 実際に、足が動くようになった狩谷の言葉である。震える声で、遠坂は猫宮の方を向く。

 

「……狩谷君とは、また場合が違うよ」

 

「っ、どう違うのですか!?」

 

 遠坂が、猫宮に詰め寄った。彼が、只者ではないことは分かっていた。ならば、ひょっとして――

 

「狩谷君のは、足が動かなくなる厄介な『因果』が有った。自分は、それを殺しただけ――」

 

 その言葉に、驚く3名。遠坂が更に、縋る。

 

「な、なら……絵里は……」

 

「彼女は、そう言う特別な因果とかがなくて、生まれつき体が弱い――」

 

 項垂れる、遠坂と絵里。しかし、そこに言葉を重ねる。

 

「――だから、他の方法が必要になるんだ」

 

「他の、方法……?」

 

「うん。運命の改変、因果の前借り――」

 

「因果の、前借り?」

 

 遠坂が首を傾げる。

 

「例えば、このコーヒーを隣のテーブルに移すという結果を得るには、コーヒーを運ぶという過程を経なければならない」

 

 猫宮が、コーヒーを運びながら言う。

 

「でも、この力を使えば」

 

 猫宮の手が、蒼く光った。幻想的な光景に、見惚れる絵里。

 

「先に、結果を得られる。コーヒーを、隣のテーブルに移すという。それと同じように、先に、彼女の体を治すという、結果を先に得られる」

 

「っ! な、治るのですか……!?」

 

 それに頷く猫宮。言葉を続ける。

 

「その代わり、治したものは一生を賭けて、その辻褄を合わせなければならない。どんな手を使ってでも、彼女を治すという辻褄を、後から合わせる」

 

 猫宮は、遠坂の方を見た。

 

「遠坂さん、もし、治したらあなたは一生を賭けて、自分で治す方法を見つけるか、誰かに治す方法を見つけさせるか、そうしなければならない。もし、出来ないなら彼女は死ぬ。――その覚悟は、有りますか?」

 

 それを聞くと、遠坂は微笑んだ。何より強い決意を込めて。

 

「無論です。妹のためならば、喜んで。どんなことがあろうとも治してみせましょう」

 

 絵里は、半信半疑の様子である。荒唐無稽な話に。そして、治るかもしれないという希望に。

 

「……それで、わたしはどうすれば……?」

 

 そう、遠坂が尋ねると、遠坂の右手に、猫宮は手を重ねる。蒼い光が宿った。

 

「――これで、思い切り殴るんだ。運命を、叩き潰そうと言う想いを載せて」

 

 己の手に宿った不思議な光を確認するかのように手を開閉する。その様子を、見守る猫宮と狩谷。絵里は、吸い寄せられるかのようにその手を見続けていた。

 

「絵里、いいかい?」

 

「はい。――もし、本当に、治るかもしれないなら。わたしは、それに賭けたいんです。そして、海を、この目で見たい……」

 

 遠坂が、頷く。密閉された部屋の扉を開け、中に入る遠坂。

 

「もし、この光に運命を壊す力が有るというのなら――絵里を苦しめる何もかもよ、消え去るがいい!」

 

 そう、万感の想いを込めて、殴り飛ばした。

 

 

 

「これが、海……」

 

 遠坂が因果の前借りをしてから、遠坂家は大騒ぎだった。遠坂がそのまま無菌室の中に入った為に、慌てて緊急検査を行う医師たち。しかし、検査した結果体が治っていて更に大騒ぎである。父親も、慌てて飛んで帰ってきた。喜び祝う使用人たちに、泣いて喜ぶ親子。そして、絵里の最初のわがままは、海が見たい――であった。

 

 

 波打ち際ではしゃぎ、裸足で波を蹴って、砂浜で貝殻を拾う。そんな様子を、遠坂、猫宮、狩谷が見ていた。

 

「これでめでたしめでたし――とは行かないのだろう?」

 

 尋ねる狩谷に、猫宮が頷く。

 

「そう。これから遠坂さんはどんなことをしてでも、治す手段を見つけないと」

 

 絵里を眺める猫宮。どこと無く、顔が険しい。しかし、遠坂は、いつもの通り微笑んでいた。

 

「見つけましょう、必ず。どんなことをしてでも生き残ります。絵里のために」

 

 決意をした、男の表情だった。

 

「そうか……」

 

 それを見て、思わず狩谷は足を擦ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




某所でボロクソに叩かれて心がへし折られそうになりました……


 とりあえず、絶望に満ちた世界、手が届く範囲だけでも不幸を叩き潰していく猫宮でした。絵里ちゃんの助け方は、ガンパレード・オーケストラ白の章でノエルを助けたのと同じ助け方となっています。遠坂に渡した力は、1回限りの特別仕様です。

 ご都合主義と呼ばれようがそれがどうした! ガンパレ世界は不幸のが圧倒的すぎるから主人公の周りだけでも不幸減らして何が悪い!そもそもそういう物語だし!(開き直り)

短編が出るとしたらどんな話が良い?

  • 女の子達とのラブコメが見たいんだ
  • 男連中とのバカ話が見たいんだ
  • 九州で出会った学兵たちの話
  • 大人の兵隊たちとのあれこれ
  • 5121含んだ善行戦隊の話

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