ガンパレード・マーチ episode OVERS   作:両生金魚

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整備班:緒戦

 4月24日5時30分。既に夜は明けているのに、それを感じさせない重い曇天である。暗く、肌寒く、じめついて、更には小雨まで時折思い出したかのように降る。

 居るだけで憂鬱になるような天気の下、陣地は無駄口を叩くものもなく静まり返っていた。深夜まで続いた砲声も、夜空を照らし続けた閃光も消え、廃墟かとも錯覚させるような雰囲気である。

 

 不意に、静寂を破って砲声が鳴り響き、遠くに閃光が何度も走る。それからほんの僅かの後、公園に鳴り響いたサイレンとスピーカーからの音声が、陣地を眠りから叩き起こした。

 

「中・大型幻獣を含む有力な敵が市内に突入。現在、味方と交戦しつつあり。繰り返します。有力な敵が市内に突入。現在、味方と交戦しつつあり。総員戦闘配置についてください」

 

 その音声を背景に猫宮は軽くストレッチをし、体を解して目を覚ます。それから少しして、善行からの通信が入る。

 

「5121及び黒森峰、聖グロリアーナの皆さんは5121小隊指揮車前に集合してください」

 

 その言葉に、見知った顔が一斉に動き出した。善行は既に万翼長に出世し、また年齢も上であるため、合同部隊の総指揮官を任されていた。

 

 

 

 指揮車から出てきた善行に、全員の視線が集まっている。どの隊の隊員達も皆、一様に目を光らせ、生真面目に口元を引き結んでいる。――かつて、半島でも同じ光景を見た。その記憶が、フラッシュバックする。ただそのときと違うのは、兵たちが皆酒も飲めない年齢であり、尚且つ半数以上は女の子だった。

 善行はしばし視線を宙に漂わせていたが、やがて迷いを断ち切るように隊員に向き直り、低い声で話しはじめた。

 

「ここにいる全員が揃うのは、これが最後かもしれません。……だからどうした、と私は思います。ここにいるのは仲間です。死のうと、生きようと。同じ時を生きて、同じ未来の為に、同じ敵と戦う仲間です」

 

 学兵たちを見渡して、善行はやりきれなさを覚えた。どの顔も真剣だった。真剣であればあるほど――そのあどけなさが、顔に現れている。戦争など、冗談にしか思えない年齢だった。

 一つ息を吐いて、善行は言葉を続ける。

 

「……わたしは生きろとは言いません。立派に戦ってくださいといいます。そのあと、生き残るかどうかは、どこかの誰かが決めるでしょう。ここで勝てば、被害は最小限で抑えられる。だから勝ちましょう。それで沢山の人命が守られる、以上です」

 

 演説が終わると、ラインオフィサーはそれぞれの機体へ、テクノオフィサーは守るべき陣地の前へ散っていった。若宮と来須は、陣地周辺でテクノオフィサーの護衛である。

 

 4番機へ向かう途中、猫宮は見知った猫を見つけた。ブータである。

 

(ブータニアス卿、貴方も来たのですか)

 

(なに、若人達にだけ戦わせるわけにも行くまい――お主は大丈夫だろうが、他の者たちが心配だ)

 

 ブータは1,2,3番機を見てそう言った。

 

(ええ、今は猫の手も借りたいときですし、是非お願いします)

 

 そう言って猫宮はブータにお辞儀をすると、4番機の取っ手に手をかけた。ブータは、石津の前で備品箱を開けると、中に潜り込んで蓋を閉めて貰った。そして、指揮車の中へと運び込まれた。

 

 

 猫宮は士魂号へ乗り込むと、タクティカルスクリーンを起動して戦況を確認した。阿蘇、合志、山鹿、玉名と各戦区から、幻獣が殺到していた。まるで、川の流れるように濁流が、熊本を押し流そうと押し寄せてきていた。端末の名簿を見やる。表示を全てにすると、表示の暗くなった名前が、あちこちに見えた。きっと、今日の戦いで更に増えるだろう。

 そう思っていると、善行の声が通信機に響く。

 

「全士魂号、クールよりホット。全機体ウォーミングアップ」

 

「1番機、準備完了いたしました」 「2番機、OKです」 「3番機、いつでも行けるぞ」 「4番機、準備完了」

 

 パイロットの声が、準備完了を合図する。

 

「黒森峰戦車中隊、1号車から9号車、全車両準備完了」

 

「聖グロリアーナ自走砲第1小隊、1号車から3号車、準備完了です」

 

 善行は深呼吸すると、静かに言った。

 

「全機全車両、出撃」

 

 4体の巨人と、12輛の車輌が音を立てて陣地を後にする。善行は、残されたスタッフ達とともにハッチから身を乗り出し、見事な敬礼をして見送った。

 

 

 

 戦闘の音が、近くまで迫っている中、狩谷は車椅子を押されていた。

 

「待ってくれ、僕も5121の仲間なんだ。――だから、みんなと居させてくれ……」

 

 狩谷は、そう周りの仲間達に懇願していた。足が治って以来、いつの間にか死ぬのがまた怖くなっていた。しかし、それ以上に、この事態で仲間と一緒にいられないのが辛かった。心から絶望が消え去った狩谷は、このハチャメチャな5121小隊が、いつの間にか好きになっていたのだ。

 

「……ほんの少しの辛抱だけん。……狩谷、つべこべ言わずに付き合ってもらうたい」

 

 整備テントの裏の、貯水槽跡。暗くジメジメしているが、鉄筋コンクリートで作られ、更に出入り口は鉄扉である。避難場所としては、最適だった。中村は車椅子ごと狩谷を担ぎ上げると、その奥へと運んでいった。その後ろに、ののみが続く。

 

「……頼む、整備なら出来る、必要なら銃だって撃てるんだ……」

 

 懇願する狩谷に、加藤が何も言わずにぎゅっと抱きついた。

 

「懐中電灯、毛布、ジャー……コーヒーが入っとる。東原の分は紅茶ばい。それと、とっておきのメロンパン……ええと、あとは……東原、鍵ば預けるけん」

 

「わたし……?」ののみは、おそるおそる鍵を受け取った。

 

「幻獣には器用なやつもおっけん、ドアば開くるこつもしくるとよ。俺らが行ったら、内側からドアに鍵ばかけろ」

 

 こんな地下だと言うのに、120mm滑腔砲の砲声はもちろん、機関銃やアサルトライフル、サブマシンガンの発砲音が、絶え間なく聞こえ続ける。

 

「ふんならね」

 

 中村はののみの頭に手を置くと、階段を上がっていった。

 

 狩谷は、加藤に抱きつかれたまま、中村が帰ってから小声で、しかしはっきりと通る声で言った。

 

「……どうか、生きて迎えに来てくれ……」

 

 加藤は、もう一度狩谷をぎゅっとすると、しゃがみこんでののみに話しかけた。

 

「ののみちゃん、なっちゃんをよろしくね」

 

「うん、まかせて!」

 

 ののみは、元気よく請け負った。

 

 

 

 4月24日7時30分。外郭陣地を突破した敵は、圧倒的な数の小型幻獣が殺到していた。

 戦闘ビークルを全て送り出して尚、この陣地の守りはそれなりに硬いが、詰めている整備員たちは殆ど素人と言ってよかった。だが、それでも射撃訓練を定期的に行っていた分、3077の、銃を持たされただけの素人よりはまだましかもしれない。

 

 若宮はテクノオフィサー達や、不慣れな学兵達の前に立つと、大声で話し始める。

 

「本陣地の指揮は、ラインオフィサーである私が取らせて頂きます。では、全員ライフルを3点バーストに、フルオートは厳禁です。20mより近づかれたら、サブマシンガンに切り替えを。そちらはフルオートで結構です。小隊機銃は分散して狙うこと、遠坂は92式自動砲の側で、中型が出てきたら狙撃してくれ。銃を撃つのがあまりにも苦手な方は、銃弾の補充や小隊機銃の三脚を抑えるなど、雑用を。これも立派な仕事です。では、それぞれの配置を割り振ります」

 

 そう言うと、テキパキとそれぞれの適正に合った場所に配置していく若宮。来須も、お隣の3077などの学兵連中に配置をしていた。

 不意に、アサルトライフルの弾が3連射する音が響いた。音のした方を見ると、来須が1匹のゴブリンリーダーを撃ち抜いていた。

 

「……あれは偵察役だ、銃を降ろせ」

 

 的確な射撃で、1トリガーで手本を見せる来須。全員で撃とうとしていたひよっこ達が、尊敬の目で見ていた。

 

「……そろそろか」

 

 その様子を見て、若宮も、鉄条網のある辺りを見た。小型幻獣共が、迫っている。

 

「よし、全員射撃開始! 機銃手! 銃身下げろ! 水平射撃で十分だ!」

 

 若宮の声と共に、多数の銃器から銃声が上がった。次々と打ち出される銃弾に、幻獣は死のダンスを踊りはじめた。

 

 

 戦闘は、今のところ順調に推移していた。ゴブリン、ゴブリンリーダー、ヒトウバンなどの小型幻獣は、濃密な弾幕の前にろくに近寄ることも出来ずに、次々と銃弾に撃ち抜かれていった。命中率の関係からか50mから先へは幻獣たちが進めず、時々出来た幻獣の濃い所に、ヨーコから40mmグレネードが打ち込まれ、大量に消滅する。

 

「フフフ、フフフフフ、死になさい、消えてなくなってしまいなさいっ!」

 

 岩田はこの状況でゲラゲラと笑いつつ、機銃の引き金を引き続けていた。田代も、まだ距離は空いているのに4連装ドラムマガジンを装着したサブマシンガンの引き金をほとんど引きっぱなしにしている。

 

 戦場では、意外な人間が意外な才能を発揮したりする。逆に、そのまま怯える人間も。森や茜などは、半ば震えつつ雑用を行っていた。トマホークやレーザーが時折飛んでくる中、掘られた塹壕を使い弾薬を運ぶために何度も往復する。

 黒森峰や聖グロリアーナの整備員たちも、それぞれ果敢に銃を撃つもの、怯えて雑用をするものなどに別れていた。

 

 隣の陣地では、3点バーストにしろと言ったはずなのに、ほぼひっきりなしで銃声が響く。狂ったように何度も何度もトリガーを引いて、殆どフルバーストと変わりがない。しかし、このド素人の集団には、これが正解かもしれなかった。ひっきりなしで撃ち続け、シャワーのように弾幕を降らせるしか、近寄らせない方法がなかった。

 

 

 

 だが、当然順調な陣地ばかりでも無かった。火力が足りず、幻獣に踊りこまれた陣地では、凄惨な白兵戦が行われていた。

 

「こちらF2陣地。敵が塹壕内に侵入、救援求む、救援求む……助けてくれっ!」

 

「こちらF3陣地玉島、応援やるからとっととこっちの陣地に逃げ込んでこい!」

 

 

 無線機からは、ひっきりなしに応援要請が流れる。時々、隣の陣地を助けるようなものもあるが、大半は自分のところで手一杯だ。補給車でその通信を聞き続けている原は、祈ることとしか出来ていなかった。

 

「元気にしてた?」

 

 不安からか補給車から原が通信を送ると、善行が返答をする。

 

「なにか」

 

「戦いが始まったわ。実況中継するけど、聞こえる?」

 

 そう言うと、ヘッドセットを運転席の窓から突き出す。小隊機銃3丁の音と、兵たちの声と、時折交じる爆発音が響く。

 

「……聞こえました。状況は?」

 

 善行の声が、低くなった。

 

「……多分、この調子なら疲れてくたくたになるか弾切れまでは大丈夫ね。……でも、他の陣地もやられちゃってもっとたくさんの幻獣が来たら……」

 

「……味方はどうです?」

 

「ダメ。さっきも若宮君と来栖君が他の陣地を助けに行ってた所。この陣地、ひょっとして一番マシなんじゃないかしら……? できれば、すぐに戻ってきて」

 

「……出来る限り、急ぎます」

 

「わたしの声が聞きたかったら、急ぐことね。後悔しても遅いのよ」

 

 そう言うと、通信を切った。ドアを開けると、新井木と田辺が、車内に飛び込んできた。ふえ~んと泣きそうな新井木と、おどおどとこちらを伺ってくる田辺。戦場でもあまり変わらないこの二人が、なぜだか愛しく思えた。

 

 

 若宮と来須は、付近の陥落寸前の陣地に躍り込み、幾らかの兵を助けては回収していた。

 

 若宮は4丁、来須は1丁の94式機関銃を持ち、接近戦では来須のサブマシンガンで対応する。この歩兵2人とは思えない火力に、助けに来られた部隊はしばし面食らう。

 

「ほら、ボサッとしてるな! とっとと走れ!」

 

「りょ、了解!」

 

 合計5丁の12.7mmの弾幕が、小型幻獣の群れをあっという間に粉砕する。その隙に、射線に入らないよう学兵たちが逃げ込んできた。

 

「あ、あんたらは!?」

 

「近くの陣地から助けに来たんだ、ちょっと手伝え!」

 

「りょ、了解っす!」

 

 助けられた兵たちは若宮、来須を先頭に、陣地から陣地の間を走り抜ける。そうして助け出した兵たちを、整備テント周辺に配置していく。

 

「いいか、ここは5121や黒森峰、聖グロリアーナの補給拠点だ、ここが落ちたら中型幻獣まで流れ込んでくるぞ! だからしっかり守れ!」

 

『了解!』

 

 エース部隊の補給拠点を守るという事に、しばし緊張する学兵たち。陣地から少し離れた所に有る整備テントは、しばし抜けてくるゴブ共の浸透に晒される。様子を確認しに行った田辺が命からがら逃げてきた後、若宮と来栖が掃除したが、兵を配置しない限り浸透の恐れが消えないので、こうして助けた兵を防備の甘い所に配置しているのだ。

 

 若宮と来須は武器をサブマシンガンに切り替え、またテントの中に多少入り込んだゴブ共を掃除すると、再び次の近い拠点へと向かっていった。

 

 

 

 一つ元気な陣地があり、他は陥落寸前である。そして、元気な陣地が近いとなると、必然的に逃げ込もうとする隊が増えてきた。無事に何人かが逃げ込めた隊も有れば、勿論そうで無い隊もある。

 

「う、うわ、助けて、助けて……!」 「ぎゃああああああっ!?」 「母さん……!」

 

 陣地の近くで、襲われて嬲られる兵が、幾人も見える。

 

「う、うぇ……げええええっ……」

 

 その光景を見て、思わず吐いてしまう森。三脚を押さえる手がなくなり、少しずつ後ろに下がり始める。

 

「こら、森! ここで機銃がなくなったら俺らも死ぬぞ! 死にたくなかったら働け!」

 

「う、うう……はい……」

 

 中村に怒鳴られ、必死にまた三脚を抑える森。しかし、森でなく、凄惨な光景に目を背けたそうになるメンバーも、沢山いた。

 

「くっ、数が多すぎる……」

 

 射撃な得意な遠坂などは、狙撃してまとわりつくゴブ共を少しでも減らしているが、新兵や整備班の面々は誤射を恐れて中々撃てない。

 

 この陣地のメンバーにとって馴染みのない、味方の悲鳴が、響き渡り士気を削っていく。

 

 普段、危険度の低い後方にいるテクノオフィサーたちが、ほとんど初めて知る、戦場の地獄が目の前に広がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

短編が出るとしたらどんな話が良い?

  • 女の子達とのラブコメが見たいんだ
  • 男連中とのバカ話が見たいんだ
  • 九州で出会った学兵たちの話
  • 大人の兵隊たちとのあれこれ
  • 5121含んだ善行戦隊の話

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