ガンパレード・マーチ episode OVERS 作:両生金魚
熊本城攻防戦まで後1日。猫宮は、朝早くからトラックを新市街に走らせていた。行き先は裏マーケットである。加藤と一緒に親父から隠し切れない商品を受け取りに来たのだ。
「……そうだ、珍しい物が来たんだがこれも使われなくてな。持っていけ」
医薬品やら機銃やらを詰め込んでいる最中に言われ、親父に更に奥に案内される猫宮。
「これはまた、本当に珍しい物を……」
案内された猫宮の前にあったのは、92式自動砲。25mmライフル弾を撃ち出す、いわゆる対戦車ライフルである。ウォードレスを装着していても重く、扱いが難しい。
「……お前なら整備して使えるだろう。持っていけ」
「ええ、難しいけど頑張って扱ってみます」
ペコリと礼をして、これも運ぶ。荷台には、小隊機銃に医薬品に92式自動砲にと、物資が山積みである。
「ほな、おじさんありがとな~!」
「ありがとうございました~!」
加藤と猫宮の礼に、親父はふんと鼻を鳴らしながら見送るのだった。
トラックを走らせていると、やはり市内は慌ただしい。自衛軍の車輌、兵も何時もより多く見られ、あちこちで学兵たちがあれやこれやと想像を膨らませている。
「……何やら、大変なことになっとるなぁ……」
「だね。幻獣のオリジナル、なんてものが発表されたんだし」
「……うちら、生き残れるんやろか……?」
「生かすよ。どんな手段を使おうとも、絶対に」
そう言う猫宮には、強い決意に満ちていた。
「……うん、頼りにしてるさかい……」
その表情に、加藤は思わず縋るように、言葉を零したのであった。
尚敬校に戻ると、猫宮はすぐに92式自動砲の整備にとりかかる。あまり使われてないだけあって、状態はそこまで悪くないようだ。整備テント近くの地面にブルーシートを引いて、その上で整備をする。この手の作業はお手の物とばかりに、凄いスピードで整備をしていく。その横で、田代が呆れた様子で、その手伝いをしていた茜も感心しつつ見ていた。指揮車整備は取られたが、茜は田代との共同作業が多いようだ。
「まったく、お前ほんっと器用だな……」
「色々とやってきまして」
くすりと笑いつつ、組み上げる。
「92式火砲……5121小隊の整備員が今持っている最大火力か。他にも機銃が2つ、99式40mm擲弾銃が一つ……これだけあれば、早々陣地は落ちないな」
「うん……黒森峰の整備員さん達も同じ場所で陣地を張るし、そっちの武器も合わせればそれなりの火力になる――筈」
しかし、いまいち自信がなさ気だ。猫宮にとっても、変わりに変わったこの世界、しかも火力が増えたとなるとどうなるか予測はまったくつかない。
「まあ、イザという時には君に援軍を頼むとするよ。滝川のほうが足が速いがあっちじゃイマイチ不安だ」
「あはは、了解」
笑う猫宮。しかし、そこに田代から声が飛んで来る。
「おい、話してないでほら、4番レンチ!」
「わ、分かってるよ!」
なんだかんだと上手く行っている二人の様子を、笑って見守るのだった。
一通り作業が終わると、若宮と来須を連れていつもの演習場へ。そこには、やはり何時ものように大勢の学兵たちが集まっていた。……しかし、見知った顔も、少し欠けていたりする。炊き出しの人たちも、激戦を前に遠くへ一時的に避難をしていたりして、何時もの大鍋は無い。
「……明日、これまでで一番の激戦になると予想されます。陥落する陣地も多く出るでしょう……。近くの陣地と協調し、いざとなれば、別の陣地に逃げて抵抗を続けられるように。――ゴブリン数匹と命を引き換えるより、そちらのほうがはるかに敵に損害を与えられます。死守すべきは、一つの陣地ではなく、熊本城全体です」
そう言う猫宮。命令違反ではなく、命令の「再解釈」を、伝播させる。ああ、善行も昔からこんなことを言っていたと若宮は苦笑した。
「だから、生き延びよう。皆で、なんとしても。付け焼き刃かもしれないけど、無いより、はるかにいいから。じゃ、これから合同訓練を始めます」
『はいっ!』
使い捨てにされてきた学兵達。それでも尚、足掻き続ける。
教育は若宮と来須に任せ、猫宮は小隊機銃の山を全力で整備していた。とにかく、これが1丁あるかないかだけで、生存率は劇的に変わる。熊本城が初陣だった学兵など、1小隊に小隊機銃さえ無かったのだ。黙々と、凄まじいスピードで組み立てて行く。
若宮と来須は、撤退、そして陣地間移動の戦術を、叩き込んでいた。そして――残酷なことも。
「……残酷なようかもしれんが、時には見捨てることも必要だ……。仲間が襲われそれを助け、また助けに行き襲われる……。二次、三次遭難だな。次々と、被害が広がる……」
そう、表情を曇らせて言う若宮。実際に、あの半島ではどれ程の兵を見捨てたであろうか。そして、見捨てられない何人が、死んでいっただろうか。
「……時には、止めを刺してやることも、慈悲だ」 来須も続く。幻獣の群れに飲み込まれれば、嬲り殺しにされる。
悲しい現実に、恐ろしい現実に、目を伏せる学兵達。戦争という恐ろしい現実は、何処までも何処までも襲ってくる。
そして、その方法を教えるのを止められない猫宮は、同仕様もなく悔しかった。明日、何人が生き残れるのか……それは、誰も分からなかった。
そんなことを思っていると、ふとクラクションを鳴らしながら、トラックが入ってくる。
「おおーい、猫宮君、弁当、持ってきたばい!」
何時ぞやの、おじさんだ。
「お、おじさん、どうしてまだこんな所に!? あ、危ないですよ!?」
慌てて駆け寄る猫宮に、おじさんは笑って答える。
「学兵さん達が危ないばってん、せめてこれだけでも届けに来たばい」
荷台には、簡素なパックに、たっぷりじゃがいもや惣菜がつめ込まれていた。
「頑張って、生き延びろとよ!」
そう言うと、集まってきた学兵に弁当を配って行くおじさん。
世界は、良くはない。しかし、悪すぎるということも、なかった。
夕方、疲れ果ててえっちらおっちらと尚敬校へと帰る猫宮。備品のトラックを返して、校門を出る。
『猫宮さん』
と、校門の左右からステレオで女性の声が聞こえた。右を向くとまほ、左を向くと凛が尚敬校の校門前に佇んでいた。
「え、えーと、どうしたの二人共……?」
「助けられたお礼をしようかと思いまして。こうして待っていたのですわ」
「明日、決戦なので、母がまた話したいと。それで、また家へいかがですかと、待っていました」
右を見る、左を見る。どちらも、こちらをじ~と見つめてくる。思わず、冷や汗が流れる。
「……西住さん、もう一人、増えても大丈夫ですか……?」
片方は選べず、妥協案を示す猫宮。西住中将とも話しておきたかったし、凛の好意を無にするのも憚られたからだ。……ヘタレなわけでは、決して無い(はず)
「ええ、大丈夫です」 と、凛の方を見ながら言うまほ。
「あら、西住中将とお会いできるなんて光栄ですわね」
それを聞いて、凛はニッコリ笑うのだった。
気まずくなると思われたが、二人は隊長、一人は指揮能力にも通じている。なので、あれやこれやと戦術の話が弾む。とても、少年少女たちの会話に見えないが、この兵たちに囲まれた街では、これが日常かもしれない。
凛にとってははじめて、猫宮には2度目の西住家訪問である。
『おじゃまします』
と、二人は上る。
「ええ、いらっしゃい。そちらは」
「お初にお目にかかります。聖グロリアーナ第1自走砲小隊隊長、田尻凛百翼長です」
出迎えのしほに、優雅に一礼する凛。
「そうか。ああ、ここは基地ではないからな、あまり堅苦しいのは不要だ」
「わかりましたわ。ありがとうございます」
そう言うと、猫宮に続いて家へと上がる凛。
茶の間へ通されると、先客が居た。エリカである。
「あ、エリカさんも招かれてたんですね」
「ええ」
そう返事するエリカは、やはりどこか緊張しているようだった。茶の間で座って待つ客人3人、そして西住親子は台所でまた料理を作っているようだった。様々な香りが、茶の間まで流れてくる。
出されたお茶を優雅に飲んで待っている凛。チラチラと、あちらこちらに視線をやっているエリカ。猫宮は疲れているのか、ゆったりとニュースを見ていた。幻獣のオリジナルについて、誰も彼もが興奮して己の想像を発表していた。それに、苦笑するしか無い。
少しして、料理が運ばれてきた。タチウオや、レンコンなど地元の食材を使った、熊本の料理だった。
「おお、ご当地料理」 「実は、私も初めて食べますわ……」
熊本以外の出身である二人が、わくわくとした表情をしている。
「腕によりをかけた。魚などは冷凍だったが……たくさん食べてほしい」
「ええ、では、いただきます!」
『いただきます』
食べ始める6人。和気藹々と、華やかな空間である。ひとり男の猫宮は、実はちょっと戸惑っていたりもする。
まずは白米をそのまま。銀シャリは、久々だとまずは何も付けずに。そして、その後おかずを載せて一緒に口へと放り込み、より一層味を増幅させる。からし蓮根のぴりりとした辛さが鼻を抜け、その辛さと美味さが銀シャリの味を増幅する。じゃがいもではこうは行かない。
そして、れんこんだけでなく、タチウオも漬物も味噌汁も、またそれぞれご飯の味を引き立てる。大盛りに盛られた白米が、そしておかずが見る間になくなっていく。
それを、ほえ~といった感じに見るみほ、微笑んで見るしほとまほ。
「そこまで美味しそうに食べてもらうと、冥利に尽きるな」
「ええ、とっても美味しいです!」
「素晴らしいですわ」
「は、はい! と、とても結構なお味で!」
客人3人の反応に、また場が和む。
戦争とは無縁の、ゆったりとした時間が流れた。
「ごちそうさまでした」
米粒一つ残さず食べて、両手を合わせる猫宮。量の多い猫宮が、最後まで食べていた。そして、食器を回収して、洗い場へ。
そして、洗う前に、全員の前でしほが話し始めた。
「明日が、決戦だ。――あなた達には、最も辛い地区を担当してもらうことになります」
その言葉に聞き入り、真剣に見つめ返す5人。そして、やはり送り出したあの日と同じように、全員の顔にあどけなさが残っていた。
「……そして、自衛軍は、幻獣が罠に入りきるまで、動きません。…………本当に、すまない……」
頭を下げるしほ。情けなさや悔しさや怒りが、渦巻いていた。こんな、子どもたちを戦わせ捨て駒にし、自衛軍は最後にゆうゆうと大火力で襲いかかるのだ。およそ、羞恥心がある軍人ならば耐えられない。
「……なんとしてでも、生きてくれ……」
そう、願うしかない自分が、ひどく無力に思えた。
「……そして、猫宮君」
「はい」
「皆を、頼む」
「勿論です。どんなことをしてでも、全員、生存させます」
頷く、猫宮。それに合わせて、他4人も、頷いた。絶対に、生きて帰るのだと。チャッピーは、外からその様子を見て、月夜に吠えた。
「猫宮君、今日も風呂に入って行くと良い」
「ええ、じゃあ是非――い、今誰も入っていませんよね?」
「ああ、誰も居ないぞ」
微笑んで言うしほ。猫宮は頷くと、ノックしてから木戸を開けて、中に入る。服を脱ぎ出す。檜の香りが、心地よかった。
「あ、あれ、猫宮さんは?」 「もう帰ったのですか?」
と、食器を洗っていたみほとエリカが、しほに近づいて聞いてきた。
「ああ、彼なら……」
と、話しながらしほも歩き出し――
「おっと」
な・ぜ・だ・か 畳で転んでソースをみほとエリカにぶっかけた。
「だ、大丈夫か!? こっちは洗っておくから急いで風呂へ!」
『あ、は、はい!』
そう言うと、二人は汚れてしまった服を脱ぎながら風呂へと急ぐ。ガラッと扉を開けると、そこにはパンツ1枚の猫宮が。開けた二人は、下着に靴下な姿である。
『きゃ、きゃああああああああああっ!?』
3人の悲鳴が響き渡った(待て)
「な、何で二人共そんな格好で!?」
「お、お母さんにソースをかけられちゃって!?」
「あ、う、あ、うわああああああああっ!?」
叫ぶ猫宮、体を隠すみほとエリカ、パニックになりわたわたしてる。
「と、とりあえず出て行くからそっちが先に入って~!?」
『は、はいっ!』
そうして、自分の着替えを持って慌てて飛び出す猫宮。急いで出ようとすると、足元に滴っていたソースでおもいっきり滑った。
「のわああああああっ!?」
「きゃっ!?」 「ふえっ!?」
すっ転ぶ猫宮に巻き込まれた二人。
『きゃ、きゃああああああああっ!?』
この騒ぎに、流石に駆けつけるまほと凛。見ると、下着姿の3人が折り重なって倒れていた。
「ね、ね、猫宮さん、あ、あなたはみほとエリカにまでっ!?」
「ち、違うってばあああああああああっ!?」
「お、おおおお、落ち着くのですわ、まずは一旦離れて……」
と言いつつ顔を真赤にして猫宮の体を見ていたりする凛さん。
その様子を、しほは優しい顔で、とても眩しそうに見ているのだった。
92式自動砲:TRPGルールブックより引用。装甲車の使用する25mm弾を引用。有効射程は約1KM。的が大きいミノタウロスやゴルゴーン相手なら、有効射程ギリギリでもそれなりに当てられる。なお、銃ではなく「砲」なのは、自衛軍では15mm以上の火器は、砲として分類されるからである。
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