ガンパレード・マーチ episode OVERS 作:両生金魚
その日、4機の士魂号は未明の内から戦場で待機を続けていた。
天気は曇天、幻獣が現れるのは大体がこんな天気の時だ。冷たい風が吹きすさび、鳥の音を時々マイクが拾う。
戦場は東西に鬱蒼とした常緑樹の山が迫り、一面の枯れ田に覆われた田園地帯だった。無数のあぜ道が枯れ田を縫うように走っている。平坦な風景の中でただひとつ木々が生い茂る丘を中心として集落が広がっていた。
集落から300メートル程離れた県道上に待機して3時間、突如として山向こう側の戦線から射撃音が起こった。続いて味方の94式小隊機銃の音や迫撃砲の音など、様々な音が響き渡る。
「やあやあパイロットの皆さん、お待たせしました。しっかり緊張しているかな?」
射撃音とほぼ同時に指揮者オペレータの瀬戸口の柔らかな声が、4機の士魂号に響き渡る。
「無駄口はよいから、さっさと状況を説明するがよい」
芝村が苦々しげに通信を返す。
「ははは、芝村は元気だな。其の前に出席を取るぞ。一番機、壬生屋さん――」
「あ、はいっ……!」
壬生屋を皮切りに、2、3番機と順に瀬戸口が呼びかけて緊張をほぐしていく。
「と、4番機の猫宮――は大丈夫そうだな」
「まあ、大丈夫ですけど瀬戸口さん酷いですよ~!」
瀬戸口がおどけて、猫宮がそれに返す。それだけで、また少し場の空気が軽くなったような気がした。
「そんな事はいい、それより、我らはもう3時間も待機している。山の向こう側からしきりに砲声が聞こえてくるが、救援に赴かなくていいのか?」
芝村がもどかしげに通信に割り込んだ。待機している理由も有るだろうが、やはり芝村も初陣である。どこか普段と違う面も有るのだろう。
「ああ、それなら心配はいらない。友軍は適当なところで逃げ出さすさ」
瀬戸口は軽い調子で受け流した。
「そうそう。それに、初陣の戦車小隊じゃ攻勢任務には向かないしね」
そこに猫宮もフォローを入れる。
「ふむ。しかし我らだけで敵を食い止めるのか?」
芝村は首を傾げた。今日は5121小隊の初陣だった。それにしては随分と責任重大だ。
「なんだ芝村、おまえさんにもわからないのか? 目の前に居る友軍が」
「ははっ、やっぱり芝村さんも緊張してるかな?」
瀬戸口と猫宮にそう言われ、芝村は不機嫌そうに当たりを見回すと、先に速水が見つけた。
「あ、あそこに……」
「お、本当だ」
「あんなところに……」
他3名が見つけ遅れてなるものかと辺りを見渡すと、農家や、役場や、鉄筋コンクリート建ての建物に、歩兵やら士魂号L型やら小隊機銃やらが配置されていた。
「あの……これってもしかして、待ち伏せですか?」
速水が遠慮がちに尋ねた。目が慣れてくると村のいたるところに戦車随伴歩兵が姿を隠し、展開しているところが見て取れた。
「ああ。善行司令曰く、戦車随伴歩兵の典型的な戦術だそうな。今回の作戦では俺達はほんの付け足しでね。だから気を楽にしてやってくれ」
「えーとね、こがたげんじゅうばっかりだけど、ごじゅうはいるって」
それまでデータを調べていた東原が瀬戸口を補足する。
「あれ? おっきいのもひとついるよ」
「……ああ、本当だ。ミノタウロスが一体混じっているようだ。それと、確認したところではナーガが10。こいつのレーザー攻撃は厄介だぞ。それじゃ各機、県道の影に隠れてくれ。合図があるまで発砲は控えること」
そうして通信が途切れると、各々が殆ど会話もせず、この待機時間と戦っていた。すぐ近くに、敵がいる。しかし、何もすることが出来ない上に。この緊張感や焦燥感は、とてつもないものだった。
東側の山の稜線にそって幻獣の大群が出現していた。友軍の抵抗は殆ど無く、僅かな抵抗も押しつぶし、県道目指して突進してくる。数の優位から、細かい拠点は後回しにし、浸透を図るのが幻獣の常套戦術だった。
敵は、幾列もの縦隊となって迫ってくる。待機する時間が、長かった。
一方、一番機の壬生屋は重苦しい緊張と戦っていた。武道を修めるものとしての平常心はどこかに消え、闘争心と、憎悪と、焦燥と――そんなものが入り混じった感情が溢れ出しそうだった。
お願いですから、早く攻撃命令を出して下さい――戦死した兄の、無残な顔が――『未央、平常心だ。武道家の基本だろう』 えっ?
ふと、周りを見渡す。兄の声が聞こえた気がした。いや、これはやはり幻聴――『敵をしっかり見据えるんだ。その肩には、敵だけでなく味方の命が乗っているんだから』
まただ。確かに、兄の声が聞こえた。ふと、コックピットを見渡す。何だか、兄が隣りにいるようだった。深呼吸をし、心を落ち着ける。敵は、直ぐ側まで迫っていた。
「全機、発砲開始!」
十分に敵を引きつけたところで、善行からの発砲命令が下される。と、同時に4機の4丁のジャイアントアサルトから、そして可憐の4丁の12.7mm機関銃から弾丸が一斉に敵へと降り注ぐ。其の圧倒的な火力は、小型幻獣からナーガからを一気になぎ倒した。戦列に、大きな穴が空く。そして、其の細切れになった敵に他拠点からの十字砲火も降り注いだ。敵幻獣が、あっという間に殲滅されていく。
そうだ、こうやって陣で戦うために、わざわざ人類側は長い時間をかけて待ったのだ。規則的に配置された機関銃は、幻獣に白兵戦を許さず殲滅していく。
と、問題になるのはイレギュラーだ。脇からミノタウロス2体を含めて増援が来た。士魂号L型は、別方面のキメラやナーガにかかりきりだ。なら、この小隊がやるしか無い。
「東側より、2体のミノタウロスを含む敵増援、全員、行けますか?」
『はいっ!』 善行の問に、5人が一斉に答えた。
「結構、では、壬生屋さん、1体をお願いします。他の機は、壬生屋さんの援護を」
「了解です、参ります!」
一番機が、ミノタウロスへ向けて走りだした。それを迎撃しようとするミノタウロスだが、一閃、二閃――ミノタウロスの腕が、体が崩れ落ちる。
そして、もう1体のミノタウロスは3機とスカウト二人の集中砲火を受けてあっという間に倒れ伏した。そして、そのまま壬生屋は接近戦で、他の機は散開してそれぞれ死角をカバーしながらナーガ等を掃討していく。中でも猫宮は一人、丘の上へ布陣し、そこから92mm砲で各地の敵を狙撃し、戦線を維持していた。しばらくの戦闘の後、撤退していく幻獣たち。
そこからは、もう人型戦車の独壇場だった。悪路を物ともせずに追いすがり、次々と幻獣を打ち減らしていく。
戦闘は、人類側の圧勝で終わった。あちこちから歓声が上がり、この4機の巨人へと手を振る歩兵の姿もあちこちから見られた。
「……勝ったな」 その光景を見て、芝村が呟いた。
「……うん、勝ったんだ」
「ああ、俺たち、勝てたんだ」
「ええ、私達、幻獣に、勝てたんです!」
「うん、皆、大勝利って奴だね!……ホント、お疲れ様……」
その声に、速水、滝川、壬生屋、猫宮と全員が呼応した。全員に、なんとも言えない高揚感が去来していた。この、2週間足らずの訓練は、無駄ではなかったのだ。誰かを、助けられたのだと。
「ええ、皆さん、お疲れ様でした。皆さんの戦果は中型幻獣5体、小型幻獣は200体以上……これは初陣としてはとてつもない戦果です。みなさまは一小隊でこれだけの戦果を挙げました。これは、特筆すべき評価に値します。では、以上。全員、トレーラーへ戻って下さい」
善行がそう締めると、それぞれがトレーラーへと戻り、装備を収めていく。これからは、整備員たちの仕事だ。
「想像以上に上手く行きましたね」
「ええ、全くです」
指揮車の内部で、瀬戸口が烏龍茶を一口飲みながらいい、善行も口元をほころばせてそれに答えた。本来なら、もう少し敵の少ない演習に丁度いい戦場のはずだったが――彼らは、全てに上手く対処してくれた。
「しかし、上手く行き過ぎたかもしれません」
「と言うと?」
やや表情を暗くした善行に瀬戸口が問うた。
「これから、彼らは加速度的に戦局が不利な戦場に送られていくでしょう……せめて、慣れるまで其の速度が緩やかになるといいのですが」
今回、善行はあらゆる手を尽くしてそこそこの戦場を選べた。しかし、次からはそう、楽な戦場ばかりは選べる事は出来ないだろう――。
「手を尽くしますが、彼らは無事でいられるでしょうか……」
善行の脳裏に、大陸で全滅した部下達がよぎった。彼らのように、させてはならない――そう思った善行に、瀬戸口の声がかかる。
「大丈夫じゃないですかね?」
「その根拠は?」
「ま、俺の勘です」
「君の勘、ですか、なるほど」
そう言われて、善行はおかしそうに笑うのだった。自分も、論理的なところとは全く別の所でなんとなく大丈夫な気もしていたからだ。
「脚部損傷度Dマイナス」 「肩装甲FTL」 と言った謎の単語がハンガーから飛び交う。原考案の単語で、その単語を整備員たちは皆理解しながら整備をしている。
其の単語をBGMに、パイロット5人は本日の戦闘の総括を行っていた。
「ふむ、やはり20mmでは小型幻獣に対してはロスが大きいな」
芝村が戦闘映像を確認しながら言った。威力は大きいが、明らかにオーバーキル過ぎた。
「キメラ辺りまでは12.7mmでも十分だからね。その辺流用できれば、もっと戦術に幅が広がるかも。弾数も多く持てるし。他には、40mmグレネードランチャーとか」
実際、この辺りの装備はTRPG版では人型戦車に取り付けられる。猫宮は、それを考えていたのだ。最も、信頼性が有るパーツが必要となるので、その確保は北本特殊金属等に頼むのでコストがかかるのであったが。
「うへっ、新しい武器か……たしかに便利そうだけどよ、慣れるの大変そうだなあ……」
滝川がそう愚痴ると、芝村が睨みつけた。気まずそうに首を引っ込める滝川。
「いや、でも新しい武器の習熟訓練って大変だから滝川の言うこともあんまり間違ってないんだけどね」
「むっ……」
猫宮が苦笑しながらフォローすると、芝村も一考の余地有りとして考えこむ。確かに、自分たちはまだまだ訓練をはじめて僅かしか経っていないのだ。
「わたくしは、ミノタウロスを1体倒すのに3太刀もかかってしまいましたわ……もっと減らせるといいのですが……」
「そこは壬生屋さんの……えーと、慣れ次第かな?武術は僕達、あんまりアドバイスできないし……」
壬生屋の悩みは、やはり独特のもののようだ。速水が自信なさげに言葉を送る。
「そうですよね……。でも、もう少しすれば何かが掴める気がします!」
そう言うと、壬生屋は何かを決意したように言葉を強めた。亡き兄の教えが、心に染みこんでくるような気がしたのだ。
「むしろ、壬生屋さんにこそサブウェポンはつけるといいかもね。腕につければ太刀を持つ邪魔はしないし、細かいのを倒せるし」
「あっ、ええと、わたくしはやはり飛び道具はあまり……」
「選択肢が沢山有ったほうが、味方助けられるでしょ!……まあ、慣れてから、の方がいい気がするけど」
「はい……」
しゅんとして猫宮の言葉に応える壬生屋。やはり、小型幻獣の掃討に一番苦労していたのは二刀流で大立ち回りをしていた壬生屋だったからだ。
「そこへ行くと2番機と3番機は危なげもなく、特に問題無しかな、じゃあ次は92mmとかいろいろな武器を使えるようにかな?3番機はもっと敵が増えた時にジャベリンミサイルを使えるように」
「了解した」 「うん、了解」 「おす、了解!」
3人の声が重なる。こうして、討論会は過ぎていくのだった。
史実の死者87名。本日の戦闘の死者15名。――歴史は少しずつ、しかし確実に変わっていく。
3時を回った辺り、猫宮は北本特殊金属への道へトラックを走らせていた。新しい装備を発注するためである。ガレージへ乗り付けると、いつもの親父が不機嫌そうに出迎えた。
「よう、今日は何の用事とね?」
「あの、大立ち回りに振り回されても壊れない弾倉やパーツを。12.7mmや40mmグレネードランチャーのを」
そう言うと、猫宮はトラックの荷台から装備を下ろした。裏マーケットで手に入れて、少しずつ直した装備だ。それを見ると、親父は不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「ふん、よくもまあこぎゃんボロを直したばいね。そぎゃん、これをあのふとか人間に取り付けろと?」
あの、5121小隊の初陣も、テレビ映えがするとして全国放映がなされていたのだ。
「ええ、飛んだり跳ねたりしても大丈夫なように」
「簡単に言うばいね……。銭がかなり掛かるとよ」
親父がそう言うと、猫宮は黙って一束渡した。遠坂からの支払いも有り、ようやく準備出来たのだ。
「まったく、えしれんこつして手に入れた銭じゃないど?」
「いえ、ちゃんと儲けたお金ですよ」
猫宮が苦笑して言った。そう言うと、親父は指を3本立てて
「これだけ経ったらこけけ。ちゃんと作っとる。後、それ持っていきんさい」
そう言うと、猫宮に手甲やブレード、更に銃剣を渡してガレージをに入っていく。受け取った猫宮は、礼をして静かに立ち去るのだった。
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