ガンパレード・マーチ episode OVERS   作:両生金魚

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世界を良くするのは人の意思

 3月の初旬。第62戦車学校のメンバーは東原と猫宮を除き行軍訓練を行っていた。東原はいつもの様にゴールで待機である。一方、猫宮は病気でもなければ怪我でもなく、食材の調達に出掛けていた。また朝一で善行の所に出かけて、備品である軽トラを借りたのである。

 

「できれば君も訓練に出て欲しいんですがねえ」

 

 という善行に対し猫宮は

 

「今も昔も兵士に必要なカロリーは3500キロカロリーだと統計が出てますよね。そしてそれを下回ると大抵士気が急激に下がって反乱や脱走も誘発されますね」

 

 正論である。再三食料補給の要請を送っているが、発足もしていない、期待もされてない実験小隊に回される物資は常に後回しにされた。善行は溜息をつくと、承認のサインを書いて渡した。

 

「……どうか、お願いします」 思わず部下にこぼれた善行の願いは、本心からの言葉だった。

 

「任せといて下さい!」 善行が部下思いであることを知る猫宮は、胸を張って軽トラへと向かっていった。

 

 

 

 まず真っ先に確保したかったのは、動物性蛋白質だった。食欲魔神滝川を筆頭に、育ち盛りばかりの連中が揃っている。と言っても、肉も魚も良い物は偉いさんや金持ちが真っ先に確保していた。熊本で学兵が腹を空かせていた頃、ホテルでは豪華な食事が出ていたし、海軍が保有しているフェリーでは高級レストランのようなメニューが出ていた。だから、必然的に「店で売るには」質の悪いものを狙った。

 

 まずは、冷蔵庫と冷凍庫を確保した。戦争が激化するにつれ、疎開や店仕舞いが相次いでいた。閉鎖中の飲食店を尋ねるとどうせ捨てるのも勿体無いとただで譲ってくれた。その時、申し訳無さそうな顔で「頑張ってね」と店の人や業者の人から励まされた。

 全員の顔に、子供を戦わせる後ろめたさや罪悪感が溢れていた。それを少しでも軽減するためだったかもしれない。持ちきれないからと、幾らか米や調味料も渡された。

 手伝ってもらって大型の冷蔵庫と冷凍庫を軽トラに乗っけると、一度学校まで戻った。

 

「うわ~、ゆうちゃん、おっきい冷蔵庫だね~」 ののみが嬉しそうに駆け寄ってきた。

 

「うん、冷凍庫もあるよ。あ、下ろしたいから先生たちを呼んできてくれるかな?」

 

「は~い! 」 元気に手を上げてパタパタと職員室へと走るののみ。

 

 少しすると、三人の先生一同がやってきた。

 

「おい、猫宮。おめー何処でこんなもん手に入れたんだ?」

 

「店仕舞いする所に当てをつけてたんですよ」

 

「なるほど」 頷く坂上。

 

「これなら、沢山入りそうね」 と芳野。

 

 ドアを外し、プレハブ1階の食堂へ運ぶ一同。電源を入れると、正常に作動した。

 

「ありがとうございます。よし、じゃあ次は食料仕入れてきますね!」 手を振りつつ元気で飛び出す猫宮。

 

「いってらっしゃ~い!」 ののみも笑顔で見送る。

 

 それを悔しそうな顔で三人は見続けた。

 

「……なあ。昔から兵士が食料をかき集めるようになった戦争で勝った試しがあるか……?」 本田がそう呟いた。

 

 沈黙するしか無い二人。何も出来ない自分たちが、酷く情けなかった。

 

 

 猫宮は、まだ疎開していない農家を回っていた。熊本は、東日本と較べて暖かい。だから、作物の生育も早かった。市街地から離れた農家を一軒一軒周り、頭を下げて作物を買い付けて回るつもりだった。狙うのは、市場に出ても値段がつかないか安くなる、いわゆるB級品である。

 

「ごめんくださーい!」 

 

 とある農家の玄関で挨拶をする猫宮。少しすると、やや年をとった農家のおじさんが出てきた。

 

「学兵さんがこげんあばらやに、なんか用かいね?」 

 

 訪問されたことがないのだろう。警戒しながら怪訝そうに見つめるおじさん。

 

「あの、お金なら払いますので、出来の悪い農作物を分けていただけないでしょうか……?」 深々と頭を下げる猫宮。

 

 おじさんは、愕然とした表情をした。

 

「ぬ、ぬしゃあ、そげん腹ば空かしとちょるのか!?」

 

「え、ええ。自分だけでなくて、隊のみんなが……」

 

 そう言うと、おじさんは情けなさからか怒りからか震えながら涙を流した。

 

「情けなか、情けなか、情けなか……こげんば、情けなかことがあるか……」 

 

 農家としての、魂からの怒りと涙だった。命懸けで戦わされる子供達が、こんな所に頭を下げに来るまで腹を空かせている。しかも、売り物にならないようなものを分けてくれと言っているのだ。

 

「ちっと待ちんさい! おい、おみゃー野菜ばあるしこ持って来い!」

 

 そうおじさんは家の中に怒鳴ると、バタバタと倉庫へ行って次々と野菜を取り出してきた。多すぎる量にびっくりする猫宮。家の中に居たおばさんも、事情を聞くと凄い形相で一緒に野菜を持ってきた。売れるものは、既に出荷していた。だからせめて、量を渡そうと沢山持ってきたのだ。

 

「あ、いや、こんなに一度に頂いても置く場所がないんで……」 

 

 丁重に辞退して、とりあえずトラックに幾らか積む猫宮。これからも色々な野菜や魚等を仕入れようと思っていることを伝えると、おばさんが電話をすごい勢いでかけ始めた。どうやら近所や知り合いの農家に片っ端から電話をかけているらしい。地図を取り出され、ここに行きなさいと色々な場所を教えられた。

 頭を下げて、お礼を言う猫宮。懐からお金を取り出すと、「ウウバカモン!」と泣きながら怒鳴られた。いくらお金を払おうとしても、受け取らないの一点張りである。とうとう猫宮は折れて、何度も何度もお礼を言うと次の農家へと向かっていった。

 

 

 その日、近隣の農家が村役場に集まって、喧々囂々の話し合いが行われた。皆、怒っていた。農家でありながら子供達が腹を空かせている現実に。少しでも、その現実に抗おうとした。その怒りはこの村だけでなく、農協や口コミや知り合いを通じて熊本中に広まり、多くの農家を動かした。

 この日以来、熊本市街の至る所や、様々な学校で、農家の有志一同からの炊き出しが定期的に行われることとなる。

 

 

 次は、タンパク質だった。肉は期待できないとなると、やはり魚である。幸い熊本は海に面していた。軽トラを飛ばして漁港まで車を運んだ猫宮。狙うのは、裁くのに手間がかかって殆ど売れない、小魚やら傷のついた魚である。

 

 学兵の姿が珍しいのか、目的を聞かれる猫宮。後の反応は農家のおじさんの時と同じである。若い人出は他に取られているのか年をとった人が多く、猫宮が息子や孫のような年頃だったことも関係があったかもしれない。漁港に怒鳴り声が響き渡ると、皆が先を争うように魚介類を持ち込んできた。質より量をお願いした所、多少傷ついていたり形の悪い大きめの魚やらイカやらタコやら貝やらが、トラックに詰め込まれた。お金を取り出したら「ウウバカモン!」と怒鳴られたことも同じである。

 猫宮は何度も何度もお礼を言うと、とても重くなった軽トラを走らせて学校へと戻っていった。

 

 その日、漁業組合での話し合いが行われていた。話し合われた内容も、結論も農家の皆さんと同じである。そして、すぐにこの二つの組織が連携を取るのも自然の事だった。

 こうして、学兵達は街をうろつけば魚介類と野菜がたっぷりの海鮮スープ(味付けは日によって変わる)に高確率でありつけることとなった。

 

 

 魚を積んでいるのでトラックを気持ち早く走らせて、猫宮は尚絅高校まで戻ってきた。プレハブの側までトラックを運転すると、丁度訓練が終わった所でみんながヘバッていた。

 

「あ、ゆうちゃんだ!」

 

 みんなに水を手渡していたののみが駆け寄ってきた。後ろの荷物を見てぴょんぴょんと飛び跳ねている。

 

「おい、猫宮だけサボりとかずりーぞ!」

 

「せやせや! ウチらはこんなに汗だくなのに何やってたんや!」

 

 ぶーぶー抗議をする滝川と加藤。

 

「ふっふっふ、これを見よ!」

 

 ダンボールや発泡スチロールを下ろす猫宮。なんだなんだと駆け寄ってくる一同。開けると、全員の顔が驚愕に染まる。

 

「す、すっげー!魚めっちゃくちゃあるじゃん!」 興奮する滝川。

 

「や、野菜までこな大量に何処から手に入れたんや!?」 事務屋として即座に聞いてくる加藤。

 

「す、凄い……」

 

「ここまで集めるとは……!」

 

 驚愕する速水や芝村。

 

「……何処から手に入れたのですか?」 善行は眼鏡に手をやり努めて冷静に聞いた。

 

「農家や漁港から直接買い付けたんですよ、B級品を。――まあ、買い付けに行ったんですけどお金払おうとしたら突っ返されちゃいましたけどね」 

 

 猫宮は苦笑している横で、善行ははっと息を呑んだ。そうだ、食料の生産先はこの近隣にもあったのだ。軍に長くいたせいか、補給を要請することやコネを使うことに慣れ過ぎて完全に失念していた。

 

「……ありがとうございます、猫宮君」 

 

 善行は、心からの礼を述べた。本来、これは自分がどうにかする仕事のはずだったのだ。

 

「いえいえ、みんなのためですし」 そんな善行に、猫宮は笑って答えるのだった。

 

「それにしても、こんなに大量の魚どうするんだ? いくら春とはいえそう長く保存はできないぞ?」

 

 珍しく真面目な顔で聞いてくる瀬戸口。

 

「ふっふっふ、心配ご無用、先に業務用冷蔵庫と冷凍庫を確保済み!」

 

 もう一度驚愕する一同。

 

「あのね、すっごいおっきかったのよ。ゆうちゃんだけじゃ運べなくて、先生たちにも手伝ってもらったの! 」

 

 ののみが補足を入れた。

 

「まったく、お前はどれだけコネがあるんだ?」 

 

 若宮は、憲兵にも知り合いのいた猫宮にあきれてそう言った。

 

「今回はコネじゃ無いですよ、足を使って頭を下げただけです」

 

「そうか……」

 

 ガリガリと若宮は頭を掻いた。自分のような杓子定規な軍人にはなかなか出来ない発想だ。こんな奴も必要かもしれない。そう思うと、野菜の入ったダンボールを一度に三つ担いだ。

 

「で、何処に置けばいい?」 

 

「じゃ、食堂へ。冷蔵庫と冷凍庫もそこに有りますから」

 

 わかったと頷くと、悠々と運ぶ若宮。

 

「では、全部食堂へ運んで下さい。それで訓練は終了です」

 

 善行がそう支持すると、『はい』 と全員の声が響いた。

 

 全部運び終わると、猫宮はダンボールの切れっ端を使って積み上げられた食料の壁に、『第62戦車学校共用食料』との文字を書いて張った。

 

「はい、ここにあるのは全員好きに持って行っていいよ。どんどん自炊してね、特に滝川!」

 

「うへっ、俺名指しかよ~?」

 

 ぶーぶー抗議する滝川。そんな二人に、みんなの笑い声が響くのだった。

 

 

 

 

 さて、滝川と速水と一緒に味のれんに行くかと思っていた猫宮は、瀬戸口に呼び止められた。二人を待たせてついていく猫宮。二人きりになると、瀬戸口はポツポツと話し始めた。

 

「他人とはなるべく関わらない。距離を取る。それが俺のスタイルだった。けどな、善行さんと芝村が書いた筋書きに乗ってから。そしておまえさんを見て調子が狂ってきた」

 

「俺、お節介ですからね」 くすくす笑う猫宮。

 

「そうだな。あいつらは、自分たちが十中八九死んじまう事を感じ取ってる。でも、おまえさんはそれに全力で抗ってる。――あの二人に載せられたってのも有るが、まあ俺も付き合ってみるかな、なんて思っちまったんだ」

 

「瀬戸口さんは人生経験豊富そうですし、是非お願いしますよ。きっとみんなを支えられます」

 

 ふふっと笑う猫宮。複雑な表情で瀬戸口は後頭部に手をやった。何となく、他の連中の気配を感じた瀬戸口。にやりと笑うと猫宮ににじり寄った。猛烈に嫌な予感がした猫宮。

 

「ま、野郎はお断りだがそういうわけでよろしくな、バンビちゃん二号」

 

 逃げようとする猫宮に後ろからガバッと抱きつく瀬戸口。暴れる猫宮。

 

「ふ、ふ、ふ、不潔です! そ、それも二号さんなんて破廉恥にも程が有ります!」 

 

 顔を真赤にする壬生屋、暴走モードである。

 

「ち、違うってば~!?」 

 

 笑う瀬戸口と暴走モードの壬生屋を残しつつ、猫宮はほうほうの体で速水、滝川のところへ逃げ去った。

 

 

 三人で味のれんへと行く一同。速水は、コロッケ定食の美味さに感動をしている。滝川も猫宮も、昼はよくお世話になっていた。コロッケにソースをたっぷりかけて丼3杯も喰うこいつらを、親父さんは笑ってみていたものだ。

 

 と、その日はカウンターの隅で黙々とコロッケ定食を食べている少年が居た。中村である。滝川と中村は目を合わすと、中村が話しかけた。

 

「見事な食べっぷりね。ぬしゃとは良き趣味ともになれそうな気がする」

 

「お、おぅ……?」

 

 聞き返すまもなく、少年は席を立つと勘定を済ませた。

 

「ソックスは宇宙の縮図たい、励めよ」 

 

 唖然とする滝川を後ろに出ようとする中村。

 

「――生徒会連合会則……」 ぽつりと猫宮が呟いた。

 

 顔を真っ青にして振り返る中村。ついでにものすごい動揺をしている親父。

 

「気をつけることだ。生徒会連合・風紀委員の目は何処にでもある……」

 

 冷や汗が止まらない中村。後親父。とりあえず中村は目を合わせないように凄い勢いで逃げ去った。

 

「な、なあ、一体何だったんだ……?」滝川が心底不思議そうに聞いてきた。

 

「――この世には、知らないほうがいいこともあるのさ」 

 

 目のハイライトを消して答える猫宮。その様子を見て、二人は全力で関わらないことを決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




Q:農家の人や漁港での会話殆ど無くね?
A:熊本弁難しい……

短編が出るとしたらどんな話が良い?

  • 女の子達とのラブコメが見たいんだ
  • 男連中とのバカ話が見たいんだ
  • 九州で出会った学兵たちの話
  • 大人の兵隊たちとのあれこれ
  • 5121含んだ善行戦隊の話

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