確かに橋姫は嫉妬深い女神としても有名だが、別にそれだけが橋姫の本質という訳ではないのである。橋姫とは即ち、その名の通り橋を護る女神。つまり彼女の役割は旧都と地上への大穴を繋ぐこの架け橋を護る事であり、ある意味では地上と地底の境界の守護者とも言える存在だ。彼女は地底という閉鎖された世界における文字通り架け橋なのであり、地底と地上との交流において切っても切れない存在──とも、言えるかも知れない。
まぁ、確かに他の連中と比べて幾分か嫉妬深い事は認めるけれども。
それは仕方のない事だ。だって彼女にとって、嫉妬とは糧と同義なのだから。嫉妬心が強ければ強いほど彼女という存在はより強固になり、逆に嫉妬心がなくなれば彼女という存在が消滅しかねない。要するに、“嫉妬する”という行為そのものが彼女のアイデンティティーの確立に有効な手段なのである。人間でいう所の食事と同じで、これはある種の生きる手段なのだ。
──この所為で、彼女は地上からも地底からも半ば爪弾きにされてしまっているのだけれども。
ともあれ、だ。
水橋パルスィは、今日も今日とて旧都に続く太鼓橋の柵へと背中を預ける。ぼんやりと地底の
いつも通りの一時。何の変哲もない時間。妬ましいくらいに変化のない、ともすれば退屈な代り映えのない日々。
「……暇ね」
そんな呟きも空しく地底の空へと消える。
地上との不可侵条約が緩くなったとは言え、だからといってそこまで頻繁に地底と地上を行き来する者が現れる訳でもない。よく見かけるのは地霊殿のペットと、その主の妹くらいか。彼女達が通過する以外は殆どが静寂に包まれており、太鼓橋は常に閑散としている。
──本当に、暇だ。この『能力』の所為で、地底の住民でも好き好んで彼女に会いに来る者などいないし。友達と呼べる存在など、果たして自分にいただろうか。
「妬ましいわ……」
友達。考えるだけで妬ましい。
何が友達だふざけるな。自分にとってあまりにも無縁な存在すぎて、嫉妬心以外の感情が浮かび上がってこない。イライラする。一人で勝手に想像して、一人で勝手にムカついてきた。
「……はぁ。止めよ」
そこまで考えた所で、彼女は思考を放棄した。
『能力』的には嫉妬心を膨れ上がらせる事は悪い事ではないが、今は別にそこまでの嫉妬心を求めている訳ではない。それなのに一人でぶつぶつと勝手に妬み続けるなんて、中々どうして痛いヤツだ。流石のパルスィでも節度くらい守るのである。
空腹感は感じない。ならば一人で妬みを連ねる必要はない。──幾ら友達がいないからと言っても。
「ああ……。また妬ましく……」
自爆である。一先ず思考を払拭して、パルスィは改めて空を仰いだ。
やっぱり静かだ。旧都の喧騒さえも、この太鼓橋には届かない。程よい静寂が、パルスィを優しく包んでいく。
どちらかと言うと喧騒より静寂の方が好みだ。旧都のような乱痴気騒ぎは、正直あまり肌に合わない。だからパルスィは、この孤独を必ずしも悲観的に捉えている訳ではないのである。
一人には一人の良い所がある。だからこのままでも十分じゃないか。
そう納得し、パルスィはいつも通り静寂の満喫を始める。太鼓橋の柵に寄りかかって、地底の空を眺めて。そのまま、しみじみと──。
「おーい! パルスィちゃーん!」
──唐突に静寂は終わりを迎える事となった。
この、遠くからでも良く聞こえそうな澄んだ声。陰険気味なパルスィとはまるで正反対の、明るく人当たりが良さそうな少女。そんな彼女が、確かにパルスィの名前を呼んでいる。嫉妬の女神とも言える、この水橋パルスィの名前を。
ああ。そうだ、そうだった。
「はーい! 今日も今日とて嫉妬心を振りまいてますかー?」
チラリと視線を向けてみる。すると案の定、そこにいたのはとある少女の姿。
「……はぁ」
「え? 何です、その溜息? ひょっとして私、歓迎されてませんかッ!?」
金髪のポニーテール。黒いリボン。そしてスカートの部分が大きく広がったような形の、特徴的な飴色の衣服。
彼女──
確かに彼女は気さくだが、些か
「……今日は一体何の用よ。橋姫である私に飽きもせず話しかけるなんて、妬ましい根性ね」
「いやいや、そんな大それたものでもないですよ。私、地底のアイドルですから! アイドルはいつだって、誰に対しても笑顔を届ける存在なんです!」
「アイドル、ねぇ……」
これである。
地底のアイドルだか何だか知らないが、友達がいないパルスィを憐れんで話しかけてきているのなら止めて欲しいものだ。同情なんて、屈辱的なだけで何の利益にもならない。ただ単に苛つかせるだけだ。
「わお、相変わらず怖い表情……。ダメですよ、パルスィちゃん。そんなに眉間に皺を寄せてちゃ、折角の可愛い顔が台無しです! あ、でも、やっぱりアイドルである私の方が可愛いとは思うんですけどね!」
「……妬ましいレベルでウザいわね」
「お、また出ましたねパルスィちゃんの決め台詞! 流石、嫉妬系女子で旋風を巻き起こしているだけありますね!」
そんな旋風を巻き起こした覚えなどない。勝手な事を適当に言わないで頂きたい。
「あっ、そうだ! 実はパルスィちゃんに、私からのプレゼントがあるんです」
「……プレゼント?」
「そう、プレゼントです! はい、どーぞ!」
そう言って渡されたのは奇妙な紙切れである。パルスィは思わずそれを反射的に受け取ってしまった。
長方形状のその紙切れには、何やら文字やらイラストやらが描かれている。ともすれば地底では似つかわしくない程に、やたらとポップで賑やかな印象の紙切れだ。見ているだけでも、目が疲れてくる。
「……なにこれ?」
「ふっふっふ……。よくぞ聞いてくれました! 何とそれは、ヤマメちゃんのワンマンライブのチケットです! しかも最前列の特等席! これを持っているだけで、周囲の皆から妬みの感情を向けられること間違いなし! しかもライブイベントも存分に楽しめちゃうという、まさにパルスィちゃんにとって一石二鳥の……」
取り合えず破いて橋の下に捨てておいた。
「あー! な、何て事を……! 折角私が丹精込めて作ったのにー!」
「知らないわよ。というか何、ワンマンライブって。あなた、歌ったり踊ったりできるの?」
「む? パルスィちゃん、ひょっとして私の事侮ってます? ふふーん、私、アイドルですから! 当然、歌や踊りもばっちりですよ!」
「ふぅん……」
「あれあれ? 興味なさげ……。そうだ! 良かったらパルスィちゃんも、私と一緒に歌ったり踊ったりしてみませんか? 一度経験してみれば、案外好きになっちゃったりするかも知れないし……。それに、パルスィちゃん可愛いし、きっと絵になると思うんですよ! ね? ね? 良いでしょ?」
「…………」
「あれ? ちょっと? 私の話聞いてます? ねぇねぇ、パルスィちゃーん?」
「ウッザ!」
「遂に妬ましいすら言わなくなった!? あれ? 本気でウザがっちゃってます!?」
そろそろ本気でウザい。良くもまぁ、橋姫相手にそこまでベラベラと喋れるものだ。
パルスィは隠す素振りも見せずに嘆息する。つい先ほどまで自分が独りである事に対して妬ましく思っていたパルスィだったが、だからといってヤマメが来ても正直扱いに困る。こうしてガンガン話しかけてくるタイプが相手だと、普段からあまり喋らないパルスィでは捌き切れないのだ。ドッと疲れを感じてしまう。
──友達がいない等と卑屈になっておいて、いざ話しかけられるとウザいと言って拒絶する。中々どうして、捻くれていて面倒臭いヤツだなと自分でも思う。
けれども仕方がないじゃないか。性格なんて、簡単に直せるものじゃない。そもそも捻くれていない橋姫なんて、それはそれでアイデンティティーが瓦解しそうな気がするし。
「……あっ」
そんな事を一人で考えていると、不意にヤマメが声を上げた。
パルスィにウザがられた事などまるで気にしていないような、ちょっぴり間の抜けた様子。しかし彼女の視線の先はパルスィではなく、この太鼓橋を挟んだ旧都の対岸。
「今度は何……?」
「パルスィちゃん! 人、人ですよ! 誰かがこっちに向かってきているみたいです」
「……人?」
何だ、それは。
その方向から誰かが向かってきているという事は、地上から地底に足を運んでいる人物がいるという事になるのだが。まさか地上の住民が、好き好んで地底なんかを訪れるなど──。
「…………」
──いた。
ヤマメの言っていた通り、旧都から見て対岸側に位置するその場所に、何人かの人影が確認できる。それは地霊殿の火車でも、その主の妹である覚妖怪でもない。あまり馴染みのない人物。そんな人影が、五人ほど。確かに、こちらに向かって歩いて来ている様子が見て取れた。
珍しい事もあるものだ。まさか地上から、あんなにも大所帯──と言っても五人程度だが──で旧都へと向かおうとする者達が現れるなんて。
「……確かに、人ね」
「人ですね。はっ!? ひょっとしてひょっとすると、これってパルスィちゃんの数少ない出番が到来なのでは……!?」
「うっさい。ウザい。死んでくれない?」
「えっ、何かめっちゃ辛辣ッ!?」
確かに、パルスィの出番ではある。この橋を守護する橋姫として、あの来訪者達が妙な行動を起こさないか動向を観察する必要がある。そうでなくとも、この先は旧都というある種の危険地帯だ。遊び半分で足を運ぼうとしているのなら、少しばかり警告をしてやる必要もあるだろう。
──まぁ、あの連中がどうなろうとパルスィには知ったこっちゃないのだけれども。それでも、一応、多少なりとも気にはなってしまうし。この橋の守護神として。
「おやおや? パルスィちゃんのその顔、お節介を焼こうとしている時の顔ですね? いやぁ、普段はツンツンしてるけど、パルスィちゃんはやっぱり根は優しい! 私、そんなパルスィちゃんが大好きですよ?」
「死ね」
「おぉふ……。情け容赦ない罵声……。でも照れ隠しですよね? 分かってますって!」
相も変わらずへこたれない地底のアイドルを適当にあしらいつつも、パルスィはあの来訪者達にどう声をかけようか頭の中で考えていた。
*
キスメという釣瓶落としと別れてから数分後。妖夢達は一際開けた場所にまで到着していた。
決して視界は悪くなかったがそれでも薄暗かったあの洞窟を抜け、そして不意に目に入るのは煌びやかな光。先程までのぼんやりとした奇妙な光などではない。活気立ち、そして確かな熱意が伝わってくるかのような、そんな強い光だ。それが少し遠くの方に密集している様子が見て取れる。この、どこまでも広い空間の中で自己を主張するかのように、光は煌びやかに輝いていた。
「……随分と開けた場所に出たな」
「洞窟を抜けましたね。正真正銘、ここから先が旧地獄です」
先程の洞窟のように、ぼんやりと周囲が明るい程度の場所ではない。目の前にある煌びやかな光の群れもそうだが、周囲はかなり先まで見渡せるほどに視界が開けている。“空”に太陽や月が浮かんでいる訳ではないはずなのに、この視界。不思議と言えば不思議な光景だが、しかし昼夜がはっきりとしない世界ではそう珍しくない現象だ。冥界の一角にも、実はそんな地域が存在していたりもする。
「おー! なんかすっごいキラキラ光ってる場所があるよ! あれが旧都かな!?」
「ええ。この先の太鼓橋を渡ると、その先が旧都になります」
真っ先に目に入るあの煌びやかな場所こそ、今回の目的地である旧都である。地底の大半の住民が集まる大都市なだけあって、その規模は地上の人里と比較すると比べ物にならないくらいだ。雑多でまとまりがない部分もあるが、ひょっとしたら外の世界の街にも負けないくらいかも知れない。
地底を主に支配しているのは鬼と呼ばれる種族だ。妖怪の中でも屈指の怪力を持つ種族で、建築等の技術も得意である。それ故に、ここまで大規模な都を完成させるに至った訳だが。
「遂に見えてきたね、地底の旧都」
「……ああいう雰囲気、ちょっと苦手かも」
リリカとルナサのそんなやり取りを横目に、妖夢は改めて旧都の方向を見据える。
妖夢と進一の目的地はプリズムリバー楽団のように旧都ではなく、厳密に言えば旧都のその中心だ。灼熱地獄跡の上に建てられた洋館──通称、『地霊殿』。その主である古明地さとりの『能力』を借りる事が、今回の目的である。
こうして旧都の前まで辿り着くと、何だかちょっぴり緊張してくる。今度こそ、本当に進一は記憶を取り戻す事が出来るのだろうか。本当に、さとりの『能力』は進一に対して有効なのか。ここであれこれと想像する事は出来るが、結局の所今の妖夢に出来る事は一つだけだ。
さとりと進一を、信じるしかない。
ここであれこれと考えて不安に思っていても仕方がない。何はともあれ、今すべきは行動だ。こんな所で、足を止めている場合じゃない。
「行きましょう、進一さん」
「……ああ。そうだな」
妖夢達は改めて足を踏み出す。
そうしてしばらく歩いて辿り着くのは、旧都へと続く大きな太鼓橋である。殆ど谷のような形となっている溝の深い河の両端を、繋ぐように橋は架けられている。だいぶがっしりとした作りの頑丈そうな太鼓橋で、間違っても底が崩れて谷の底へ真っ逆さま──なんて事にはならなさそうだ。
「おー! 谷だ! 深いッ!」
「……うるさいよ。一々大声出さないで」
谷を前にしても普段通りにテンション高めなメルランや、そんな彼女が若干鬱陶しい様子のルナサ達と共に、妖夢達は太鼓橋を渡っていく。
──と。丁度太鼓橋を半分ほど渡り終えた、その時だった。
「そこのあなた達。ちょっと止まりなさい」
「……ん?」
不意に声をかけられて、妖夢達は足を止める事となった。
そこにいたのは二人組の少女である。飴色の衣服を身に着けた金髪のポニーテールの少女と、同じく金髪だが髪型をショートボブに纏めた少女。妖夢達に声をかけてきたのは後者である。しかも何やら不機嫌気味な様子で、妖夢達の前に立ち塞がっている。
「あなたは……」
鋭い目付き。警戒心というか敵対心というか、そんな感情をむき出しにした様子で、彼女は妖夢達を睨みつけている。出会い頭に初っ端からそんな風に睨みつけられてしまうなんて、ひょっとして知らず知らずの内に妖夢達は何か粗相をやらかしていたのだろうか。
──いや。そう言えばこの少女、どこかで見覚えがあるような。
「……そうだ。思い出しました。えっと、この橋を守護している橋姫ですよね?」
「……なに? あなた、私の事を知ってるの?」
怪訝な表情を浮かべる少女。妖夢は頷いてそれに肯定した。
そうだった。先程のキスメの件やらですっかり抜け落ちていたが、旧都へと続くこの太鼓橋は橋姫とよばれる女神が守護している橋だったのだ。以前に地底を訪れた時も、彼女の姿は見かけた事がある。あの時も丁度この辺りで呼び止められて、検問のような事をされたのだった。
「うん? 妖夢、そいつと知り合いなのか?」
「知り合い、という程でもないんですけど……。以前にも、少しお話した事がありまして……」
「……あ。あなた、どこかで見た事があると思ったら……。前に地霊殿に用があるとかで来た冥界の半人半霊ね?」
どうやらあちらも妖夢の事を覚えていたらしい。まぁ、地上からの来訪者はまだまだ珍しいのが現状なのだ。そもそもこの太鼓橋だって人通りも少ないだろうし、彼女が妖夢の事を覚えていても別に不思議ではないだろう。
「ええ!? パルスィちゃん、地上の人に知り合いがいたんですか!?」
そんなやり取りを見て、急に割って入ってきたのはポニーテールの少女である。
不機嫌気味な橋姫と違って、こちらは何やら興奮気味な様子。この少女とは初対面だ。橋姫の少女とはまるで正反対の性格をしてそうな印象だが、一体どういった関係なのだろう。
「なぁんだ。パルスィちゃん、ちゃんとお友達いるんじゃないですかー。それも地上の住民! ひょっとして、パルスィちゃんって意外と社交性高かったりします?」
「いや勝手に話を進めないでよ。友達なんかじゃない。前にもちょっと話した事があるって程度」
「またまたぁ、照れちゃって! 可愛いなー! もうっ!」
「いい加減ぶん殴るわよ……」
──パルスィと呼ばれた少女の方はだいぶ鬱陶しがっている様子だが。
「あの、あなたは……?」
「ん? 私ですか? おー! よくぞ聞いてくれましたッ!」
聞いてみると、何やらノリノリな様子で彼女はそれに答えてくれる。
このテンション。どことなく色々と
「私は黒谷ヤマメちゃんです! 地底のアイドルやってます! よろしくね! キラッ☆」
「……あ、はい」
「おや? 何だか反応が薄い……? あっ! 成る程、分かっちゃいました! さてはこの私のあまりの可愛さを前に悩殺されちゃったんですねー? いやー、参っちゃうなぁ! やっぱり可愛すぎるってのも罪なんですね?」
「…………」
成る程。ある意味、予想以上のキャラだった。
正直反応に困る。いきなり「キラッ☆」等と口にして可愛い子ぶったポーズを取られても。地底のアイドル等と口にしていたが、ひょっとしてアイドルとは皆こんな感じなのだろうか。いや、妖夢はあまり詳しくないし、ヤマメと名乗った彼女のみでイメージを定着させてしまうのも早計だとは思うのだけれども。
そんなヤマメの様子を見て、妖夢の横にいたルナサが何やらピクリと眉を動かす。
いつも通りの無表情。けれどもその無表情の裏で何かを察したらしい彼女は、小さく嘆息を一つ挟むと。
「……アイドル、ね」
「そうそう! アイドルなんです!」
「そう。じゃ、頑張ってね。私達は先を急ぐから。リリカ、メルラン、行こ」
「え? う、うん……?」
「ちょ、ちょっと姉さん!?」
有無も言わせぬ勢いで、ルナサは素早くこの場から立ち去ろうとする。当然、二人の妹は困惑気味な反応を見せている。──いや、リリカに関しては何となくルナサの心境を察したかのような表情を浮かべていたが。
「待ってよ姉さん! そんないきなり立ち去るなんて失礼なんじゃないかな!? 折角自己紹介してくれてるのに!」
「……関係ない。あっちが勝手に話しかけてきただけ。だからあなたも気にしないで」
「関係なくないよ! ちゃんとこっちも挨拶しないと!」
「あっ、ちょっと、メルラン……」
ルナサの言い分も空しく、メルランは一歩前に出た。
「初めまして! 私はメルラン・プリズムリバーだよ! 私達三人で、プリズムリバー楽団という楽団をやってるんだ!」
「楽団……? それってつまり、音楽家って事ですか!?」
「そうそう! 実は私達、これから旧都で演奏会を……!」
「はいはい、ストップ」
がしっと、ルナサがメルランの肩を掴んだ。一方的に話を続けるメルランを、半ば無理矢理制してしまう。
当然ながら不満気な様子のメルラン。むくれ面を浮かべて、彼女は抗議を口にする。
「ちょっと姉さん! 何のつもりなの!?」
「何のつもりも何もない。いい? あなたはあの子と関わっちゃダメ。きっと面倒な事になる……」
「な、なにそれ……!? あっ! ひょっとしてヤキモチかな? 私が誰かと仲良くしているのが面白くないとか……!?」
「……は?」
「ひっ……!? な、何か姉さんが怖い……!?」
やたらとドスの効いた声を上げるルナサ。まさにキレる寸前である。メルランの勢いを前にしてルナサが若干ウザがっているのは普段通りだが、今日はいつにも増してそれが顕著になっているような。
「ちょっとちょっと! 待って下さいよ! 今、演奏会って言いました? 言いましたよね!?」
「言ってない。忘れて」
「絶対言いましたって! ダメですよ! 地底のアイドル枠は、私ことヤマメちゃんが独占中なんですッ! 横取りなんて許しません!」
「いや別にそんなポジション狙ってないだけど……」
「むむむ……! いや、待てよ……。これはひょっとして、地底に新たな風を吹かす事の出来るチャンスなのでは……!? ライバルの出現という困難に直面する事で、私の新たな一面を発掘する事が出来るかも……?」
「……ねぇ。私の話聞いてる?」
「ふっふっふ……。良い! 良いですよ! 望むところです! どちらが地底のアイドルとしてふさわしいか、正々堂々と勝負と行きましょう!」
「あー……。やっぱりこの子、話を聞かないタイプだ……」
一人で勝手に納得して、そして一人で勝手に挑戦を受けた様子のヤマメ。ルナサは疲れたように項垂れてしまっていた。
まぁ、ルナサの気持ちも分かる。ここまで一方的に捲くし立てられると、妖夢だってその勢いに呑まれて委縮してしまう。元気が有り余り過ぎているというか、何と言うか。
「はぁ……。本当、妬ましい面倒くささね。よくもまぁ、そこまでベラベラと言葉が出てくるもんだわ……」
心底呆れた様子で、パルスィがそう呟いている。彼女もどちらかと言うとルナサのようなタイプだし、ヤマメのようにぐいぐい距離を詰めてくるキャラは苦手なのかも知れない。
──と、その時。ヤマメとルナサのやり取りを見ていたメルランが、何やら考え込むように小首を傾げると。
「うーん、勝負かぁ……。でもでも、私は争うよりもやっぱり仲良くしたいな!」
「仲良く、ですか……?」
「うん! えっと、あなたってアイドルなんでしょ? だから例えば、私達の演奏に合わせてあなたが歌ったり踊ったりしてみたり!」
「ッ!? それってつまるところ、コラボレーションユニットのお申し出という事ですか……ッ!?」
「ちょ、メルラン待って。待ちなさい」
いきなりそんな事を口走ったメルランに対し、慌てた様子でルナサが間に割って入る。
無表情が主な彼女にしては珍しい。頬に冷や汗を滴らせ、宥めるようにルナサはメルランの両肩を掴む。
「いきなり変な事言わないで。あの子が本気にしたらどうするの」
「えー!? でも、きっと盛り上がると思うな! だってあの子、地底のアイドルなんでしょ!?」
「はぁ……。まったく、何も分かってないようだから説明してあげる。良い? よく聞いて」
「え!? う、うん……」
メルランはゴクリと生唾を呑み込む。ワンテンポほど置いてから、ルナサは続けた。
「あのね、メルラン。ウザキャラは一人だからこそ良いスパイスになるの。それなのに二人も三人もいたら、それはもうただの騒音と変わらないわ。キャラも被ってるし。そして私達プリズムリバー楽団には、メルラン……あなたがいる」
「それって私がウザいって言いたいのかな姉さんッ!?」
「……えっ? 今更……?」
「ちょっとは否定して欲しかったよ姉さん……!?」
やっぱり今日のルナサはいつも以上に容赦がない。そんなにメルランとヤマメを掛け合わせたくないのだろうか。まぁ、確かに少しばかり賑やかになり過ぎてしまうような気もするが──。
「ルナサ姉さん。それじゃあメルラン姉さんが可哀そうだよ」
「可哀そうって……」
「り、リリカちゃん……! やっぱりリリカちゃんだけは、私の味方で……!」
「ヤマメさんとメルラン姉さんじゃ、ウザさのベクトルが違くない? だから決してキャラが被ってる訳じゃないと思うんだけど……」
「フォローのベクトルが予想外だよリリカちゃん!? ウザいって所を否定して欲しかったかな!?」
姉と妹の二人からウザキャラ宣告をされた事により、流石のメルランも涙目である。何だかちょっぴり可哀そうになってきた。
そんな三姉妹のやり取りを見ていたヤマメが、何やら少し申し訳なさそうな表情を浮かべつつも。
「あ、あのー? もしかして私、早くもウザキャラ認定されちゃってます?」
「……愚問」
「あっ……、はい。ですよねー……」
「あはは……。ごめんね。ルナサ姉さんもこんな感じだし、メルラン姉さんの提案は一端聞き流してくれないかな? ほら、ウザキャラの二重奏とか軽く地獄だし……」
「この子意外とストレートに言いますね!? 何か怖い……!?」
リリカは意外と考えている事をそのまま口にしている事が多かったりする。
「まったく……。どいつもこいつも、妬ましいくらいに騒がしいわ」
「え、えっと……。何かすいません……」
「はぁ……。まぁとにかく、あの三人組は演奏会の為に旧都を訪れたって事? 地上にも随分と変わった連中がいるのね」
皮肉っぽい口調で、パルスィがそう述べていた。
地上からの来訪者がほぼ存在しないこの旧都で、演奏会を行う為にプリズムリバー楽団はこうして足を運んでいる。その点だけを見れば、確かにパルスィの「変わってる」という感想は強ち的外れでもないのかも知れないけれども。
しかし、プリズムリバー楽団は決して軽い思いつきだけで旧都を訪れた訳ではない。彼女達は彼女達の信念に従い、覚悟を固めてこうして行動に移しているのである。その行動力は、まさに尊敬の念に値すると言えるだろう。
「プリズムリバー楽団の皆さんなら、きっと大丈夫ですよ。この地底世界に広がる旧都でも、必ず素晴らしい演奏を披露してくれるはずです」
「ふぅん……。ま、興味ないけど」
「そ、そうですか……。パルスィさんって、やっぱり賑やかなのとか苦手なのでしょうか……?」
「……どうでも良いでしょそんな事。というか、あなた達は旧都に何の用なの? まさかあの楽団と演奏でもするつもり?」
「いや。あいつらとは偶々目的地が一緒だったってだけだ。俺達の目的は別にある」
進一が答えると、睥睨するようなパルスィのジト目が彼へと向けられる事となる。
どんよりとした負のオーラ。そして何者も受け付けないとでも言わんばかりの拒絶感。進一の姿を認識した途端、彼女はそれをますます強めたような雰囲気で。
「……さっきから気になってたんだけど、あなたは何? この半人半霊の彼氏か何かなの?」
「ああ。そうだが」
「…………。え? 嘘? マジ……?」
「マジだ。嘘はついてない」
「……っ」
進一が頷いて答えると、パルスィは信じられないとでも言いたげな表情を浮かべる。どうやら彼女的には半ば冗談で訊いてみたようなのだが、それがまさかの的中で困惑が隠しきれないらしい。
呆然としながらも、パルスィは妖夢へ向けてアイコンタクトを向けてくる。彼の言っている事は真実なのか、適当な事を言ってるんじゃなのかと。伝わってくるのは、そんな疑問の数々。
「え、えっと、そ、その……。は、はい……」
やはりそう真正面から言われると照れ臭いものがある。モジモジと身体を縮こませつつも、それでも妖夢は首を縦に振って肯定した。
すると当のパルスィは、聞かなきゃよかったとでも言いたげな表情を浮かべていて。
「チッ……。死ねリア充」
「……まさか明け透けにそんな事を言われるとは」
「何? 友達もいないこの私の前にカップルで現れるとか何なの? 馬鹿にしてるの?」
「いや、別に、そんなつもりじゃ」
「妬ましいわ……。本当に死ねば良いのに……。散々悶え苦しんだ挙句、でも結局は最終的に死ねば良いのに……。その上で死に恥を晒す事になれば良いのに……」
「怨み妬みを募らせ過ぎじゃないかッ!?」
情け容赦ない雑言の数々を前にして、流石の進一も引き気味である。ここまで露骨に妬みの感情を晒されると、却って清々しく思えそうになってしまう。
そうだった。彼女はこの橋を守護する橋姫。そして橋姫とは、やたらと嫉妬深い事で有名な女神である。パルスィという彼女もまた例外なくその特徴と一致しており、それ故に理不尽にも嫉妬心を募らせているのである。
橋姫にとって、嫉妬心とはある種の糧だ。故に彼女がここまで妬み怨みを募らせようとも、それは仕方のない事とも言えるのだが──。
「何? 文句あるの? はぁ、妬ましいったらありゃしない。今すぐここで惨たらしく死になさい」
「えぇ……?」
──これ程までに容赦ないと、中々に反応に困ってしまうものである。
「……生憎、俺は既に死んでるんだけどな」
「え……? あ、よく見たらあなた亡霊じゃない。はっ。もう死んでる癖に恋人がいるとか、底が知れないほどに妬ましいわね。地獄に堕ちなさい」
「亡霊が相手だとそういう言い回しになるのか……」
というかここは旧地獄である。ある意味、既に地獄に堕ちてしまっているような気もするのだが──。
「あ、あの……。そろそろ話を戻してもよろしいでしょうか……?」
「何? あなた達の惚気話でも始めるつもり? ふざけてるわね。死になさい」
「ち、違いますって……! え、えっと、パルスィさんは、ここで検問のような事をやってるんですよね? だから私達が旧都を訪れる理由を、改めてお伝えしようと思いまして……」
流石にこのままじゃ埒が明かなそうなので、妖夢は無理矢理話を進めてしまう事にした。
妖夢のそんな言葉を聞き、パルスィは「ああ……。そんな話だったわね」とようやく話を戻してくれた。聞いてきたのはあちらであるはずなのに、嫉妬心を膨らませ過ぎて半ば頭から抜け落ちていたようである。
「……私達は、地霊殿に用があるんです。実は、古明地さとりさんのお力をお借りしたいと思ってまして……」
「……地霊殿に古明地さとり、ねぇ……。あなた、前に来た時もそんな事言ってなかったっけ?」
「ええ、まぁ……。でも今回は、あの時とは別件でして」
「……ま、あなたは妬ましい事に一度この旧都から無傷で生還してるし、この太鼓橋を渡ってしまっても問題ないでしょ。勝手に通ったら?」
説明すると、意外とすんなり通してくれる様子だった。妬ましいだと死ねだのと言われているから、てっきりこの後もネチネチと雑言が続くのかと思ったが──。どうやら、案外物分かりが良い一面も存在するらしい。
「……何よ、その顔」
「へ? あっ、いえ……。結構すんなり通してくれるんだなぁと……」
「何それ? 私がそんなにも粘着質なキャラだとでも思ったのかしら?」
「あっ。え、えっと、その、別にそういう訳では……」
「うーん、パルスィちゃん基本的に威圧気味ですからねぇ……。だから相手を委縮させちゃうんじゃないですかね?」
「初対面でウザキャラ認定されたあなたよりマシね」
「ぐふ……!? き、今日のパルスィちゃん、いつにも増して私への当たり強いですね……!」
いつの間にか会話に割って入って来たヤマメに対して、パルスィは相変わらずの冷たい口調であしらうようにそう口にする。
そして浮かべるのは嫌悪感を滲ませた表情。あなた何かと一緒にされちゃ堪らないと、まるでそう言いたげな様子である。
だけれども、何と言うか。パルスィは実に嫌悪感を露呈しているようにも見えるが、それでも意外と二人の息が合っているようにも思えるのは気のせいだろうか。妖夢が知らないだけで、実は仲の良い一面もある──のかも知れない。
「まったく……。私みたいな橋姫に話しかける暇があるのなら、あなたはお得意のアイドル活動でもやったらどうなの? 時間の無駄でしょ、私なんかに構うなんて」
「えー? 私は無駄だなんて思ってませんけど……」
あくまでも拒絶的な態度を取り続けるパルスィに対して、けれどもヤマメはめげるような様子はない。この少女、中々に強固なメンタルの持ち主である。地底のアイドルを名乗っているだけあって、やはり人付き合いに関しては前向きかつ積極的なのだろう。
「私、パルスィちゃんが心配なんです。いつまで経ってもそんな様子じゃ、本当に誰も寄り付かなくなっちゃいますよ?」
「別に、そんなのどうでも……」
「という訳で! 私、考えちゃいました! パルスィちゃんが、もっと皆に愛される為の方法を!」
「…………」
死ぬほど嫌そうなしかめ面を浮かべるパルスィ。けれどそんな彼女の様子など気にも留めずに、ヤマメは続ける。
「ほら、パルスィちゃんって、名前が可愛いじゃないですか。だからその点を生かして、ちょっとしたキャラ付けをすると良いんじゃないかなって思うんです」
「あなたは何の話をしているの……?」
「勿論、パルスィちゃんの話をしてるんです! 良いですか? アイドル業界で生き残っていく為に必要なのは、何と言っても印象に残るキャラ付けです! 歌や踊りだけじゃダメなんです! 皆の心に深く印象を残せなければ、あっという間に埋もれてしまうんですからね!?」
「いや、本当に何の話よ……」
ヤマメ的には本気でパルスィの話をしているつもりらしい。ぶっちゃけ妖夢も話の内容を殆ど理解出来てない。
「それじゃあ、行きますよパルスィちゃん! 今から私の言う台詞を真似してみて下さい! 良いですね?」
「はぁ……」
一応、パルスィも聞くだけ聞いてみるようだ。まるで期待はしていなさそうだが。
そしてこほんっと、咳ばらいを一つ挟むヤマメ。それから少しの間だけ集中力を高めた後に、彼女は先程の自己紹介の時のような、コテコテの笑顔を満面に浮かべて。
「はーい! パルスィちゃんファンの皆ー! 今日は私の為に集まってくれて、本当にありがとー! それじゃ、いつものあれ、行きますよー? 皆で一緒に! せーのっ、ぱるぱる☆」
「よし、殺す」
「ぐえぇ!? ちょ、パルスィちゃん……!? し、絞ま、絞まってますぅ……!? き、気管が……!?」
素早く絞め技をキメるパルスィの表情は、割と本気でキレているような様子である。ヤマメの想像以上のウザさ加減に、どうやらそろそろ堪忍袋の緒が切れたらしい。
──ヤマメには悪いが、自業自得な部分もあると思う。パルスィの性格上、あんな台詞の真似を求められたらキレても仕方がない。
「……なぁ。それで結局、俺達はここを通っても良いのか?」
「え? ああ……。ま、好きに通りなさいよ。その半人半霊と一緒にいれば、旧都でも最低限の安全は確保できるでしょ」
「……そうか」
「ぱ、パルスィちゃん……! 冷静に答えながらも、絞め技は緩めないなんて……! 意外と、器用なんですね……!?」
ヤマメに体裁を加えながらも進一の確認に答えるパルスィ。確かに、中々にシュールな光景である。流石の進一も苦笑いを浮かべる事しか出来ないでいるらしい。
それから。少しして勘弁してやったらしいパルスィが絞め技を解いたのを確認した後に、妖夢達は太鼓橋を後にする事になった。
パルスィ達に見送られつつも、妖夢達は旧都へと足を踏み入れる事となる。つい先ほどまで手痛い体裁をパルスィから与えられていたはずのヤマメは、いつの間にかすっかり元気になっていた。メンタルだけでなく生命力も凄まじいようだ。実は凄い妖怪だったりするのだろうか。
「はぁ……。まさかメルランよりもウザい子がいただなんて」
「うーん、そうかなぁ。メルラン姉さんと大差なかったと思うけど」
「今日の二人は何だか私の扱い酷いよねッ!?」
こちらもこちらで、相変わらず賑やかな三姉妹であった。
*
ようやく地上からの来訪者を旧都へと通す事が出来た。ただ単に検問のような事をしようとしただけのはずだったのに、何だかドッと無駄に疲れてしまったような気がする。
プリズムリバー楽団という三人組と、半人半霊と亡霊のカップル。彼女らの通行を許したパルスィだが、当然ながら適当な尺度で旧都への来訪を許可した訳ではない。妬ましいだの何だのと言いながらも、パルスィは彼女らの様子やら力量をしっかりと確認していた。
少なくとも、軽い気持ちで地底を訪れた訳ではない事は確実である。確かにやかましい連中ではあったものの、それでもその胸に抱く信念は本物であったように思える。あのくらいの心持ちならば、旧都の熱に飲み込まれてしまう事もないだろう。
そして単純な実力面も問題はない。あの亡霊は然程強い力を持っている訳ではなさそうだが、それ以外の連中の有する力はかなりのものだ。特にあの半人半霊──。彼女からは、あの中でも特に強い力の奔流が伝わってくる。その根源までは流石に判らないが、あれほどの力を有しているのならば並みの鬼が相手でも普通に渡り合えるのではないだろうか。
まぁ、要するに。
彼女らは合格だ。これ以上、あれやこれやとパルスィが気を回す必要はない。
「ふぅ……」
「パルスィちゃん! お疲れ様! お勤めご苦労様です!」
肩の力を抜くと、黒谷ヤマメ──パルスィが無駄に疲労した原因である彼女が声をかけてくる。
相も変わらずのニコニコ顔。あこそまで雑に扱われておきながら、なぜそれでも尚ここまで親し気に話しかけられるのだろうか。妬ましいくらいに前向きというか、能天気というか。
「まったく、あなたも相当暇ね。いつまで私に構うつもりなのよ……」
「そりゃあ、いつまでだって構いますよ! 何か問題でも?」
「…………」
ここで問題があると答えたとしても、恐らく彼女のポジティブシンキングは変化ないだろう。あまりにも無駄に思えて、パルスィは沈黙を選択する事にした。
──本当に、まったくだ。一体全体、何なんだ。この黒谷ヤマメという少女は。一体何が面白くて、ここまで自分に突っかかってくるのだろう。友達もまともに作る事の出来ない、こんな橋姫に──。
「……何? ひょっとして憐れんでるつもり? そんな妬ましい優しさはいらないわ」
「……え? 憐れんでるって、何の事ですか?」
「だから、とぼけないでよ……」
どうせ分かっている癖に、なぜ態々訊き直すのだろう。
「私に、友達がいないから……。だからこうして憐れんでいるんでしょう?」
黒谷ヤマメのような少女が、パルスィのような奴に話しかける理由はある程度相場が決まっている。一人ぼっちな子が可哀そうだから、それ故にお節介を焼こうとしているのである。自分とは何もかもが異なる環境下に立たされているから、それ故に何とかしてあげなきゃと思い上がるのである。
余計なお世話だ。そんなの、結局は自分勝手な優越感に浸りたいだけじゃないか。同情されたこちらの惨めさなんて、欠片も考慮に入れてない。
きっと、ヤマメだってそうなのだろう。
水橋パルスィという少女が、
妬ましい。ああ、何て妬ましいのだろう。
本当に、心の底から腹が立つ。
「え? 友達がいないって……」
──でも。しかし。
「それって、おかしくないですか?」
「……は? 何を言って……」
パルスィのネガティブな結論とは裏腹に、ヤマメは実にきょとんとした表情を浮かべていて。
「だって私達、友達ですよね?」
「…………え?」
それは、何の見返りも求めていない、心の底からの純粋過ぎる無垢なる笑顔だった。
「それなのに、友達がいないから、なんて憐れみを抱く訳がないじゃないですか」
「…………」
このアイドル、本気である。本当に、心の底から、何の疑いも持たずにそんな感情を抱いている。
『嫉妬心を操る程度の能力』。事あるごとに嫉妬心を抱き続け、常に不機嫌そうな表情を浮かべ続ける。そんな近寄りがたい、ともすれば爪弾きにされても当然とも言えるこんな自分を前にして。それでも尚、友達なのだと。黒谷ヤマメというこの少女は、心の底からそう思っている。そこに不純な感情など微塵も含まれていない。
あまりにも純粋。あまりにも眩し過ぎる感情。それを目前にしてしまったが故に、ヤマメは思わず目を逸らす。直視する事なんて、出来る訳がない。
「……友達、って」
消え入るように、パルスィは呟く。
「本気で、言ってるの……?」
「? 本気も何も、事実を述べただけだと思うんですけど……」
「……私、橋姫なんだけど」
「はい、知ってますよー。って、あれ? パルスィちゃんが橋姫だと何か問題でもあるんですか?」
純粋過ぎる。あまりにも、無垢が過ぎる。
何だ。何なんだ。何の迷いを生む事もなく、何の躊躇いも生じさせる事はなく。こんなにも、純粋無垢な感情を向けられてしまったら。
こう、何と言うか。
胸の奥が、ムズムズとする。
「……あれ? パルスィちゃん、ひょっとして照れてます? 顔赤くなってません?」
「……な、なってないわ」
「お? どもりましたね? という事は図星、という事ですね!」
「あー、もうっ、ウザいっ! どうだっていいでしょそんな事……」
「ふふーん、いつもの言動にも棘がありませんね!」
調子に乗るなと、パルスィはヤマメをどつく。けれどそれでもヤマメの楽し気な表情が崩れる事はなく、いつまで経ってもニコニコしていた。
──まったく。本当に、一体全体何なんだ。
調子が狂う。こんなの知らない。妬ましい。あまりにも、妬ましい。
でも。
居心地は、悪くない。
こんなのは自分らしくないと、それは分かっているのだけれども。
それでも。
(……本当、何なのよ)
でも。たまにはヤマメに付き合ってあげるのも悪くはないのではないかと。
そう、心の片隅で密かに思うパルスィなのであった。
最初期のプロットではヤマメは普通に原作通りの口調にするつもりだったのですが、地底のアイドルという二次設定に引っ張られた結果、いつの間にかこのようなキャラに。