桜花妖々録   作:秋風とも

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第86話「旧地獄への道」

 

 小野塚小町の基本的な仕事は三途の河の水先案内人であるが、ここ最近はそれ以外の役割に関しても請け負う事が多くなってきている。

 それ以外の役割、と言っても頭脳労働ではない。そもそも根本的な話、椅子に座って沢山の書類と睨めっこするような事務仕事なんて小町には出来る訳がないだろう。初めて五分と経たずに夢の中へと旅立てる自信すらある。向いてない所の騒ぎじゃない。

 

 小町が最近行っているのは、岡崎進一にも関係のある調査である。

 記憶喪失の亡霊。自分が何者なのかも分かってない彼が巻き込まれた、タイムトラベル等という現象。それに関連するであろう情報を、小町は集めていた。

 

 鍵を握るのは、ついこの間に発生した神霊騒動だ。それを裏で手引きしていたと考えられる人物──霍青娥と呼ばれる謎の邪仙。彼女の足取りを、小町は霊夢達とはまた違った観点から追いかけている。

 普段のぐーたらが主である小町なら、このような仕事を請け負った所で三日も持たずに放り出してしまいそうにも思える。けれどもどういう風の吹き回しか、今回ばかりは意外としっかり調査を続けられているのである。普段通りの自分ならば、今頃サボって昼寝と洒落込んでしまっていてもおかしくはないはずなのに。

 

 これは一体、どういう事なのだろう。ぶっちゃけ、小町本人さえも驚いていたりする。

 

「あぁ……。何なんだろうねぇ、ほんと……」

 

 呟きつつも、小町は()()()()()()へと向けて幻想郷の上空を飛翔する。

 なぜ小町がこの件についてここまで真摯な姿勢で臨んでいるのか。それは一言で言ってしまえば、「何だか放っておけないから」という理由に他ならない。記憶喪失で不安定な岡崎進一というあの亡霊に出会い、事情を深く知ってしまってからというものの、このまま引き下がる事は出来ないというある種の義務感のようなものを小町は感じてしまっている。

 

 ──いや。義務感、というか。

 これは限りなく私情に近い感情だ。別に、閻魔様に言われたからだとか、幻想郷の為だからとか、そんな要因はあくまで副次的なものに過ぎない。

 ただ、魂魄妖夢という少女に対してあそこまで必死な様子を見せた岡崎進一の姿を思い出すと。自分も力を貸してやりたいと、そんな想いが自然と小町の心の中から浮かび上がってくるのである。

 

「まったく……。世話のかかる弟を持つ姉の気持ちって、こんな感じなのかねぇ」

 

 妖夢曰く、生前の進一には姉にあたる人物がいたらしい。つまるところ、そういう意味では彼は本当に弟キャラという事になるが。

 まぁ、だからといって小町が直接あれこれと世話を焼くような真似をするのも違う気がする。小町は小町で、こうして間接的に力を貸すくらいが丁度良い。

 

「さて、と」

 

 そんな事を考えている内に、小町は目的地へと到着した。

 場所は妖怪の山。その一角。そこに、忽然と建てられたとある屋敷がある。人里の民家等と比較すると多少趣が異なる屋敷で、丸い形をした窓が特徴的である。その外観は民家というよりも道場と言った方がしっくりくる雰囲気で、どちらかと言うとやや質素な印象を受ける。

 そんな屋敷が、妖怪の巣窟でもあるこの山中にポツンと建てられている。しかもその周囲は()()か何かによる結界が張られているようで、闇雲に近づこうとしても絶対に辿り着けない仕掛け付きである。──まぁ、小町の『距離を操る程度の能力』があれば、そんな方術など何の意味も成さないのだけれども。

 

 ともかく、だ。

 このちょっぴり不思議なお屋敷に、小町の目的である()()が住んでいるのである。ここ最近はあまり見かける事はなかったが、この時間帯なら恐らくこの屋敷にいるはず。

 そんな小町の予想通り、チラリと屋根の上へと視線を向けると目的の彼女の姿を捉える事が出来た。

 

「やあ。今日はここにいたみたいだねぇ」

 

 ふわりと飛翔して屋根の上へと降り立ちつつも、小町は薔薇色の髪をしたその少女へと声をかける。屋根の上で瞑想をしていたらしい彼女は、そんな小町を一瞥すると小さく溜息を零していた。

 相も変わらずちょっぴりつれない反応である。彼女の事だ。小野塚小町の来訪には、だいぶ前から気が付いていただろうに。

 

「何だ、やっぱり貴方ですか」

「何だとはなんだい。つれないねぇ。そう邪険にしなくても良いじゃないか」

「別に邪険にしているつもりはないわ。貴方に対しては、いつも大体こんな感じでしょ?」

「……ま、それもそうか」

 

 すると彼女は、立ち上がりつつも小町の方へと振り向いた。

 

「それで? 何か用? 遂に貴方の上司に、私の命を奪って来いとでも言われたの?」

「違うよ。そいつはあたいの専門じゃない。お前さんにはもう何度も説明しただろう?」

 

 目の前の少女──茨木華扇へと向けて、小町は肩を窄めつつもそう弁明する。別に出鱈目な事を言っている訳じゃない。本当に、彼女の命を奪う気など小町には更々無かった。

 確かに茨木華扇は仙人である。仙人と言えば、生命にとって本来あるべき“死”を無理矢理先延ばしにし、輪廻転生に逆らって不老不死に至ろうとする連中だ。故に死の番人とも言える閻魔や、その部下である死神にとって積極的に()()を下すべき相手なのだろうけれど。

 まぁ、小町は()()()()()の死神である。そんなお堅いお役目に縛られるなんて、真っ平御免被るというものだ。

 

「まぁ、そうね。貴方の役割って、確か三途の渡しだもんね。死神としては下っ端の」

「む? 幾らお前さんでも、そりゃあちょっと聞き捨てならないね。死神としては下っ端の仕事? 冗談じゃない。三途の河の水先案内人は、どんよりとした頭脳労働なんかよりもよっぽどやりがいのある仕事さ」

「……殆どサボってるのに?」

「それとこれとは話は別だよ」

「虫の良いプライドね……」

 

 呆れた様子で、華扇にジト目を向けられる。まぁ、確かに普段からサボりまくっている小町がやりがい云々と口にしても、あまり説得力はないのかも知れないが。けれども小町は小町なりに、三途の河の舟頭という仕事に対して矜持や拘りだって持っているのである。何から何まで適当という訳では決してない。

 

「──って。今日はそんな話をしに来たんじゃなくてね……」

 

 一先ず無駄話は置いておく事にして、小町は早速本題を切り出す事にする。

 

「ちょっとお前さんに訊きたい事があるんだよ」

「訊きたい事? なに? サボりの相談?」

「違うって。ちゃんと真面目な話」

 

 軽いノリで華扇は小町を茶化そうとしているようだが、生憎今日ばかりはおふざけも程々にしなければなるまい。事態が事態なのだ。あまり悠長に構えてもいられない。

 

「実は最近、幻想郷に厄介な奴が現れたみたいでさ」

「……厄介な奴?」

「ああ。ほら、少し前に顕界でも神霊が大量発生して、ちょっとした大騒ぎになっていただろ? その騒ぎに乗じて、何やら色々と()()してた奴がいたみたいでねぇ」

「……暗躍、ね」

「それで当然、博麗の巫女もヤツの足取りを追ってるみたいなんだけど、これがどうしても上手くいかないらしい。霊夢の勘を以てしても、そいつの足取りと掴むまでには未だに到ってないみたいなんだよ。どうだい? 中々どうして、厄介な事になっているとは思わないかい?」

「……そうね。それは確かに、厄介かもね」

 

 まるでそんな話など初耳だとでも言いたげな様子で、華扇はそう受け答えている。なぜ彼女がそんな態度を取っているのかは知らないが、けれども今の小町にそんな誤魔化しなど無意味である。

 既に霊夢からある程度の事情は聞いてしまっているのだ。生憎、彼女の妙な誤魔化しに乗るつもりはない。

 

「いや、何だか他人事みたいな態度だけどさぁ。お前さん、そいつと……霍青娥と、既に一度やりあってんだろ? 霊夢から聞いたよ」

「うっ……。やっぱり、あの子ってば結構ベラベラ話しちゃったのね……」

「で、手痛くやられちまったと。それなのにお前さん、こんな所で呑気に瞑想なんてしてても良いのかい?」

 

 そう指定してみると、華扇は深々と嘆息した。

 けれども、既に知られてしまっているのなら仕方がない。そんな雰囲気を漂わせて、諦めて観念したかのように。肩を窄めつつも、彼女は次なる言葉を紡いだ。

 

「例え状況が芳しくないのだとしても、仙人にとって修行は欠かす事の出来ない大切な日課なのよ。貴方も知っているでしょ?」

「ふぅん……。そんなもんかねぇ」

「はぁ……。私の失態なんて、出来れば貴方にだけは知られたくなかったんだけど……」

「ははっ! そりゃ残念、もう諦めな。あたいには既にある程度伝わっちまってるんだからさ」

「はいはい。もう諦めたわよ」

 

 ひらひらと手を振りつつも、華扇は続ける。

 

「成る程ね。今の貴方達は、他の仙人よりもあの邪仙を狙ってるって事ね。だから数少ない目撃者である私に訊ねに来た、と」

「うーん……。ま、そんな所かねぇ」

 

 厳密に言えば華扇の推測は正解と呼ぶには不十分だ。確かに是非曲直庁が霍青娥を許さない事に間違いはないだろうが、小町の真の目的は霍青娥を殺してその魂を地獄に持ち帰る事ではない。

 重要視すべきなのは岡崎進一が持っている謎の解明だ。霍青娥の捜索は、言ってしまえばその手掛かり探しの一環に過ぎない。──まぁ、それを華扇にきちんと説明しようとするとタイムトラベル関連の情報も提示しなければならなくなるので、一先ず今回はその点について適当にぼかしておく事にするが。

 

「お前さん、霍青娥について何か知らないのかい? お前さんの事だ。一方的にやられっ放しって訳じゃないんだろう?」

「ええ、まぁ……。これでも一応、私なりに彼女の足取りを追ってはいるつもり。だけど……」

 

 そこで華扇は、しゅんっと表情を曇らせる。

 

「その様子じゃあ、お前さんの調査結果も芳しくないみたいだねぇ」

「……そうね。色々とアプローチは仕掛けてみてるけど、でも事態の好転は未だに訪れていない。あの邪仙の尻尾を掴むどころか、僅かな手がかりすら見つけられてない状況なのよ」

「……そうかい」

 

 嘆息しつつも、華扇はそう説明してくれた。

 その返答に対する小町の落胆は然程大きなものではない。何となく、そんな答えが返ってくるような気はしていたからだ。確かに茨木華扇というこの少女は仙人の()()()をしている少女ではあるが、それでも完璧ではない。もしも霍青娥という邪仙が並みの仙人を凌駕する力を持っているのだとすれば、華扇の“仙人”としての力が及ばなくてもそれは仕方のない事だろう。

 

「ま、でもそんなに気にする必要はないって。ヤツの足取りを掴めてないのは、何もお前さんだけじゃないんだからさ。ははっ!」

「……それ、慰めてるつもり?」

「そりゃ勿論」

「というか、貴方達の方こそどうなの? 貴方が動いているって事は、少なくとも幻想郷の閻魔は霍青娥の足取りを追っているんでしょ? 何か手掛かりは掴めてないの?」

「うーん、そうだねぇ。お前さんと同じで、まだ大した情報も掴めてないって所かな。是非曲直庁の役割はあくまで死者の裁判や輪廻転生を管理する事であって、生者の足取りを追う事に関しちゃ専門って訳でもないからねぇ」

 

 顕界で好き勝手やっている並みの仙人程度ならばある程度把握出来ているらしい。しかし数百年、或いは千年以上の単位で顕界に留まり続けている仙人が相手となると、是非曲直庁でもその足取りを補足出来ていない場合もある。

 霍青娥なる邪仙がどれほどの間この顕界で死から逃れ続けているのかは分からないが、少なくとも並みの仙人程度ではない事は確実であろう。

 

「いやはや、ほんと、困ったもんだよねぇ」

「……何だか体よく誤魔化されているような気がするんだけど。貴方、私に何か隠してない?」

「へ? いやいやいや。人聞きの悪い事を言わないでおくれよ。あたいが持ってる情報だって、お前さんと大差ないくらいだよ」

「……本当に?」

「ああ。本当、本当」

 

 またもや華扇にジト目を向けられる。

 実際、霍青娥に関しては殆ど情報を得られてない事は事実だ。──隠し事という意味では、タイムトラベル関連の情報を隠してしまっているのだが。

 

(……そういや、命蓮寺の住職にはタイムトラベル関連の情報を開示したって霊夢達は言ってたっけ。華扇には言っちまってもいいのかねぇ)

 

 ──などと一瞬思ったが、やっぱり止めておいた。小町個人の判断で勝手に情報を広めようものなら、確実に映姫の雷が落ちる。小町だって、彼女の説教の餌食になるのは流石に勘弁願いたいのである。

 

「そんじゃま、霍青娥について何か進展があったら、あたいにも教えてくれるかい? あたいも何か分かったら教えるからさ」

「それは構わないけど……。え? 何? 貴方って、本気であの邪仙の足取りを追ってるの?」

「……何だい、藪から棒に。あたいが青娥の事を追ってちゃまずい事でもあるのかい?」

「い、いや、まずい、というか……」

 

 何やら困惑気味の表情を浮かべる華扇。小町に向けられる彼女の視線は、驚きと心配が入り混じったかのような様子で。

 

「だって貴方、普段はお仕事サボってばかりみたいじゃない。それなのに、急にやる気出しちゃって……。何かあったの?」

「地味に失礼な事言ってるね、お前さん……」

 

 これはあれか。普段からサボりまくっている小町が急に真面目に仕事らしい事をし出したから、逆に心配されているという事か。

 いや、まぁ、確かに華扇の気持ちも分からなくはないけれど。それでもやっぱり、小町としてはちょっぴり心外である。

 

「ま、あたいだってたまにはシリアスな雰囲気に浸りたい時もあるのさ」

「ふぅん……?」

「……さっきから何なんだい、そのジト目は」

「だって貴方、今日はいつにも増して怪しいというか」

「怪しいって……」

 

 実際の所、本当に幾つかの隠し事をしているのだから、華扇に怪しがられても文句は言えない。

 誤魔化すように、小町は華扇へと執拗に引っ付いてみる。

 

「またまたぁ。変な探り合いっこはなしだよ華扇~。あたいとお前さんの仲じゃないか」

「わわっ……! ちょ、ちょっと! 急に肩を組まないでよ! 離れなさい……!」

「おっと……! まったく、つれないねぇ」

 

 華扇が引き剥がそうとしてきたので、素直にこちらから離れておいた。あんまりおふざけが過ぎると、真面目な華扇は本当に怒り出しかねない。別に小町は、彼女を怒らせようとしている訳ではないのである。

 ただ、何と言うか。

 今更素直に自分の真意を話してしまうのも、何だか小恥ずかしいと言うか。

 故に小町は、こんな態度を取ってしまっている。

 

「まぁ……あれだよ」

 

 それでも小町は、呟くように口にする。

 

「大切な奴を放っておけないっていう、あの危なっかしい亡霊に感化されちまったんだよ。多分ね」

「……え? 今、何て?」

 

 上手く聞き取れなかったらしい華扇がそう訊き返してくるが、踵を返した小町はひらひらと手を振るだけで、それ以上は何も答えない。

 別に、誰かに好き好んで言いふらすような事情じゃない。これはあくまで小町の内面だけで完結する感情だ。小町が勝手に思い込んでいる、言わばお節介の一種なのだ。

 

 この幻想郷で彼と初めて出会ったのが偶々小町で、そして偶々事情を知ってしまったから。乗りかかった船を今更降りるのも目覚めが悪い。ここまで来たら最後まで付き合わないと、これから気になって仕方がなくなる。

 それ故のお節介。──つまり自己満足だ。

 

(……まぁ、でも)

 

 今はまだ、これくらいの距離感が丁度良い。

 

 それから華扇へと軽く会釈を交わした後に、小町は一度報告に戻るため屋敷を後にするのだった。

 

 

 *

 

 

 旧地獄と呼ばれる場所に繋がっているらしいこの洞窟は、中に入るとやはり視界は意外と悪くなかった。

 何となく、ぼんやりとした光が周囲に漂っているような気がする。例えるならばそれは、微弱な光を発する微生物か何かが漂っているかのような感覚だ。ひょっとしたら何らかの魔法か何かの類なのかも知れないが、生憎進一はそのような力を察知する事が出来ない。妖力だとか、魔力だとか、霊力だとか。そんな事を言われてもさっぱりなのだ。どうやら自分は、そっち方面の才能が文字通り皆無なようなのである。

 

「本当、どんな原理なんだろうな……」

「きっと霊力的な何かが光源になってくれてるんだよ! 何だかびんびんに漂っている感じがするし!」

 

 相変わらずテンション高めなメルランが、進一の呟きに対してそう答える。

 中々に大雑把かつ抽象的な表現である。霊力的な何かだとか、びんびんに漂っているだとか。進一は何も感じられていないのだが──。

 

「……まぁ、別にそこまで変に気にする必要はないんじゃないの?」

 

 メルランとは対照的に暗い声調で話しかけてきたのは、長女のルナサだった。

 進一の後方を歩いていた彼女は、表情を殆ど変えないままでボソボソと言葉を口にする。

 

「この霊気、身体に悪影響を及ぼすようなものでもなさそうだし」

「……そんな事も分かるのか?」

「……これくらい普通。幾らあなたが霊力に疎いのだとしても、本当に危険なのなら少しでも違和感を覚えているでしょ」

 

 確かにルナサの言う通り、身体に関して特に違和感は覚えていない。本当に、何も毒素のようなものが充満している訳でもなさそうである。

 まぁ、本当に有害な何かが蔓延しているのなら、こいしだってここを通って地上へと足を運ぶ事も出来なかっただろう。そういう意味では、変に不安感を抱く必要もなさそうだ。

 というかそもそも、既に死んでいる進一にとって、有害云々の話は殆ど意味を成さないだろうけれど。

 

「ええ。大丈夫ですよ、進一さん。何たって私、前にも一度地底に行った事がありますからね。全然まったく、これっぽっちも問題なんてありませんでしたから!」

「ああ……」

 

 進一の横を歩いていた妖夢がそう口にする。

 いつの間にやら妖夢の調子はいつも通りに元通りである。漂わせるちょっぴり控え目な雰囲気も、人懐っこそうなその笑顔も。普段から進一に見せてくれている、いつも通りの彼女そのものなのである。

 ──そう。()()()()

 

「ねぇ、彼氏さん。ちょっと良い?」

「ん?」

 

 そんな中、不意にリリカがそう声をかけてくる。進一が視線を向けると、彼女は小さな声で耳打ちするかのように。

 

「何だかさ、庭師さんの様子ちょっと変じゃない?」

「……変?」

「うん。何て言えばいいのかな……。表面上は平静を保ててるように見えるけど、でも内面はちょっぴり無理をしているというか……」

 

 この少女、妖夢の事をよく見ている。進一は思わず舌を巻いてしまった。

 そう。リリカはやや自信なさげな様子だったが、その通りなのだ。魂魄妖夢は表面上は平静を保てているものの、けれどもその実、恐らく内面では怯えのような感情を抱いている。それは、この洞窟に入る前から彼女が抱き続けていた感情と同一のものだ。

 普段から妖夢と行動を共にしている進一ならそんな誤魔化を察してしまってもおかしくないが、リリカも気が付いていた事には少し驚いた。

 

「……そうだな。多分、この薄暗闇が怖いんだと思うぞ」

「怖い?」

「ああ。妖夢はお化けとか、そういった類のものが苦手なんだ」

「苦手……」

 

 微妙な反応をされた。いや、まぁ、彼女の言いたい事は何となく分かるけれども。

 

「お二人とも、こそこそと何を話してるんですか?」

「へ? あ、う、ううん。何でもない、何でもないよ?」

「……? そうですか……」

 

 不意に妖夢に声をかけられて、少し慌てた様子でリリカは誤魔化しを入れる。彼女なりに気を遣ってくれたのだろう。真面目な少女である。

 

「ほらほら皆! 歩くの遅いよ! 道は長いからさくさく行っちゃおー!」

 

 そんなやり取りをしている内に、いつの間にかだいぶ先行していたメルランがそう声をかけてくる。この洞窟に入ってから急勾配の激しい道をそれなりに長く移動しているはずなのだが、彼女はまだまだ元気いっぱいの様子である。流石、プリズムリバー楽団におけるポジティブ担当の体力は伊達じゃない。

 

「メルランは相変わらずポジティブというか、元気だよなぁ……。なぁ、妖夢。あいつも一緒なら、お化けなんて怖くないだろ?」

「へ? な、何を言ってるんですか進一さん。私、別に怖がってませんけど? 到って普段通りじゃないですか」

「……普段通り、ね」

「そうそう、そうです! まったく、嫌ですよー、進一さん。お化けなんて非科学的なもの、この世に存在する訳がないじゃないですか。幾ら幻想郷とはいえ、あんなのフィクションの中の話ですよ。きっと」

「……お、おう。そうだな」

 

 ──色々と突っ込みどころ満載な発言である。

 さっきまでビクビク怖がってたのに、今更体裁を整えても遅いような気がするのだが。まぁ、変に揚げ足を取る事は止めておいた。きっと進一が指摘したとしても、彼女はこの状態を意地でも貫き通そうとするだろう。妖夢は存外、頑固なのである。

 

「ほら、行きましょう進一さん! メルランさんも待ってますよ?」

「ああ……」

 

 無理した様子で気丈に振舞う妖夢に手を引かれるような形で、進一も後に続く事にする。妖夢が未だ怯えているのなら、この洞窟をさっさと抜けてしまった方が良い。旧都なる街に着けば、この薄気味悪い雰囲気も幾分かマシになるだろう。

 

 ──と。そのまま進一は、先行するメルランのもとへと向かおうとしたのだが。

 

「……ん?」

 

 しかし不意に違和感を覚えて、彼は思わず足を止めてしまう。

 違和感の正体はルナサだ。てっきり進一達の後ろを黙々とついてきているのだと思っていたが、けれども彼女だけはメルランのもとへは向かわずにその場に立ち止まっている。怪訝に思った進一が振り返ると、どうやら彼女はどこか一点を見つめているらしく。

 

「……おいルナサ。どうした?」

「……いや。今、何か物音が聞こえたような気がして」

「……物音?」

「えっ!?」

 

 露骨に声を上げたのは妖夢である。先程までの余裕綽々な様子はどこへやら。ルナサの呟きを聞いて、流石に平静を装うのも難しくなってきたらしい。ビクッと身体を震わせて、ササッと進一のもとへと身を寄せてくる。

 

「も、物音ッ!? 何ですか物音って!?」

「……何か、カラン、カランって感じの音が」

「聞こえたのか?」

 

 こくりと頷いてルナサは答える。

 カラン、カラン。擬音的に、木材か何かがぶつかる音だろうか。進一は聞き取れなかったのだが、けれども“音”のスペシャリストでもあるルナサの事だ。進一や妖夢が聞き取れぬような、そんな小さな音にも敏感に反応してしまってもおかしくはない。

 

「ま、またまたぁ。ルナサさんまで、嫌ですよー。そんな冗談も言うなんて、意外とおちゃめな一面もあるんですね?」

「いや別に冗談なんて言ってないんだけど……」

 

 半ば現実逃避気味な妖夢に対し、ルナサは呆れた様子でそう答える。

 ルナサはふざけて冗談を言うようなキャラではない。勘違いである可能性もあるが、彼女が聞こえたのだと言うのならある程度の信憑性は期待できるだろう。

 こんなゴツゴツとした洞窟の中で、響くのは木材がぶつかるような音。そんな音が聞こえてきたという事は、進一達以外の何者かがこの近くにいる可能性が高いという事になり──。

 

「……あっ」

 

 ひゅんっと、何かが風を切るような音が聞こえた。そしてルナサが見つめていた方向へと視線を向けた瞬間、不意に()()が目に入ってきて進一は思わず間の抜けた声を上げてしまった。

 それは桶だった。丸い形をした、それなりに大きな木製の桶。一体、いつからそんな所に存在していたのだろう。こんなにもゴツゴツとした岩で覆われた洞窟内では、おおよそ場違いな桶が()()()()()()()()()()()

 

「なんだあれ……?」

「へ?」

 

 どうやらロープか何かで天井から吊るされているらしい。いや、それでも場違いである事に変わりはないが──。

 そんな“桶”が、こちらに向かって落ちてきているのである。何の脈絡もなく、あまりにも突然に。

 それなりの速度で風を切って、重力にその身を任せて。

 

「ひっ……!?」

 

 けれども“桶”は、次の瞬間。

 

「いやぁッ!?」

「ごふっ!?」

 

 悲鳴を上げ、楼観剣を抜刀した魂魄妖夢の手によって、成す術なく()()()()()()()()()

 全身全霊のフルスイング。バッティングセンターよろしく打ち返されたその桶は、あまりの勢い故にロープが解れ、そのまま岩壁に叩きつけられてしまう。ばこんと、物凄い音が洞窟内に響いたが、意外にも桶はバラバラに破損する事もなくその形状を保っていた。存外頑丈である。

 

 コロコロと転がり、そしてパタリと倒れる桶。一瞬の静寂の中で、聞こえてくるのは妖夢の息遣いのみ。

 殆ど反射的に迫り来る桶を打ち返した半人半霊の少女は、ぜえぜえと荒い呼吸を繰り返しつつも。

 

「だ、だから嫌だったんですよこの洞窟ッ!」

 

 やたらと鬼気迫る表情を浮かべて、妖夢はそう声を張り上げていた。

 一瞬、進一達は揃って言葉を見失う。色々と突っ込みどころが満載過ぎて、状況の処理が追い付いていないのである。それでもこのままでは本当に話が進まなくなってしまうので、取り合えず分かる事だけを聞いてみる事にする。

 

「いや、お前、急にぶった斬っちまって良かったのか……?」

「き、急に飛んでくる方が悪いんですよ!? それに、ただの桶じゃないですか! 問題ありません!」

「それは、そうなのかも知れんが……」

「う、うぅ……! ま、前に来た時も、似たような事があったんですよぅ……! 薄暗闇の死角から、急に何かが飛び出してきて……。し、心臓が痛い……」

 

 胸元を抑えながらも、涙目で妖夢はそう語る。

 成る程、状況が掴めてきた。妖夢はこうして旧地獄に足を運ぶのは初めてという訳ではない。つまり以前にこの洞窟を通過した際にも、似たような状況に陥った事があったという事なのだろう。その所為で、彼女は洞窟に足を踏み入れる前から怯えた様子を見せていた。

 魂魄妖夢にとって、この手のびっくり系も非常に苦手な部類である。このような薄暗闇の中で、本来ならこんな所にあるはずのないものが突如として()()()()()。確かに、妖夢が怖がりそうな状況と言える。

 

「……前にこんな事が遭った時も、そうやってぶった斬ったのか?」

「え、ええ……。反射的に、斬っちゃって……。その後は逃げるように走り抜けちゃったんですけど……」

 

 チラリと進一は転がった桶を一瞥する。

 どこにでもありそうな、何の変哲もない桶である。人里まで赴けば、普通に店で購入できそうな代物。しかし楼観剣で斬られたのにも関わらず、あの桶はほぼ無傷で転がっている。ただの桶に、そんな強度があるとは考えにくいが──。

 そんなものが、なぜこの洞窟の中でいきなり天井から降って来たのであろう。考えれば考えるほど、謎は深まるばかりである。

 

「……というか、何かうめき声みたいなのが聞こえたような気がするんだけど」

「うめき声……?」

 

 ルナサの気になる一言。思わずオウム返しして詳細を訊き直そうとした進一だったが、直後に響いたメルランの声によってそれは掻き消される事となる。

 

「あっ! ねぇ、ちょっと来てみてよ! 桶の中、誰かいるみたいだよ!」

「……なに?」

 

 倒れた桶の中を覗き見ながらも、メルランがそう告げている。

 丁度、この位置からでは横に倒れた桶の裏側しか見えない。いや、確かに桶の中身までは確認できていなかったが、まさか中に人が入っていたとでも言うのだろうか。

 唐突に頭上から降ってくるという、中々に奇怪な登場をしたあの桶の中に──。

 

「…………」

「あー! その顔! 絶対信じてないでしょ!?」

「いや、だって急にそんな事言われてもな……」

「それじゃあ確認してみれば良いじゃん! ほら、早くこっち来てよ!」

 

 メルランに導かれるままに、進一達はその桶のもとへと歩み寄ってみる。

 すると。

 確かにそこには、目を回した少女の姿があった。

 

「……マジか」

「ほら! 言った通りでしょ!? 私、嘘なんてついてない!」

「ちょっとメルラン黙ってて。ねぇ、これって……」

「え、ええ……。おそらく……」

 

 妖夢とルナサが顔を合わせている。

 桶の中でのびているのは、白い装束を身に纏った緑髪の少女である。非常に小柄な少女で、丁度その桶にすっぽりを身を潜められる程度の体格しかない。姿形は幼気な子供のようにしか見えないが、しかしここは旧地獄へと続く洞窟の内部。少なくとも、人間の子供などではないとみて間違いないだろう。

 だとすれば妖怪の類なのだろうか。しかしそうなると、妖夢は早々に地底の住民をぶっ飛ばしてしまった事になるが。

 

「剣なんかで派手にぶっ飛ばしちゃうから……」

()っちゃったね、庭師さん!」

「や、やっちゃったって何ですか!?」

「い、いや、まだ死んでないと思うよ?」

 

 リリカの言う通り、完全に気を失っているものの息がない訳ではなさそうだ。その証拠に、この少女からは微かに呻き声が聞こえてくる。まぁ、桶ごとあそこまで派手にぶっ飛ばされたのだ。のびてしまっても仕方がないと言える。

 とはいえ、いつまでも彼女をこのまま放置しておく訳にもいくまい。一先ず声をかけて容態を確認してみる事にする。

 

「おい、大丈夫か? 生きてるよな?」

「う、うぅん……」

 

 再び呻き声を上げつつも、彼女はピクリと反応する。意外にもすぐに目を覚ましたらしく、もぞもぞと自分で上体を持ち上げていた。

 ふるふると頭を振るいながらも、少女は起き上がる。

 

「うぅ……。酷い目に遭いました……」

「起きたか」

「ふえ?」

 

 改めて声をかけると、その少女は驚いたように目をパチクリとさせていた。

 何の意図があって桶ごと頭上から落下してきたのかは不明だが、やはり頭でも強打してしまったのだろうか。その様子は、さながら今の状況を呑み込めてないような雰囲気である。

 一体、何が起きたのだろう。

 そんな事でも言いたげな表情を浮かべていた彼女だったが、程なくして自分の身に起きた事を思い出したらしい。進一達の姿を認識した途端、ぶるぶると震え始めると。

 

「ひっ……! ご、ごめんなさいごめんなさい! ほ、ほんの出来心だったんです! だからどうか命だけは……!?」

「い、いや、待て。勘違いするな。別に、俺達にお前をどうこうする意思はないんだ」

「え……?」

 

 慌てた様子で桶の中へと逃げ隠れる少女へと向けて、進一は宥めるようにそう告げる。

 この反応。妖夢にぶっ飛ばされた事により、どうやら本気で命でも狙われているのだと勘違いしているらしい。まぁ、無理もないと言えばその通りなのかも知れないが──。

 

「あ、あの……。仕返ししてやろうとか、考えてないんですか……?」

「そうだな。まぁ、確かにびっくりはしたけど……。でも特に実害が出た訳じゃないしな」

「ほ、本当に……?」

「ああ、本当だ。なぁ、妖夢?」

「え、ええ。さっきのは、ちょっと反射的につい斬っちゃっただけで……。こちらこそ、すいません……」

 

 そこまで説明してやると、ようやく少女は落ち着きを取り戻したらしい。桶の中でほっと息を吐くと、強張っていた身体を幾分か弛緩させていた。

 

「はぁ……。今回ばかりは、死ぬかと思いました……」

「いや、そもそも、あなた一体何なの? 急に頭上から落ちてくるなんて、不意打ちも良い所なんだけど」

 

 至極全うな疑問をルナサが投げかけている。相も変わらず淡々としたテンション。ともすれば冷たいとも捉えられる口調で声をかけられて、少女は未だビビり気味である。桶に入ったまま、ちょこんと顔だけを覗かせて。

 

「あ、あの、その……。わたし、キスメって言うんですけど……」

「……キスメ? それが君の名前なのかな?」

 

 リリカが訊き返すと、少女は小さく頷いてそれに答える。キスメと名乗った少女は、そのままおずおずと言った様子で説明を再開した。

 

「わたし、釣瓶落としなんです……」

「……釣瓶落とし?」

「ええ。ご存知ないですか……? 自分で言うのもなんですけど、頭上から突然落ちてきて、人間さんをむしゃむしゃ食べちゃうような妖怪でして……」

「……俺達を食べようと思ったのか?」

「い、いえ! それはあくまで、そう伝わっているって話で……。まぁ、確かにそんな風に人間さんを食べちゃう釣瓶落としもいるかも知れませんが……。で、でもっ、わたしにはそういった趣味嗜好はないというか……」

 

 ぼそぼそと、自信なさげな様子でキスメはそう語る。

 よく分からないが、少なくとも食事のために進一達へと襲い掛かった訳ではないという事なのだろうか。

 

「ま、まぁ、そもそもこの場に純粋な人間はいませんからね……。私だって半分は幽霊ですし……」

「……だとするとますます判らないんだけど。食べるつもりじゃなかったんなら、どうして態々降って来たりなんかしたの?」

「それは……」

 

 ルナサの質問。けれどもキスメは、モジモジと言葉を発するのを躊躇っているかのように、ますます小さく縮こまってしまっていた。

 この様子。どうやら彼女はだいぶ内気な性格のようである。そんなキスメがここまで大胆な行動を取るなど、考えてみれば妙な話だ。結局ここまでビクビクとした反応を残す事になるのなら、態々死地に赴くような真似などしなければ良かったのにと思うのだが。

 

「わ、わたしだって、これでも釣瓶落としの端くれなんです! こう見えても、その……釣瓶落としとしての、プライドがあるというか……」

「……プライド、ね」

「ですから、こう、チャンスがあったら見逃す訳にはいかないんです……! 誰かが歩いているのなら、これはもう落ちるしかないと思いまして……!」

「何なんだその妙な義務感は……」

 

 内気に見えて、実は意外と怖いもの知らずというか、大胆不敵な一面もあるという事なのだろうか。

 

「というか、それってお前の方も危険なんじゃないか? 桶に入ったまま落ちるって」

「あ、その点に関しては大丈夫です。この桶、滅茶苦茶頑丈なので」

「そ、そういう問題なんでしょうか……?」

 

 確かに妖夢に斬られても無事だったし、その桶の強度は折り紙付きとも言えるのかも知れないが。しかし桶が頑丈だろうと何だろうと、落ちてどこかに強打すればキスメ本人に伝わる衝撃も凄まじいものになると思うのだが──。

 しかし当のキスメはケロッとした様子である。ついさっきまで思い切りのびていたはずなのに、今やそんなダメージなど微塵も感じさせない様子で桶の中に潜んでいる。その点は流石は釣瓶落とし、という事なのだろう。あの程度の衝撃ではへこたれない。

 

「あのっ……。ところで、皆さんはどちらに? この先、地底なんですけど……」

「うん、知ってるよ! 私達、地底の旧都に用があるんだ!」

「え!? 地上の妖怪さん達が、ですか……!?」

 

 メルランが答えると、キスメは何やら驚いたような反応を見せる。不可侵条約が緩くなったとはいえ、やはり地上の妖怪が地底へと足を運ぶのは珍しい事例なのだろうか。

 

「まぁ、驚くよね……。やっぱり地底と地上の間には、無視できない溝が残されてるって事なのかな……」

「えっと、地底から地上に赴く妖怪さん達は何度か見た事がありますけど、その逆は殆ど見かけないですね……。あ、でも、だからと言って皆さんが変って訳じゃなくて……!」

「大丈夫、分かってるよ。地底には行くには、このまま真っ直ぐ進めばいいのかな?」

「はいっ。特に分かれ道もないので、迷う事なく到着できると思いますよ」

 

 リリカの確認に対し、キスメは洞窟の奥地を指差しながらそう答えてくれる。

 彼女が示す方向へと視線を向けてみるが、やはり目に入るのはどこまでも続く薄暗闇のみ。道は間違っていないようだが、この様子だと目的地である旧都に着くまでまだ少しかかりそうだ。あんまりのんびりとしている時間はないのかも知れない。

 

「そうか。ありがとう、キスメ。このまま先に進んでみる事にするよ」

「は、はい……。あの、いきなり落ちてきたわたしが言うのもなんですけど……。地上と比べて地底は色々と危険なので、くれぐれもお気をつけてくださいね……」

「……ああ。忠告、感謝する。お前も色々と頑張れよ。えっと……釣瓶落としとして」

 

 気を遣ってくれたキスメへと向けて、進一もそう返しておく。すると彼女は、キラキラとした表情を進一へと向けて。

 

「は、はいっ! ありがとうございます、お兄さん! わたし、これからも頑張って桶を落としますね!」

「あ、ああ……」

 

 健気である。頑張って桶を落とすとかどんな状況なんだろうとか、そんな事は考えてはいけない。

 

 それからキスメとは別れ、進一達は改めて旧都を目指す事となった。

 地底。キスメにも改めて忠告されたが、やはり地上とは勝手の違う世界であるらしい。果たしてこれから、どんな出会いが待ち受けているのだろう。自分達は、無事にさとりのもとまで辿り着く事が出来るのだろうか。そう考えると、ちょっぴりの不安が進一の胸中を過る。

 

「地底か……。どんな世界なのか、ますます気になって来たな」

「百聞は一見に如かずです。もうすぐ判ると思いますよ」

 

 そんなやり取りを妖夢と交わしつつも、進一達は地底へと向けて洞窟内を進むのだった。


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