桜花妖々録   作:秋風とも

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第85話「覚妖怪」

 

 『妖怪の山』と呼ばれる山がある。

 それは、幻想郷の中で最も高い標高を有する山。幻想郷で山と言えば誰しもこの山を連想するほどに知名度が高く、広く名の知れた場所であるらしい。地理的には魔法の森を抜けた更に奥地に位置しており、里の人間が訪れるには少々不便である。この山の頂上には早苗も住む守矢神社が建てられているらしいのだが、人間からの信仰は集められているのだろうか。

 

 そんな山の登山口──から少し外れて。大きく迂回するように山の麓を進む事数分。突如として、山肌に巨大な縦穴が見えてきた。

 つまるところ洞窟である。入口自体は大人の男も余裕で入っていける程度の大きさで、中を覗き見るとそこにあるのは暗闇だ。鬱蒼とした森林の中に佇むそれは、何とも物々しく不気味な雰囲気を漂わせている。一歩足を踏み入れればもう戻って来れないんじゃないかと、そんな錯覚までも覚えてしまうくらいのおどろおどろしさだ。流石の進一でもちょっぴり肝が冷える。

 

「ここが……」

「え、ええ。そうです……」

 

 傍らにいる妖夢が、若干怯えているようにも見える。

 ──いや。見える、のではなく実際怯えているのだろう。彼女はお化けやびっくりする系のホラーの類が滅法苦手だ。故にこういった雰囲気の場所に対しては、あまり得意な方ではないのであろう。現に彼女は今も尚びくびくしている。

 

「なぁ、妖夢。別に、そんなに怖がらなくても……」

「べ、別に、怖くなんてないです! ただ、ちょーっと薄暗いだけじゃないですか、こんなの……!」

 

 必死な様子で、妖夢は気丈に振舞おうとする。そして今一度、その奇怪な洞窟へと視線を戻しつつも。

 

「旧地獄……。この先に進むのは、これが初めてという訳ではないんです……。この先に、進一さんの記憶を取り戻す手掛かりがあるかも知れないのなら……。この程度、私は……!

「妖夢……」

 

 ──旧地獄。現在では地底とも呼ばれている、幻想郷屈指の危険地帯の一角。進一達の次なる目的地は、そこである。

 

 なぜ、彼らがこのような場所に足を運ぶ事となったのか。

 きっかけをくれたのは、命蓮寺で再会した古明地こいしだった。

 

 

 *

 

 

「ねぇねぇ、お兄ちゃん。ちょっと訊きたい事があるんだけど、良いかな?」

「……ん?」

 

 袖口を引っ張られる。進一が視線を落とすと、こいしは何やら楽し気な表情を浮かべていた。

 

 結局進一の記憶は戻らず、事態の好転は訪れない。そんな状況に陥って、軽く落胆しかけていた最中の事だ。これからどうすべきなのか、とか。本当にもう手掛かりはなにか、とか。そんな事をあれこれと考えていた所で、不意に進一は我に返る事となる。

 

「……訊きたい事? 俺にか?」

「うん。実はずっと気になっていた事があるんだ」

 

 するとこいしは、何やらわくわくとした様子でますます進一に寄り添ってきた。

 向けられるのはキラキラとした瞳。期待感に満ち溢れた、煌びやかな感情である。何をそんなに期待しているのだろう。こいしくらいの年頃の女の子が何を考えているのかなんて、生憎進一には想像しにくい分野である。

 ──まぁ、これ以上あれこれと考え込んでも殆ど手詰まりだった所だ。こうしてこいしの言葉に耳を傾けるのも悪くはない。

 

「……何だ? その気になっていた事というのは」

「それは勿論、お兄ちゃんと半分幽霊のお姉ちゃんについての事だよ!」

「半分幽霊……?」

 

 一瞬誰の事かと思ったが、どうやら妖夢の事を示しているらしい。まぁ、直球な表現と言えばその通りなのだが。

 

「……それで? 俺と妖夢が、何だって?」

「えっとね。お兄ちゃんってさ、半分幽霊のお姉ちゃんの事どう思ってるの?」

「……どう、とは?」

「だって恋人同士なんでしょ? 二人って!」

「こ、こいしちゃん……!?」

 

 ──これは、何だ。まさかの恋バナというヤツなのだろうか。妖夢もそんな話題が飛んでくるとは思わなかったようで、驚いた様子でちょっぴり飛び上がっている。

 そういえば、少女の方が少年よりも思春期の成熟が早いのだったか。こいしくらいの子供でも、既に恋愛話には興味津々だという事なのだろうか。

 

「ねぇねぇ、教えてくれても良いでしょ? 二人って、どのくらいの関係なの?」

「どのくらいって……。まぁ、お前の想像通りだと思うぞ」

「へぇ……。そうなんだ!」

 

 取り合えず曖昧気味に答えてみると、こいしは一人納得した様子だった。

 どのくらい、などと聞かれても正直返答に困る。それ故に、こんな回答になってしまったのだが──。

 

「それじゃあ、もうえっちな事もいっぱいしてるんだね!」

「……は?」

「ブフゥ!?」

 

 妖夢はむせていた。何か口に含んでいた訳でもないはずなのに、思いっ切りむせていた。中々にぶっ飛んだこいしの発言を前にして、流石の進一も困惑せずにはいられない。

 いや。待て。一体何を口走っちゃてるんだ、彼女は。一体何を想像しているんだ。

 

「ケホっ! ケホっ! こっ、こいし、ちゃん……ごほっ! な、何、を……ごほっ、ごほっ!」

「あはは! 半分幽霊のお姉ちゃん、何でそんなにむせてるの?」

「こ、こいしちゃんの所為だよ!?」

 

 無邪気である。ケラケラと笑う古明地こいしの様子は、限りなく無邪気なのである。慌てふためく妖夢との対比が凄まじい。それでも妖夢は何とかこいしに鋭い突っ込みを入れたようだが、結局混乱は収まらず頭からぼふっと煙を噴き出していた。

 そんな二人の様子を見て白蓮は困ったような表情を浮かべ、そして霊夢は呆れ気味な様子だった。

 

「いや、エッチな事って……。あんた、それ意味分かって言ってんの?」

「むっ……バカにしないでよ! それくらい、私だって分かるもん!」

「じゃあ例えばどんな事よ?」

「え? んーとね……。ちゅー、とか!」

「……あー。はいはい、成る程ねぇ」

 

 失笑気味に、霊夢はそう口にする。しかしなぜ笑われたのかこいしには分からなかったようで、ちょっぴり不貞腐れた様子で「むー!」と頬を膨らませていた。

 ──いや。まぁ、その反応は何だかちょっぴり安心である。どこでそんな言葉を覚えてきたのかは知らないが、どうやらそこまで深い意味までは理解出来てない様子。ちょっぴり背伸びをしたい年頃であるが故の行動、という事なのだろう。それでも肝が冷える発言である事には変わりないが。

 

「……いや。チューでも十分マセてるか」

「す、すいません……。こいしちゃんったら、ちょっと背伸びをしたがる年頃みたいで……」

「一歩間違えれば()()()だけどね。ある意味」

 

 こいしの代わりに進一達へと謝罪する白蓮。そんな彼女の揚げ足を取るかのように、霊夢が口を挟んだ。

 まぁ、確かに。妖夢は未だに顔を真っ赤にしたままショート中な訳だし、そういう意味では大惨事なのかも知れない。

 

「というか、進一さんは妖夢と違って慌ててないのね。そんな事言われてもヨユーって感じ?」

「……お前だって慌ててなかったじゃないか。こう見えても内心かなり慌ててたんだがな、俺は」

「いや私は別に話の中心にいた訳じゃないし。そもそもあんまり興味ないというか」

「……成る程」

 

 霊夢らしいと言えば霊夢らしい返答である。この少女、進一よりも色々と淡白なんじゃないだろうか。

 

「ま、それでもあんたがどこでそんな知識を仕入れてくるのかは、ちょっぴり気になるけどね。まさか白蓮が教えたんじゃないでしょうね?」

「……違いますよ。私がそんな事教える訳ないじゃないですか」

「うん、白蓮さんじゃないよ。お姉ちゃんが持ってた本に書いてあったんだ」

「……お姉ちゃん?」

 

 不意に意外な言葉が飛び出してきて、進一は思わず聞き返す。

 

「お姉ちゃんって……妖夢の事、じゃないよな? お前、姉がいるのか?」

「うん! 古明地さとりって言うんだよ! 私と同じで、覚妖怪!」

「さとり……?」

 

 そういえば、先ほど白蓮もそのような事を口にしていたような気がする。自分は古明地さとりから、妹であるこいしをお預かりしている身なのだと。

 古明地さとり。古明地こいしの姉にして、彼女と同じ覚妖怪。

 こしいの、血の繋がった家族──。

 

『えっと……。私も、その、色々あって……』

 

(…………っ)

 

 ()()()

 

『私の所為で、周りの皆にも色々と迷惑をかけて……。私の一番大切な人さえも、傷つけて……。でも私は、ただ逃げる事しかできなくて……』

 

 再び、()()()()がフラッシュバックする。進一の意思とは無関係に、あの思い出が想起する。

 ──何だ?

 一体()()は、何なんだ──。

 

「いや、さとりってば妹の手の届く所にどんな本置いてんのよ……」

「お姉ちゃんは最近、恋愛モノの小説にハマってるんだよ! 結構面白いんだよねー!」

「……あの、こいしちゃん? それ、大丈夫なんですよね? ちゃんと健全な小説なんですよね?」

 

 進一の不穏な心境とは裏腹に、こいし達はそんなやり取りを交わしている。

 話の一端だけを聞くと中々に突っ込みどころ満載である。その古明地さとりなる少女は、一体どんな人物なのだろう。何だか一方的に妙な印象を抱かされているような気がするのだが。

 

「……一体何者なんだ、そのさとりって奴は」

「まぁ、あの子もあの子で変わり者と言えば変わり者だけど……」

 

 ──と。そこまで言いかけた所で、霊夢の表情が変わる。

 先程までのような気だるげな様子とは違う。それはまるで、何か重要な事に気が付いたかのような表情。一瞬だけ目を見開いて、真面目な様子の顔つきになって。何かを考え込むかのように、霊夢は一人俯いて息を呑み込む。

 

「……霊夢?」

 

 怪訝に思った進一が、彼女の名前を呟く。その直後、当の霊夢は弾かれるように顔を上げた。

 

「……そうよ。さとりよ」

「……え?」

 

 唐突な呟き。思わず首を貸し得るが、そんな進一の事など露知らずと言った様子で霊夢は続けた。

 

「あの子は覚妖怪。それもこいしと違って、覚妖怪本来の『能力』もしっかりと行使する事が出来る。第三の眼(サードアイ)の力を使えば、もしかして……」

 

 ぶつぶつとそんな事を言っている。

 彼女の反応から察するに何らかの打開策を思いついたとみて間違いないだろうが、けれども進一は未だにいまいちピンと来ていない。幾ら幻想入りしてからそれなりの時間を過ごしてきたとは言え、それでもまだ判らない事が多すぎるのだ。

 おずおずと、進一は霊夢に訊き直す事にする。

 

「……何だ? 一体、何を言っている?」

「手掛かりよ。進一さんの記憶を取り戻す手掛かり」

「なに……?」

 

 困惑気味の進一に対して、霊夢は説明を続けた。

 

「さとりの持つ『能力』は『心を読む程度の能力』よ。覚妖怪は、第三の眼(サードアイ)とかいう独自の器官を用いる事で他人の心を覗き見る事が出来るんだけど、さとりは取り分けその『能力』に極限まで特化しているみたいなのよね。例え相手が何も喋らなくても、考えている事は丸わかり。心の奥のそのまた奥まで、あの子の前じゃ赤裸々に晒される事になる」

「心を読む、『能力』……?」

 

 “(サトリ)”という妖怪の知識については、進一も事前にある程度なら聞いている。人間が相手だろうが人外が相手だろうが、目の前にいる人物の心を読む事が出来る妖怪。霊力や怪力等に特段優れている訳ではないが、あまりにも特異とも言えるその能力の所為で覚妖怪を()()()()()人物も多いと聞く。

 覚妖怪は、基本的に等しくそんな能力を持っているのである。例外はこいしくらいなものだ。

 

「で、でも霊夢! お姉ちゃんは……!」

「判ってるわよ。別にさとりを貶そうって訳じゃないわ。寧ろ今回の場合、あの子の力がこの状況を打開する鍵と成り得るかも知れない」

 

 姉が非難されていると思ったのか堪らずと言った様子でこいしが口を挟むが、すぐに霊夢が肩を窄めつつもそれを否定する。別に霊夢は、例え心の中を覗き込まれようともそんな事は大して気にしないのだろう。覗きたきゃ勝手に覗けば良い。そんな考え方が主なのだ、彼女は。

 

第三の眼(サードアイ)を閉じて読心能力を捨てたこいしとは違って、さとりは未だに心の中を読み解く事が出来る。深層心理の奥底まで沈み込み、本人さえも気にかけていない心の内面までね。心を開いている限り、あの子の『能力』はそんな範囲にまで及ぶ」

「……待ってくれ。それは、つまり」

 

 流石にそこまで説明されれば、進一でも霊夢の考えを察する事くらいなら出来る。

 

「そのさとりって奴の『能力』で、俺の心を読ませようって事なのか?」

「ええ、そうよ。確かにあなたは記憶喪失だけど、でもそれは単に思い出せないだけであって記憶そのものが消えてしまった訳じゃないんでしょ? 現に妖夢やこいしと再会した時にあなたは激しい頭痛に見舞われてるし、今回に関しては記憶の一部を引っ張り出す事にも成功している」

「それは、そうかも知れないが……」

「深層心理の奥底。暗闇に塗りつぶされた記憶の中から、生前の思い出を引っ張り出すのよ。さとりなら、それが出来るかもしれない」

 

 ──確かに、霊夢の言葉には説得力がある。

 進一の記憶は消滅してしまった訳ではない。何らかの要因により心の奥底にまで沈み込み、思い出せなくなっているだけだ。そうでなければ妖夢と再会した際にあんな感覚を覚える事もなかっただろうし、こいしと再会した際にこうして幼き日の想い出を思い出す事も出来なかっただろう。

 つまり、進一の心の中には確かに記憶が存在している。ただ、深い眠りに落ちてしまっているだけで──。

 

「だが……」

 

 しかし。それでも、気になる事がある。

 

「その『心を読む程度の能力』とやらは、本当に俺に対しても効果が及ぶような『能力』なのか? 閻魔様の持つ浄玻璃の鏡でさえも、俺の過去を覗き見る事が出来なかったんだぞ。それに、閻魔様の『能力』だって、俺には上手く作用できていなかったみたいだし……」

 

 それである。

 地獄の裁判官である閻魔が、死者の罪を見極める際に用いる宝器『浄玻璃の鏡』。それを以てしても、進一の過去を暴く事が出来なかったのである。幾ら古明地さとりの『能力』が強力なものだとしても、一妖怪に過ぎない彼女の力が閻魔の宝器である浄玻璃の鏡を凌ぐとも思えないのだが。

 

「……いえ。恐らく希望はあると思います」

 

 口を挟んで来たのは白蓮だった。ずっと何かを考え込むかのように進一と霊夢のやり取りを眺めていた彼女だったが、それでも難しそうな表情のままで進一達に言葉を投げかける。

 

「すいません。あくまで今お聞きしたお話からの推察、という事になってしまいますが……」

「……ああ」

「浄玻璃の鏡。実物を見た事はありませんが、その存在に関しては私も存じ上げています。それは死者の罪……つまり、対象となる人物の“過去”を覗き見る事の出来る宝器です。それを以てしても進一さんの過去を覗き見る事は出来なかったそうですが……。おそらくそれは、イレギュラーな形での時間への干渉が要因となっているのだと考えられます」

「イレギュラー……?」

 

 頷きつつも、白蓮は続ける。

 

「進一さんは八十年後の未来の世界の住民です。そんな人物の“過去”を覗き見るという事は、この時代においてこれから起こる“未来”の出来事を覗き見る事と同義という事になってしまいます」

「……ああ。それは、閻魔様や紫も似たような事を言ってたな。幾ら浄玻璃の鏡でも、流石にそんなイレギュラーは効力の範囲外だと」

「浄玻璃の鏡はあくまで過去を知る事の出来る宝器であり、未来を決定づける宝器ではありません。それ故に、これから起きる出来事であるはずの“進一さんの過去”を投影する事は出来なかったのでしょう」

 

 この時代において、岡崎進一という青年はまだ生まれてもいないはずの存在だ。そんな人物の生前の行いを知るという事は、それは即ちこれから起きる未来を知ると言う事になる。

 過去を知る事と未来を知る事ではあまりにも勝手が違う。それは閻魔本来の力において管轄外だという事なのだろう。

 

「だが、だとしたら尚更古明地さとりの『能力』だって微妙な所じゃないか? 俺の心を読むという事は……」

「いえ、違うんですよ。浄玻璃の鏡の効力が及ばないという事実は、さとりさんの『能力』が効果を成さないという推測の裏付けには成り得ません。証明材料としては不十分です」

「えっ……?」

 

 予想外の返答。思わず言葉を見失ってしまう。

 それはつまり、古明地さとりの『能力』は進一の想像とは本質が違うという事なのだろうか。

 

「そもそも根本的に、浄玻璃の鏡とさとりさんの『能力』は全くの別物なのです。さとりさん……と言うよりも、覚妖怪の読心能力は、あくまで現時点での相手の内情を読み取る事の出来る能力です。それはただ一人の人物の内面のみで完結していますが……。しかし、浄玻璃の鏡は違う。その宝器が映し出すのは、対象となる人物が経験した出来事そのものなのです。要するに、浄玻璃の鏡は俯瞰的に相手の過去を投影している事になります」

「……つまり、こういう事か?」

 

 白蓮から提供された情報を何とか繋ぎ合わせ、進一は推測する。

 

「古明地さとりの『能力』は、主観的……つまり想い出という少々曖昧な情報を読み取る程度に留まるが、浄玻璃の鏡は俯瞰的に相手の過去に干渉する。だから一概に同一視は出来ない、と?」

「……ええ。その通りです」

 

 白蓮は頷いて答えてくれる。

 だいぶ理屈っぽいような気もするが、確かに彼女の言葉には一理ある。心を読むという事は、今現在進一が考えている事、想像している事を覗き見るという事だ。過去の出来事そのものを暴いている訳ではない。

 実際に起きた出来事を見るのと、想い出という曖昧な形で残った映像を見るのでは勝手が違う。だから浄玻璃の鏡が無理でも、古明地さとりの『能力』ならば問題なくその効力を発揮する可能性もあるのではないかと。つまりはそういう事なのだろう。

 

「まぁでも、確かに閻魔サマの『能力』までもが進一さんに上手く作用してなかったのは気になるわね。全く効いてなかった訳じゃないみたいだけど」

「……俺に対してだと、ちょっとしどろもどろ気味になる事があったな」

「でも試してみる価値はあると思うわ。閻魔サマの『能力』とさとりの『能力』じゃ根本的に違う訳だし、さとりなら進一さんの心を読む事だって出来るかもしれない」

「……その根拠は?」

「勘よ」

「勘、ね……」

 

 よくもまぁ、霊夢はそんな曖昧な根拠を自信たっぷりに言えるものだ。

 けれども確かに、彼女の言う事も一理ある。例え縹渺としていても、可能性がゼロではないのならどんな手掛かりでも手繰り寄せるべきだ。

 

「あー、それと、さとりが基本的に地霊殿に引きこもってるって事も問題よねぇ。あの子の力を借りるなら、こっちから地底まで赴かないと駄目だろうし……」

「ね、ねぇ!」

 

 何やらぼやき始める霊夢だったが、そんな彼女を遮るかのように声を上げる者がいる。

 この幼げな声調はこいしのものだ。これまで黙って進一達の会話を聞いていた彼女だったが、まるで痺れを切らしたかのように立ち上がっていた。

 浮かべるのは難しそうな表情。そして不満気な雰囲気。

 

「さっきから、言ってること全ッ然分かんないんだけど!」

「……はぁ。急に立ち上がって、何を言い出すのかと思えば。まぁ、お子様には難しい話だったかもね」

「子ども扱いしないでよ!」

 

 どうやら会話に混ざれなかった事が不服であるらしい。確かに、ちょっぴり複雑な内容だったかも知れない。妖怪とはいえこいしは子供。話について来れなくなっても無理はないだろう。

 

「た、確かに、お話の内容はあんまり理解出来てないけど……。でも、これくらいなら判るよ! お兄ちゃんは、私のお姉ちゃんに会ってみたいんだよね?」

「……まぁ、そうだな。それは間違ってない」

 

 ビシッと指を指されつつもそんな事を聞かれたので、進一は頷いてそれに肯定しておく。そんな進一の反応を見たこいしは、何やら得意気な表情を浮かべ始めた。

 ふふんと、鼻を鳴らすこいし。明らかにちょっぴり調子に乗っている時の表情である。ドヤ顔というヤツだ。

 

「だったら私がお姉ちゃんに話を付けてきてあげる! お兄ちゃんの心の中を読んで欲しいってね!」

「お前が?」

「うん、私が!」

 

 ますます得意気な様子が強くなるこいし。自分でも役に立てる事が見つかって、鼻を伸ばしたいのだろうか。

 確かに願ってもない提案である。古明地さとりがどんな人物なのかは知らないが、いきなりこちらから押し掛けても素直に要求を呑んでくれるとは限らないだろう。こいしがアポイントメントを取ってくれると言うのなら、こちらとしてもありがたい。

 

「そうか。ありがとう、こいし。そうしてくれると俺達も助かる」

「うん! えへへ……!」

 

 頭を撫でて礼を言うと、こいしはくすぐったそうに笑顔を零した。

 

「それにしても、さとりの力を借りるって事は次の目的地は地底って事になるのね……。何だかまたメンド―な事になりそうな予感がするわ……」

「面倒?」

「そう、面倒。地上と地底じゃ、色々と勝手が違うのよねぇ」

「……違うのか?」

「ええ。最近はだいぶ緩くなってきたけど、元々妖怪同士の不可侵条約なんてあったみたいだし」

 

 曰く。地底──または旧地獄とも呼ばれるそこは、地上から追いやられた訳アリ妖怪が巣食う地帯であるらしい。人間どころか地上の妖怪に対しても反抗的な存在が多いらしく、一歩足を踏み入れればその喧騒に巻き込まれる危険性が非常に高いとの事。

 要するに、幻想郷屈指の危険地帯だという事だ。二年ほど前のとある『異変』を境に地上との交流もだいぶ増えてきたらしいが、それでも地底そのものが危険地帯である事に変わりはない。

 

「特に鬼が厄介よね。アイツら血の気が多いったらありゃしないんだから」

「……そうでしょうか? 情が厚い方も多いと思うのですが……」

「確かにそんな一面もあるかも知れないけど……。でも基本的に頑固で融通が利かない連中が多いでしょ、アイツら」

「……まぁ、確かに霊夢さんのようなタイプとは馬が合わないのかも知れませんが……」

 

 鬼。そう言えば地上ではそのような妖怪を見かける事はなかったのが、どうやらその大半が地底で文化を築いているらしい。地底には旧都と呼ばれる巨大都市があるようなのだが、その旧都を築き上げたのは他でもない鬼という種族だとのこと。つまるところ、地底の支配者と言ってしまっても過言ではない存在だ。

 中々どうして、地上とはまた違った雰囲気の世界が広がっていそうな話である。幻想郷は、まだまだ進一の知らない事ばかりだ。

 

「ま、その辺の面倒事は妖夢に頑張って貰うしかないわね。あの子、前にも地底に行った事あるみたいだし」

「……その口振りから察するに、霊夢はついて来ないのか?」

「……何? 私についてきて欲しいの? 浮気?」

「何でそうなるんだよ……」

 

 単純に、今回は行動を共にしていたから少し気になっただけだ。恐らくそれは霊夢も察しているのだろうが、それでも突っかかってくる辺り茶化しているのだろうか。

 まぁ、進一も進一で霊夢に対して遠慮がなくなってきているし、お相子と言えばお相子なのだが。

 

「私としてもついて行きたいのは山々だけど、でもこっちはこっちで片付けなきゃならない事があるのよね」

「……片付けなきゃならない事?」

「霍青娥とかいう邪仙の事よ。いい加減、そっちも何とかしないと」

「あー……」

 

 成る程、そういう事か。

 霍青娥。神霊騒動の裏で何らかの暗躍をしていた、と思われる謎の人物。彼女は二年前に発生した妖夢のタイムトラベルにも密接に関わっていたらしい。であるのなら、今回のタイムトラベルに関しても何らかの情報を持っている可能性はある。

 故に彼女の足取りを追う事は、二つの意味で有意義である。神霊騒動の完全決着と、そしてタイムトラベルの謎。その二つを解明できる立場に霊夢が立っていると言うのなら、ここで取るべき最適な行動は一つしかないだろう。

 

「私は引き続き霍青娥の足取りを追いかけてみようと思う。魔理沙や早苗も動いてはくれているみたいだけど……。でも実際、状況はあまり好転してないしね」

「……足取り、掴めてないんだよな」

「ええ、耳が痛い事にね。まったく、ここまでかくれんぼが上手い奴なんて初めてよ……」

 

 霊夢の言う通り、霍青娥の捜索に関しては芳しくないと言わざるを得ない状況である。神霊騒動から既に幾ばくかの日数が経過しているが、未だに足取りは掴めない。それどころか、あちらから何かを仕掛けてくる気配すらないのである。

 ここまで来ると不気味だ。早急に、何らかの手掛かりを掴まなければならないだろう。

 

「という訳で、進一さんに関しては妖夢に任せるわ。その間に、私も出来る限りの事はやってみるつもりよ」

「……ああ。そうだな、頼む」

「はーい! はいはい! 私もいるよ!」

「あー……うん、まぁそうね。あんたにも進一さんのこと任せるわ、こいし」

「うん! もうどーんと任せちゃってよ!」

 

 イマイチ状況を理解出来てない様子のこいしだったが、軽くあしらうような口振りで霊夢が対応すると実に得意気な様子になる。容姿相応の子供っぽい反応である。

 しかし、こう見えて彼女だって覚妖怪。しかも命蓮寺に通って修行しているという事は、地上と地底を頻繁に行き来しているという事である。そういう意味では、確かに今回において彼女の立場は非常に有益なのかも知れない。

 

「では、次に進一さん達が向かうのは旧地獄の地霊殿で決まりですか?」

「そうだな。まぁ、その前に一応閻魔様の許可を貰わなければならんのだが……」

「そうですか……。すいません、貴方の記憶喪失に関して私では直接お力にはなれなそうですが……。それでも、上手くいく事を陰ながら祈っております」

「……ああ。ありがとう、白蓮さん」

 

 白蓮が背中を押してくれる。

 旧地獄──地底という未知の世界に対して期待と不安は半々だが、それでも臆する訳にはいかない。折角ここまでお膳立てしてくれたのだ。地底で何が待ち受けていようとも、せめてどんと構えられるくらいの心持ちは表明しなければ。

 

 方針は決まった。

 

 あとは、行動に移すだけだ。

 

「妖夢もそれで良いのよね? ……妖夢?」

 

 一先ず話を纏めてしまおうと、そんな様子で霊夢が妖夢へと声をかける。

 ──そう言えば、さっきから妖夢はあまり会話に入ってきてなかったように思える。霊夢や白蓮達の間だけで話はどんどん進み、ある程度の方針も固まって。それに対して妖夢は殆ど意見を挟んでいなかったのだが、彼女も納得してくれたのだろうか。

 

 気になって進一もまた妖夢へと視線を向ける。

 与えられた座布団の上。姿勢は正座。両手は膝の上に重ねて、まるでお手本みたいに背筋をピンッと伸ばした綺麗な姿勢で。

 けれども、()()()()が幾つか。

 浮かべる表情。そして漂わせる雰囲気。身体をぷるぷると震わせて、口をぱくぱくと開閉させて。壊れたロボットか何かを彷彿とさせるような様子で、彼女は頻りに呟き続ける。

 

「え、えっちな、事、い、いい、いっぱい……? し、しし、進一さんと……!?」

「いやあんたはいつまでそれ気にしてんのよ!?」

 

 ──何だかちょっぴり不安感が増したような気がする進一なのだった。

 

 

 *

 

 

 それから数日後。閻魔様の許可も貰って、こいしによるアポイントメントも成功したとの報告を受けて。進一と妖夢は、こうして旧地獄へと足を運ぼうとしている訳である。

 

 地底へと続くらしい横穴を覗き込んでみる。ゴツゴツとした岩で覆われた洞窟の内部からは冷たい風が音を立てて流れ込んできており、耳に残る何とも気味の悪い印象である。中は薄暗いが不思議と視界は悪くないようで、意外と奥の方まで見渡す事が出来るようだ。

 光源らしいものは見当たらないのに、この視界。一体、どういう原理なのだろう。やはり魔力だとか、妖力だとか、そういった摩訶不思議な力が働いているのだろうか。

 流石は旧地獄の入り口、と言った所である。既に未知なる魔境を印象付けられる雰囲気で一杯だ。

 

「……奇妙な洞窟だな」

「ま、まぁ、地上と地底を繋ぐ連絡通路のような役割の洞窟ですから……。一応、整備はされているみたいですよ……」

 

 そう説明する妖夢の口調は、相も変わらず若干震えている。どうやら怯えが収まらないらしい。

 一体、何をそんなに怖がっているのだろう。中は思ったより暗くないようだし、これなら例えば冥界の夜よりも明るいくらいだと思うのだが──。

 何にせよ、こんな所でいつまでも立ち往生をしてはいられない。今日のプランでは、一先ず地底の旧都にてこいしと合流し、彼女と共に地霊殿へと向かう手はずになっている。放浪癖のあるらしいこいしをいつまでも待たせてしまうのも心配だし、早く向かうのに越した事はないだろう。

 

「さて、と。それじゃあ早速、地底へと……。ん?」

 

 ──と。進一が洞口へと足を踏み入れようとした、丁度そのタイミングであった。

 何かが、進一の鼓膜を刺激する。

 

「……へっ!? ど、どうしたんですか、進一さん……!?」

「……いや。何か、足音が聞こえたような気がして」

「足音ッ!?」

 

 妖夢はやたらとビビっているが、しかし大した事はない。足音と言っても、聞こえてくるのは洞窟の中からではなく進一達の後方。つまり丁度進一達がここまで歩いてきた道のりからである。一瞬気の所為かとも思ったが、しかし改めて耳を澄ませるとやはり足音は聞こえてくる。パタパタ、パタパタと地面を蹴るような不規則な音。数は恐らく二、三人。

 大方、進一達以外で地底に用がある者達なのだろう。かつて、妖怪達の間では地底と地上の不可侵条約なるものもあったらしいのだが、昨今ではある程度自由な往来も認められている。そこまで頻繁ではないしにろ、こうして人通りがあってもおかしくはないはずだ。

 

「落ち着け妖夢。ただの人通りだ。別にお化けとかじゃないと思うぞ」

「ほ、本当ですか……?」

 

 進一は頷いてそれに答える。

 まぁ、人通りとは言っても恐らく人間ではなく妖怪の類なのだろうが。と言うか、妖怪ならば殆どお化けのようなものなのではないだろうか。妖夢の中での“お化け”の定義が、未だによく分からない進一である。

 

 妖夢を落ち着かせた後に、進一はおもむろに振り向いてみる。

 まず目に入ったのは人の姿。思った通り、人数は三人である。森林地帯の奥の方から、こちらに歩いてくる様子が見て取れる。

 三人組の少女である。服装は三人とも似たり寄ったりで、決定的に違う点は色合いくらいか。黒と、ピンクと、赤。何だか見覚えのあるような配色の少女達で──。

 

「……いや。ちょっと待て」

 

 ──ピンときた。

 それと同時に、三人のうち一人の少女もこちらの存在に気付いたらしく、

 

「あっ! あー!」

 

 そう声を上げるや否や、パタパタとこちらに駆け寄って来た。

 ふんわりとした印象の明るい水色の髪。少したれ目気味の瞳。身に纏うのは薄ピンク色の衣服。そしておっとりとしてそうな外見とは裏腹に、このテンションが高めの声調。ちょっと話した程度であるはずなのに、進一の脳裏にも強烈な印象として残っている。

 

「白玉楼の庭師さんとその彼氏さんだー! こんな所で会うなんて奇遇だねっ!」

「えっ……? め、メルランさん、ですか……!?」

 

 元気いっぱいな声を聞いて、妖夢も彼女の正体に気が付いたのだろう。そんな確認を取りながらもおずおずと振り向いて、けれどもやっぱり驚いた表情を浮かべていた。

 それもそうだ。進一だって驚いている。まさかこんな所で、彼女達と出会う事になるなんて。

 

「ちょっとメルラン姉さん! 急に走り出して、一体何が……。あっ」

「……っ。なに? どうしてあなた達がこんな所にいるの?」

「それはこっちの台詞なんだがな……」

 

 メルランを追いかけるような形で、リリカとルナサも駆け寄ってくる。相も変わらずボソボソ声で喋るルナサに向かって、進一も自らの意見を示しておいた。

 そう。プリズムリバー三姉妹である。数日前、妖夢と共にライブも観に行った、あのプリズムリバー楽団その人達なのである。そんな三姉妹が今、進一達の目の前に現れている。正直、こんな所で彼女らと遭遇する事になるなんて想像すらしていなかった。

 

 お化けじゃないと分かったお陰か、妖夢の怯えも幾分か和らいできたらしい。狼狽もだいぶ落ち着いた様子で、メルラン達の前に出る。

 

「え、えっと……。どうして、プリズムリバー楽団の皆さんが、こんな所に……?」

「ふっふっふ……! よくぞ聞いてくれました!」

 

 食い気味に、メルランがそれに答えてくれる。

 

「私達プリズムリバー楽団は、人間も妖怪も問わず音楽で沢山の人達に笑顔を届けたいと日々思ってるんだよ! これまでは地上、そして冥界だけに留まってたんだけど、ゆくゆくは幻想郷全体に私達の音楽を響かせたいと思ってるんだ! だからこれは、その為の更なる躍進! プリズムリバー楽団にとって、すっごく貴重で重要な第一歩!!」

「え、えぇっと……?」

「もうっ、メルラン姉さん。そんな説明じゃ伝わらないと思うよ?」

 

 メルランの言っている事がイマイチ判らずに妖夢は首を傾げるが、見かねた様子でリリカが割って入ってくる。苦笑しつつも、彼女は一歩前に出て。

 

「私達、次は地底で演奏会を行う予定なんだ。前々から考えた事なんだけど、中々実現出来てなくてね……。でも、それが今回ようやく実現できたって感じかな」

「……成る程な」

 

 詳しい事情は知らないが、不可侵条約なる存在の事もあり、これまで地上と地底の住民は殆ど交流する事もなかったと聞く。今から二年くらい前にようやくその溝が埋まり始めたようなのだが、それでも微々たるものだったのだろう。何十年、ひょっとしたら何百年以上に渡って開いた溝は、そう簡単に埋まるものではないのである。例えプリズムリバー楽団が、地底に対して差別的な思想を持っていなかったとしてもだ。

 

「今もまだ、地上の住民の中には地底の住民にあまり良くない感情を抱いている人達だって沢山いる。その逆も似たような状況だって、そんな話も聞いた事がある。だから私達の音楽が、地上と地底の人達がしっかりと和解出来るような、そんな架け橋になれたら良いな……なんて。そんな大それた事もちょっぴり考えちゃってたりしてるんだ」

 

 口調は少し軽い印象だが、けれどもリリカは本気だ。それはきっと、二人の姉も同じ想いなのだろう。

 そんな彼女らの熱意が、多少なりとも伝わったという事なのだろうか。今回こうして念願叶って、地底でのライブイベント開催に漕ぎつける事に成功している。文字通り、彼女らの音楽が地上と地底の垣根を越えて幻想郷中に響き渡ろうとしている。

 

「……凄いですね、楽団の皆さんは。そんなにも立派な志を抱いて、音楽活動を続けてるなんて」

「あはは、まぁ私達もこれで結構楽しんじゃってるんだけどね。別のそんな、尊敬されるほどの事じゃないよ」

 

 謙虚な様子だが、実際彼女らの志はもっと胸を張っていいレベルだと進一も感じる。

 プリズムリバー楽団。彼女らの印象を、今一度改めなければならないなと、進一は密かに思った。

 

「ところで、お二人こそどうしてこんな所に? 地底に用でもあるの?」

「ああ……。まぁな」

 

 リリカに尋ね返されたので、進一は簡単に答えておく。訳あって地霊殿の主である古明地さとりに会いに行きたいのだと、そう伝えておいた。無論、タイムトラベルやら、その他諸々の『異変』については完全に伏せておいたが。

 

「何と! それじゃあ、目的地は私達と殆ど同じって事になるね!」

「……何だ? お前らも地霊殿に呼ばれているのか?」

「いや、私達は旧都の一角で演奏会を行う予定だよ。地霊殿は旧都の真ん中に建ってるみたいだし、そういう意味では確かに向かう方向は似通っているかもね」

 

 テンション高めなメルランに続き、リリカが説明してくれる。

 地霊殿は旧都の中央部分に位置する灼熱地獄跡の真上に建てられた洋館であるらしい。中々に気温的な立地条件が気になる場所ではあるが、ともあれだ。確かにメルランとリリカの言う通り、進一達とプリズムリバー三姉妹の目的地は、極めて似通っていると言える。

 

「それじゃあ、あれだね! 旅は道連れ何とやらって事で、途中まで一緒に行こうよ! みんな一緒の方が賑やかで楽しそうだし!」

 

 そんな中、やたらと楽し気な様子でメルランがそんな提案をしてきた。

 別に断る理由もない提案である。というか、寧ろこちらからお願いしたいくらいだ。人数が多ければ妖夢も多少は怖くなくなるだろうし、進一としても安心である。特に底抜けに明るいメルランが一緒ならば、この洞窟のおどろおどろしい雰囲気も相殺出来るというものだ。

 

「そうだな……。どうする妖夢? 俺は乗っても良いと思うが」

「え、ええ、そうですね……! 私も、異論はないです……!」

 

 コクコクと頷く妖夢。話は決まりである。

 

「判った。途中まで、お前達と同行させて貰っても構わないか?」

「うん、私達は大歓迎だよ。ルナサ姉さんもそれで良いよね?」

「……別に。好きにすれば」

「それじゃ、決まりだね!」

 

 ぴょこぴょこと飛び跳ねながらも、メルランは声高に宣言した。

 

「それじゃ、早速! プリズムリバー楽団ウィズ冥界の庭師さんとその彼氏さん! 地底の旧都に向けて、レッツゴー!」

 

 テンション高めなメルランに続くような形で、進一達は旧地獄へと続く縦穴に足を踏み入れるのだった。


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