桜花妖々録   作:秋風とも

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第62話「夢殿大祀廟」

 

 宮古芳香というキョンシーを退け、更に墓地の奥へと進む事数分。()()は、唐突に妖夢達の前に現れた。

 一言で表現するならば、巨大な洞窟である。墓地の最深部──他と比べても一際開けたそこの地面を穿つかのように、大きな穴がぽっかりと開いている様子が見て取れる。洞窟と言えば妖怪の山に佇む地底へと続くあの洞窟を真っ先に連想してしまうが、けれど目の前にあるそれは地底への洞窟とは違って強烈な()()()を醸し出していた。

 

 この感覚、見覚えがある。

 肉体的ではなく、精神的に何かが刺激されるような感覚。そしてその刺激により頭の中に霞が出来始め、そして状況を理解するよりも先に奇妙な納得感を植え付けられてしまう。

 ボサッとしていると、少しずつだが飲み込まれてしまいそうだ。否が応でも丸め込まれ、意識が徐々に逸らされる。ここには何もないのだと、そう錯覚させられる。

 

 この感覚は。

 

「結界……?」

「……ああ。らしいな」

 

 妖夢の呟きに対し、それに答えるような形で魔理沙は頷く。

 そう。この感覚は、論理的な結界を前にした時に似ている。肉体的ではなく精神的に作用し、結界の範囲内に入った者達の意識を自然な流れで支配する。論理的な結界の基本的な効力だ。

 けれど妖夢達はそんな効力に捕まっても尚、こうして結界の内側へと侵入できてしまっている。それどころか、結界の存在を何となく認識出来てしまっている。

 

 この要素が意味する事は、即ち。

 

「この結界、だいぶガバガバみたいね。……いや、誰かが効力を解いたのかしら?」

 

 周囲を見渡しつつも、霊夢が呟く。

 そう。最早この場に結界だと言えるものは残っていない。こうも簡単に内側に侵入できてしまっている時点で、それは既に結界としての役割を放棄していると言える。

 強いて形容するのならば、これは結界の残りカス。あくまで痕跡のようなものが残っているだけに過ぎない。

 

「効力を解いた……? 誰かが封印を破ったって事でしょうか?」

「その辺はまだはっきりとは断言できないわね。長い時間を経て勝手に封印が解けたって可能性もあるし」

「ま、少なくとも外側からぶっ壊されたって感じには見えないけどな。無理矢理破られたというよりも、抑えきれなくなって()()()って感じに見えるぞ」

 

 早苗達のやり取りを耳に入れながらも、妖夢も一度周囲を見渡す。

 結界に関してはそれほど詳しくはない妖夢だが、それでも何となく察する事くらいなら出来る。確かに外部から力を加えられたようには見えないし、どちらかと言うと内側から()()()()()()ような印象を受ける。

 

 この様子は、まるで──そう。

 封印されていた本人が、自らの意思で眠りから目覚めたかのような。

 

「白蓮さんは、この地に眠っている危険な何かを封じる為にここに命蓮寺を建てたんだよね? でもこうして封印が解かれているという事は……」

「十中八九、力不足で完全に封じる事が出来なかったんでしょうね。まったく、やるならもっと完璧にやって欲しいもんだわ」

「けど白蓮だって相当の手練れだぜ。そんなあいつでさえも封じ切れなかったって事は、かなりヤバい奴が眠ってたんじゃないか?」

 

 魔理沙の懸念も分かる。

 聖白蓮という女性は、幻想郷では魔法使いに分類される。魔法使いと一口に言ってもその実態は多岐に渡り、彼女の場合は仏法を極めた末に身につけたものである。

 そんな白蓮の魔法技術は、幻想郷の中でも高水準である。特に彼女が得意とする肉体強化系の魔法に関しては、他に追随を許さないレベルだと聞いている。結界や封印に関しては肉体強化系とはまた別の魔法であるが、それでも彼女が一流の魔法使いである事に変わりはない。

 

 それほどまでの力を持つ白蓮でさえも、完全に封印する事が出来なかったのだ。

 実は封印系の魔法が極端に苦手だった、と言われればそれまでなのだが──。幾ら何でも流石にそれだと極論過ぎる。そもそも本当に苦手であるのなら、この期に及んで隠したりなどしないだろう。彼女はそこまで無責任な女性ではない。

 

 やはり気を緩めるべきではない。

 この先にいるとされる異変の黒幕は、魔理沙の言う通りかなりヤバい奴である可能性が高い。

 

「ま、ここであれこれと考え込んでても仕方ないでしょ。さっさと行くわよ」

 

 霊夢の一声をきっかけに、妖夢達は洞窟へと身を投じてゆく。不信感は拭い切れないが、彼女達の動きに迷いはなかった。

 

 地面にぽっかりと開いた穴を潜り、ゆっくりとその奥地へと進んでいく妖夢達。入口こそ大きくはなかったが、少し進むとかなりの広さの空間に辿り着く事ができた。

 洞窟であるが故、四方八方は岩壁に囲まれている。けれどもどうやら自然にできた洞窟という訳ではなさそうだ。地底程ではないにしろ十分に広いその空間は、岩壁に人の手が加えられたかのような形跡も確認できる。流石に“常識的な”人の手だけで掘られた訳ではないだろうが、洞窟の形成に何らかの意思が介入している事は明らかである。

 

 そして何より、気になるものが一つ。

 洞窟の奥地。集まった神霊達が淡い光を放っている為に、ここからでもはっきりと認識する事が出来る。

 それは、巨大な建造物だった。

 

「…………っ」

「こ、これは……」

 

 息を呑む妖夢の横で、思わずといった様子で早苗はそう呟く。

 洞窟の奥地。そこに建てられた巨大な建造物は、塔を彷彿とさせるような形状をしている。巨大な地下空間の天井近くまで伸びているそれは、得も言えぬ物々しさを醸し出しているようにも感じた。

 間違いない。神霊達は、あの建造物へと集まって──いや、引き寄せられている。あの建造物から放たれる奇妙な()()が神霊達を刺激し、意識の有無に関係なくその行動をある程度掌握してしまっているようだ。

 

 けれどそこに黒幕の意思が含まれているのかと言われると微妙な所だ。神霊達の出現パターンから考えて、やはり真の目的が神霊の収集であるとは考えにくい。

 神霊達はあくまで勝手に集まって来てしまっているように思える。この物々しくも、どこか神聖な感覚に中てられて──。

 

「こりゃまた随分とデカいのが出てきたな……。あれは……墓か?」

「……多分ね。気持ち悪いくらいに霊気が充満しているこの感じ……。命蓮寺の他の墓とは根本的に違うみたいだけど」

 

 肩を窄めつつも、霊夢が魔理沙に答える。

 彼女の感覚にはおおむね妖夢も同意である。確かにあれは巨大な墓の一種であるようなのだが、それにしてはあまりにも生気に満ち過ぎているように思える。

 物々しい。けれども禍々しい訳ではない。確かにこれは、あまり妖怪らしくない雰囲気だ。

 

 だとするのならば。

 白蓮の言っていた通り、本当に妖怪と敵対する存在がこの先に眠っていたのだと言うのだろうか。

 

「……取り合えず、行ってみるんですよね?」

「だな。どんな奴が眠ってるのか、俄然興味が湧いてきたぜ」

「あまりメンド―なヤツじゃなきゃいいんだけど」

 

 何にせよ、こんな所でオドオドしている場合ではない。相手がどういった人物かなんて、直接対面すれば嫌でも分かる事だ。それならさっさと向かってしまった方が良い。

 

 集まり続ける神霊達に続くような形で、妖夢達もまた巨大な墓へと近づいてゆく。

 周囲を見渡すと、目に入るのはやはり神霊達の姿ばかりだ。相も変わらず妖夢達には目もくれず、一心不乱に墓へと向かっているようにも見える。常に淡く光り輝いているので日の光が届かない洞窟内では一定の光源となってくれるのだが、やはり見れば見るほど気味の悪い光景である。

 

 この神霊達の正体は欲望が具現化した小神霊だ。当然ながら神様となれるような霊等ではなく、どちらかと言うと生霊に近い。それはこうして触れた感覚からもほぼ確実であると言える。

 しかし、だとすると解せない点がある。欲望の具現化であるのなら、それこそもっと欲望の赴くまま好き勝手に行動するはずなのだ。にも関わらず、ここまで安定感のある統率の取れた行動。まさかこの先にいるとされる人物は、欲望すらも掌握する事が出来るのだろうか。

 

(……それに)

 

 この洞窟に入ってからというものの、些か周囲が静か過ぎるのではないだろうか。墓地には妖精の姿も確認できたし、何より宮古芳香というキョンシーまでもいた。けれど洞窟の内部には、今ところ神霊達の姿しか見受けられない。

 あんな番人まで置いていたのにも関わらず、中はこんなにも手薄なのか? そんな馬鹿な事が──。

 

(いや……)

 

 そこまで考えた所で、妖夢の脳裏に一つの違和感が生じる事となる。

 そう。やはり、何かがおかしいじゃないか。あんなにも好戦的なキョンシーを配置していたのにも関わらず、こうも簡単に侵入を許してしまうものなのか? 本当に立ち入ってほしくないのなら、結界なり何なりをもっと多重にかけておくものなのではないのだろうか?

 いや、それ以前に。

 宮古芳香というあのキョンシーは。

 

 あんなにも、弱かったのだろうか?

 

「…………っ」

 

 そこまで考えた辺りで、唐突に霊夢が飛翔を止めて空中で立ち止まる。

 まるで、妖夢と同じ違和感を覚えてしまったかのように。腕を組み、表情を曇らせ、そしてキョロキョロと周囲を見渡し始めて。何かを考え込むような仕草を見せれば、当然魔理沙は怪訝に思う。

 

「霊夢? どうかしたのか?」

「……ええ。ちょっと、ね」

 

 そして霊夢は振り返る。魔理沙を見て、早苗を見て。そして最後に、妖夢へと視線を向けると。

 

「妖夢。さっきのキョンシーの事なんだけど……」

 

 

 ──と。彼女がそこまで口にした、その次の瞬間。

 

 唐突に、轟音が響いた。 

 

「ッ!?」

「なにっ……!?」

 

 鼓膜に直接叩きつけられるかのような爆音。骨の髄まで響き渡るかのような轟音。空気を激しく震動させ、身体中をつんざくかのような爆発音。そして激しい発光。

 最も近いのは雷だ。この周辺に、突然雷が落ちてきたかのような。そんな感覚。

 

 ──いや、比喩などではない。本当に、雷が()()()のだ。

 四方八方を硬い岩壁で覆われた、洞窟内であるはずなのに。

 

「きゃあ!?」

 

 悲鳴。これは、早苗の声だろうか? あまりにも音と光が激しすぎて、上手く判別する事が出来ない。

 一瞬の出来事だ。けれどそれは、妖夢の視覚と聴覚を麻痺させるのに十分過ぎる程の威力を誇っていた。キーンという耳鳴りと共に視界が白く塗りつぶされ、一瞬だけ音も何も聞こえない真っ白な空間に放り出されたかのような錯覚に陥る。

 

 けれど妖夢だって、伊達にこれまで鍛錬を続けてきた訳ではない。激しい轟音と発光をまともに受けたとは言え、視覚と聴覚の麻痺など本当に一瞬の出来事だ。軽く頭を振るって耳鳴りを強引に抑え込み、そして妖夢はその視界を紅く染め上げる。

 狂気の瞳による魔力の増強。そして視覚の補助。鈴仙との鍛錬の末に身につけた技術の一つである。これにより、妖夢はすぐさま視覚を回復させる。

 

「まったく……」

 

 呆れた口調で声を漏らしたのは魔理沙だ。回復した視覚で前方の確認を行うと、帽子のつばを抑えた魔理沙が、ミニ八卦炉を掲げる様子が見て取れる。どうやら咄嗟に魔力を放出させ、唐突に襲い掛かってきた脅威を相殺したらしい。視覚や聴覚が麻痺したような様子が見て取れない事から、彼女は事前に何らかの対策を講じていたのだろうか。

 普段から害悪な環境であるはずの魔法の森で生活している魔理沙の事だ。咄嗟の判断力ならば、霊夢の勘にだって負けない。

 

「どうやら、相当好戦的な奴が出てきたみたいだぜ」

 

 ニヤリと不敵な笑みを浮かべつつも、魔理沙はそんな事を口にする。彼女の視線の先──洞窟の上部へと視線を向けると、そこには神霊達とは違う少女の姿が確認できた。

 一体、いつからそこにいたのだろうか。

 薄緑色のボブヘア。頭に被る黒い烏帽子。そして深藍色のワンピースタイプの衣服。そんな彼女の周囲には、未だにバリバリと電撃が走っている。どう見ても雷を落とした張本人である。

 

 そして何より気になるのが、少女の下半身。ワンピースの裾から覗かせるそこには──。

 ──足が、見当たらないのだ。

 

 強いて形容するならば、妖夢の半霊にも似ている。ふよふよとした何かが、足の代わりにそこに存在しているように見えた。

 分かりやす過ぎる身体的特徴。足のない、半ば霊体化してしまっている下半身。放出される強大な霊力。そしてそんな霊力で形作った、激しい雷。

 

「あの人……!」

 

 ──亡霊だ。

 

「ったく。まさか本当にアイツの言った通りになるとはな……」

 

 突如として現れた雷を操る亡霊少女は、不機嫌気味な表情を浮かべつつもそう独りごちる。何の事を言っているのか妖夢達にはさっぱりだが、それでもはっきりとしている事が一つある。

 この雰囲気、少なくとも穏便に事を運ぶのは難しそうだ。この少女、初っ端からこちらと敵対する気満々である。

 

「おいおい、いきなり雷を落とすなんて危ないじゃないか。私じゃなきゃ大怪我してた所だぜ?」

 

 軽い口調で、魔理沙が少女へと声をかける。けれど彼女の表情は相変わらず険しいものである。

 明らかな拒絶感。なぜこんなにも敵意剥き出しなのだろう。

 

「おいお前ら、この先の夢殿大祀廟に向かうつもりなんだろ? 目的はなんだ?」

 

 ようやく彼女はこちらに向けて言葉を発してくる。中々どうしてガラの悪い印象を受ける少女だ。不良か何かなのだろうか。

 

「へぇ、夢殿大祀廟って言うのか。なに、ちょっとお邪魔するだけだぜ。こんなにも意味ありげな墓を前にすれば、誰だって好奇心が刺激されるだろ?」

「ふざけんな。そんな見え透いた誤魔化し何て求めてねーんだよ。大方、あの人に危害を加えるつもりなんだろ?」

「……あの人?」

 

 思わずと言った様子で、魔理沙がオウム返しする。

 あの人、とは誰の事を示しているのだろう。この異変の黒幕か、それとも──。

 

「……ま、当たらずと雖も遠からずって所かしら? そいつが危険な奴だってんなら、私は容赦なくぶっ飛ばすつもりだけど」

 

 背を向けていた為に雷の閃光から逃れていた霊夢が、割って入るような形で亡霊少女へと言葉を投げかける。この反応から察するに、どうやら霊夢は轟音の影響もあまり強く受けていないようだ。流石は博麗の巫女、と言った所か。

 因みに、早苗は未だにフラフラとしている。まだ余韻が残ってしまっているらしい。

 

「危険だと……? お前らまさか、あの妖怪僧侶達の仲間か何かか?」

「……それって白蓮の事? 少なくとも私は違うわよ。アイツはどちらかと言うと商売敵って感じね」

 

 それは、宗教的な意味でという事なのだろうか。

 

「で? あんたこそなんなの? ……ひょっとして、霍青娥って奴の仲間だったりする?」

「…………っ」

 

 そんな流れで霊夢が少女へと訊ねると、彼女は露骨に嫌悪感を表情にあらわす。

 舌打ち混じりに、彼女は訊ね返してきた。

 

「……その名前、芳香から聞いたのか?」

「うん? あぁ……ま、そんな所ね」

 

 ちらりと妖夢を一瞥した後に、霊夢は適当気味にそう答える。妖夢が霊夢達に話したのは、自分が知り得る限りの霍青娥に関する情報だけ。それほど踏み込んだ所までは説明してないのだ。当然ながら、未来の世界については完全に伏せている。

 けれどそんな不明瞭な状況でも、霊夢はあまり追求してこなかった。

 やはり、彼女なりに気遣いをしてくれているのだろうか。

 

「……正直、アイツの事は気に食わねぇ。何を考えてんのか分かんねーし、いつも人を食ったような態度をしやがって……。でも」

 

 すると少女は、何やらバツの悪そうな表情を浮かべ始める。まるで、何かに囚われているかのような。まるで、どこかで迷っているかのような。そんな複雑な感情を僅かに滲ませつつも、少女は答えた。

 

「あの人は、それでもアイツの事を信用してるんだ。だったら私も、従うしかないじゃないか」

 

 バチリと、再び少女の周囲に雷が走る。

 雷を操る能力といえば、亡霊──特に怨霊が得意な能力だが、この少女はそれに近い存在なのだろうか。けれど彼女の場合、こうして目の当たりにしても怨霊特有の()()()()を殆ど感じ取る事ができない。少なくとも、激しい怨みや妬みを抱いている訳ではないように思える。

 けれどだとしたら、彼女の行動原理は何だ?

 なぜ彼女は、亡霊として顕界に縛り付けられているのだろう。

 

「……あの、あなたは亡霊なんですよね?」

「ああ。……不本意ながらな」

 

 妖夢が訊ねると、即肯定の言葉が返ってくる。少なくとも、彼女は自らの状態を理解はしているらしい。

 

「だったら……なぜあなたは成仏していないのです? 何か未練が残されているのですか? それとも……」

「そんな事、お前に話して何になる?」

「それは……」

「言っとくけどな、私は別にこの身体に対して不満を持ってる訳じゃねーよ。ま、確かに()()()()の所為でこんな身体になっちまった訳だけど……。でも意外と便利だしな、これ」

 

 ますます雷を強めながらも、少女は吐き捨てるように言う。

 

「話は終わりだ。お前らをこの先に行かせる訳にはいかねぇ。ここで撃退させてもらうぞ」

 

 予想はしていた事だが、やはり詳しい事は話してくれないか。

 妖夢は息を呑む。ここまで自在に雷を操れるという事は、この少女は相当強い力を持った亡霊という事になる。当然ながら、小神霊や妖精達のように一筋縄ではいかない相手だ。最早穏便に事を運ぶのは不可能であろう。

 やるしかないのだろうか。

 

「ふんっ。撃退って……あんた状況分かってる? こっちは四人もいんのよ? あんた一人だけでどうこうできるとは到底思えないんだけど」

 

 煽り口調で、霊夢がそんな事を言う。

 確かに状況はこちらが圧倒的に有利だ。幾らこの少女が強力な力を持つ亡霊なのだとしても、この人数を相手にするのは流石に無理があるのではないだろうか。あまりにも分が悪すぎる。

 だけれども。それでも彼女は、それがどうしたと言わんばかりに言い捨てる。

 

「お前こそ、私の事を侮ってるんじゃないのか?」

 

 すると再び、バチリと一筋の電撃が走る。瞬きの間の短い閃光と共に放出されたそれは、文字通り目で追えぬ程のスピードで霊夢の側面を駆け抜けていた。

 直後に響く衝撃音。放出された電撃は洞窟の岩壁に着弾。岩盤を砕いて、その破壊力を誇示する。

 

 威嚇射撃。それを放った亡霊少女は、今も尚不機嫌気味な表情を浮かべていて。

 

「私は『雷を起こす程度の能力』を持っている。人間がこいつをまともに受ければひとたまりもないぞ」

「……安っぽい脅しね。その程度で屈するとでも思われてんなら心外だわ」

 

 肩を窄めつつも、霊夢は飄々とした様子で言い返す。確かに雷は厄介な攻撃手段だが、これまで幾つもの異変を解決してきた霊夢にとってそんなものは恐怖の対象とは成り得ないらしい。確かに普通の人間が食らえばひとたまりもないだろうが、けれど霊夢は博麗の巫女である。そもそも食らう事すらない。

 

「ふん。本当に安っぽいかどうか……試してみるか?」

「へぇ……私とやり合おうって言うの? 面白いじゃない」

 

 そして漂い始めるのは一触即発の雰囲気。霊夢と亡霊少女の間にバチバチと火花が散り始め、互いに臨戦状態を取り始める。

 糸を張ったような緊張感。一時の静寂。重苦しい雰囲気が周囲に漂い始め、息をするのさえも忘れそうになってしまう。まさに嵐の前の静けさ。いつ再び霊力が爆発し、そのまま弾幕ごっこに発展してもおかしくない雰囲気だ。喧嘩っ早い霊夢なら、先に仕掛ける事だってあり得る。

 

 まったく、つくづく厄介な少女に会ってしまった。異変の黒幕がすぐそこにいるのかも知れないのに、こんな所で足止めを食らってしまうなんて。

 

 ──そう、思っていたのだけども。

 

「……まぁ、でも」

 

 その次の瞬間、博麗霊夢は全く予想外の言葉を口にする事となる。

 

「そうね。今回はあんたの脅しに乗ってあげる」

「……っ。は……?」

 

 間の抜けた声は亡霊少女のものだ。霊夢が突然口にした言葉の意味を呑み込む事が出来ず、彼女は思わずぽかんと呆けた表情を浮かべている。

 ──いや、状況が呑み込めていない亡霊少女だけじゃない。

 魔理沙も妖夢も、そしてようやく立ち直った早苗もまた、揃いも揃って困惑の表情を浮かべている。

 

 今回は脅しに乗ってやる。

 そんな事を口にした博麗霊夢の真意とは、一体──。

 

「……何よその間の抜けた顔。あんたの脅しに乗ってやるって言ってんのよ? 感謝しなさいよね」

「い、いや、待てよ。それってどういう意味だ?」

「はぁ……理解力ないわねぇあんた。だから、あんたはこれ以上先に進んで欲しくない訳でしょ? だったら引き返してあげるって言ってんのよ」

「お、おいちょっと待て霊夢!」

 

 割って入ってきたのは霧雨魔理沙だ。当然ながら、彼女も納得できないような表情を浮かべていて。

 

「わ、私だって訳分かんないぞ!? どうしたんだよ急に! まさか怖気付いたって訳じゃないんだろ……?」

「いや、だって何かもう面倒くさくなっちゃって。変な亡霊には絡まれるし」

「そ、そんなの今更だろうが……」

「ああ、もうっ。あんたもうっさいわね」

 

 そこで霊夢は大きく魔理沙へと接近する。困惑を露わにする魔理沙の肩へと、ポンッと手を置いて、

 

「────っ」

 

 ()()()()()()()()

 

(えっ……?)

 

 妖夢の位置から分かるのは、霊夢が魔理沙へと何らかの言葉を告げる様子だけだ。幾ら聞き耳を立てようとも、話の内容までは全く聞こえてこない。

 けれど霊夢の言葉を聞いた途端、魔理沙の表情が変化した事も事実だ。

 彼女は一瞬だけ目を見開くと、表情に浮かべる感情を困惑から納得へと切り替えて。

 

「……ったく」

 

 そして呆れ気味に、彼女は言い返す。

 

「お前も大概、勝手な奴だよな……」

「……何とでも言いなさいよ」

 

 乱暴にそれだけを言い残し、霊夢はさっさと踵を返してしまう。どうやら本当の本当に、先程宣言した通りの行動に移るつもりらしい。

 

「それじゃ、あとはどうぞご勝手に」

 

 そのまま気だるげに手を振ると、彼女は飛び去って行ってしまった。

 妖夢は未だに困惑する。はっきり言って、何が何だか意味が分からない。なぜ霊夢は急にあのような態度を取り始めたのか。彼女は魔理沙に何を告げたのか。そしてなぜ、一人だけでどこかへと飛び去って行ってしまったのか。

 一体、彼女は。

 何に()()()()のだろうか。

 

「ケッ……何だよ。散々啖呵を切っておいて、意外と大した事ないんだな。ガッカリだ」

「おっと、私の事も忘れて貰っちゃ困るな。まだ喜ぶのは早いんじゃないか?」

 

 吐き捨てるように口にする亡霊少女へと向けて、再び不敵な笑みを浮かべた魔理沙がそう声をかけている。気だるげな様子で立ち去って行ってしまった霊夢とは対照的に、彼女はやけに好戦的な様子であった。

 

「霊夢は霊夢、私は私だ。霊夢が何をどうしようとも、私は引き下がるつもりなんてないぜ?」

「……ふんっ」

 

 亡霊少女は鼻を鳴らすと、

 

「それはこっちの台詞だ。相手が誰であろうと、ここを通すつもりはねぇ」

 

 結局状況はあまり好転していない。相も変わらず亡霊少女は好戦的であるし、魔理沙も魔理沙でやけに乗り気である。霊夢の取った行動についても謎が残ったままであり、そういう意味では状況は悪くなったとも言える。

 さて、どうするか。三人がかりで亡霊少女を突破するか、それとも──。

 

「……おい妖夢、早苗。一つ提案してもいいか?」

 

 そこで不意に、小声で魔理沙が声をかけてくる。妖夢と早苗は揃って耳を傾けた。

 

「あいつの相手は私一人が引き受ける。だからお前らは隙を見て先に向かってくれ」

「え……? 魔理沙さん一人でですか? でも……」

「おっと、拒否権はなしだぜ」

 

 早苗の言葉を遮るかのように、魔理沙は続けた。

 

「……色々と気になる事が増えたからな。時間はあまり残されてない」

 

 それだけを言い残し、魔理沙は再び亡霊少女へと向き直る。

 意味深な口振り。奇妙な緊迫感。果たして彼女は、霊夢に何を告げられたのか。そして彼女は、何を思ってそんな提案を持ち掛けてきたのか。

 よく分からない。判断材料が少なすぎる。けれど、それでも。

 

「おい亡霊! やり合う前にまず自己紹介だ。お前だって、名前も知らない奴にぶっ飛ばされるのは嫌だろ?」

 

 ミニ八卦炉に魔力を込めつつも、魔理沙は口にする。

 

「私の名前は霧雨魔理沙。普通の魔法使いだぜ」

 

 そして亡霊少女もまた、纏う霊力をますます強めて、

 

「そうだな。お前の台詞、そっくりそのまま返してやるよ」

 

 霊力を雷の塊へと変換させると、

 

「私は蘇我(そがの)屠自古(とじこ)だ」

 

 その激しい閃光により、周囲が眩く照らされる。

 

「しっかり記憶しておけよッ!」

 

 その言葉を引き金に、蘇我屠自古と名乗った少女は強大が雷を魔理沙目掛けて放出してきた。

 文字通りビリビリと肌に突き刺さる霊力。激しい熱量。そしてこの光。確かに彼女の霊力は、並みの亡霊や幽霊と比べても桁違いだ。気を抜いていると一瞬でやられる。

 

 けれど魔理沙は冷静だった。強大な雷を前にしても尚、彼女の表情は崩れない。少しの焦燥感すら抱かない。

 霧雨魔理沙は確かに人間だ。

 しかしそれと同時に、()()()()()()一面も持っているのである。

 

「恋符『マスタースパーク』!」

 

 素早く宣言されたスペルカード。瞬時に収束する魔力。魔力は膨大なエネルギーへと姿を変えて、極太のレーザーという形で八卦炉から放出された。

 防御や回避なんて考えない。極限まで攻撃に特化した魔法。霧雨魔理沙の十八番、恋符『マスタースパーク』。小型の八卦炉から放たれたと思えない程の出力を誇るそれは、屠自古の放った雷と真正面から激突した。

 

 激しい爆発。空気から伝わる衝撃。強大過ぎる二つのエネルギーは互いに互いを打ち消し合い、相殺する。後に残ったのは爆煙と轟音の余韻。立ち込める煙によって周囲の視界が悪くなり、未だに残る攻撃の余波が聴覚を鈍らせる。

 

「……ッ! 早苗! 行こう!」

「えっ……! よ、妖夢さん……!?」

 

 チャンスはこの一瞬しかない。

 魔理沙の提案を呑み込んだ妖夢は、早苗の手を引くような形で蘇我屠自古の突破を試みる事にする。まだ完全に納得をした訳ではないが、それでも理解はしているつもりだ。

 霊夢も魔理沙も、何か考えがあってそれぞれ行動している。ならば自分は、自分が出来る事を全うするまでた。

 

「くっ……! 逃がすかよッ!」

 

 しかし相手も、そう簡単に突破はさせてくれないだろう。

 妖夢達の動きを瞬時に把握した蘇我屠自古は、素早く霊力を籠め直して妖夢達へと雷を落とす。雷その物の移動速度は、光速と比べると遥かに遅い。けれどそれでも、単に霊力を放出するだけの弾幕と比べると、その弾速は桁違いである。

 

 しかし。

 

「はあっ!」

 

 それでも妖夢には()()()()()

 居合。素早く楼観剣を抜き放ち、霊力を籠めて一閃。金切り音にも似た鋭い音を響かせつつも、屠自古が落とした雷を弾き飛ばす。当然その電撃は大きく軌道を逸らされ、妖夢達への着弾は叶わない。

 

「な、何だと……!?」

 

 屠自古の表情に焦りが浮かぶ。まさかこうも簡単に弾かれるとは思ってもいなかったのだろう。予想外の展開に思考が一瞬停止して、あまりにも大きすぎる隙が生まれる。

 それを妖夢は見逃さない。楼観剣を鞘に納め、彼女は再び早苗の手を引いて飛翔を再開する。

 

「く、くそっ……!」

「おっと、待てって」

 

 慌てて屠自古が追撃を加えようとするが、今度は魔理沙がそれを阻止する。魔力による弾幕を放ち、屠自古が霊力を放出させる前に集中力を四散させる。

 流石の彼女でも、背後からちょっかいを出されると先程のような雷を放つ事は出来ないらしい。妖夢達への追撃はあえなく失敗に終わり、魔理沙から攻撃から身を守る事に専念されざるを得なくなる。

 

「お前の相手は私だろ? 余所見するなよなー」

「……っ! お前……!」

 

 飄々とした態度を取る魔理沙。それに対し、苛立ちが籠った口振りの屠自古。一度この状態に陥ってしまえば、蘇我屠自古の迎撃はこれ以上成功しないだろう。後は魔理沙に任せ、妖夢達は早いところここから離脱しなければならない。

 

「よ、妖夢さん……。行くんですか……?」

「うん、今は急ごう。色々と気になる事はあるけど、でも……」

 

 それでも。

 

「私達は、前に進まないと……!」

 

 この異変の手掛かりは、間違いなくこの先にあるのだ。

 だったら是が非でも、妖夢達はそこに辿り着かなければならない。

 

 

 *

 

 

 茨木華扇は嫌な予感を覚えていた。

 神霊騒動が始まってから数時間。既に霊夢達は行動を始め、異変解決に向かっている事は知っている。神霊達が集まっているのは、二年程前に人里の付近に建設された寺院──命蓮寺。それならばその寺院が怪しいと、そんな結論に辿り着くのは至極自然な思考である。華扇だって、少なくとも命蓮寺には何かがあると睨んでいる。

 

 だけれども。

 それだけでは、ないのだ。

 

 それは漠然とした感覚。この神霊騒動は、確かに異変として認識されている。故に放ってはおけないし、必ず誰かが解決しなければならないはずだ。それは分かっている。

 けれども。本当に、馬鹿正直に解決へと向かって良いのだろうか?

 命蓮寺とその付近が怪しいのは分かる。しかしそれと同時に、些か()()()()()ような気がしてきてしまう。まるで、周囲の目を()()()に集めようとしているかのような。

 

「霊夢達、上手くやれてればいいけれど……」

 

 華扇が降り立ったのは博麗神社の鳥居前だ。幻想郷の最東部──それも高台に建設されたこの神社からならば、幻想郷を一望する事が出来る。相も変わらず生まれ続ける神霊達は、やはり人里方面へと集まっているように見えた。

 巫女が不在の静かな神社。緊張感を高めつつも、華扇は一人考え込む。

 この光景。やはりどこか、微妙な噛み合わさが見て取れるような気がする。不規則的な神霊の“出現”。けれどある程度規則性のある神霊の“行動”。確かに神霊の出現は、何らかの要因による副次的な現象なのかも知れないが。

 

(……だとしても)

 

 その()()すらも、あくまで一つのピースでしかないような──。

 

「……ふぅ」

 

 そこまで考え込んだ所で、華扇は肩の力を抜く。

 流石に神経を張り詰め過ぎていたかも知れない。現時点ではあくまで感覚に過ぎないのだ。確実にそうであると、具体的な証拠がある訳でもない。

 あまりにも不安に思い過ぎだ。ここは一度肩の力を抜き、そして頭を冷やすべきなのかもしれない。

 

 そう思って、彼女は一度踵を返す事にする。

 

 しかし。

 その時だった。

 

「おや? 意外な人物と出会ってしまいましたね」

「…………ッ!」

 

 聞き覚えのない声。それが不意に背後から流れ込んできて、華扇は反射的に振り返る。

 

 一体、いつからそこにいたのだろう。

 見覚えのない女が、そこにはいた。

 

(なっ……!)

 

 彼女の姿を認識した途端、華扇の胸中に警鐘が響き渡る。あまりにも強烈な違和感を感じ取り、反射的に身体を硬直させてしまう。

 厚着をしている為、その素顔を確認する事が出来ない。意図的に正体を隠す為、あのような格好をしているのだろう。それでも声の高さと、厚着の上でもギリギリ判別できる身体的特徴から、彼女が女性であると認識する事は出来る。

 

 けれど幾ら性別が分かった所で、彼女の正体が掴める訳でもない。警戒心はますます強まってゆき、華扇の頬に嫌な汗が滴り落ちる。

 けれどそれでも、彼女は何とか口を開いた。

 

「あ、貴方は……?」

「ん? 私ですか? そうですねぇ……」

 

 少しだけ考え込むような素振りを見せた後に、その女性は華扇の問いかけに答える。

 

「ある意味、私は貴方の同業者ですよ。茨華仙さん」

「なんですって……?」

 

 同業者。

 それはつまり──。

 

「貴方は……仙人、という事なのですか……?」

「ええ。そういう事になりますね」

 

 仙人。それは修行を積み、超人的な力を得た人間。この女性は、それを自称している。

 ──いや、おかしいじゃないか。自らを仙人だと名乗っている割に、彼女はあまりにも、

 

「貴方は、あまりにも邪気に満ちている……。既に仙道から外れてしまっているようにも見えますが……?」

「あら? 一目見ただけでそんな事も分かってしまうのですね。流石は茨華仙さん、といったところかしら?」

 

 飄々とした様子で、目の前の女性は肩を窄める。

 何なんだ、コイツは。八雲紫とは違ったベクトルで胡散臭く、掴み所が無さ過ぎる女性。邪悪な何かを感じ取る事が出来るものの、それが何を意味するのかまでは対面しただけでは分からない。

 華扇は息を呑む。

 底の知れぬ気味の悪さが、華扇の胸中をじわじわと侵食してゆく。

 

「そもそも……なぜ、私の名前を……?」

「ん? そりゃあ知ってますよ。他の種族と比べても、仙人同士の関係は深い方じゃないですか。そうでなくとも、貴方はそれなりに有名人ですからねぇ……」

「有名人……?」

 

 華扇はそこまで目立った行動を取ったつもりなどない。当然ながら、自分が有名人である自覚もない。

 仙人同士の繋がりは深い? よくもそんな事が言えたものだ。

 

「貴方は、仙人ではないのでしょう……?」

「おやおや、いきなり全否定ですか……。流石に傷つくわねぇ」

「……よく言いますよ。貴方から感じ取る事が出来るものは、肌を舐めまわすような奇妙な霊力と、そしてあまりにも歪な感情ばかりです。どう解釈しても、()()()()()などという結論を下す事などできません」

 

 そう。

 

「貴方は……」

 

 この女性を、強いて分類するのならば。

 

「邪仙、なのではないのですか?」

「…………」

 

 女性の口元が歪んだ。口角を吊り上げて、不気味な笑みを浮かべ始めて。

 口元だけしか見えずとも、その気味の悪さはひしひしと伝わってくる。どうしようもないくらいに、警戒心を強めずはいられない。

 あまりにも。

 胡乱だ。

 

「うふふ……。今日ここで貴方と会うつもりはなかったのですが……これは嬉しい誤算でした。貴方、想像以上に面白いですね」

「…………っ」

 

 笑いつつも、女性は続ける。

 

「まぁ……どちらにせよ、いつかは貴方にもご挨拶しなければならなかった訳ですし、そのタイミングが少し早まったと考えれば良しとしましょう。多少の変更は計画にはつきものですしね……」

 

 悪寒。

 今の今まで淡々と喋り続けていた目の前の女性から、奇妙な霊力が漏れ始める。それは人間や亡霊等が持っている霊力とは種類が違う。

 邪悪。あまりにも物々しく、あまりにも禍々しい。どす黒い光が視覚出来てしまう程に、彼女の身体からは“何か”が溢れ出てきている。ゆらゆら、ゆらゆらと。あまりにも歪で邪な霊力が、文字通り止めどなく──。

 

「っ! 竿打!」

 

 危機感を瞬時に察知した華扇は、反射的にその名前を口にする。その次のタイミングには甲高い鳴き声が響き渡り、一羽の大鷲が華扇の傍らに降り立っていた。

 華扇が飼いならしている動物の一匹。まだ若い大鷲で、色々と未熟な部分もあるのだけれど。

 このような場合に関しては、彼以上に頼りになるパートナーはいない。彼がいてくれるからこそ、華扇は十二分にその実力を発揮する事が出来る。

 

「へぇ……? 噂通りですね。数多くの動物を従える薔薇色の仙人……。その大鷲もペットの一羽という事ですか」

 

 相も変わらず女性は笑う。

 楽しそうに。嬉しそうに。実に満悦な様子で。気味の悪い期待を胸に、彼女もまた燻っていた霊力を解き放つ。

 

「さて、と。それでは、お戯れを始めましょうか」

 

 放出されたどす黒い霊力が、境内に漂い始めていた。


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