桜花妖々録   作:秋風とも

33 / 148
第30話「53分間の回顧」

 

 バタバタと忙しない足音。狼狽を露呈するかのような不規則な息遣い。激しく呼吸が乱れているが、それでも彼女は止まらない。

 身を隠しながらも移動する。なるべく人目がつかないタイミングで、一心不乱に駆け抜ける。やがて彼女が辿り着いたのは、街を一望できるような高台。いつもと何も変わらないような京都の街並みは、しかし今の彼女から見れば巨大な迷宮のように見える。三度笠の鍔を掴みつつも、彼女は思わず歯軋りをした。

 

「妖夢!」

 

 名前を呼ばれる。顔を向けると、そこにいたのは深紅の髮を持つ少女。

 彼女――火焔猫燐は、鬼気迫る表情で妖夢の下へと駆け寄って来ていた。

 

「そっちはどう!?」

「……駄目です。どこにも見当たりません」

「そ、そんな……!」

 

 お燐は頭を抱える。突きつけられた現実を、上手く受け止められていないのだろう。理解力の限界はとうに訪れてしまっていて、ありとあらゆる情報を冷静に判断する事ができていない。それでも苦し紛れにお燐が口にするのは、わずかに理解できている今の状況の確認。

 

「一週間……。こいし様と別れてから、もうそれくらい経つんだよね……!?」

「……ええ。正確に言えば一週間と二日、ですが」

 

 相槌を打ちつつも、妖夢は答える。しかしお燐の狼狽は、一向に収まる気配もない様子だった。

 

「何で……。どうして、こんな……!」

「……私とこいしさんは、常に一緒に行動している訳ではありませんでした。二日三日程度なら別々に行動する事もあったのですが、しかし一週間以上も帰って来ないとなると……」

 

 どんな時でも冷静に周囲の状況を分析し、落ち着いた判断力で最適な行動を見つけ出せる。残念ながら、お燐はそこまで器用な少女ではない。不測の事態を前にすれば常に冷静ではいられなくなってしまうし、分析力も欠落していってしまう。

 行き場のない憤りが少女の中で駆け回る。動揺した彼女がその捌け口に目の前の妖夢を選んだのは、至極当然の事だった。

 

「ねぇ! どうしてなの妖夢!! あたいと約束したよね!?」

 

 妖夢の襟元を掴み上げ、お燐は声を張り上げる。しかし彼女が浮かべる表情は、妖夢に対する怒りと言うよりも。救いを求める懇願だった。

 

「こいし様の事を任せるって……! それを妖夢は承諾してくれた……! それなに、どうして……!!」

「お燐さん……」

 

 お燐の手が震えている。そんな彼女に声をかけるが、それでもお燐は止まらない。吐き出すように、彼女は続ける。

 

「どうしてこんな事になっちゃうの!? 一体なにが起こっているの!? こいし様は……! こいし様は……!!」

「落ち着いて下さい!!」

 

 向けられる重圧に耐え切れず、妖夢は思わず怒鳴り声を上げてしまった。途端にお燐はビクリと身体を震わせて、反射的に口をつぐむ。瞬間的に言葉を見失ったお燐の様子を確認した後、俯きつつも妖夢は続けた。

 

「私にも、分かりませんよ……」

「妖、夢……」

 

 するりとお燐の手から力が抜け落ちた。

 妖夢の憤り。冷静さを保ち続けているように見えた彼女のその反応は、お燐からしてみれば予想外だったのだろう。何も言えなくなった彼女は数歩後ずさりして、申し訳なさそうに妖夢の様子を伺っている。

 

「……すいません。少し、熱くなってしまいました」

「……ううん。あたいの方こそ、怒鳴ったりしてごめん」

 

 お互い、今の一瞬で頭を冷やす事ができたらしい。短く深呼吸をして乱れた呼吸を何とか整えた後、妖夢は顔を上げる。

 

「とにかく、もう一度よく捜し回ってみましょう」

「うん、そうだね……。こんな所で言い争っている場合じゃ、ないよね……」

 

 そう。喧嘩などをしている場合ではない。とにもかくにも、今は何か行動を起こさねばなるまい。

 

「こいしさんが行きそうな場所に、何か心当たりはありませんか?」

「分かんないよ……。こっちの世界じゃ妖夢と一緒にいる事の方が多いんだし、寧ろ今のこいし様に関しては妖夢の方が詳しいんじゃないかな……?」

「そうですか……」

 

 そう言われても、妖夢だってこいしの事を隅々まで理解している訳ではない。確かにこちらの世界に来てからは殆んど彼女と共に行動していた訳だが――。その実、一時的な協力関係以上の間柄になったような感覚はない。

 彼女は。古明地こいしは、魂魄妖夢に心を開いてなどいない。

 彼女が妖夢に見せているのは本心などではなく。

 偽りの仮面だ。

 

「やっぱり、何か事件に巻き込まれているのかな……」

「それは……。どうでしょう」

 

 妖夢の脳裏に予感がよぎる。

 もしも、こいしが一人で捜し人に関する手掛かりを追っていたのだとすれば? もしもその途中、こいしが捜し人にとって都合の悪い行動を取ってしまったのだとすれば? もしもその捜し人が、こいしを明確に“邪魔者”であると判断してしまったのだとすれば――。

 

「あたい、やっぱりもっと慎重に捜し回ってみる。手掛かりもない以上、虱つぶしに動いてみるしかないよ」

「……そう、ですね」

 

 妖夢は思考を切り上げる。

 いけない。これはあくまで予感である。まだそうであると決まった訳ではないのに、そんな物を馬鹿正直に鵜呑みにしてしまう訳にはいかない。

 こういう時こそ冷静になるべきだ。頷きつつも、妖夢はお燐に答える。

 

「では、また手分けして捜索を再開する事にしましょう。何かあったら、ここに集合するとの事で」

「うん。そうだね、そうしよう」

 

 再び妖夢はお燐と別れて、単独でこいしを捜索する事にする。京都は意外にも広いのだ。固まって行動していては埒が明かない。

 

 お燐と別れた後、妖夢はもう一度京都の街並みを見下ろしてみる。

 一週間前のあの時。もしも、こいしの要求を呑んでいなければ。無理矢理にでも共に行動していたら、こんな事にはならなかったのだろうか。

 

(……やめよう)

 

 『もしも』だとか、『たら』とか『れば』とか。そんな無意味な憶測や後悔で時間を浪費している場合ではない。今は一刻も早く、こいしを見つけ出さなければ。

 妖夢は踵を返す。三度笠を深く被り直して、彼女は顔を上げる。

 

()()()()()()……!」

 

 胸を締め付けられるような思いに駆られながらも。魂魄妖夢は、走り出す。

 

 

 ***

 

 

 日本の首都が東京から京都に移ったのは、もう何十年も前の事である。

 神亀の遷都。政治や経済の中心が一斉に関東圏から関西圏へと移り変わり、人の往来や物流等にも大きな変化が訪れた時代。首都機能の移転により人口の過密状態の改善や経済の発展などといった多くの有益な効果を得られたが、それと同時に幾つかの問題点も浮上する事となる。その中でも真っ先に直面した問題が、京都と東京間の交通インフラの限界である。

 

 遷都の結果、数多くの人々が東京と京都の間を行き来する必要が生まれてしまったのが大きな原因とされている。旧東海道だけではあまりにもキャパシティが足りず、政府は早急に新たな交通機関を開発する事を余儀なくされる。

 その折に完成したのが、この卯酉東海道新幹線。通称『ヒロシゲ』である。東京と京都を僅か53分で繋ぐ地下新幹線で、今や日本の交通機関の大動脈とされている。現首都の京都だけでなく、旧首都の東京までも通勤圏内とする事で人口の過密化改善に一役買っている新幹線であり、毎日数多くの人々が利用する一大交通機関である。

 

「と言う訳で、ある意味ヒロシゲは日本の経済を支えている交通機関とも言えるかも知れないわね。一時間も必要としない内に東京と京都を繋いでくれるから、通勤や通学に及ぼした影響は絶大よ」

「そ、それは……。凄いですね」

「……あれ? ひょっとして、あんまり実感ない……?」

「えっ……? あ、す、すいません……。幻想郷にはこのような交通機関がそもそも存在しないので……、あまり想像できないといいますか……」

「あー。それじゃあ無理ないわね」

 

 意気揚々と説明する蓮子の話を聞いていた妖夢だったが、どうやらイマイチ理解する事ができなかったらしい。まぁ、幻想郷はこちらの世界と比べて文化に大きな差異があると聞く。いきなりこんな馴染みの薄い話を聞かされても、ピンと来なくて当然だとも言えるだろう。

 

「というかなぜ蓮子はそんなにも得意気なんだ?」

「きっと自分の持っている知識を自慢したいのよ。そういう子供っぽい一面があるのよねぇ、蓮子は」

「成る程。それは納得だな」

「ちょっと二人ともー? そういう話は私が聞こえない所でするものじゃないの?」

「き、聞こえなければ良いんですか……?」

 

 そんなやり取りの後、片腕で頬杖とつきながらも進一は車窓へと視線を向ける。東京に向けて一直線に地下を走り抜けるヒロシゲだったが、そこから入り込んでくるのは無機質なトンネルの冷気などではなく、暖かな春の陽気だった。

 

 三月上旬。真冬の寒気もようやく落ち着き始めた春の始まり。秘封倶楽部のメンバーは大学の休みを利用して、蓮子の実家である東京へと旅行する事となっていた。

 旅行、と言っても名目上は蓮子の彼岸参りという事になっている。進一達はそれに便乗するような形だが、当然ながら彼岸参りだけが目的という訳ではない。

 秘封倶楽部は結界を暴く事を主な活動内容とした不良オカルトサークルである。そして今現在の目的が、冥界や幻想郷への道を見つけ出す事。京都に負けず劣らずの霊都として有名な東京ならば、その手掛かりを見つける事が出来るのではないかと。それが大きな狙いだった。

 

「でも彼岸参りにしてはちょっと早い時期だよな。東京行きとはいえ、座席もかなり余裕があるみたいだぞ」

「まぁ、それを見越してのスケジュールだからね。お彼岸に被せてすし詰め状態のヒロシゲに乗るくらいなら、こうして余裕を持って座れるくらいの時期に行っちゃった方が快適じゃない」

「それもそうだな」

 

 進一の斜め前方の席に座る蓮子が答えてくれた。

 秘封倶楽部のメンバーは四人掛けのボックス席に固まって座っているが、周囲を見渡してみると空いている席もチラホラと確認出来る。京都行きのヒロシゲは朝からすし詰め状態なのだろうけれど、田舎である東京行きはこの時間でもだいぶ空いている。お彼岸に被ると流石に人でごった返す事になるのだろうが、今のヒロシゲは彼らにとってだいぶ快適な環境だった。

 

「それにしても、本当に凄いですよね。揺れも全然感じませんし……。それに、これって地下を走ってるんですよね? それなのに窓の外は凄い景色ですよ」

 

 進一の向かい側。窓際の席に座る妖夢が、感嘆の声を上げる。確かに彼女の言う通り、半パノラマビューのヒロシゲの片側には、見渡す限りの美しい海岸が広がっているように見える。その反対側にはこれまた美しい平原や松林と、一見すると抜群の景観である。

 しかし。進一の隣に座るメリーが浮かべるのは、幾分か退屈そうな表情だった。

 

「でもこれ、カレイドスクリーンに投影された偽物の景色なのよねぇ……。地下だからしょうがないけど、折角なら本物の綺麗な景色を見てみたいわ」

 

 そう。ヒロシゲの周囲に広がっている風光明媚なこの景色は、全て巨大なスクリーンに投影された映像なのである。無機質なトンネルの壁を長時間見続けるよりも幾分かマシなのだろうが、それでも『偽物』と聞くとメリーのように退屈に感じる人も少なくないようだ。

 確かに、進一もこのような景観を直接この目で見てみたいとは思うが――。

 

「京都と東京間を移動するなら卯酉新幹線を使っちまった方が速くて安上がりだしな。今や旧東海道新幹線を好んで利用する奴なんて少ないんじゃないか?」

「そうね。東北人かセレブぐらいじゃない? ま、東北人並みにのんびりしているという点で言えば、メリーにも当てはまっているかも知れないけどね」

「……それ東北人に失礼なんじゃないの? と言うか私がのんびりしているんじゃなくて、蓮子に落ち着きがなさすぎるだけなんだと思うのだけれど」

 

 ともあれ、秘封倶楽部の目的は東京である。このような景観をのんびりと眺める事などではない。

 

「さてと。偽物の風景はもう十分に堪能できたでしょ? 西京都駅を出発してから約10分。あと40分程度で目的地である卯東京駅だけど……」

 

 蓮子が話を切り出すと、他の三人の視線が一斉に彼女のもとへと向けられる。こういったトーンで話しかけてくる時は、大抵の場合がサークル活動絡みの話題である。

 鹿爪らしい表情を浮かべつつも、彼女は口を開く。

 

「この時間を利用して、今までの情報を少し整理してみない? この4ヶ月間、私達は幻想郷を探し続けていた訳だけど……。でも正直に言って、状況はあんまり芳しくないでしょ?」

「……確かにな。結構色々とあったような気がするけど、結局のところ大した進展は得られていない」

「そう、ですね……。ここまで上手くいかないとなると……」

「だからこその確認よ」

 

 やや食い気味に、蓮子は続ける。

 

「ひょっとしたら、何か見落としている事もあるかも知れないでしょ? 皆で一度確認してみれば、何か新たな発見があるかも知れないわ!」

「……そうね。蓮子の意見にも一理あるわ。今は一度しっかりと振り返ってみるべきなのかも……」

「そうそう! 流石メリー、分かってるわね!」

「振り返る、か……」

 

 進一は背凭れに身を委ねる。

 考えてみると、中々に濃い4ヶ月間だったなとしみじみ思う。11月中旬のあの日。彼女――魂魄妖夢との出会いが、全ての始まりだった。

 

「あれは、大学からの帰りだったか。コンビニでおにぎりを幾つか買って、公園を突っ切って近道しようとして。そこで妖夢と出会ったんだよな」

「そうでしたね……。あの時に会ったのが進一さんで、本当に良かったと思っています。もしもそうじゃなかったら、今頃どうなっていたか……」

 

 あの日は本当に幾つもの偶然が重なっていた。もしも進一の帰りが遅くならなかったら。もしも途中でコンビニに立ち寄っていなかったら。もしも公園を突っ切ろうと思わなかったら。進一は妖夢と出会わなかったのかも知れない。

 

「えっと……。確か、妖夢ちゃんは冥界の白玉楼で雑務を熟して、その後に居眠りをしちゃってたのよね? それで、目を覚ました時点でこちらの世界に迷い込んでいた、と……」

「ええ、そうです。目を覚ましたら、急に見知らぬ風景が飛び込んできて……」

「その時の事、本当に何も覚えてないの? どうやって連れてこられたのか、とか」

「そ、それは……」

 

 メリーにそんな質問をされて、妖夢は思わず俯く。

 縁側で居眠りしていたはずなのに、目を覚ましたらあの公園のベンチに腰掛けていた。確か妖夢はそう説明していたと思うが、少なくとも誰かに連れてこられたような感覚はなかったらしい。

 

「……すいません。本当に、何も分からなくて……」

「そう……」

 

 考えてみればおかしな話だ。確かに妖夢はちょっぴり臆病で控え目な一面もあるが、鈍臭い少女という訳ではない。そんな彼女が、居眠りをしていたとは言え誰かに誘拐されているという事に全く気がつかないなど。

 

 そう言えば。

 

「覚えていないと言えば、メリーと蓮子の方はどうなんだ?」

「え? どうって……何が?」

「夢の事だ。蓮子はメリーの夢の中に入ったんだろ? 結局何か思い出せたのか?」

「あっ、あー……。その話ね」

 

 数週間前。目を覚まさなくなったメリーを助ける為に、蓮子がその痕跡を辿って夢の中へと足を踏み入れた件。最終的に二人とも夢の世界から帰還し、蓮子は無事にメリーを助ける事ができたようだが――。二人とも、肝心の夢の内容を全く覚えていなかったらしい。

 あれから、だいぶ時間が経過したと思うのだが。

 

「うーん……。実は未だにさっぱり思い出せないのよねぇ……。メリーはどう?」

「そうね……。私も、全く……」

「……そうか。結局空振り、か……」

 

 どうやら、彼女達は未だにあの時見た夢の内容を全く思い出す事ができないようだ。目を覚ました瞬間に見ていた夢の内容を忘れてしまうという事は別に珍しくもないのだろうが、流石にこれは都合が悪い。

 幻想郷への帰り道。夢の内容を思い出せれば、その手掛かりを掴む事が出来るのかも知れないのだけれど――。

 

「……メリー。あれから妙な夢を見た事は?」

「……それも駄目なの。あの日を境に、きっぱりと見なくなっちゃって……」

「あぁ……。そうだったな」

 

 あの日。蓮子と共に夢の世界から帰還したのを境に、メリーは全くと言って良い程あの奇妙な現象を体験できなくなっていた。強すぎるリアリティを感じる事もなければ、夢の世界に迷い込んで帰ってこられなくなるような事もない。当然ながら幻想郷の存在を感知する事もできないし、自由自在に境界を操る事もできない。

 言ってしまえば、驚く程に彼女は元通りになっていた。

 

「ごめんなさい……。迷惑だけかけて、結局何の力になれなくて……」

「いや、別に謝る事はない。寧ろ良かったじゃないか。メリーだけが危険を犯す必要はないだろ」

「そうですよ。メリーさんの夢以外にも、手掛かりはきっとあります」

 

 そうだ。あんな経験、これ以上しない方が良いに決まっている。幾ら秘封倶楽部が結界を暴くサークルだと言えど、命にも関わるような危機に直面してしまうくらいなら。彼女が無理に行動を起こす必要はないのである。

 

「そうね。メリー、間違っても自分から夢の世界に入り込もうだなんて思わないでよ?」

「えっ……?」

「……今度こそ、本当に帰って来られなくなるかも知れない。もう、あんな思いはしたくないから……」

「蓮子……」

 

 珍しく蓮子の声のトーンが下がる。そんな彼女の様子を見て、メリーの表情が曇り始めた。

 あの出来事は、それ程までに蓮子の心にも響いたという事なのだろう。楽観的な思考が基本の彼女でも、悩み事や心配事が全く存在しないという訳ではないのだ。

 蓮子だって人間で、女の子である。目の前で大切な親友が倒れているのを見ても、平気でいられるはずがない。

 

「でも、きっともう大丈夫だ。またあんな事になったとしても、今度は俺達が何度だって助け出してやるさ」

「ええ。私も皆さんの力になります!」

「進一君と、妖夢ちゃんも……」

 

 励ますように、進一と妖夢が揃って声を掛ける。

 進一と妖夢だって秘封倶楽部の一員で、メリー達が大切な友達である事は変わりない。もしも再び、彼女に危機が訪れるような事があるのなら。全力で身を投じる事も辞さないと、そう思っている。

 

「それにさ、妖夢が作ってくれたブレスレットもあるじゃないか。こいつを持っていれば、いつだって皆一緒だろ?」

「……そうね。そう、だったわね」

 

 左腕につけたブレスレットに視線を落とすと、メリーの表情が綻び始める。もう片方の手で大切そうにそれを包み込み、彼女はおもむろに顔を上げた。

 

「……ありがとう。そう言ってくれると、本当に心強いわ」

「うん……。今の秘封倶楽部には、進一君と妖夢ちゃんもいるのよね……。メリーと二人だけじゃ、ないんだよね……」

 

 メリーに続き、蓮子も顔を上げてくれる。何を今更とでも言いたげな面持ちで、進一はそれに答えた。

 

「ああ。俺達もついてる」

「今は四人揃って秘封倶楽部、ですよね」

 

 元々は妖夢が幻想郷に帰るまでの一時的な加入のつもりだったが、今更そんな事を指摘するつもりはない。蓮子達と共に活動して、数々の非常識に触れてきて。ここまで深く関わってしまったのだ。

 だから、もう放ってはおけない。仮にこのタイミングで秘封倶楽部から退部したとしても。再び彼女達の身が危険にさらされているのではないかと、そんな事ばかり心配になって、私生活にも影響を及ぼす可能性があるだろう。

 それならば。

 

「いやー、ようやく進一君も秘封倶楽部らしくなってきたわね! この調子なら、なし崩し的に正式加入なんてのもいよいよ射程圏内に……」

「そうだな。それも悪くないと思っている」

「……えっ?」

 

 空元気だったのだろう。場の空気を一新する為に、からかうような口調でそんな事を口にする蓮子だったが、進一の予想外の反応を前にして面食らっているようだ。

 まぁ、確かに。今まで何度勧誘されようとも、進一はそれを頑なに拒みつつけていたのだ。にも関わらず、突然こんな肯定的な反応である。流石の蓮子もこれは想定外の出来事だったらしい。

 

「ね、ねぇ、進一君。今のって……」

「……さてと」

 

 信じられないと言った面持ちで蓮子が口をパクパクとしているが、取り敢えず。

 

「話を戻すか。振り返るべき事はたくさんあるからな」

「ねぇ、待って、待って進一君! 今の発言についての委細の説明を……!」

「次は12月についてだな。いやー、あの時にも色々とあったよなぁ」

「ちょっと無視しないで! どうしてそこでイジワルするのよ! ひょっとしてあれなの? ツンデレってヤツなの進一君ッ!?」

 

 蓮子が騒ぎ始めたが、あえてここではこれ以上踏み込まない。はっきりと宣言するには少々タイミングが悪いし、寧ろ今はちょっと仄めかす程度が丁度いい。この東京旅行が終わってから、ゆっくりと話し合えば良いだろう。

 ――などというのは建前で、散々拒んだ癖に今更素直に首を縦に降るのが小恥ずかしい、というのが本音だったりする。

 

「……私はあえて追求しないわ。後でちゃんと話してくれるのよね?」

「……ああ。約束する」

「それなら今は良いじゃない。ねぇ、蓮子。取り敢えず話を戻しましょ?」

「むむむ……クールとツンとデレを同時に併せ持っているだなんて……。進一君、やっぱり侮れないわね……。ここはやっぱり私も趣向を変えて……」

「……ていっ」

「あべしっ!?」

 

 何やらボソボソと呟きつ付ける蓮子にメリーがチョップをお見舞いすると、奇妙な悲鳴を上げた後に彼女は正気に戻る。ガバっと勢い良く顔を上げて、忙しなくキョロキョロと周囲を見渡した後、

 

「はっ……!? 私は一体何を……?」

「戻って来たか」

「成る程……ちゆりさんがパイプ椅子を使う理由が分かった気がするわ……。今度私も試してみようかしら?」

「あ、あの、あまりそこは参考にしない方が良いと思うのですが……」

 

 ともあれ、流石にそろそろ話題の軌道修正をすべきであろう。正式加入云々については、取り敢えず一度置いておく事にして。

 

「え、えっと、何の話だったっけ……?」

「夢の話だろ?」

「そう、それそれ! でもそこから幻想郷への手掛かりを探るのは難しそうよね? となると、残された可能性はだいぶ限られてくるわね」

「ああ」

 

 メリーの夢については、今はこの際諦めてしまった方がいい。そんなものよりもっと具体的で、かつ重大な情報。進一達は、既にそれを掴んでいる。

 

「古明地こいし。あいつが話してくれた情報についてだ」

 

 クリスマスイブ。進一が彼女と始めて対面したあの時は、正直あまり友好的な出会いとは言い難い状況だった。あんな路地裏に誘い込み、一方的に誘拐されて。あまり深く考えもせずについて行った進一も進一だが、こいしも暴挙も大概である。おかげで強い警戒心を植え付けられる事になったのは、最早言うまでもないが――。

 

「結局その子は敵じゃなかったんだっけ?」

「この前に会った時の印象ではな。多分、信用しても大丈夫だと思う」

「……そうですね。少なくとも、悪人のような印象は受けませんでした」

 

 進一に続いて、妖夢も首を縦に降る。

 

「きっと、こいしちゃんにも何か事情があると思うんです……。確かにクリスマスイブの時の行動は、赦されるような事ではないのですが……。それでも、明確に恨みや怒りの矛先を向けるのは……」

「……そっか。やっぱり妖夢ちゃんは優しいのね」

「へっ……!? い、いえ、私は別に、そんな……!」

「そうね。妖夢ちゃんがそう言うのなら、私達もその子を恨む訳にはいかないわね」

 

 彼女は。古明地こいしは敵ではない。

 無論、明確に味方だと言い切ってしまうのはあまりにも早計だ。けれども、少なくとも敵対する必要はない少女であると、それだけは言い切る事が出来る。

 進一達だって無駄な争いは避けたい所だ。こいしに敵対する意思がないのだとすれば、こちらとしても好都合である。

 

「あいつが話してくれたのは、妖夢をこちらの世界に連れてきた犯人の存在だ。どうやら相当厄介な力を持っているらしい」

「そうね……。隠世にいたはずの妖夢ちゃんを、現世であるこちらの世界に放り出しているし……。一体何者なのかしら?」

「こいしちゃん曰く、妖夢ちゃんも知らない人物なのよね?」

「ええ、蓮子さんの言う通りです。会った事もない人物である、と……」

「会った事もない、か……」

 

 進一は腕を組む。

 その話、やはり何かが引っかかる。冥界と顕界の間にある結界にも干渉できる程の力を持っているのにも関わらず、その冥界に住んでいる妖夢でさえも知らない人物とは。確かに妖夢はあくまで従者であり、そこまで高い地位に立っているとは言えないのかも知れないけれども。

 

「一体何が目的なんだ? 妖夢をこちらの世界に連れてきて、そいつに何のメリットがある?」

「それは私も疑問に思ったんですが……、皆目見当もつきませんね……」

「何にせよ、その犯人の足取りを追えば幻想郷への手掛かりを掴む事が出来るのかも知れないのよね?」

 

 蓮子の確認。進一はそれに頷いて答える。

 明確な意思を持って妖夢をこちらの世界に連れてきたのならば、きっと彼女を幻想郷へと送り届ける方法も知っているだろう。その人物の足取りを追い、対面する事が出来れば、或いは――。

 

「でも簡単じゃない。こいしだって、少なくとも四ヶ月はそいつの足取りを追っていたらしいからな。でもまだ発見には到っていない」

「そうですよね……。あのこいしちゃんでさえも見つける事ができないとなると……」

 

 何せ強力な力を有している得体の知れない人物だ。一筋縄ではいかないのは確実である。

 しかし、そんな芳しくない状況の中。宇佐見蓮子が浮かべているのは、存外余裕がありそうな表情だった。

 

「それに関しても、今回の東京旅行で何か掴めるかも知れないわ」

「……なに?」

「だってそうでしょ?」

 

 食い入るように、蓮子は続ける。

 

「京都を捜し回っても、その犯人を見つける事はできなかった。それなら単純に考えて、京都の外に潜伏している可能性もあるじゃない」

「ま、まぁ……。それは、そうだが……」

「それに、これまで犯人が私達に接触してこなかったのは、私達の行動が全て犯人の想定内だったって事でしょ? それなら、もしも想定外の行動を取ってみたら……」

「今度こそ接触してくる可能性があるな。……今回の東京旅行が、犯人からしてみれば想定外の行動だと?」

「東京旅行と言うよりも、京都の外に出てみる事ね。ひょっとしたら、私達が京都の中にいる事が重要な要素である可能性もあるでしょ?」

 

 確かに、一理ある。

 この四ヶ月間、秘封倶楽部のメンバーは一歩も京都の外に出ていない。秘封倶楽部ではないが、強いて言えば夢美が海外の学会に参加していたけれど、それは妖夢と出会う前の出来事であるので今は除外しても良いだろう。

 妖夢をこちらの世界に連れてきた犯人。その人物がどこまでこちらの行動を想定しているのかは分からないが、もしもその犯人でさえも想定外の出来事が発生したら。

 

「まぁ……。この行動も想定内なのだとすれば、結局は空振りに終わっちゃうけどね……」

「でも何かしらの行動は起こしてみないと。いつまでも犯人の掌の上で踊らされていると思うと、正直気分が悪いし……」

 

 そこまで言いかけた所で、メリーが何かに感づく。

 

「……ちょっと待って。そもそも、犯人はどうやって私達の行動を監視しているの……?」

「それは……」

 

 そう。最も胡乱な点はそこである。

 進一達の行動が犯人には伝わっている。まぁ、そこは良いとしよう。だけれども、それならその具体的な方法は? 一体どうやって、進一達の行動を把握しているのだと言うのだろうか。

 

「……四六時中筒抜けって訳じゃなくとも、おそらく定期的に俺達の行動は犯人に伝えられている。考えられるその方法は……」

「……私達と関わりを持つ人達の中に、犯人と繋がっている人物がいる」

 

 口を挟んできたのは蓮子だった。

 瞬間、四人の間に沈黙が訪れる。ヒロシゲは揺れも騒音も殆んど無い新幹線である為、周囲に漂うのは耳が痛くなるような静寂のみだ。緊張感が一気に張り詰め、徐々に息苦しい雰囲気が漂い始める。

 蓮子が口にした言葉。概ねそれは進一の推測とも合致する。進一達の行動が犯人に把握されていたとして、けれどもこの四ヶ月間、例えば誰かに尾行されていたかのような感覚はない。当然、胡乱な人物を見かけた覚えもない。そうなると、考えられる他の手段は――。

 

「ま、待ってよ……。まさか内通者がいるとでも言いたいの……?」

「……その可能性は否定出来ないかも」

「そ、そんなの……!」

 

 否定はしない。そんな蓮子の反応を確認するや否や、メリーはガタリと立ち上がる。だいぶ混乱している様子だった。

 

「有り得ないわ! だ、だって……どう考えても、おかしいじゃない! 相手は私達では計り知れない程の強大な能力を持っているのかも知れないのよ!? それなのに、態々そんな回りくどい事……!」

「ちょ、ちょっとメリー落ち着いてっ! あくまで可能性の話をしているだけだから……」

「で、でもっ……」

 

 彼女の混乱は最もだ。進一だって、正直あまり実感はない。

 メリーの言う通り、態々内通者を仕向けるなど少し回りくどい方法だ。顕界と冥界との間にある結界にさえも干渉できる程の能力を持っているのなら、内通者など使わなくともこちらの動向を把握する事だって可能なのではないだろうか。

 しかし、これはあくまで素人同然である進一から見た意見である。魔術や妖術の類は、ひょっとしたらそれほど単純でもないのかも知れないが――。

 

 何にせよ、警戒するのに越した事はない。相手の得体がまるで知れない以上、ありとあらゆる可能性を考えておいた方が良い。

 

「内通者なんて……。進一さんも、そんな人がいると思っているのですか……?」

「……いや。ただ、可能性はゼロじゃないのかも知れない」

「そんな……」

 

 しかし。やはり、何かが引っかかる。

 犯人に動向が把握されている事は確定であるとしよう。しかし、本当に内通者などを使っているのだろうか。いや、仮に使っていたとしても。

 

「……一体、どの範囲で監視してるんだ?」

「えっ……?」

「犯人が俺達の動向を把握しているとして、でもどの程度まであっちに伝わっているのかが分からない。多分、こいしも言っていた通り四六時中筒抜けって訳じゃないんだろう。だったら、例えば今この瞬間の会話の内容とかはどうだ? これも伝わっているのか……?」

 

 もしもこの中にその内通者とやらがいるのなら、この会話の内容も筒抜けであるのかも知れない。だけれども、流石にそれはどうだろう。

 秘封倶楽部のメンバー。この四人の中に、犯人と繋がりを持っている人物がいるなど。

 

「……有り得ないよな」

 

 幾ら何でも、その可能性は考えられない。正直言って、この四人は皆そんなスパイ紛いな行為が出来る程に器用ではないと思う。蓮子も、メリーも、妖夢も、そして進一も。早々にボロを出してしまう自信すらある。

 いや、そもそも被害者である妖夢が内通者である可能性は流石にゼロなのだろうけれど。

 

「そうよね。ひょっとしたら、それこそとんでもない魔法か何かを使っているのかも知れないし」

「ああ。内通者がいる可能性が存在すると言っても、正直限りなくゼロに近い確率だと思う」

「……ごめんね。不安を煽るような事を言っちゃって……」

 

 蓮子が申し訳なさそうに頭を下げると、メリーと妖夢は少し落ち着きを取り戻したらしい。立ち上がっていたメリーは糸が切れたかのようにドサりと座り込み、妖夢も強ばっていた肩の力を抜く。

 そうだ。少し、突拍子もない話だったのかも知れない。幾ら何でも考え過ぎだろう。

 

「さてと!」

 

 場の雰囲気が再び重くなり始めた所で、蓮子が手を叩きつつも声を上げる。

 

「この話は止めにしましょ! あんまり深く考え込むのも良くないわ」

 

 気を取り直して、と言う事だろうか。どんよりとした雰囲気を解消する為に話題を変えようと思ったのだろうが、半ば無理矢理平静を取り繕っている事がバレバレである。

 

「……蓮子は切り替え早いわね」

「そもそも先に話題を振ったのは蓮子だったと思うんだが」

「そこ! 余計な事言わない! ほら、幻想郷への手掛かりを探るのが目的と言っても、これは一応東京旅行なのよ? どうせなら楽しまなきゃ!」

「……それもそうだな」

 

 これ以上揚げ足を取る必要もないので、ここは素直に肯定しておく事にする。

 確かに、事態は最初の想定よりもかなり複雑になってきている。妖夢を故郷へと送り届ける。それは簡単な事ではないと初めから分かっていたのだが、それでも。話はどんどんきな臭い方向へと進んでいるような気がする。

 

 だけれども。

 

「蓮子風に言えば、いつまでもどんよりとしてても仕方ない、だろ。気を負いすぎるってのも良くないしな」

「そうそう! 進一君の言う通りよ!」

「でも……」

 

 妖夢の表情は未だに暗い。生真面目で臆病な彼女の事だ。最悪の状況を想定して、不安に思っているに違いない。

 彼女の気持ちは分かる。進一だって、不安感を全く感じていないと言えば嘘になる。犯人の目的が未だにはっきりとせず、更には内通者の可能性までも浮上してきた。不安に感じるなと言う方が無理な話だ。

 

「妖夢。あまり悪い方向へと考え込まない方がいいぞ」

「……進一さんは、不安に思わないんですか……?」

「いや……どちらかと言えば不安だ。犯人の目的は皆目見当もつかないし、そもそも正体だって不明瞭なんだからな」

「そ、それなら、どうして……」

「……不安だからこそ、かな」

 

 優しげな笑みを浮かべて、進一は続ける。

 

「こんな状況だからこそ、気負いすぎるのは良くないと思う。不安感や焦燥感に振り回されて、事態が泥沼化……なんて事になったらそれこそ八方塞がりだからな。まぁ……だからと言って気を抜きすぎるのも本末転倒だけど」

「それは、そうですけど……」

「そんなに心配しなくても大丈夫だ、妖夢。内通者の件だって、まだ確定した訳じゃない。それに少なくとも、俺達はいつだってお前の味方だからな」

「進一さん……」

 

 そう。あくまでまだ想定の範疇を出ない段階である。そんな少ない可能性に振り回されるなんて、言ってしまえば時間の無駄だ。サークル活動にも支障をきたすし、何より精神面での悪影響も無視できない。

 それならば。一度胸中の不安感を解消すべきではないかと。進一はそう思っている。

 

「ふふっ……」

「何笑ってるんだ?」

「いえ……。進一君もだいぶ蓮子の影響を受けてきたなぁと思ってね」

「……それどういう意味だ?」

 

 クスクスと笑いながらも、メリーがそんな事を言っている。果たして褒めているのだろうか。

 

「まぁ、悪くない影響なんじゃないのかしら?」

「……そうなのか?」

「ちょーっと進一君? なんで微妙に不満げなの? 遠まわしに私を馬鹿にしてるのー?」

「……そうだな。蓮子みたいに時間にルーズな奴にだけはなりたくないな」

「ちょっ、そこは否定する所でしょ!?」

 

 どんよりとしていた場の雰囲気が解消されてゆく。糸を張ったような緊張感も徐々に解れてきて、四人の表情は多少なりとも柔らかいものとなった。

 蓮子のコミカルなリアクションが場を和ませる。それを意図して行動しているのかは定かではないが、彼女は紛れもなくムードメーカーのような役割を真っ当していた。このような少女がリーダー格というのも、それはそれで良いものなのかも知れない。

 

 そんな中。俯いていた妖夢が、顔を上げる。

 

「あ、あのっ! 私……」

 

 そこで妖夢は一呼吸置く。ギュッとスカートの裾を握り締めながらも、

 

「こっちの世界に来て出会えたのが皆さんで、本当に良かったと思っています……。その……。こ、こんな私に力を貸して下さって、ありがとうございます!」

「……藪から棒にどうしたんだよ?」

「あっ……。い、いえ、何て言うか……。ここで伝えておかなきゃならないと、そう思ったので……」

「ふふっ。ありがとう、妖夢ちゃん。でも私達はまだ幻想郷を見つける事ができていないんだから、その台詞はちょっと早いわよ?」

「そ、そうですよね。あはは……」

 

 悪戯っぽくメリーにそう指摘されて、妖夢は恥ずかしそうに笑う。

 

 確かに秘封倶楽部は幻想郷を見つける事はできていない。けれども、確実に近づいている実感はある。一歩一歩、本当に小さな歩幅なのだけれども。それでも彼女と約束した以上、進一だって諦めるつもりは毛頭ない。全力を尽くして、幻想郷を見つけ出すつもりである。

 妖夢から本当の意味での感謝の気持ちを伝えられるのは、その後で良い。

 

(東京、か……)

 

 ふと進一は、窓の外へと視線を向ける。壮観な風景を映し出していたカレイドスクリーンには、いつの間にか文字が浮かび上がっていた。

 スタッフロール。53分間の電車旅も、そろそろ終わりを迎えそうである。

 

「何か掴めるといいな」

「掴めるわよ、絶対に」

 

 進一の何気ない呟きに対し、意気込むように蓮子は答える。

 

「さて! もう直ぐ東京に到着ね! あっちに着いた後も張り切っていくわよ!」

 

 卯酉東海道新幹線は、音もなく、揺れもなく真っ直ぐに東へと走る。秘封倶楽部の面々を乗せ、ヒロシゲは静かに卯東京駅へ到着しようとしていた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。