桜花妖々録   作:秋風とも

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第121話「パラダイス・ロスト#6」

 

 魔理沙や妖夢に連れられてメリーがやってきたのは、京都郊外の一角にある寂れた雑木林だった。

 日本の首都である京都。この地域もその都内とされる場所ではあるが、都心から大きく離れている為に喧騒とは無縁である。同じ京都とは思えない程に閑散としているそこは、鬱蒼とした様子もあって不気味な印象さえも抱かせてしまう。今にも木陰から得体の知れない何かが飛び出してきそうな、そんな雰囲気さえも醸し出していた。

 

 都心で普通に生活していれば、まず誰も寄り付かないであろう場所である。だが、メリーは知っている。この場所にこうして足を運んだのは、これが初めての経験という訳ではない。

 

「ここは……」

「ええ。メリーさんの想像は正しいと思います」

 

 メリーが口にする前に、頷きつつも妖夢が答えた。

 

「貴方達は、過去の私と一度ここを訪れているはずです。博麗神社を見つける為に……」

「……ええ。そうだったわね」

 

 そう。この雑木林には、秘封倶楽部の活動で一度足を運んだ事がある。

 あの時は、蓮子が博麗神社を見つけたと言い出して、四人でこの雑木林を訪れて。けれども結局、幻想郷まで辿り着く事は叶わずに、途中で雨が降ってきた事もあって諦めて撤退したのだが。

 

「えっと、それじゃあ……。私達が向かっているのって……」

「はい。……幻想郷、です」

「……っ!」

 

 メリーは思わず息を呑む。ここに来るまでの間に何となく察していた事だったが、はっきりとそう口にされると緊張感が一気に高まった。

 幻想郷。こちらの世界に迷い込んだ子供の妖夢を送り届けようとして、だけどどうしても届かなくて。そんな幻想の楽園に、これから自分は招待されるらしい。

 

「ここに辿り着いた所までは良い線いってたんだけどなぁ。だけど、それだけじゃ不十分だ」

 

 少し先を歩いていた魔理沙が、ちらりとこちらを振り向きつつもそう口にする。

 

「幻想郷は、どこにでもあってどこにもない。例えその存在を認識する事が出来たとしても、物理的なごり押しだけじゃ逆立ちしたって辿り着けない。正式な手順ってもんが必要って訳だな」

「……論理的な結界、なんですよね。博麗大結界は」

「ああ。そうだな」

 

 メリーが尋ねると、魔理沙は頷いて答えてくれた。

 

「そう、論理的な結界。その本質に関して言えば、博麗大結界()()()頃から何も変わっていない」

「……え?」

 

 含みのある魔理沙の物言いに、メリーは思わず首を傾げる。けれども魔理沙は、それ以上この話題に触れてくる事はなかった。

 気を取り直して、とでも言いたげな様子で魔理沙は大袈裟に振り返って。

 

「さて、無駄話は終わりだ! お前も色々と気になる事はあるだろうけど、まずはあの()()()の所にお前を連れて行く事が先決だしな。あんまりあいつを待たせるのも面倒だし、それにあいつが説明した方が色々と手っ取り早いだろうし」

「お嬢様……?」

「ほら、さっさと行くぞ」

「あ、ちょっと魔理沙……!」

 

 メリーの疑問に答える事もなく、魔理沙はずいずいと雑木林の中へと足を踏み入れてしまう。妖夢も困惑気味に彼女を止めようとするが、そんな試みも無意味に終わった。

 やれやれといった様子で、妖夢は嘆息する。

 

「はぁ……。すいません、メリーさん。魔理沙が一方的に」

「う、ううん。別に、良いんだけれど……。魔理沙さん、何かあったの?」

「それは……」

 

 思わず聞き返してしまったが、何やら歯切れの悪い反応が妖夢から返ってきた。──あまり話したくないような、のっぴきならない事情があるという事か。

 

「ご、ごめんなさい、無神経な事を聞いちゃったかしら……? 無理に話さなくても良いから……」

「……そうですね。すいません、上手く説明できなくて……」

「うん、良いの……。取り合えず、魔理沙さんの事を追いかけましょ。見失っちゃったら大変だし……」

「……っ。はい……」

 

 そうしてメリーは妖夢と共に魔理沙の後を追いかける。

 足を踏み入れた雑木林は、以前蓮子達と訪れた際とそう印象は変わらない。相も変わらず背の高い雑草が伸びっぱなしで、歩きにくい事この上ない。生い茂った木々の所為で周囲も薄暗く、不気味な雰囲気が常に漂い続けている。気を抜くと足が縺れて転んでしまいそうだ。

 

「よっ……と。ったく、相変わらず進みにくいな」

 

 先を歩く魔理沙が不平を漏らす。それはメリーも同意見だった。

 本当に、この雑木林を進んでいけば幻想郷へと辿り着く事が出来るのだろうか。自分達の力では、どうあがいても結界を突破する事は出来なかったのに。

 

(幻想郷、か……)

 

 ──正直、怖くないと言えば嘘になる。そもそも幻想郷は、こちらの世界とは常識と非常識が逆転した世界。地続きとは言え、全くの異世界と言ってしまっても過言ではないと聞いている。

 そして、何より。『死霊』──進一の命を奪ったその異形は、幻想郷から発生した存在じゃないか。そんな危険地帯に、これから足を踏み入れる事になるなんて。

 

「……心配すんなよ、マエリベリー」

 

 そんなメリーの不安が、伝わったのだろうか。不意に、魔理沙が声をかけてくる。

 

「私と妖夢が傍についてる。まぁ、私の事はまだ信用出来ないかも知れないけど、妖夢に関しちゃ話は別だろ? こいつの剣術は折り紙付きだ。例え『死霊』が相手でもぶった斬ってくれるさ」

 

 そして彼女は、優し気な笑みをメリーに向けた。

 

「お前の事は、私と妖夢が絶対に護り切ってやる。だからどーんと構えておけって」

「魔理沙さん……」

 

 中々どうして、頼りになる言葉である。気休めでも何でもなく、本当に彼女達ならメリーの窮地も救ってくれるのではないかと。そう思わせてくれる印象が彼女の言葉から伝わってくる。

 ついさっきまで警戒していたのに、いつの間にか心を開き始めた自分がいる。魔理沙の距離感が比較的近い所為だろうか。この人当たりの良さは、ある意味一種の才能かも知れない。

 

 ──と。メリーがそんな事を考え始めた、直後の事だった。

 

「お? よしよし、そうこう言っている内に抜けられそうだぞ」

 

 メリー達を先導していた魔理沙が、そんな事を口にした。

 抜けられそうとは、まさか本当に博麗大結界が。遂に自分は、幻想郷へと足を踏み入れる事になるのだろうか。

 心臓の高鳴りが強くなり始める。そして、それとほぼ同時に。

 

「あ……」

 

 メリーの『眼』が、はっきりと捉えた。

 結界の、境界を。

 

(今の感覚は──)

 

 そして、その直後。

 視界が、(ひら)けた。

 

「……っ」

 

 薄暗かった視界に光が入る。その眩しさから逃れる為に、メリーは思わず腕で陰を作った。

 今の今まで雑木林の中にいて、視界の先なんてまるで認識出来なかったはずなのに。その空間は、唐突に()()()のである。眩しさに目を細めつつも、メリーは何とか目の前の光景を見据える。

 

 そこは、神社の境内だった。

 人気はなく、閑散としている。この時間帯はちょうど西日が正面の鳥居の方から差し込んでいるらしく、それ故にあそこまで眩しかったのだろう。黄昏色の境内には、植えられた桜の木からヒラヒラと花弁が舞い落ちていた。

 

 一瞬にして世界が変わったような、そんな感覚がある。あそこまで鬱蒼としていた雑木林の中に、こんな空間が広がっていたとは到底思えない。結界を超えたような感覚を『能力』で感じ取る事は出来たのだが、それでも。マエリベリー・ハーンは、驚きを隠す事が出来なかった。

 

「こ、ここは……」

「博麗神社ですよ」

 

 傍にいた妖夢が答えてくれる。

 

「幻想郷と外の世界。その境界に存在する神社です」

「博麗、神社……? それじゃあ、ここが……」

 

 幻想郷、という事か。メリーはまじまじと周囲を観察する。

 自然に囲まれた中にぽつんと鎮座する神社、といった所である。これまで通り抜けていた鬱蒼とした雑木林とは異なり、空気が澄んでいるような気がする。閉鎖された空間から突然開放されたような、そんな心地だった。

 

「ここが、幻想郷……」

 

 未だにちょっぴり現実味がない。まさか本当に、これまで全く手が届かなかった幻想郷の大地に、自分が足をつけているなんて。

 

「ははっ! 随分と良いリアクションするんだなぁ」

「そ、それは……! まさか京都に幻想郷があるとは思えなくて……」

 

 ケラケラと笑う魔理沙に対して、メリーはそう答える。実際、彼女が最も驚いているのはそこだった。

 京都は今や日本の首都だ。それ故に人口や近代的な建物だって多い。メリー達が訪れたあの雑木林だって、都心からだいぶ離れているとは言え京都である事には変わりないのに。

 

「言っただろ。幻想郷は、どこにでもあってどこにもないって。幻想郷が京都に存在する訳じゃない。今は、()()()()()()()()()()()()()、というだけで」

「え、えっと……?」

 

 謎かけのような魔理沙の言葉に、メリーは思わず首を傾げる。正直、いまいちピンと来なかった。

 そんなメリーの様子を見た妖夢が、魔理沙の言葉を補足した。

 

「幻想郷に存在する結界の効力です。辿り着く為には、正式な手順が必要……。それは逆に言えば、理論上、正式な手順を踏めば外の世界のどこからでも幻想郷に辿り着く事は可能という事です」

「結界……?」

「ええ。まぁ、京都は他と比べて繋がりやすい環境らしいですが」

 

 要するに、京都の雑木林から徒歩で辿り着く事が出来たが、実際ここは京都とは全く別の場所に位置しているという事だろうか。それでもいまいち良く分からないが。

 やはりというか、常識的な思考では納得のいく答えに辿り着く事は難しそうだ。あまり深く紐解こうとしない方が懸命なのかも知れない。

 

「ようやく戻ってきたか」

 

 ──と。そんな事を考え始めた頃、不意に第三者からメリー達は声をかけられる。振り向くと、本殿の方からこちらに歩み寄ってくる一人の女性の姿があった。

 どこか中華風の衣服を身に纏う女性である。漢服、という奴だろうか。袖が長く、身体の前で組んでいる両腕は衣服に隠れてしまっている。

 そして何より目を引くのは──尻尾だ。フサフサ毛並みの黄金色の尻尾が、九本。その特異性が彼女が人外である事をありありと物語っている。帽子に隠れているようだが頭の上には耳もあるようで、動物が人の姿に化けた妖怪という事だろうか。

 

 ──いや。あの特徴的な尻尾を目の当たりにすれば、彼女がどんな妖怪なのか何となく察する事が出来る。無論、メリーだってフィクションや伝承でしか見た事も聞いた事もないが。

 

「九尾の、狐……?」

 

 九尾の狐。元々は中国に伝わるとされる、伝説上の生物。創作上では、美しい女性の姿に化けて人を惑わす存在として登場する事がままある。大抵の場合は自分が妖怪であると悟られぬよう完全な人間の姿に化けているのだが、目の前の彼女は自分が人外である事を隠す気のない風貌をしている。

 ──お燐の猫耳や二又の尻尾もそうだったが、ここまで露骨な人外的特徴を前にすると思わずたじろいでしまう。相手が九尾の狐なら尚更だ。

 

「よう、藍。手筈通りだな。流石の私も結界を越えるのは一苦労だからなぁ。()()()()()()()があって助かった」

「当たり前だろう。何の為の結界だと思っている?」

「ははっ。まぁ、そりゃそうか」

 

 魔理沙とそんなやり取りを交わした後に、九尾の狐はメリーの方へと向き直る。

 

「それで、彼女が……」

「ああ。そうだ」

 

 魔理沙に確認しつつも、九尾の狐はメリーの事をまじまじと観察する。実に真剣な表情を向けられて、メリーは身を縮こまらせた。

 狐特有の鋭い目つきのせいか、どこか少し怖い印象を抱いてしまう。どことなく強い執着心を感じさせる、とでも言おうか。そうでなくともここまでじっと見つめられれば、流石に居た堪れなくなってしまう訳で。

 

「あ、あの……?」

「あ、ああ……。すまない。つい、考え事をしてしまった」

「考え事……?」

 

 初対面のメリーを前に考え事とは、一体どういう事だろう。

 

「自己紹介をしておこう。私は、やく……」

 

 何かを言いかけた彼女だったが、そこでなぜだか言い淀む。

 一瞬の静寂。考え込むような素振りを見せた後に、彼女はメリーに向き直ると。

 

「……いや、藍だ。ただの、藍」

「藍、さん……?」

「ああ」

 

 メリーが聞き返すと、彼女──藍と名乗った九尾の狐は、どことなくもの哀しげな笑みを浮かべた。

 

「君の事を歓迎するよ。よく来てくれたね」

「は、はあ……」

 

 思わず曖昧な反応を見せてしまうメリー。何だろう、彼女のこの雰囲気は。全くの初対面であるはずなのに、どこか負い目のようなものを感じさせるこの印象は──。

 

「え、えっと……。私の名前は、マエリベリー・ハーンです。よろしくお願いします」

 

 奇妙な雰囲気に戸惑いつつも、メリーは名乗り返しておく。悪い人ではなさそうな雰囲気だし、戸惑いこそあれどメリーの警戒心は比較的薄かった。

 メリーの名乗りを聞くと、藍は頷いてそれに答えた。

 

「ああ。君の事は、妖夢からも聞いているよ。──私も、君の事はメリーと呼んでも?」

「ええ。別に、構いませんが……」

「ありがとう。それなら、メリー。まずは君に謝らなければならない。どうせ()()は、君の都合なんてお構いなしにこうして呼び出したのだろうからね。──彼女に代わって、謝罪するよ。すまなかった」

「へ? い、いえ……。そんな、謝らないで下さい」

 

 頭を下げる藍を前にして、メリーは慌てて言葉を紡いだ。

 

「私は、私の意思でここに来たんです。きっかけは、ありましたけど……。それでも別に、誰かに強制された訳じゃありません。だから、藍さんが謝る必要なんて……」

「……そうか。強いんだな、君は」

「強い、なんて……。そんな事……」

 

 そんな事、ある訳がない。メリーは自分が強いだなんて到底思えないのだから。

 今も尚、心の中は不安でいっぱいだ。少しでも気を抜けば、あっという間に押しつぶされそうになる。──メリーはそんな心境を、必死になってひた隠しにしようとしているだけなのだから。

 

「藍は結界の管理者なんだ。普通ならもっと複雑な手順を踏まなきゃいけないんだが、今回はこいつのお陰でスムーズにここまで来れたって訳だな」

「結界の、管理者……?」

「なに、そんなに大それたものではないさ。──私は所詮、()()に過ぎない。維持するのが精一杯だよ」

 

 魔理沙に結界の管理者だと紹介された藍。けれども当の彼女は、自虐気味に首を横に振る。

 結界の管理者という事は、あの強大な博麗大結界を維持しているという訳ではないのか。実際にはよく分からないが、それは充分過ぎるくらいに凄い事であるようにメリーは思う。

 

 それなのに、何なのだろう。

 藍という女性から漂ってくる、この妙な感情は。

 

「さて、いつまでも君をこんな所に引き留めておく訳にもいかないな。魔理沙、判っていると思うが……」

「ああ、大丈夫だって。マエリベリーの事は、私がきっちり守ってやる。妖夢も一緒だし、百人力だろ?」

「……そうか。判っているのなら、それで良い」

 

 釘を刺すように藍が告げると、自信満々な様子で魔理沙が答える。

 この藍という女性、やたらとメリーの事を気にかけているような気がする。単純に優しい人だとか、心配性な人だとかという言葉だけでは、些か片付けられない。この、奇妙な感覚。

 

 何なのだろう。ひょっとして自分は、以前にも彼女と会った事があるのだろうか。

 そうメリーは考えてみるが、心当たりなどまるで見つからず。そもそも妖夢と出会うまで、人間以外の知り合いなんていなかったじゃないか。いや、相手が九尾の狐である以上、人間に化けた姿でメリーと接触していた可能性もゼロではないが──。

 

「それでは、藍さん。私達はそろそろ行きますね」

「ああ。──あ、いや、すまない。やっぱり少し待ってくれないか」

 

 思案するメリーの横で妖夢が歩き出そうとするが、藍が不意にそれを止める。何事だと言った様子で妖夢が振り返ると、何やら藍は訝しげな様子で。

 

「君達三人の他に、もう一人。どうやらついて来てしまったみたいなんだが……。知り合いか?」

「……え?」

 

 誰かがついてきている?

 その意味をメリーが理解するよりも先に、藍が()()()()に声をかけた。

 

「おい! そこにいる事は判っているぞ。いい加減、出てきたらどうなんだ?」

 

 メリー達の背後。ちょうど結界を超えてきた雑木林へと向けて、藍がそう声をかける。困惑するメリーだったが、直後にその雑木林からガサガサと物音が聞こえてきた。

 途端に漂う人の気配。観念した様子で木陰から現れたのは、あまりにも意外過ぎる人物だった。

 

「──バレてたのね。流石に誤魔化し通すのは無理かぁ……」

「あっ……!」

 

 聞き覚えのある声。──いや、聞き馴染んだ声、とでも表現しようか。

 知り合いなのか、という藍の問いかけは正解である。だって彼女は、メリーにとって知り合いどころの騒ぎではない。唯一無二の、大切な親友だったのだから。

 

「蓮子……!? どうして、ここに……?」

 

 宇佐見蓮子。昨日の朝に別れてからそれっきりだったはずの彼女が、メリーの目の前に現れたのだ。

 思わず目を疑ってしまう。だってここは、幻想郷じゃないか。いや、ついて来てしまった等と藍は口にしていたが──。

 

「げ……! お、お前、外の世界の人間か……!? 私達の跡をつけてきたのか……?」

 

 慌てた反応を見せる魔理沙。どうやら彼女もこのタイミングまで気づかなかったらしい。藍がジト目を向けていた。

 

「魔理沙……。細心の注意を払えと、あれほど口を酸っぱくして言ったんだが……」

「そ、そりゃあ……! す、すまん……。妖夢は、気づいてたか?」

「い、いえ……。ごめんなさい、私もまさか人がついて来てるとは思えなくて……」

「…………」

 

 誰も気づいていなかったとは。ひょっとして蓮子には、人を尾行する才能でもあるのだろうか。──流石に結界を超えた瞬間、管理者である藍には気づかれてしまったようだが。

 

「メリー。彼女は君の知り合いなのか?」

「は、はい。私と同じ大学生で……。私の、友達です」

 

 藍の確認に対し、動揺しつつもメリーは何とかそう答える。

 今回の件、蓮子には何も話していない。昨日魔理沙からの話を聞いて、メリーの独断でこうして話に乗る事にしていた。──無気力になってしまった蓮子を救う為。そして秘封倶楽部を復活させる為、きっかけとなる希望を掴み取ろうと。そう思っての行動だったのに。

 まさか、蓮子が。

 

「……何も言わずについて来ちゃって、ごめんなさい。でも……!」

 

 メリーと。そして幻想郷の住民を前にしても、臆する事無く。

 宇佐見蓮子は、表明する。

 

「一人で行っちゃうなんて水臭いじゃない、メリー」

 

 それは、これまで無気力気味だった彼女とは違う。

 ほんの少しだけ、いつもの宇佐見蓮子が戻ってきたような気がした。

 

 

 *

 

 

 宇佐見蓮子はメリー達の事を尾行していた。

 先に断っておくが、何も疚しい事があった訳ではない。言い訳がましいかも知れないが、結果としてこんな形になってしまっただけだ。──出ていくタイミングを逃していただけで。

 本当は、もっと早いタイミングでメリー達には声をかけるつもりだった。けれども、中々踏ん切りがつかなくて。つい、先延ばしにしてしまって。メリー達も蓮子の存在に気づいていなかったし、結果として尾行という形でここまで辿り着いてしまった。

 

 幻想郷、という事だろうか。

 九尾の狐に声をかけられた時は流石の蓮子も肝が冷えたが、ここは堂々とする事にした。オドオドするくらいなら、開き直ってしまった方が幾らかマシだ。

 それに、良いきっかけにもなった。いつまでも踏ん切りをつける事の出来ない蓮子の背中を、あの九尾の狐に押される事になったのだから。──こうして尾行がバレてしまった以上、もう後戻りは出来ない。故に、心が決まった。

 

「蓮子……」

 

 状況が飲み込めないといった様子の表情で、メリーが再び蓮子の名前を呟いている。流石の彼女も、まさか蓮子がこんな所までついてくるとは予想外だったらしい。

 無理もない。ここ最近、蓮子とメリーの交流は目に見えて頻度が減っていたのだから。──蓮子の方から避けていたと言って良い。それ故に、こうして尾行まがいな事をする羽目になってしまったのだから。蓮子の自業自得である。

 

「蓮子さん……。ついて来て、しまったんですね……?」

 

 おずおずとそう尋ねてくるのは、大人の姿の魂魄妖夢だ。

 この時代における、本来の姿の魂魄妖夢。姿形は成長しているが、伝わってくる雰囲気は子供の時から変わっておらず。

 

「……妖夢ちゃん、よね? この時代の貴方とちゃんとお話するのは、これが初めてだったかしら?」

「……ええ。確かに、そうですね」

 

 どことなく気まずい雰囲気が漂い始める。どちらかと言うと、妖夢の方が遠慮しがちな態度を取っているような気がする。まるで、後ろめたい事でもあるかのような──。

 

(……やっぱり、気にしているのかしら? 一ヶ月前のあの日の事……)

 

 目の前にいる妖夢は、蓮子達も良く知る妖夢とは少し違う存在だ。この時代における本来の住民である彼女は、霍青娥に力を貸して蓮子達に剣を向ける立場にあった。

 それものっぴきならない事情があったようなのだが──。妖夢の事だ。ほんの少しでも剣を向けてしまった事を後悔しているに違いない。

 

「…………」

 

 だとすれば、蓮子が取るべき態度は決まっている。

 ()()()()だ。余計な気遣いはかえって彼女の事を追い込みかねない。

 まぁ、その()()()()がどんな様子だったのか、今の蓮子には分からなくなってしまっているのだけれども。それでも、だ。

 精一杯、取り繕ってみる事にしてみよう。

 

「まったく。メリーも、妖夢ちゃんも。少しくらい、私に相談してくれても良かったじゃない。お陰でつい尾行する羽目になっちゃったわ」

「それは……。し、しかし、蓮子さんは……」

「メリーについては尚更よ。危ないじゃない。一人で勝手に行動しちゃ」

「え? う、うん……」

 

 自分も一人で勝手に尾行してきたのだが。それについては棚の上に置いておく。

 

「はぁ……。ったく。成る程、お前が蓮子か。こんな事ならお前にも話しておくべきだったか……?」

 

 そう口を挟んできたのは、メリー達と共にいる黒いエプロンドレスの女性である。

 外の世界でも何やらメリーと言葉を交わしていた女性。妖夢とは違い、少なくとも蓮子は彼女とは面識はない。どうやらあちらは蓮子の事を知っているようだが──。どこかで会った事でもあっただろうか。

 

「……貴方は? 私の事を知ってるんですか?」

「ん? ああ……。そうだな。お前の事は、よく知ってる。宇佐見蓮子……。多分、()()()の親族だよな」

「……? あいつ……?」

 

 ()()()。気になる単語が飛び出したが、深くは触れずに女性は自己紹介を始める。

 

「私の名前は霧雨魔理沙。なに、怪しいもんじゃない。何たって妖夢の友達だからな。なぁ、妖夢?」

「……うん。そうだね」

「え……?」

 

 頷く妖夢。けれども蓮子は、一気に情報を提示されて少しばかり混乱していた。

 霧雨魔理沙。聞いた事がある。確かに以前、妖夢もそんな名前の少女の事を友達だと称していた。──だが、妖夢は妖夢でも、それは八十年前の子供の妖夢だ。当然、霧雨魔理沙も八十年前の人間という事になるのだが。

 けれども、どうだ。目の前の彼女は、自らを霧雨魔理沙と名乗った。八十年もの年月を経たとはとても思えない程に、非常に若々しい容姿をしているのに──。

 

「なぁ、妖夢。こいつもメリーと同じような反応してるんだが。子供のお前が余計な事を言うからだぞ」

「私の所為なの……? 魔理沙がちゃんと説明しないからでしょ」

 

 困ったような表情を浮かべる魔理沙と、嘆息する妖夢。そんな二人のやり取りが、やけに現実味のないもののように思えてしまう。

 ──けれどもそこで、思い出した。

 

『魔理沙は、魔法使いを目指している人間の女の子です』

「…………っ」

 

 そうだ。あの時、妖夢は。

 

「……成る程。魔法使いというものは、不老という事なんですね」

「うん? お、おう……。何だよ、分かってるじゃないか」

「妖夢ちゃんから聞きました。魔理沙という女の子は、魔法使いを目指してるんだって。今の貴方は私達より歳上に見えますけど、多分、この八十年の間に魔法使いに至ったという事ですよね? その時点での容姿で、貴方の成長は止まっている……」

「ほう……?」

 

 感心した様子で、魔理沙はニヤリと笑みを浮かべた。

 

「理解が早いじゃないか。お前、頭の回転が相当に早いな? いやぁ、説明の手間が省けて助かる」

「……それは、どうも」

「だけどな、蓮子」

 

 けれども魔理沙は、そこで声のトーンを真面目なものに切り替える。

 

「思いつきで軽率な行動を取る事は感心しないな。まぁ、ここに来るまで気づかなかった私が言うのもおかしな話だが、お前、尾行なんてして私達が危険な連中だったらどうするつもりだったんだ?」

「それは……」

「そうでなくとも、幻想郷は決して安全地帯という訳じゃない。お前も奴ら──『死霊』を見た事があるんだろ? だったら判るはずだ」

「…………」

 

 ──何なのだろう、この人は。この口振り、ひょっとして蓮子の事を心配してくれているのだろうか。故にこそ、こうして怒ってくれている?

 けれども、だとしても蓮子は納得出来ない。

 彼女は言った。幻想郷は、決して安全地帯ではないのだと。だとすれば。

 

「……貴方にそんな事を言われても、説得力なんてありませんね。幻想郷には『死霊』が存在している……。そんな危険地帯にメリーを招き入れたのは、貴方達の方なのに」

「……まぁ、それを言われちゃ耳が痛いな」

「貴方が妖夢ちゃんの友達なら、信用出来ない訳じゃない……。でも、だとしても、こんな所で引き下がる訳にはいかないわ。メリーが貴方達と行くのなら、私も一緒について行く。一人になんてさせないんだから」

「蓮子……」

 

 感銘した様子で蓮子の名を呟いたのはメリーだった。

 判っている。これまでずっと、彼女をやきもきさせてしまっていた事くらい。──踏ん切りをつける事が出来ず、ずっとずっと逃げ続け、不甲斐ない姿を見せ続けて。この一ヶ月間、メリーには随分と不安を与えてしまっていた。

 しかし、だからこそだ。こんな所で、再び逃避を選択するなんて有り得ない。

 

 今の自分は、まだ秘封倶楽部のリーダーとしては相応しくないのかも知れない。

 だけど。それでも、メリーの親友である事に変わりはないはずだから。

 

「……それでこそ、蓮子さんです」

 

 ふと、そんな呟きが耳に入る。

 視線を向けると、魔理沙と九尾の狐へと言葉を投げる妖夢の姿が目に入って。

 

「蓮子さんの意思は固いようです。彼女も連れて行きましょう」

「はぁ!? お前、本気かよ……!?」

「本気だよ」

 

 妖夢の言葉が予想外だったのか、魔理沙が素っ頓狂な声を上げている。

 だが、妖夢はまるで怯まない。凛と、言い放って。

 

「蓮子さんは、これまでだって何度も困難を打開してきた。──()()、直接見た訳じゃないけど……。でも」

 

 疑う事すらしていない。妖夢はただひたむきに、蓮子の事を信じ切っている。

 

「蓮子さんの心意気に、()()助けられていた。そんな私だからこそ、判る。──蓮子さんの意思は、私達の邪魔になんてならない。寧ろ、力になってくれるんじゃないかって……」

 

 魂魄妖夢のそんな言葉は、魔理沙達だけじゃない。メリーや蓮子の心にも、強く響き渡っていた。

 ああ。やはり、姿形は大きく成長しても、彼女は魂魄妖夢そのものだ。どこまでも真摯に、どこまでも誠実で。そんな真っ直ぐな心意気に救われていたのは、蓮子も同じだったのに。

 まったく。そんな事を言われてしまっては、思いに答えない訳にはいかないじゃないか。

 自分達に牙を剥いた幻想から、逃げるのではない。寧ろ──。

 

「はぁ……。ったく、しょうがないな」

 

 妖夢の言葉に折れた様子で、魔理沙は頭を掻きながらもそう口にした。

 

「藍。予定が少し変わったが……」

「ああ、判っている。この様子じゃ、無理に引き留めた所で却って無茶な行動に出てしまいそうだ。寧ろあの子も、君達と一緒にいた方が安全かも知れない」

「だよなぁ」

 

 藍と呼ばれた九尾の狐も、観念した様子も見せている。どうやら魔理沙と同調したようだった。

 そうして九尾の彼女──藍が一歩前に出て来て。

 

「宇佐見蓮子、といったな? 危険を顧みずに魔理沙達についてきてしまった事は、確かに私も感心出来ない。でも……」

 

 柔らかく、そして優し気な微笑みを彼女は浮かべた。

 

「友を想う君の気持ちは、私にもしっかりと伝わってきたよ。……メリーの事を、どうかこれからも支えてあげて欲しい」

「…………」

 

 まるでメリーの母親のような事を言うのだなと、そう思った。

 でも。

 

「……言われるまでもありません。メリーは、私にとっても大切な友達なんですから」

 

 そうだ。蓮子はもう、逃げたりしない。確かに自分は、底の知れない弱さを抱えているのかも知れないけれど──それでも。メリーの傍に、寄り添う事くらいは出来るはずだから。

 

「蓮子……」

 

 今にも泣き出しそうな、そんな声がメリーの口から漏れている。

 身体を振るわせて、感情の波に飲み込まれそうになりながらも。

 

「ありがとう、来てくれて……。私、やっぱり蓮子と一緒じゃないと……」

「メリー……」

 

 不安で不安で仕方がなかったのだろう。けれどもそんな不安をメリーに抱かせてしまったのも、間違いなく自分だ。

 ならば自分には、責任がある。メリーに寄り添い、メリーを支え、そしてメリーと共に歩いてゆく、そんな責任が。

 

「……ごめんなさい、メリー。今の私じゃ、まだまだ頼りないかも知れないけれど……。だけど、それでも」

 

 故に蓮子は、メリーの手を取った。

 

「私は、メリーを支えたい。ずっと、メリーの傍にいるから──」

 

 

 *

 

 

 博麗神社で蓮子と合流したメリー達は、神社から脇道に逸れた林の中を歩いていた。

 下山する形で整備された道が続いていたようだが、そこからも脇道に逸れた形になる。当然ながら人が通る形で整備されている訳でもなく、道はかなり険し目だ。あの雑木林と比較すると幾分かマシではあるが、それでも油断すれば簡単に足を取られそうである。どうしても慎重に進まざるを得ない。

 

「メリー、大丈夫? 疲れてない?」

 

 苦戦しつつも進んでいたメリーに対し、そう心配してくれたのは蓮子だった。

 メリーとは違い、蓮子はケロッとしている様子だ。メリーと同じ道を進んできたはずなのに、まるで疲れの色も見せていない。

 確かにメリーはお世辞にも体力がある方ではないが、それを考慮しても蓮子との差は何なのだろうか。いや、そもそも蓮子が同年代の女の子としては中々にパワフルな方なのだが。

 

「ううん、大丈夫。このくらいなら、まだまだ平気よ」

「そう? ならいいんだけど」

 

 実際、へばってしまう程に体力を消耗してしまった訳ではない。肩を窄めつつも、蓮子にはそれを伝えておいた。

 ──蓮子のお陰で、メリーの身体も随分と軽くなった気がする。肩の荷が下りた、という表現は少々不適切かも知れないが、兎にも角にも心がだいぶ楽になったのは確かなのだ。

 

 この状況を変えたいのだと、そう願ってメリーは一歩前に踏み出した。その結果、蓮子に余計な心配をかけてしまう事にもなったけれど──でも。

 

(また、こうして蓮子と一緒に歩く事ができる……)

 

 そう思うと、どうしても嬉しさが滲み出てしまうのだ。

 状況が大きく好転した訳じゃない。だけど、着実に変化を始めている。メリーのこの一歩がきっかけになって、本当に道を切り開く事だって出来るかも知れない。

 無駄になっていない。

 メリーが振り絞ったこの勇気は、確かに秘封倶楽部を繋ぎ止めてくれている──。

 

「よしっ、取り合えず次のチェックポイントに到着だな」

 

 ある程度進んだ所で、先導していた魔理沙が立ち止まった。

 道なき道を進んだ先。ちょっとした広場になっている場所である。多少は開けた場所に出た印象はあるものの、特に気になるようなものは見当たらないのだが。

 

「魔理沙さん、ここって……?」

「ん? だから言っただろ? チェックポイントだって。ここまで来れば、もう着いたも同然だ。ほら、私の所に集まってくれ」

 

 よく判らないが、大人しく言われた通りに従っておく。魔理沙を中心として、メリーと蓮子、そして妖夢が寄り添う形で立ち止まる事となる。

 

「えっと、何を……?」

「事前に魔法を仕込んでおいたんだ」

「え……?」

 

 何事でもないかのように、魔理沙は言う。

 

「この場所からだと、目的地まで結構距離があるんだよ。まぁ、私と妖夢は空を飛べばそれほど苦も無く辿り着けるが、お前達はそうもいかないだろ? だからさ」

 

 言いつつも、両手を掲げて何かを集中し始める魔理沙。程なくすると、彼女の両手が淡い光を放ち始めて。

 

「結構高度な魔法なんだけどな……。だけど、私にかかれば……!」

 

 直後。

 眩い光が、メリー達の足元から不意に放たれた。

 

「────ッ!?」

 

 突然の事だった。何が何だか判らぬままに、メリーの視界は白に埋めつくされる事となる。

 直後に感じるのは、一瞬の浮遊感。メリーが最も苦手とする感覚が駆け抜けて、思わず声を上げそうになってしまう。けれど、幸いにも本当に一瞬の感覚だった。すぐに地に足をついた安定感が戻ってきて、声を上げるまでには至らない。

 やがて、視界を覆い隠していた白い光が収まってゆくと──。

 

「…………」

「お、おぉ……?」

 

 何も言えないメリー。その横で間の抜けた声を上げてしまう蓮子。

 気がつくと、彼女達は全く別の場所に()()していた。

 

 ここは──どこかの建物の中だろうか。

 洋館か何かのエントランスのような場所である。所謂吹き抜けの構造をしており、目の前には二階部分に続く階段も確認できる。床には真っ赤な絨毯。壁の装飾も赤を基調としたもので、主な光源がカンテラの蝋燭である所為もあってか、随分と真っ赤な空間である印象を受ける。

 よく見ると窓もない。カンテラ以外の光源が見当たらなかったのはその為か。やたらと広い空間であるため、密閉されている印象は薄いが──。

 それにしても、ここは一体。

 

「ふふーん。どうだ? いわゆる転移魔法ってヤツだ。中々様になっているだろ?」

 

 呆然とするメリー達の横で、魔理沙が得意げな表情を浮かべている。

 

「博麗神社から目的地までひとっ飛びだ。まぁ少し座標がズレたが……。この程度なら誤差の範疇だよな」

「転移魔法……。私も初めて体験したけど、何だか不思議な感じ。でも便利だね」

「だろ? いや、まぁ、事前準備にやたらと時間がかかるし、術式も複雑だし、魔力の操作も繊細だし……。そう考えるとあんまり便利じゃないんだけどな。全く気軽にできないし」

「そうなんだ。私は魔法には詳しくないけど……」

「ああ。ぶっちゃけ、空を飛べるのならそっちの方が早い」

 

 妖夢も多少は驚いているようだが、メリー達とは比べるまでもなく冷静である。流石は幻想郷の住民、といった所か。

 

「蓮子……。これ……」

「ふ、ふふ……。最早この程度じゃ私は驚かないわメリー。だって今更でしょ? 私達は、もう散々過ぎるくらいに幻想を目の当たりにしてるんだから……!」

「……ええ。そう、だったわね……」

 

 若干興奮気味の蓮子。こんな彼女の姿を見るのも久しぶりのような気がする。

 まぁ、それはそれとして、この場所についても色々と気になり過ぎる。一体何なんだ、この建物は。洋館である事は間違いなさそうだが、だとしてもここまで豪勢なものは初めて見た。エントランス部分だけでそう感じるのだから、実際はどれほど大きな洋館なのだろうか。

 まさか、とは思うが。魔理沙や妖夢が度々口にしていた()()というのは、この館の所有者の事を示していたのだろうか。

 

「それにしても、これで中に入れちゃったら不法侵入し放題だよね……」

「今日はあっちも来るって判ってるし、大丈夫だろ。つーか、そもそもあの門番がちゃんと責務を全うしていた事なんてあるか? この前も普通に居眠りしてたぞ」

「美鈴さん、また……?」

 

 そんなやり取りを続ける妖夢達に向けて、メリーはおずおずと声をかける。

 状況が飲み込めない。せめてここがどんな場所なのか、説明が欲しかった。

 

「ね、ねぇ、妖夢ちゃん。ここって……?」

 

 けれども

 その直後の事だった。

 

「まったく、ようやく連れてきたか」

「え──?」

 

 妖夢がメリーの疑問に答えるよりも先。不意に流れ込んできたのは、どこかで聞き覚えのある声だった。

 反射的に振り返る。エントランス中央の階段。コツコツと足音を立てて、二階から降りてくる少女の姿がそこにはあった。

 

 小柄な少女。いや、まだどこか幼さを残すその風貌は、この場にいる誰よりも歳下のように思える。華奢な体躯に、身に纏うのは薄桃色の衣服。その情報だけを見ればただの幼い子供のようにも思えるが、けれども明らかな()()()が彼女の姿には確認できた。

 それは、背中──そこから生える一対の羽である。作り物でも何でもなく、彼女の動きに合わせて時折揺れ動くそれは、明らかに血が通っていて。

 

「子供……? いや、だけど……」

 

 蓮子もまた、思わずといった様子でそんな感想を零している。

 けれども、動揺が隠せないメリー達とは違って、その少女はどこまでも冷静な様子だった。

 

「ククク……。待ちくたびれたぞ。ようやく直接相まみえる事が出来たな」

 

 いや。冷静というよりも、あまりにも態度が尊大だと称すべきだろうか。

 ──そこで、気づいた。

 

「その声……。まさか、あの時の黒猫……!?」

 

 メリーの問いに、けれども彼女は言葉で答えを示さない。

 ただ、ニヤリと笑みを浮かべるだけ。しかしその態度が、言葉に発するまでも肯定の意を強く示しているようで。

 

「おいおい、珍しいじゃないか。まさかお前自ら出迎えとはな」

「ふっ……。大切な客人だぞ。主である私自らが出迎えずにどうする」

 

 茶化す魔理沙。それでも少女は、余裕を崩す事なく。

 

「さて。魔理沙から多少の話は聞いているのかも知れないが、兎にも角にもお前を招待したのはこの私だ。いつの間にか一人増えているようだが……。この際それでも良い」

 

 蓮子の方を一瞥して、少女は続ける。

 

「お前にも興味はあったからな。色々と手間が省けたというものだ」

「……え? 私……?」

 

 冷静に考えてみれば、蓮子はこの場では部外者という事になるのか。しかし少女のこの態度、蓮子が後を追ってくる事も想定していたかのような──。

 

「さて、まずは自己紹介といこうか。まぁ、私はお前達二人の事は既に認識している。こちらが一方的に名乗る形になるが……。それでも構わないだろう?」

 

 こちらの困惑など露知らずといった様子で、少女はどんどん話を進めていく。

 横髪を右手で流し、勝気な笑みを浮かべて。ニヤリと笑うその口元から覗かせるのは、鋭い八重歯。

 

「レミリア・スカーレット。それが私の名前だ」

 

 ギラリとした両の瞳が、メリー達の姿を捉えて離さない。

 

「お前達を歓迎しよう、人間」

 

 幼い容姿とは裏腹に、尊大さとどこか高潔な品格も確かに感じ取る事の出来る不思議な少女。

 そんな第一印象を抱かせるレミリア・スカーレットという彼女を前にして、メリーはなぜかデジャヴにも似た既視感というか、記憶の奥底が微かに刺激されるような奇妙な感覚を覚えていた。


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