桜花妖々録   作:秋風とも

111 / 148
第100話「第二次春雪異変」

 

 春が奪われた。

 字面だけ見ると中々に奇怪な印象だが、けれどもそれは今の幻想郷にとって的を射た表現とも言える。

 四月も終盤に差し掛かり、あと何日かすれば五月である。既に春は真っ盛りで、気温もだいぶ暖かくなって。満開だった桜はその花弁を散らし始め、少しずつ季節は移ろいで行く。それが()()()()の姿だった。

 

 けれども、違う。

 幻想郷を包み込むのは、春真っ盛りとは思えぬ程の冷気。気温は殆ど上がり切らず、木々や草花もどこか生命力が感じられない。何より春の象徴たる桜の花が、まるで満開に届いていないのだ。

 良くて七分咲き。大体が五分咲き程度。木々はどこか痩せ細り、色合いだって極端に薄い。それはまるで、生命力を無理矢理奪われたかのような有様。

 

 極めつけは、この天候。ぶ厚い雲が空を覆い、日の光さえも遮断してしまっている。そんな暗雲から地上へと舞い降りるのは、白銀色の小さな結晶。

 ()()

 春真っ盛りであるはずの幻想郷。そんな季節に、冬の象徴であるはずの雪が、降り始めている──。

 

「萌芽の季節は逆転して、枯死の季節が広がっていく」

 

 そんな様子を眺めながらも、幻想郷の上空を飛翔していく一人の女性の姿がある。

 群青色の髪。群青色の瞳。そして、群青色の衣服。

 

「それはさしずめ生と死の境界線。表裏一体でありながら対極に位置する二つの概念が、鎬を削ってせめぎ合っている」

 

 春が消えていく幻想郷。色が失われていく世界。そんな光景を眺めながらも、彼女は笑う。

 それは歓喜の笑み。もう少しで、手が届く。長年追い求め続けてきたものが、もう目と鼻の先にあるのだ。そう思うと自然と血沸き肉躍る。高揚感が際限なく溢れ出てくる。

 

「ふふっ。これ以上ないくらい相応しい舞台ですね」

 

 千年にも渡る探究の数々は、或いはこの日を迎える為のものだったのかも知れない。全ては“夢”を手に入れる為。それを叶える為ならば、彼女は躊躇も遠慮もしない。

 それで例え、誰かの恨みを買う事になろうとも。そんな事は彼女にとって些末な問題。知ったこっちゃないのだ。

 

「さてさて、幕間のお時間はここまでです」

 

 そして彼女は、()()に降り立つ。

 幻想郷の上空。そこに存在する薄すぎる結界。それを容易く飛び越えて、彼女はその先にある()()へと足を踏み入れた。

 そこは言わば死者の世界。本来ならば死を迎えなければ訪れる事の出来ない領域。清涼で粛然。けれども生ある者にとって、そこは些か静か過ぎる。文字通り生命力に満ち溢れた顕界とは対極に位置する、魂にとっての安息の地。

 

 冥界。

 死に満ち満ちたそんな世界に降り立った彼女──霍青娥は、髪を掻き揚げて空を仰いだ。

 

「では、改めて幕を上げましょうか」

 

 そして彼女は足を踏み出す。

 コツコツと靴底を鳴らし、昇っていくのは長く高く聳える石段。枯死の季節に浸食された幻想郷とは対照的に、その石段は眩しいくらいの淡紅色で彩られている。ともすれば死者の世界として相応しくないくらいに、あまりにも生命力に満ち溢れた光景。

 

 ひらりひらりと、桜が舞う。儚くも脆い生命の一瞬が、ゆっくりと散り落ちてゆく。

 萌芽と枯死は表裏一体。生と死は切り離せない。死があるからこそ生があり、生があるからこそ死がある。絶対的な関係性。それを象徴するかの如く、繚乱しては花弁を散らし続ける桜の木々。

 そんな生命の境界線上で、霍青娥は宣言する。

 

「始めましょう。春雪異変のその続きを」

 

 それはある種の宣戦布告。

 

「そしてお見せしましょう。“死”を超越するその瞬間を」

 

 霍青娥が見据えるのは、彼女が描く理想の未来。

 その一点のみであった。

 

 

 *

 

 

 多々良小傘は、今日も今日とて空腹であった。

 神霊騒動が起きたあの日。なぜだかそれなりの満腹感を理由も判らず得る事が出来た小傘だったが、しかし彼女の幸運はそこで尽きた。ひょっとして、遂に自分にも人を驚かす才能が花開いたのではないか──等と密かに思ったりもしたけれど、やはり現実は非情である。あの日以降、小傘は驚きの感情を殆ど集める事が出来ずにいた。

 

 おかしい。

 あの時と同じように、小傘は命蓮寺の墓地で待ち伏せて人間を驚かせようとしているのに。けれども墓参りに来た人間へと何度飛び掛かった所で、あの日のような満腹感は全くと言って良いほど得られない。寧ろ人間達も小傘の存在に慣れてきてしまったようで、驚くどころか普通に挨拶を交わしてくるくらいである。

 

「ばあ! おどろけー!」

「あら、小傘ちゃん。こんにちは。今日も寒いわねぇ。小傘ちゃん薄着だし、風邪とか引かないように気を付けてね」

「あ、うん。こんにちは。付喪神は風邪とか引かないから大丈夫だよ。そっちこそ、寒くならないようちゃんと暖かい恰好してねー」

 

 ──いや。違くて。

 なぜだ。なぜこうなってしまうんだ。あのキョンシーも大人しくなってくれたし、この墓地はいよいよ小傘の独擅場になったのではないのか。お墓参りに来る人もちらほらと増えてきたのに、みんな全然驚いてくれないじゃないか。

 

 と言うかそもそも、あの時はなぜあそこまでの驚きの感情を得る事が出来たのだろう。一体、誰が驚いてくれたと言うのだろうか。

 

「はぁ……」

 

 嘆息しつつも、小傘はぼやく。

 

「あの時は寧ろ、あの妖夢って人にこっちがびっくりさせられちゃったんだけどなぁ……」

 

 まさか自分自身の驚きで腹が膨れた訳でもあるまい。かと言ってあの半人半霊がそこまでびっくりしていたとも思えないし、謎は深まるばかりである。

 

「もういいや。帰ろ……」

 

 投げやり気味に独り言ちて、小傘はとぼとぼと墓地から撤退を始める。

 時刻はそろそろ夕暮れ時。半日以上かけても驚きの感情を得る事が出来なかったのだから、流石にお腹がペコペコだ。いや、別に普通の食事でもそれなりに腹は膨れるのだけれども、やはり唐傘お化けとしては人間を驚かせてこそだ。エネルギーの充填という意味では、そっちの方が効率がいい。──それが苦手であるが故に、小傘はその辺の弱小妖怪並みの霊力しか持っていない訳だが。

 

「驚かし方が悪いのかなぁ。でもあれ以上はどうしようもないし……」

 

 『人間を驚かす程度の能力』を自己申告している癖に、中々どうして酷い体たらくである。

 

「……ん?」

 

 ──と。色々と考え事を続けながらも帰路に就いていると、不意に奇妙な感覚に襲われて小傘は足を止める。

 丁度、命蓮寺の墓地から外に出た直後のタイミングだった。感じるのは、針か何かで肌をちくちくと刺激されるような感覚。痛みがある訳ではない。あくまでちょっと、肌に刺激を感じるだけ。それでも無視出来るくらいに小さな刺激という訳でもなく、小傘は思わず顔を顰めた。

 

「うわっ……。なにこれ……?」

 

 ピリピリ、ピリピリ。

 これは何だ? 霊力か何かだろうか? 小傘だってこれでも付喪神の端くれ。霊力やら妖力に対して、少なくともただの人間よりかは敏感である。この肌をちくちくと突くような感覚から察するに、かなり強い霊力がどこかから放たれていると推測出来る。

 この方角。命蓮寺の本殿辺りだろうか。僧侶の殆どが妖怪で構成された寺であるし、何か特別な修行でもしているのかも知れない。命蓮寺の僧侶でも信者でもない小傘は、その辺はあまり詳しくないが。

 

「それにしても、少し強く放出し過ぎじゃない? 人間にも毒なんじゃないかなぁ」

 

 強すぎる霊力や妖力は、生身の人間には少なからず精神的な悪影響を及ぼしてしまう。命蓮寺には人里から通う人間の信者も多いのに、この霊力は些か度が過ぎているじゃないだろうか。

 一体、何をやっているんだろう。気になったので、小傘はちょっぴり様子を見に行ってみる事にする。空腹感が満たされなかった以上、せめてこの好奇心だけでも満足しないと命蓮寺まで足を運んだ割に合わない。どうせ本殿の前を通り抜ける事になるのだろうし。

 

 いや。空腹感に関しては、人を驚かせる事が壊滅的に苦手な小傘が悪いのだけれども。

 それはそれ、これはこれだ。

 

「よし……」

 

 心の中で適当に言い訳を並べた後に、小傘は命蓮寺の本殿へと足を向ける。石畳が張られたこの小さな雑木林を抜ければ、すぐ本殿の脇に出る。それから石段を登って、本殿前の広場へと──。

 

「……え?」

 

 足を、踏み入れようとしたその時。

 多々良小傘は、息を呑み込む事になる。

 

「なっ……!」

 

 まず目に入ったのは淡紅色であった。

 激しい強風。渦巻く霊力。まるで小さな竜巻でも発生しているかのように、激しい霊力の奔流が何かに吸い込まれていくような様子が見て取れる。強風に巻き込まれるのが淡紅色の何か。小さな小さな、破片のような。あれは、桜の花弁か何かだろうか? まるで命蓮寺──。いや、人里を中心として非常に広範囲の桜から、一気に花弁を集めてきたかのような。そんな感覚を覚えてしまう程に濃い淡紅色だった。

 

「な、なになに……!? 何が起きているの……?」

 

 小傘は思わず後退る。あまりにも異常な光景。淡紅色が深すぎて、底が知れぬ程に気持ちが悪い。これも命蓮寺の修行の一環なのか? だとすれば一体どんな修行なんだ?

 ──現実逃避をしている場合じゃない。こんなの修行の一環であるはずがない。これほどまでの規模の異常現象。最早ある種の『異変』じゃないか。一体何が原因で、こんな事に。

 

「あっ……!」

 

 目を凝らすと、人影を認識する事が出来た。

 本殿前の広場。石畳によって整理されたそこに、三人分──いや、四人分の人影を確認する事が出来る。そのうち二人は知っている。命蓮寺の僧侶である入道使いの少女と、彼女が使役する見越入道。確か名前は、雲居一輪と雲山だったか。三人目は知らないが、その容姿から察するに人外である事は間違いなさそうだ。下半身が殆ど霊体化してしまっている事から、亡霊か何かだろうか。

 

 そんな三人の人影は、しかし楽しく談笑などをしている訳ではない。皆一様に地に倒れ伏し、ぐったりとしたまま殆ど動かない。この位置から見ているだけでも判る。彼女達は、意識を失ってしまっているのだ。それもこんな野外で。それが何を意味するのかなんて、それこそ火を見るよりも明らかだった。

 

 原因は明白。あの霊力の奔流が集中する中心。そこに確認できる、もう一人の少女。

 淡紅色が強すぎて、はっきりとその姿を認識する事は出来ない。けれどもチラリと目に入った容姿から、その少女が何者なのか小傘は推察する事が出来た。

 見覚えがある。小傘はあの少女を、前にもどこかで見かけた事がある。あれは、そう。命蓮寺の墓地だ。人を驚かせる為に小傘が足繁く通っていた墓地。そこに突如として出現した、一人のキョンシーの少女。

 

「あの人って……」

 

 思わず物陰に身を潜めつつも、小傘は状況を観察する。目を凝らしてジッと確認してみるのだけれども、やはり彼女で間違いない。

 宮古芳香。どこか抜けた印象を受けるキョンシーだったはずの彼女は、しかしそんな普段の印象とは裏腹に、達観した面持ちでそこに佇んでいた。

 

 

 *

 

 

 そもそも蘇我屠自古は、この宮古芳香という少女とあまり深い関りを持っている訳ではない。

 霍青娥が使役するキョンシーの一人。屠自古にとって彼女は精々その程度の認識でしかなく、それ以上の関係でもそれ以下の関係でもない。キョンシーという存在は主の命を機械的に実行する傀儡のような存在に過ぎず、要するに青娥にとって体のいい操り人形に過ぎないのだ。少なくとも屠自古はそう思い込んでいた。

 

 故に屠自古は宮古芳香に対する興味関心が薄かった。彼女よりも重要視すべきはその主である霍青娥。神子が信じる彼女の事を、自分なりに少しでも理解してみようと。そんな考えが屠自古の中にも少なからず存在していたから。

 だから、という訳だけでもないけれど。宮古芳香への関心は、ますます薄くなっていたと言えよう。彼女は所詮操り人形。だから深く理解しようとするだけ無駄なのだと、心のどこかでは自然とそう思い込んでいたのかも知れない。

 

 自分は宮古芳香の事を何も知らない。

 彼女が一体、霍青娥にとってどういった存在なのか。何一つ、理解出来ていない──。

 

「……春が、集まる」

「……は?」

「…………」

 

 理解しようとしなかった。理解する努力どころか、素振りを見せる事すらしなかった。

 だからまるで警戒心すら抱いていなかったのかも知れない。青娥がいなければこいつは何も出来ないのだと、無意識の内にそう思い込んでいたのかも知れない。

 

(春……?)

 

 それ故に、蘇我屠自古には何も出来ない。

 何も理解出来てないからこそ、芳香がどんな行動を取るかなんて想像すらも出来る訳がない。例え微かに違和感を感じとる事が出来たとしても、そのタイミングでは何もかもがあまりにも遅すぎる。

 

 芳香のか細い呟き。虎視眈々と、何等かのタイミングを見計らっているかのように鋭く空を見上げる彼女の姿。何かが狂い始めているかのような、そんな気味の悪い雰囲気。

 そして。春にしては少し低すぎる、気温。

 屠自古がそんな違和感の認識を始めた、その次の瞬間だった。

 

「ッ!?」

「わっ! な、なに……!?」

 

 ごうっと。突如として強風が発生したかと思うと、その次の瞬間には屠自古は吹っ飛ばされていた。

 訳も判らず強風に襲われる身体。急激な浮遊感。その直後、全身へと響く激しい衝撃。吹き飛ばされ、全身が石畳に叩きつけられたのだと、そう認識するのに些か時間を有してしまった。

 

「うぐっ……!」

 

 痛みを覚え、顔を顰める。それでも何とか身体を起こし、屠自古は体勢を持ち直した。

 何が起きたのか判らぬまま、屠自古はフラフラと顔を上げる。相も変わらず、強風が身体を打ち付けてきて。

 

「いったぁ……! な、何が起きたの……!?」

 

 屠自古と同じように吹き飛ばされたらしい一輪が、強打した後頭部をさすりつつも歩み寄ってくる。そして目の前の()()を認識した途端、彼女の表情が驚愕に塗りつぶされた。

 

「えっ……?」

「こいつは……!」

 

 そして屠自古もまた、息を呑み込んで目の前のそれを見据える。

 激しい霊力の奔流。それが境内のど真ん中に渦巻いている。周囲の空気を巻き込んで渦巻くそれは、単なる霊力の放出とはあまりにも印象が違う。言うなればあれは、()()ではなく()()。淡紅色の何かが、急激にその一点へと吸収されているかのような。

 

 そして。

 

「ッ! あいつ……!」

 

 ()()()()。渦巻く霊力のど真ん中にいるのは、他でもないあのキョンシー。

 彼女はゆらりとこちらを振り向く。感情が籠っていない冷たい瞳で、彼女は屠自古達を見つめている。その少女──宮古芳香は、先程の天真爛漫とは打って変わってどこか無機質な様子だった。

 

「お前、何を……!」

「……今。遂に私の真なる役割を果たす時が来た」

「は……?」

 

 屠自古が問うと、芳香は答えてくれる。

 けれど、その言葉はあまりにも支離滅裂。その意味なんて、屠自古には殆ど理解出来ない。

 

「春を感じ、春を崇め、春を憂い、春を集める。一つの生命が終焉し、死という終着を迎える枯死の季節。その先に存在するのは、生誕する萌芽の季節。数多の生命が誕生し、そして数多の生命が眠りから目覚める。そんな世界を艶やかに彩るのは、幽雅に咲き乱れる墨染めの桜」

 

 屠自古の問いに答えているようで、けれどもまるで意味が不明な言葉の数々。これまでも芳香の口から支離滅裂な言葉が飛び出す事はあったけれど、今回のそれは今までとは明らかに雰囲気が違う。

 背筋に悪寒が走るような、根拠もないけど嫌な印象。この感覚を、強いて言葉に言い表すとすれば。

 

「よ、芳香!? 一体全体、急にどうしちゃったのよ……!?」

 

 駆け寄ってきた一輪が、様子がおかしな芳香へと向けて言葉を投げかける。

 彼女が浮かべる表情は、酷い困惑。まるで状況が呑み込めず、狼狽が彼女の心を支配して。不安定な想いが言葉となって、一輪の口から零れ落ちた。

 

「こんなの……! 何だか全然、芳香らしくないじゃない……!」

 

 芳香らしくない。成る程、確かにこの違和感は、そんな一輪の言葉が一番しっくり来る。

 一輪の言う通りだ。こんなの全然、芳香らしくない。霍青娥の支配下に置かれているとは言っても、今までの彼女にはどこか愛嬌というか、親しみやすさが存在していたはずなのに。

 それなのに、今はどうだ。あまりにも無機質。これまでのどこか間の抜けた様子が嘘であったかのように、今の彼女の瞳はどこまでも鋭い。

 

「……らしくない?」

 

 声が、響く。

 雲居一輪の言葉に対し、宮古芳香がそれに答えたのだ。これまで殆ど会話の体を成していなかったはずの、あの芳香が。

 

「私らしいって、一体何だ?」

「……えっ?」

 

 彼女は淡々と問いかける。

 逆巻く霊力の奔流。その中心で、小首を傾げて。

 

「キョンシーとは元来、主人である術者の傀儡に過ぎない。例えその表面上がどんなに無邪気で人懐っこい人格であろうとも、逆に無口で不愛想な人格であろうとも。それは術者が幾らでもプログラム可能な領域に過ぎず、キョンシー自らが形成する個としての人格とは成り得ない。それを示して“らしい”などと表現するのも、些か無理がある話だとは思わないか?」

「な、何を言って……」

「それはこっちの台詞だ、雲居一輪。お前は私に、一体何を求めているんだ?」

 

 宮古芳香は捲し立てるように言葉を並べる。どこまでも饒舌に、どこまでもつらつらと。

 故に、違和感。信じられないとでも言いたげな様子の雲居一輪が浮かべる表情は、ただただ愕然。理解出来ぬものを前にした際に生まれる、ある種の恐怖心。訳が分らない。分からないこそ、激しい動揺が胸中を駆け抜ける。

 

 それは、屠自古も同じだった。

 

「何だよ……。何なんだよ、お前はッ……!」

 

 蘇我屠自古は怒号する。

 

「訳わかんねーよ! お前は一体何者なんだ!? 一体何を考えていやがる!? 今まで私らに見せていた態度は何だったんだ!? どうして急に、こんな……!」

「おぉう……。うるさいぞ……。そんなに一度に訊かれても、訳が分からなくなるじゃないか」

 

 鬱陶し気にそう答える芳香。何やらフラフラと覚束ないような足取りを見せている。どうやら彼女、情報処理能力が劇的に変化した訳でもないらしい。

 しかしそれでも、この違和感が払拭された訳ではない。何かヤバイ事が起きているのだと、そんな警鐘が屠自古の中で鳴り響き続けている。

 

 屠自古の思考がぐるぐる回る。彼女の頭の中を支配するのは、このキョンシーに関する考察。

 宮古芳香。屠自古が彼女と初めて出会ったのは、こうして亡霊の身になった後の事だ。神子に道教を薦めた頃の霍青娥は、その傍らにキョンシーを連れている事はなかったはず。つまり青娥は、神子達が尸解仙となるべく眠りについてから今日までの千と数百年の間に、宮古芳香というキョンシーを従え始めたという事になるが。

 

(くそっ……。でも、だから何だって言うんだよ……!)

 

 そんな考察を続けた所で、屠自古には芳香の本質など理解出来るはずがない。

 ひょっとしたら、あの人なら。青娥の友人でもある豊聡耳神子ならば、宮古芳香というキョンシーについても何らかの()()くらいなら出来ているかも知れないが。

 

「むむぅ……。そうだな。お前の質問に答えてやろう、蘇我屠自古よ」

 

 屠自古が思考を続けていると、芳香がそう言葉を投げかけてくる。

 反射的に思考を切り上げ、そして屠自古は改めて芳香へと向き直った。

 

「質問だと……?」

「私が何を考えているのか、それを知りたいんだろ? まぁ、特に取り立てた事を考えている訳でもないが」

 

 困惑する屠自古を余所に、芳香は続けた。

 

「私は然る御方……霍青娥により生み出された戦士(キョンシー)である。故に私の行動原理は、全て青娥に起因するのだ。私はあくまで青娥に恭順する。青娥が満腔の熱意を籠めて真理を探究すると言うのなら、私も全身全霊を以てしてそれに答えよう」

 

 宮古芳香は、淡々と語る。

 自分は霍青娥の従順な傀儡として、彼女に付き従っているのだと。

 

「私は青娥の為に行動する。青娥が何を感じ、何を考え、何を願い、そして何を夢見ているのか。その“何”が何であろうとも、私が取るべき行動に影響は及ぼさない。青娥の障害と成り得る要素が存在しているのなら、私は徹底的にそれを排除しよう」

 

 宮古芳香は、言葉を紡ぐ。

 淡紅色の霊力の真ん中。感情をまるで感じさせない表情。そして芳香は指を差す。凝り固まってしまった関節を、精一杯に動かして。屠自古と、そして一輪と雲山。指を差し示す先にいるのは、彼女ら三人。

 

「そして……」

 

 宮古芳香は、宣言する。

 

「お前達は……多分、邪魔だ」

「なんだと……?」

 

 ──その時だった。

 宮古芳香から妙な霊力が放たれ始める。けれどもそれは、彼女が身に纏っている淡紅色の霊力とは別のものだ。奔流を形成し、そして芳香に集まっていく淡紅色のそれとは異なり、その霊力は屠自古達に擦り寄ってくるような感覚がある。淡紅色とは逆方向。空気の流れに逆らうように放たれたそれは、あっという間に屠自古達の周囲に()()した。

 

 嫌な、雰囲気。一体何のつもりだと、屠自古がそう問い掛けようとしたその次の瞬間。

 

「あ、れ……?」

 

 ふらりと、誰かの身体が揺れるような気配。反射的に振り向くと、力なく崩れ落ちる雲居一輪の姿が目に飛び込んで来た。

 慌てた様子で雲山が彼女の身体を支えようとする。けれども、そこまでだ。雲山もまた不意にその表情を顰め、一輪と共に脱力する。何が起きたのか分からないとでも言いたげな形相のまま、二人は力なく倒れ伏してしまったのだ。

 

 屠自古の胸中に動揺が走る。

 

「お、おい! どうしたんだ!?」

 

 そして屠自古は、倒れ伏した彼女達に駆け寄ろうとするが。

 

「ッ!?」

 

 ぐわんと、視界が揺れる。頭の中が掻き混ぜられ、急激に意識が遠退いていくような感覚。全身の力が抜け落ちて、霊力も上手く籠められなくなる。

 身体が、動かなくなる。嘔吐感にも似た気持ち悪さが、身体中に一気に駆け抜けた。

 

(な、何だこれ……。まさか……!)

 

 毒か何か、だろうか。しかしこんなにも即効性で、しかも亡霊である自分にまで効果が及ぶ毒など──。

 

「殺しはしない。死ぬのはよくないことだ。あれだけはいけない」

 

 薄れゆく意識の中、芳香の声だけが頭の中に響く。

 けれども屠自古は、答えられない。言葉を発するのも億劫になる程に、激しい倦怠感に襲われてしまって。

 

「だからお前達は、しばらくそこで大人しくしているがいい」

 

 意識が遠くなっていく。思考が働かなくなっていく。あれこれ色々と考えるのさえも、面倒くさくなってきた。

 ダメだ。この感覚はダメなのだと、そう理解しているはずなのに。

 

(くそっ……。私、は……)

 

 何の抵抗も出来ぬまま、屠自古もまたバタリと倒れ伏してしまった。

 

 

 *

 

 

 その日。西行寺幽々子が違和感を感じ取ったのは、夕暮れ時に居間で日本茶を啜っていた時の事だ。

 ピリピリと、肌を撫でるような霊力の流れ。それほど強大な霊力という訳ではない。けれども冥界の管理者たる幽々子だからこそ感じ取る事が出来る、微かな違和感。不意に異物が迷い込んだかのような感覚。

 

「あら……?」

 

 これは、本来この冥界にはあるはずのない感覚だ。けれども幽々子にとって、それは然して馴染みの薄い感覚という訳でもない。何せこの白玉楼には、ここ最近は()()()()の来訪者も良く訪れているのである。それ故に、違和感は覚えど不信感は早々には覚えない。

 そう、この感覚は──。

 

「幽々子様? どうかなさいましたか?」

 

 不意に声をかえられる。その声の主──座卓を挟んで幽々子の向かい側に腰かけているのは、白玉楼の庭師である魂魄妖夢とはまた別の少女である。金毛九尾の狐。八雲紫の式神。八雲藍は、ここ最近の例に漏れず、妖夢不在の穴を埋める為に今日も白玉楼を訪れていた。

 今は家事もひと段落し、こうして幽々子にお茶を入れてくれた後である。家事に関しては専属の幽霊が他にいる訳だし、毎回藍が態々手伝いに来てくれる必要もないのだが──。どうやら紫きってのお願いらしく、彼女は生真面目にもそれに従っているらしい。

 

 まぁ、おそらく藍の私情も多少なりとも混じっているんだろうなと幽々子は思う。紫もそうだが、藍も大概心配性だ。魂魄妖夢という最大戦力が白玉楼を離れている今、曲者にでも侵入されたら大変だとでも思っているのだろうか。幽々子だって相当強力な『能力』を持っているし、そんな心配無用なのだが。

 

 一先ず、それはそれとして。

 首を傾げる藍へと向けて、幽々子は感じ取った違和感を説明した。

 

「どうやら誰かが顕界から冥界に入って来たみたいなの。霊力の中に余計な生気が混じってて」

「誰か、ですか?」

 

 幽々子は頷く。

 微かな霊力の乱れ。それに混じる生気。それだけを認識してしまえば、結論を下すのは幽々子にとって造作もない事だ。

 顕界から、誰かが結界を超えて冥界へと足を踏み入れている。だが、しかし。

 

「うーん……。でも、覚えのない感覚ねぇ。魔理沙や早苗とも違うし、誰かが間違ってひょっこりと迷い込んじゃったのかしら?」

「……っ」

 

 幻想郷と冥界は、比較的往来が容易である。それ故に、幻想郷の住民が間違って迷い込んでしまう可能性もなくはない訳だが。

 

「そうか……。まさか、本当に……?」

「……藍?」

 

 何やら急に考え込むような素振りを見せた藍を前にして、幽々子は怪訝そうに首を傾げた。

 何だろう。藍の様子が少しだけおかしい。彼女が何かを考え込む事自体はそれほど珍しくもないのだが、それでも醸し出す雰囲気が違う事くらいなら幽々子でも感じ取る事が出来る。

 今回の藍は、いつも以上に緊迫しているような。

 

「どうしたの? 何かあったの?」

「……いえ」

 

 尋ねるが、藍は首を横に振ってしまって。

 

「確かに、周囲の霊気に淀みが生じているような感覚はありますね」

「あ、藍にも判る? これってやっぱり生者の気配よね?」

「それは、どうでしょうか……? 私はそこまで冥界の知識に精通している訳ではありませんので」

「ふぅん……。でも多分……いえ、きっとそうよ」

 

 藍の事は気になるが、今はこの生気の方が重要である。こういうケースは非常に稀だが、前例がない訳でもない。

 覚えのない気配。もしも意図せず冥界に迷い込んでしまった者がいるというのなら、冥界の管理者としてそれは見過ごせない。そのまま冥界で遭難して、顕界に帰れなくなったりでもしたら大変だ。誰かが帰り道を示してやらなければなるまい。

 

「こういう場合、いつもは妖夢が行ってくれるんだけど……」

 

 しかし今は妖夢が不在だ。彼女は今頃、進一と共に地霊殿の古明地さとりの所へと向かっている最中のはず。彼女の事を頼りには出来ない。

 その代わり、今は藍が傍にいてくれる。彼女に頼むと言う手もあるけれど──。

 

「まぁ、今回は私の出番かしらね~」

 

 何も幽々子は白玉楼に籠りっ放しの箱入り娘という訳でもない。流石に頻繁に顕界へと赴く訳にもいかないが、冥界内ならそれなりに自由な行動を取ってしまっても問題はないのである。

 迷い人に顕界への道を示す程度なら、何てことない簡単なお仕事だ。その程度を熟せぬ幽々子ではない。

 

 そうと決まれば善は急げだ。幽々子は日本茶の入った湯飲みを座卓に置き、座布団からおもむろに立ち上がる。そして迷い人のもとへと向かうべく、居間を後にしようとするが。

 

「お待ちください、幽々子様」

 

 歩き出そうとしたその瞬間、藍に呼び止められてしまった。

 幽々子と殆ど同時。座布団から立ち上がった藍は、何やら神妙な面持ちで幽々子の事を見据えている。そんな彼女が漂わせるのは、やはりどこか緊迫したような雰囲気。普段以上に真剣な様子の八雲藍の姿。

 再び違和感。そして、困惑。堪らず幽々子は口を開く。

 

「え、えっと……。藍? どうしたの?」

「幽々子様。実は貴方に一つ、お願いしたい事があるのです」

「……お願い?」

 

 訊き返すと、小さく頷いて藍は答える。

 

「確かに幽々子様の仰る通り、何やら胡乱な雰囲気が冥界の霊気に混じっているようです。ですが幽々子様、どうか貴方は何もお気になさらないでくれますでしょうか。私と共に、この居間で待機して欲しいのです」

「……え?」

 

 あまりにも唐突で、そして話の筋がどこかおかしい藍の要求。思わず幽々子は息を呑み、そして言葉を見失ってしまう。

 この居間で待機して欲しい? 何だ、そのお願いは。それじゃあ、まるで。

 

「藍……。貴方まさか、何か知っているの……?」

「…………」

 

 八雲藍は何も答えない。けれどもその沈黙が、まるで幽々子の問いに対する肯定の意のように思えてしまって。

 

「知っているのね?」

「……申し訳ございません、幽々子様」

 

 藍は口を開く。頭を下げて、謝罪の言葉を口にする。

 

「私からは、何も言えません。そんな私の言葉を黙って受け入れろなど、それはあまりにも身勝手で烏滸がましい要求だと重々承知しております。ですが……」

「……成る程ね。やっぱり、紫に何かお願いされているのね?」

「…………」

 

 返って来たのは沈黙。口籠った藍が、何やらやるせないような表情を浮かべているのが目に入る。

 生真面目な藍らしい反応だ。そのお陰、と言ってしまうと少し意地悪だけれども。幽々子は何となく状況を察する事が出来た。

 

「紫ったら……。さっき霊夢と何か話してたみたいだけど……」

 

 息抜きと称して先ほど突然白玉楼に押し掛けてきた霊夢だったが、その後の彼女の行動はどこかおかしな点が見受けられた。

 どうにも少し緊迫したような雰囲気を漂わせていたり、急に紫と二人になりたいと言い出したり。そもそも幽々子は紫を招き入れた覚えはない。彼女が神出鬼没なのは今に始まった事ではないが、しかし──。

 

(やっぱり、紫の様子もちょっとおかしかったわよね……)

 

 彼女は幽々子に気取られないようにしていたみたいだが、それでも幽々子には何となく判る。()()()、紫は取り繕うのが得意な方ではあるけれど、幽々子くらいの付き合いになると身振り手振りのちょっとした違和感から流石に察してしまえるのである。

 彼女は、何か良くない事を幽々子に隠している。幽々子に説明すべきではないような、そんな不穏な要素を紫は予感している。

 

(……多分、霊夢も紫と同じ理由よね)

 

 当の霊夢は、紫と何かを話したきり幽々子のもとへと帰ってきていない。一人でのんびりしたいといった具合の理由を紫から言伝で聞いてはいるのだが、この様子だとその言葉も出任せである可能性が高い。

 果たして彼女らは、何を考えているのだろうか。一体全体、何が起きようとしているのだろうか。

 

「ねぇ、藍。本当に何も話せないの? 紫にはどこまで口止めされているの?」

「それは……。すいません、幽々子様。それ以上は……」

「何も言えない? まぁ、そうだろうとは思ってたけど……」

 

 これ以上、藍を追求した所で無駄だろう。紫からのお願いであるのなら、彼女は決して口を割らない。それほどまでに忠実な式神なのだ、彼女は。

 

(紫……)

 

 紫の事も、霊夢の事も、幽々子は信頼している。きっと彼女らには彼女らなりの考えがあって、幽々子には詳しい説明をしなかったのだろう。こうして藍に幽々子の行動を抑止させているのも、彼女らにとっては必要な措置という事か。

 

(それなら、あんまり出しゃばらない方が良いのかも知れないけれど……。でも……)

 

 今は状況が状況だ。幽々子だって、下手に場を引っ掻き回すのは避けたい所である。それ故に、ここは藍の()()()を呑んでおくのが吉なのだろうけれども。

 

「……っ」

 

 やっぱり、心配だ。

 紫や霊夢が何を考えているかなんて、あくまで個人的に想像する事しか出来ない。あれこれ色々な事を考えてしまって、否が応でも不安感は煽られてしまう。

 一体、何が起きようとしている? 一体どんな問題が迫っている? 紫達の想いを無駄にはしたくないが、それでも──。

 

「何か……。紫達は何か、危ない事をしようとしてるんじゃないの……? もしも私の為にそんな事をしようとしているのなら、今すぐ辞めさせて欲しいの」

「幽々子様……」

「ねぇ藍、お願い。これだけは教えて……。紫達は、大丈夫なのよね……?」

「それは……」

 

 一瞬、間が開いてしまうけれど。

 

「……きっと、大丈夫です。私は紫様を、信じていますから」

「藍……」

 

 藍の瞳はどこまでも真っ直ぐだ。それは主である八雲紫に忠誠を誓い、全幅の信頼を寄せた式神の瞳に他ならない。彼女達の間には、それほどまでに強固な繋がりが存在している。幽々子との親友関係とは違う。それとはまた別種の、繋がりのカタチ。

 

(私は……)

 

 藍は紫を信じている。それなら幽々子は、どうすべきなのだろう。このまま藍を振り切って、無理矢理にでも紫に話を聞きに行くべきなのだろうか。それとも大人しく藍の()()()を聞き入れるべきなのだろうか。

 妥当なのは後者だ。それは判っている。判ってはいるつもりなのだけれども。

 

(何なの……。この、胸のざわめきは……)

 

 不安感が溢れ出る。嫌な予感が掻き立てられる。

 判らない。酷く、漠然とした感覚。けれども何か、確信めいたものが、幽々子の中に存在しているような気がして。

 踏ん切りをつける事が出来ない。ただ、憂慮だけが際限なく膨れ上がってしまって。

 

(紫……。霊夢……)

 

 けれどそれでも、西行寺幽々子は。

 

(ねぇ、お願い。お願いよ……)

 

 この釈然としない感覚の中では。

 

(どうか、無茶だけはしないで……)

 

 ただ祈る事しか、出来ない──。

 

 

 *

 

 

「おや……?」

 

 一瞬、文字通り瞬く間に何かが発光したかと思うと、その次の瞬間には激しい光が周囲に炸裂した。

 冥界。白玉楼へと続く長い石段。そこを律儀にも昇っていた霍青娥だったが、不意に膨れ上がる霊力を感じ取り、彼女は大きく後ろに飛び退いて飛翔する。殆ど不意打ちのような形で放たれた霊弾だったが、しかし青娥は冷静だった。

 炸裂音と共に立ち込める白煙。袖口についてしまった煤を払いつつも、青娥は顔を上げた。

 その視線の先。白玉楼へと高く伸びる石段の先に佇むのは、青娥に霊弾をお見舞いした張本人。

 

「ふぅん……。ま、この程度ならヨユーで躱すわよねぇ」

 

 気だるげな声調。有効打など初めから期待していなかった様子で、彼女はそんな事を口にしていた。

 霊力を軽く放出して周囲の白煙を吹き飛ばすと、対峙していたその少女の姿がはっきりと露わになる。紅白の特徴的な巫女服。艶のある黒い髪。そして気の強そうなその容貌。ここは冥界であるが、目の前にいるこの少女は死者などではない。

 明確な生者。青娥と同じように幻想郷から結界を超えて来たのであろう、とある人間の少女。

 

「あらあら……」

 

 青娥は肩を窄める。そして彼女は、ほんのりと表情を綻ばせて。

 

「うふふっ。博麗の巫女さんじゃないですか。お久しぶりですね」

「…………」

 

 あくまで笑顔を浮かべたままで、青娥は彼女の通称を口にする。そんな青娥と対面する当の彼女──博麗霊夢は、判りやすく苛立ちを募らせた表情でそこに佇んでいて。

 

「ったく。ようやく尻尾を掴んだわよ邪仙女」

 

 ビシッと、彼女はお祓い棒を青娥へと向けてくる。

 博麗霊夢は睥睨する。この数週間、誰一人として捕捉する事の出来なかった奇々怪々な邪仙──霍青娥へと向けて。

 

「随分と好き勝手やってくれたじゃない。でもそんなかくれんぼもここまでよ。最早あんたに選択肢なんて残されていないわ」

 

 そして何の迷いを生じさせる事もなく、彼女は声高に宣言した。

 

「さっさとこの私に退治されなさい!」

 

 博麗の巫女。妖怪退治の専門家にして、異変解決のエキスパート。

 そんな自分の役割を全うしようとする、活力に満ちた人間の少女を前にして。

 

 霍青娥は、思わず口角を吊り上げるのだった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。