ハチマンと別行動になってから三日が経った。
結局あれから四日間、このデスゲームが終わる気配はない。どのくらいの人が死んだのかも分からないし、本当に死んだのかも、分からない。
ただ、俺たちがまだゲームの中に閉じ込められている。それだけで状況を理解するのには十分だった。なにせ、”助けが来ない”。それが何を意味するのかが分からないほど、SAOプレイヤーたちは馬鹿ではなかった。
いつ自殺やPKが横行し始めてもおかしくない。いや、もしかしたらもう手遅れなのかもしれないが……。
一方で、SAOの状況を鑑みた上での俺たちの立場はどうかと言えば、比較的良好と言える。
クラインはまだ《はじまりの街》を拠点にして仲間を探している最中らしい。《石碑》の名前が無事なのだからまだどこかにいるんだろうが……。だから初めから《情報屋》を頼りにしておけばよかったものを。
ハチマンは、分からない。
というのも、二日前に『ユキノを見つけた、捜す必要はもう無い。』と連絡が来てから連絡が取れないのだ。クラインにも訊いてみたが、ちょうどその頃から街で見かけなくなっていたらしい。
自分から姿を消したのなら捜しても意味はない。むしろ、見つけてしまった時の方が危険と言える。ユイとかいう少女と出会った時のあいつは……完全にキレてたからな。
「なぁ、カイト。本当によかったのか、これで。」
「……どういう意味だ?」
「とぼけるなよ。本当に俺たちだけで来てよかったのかってことだ。今からでもクラインやハチマンたちと合流するべきなんじゃ……。」
「それは駄目だ。」
「どうして!」
こいつは本当に……。これがなければ一人にしたって心配するようなことはないんだがな。ま、それがこいつの良さでもあるか。
「……合流して、どうするんだ? 一人前になるまで、面倒を見るとでも言うつもりか?」
「あぁ、そうだよ。「生意気言ってんじゃねぇ。」……ッ!」
「今のお前に何ができる。確かに俺たちはβテスターだ。だがな、今俺たちがやってるのはβテストとは違う、全くの別物だ。お前もこの三日間で嫌という程思い知っただろ。」
「そ、それは、そうだけど。」
まだ食い下がるか。しょうがない、あんまし伝えたくはなかったんだが……。
「お前にはまだ伝えてなかったが、今のところでの死者、βテスターがほとんどだそうだ。」
「な、なんだよそれ!?」
「だから言ってるだろ。βテスターでも死ぬんだよ、容赦なくな。最前線にいる限り、俺たちは最強でなくちゃならん。そのレベルにあいつらは、まだついてこれねぇよ。」
ハチマンだけ、クラインだけならともかく、あいつらの守りたいものまで俺たちが面倒を見ることはできない。合流したところで、何もしてやれないのは明白だ。
「……すまない。確かに何も分かってなかったみたいだ。」
「謝ることはないさ。ただ、これは覚えておけ。俺たちはまだ弱い。あいつらを手助けしてやれるのはもっと確かな力をつけてからだ。」
「あぁ、わかったよ。……ありがとう、
「お、おう、分かればいいさ、
き、急に兄貴とか呼ぶんじゃねぇよ。びっくりするでしょうが。
そう、俺とキリトは現実世界では兄弟なんだ。もちろん、《皆藤哲》が兄で《桐ヶ谷和人》が弟。ちゃんと血も繋がってる歴とした兄弟。
名字が違うのは、まぁ、家庭の事情ってやつさ。
俺たちは今、とあるクエストを受けている最中だった。
《森の秘薬》という名のクエストで、依頼主は村で薬師を営むNPCのお婆さん。種別は《アイテム採集》、実質《エネミー討伐》だ。
対象は《リトルネペント》というエネミー。こいつには通常の種類に加え、《花付き》と《実付き》と呼ばれる異種が存在するんだが、そのうちの《花付き》からドロップする《リトルネペントの胚珠》というアイテムを持っていけばクエストクリア。その報酬として武器を手に入れることができるというものだ。
なぜこのクエストを受けているのか。それは、この報酬の武器が《アニール》というもので、この第一階層における最強の武器と言っていい代物だからだ。いや、しっかりと強化を施したりすれば、二、三階層上でも通用するはず。
本来なら真っ先に手に入れておきたい武器だったが……SAOがデスゲームと化した以上、優先順位の変更は避けられないことだった。
この四日間で俺たちが主にやっていたことは以下の三つ。
まずは、所持金の確保。
ポーションや装備などのアイテムはこれがなくては始まらない。《森の秘薬》に最善の状態で挑むためにもこれを行わないわけにはいかないだろう。
次に、情報の整理。
さっきもキリトに話したが、βテストと今のSAOとではかなりの変更点が見受けられていた。βテスターであることは有利には違いないが、だからと言ってゲームが簡単になるわけではない。
しかも、集めた情報を《情報屋》に売ることができれば一つ目の目標も達成できるし、後続への支援にもなる。まさに一石二鳥、いや、一石三鳥だ。
そして最後に、この世界への順応。
ある意味、これが一番重要と言えるかもしれない。今を逃せば、次はどのタイミングでできるか分からないことだ。
ある時、突然恐怖に体が竦んでしまうようなことがないよう、こまめに戦闘を繰り返しながらここで生きていく覚悟を決めた。そう、おそらく数年単位で棲みつくことになる。
これを怠れば、自分がどこにいるのかも見失った状態に陥りかねない。
そんなこんなで、少し出遅れる形で俺たちは森の中でリトルネペントを狩っているのである。
「なかなか出ないな、二体目の《花付き》。」
《花付き》や《実付き》の異種は百体に一体の割合でしか出現しない。こればかりは地道に探索を続けるしかないな。
「今日中には終わらせて次に進みたいんだがなぁ。お、ほらほら、次の群れが来たぞ。」
リトルネペントは群生型のエネミーで、大体は三〜五体が一つの群れとなって出現する、
攻撃手段はツルによる物理攻撃と消化液による遠距離攻撃の二種類。消化液の方は、確率でマヒ、及び毒のバッドステータスのおまけ付きだ。
「って言ってもさ、二人だけじゃずっと戦いっぱなしだし……。そろそろ休憩しちゃダメ?」
「ダメ。」
無駄口を叩きながらでも対応できる程度の強さではあるんだが……。四体のリトルネペントを倒して一息つく暇もなく、また次の群れを探す。確かにしんどいのは分かる。
せめて、あともう一人いれば……。
「あの、お二人は《花付き》を探していらっしゃる方々でしょうか……?」
その時、森の陰から一人の少年が俺たちに声をかけてきた。
森の中を彷徨っていたら、とんでもない勢いでリトルネペントを狩っている二人組に遭遇してしまった。あ、いや、遭遇したんじゃなくて見つけたの間違いだった。
願っても無いチャンスだ……
「何だ、お前。俺たちに何か用か?」
と思っていた時期が僕にもありました。え、何かこの人、既に怒ってませんか? ただ声を掛けただけなんですけど……。
「おい、キリト、何もそんな言い方しなくていいだろ。すまんな、何かこいつ、ちょっと疲れてるみたいで気が立ってるんだよ。で、どうかしたのか?」
あの人はキリトって言うんですか。こっちの人は優しい人でよかった……。
「ぼ、僕はコペルって言います。先程から見ていて、お二人ともとても強かったので声を掛けただけで……。僕も《森の秘薬》をやっている最中ですから、もしよければ一緒にやらせていただけないかなぁ、なんて……。」
「あぁ、いいぜ。「ちょ、カイト!」別にいいじゃねーか。ちょうど疲れてきて人手が欲しいところだったし。」
「はい、足手纏いにはなりませんから!」
「ほら、コペルもこう言ってるし。」
「でも、さっき人を助けるのは力をつけてから、って言ってたじゃないか。」
「それとこれとは別だろー。これは手助けじゃなくて協力だよ、協力。」
「ったく……いいよ、分かったよ。俺の名前はキリトだ、それじゃよろしく、コペル。」
「俺はカイトだ。よーし、今日中にあと二つ見つけるぞー!」
よ、よかった……。けっこう歓迎してくれたみたいだ。カイトさんがいい人で本当によかった。
「そういえば聞いておきたいんだが、お前ってβテスター?」
「え、な、なんでそれを!?」
「いや、だって、四日目で《森の秘薬》を受けるくらいだし、さっき《花付き》って言っただろ? その言い方を知ってるのはβテスターくらいかと思ってさ。」
「な、なるほど……。」
え、エスパーですか、この人……。
二人とも強いし、弱い僕なんかとは大違いだ。どうして同じβテスターなのにこんなに駄目なんだろう、僕……。
やっぱり、弱い僕が生き残るためには、なりふり構ってる暇なんて、ないよね。
俺「あれ? なんかキリトとカイトが兄弟だって書いてなくね?」
キリト&カイト「せやな。」
はい、兄弟でした。
《悲報》
ヒッキーがぼっちに転向。
内容の一部訂正をしました。