『俺は今まで何を手に入れてきたのか』
時々、考えることがある。
友人とゲームセンターに立ち寄った時、一人で読書に耽っている時、飯を食べている時、風呂に入っている時。
そんな、ふとした日常の中で疑問に思う。
振り返ってみれば、いつだって与えられてばかりの人生。自分の力で勝ち取ったものなんて、実は何一つないのではないか、と。
そんな悲観的になるには俺はまだ若すぎる。それはもちろん、分かっている。たかが二十に過ぎない、この生きてきた年月では、先人たちが築いてきた世の中から何か一つでも奪えるものがあると思うことが傲慢なのだということは。
ただ、それでも。たかが、だとしても。俺はこれまで生きてきて、生かされてきて。
何も得ることができずに、誰かと同じような人生を送っているだなんて考えたくなかった。
俺がここにいる。だったら、俺が歩む道は俺だけのものでなければいけないのではないか。
これは義務。そう、義務なのだ。そうに違いないと、俺は俺に言い聞かせる。
だってもし、もし何もなすことができないのなら
きっと俺の存在は
嘘に違いないのだから……。
◻︎◻︎◻︎◻︎
場所はとあるアパート。
押入れとベッド、大量の本が詰まった棚がある寝室。それ以外には小さな台所があるだけの、ひどく簡素な一室。
ただ、その本棚が普通ではない。そこに収納されている本の中には勉学の参考書や世界各地の地図帳・歴史書、果てには宗教に関する神学の本まであるらしい。この部屋の主は余程の向上心の持ち主か、それともただの物好きか。
「(やっと……やっとこの時が来た!)」
そして、今まさにそこで喜びに身を震わせている一人の大学生こそがこの部屋の持ち主のようだ。短く刈り上げた黒髪に、大きめな背格好の割には無邪気な笑みを携えている《
彼の手の中にはヘルメットのような形をした機械が収まっている。
「(βテスト以来、あの世界を何度夢に思い描いてきたことか……。それにしても買いに行った時のあの行列は半端じゃなかった。優先購入チケットがなかったら絶対に買えなかったね。)」
その機械の名前は《ナーヴギア》。
脳に直接電子化された五感情報を与えて仮想空間を形成することで、目や耳などの感覚器官を介さずにまるで自分の体そのもので動き回っているかのような体験をすることができる、最新式のゲームハードである。
その画期的な性能はもはやゲームのみに留まらず、あらゆるジャンルでの活躍が期待されていた。
さらに、このナーヴギア、2022年にとあるゲームがソフトとして発売されることでも世間を大きく賑わせている。
《ソードアート・オンライン》、通称SAO。
上記のフルダイブ技術を用いた世界初のVRMMORPG、つまり仮想世界を自由自在に走り回ることができるという夢のようなゲームである。発売が決まった当初から日本だけでなく世界中でも注目を集めていた。
そして、何を隠そう彼も……いや、わずか千人のみに許された
「(あいつとの待ち合わせもあるし、そろそろ準備すっか!)」
場所変わって千葉。ここにもSAOの発売を待ちわびた者が二人、そのサービス開始を今か今かと待ち望んでいた。
「お兄ちゃん、五時間だよ、小町が帰ってきたら交代だから! そもそも、それ手に入れたの小町なんだよ、本当なら小町が先なんだからね!!」
「あぁ、分かってる。本当に感謝してる。俺の妹は幸運の女神様だ。ちゃんと女神様の分まで楽しんどいてやるから安心しろ。」
「もー! 絶対だから! もし破ったら小町、手がすべってお兄ちゃんのこと蹴り飛ばしちゃうから!」
「手がすべって蹴り飛ばすって……何を言っているんですかね、このアホの子は……。」
《
普通に買えば十万円以上もする上、その評判ゆえにネットなどで見れば倍の値段でも手に入れることは出来ない超のつくレア物。確かに、女神といっても過言ではないかもしれない。
しかし、SAO開始時にその女神は家にいないためしぶしぶ兄に先を譲ったのである。
「そういえばさ、由比ヶ浜さんと雪ノ下さんはなんて言ってたの?」
「あぁ、一応、SAOをやる予定あんのか聞いてみたんだが……」
「それで? なんてなんて?」
「キレられた。」
「なんで!?」
《
その部活というのが、その存在そのものをネタに小説が一本書けそうな程に変わった代物なのだが……ここでは一先ず割愛することにしよう。
「一つ。ナーヴギアは高い。」
「うんうん、ウチみたいなのは稀だもんねー。由比ヶ浜さんさんは手に入れられなかったのか。ん? でも雪ノ下さんは? 確かお家がお金持ちじゃなかったっけ?」
「まぁ、聞け。二つ。この世には三種類の人間が存在する。普通の人間と、方向音痴と、さらに方向音痴を拗らせてしまった残念な人間だ。」
「なるほどなるほど。つまりどゆこと?」
「マップが読めないんじゃRPGは話にならんだろ。」
ゲームができないのが悔しかったのは分かるが、逆ギレされた方としてはたまったものではない。
それでも、さすがは県議会議員の娘といったところか。βテストにはちゃっかり参加していたということを意味するのは言うまでもない。
「あちゃー。それはしょうがないねぇ。それじゃあ小町は行ってくるから。約束は守ってよー!」
「わーかったって。この命にかえても守り通してみせる。」
「ありがとー、でもそういう重いのはいらないからー。」
「ったくあいつはホントに……。」
ついでに言っておくと、八幡は割と重度のシスコンである。
「(こっちもそろそろキャリブレーションだけでも済ませておくか。トイレも済ませておかねぇと。)」
同時刻、《
そして彼らは
「「「リンクスタート!」」」
仮想世界へとダイブした。