こうして、私達は出会う(完結)   作:珍明

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追記:16年5月8日、17年3月10日、誤字報告により修正しました


14.休暇でも安寧はない

 首なし馬車に乗り込もうとしたクローディアは、アンブリッジに執拗な態度で引き留めれた。

「貴女はもっと魔法界について正しい認識を得なければなりません。この休暇は貴女にとって絶好の機会です。お待ちになって!」

「お気持ちだけで十分です」

 馬車が空気を読み、走りだしてくれた。

 笑顔のままアンブリッジは、睨むような視線で見送ってきた。傍らで、フィルチに宥められていた。

「こわ……何さ、あれ?」

「ハリーがいなくなってた事、相当ブチ切れていたから、貴女だけでも逃がさないようにしたかったんじゃないの?」

「家族が入院したんだから、大目に見てよねえ」

 パドマとパーバティは、わざとらしく身震いする。国境を越える2人が羨ましくも思えた。

「まさか、駅に到着できないように妨害されないわよね?」

 ハーマイオニーは警戒して、杖を構えた。しかし、難なく汽車へ乗車出来た。

 コンパートメントを2人で独占し、休暇中の予定を変更する話をした。ハリー達を放って、休暇を満喫など、出来ないからだ。

「私、パパとママに説明してくるわ。勉強に専念したいって言えば一応、納得してくれるから」

「こっちも用事を済ませたら屋敷に行くさ」

 『不死鳥の騎士団』本部、グリモールド・プレイスの屋敷だ。ハリー達もそこにいる。アーサーの身も案じているが、『ポケベル』の腕輪が見せた反応も気になる。

「ほお、私との用事をさっさと済ませるつもりかい?」

「そうじゃないさ。ウィーズリーさんに何があったのかあぁ!?」

 いつの間にか、クローディアの隣にコンラッドが座っていた。ハーマイオニーも声に驚き、やっと彼に気づいた様子だ。

「それって『目くらましの術』ですか?」

「応用だよ、認識をズラすんだ。私の姿を目にしても気にしないようにね」

 ハーマイオニーとのやり取りで、魔法ではなく、武道の鍛錬により気配を消したのではと解釈できる。

「どうして、ここにいるさ?」

「迎えに来たんだよ。アーサーの見舞いに行こうと私を出し抜くかもしれないからね」

 出し抜くつもりはない。しかし、近い考えを見抜かれていた。

「ハリーは、ヴォル、デ、モートに操られているんでしょうか?」

「どうして、そう思うんだい?」

 ハーマイオニーは聞き返されても、教師との押し問答のように真剣だ。

「ハリーの傷です。あれは、あの人が意図せずつけてしまった絆のようなモノだって、前に聞きました。それにあの人が蘇る時、ハリーの血を使っています。その事で、いらない絆が強くなってしまったんじゃないかと思います。だから『閉心術』を教授されなければならないのでは?」

 鋭い指摘に感服する。クローディアに敵愾心を持ったり、ボニフェースの夢を見るなど、ハリーの思考は確実に蝕まれている。ヴォルデモートの仕業なのは、明確だ。

 しかし、ハーマイオニーの優れた推理力には、叶わない。

「……成程、なかなか聡明だね。だから、色々と抱え込んでしまう。ハーマイオニー、君は少し休みなさい。折角の休暇なんだ」

 コンラッドの諫めに、ハーマイオニーは上品な笑顔を見せた。承諾を見せない彼女は、大人しく休むはずもない。

「それで、ハーマイオニーの考えは合ってるさ?」

「操られるというより、同化に近いね。いや、憑依のほうがいいかな? とにかく、闇の帝王はハリーを自分の身体にしたいんだろう。今の身体は当座で手に入れたようなものらしいからね」

 意外とスラスラ話すコンラッドに、驚いてしまう。勿論、憑依の部分にもだ。

「つまり、ジニーの時みたいにって事さ? 話しちゃっていいさ? てっきり、隠そうとすると思ったさ」

「このくらいなら、隠す必要もない。それにおまえ達が相手だからだよ」

 急にコンラッドは立ち上がり、クローディアの荷物を魔法で消し去っていく。ベッロが抗議しようと、虫籠から顔を出したが、一緒に消された。

「さっさと屋敷に行きたいのだろう? なら、おまえの用事は済ませよう」

 差し出された手を見て、『姿くらまし』を思いつく。随分と、クローディアを気遣うコンラッドに企みを疑ってしまう。

 しかし、疑っても仕方ない。クローディアはハーマイオニーに再会を約束して、その手を取った。

 

 煉瓦の道に並んだ商店、ダイアゴン横町にいた。突然、現れた親子にトンガリ帽子の魔女や魔法使いは驚かない。通行人はぶつからないように避けてくれた。

 眼前には老舗の杖専門店『オリバンダーの店』がある。ダンブルドアから、店主オリバンダーに会うように勧められた事を思い出した。

 コンラッドは顎で、店を指す。視線だけ返し、クローディアはノブに触れて店内へと足を踏み入れる。

 

 ――来客を報せるベルが鳴った。

 

 店内に懐かしさを覚える。実際、ここに来たのは新入生の時だけだ。魔法界を知り、戸惑いや驚きで無邪気に感動していた頃だ。

 

 ――本当に無知だった。

 

「いらっしゃいませ」

 暗い奥から、オリバンダーは棚梯子をスライドさせて現れた。意外な登場の仕方に少しだけ驚いた。

「ああ、ついに来れられましたね。クロックフォードさん」

 待ち侘びた口調で、オリバンダーは表情を輝かせた。いそいそと梯子を下り、店主は杖を振るう。窓のシェードカーテンが下がり、店内は更に暗くなった。

 カウンターのランプは灯りを強くし、2つの椅子の存在を教えた。オリバンダーに勧められて座り、クローディアは裾から杖を取り出す。

「こんにちは。早速ですが、この杖について教えてください」

 丁寧に杖を受け取ったオリバンダーは、懐かしむ手つきで杖を撫でる。

「ええ、ずっと待っていたとも。あなたがもう一度、この杖と共にわしを訪ねてくれるのを」

「杖はいろいろと私を助けてくれました。感謝しています」

 本心を述べ、頭を下げる。しかし、オリバンダーは杖に夢中でクローディアを見ていない。

「わしが作った杖は自分の主を選んできおった。しかし、この杖だけは貴女の為に用意されたのじゃ。あの方は貴女の手に渡った事を喜んでおられた」

「貴方が作ったモノではない、ということですね? どなたか聞いても良いですか?」

 オリバンダーの言葉の区切りを狙い、質問した。店主の穏やかな目は、更に優しく垂れる。

「ニコラス=フラメル氏です」

 高名な錬金術師の作、その真実に心地よい緊張感が心臓を刺激させた。同時に、フラメルさえもクローディアの関わっていた重大さに、知らずと口元は強張る。

「フラメル氏がご店主に預けたということですか? 私がこの杖を見つけたのは、偶然ではなかったと?」

「いいや、偶然じゃ。貴女は本当に偶々この杖を見つけてしまったのじゃよ。それによってフラメル氏は杖を貴女に渡す決心をされた」

 質問に対し、オリバンダーは素直に答える。更に衝撃の事実を告げる。

「実を申しますと、わしと貴女は今日が初対面なのです。貴女が杖を買いに来て下さった日、応対したのは、わしではない。わしに変じたフラメル氏、ご本人でのお」

 心臓から電流を流れた感覚、それ程の衝撃を受けた。

 動揺で言葉を失ったクローディアを放置し、オリバンダーは続けた。

「貴女に直接、渡したかった事もあるでしょうな。一番の理由は、わしは嘘をつけないと性分のせいじゃ」

 衝撃が抜け、ようやく声を出せるようになったクローディアは納得した。

「……ではスクイブに売ったという話も、使われずに戻ったという話も、フラメル氏の適当な嘘だったんですか?」

「はい、貴女に疑われないように渡すには多少の嘘も方便というもの」

 突然、オリバンダーは笑みを消して緊張を強くした。

「この杖には、『生命の水』を与え続けた柳とフラメル氏が雛よりお育てになられたグリフォンの羽を材料になっておる。貴女にしか、従わぬ特別な杖での。おそらく他の杖には出来ぬ事がいくつか行えるはずじゃろうて」

 すぐに思い付いたのは、失われた髪飾りを破壊せしめた時だ。魔法ではなく、直接、叩きつけた。バジリスクの牙と同等の力を持っていると推測できる。

 しかし、バジリスクの石化から護って貰えなかった。

「特別でも万能ではないですね。依存しないように気をつけます」

 率直な感想を述べれば、オリバンダーは笑いのツボを押されたように噴出した。

「ええ、全くその通り! 杖は魔法のひとつの手段にすぎん。魔法の極意でもなければ、絶対不可欠の代物でもない! いやはや、恐れ入った!」

 上機嫌に笑い、オリバンダーは立ち上がる。

「わしの話はここまでじゃ。こんな老いぼれの話は貴女には必要なかったかもしれぬ」

「いいえ、身のあるお話でした」

 礼を述べ、クローディアが椅子から立ち上がる。それを合図にしたように、シェードカーテンは上がった。本当に話は終わったのだ。

 店の外で待っていたコンラッドは無言で手を出しだす。同じく、無言でクローディアが掴むと『姿くらまし』した。

 

 次は雪に埋もれた森だ。

 『暗黒の森』と違い、穏やかな陽光が木々の隙間から地上へ降り注ぐ。肌に空気の清浄さが伝わってくる。物語に出てくる透明感のある湖さえ、風景画の一部に見えてしまう。

「ここは何処さ?」

「私の生まれた土地だよ。このまま着いてきなさい」

 素気なく答え、コンラッドはクローディアの手を繋いだまま歩いた。

 小一時間も歩き、森の奥深くへただ進む。急にコンラッドは身を屈めた。手を繋いでいるせいで、クローディアも屈まされる。

 そこには水溜りがある。彼の指先が水面に触れ、波紋の広がった瞬間、2人を飲み込んだ。しかし、衣服はおろか、身体も濡れない。沈んだ様子もない。

 視界が鮮明になり、民家の玄関口に2人は立つ。ハグリッドの家に似た造りだ。周囲は水中にいるように揺らいでいる。

「お父さんの家ってわけさ、火事になったって聞いたさ」

「誰に聞いたか知らないが建て直したんだよ」

 何の感慨もなく、コンラッドは扉を開ける。

「ほっほお! ようやく帰って来たか、コンラッド! 寂しかったぞお」

 柿色の絨毯を敷き、滑らかな家具の配置された玄関。そこから見える居間に、セイウチ……もとい、スラグホーンが堂々とソファーで寛いでいた。ベッロとカサブランカは、宿り木でカードゲームに勤しんでいた。

(またか……)

 意外な人物のはずが、慣れのせいで驚けない。

 スラグホーンに挨拶してから、コンラッドを階段の下まで引っ張る。

「ツッコむ気力もないから聞くけどさ。どうして、スラグホーン先生がいるさ。ここって今は先生の家さ?」

「先生は今『死喰い人』の勧誘から逃げ回っていてね。3日を置かずに住処を変えていらっしゃるんだよ」

 深刻すぎる事態に、ぐうの音も出ない。

「一応、聞くけどさ。先生からも私に話があるさ? 私の誕生に先生も手を加えたとか、そういう話……」

「いいや、先生は何もしていないよ。そんな心配せずに休みたまえ。夕食には起こしてあげよう」

 苦笑してコンラッドは、2階を指差した。

「すぐにでも本部へ行けるようにしたいから、荷物は解かないさ」

 2階には3部屋あったが、自室は簡単に判別出来た。畳を置いた部屋など、クローディア以外使わない。荷も解かれず、トランクも隅に置かれていた。

 畳を見て、安心感が脳髄に行き渡る。着替えも何もかも面倒で、そのまま倒れこんだ。

 

 夕食の時間まで、爆睡した。

 食卓におでんを見て、クローディアの気分は向上してしまう。冬に鍋を囲む醍醐味は本当に久しぶりだ。スラグホーンは元教え子の手料理に感動の涙を流していた。

 食後の紅茶を飲み、落ち着いた雰囲気が食卓を包んだ。流しでは、勝手にスポンジと蛇口が動いて食器を洗っている。

 急に、スラグホーンはクローディアとコンラッドを交互に眺めてきた。純粋な眼差しは、ルーナが『しわしわ角スノーカック』等の生物を話す時に似ている。

「ここにボニフェースがいれば、私は歴史的瞬間に立ち会えたものを……惜しいなあ」

 限定品を購入損ねた収集家のような口調に、クローディアは苦笑する。

 この御仁には、髪の毛を調べさせられた。幾分か、事情を知っているのだろう。しかし、コンラッドの機械的な表情が青ざめていた。

「スラグホーン先生、ボニフェースが『ホムンクルス』だと知っていたのですか?」

「ええ!? お父さん、先生に何も話してないさ!?」

 コンラッドの質問に驚いて、変な声が出てしまう。スラグホーンはきょとんっと目を瞬いた。

「知っとるとも、ボニフェースから全部なあ。あいつが『俺、ホムンクルスなんです』とか言い出した時は、ついに頭がパーになってしもうたと本気で心配したもんだ」

「どんな事か聞いても良いですか?」

 興味ではなく、確認の意味で問う。スラグホーンは快く聞かせてくれた。

「大した事ではないぞ。『ホムンクルス』とベンジャミンが『逆転時計』で時を遡った! それだけ事じゃよ」

 重大な事柄をご存じだった。全容ではなく、その部分だけなのだろう。

「その事、誰かに言いましたか?」

 椅子を蹴る勢いで立ち上がり、コンラッドは深刻な表情でスラグホーンに問いただす。

「言うわけあるまい! 魔法省に嗅ぎつけられたら、おまえさんも生まれてこれんかったぞ。あいつの髪やら、爪やらを存分に調べさせて貰った時は、研究者としての腕が鳴ったわい! 教授の仕事がなければ臓物まで調べれたものを……」

 悔しそうに顔を歪め、スラグホーンは紅茶を飲んで気分を落ち着かせた。コンラッドの緊迫は解けない。クローディアは口を挟まず、ただ成り行きを見守る

「何の目的で、ボニフェースは先生に明かしたんですか?」

「子供が出来るか確認じゃよ。それで、産まれた子への影響などもな」

 話に聞くボニフェースの性格を考えるなら、当然だ。しかし、コンラッドは完全に他人事のように納得していた。

「お父さん、わかってるさ? 子供って、お父さんの事さ」

 クローディアの言葉で、コンラッドは驚愕に目を見開く。しばらく、沈黙してから、椅子に腰かけた。

「では……この子が『ホムンクルス』だと、最初から気づいていたんですか?」

「勿論だとも。わしが知っていると気づけぬとはコンラッドよ、おまえさんもまだまだ青いな」

 愉快そうに笑うスラグホーンに、コンラッドはぐうの音もでない。言葉に詰まる彼の姿が珍しい。

 クローディアにしてみれば、少々、吃驚した程度だ。闇の帝王に漏洩されないのならば、誰が知っていようと構わない。否、悪用しないのならばだ。

「さっき臓物がどうのって言ってましたけど、私達を解剖したりしませんよね?」

 別の不安がこみ上げ、クローディアは問う。

「今のところ、君達の髪で十分じゃよ」

 スラグホーンの満面の笑みが余計に不気味な印象を与えた。

 

 翌朝、スラグホーンは挨拶もなく去っていた。

「本当に自由気ままな人さ。朝御飯は食べて行ったさ?」

「サンドイッチぐらいは、持たせたよ」

 白米、味噌汁、出汁巻き卵、キュウリの漬物、梅干し、緑茶。健康的な朝食を終え、身支度を整える。

 トランクとベッロは虫籠ごと、コンラッドの魔法で先にブラック家へ送られた。カサブランカは羽根の色を変え、水面にしか見えない空へと飛び去った。

「そういえば、私が『ホムンクルス』だって知っているのは誰がいるさ?」

「騎士団では、ダンブルドアとディーダラスの2人だけだ。もっとも、私の知る限りはだけどね」

 ダンブルドアは当然としても、ディグルにも知られていた。それでも、ドリスの孫、コンラッドの娘として接してくれた。そう考えると、クローディアの周りは愛情に満ちている気がした。

 昨日と同じ、小一時間歩き、キングズ・クロス駅に『姿現わし』した。豪快なクリスマスの装飾には、圧倒される。途中のスーパーマーケットもクリスマスムードだ。店員は全員サンタの帽子を被っている。

 ジョージがマグル式の玩具を欲しがっていた事を思い出し、彼の為に購入した。本部で待つハリーや他のウィーズリー兄弟、ペネロピー、ジュリアの分も用意した。

 コンラッドは日用品や食材を買い込んでいた。

 大荷物を堂々と抱え、2人はブラック家に到着した。

「絶対に別れてやらないんだから! ねえ、お願いよ! 考え直してよ! 悪いところは全部治すから!!」

「いい加減にしてくれ! しつこいぞ! 俺の拳が炸裂する前に、は・な・せ!!」

 玄関ホールでジュリアが号泣していた。足にしがみ付く彼女をジョージは必死な形相で引き剝がす。

 階段の手すりで、修羅場を見学するハリー達が見えた。皆、ジュリアへの憐みの視線を向ける。しかし、ベッロだけは空気を読まずに玄関ホールへ飾りつけをしていた。

 クローディアとコンラッドに気づき、ジョージは奥の居間へジュリアを引っ張り、乱暴に扉を閉めた。

「やあ、クローディア。コンラッドさん」

 居間の扉を警戒しながら、ハリー達は下りてくる。真っ先にジニーはコンラッドと日用品の買物袋を持ち、厨房へと運ぶ。

 クローディアもハリー、ロン、フレッドに荷物を持ってもらった。2階でシリウスとクリーチャーがクリスマスの飾り付けをしていた。2人とも、無言でせっせと星やらなんやらを貼って行く。

「やあ、クローディア。早かったね」

 ぎこちない笑顔でシリウスは挨拶してきたので、返事をした。クリーチャーに挨拶しても、唸るような変な声しか聞こえなかった。

 女子部屋には、クローディアの荷物がちょこんと置かれていた。

「こんなに何を買ってきたの?」

「クリスマスプレゼントさ。それより、アーサーさんの容体はどうさ?」

 早速の本題に3人は苦笑した。その渋い笑顔はアーサーは入院中も変わらない証拠だ。

「元気だよ、【ウィリー=ウィダーシン逮捕】の記事を読んでて、その人の話しかしてくれなかった。ちなみにその人は呪いの逆噴射でトイレを爆発させたらしいよ。すっげえ、どうでもいいわ」

「フレッドが任務中だったんだろうって聞いたら、ママまでトイレ男の話をしてろって」

 フレッド、ロンは不満を述べる。

 任務と聞いて、クローディアの心臓に冷水が落ちた。視界の隅で、ハリーを意識する。彼は努めて冷静に振舞っていた。

「……僕らが帰ろうとしたら、マッド‐アイが来てね。部屋から追い出された。ジョージが『伸び耳』を貸してくれて、盗み聞きしたよ。マッド‐アイは僕が蛇の目を通すなんて、おかしな事態を避ける為に『閉心術』を教えてるんじゃないのかって、カンカンだった。でも、モリーおばさんはそのお陰でアーサーおじさんが助かったんだって諫めてくれていた」

 一度、言葉を区切り、ハリーは寝台に腰かける。クローディアがよく使う寝台だ。

「今朝ね、ベッロが教えてくれた。僕とヴォルデモートとの間の絆が強くなって意識を繋げようとしているんだって……、蛇はおそらく墓場にいたあの蛇だよ」

 ハーマイオニーの推理は的中だ。自然と緊張感が部屋を包む。

「ボニフェースさんが夢に出てくるのは、繋がりを防ごうとしてくれているって……。ヴォルデモートの中にある彼への未練みたいなモノがそうさせているんだろうって、ベッロは言ってた」

「ジニーと話したさ? 彼女なら、ヴォルデモートに操られる感覚がわかるさ」

 ロンとフレッドの肩がビクッと痙攣した。

「うん、ジュリアが来る前に話したよ。まあ、ベッロに聞いてみろって言われたからなんだけど……。ジニーに呆れたよ。「幸せな人」だって、本当にその通りだ」

 複雑そうに笑い、ハリーは髪を乱暴に掻く。

「それで、ヴォルデモートに操られている時は記憶がないそうなんだ。気づいたら、時間が経っているってね。……汽車に乗っていた時だ。傍から見たら、寝ていたかもしれないけど、もしかしたら……、あいつは僕を通して皆を見ていたのかもしれない」

「いや、あの時、君は寝てた。間違いないよ。きっと……たぶんだけど、まだ操れないんじゃないかな? だから動かせなかったとか?」

 不安がるハリーをロンが咄嗟に否定した。

 クローディアもロンの意見に賛成だ。まだ、ハリーは憑依されていない。だが、いつか、憑依されてしまう可能性は高い。

 否、確定である。

「休暇中も校長先生か、スネイプ先生に『閉心術』を訓練して貰えないさ?」

「わからない。伝言はあったけど、「待っていて欲しい」ってだけだ」

 ハリーとロンの寝室に飾られたフィニアス=ナイジェラスの肖像画がその役目を担っていると教えられた。ロンとフレッドも初耳で驚いていた。

 直にハーマイオニーも来る。自分達での会議は、お開きだ。

「クリーチャーに挨拶してくるさ。他にいる人は、シリウスさんだけさ?」

「お袋もいるよ。昨日の明け方にシリウスと来たんだ。多分、昼飯の支度してるはずだぜ」

 フレッドに教えて貰い、厨房に下りた。

 コンラッドとモリー、そしてジニーがそれぞれ昼食の用意をしている。

 モリーに挨拶し、支度を手伝った。コンラッドの指示に従い、米を研ぎ、炊飯器のボタンを押しただけだ。ジャガイモの皮を剥こうとしたが、手慣れたジニーと比べられない程、酷い有様だった。

 アーサーの無事は確認でき、ハーマイオニーが来るまで『ポケベル』については保留だ。そうなると、自然にジョージとジュリアの修羅場が気になってくる。

 興味本位でなく、当事者の1人としてだ。

 ジョージとは、ジュリアとの交際を清算できれば、気持ちに答えると約束した。あの状態で、別れた場合、確実にクローディアは彼女から恨まれる。

 それは嫌だ。何故なら、ジュリアは又従姉妹なのだ。ずっと、親族などいないと思っていた。気にしてもいなかった。折角、得た親族と男で揉めたくない。

 虫が良すぎると言われるだろうが、クローディアはここのところ欲張りになってきた。皆、仲良しこよしにはなれずとも、いがみ合いは避けたい。

「(ジョージと……ジュリアって、どうなってるさ?)」

「(あの通りよ、ママには内緒にしてね。ジュリアをとっても気に入っているから)」

 小声の2人の会話は、調理の音でモリーには聞こえなかった。 

 ジュリアは昼食の席に現れなかった。げっそりしたジョージは、フレッドに「まだかかりそう」と呟いていた。

 

 夕方の6時頃、ハーマイオニーはやってきた。

「『夜の騎士バス』でここまで来たの。なかなかスリリングだったわ」

 偶々、出迎えた形になったハリーに「スキーは趣味じゃない」など言い訳をしていた。すぐにハリー達の部屋に集まり、昨日、今日の情報を彼女に伝えた。

「じゃあ、クローディアの『ポケベル』が『神秘部』の文字を浮かべたのは、おじさまが『神秘部』にいたからと推察できるわね」

 双子とジニーは『ポケベル』がわからず、クローディアは腕輪を見せる。簡単に用途を説明し、アーサーが襲撃された時間に起こった出来事を搔い摘んで話す。

 ハリーは穴埋め問題を埋めれたような表情で、納得していた。

「『神秘部』に何があるんだろう? あそこで働いている連中は『無言者』って呼ばれてて、勤務内容は大臣でも知らないって言われてるよ」

 必死に記憶を辿り、ロンは知恵を働かせて閃こうとしている。

 一瞬、ハリーと視線がかち合う。彼はそっと、目を逸らした。そして、覚悟を決めたように口を開いた。

「『神秘部』には『予言』があるんだ。それをヴォルデモートは狙っている」

 淡々とハリーは語った。15年前のダンブルドアとトレローニーの面接、偶然に聞かされた『予言』。半分だけ盗聴された『予言』を聞き、ヴォルデモートは彼を狙った。その行いがヴォルデモートを凋落させ、ハリーの『予言』は『神秘』に記録として保管された。

 ヴォルデモートは蘇った今こそ、『予言』の全容を望む。蛇の手先も送り込んでいる。それらから、騎士団は『予言』を守る任務を負うのだ。

 クローディア以外、茫然とハリーを眺めた。改めて彼が『選ばれた少年』として認識を得ていた。

「けど、もうひとつは? まさか、その、ハリーの肉体とか?」

 怯えながら、ロンは確認してきた。ハリーを心底、心配している。

 そこで、ハリーは目だけでクローディアを見た。自然に皆も彼女を見やる。

 

 ――ついに、この時が来た。

 

 緊張よりも不安が心臓を揺らす。深呼吸してから、皆の視線を一身に受けた。

「ヴォルデモートの狙う、もうひとつは私の祖父の『遺言』さ」

 時折、声を震わせながら語る。誤魔化しもなく、偽りも交えず、真実を語った。

 闇の帝王を救済する手段だった『逆転時計』と『ホムンクルス』、未来からの干渉で変化したアロンダイト家、幼いコンラッドに施された『闇の印』、そして『遺言』の為に用意された我が身。

 全てを話し終えた時、汗が滝のように流れていた。部屋の空気に、皮膚が寒さを訴えてくる。

 

 ――沈黙していた。

 

 ハリーは驚愕に目を見開き、ハーマイオニーは目に涙を浮かべ、ロンは口を開けて瞬きを繰り返す。フレッドは言葉を探していたが、口を噤んだ。ジニーは苦渋に唇を噛んでいた。

 ジョージは黙って、クローディアを抱きしめた。彼の吐息が耳に触れる。決して離さぬ誓いような抱き方だった。

 誰の目にも、クローディアを怪物と罵る気配は微塵もない。それどころか、よくぞ真実を話してくれたと称賛している色が見えた。

「……私の話、重かったさ?」

「俺の体重のほうが重いさ」

 ようやく吐けた一言に、ジョージは明るい声を出す。それを切欠に、部屋の雰囲気も明るくなった。

「雰囲気を壊すようで悪いが、ダンブルドアから伝言があるぞ」

 唐突に割り込んだしゃがれた声、全員、吃驚して音源へと振り返る。そこには、フィニアスの肖像画が退屈そうに欠伸していた。

「明日の夜に、ここを訪問できるだろうとな。期待はせんで待っておれ」

 至極、面倒そうに告げた後、肖像画は真っ黒になった。住人が消えたからだ。

 入れ違うように、シリウスが夕食に呼びに来てくれた。異質な空気を彼は敏感に反応した。

「なんだ? 何かあったのか?」

「校長先生から、伝言があったわ。明日の夜に来てくれるって」

 ジニーの答えに、シリウスは了解した。

 

 夕食後、クローディアは風呂場にいた。ハーマイオニーと2人だ。

 総檜の浴槽は、大人3人も余裕で入れるので問題ない。適切な温度で湯を張りながら、全身を石鹸で洗う。髪をリンスで潤わせた頃、湯船は準備万端だ。

 心地よい温もりが肩まで揉み解してくれる。

「私ね、ずっと不思議に思っていたの」

 唐突にハーマイオニーは口を開く。

「ほら、クローディアは入学までに魔法をひとつも使ったことないって言ってたでしょう? それなのに、どうしてスクイブと思われなかったのかなってね。とても納得したわ」

 教科書の誤字を見つけたような口調だ。普段の彼女そのものだ。

 真実を知っても、ハーマイオニーはクローディアへの態度を変えない。変わらない。これまでのように、接してくれる証拠でもある。

 心底、嬉しい。

「教えるのが遅れてゴメンさ」

「いいのよ。学校では誰が聞いているかわからないし、ベラベラ喋る話じゃないもの。きっとね、私は誰にも言えず、一生を終えたかもしれないわ」

 人狼であるルーピンのように、絶対、自分から話さない。そういう意味だと察した。

「話と言えば、DAの時、ネビルは貴女に何を話していたの?」

 ハリーとチョウのお陰で、避けられていた話題が掘り返された。ネビルもまた誰にも言えない秘密を抱えていた。彼の気持ちを考えるなら、白状すべきではない。

 胸中でハーマイオニーに謝罪した。

「お祖母ちゃんのお悔やみさ、ずっと言いたかったけど、気を遣ってくれたみたいさ」

「そう、ネビルもお祖母ちゃん子だもの。貴女の気持ちが痛いほど、わかるんだわ」

 それから、2人は沈黙した。湯の気持ちよさに口を動かすのが、億劫というものある。これまでの情報を頭で纏めているとお互いわかっていた。

「あの女、そろそろ役に立ってもらおうかしら」

 誰に言うわけでもないハーマイオニーの呟きは、企みを予感させた。

 




閲覧ありがとうございました。
スラグホーンは、きっと色々と裏事情を知っているけど、黙っているタイプ。なので、ボニフェースも自分の秘密を打ち明けたと思う。

ジニーの「幸せな人ね」は心の成長がハッキリとわかるセリフなので、好きです。

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