こうして、私達は出会う(完結)   作:珍明

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追記:20年4月24日、誤字報告により修正しました。


8.学び場

 ベッロに起こされ、クローディアは眠気に頭が痛い。時間を見ても、まだ早朝6時。

「どういうつもりさ?」

 寝不足で睨んでも、ベッロは飄々と腕輪を差し出した。そこに『競技場』と浮かんでいた。

 早朝の呼び出しに、眠気が吹き飛んだ。

 影に変身し、急いで競技場へ向かう。ベッロも急いで、影を追う。

 朝の新鮮な空気を堪能する暇はない。

 競技場には、誰の姿もない。ベッロは辺りを這いずり、吠えるように空を仰ぐ。そして、観客席まで這って行く。クローディアも追いかける。

 観客席の下まで来た時、ハリーとロンが『透明マント』を脱いだ。2人とも、寝間着のままだ。

 クローディアも影から変身を解く。彼女も寝間着だった。

「「「おはよう」」」

 気恥ずかしい気持ちで、3人は挨拶する。

「ハーマイオニーは、どうしたさ?」

「『透明マント』に3人も入らなかったから、寮に置いてきた。まあ、僕がでかくなり過ぎたせいですけど……」

 何も言っていないのに、ロンは不貞腐れた。相当、ハーマイオニーからネチネチと嫌味を言われたようだ。

「ハーマイオニーには、僕からちゃんと話すよ」

 緊張した様子で、ハリーは息を吐く。

「昨日、宴が終わってから、校長先生と話したんだ」

 ハリーの緊張が2人にうつり、自然と黙り込む。

「先月……多分、裁判が終わってから、時々、クローディアを何だか、わからないけど……否定するような感じになっていたんだ」

 否定の感情。

 確かに、クローディアが近づくとハリーは額の傷を押さえることがあった。

「否定? 私が間違っているってことさ?」

 表現し難いらしく、ハリーは両手で頭を押さえる。

「敵愾心って、言えばいいのかな? とにかく、君を認めたくないっていう感じ、今は起きてないけど、それにボニフェースのことを夢で見るようになったよ」

「え? ボニフェース? それって、クローディアのじいさんだろ?」

「どうして、ハリーがお祖父ちゃんの夢を見るさ?」

 キョトンッと2人はハリーを眺めた。

「わからない、ただ、ヴォルデモートの夢を見るよりは、ハッキリしてた。僕と話してくれて、自分を殺したのはヴォルデモートじゃないって言ってた」

「……別の人に殺させたってことさ?」

 なんとなく、ボニフェースの死にヴォルデモートは無関係のはずがない。そう直感した。

「多分、そうだと思う。ただ、そのことを未練に思っているみたい」

「そんな未練、捨ててください」

 ぶっきらぼうにクローディアは言い放つ。自分の手で殺せなかったボニフェースに代わり、孫の命を狙われても不思議ではない。

「それで、校長は何か警告をくれたのか?」

「……しばらく、僕とクローディアは距離を置いたほうがいいって、つまり、僕のこの感情が何を意味しているのか、ハッキリとわかるまでは……」

 疑問のせいで、沈黙が起こる。

「こうやって、秘密裏に会うことを避けろってことさ?」

 言い知れぬ力で離される。脳髄の奥で火花が起こった気がする。ハリーの味方であると、宣言した直後にこの仕打ちである。

 だが、ただ一緒に歩くだけが味方で仲間で友達ではない。去年、ロンは離れても戻ってきた。心が繋がっているからだ。

「ハリー、私はいつでも傍にいるさ。ここがね」

 クローディアは自分の胸元を指す。意味に気づいたハリーは、嬉しそうに笑う。彼の笑顔に、申し訳ない気持ちになった。

 ハリーは勝手な感情の起伏に苦しんでいるのに、察してやれなかった。

 それどころか、怯えてしまった。だが、あえてハリーに言うまい。きっと彼は傷つく。

「うわああああ、ビックリした」

 押さえた声で、ロンは悲鳴を上げる。彼の方向を咄嗟に振り返れば『灰色のレディ』がそこにおり、睨んでいた。

 3人は出来るだけ礼儀正しく「おはよう」と挨拶した。

「お邪魔だったかしら? こんな朝から部屋にいないなんて……、肝が冷える思いだわ」

「へえ、幽霊でも肝が冷えるの?」

 ロンの茶化しを無視し、ハリーは奇妙な視線で『灰色のレディ』を見上げた。そして、閃いたように目を輝かせる。

「失礼を承知で質問してもいいですか?」

 ハリーに声をかけられ、『灰色のレディ』は目を丸くして驚いた。沈黙を肯定と受け取り、彼は問う。

「貴女がホグワーツにいるのはマートルと同じようにこの城で、死んだから……ですか?」

 クローディアとロンは、ハリーの質問に驚きつつも『灰色のレディ』の答えを待った。

 幽霊が城にいる理由、気にした事はない。いるのだから、いると思っていた。

「いいえ、魔法族は……死の後、自ら歩んだ道を彷徨えるのです。私は……ここではない、遠い所で……命を終えました」

 重苦しく『灰色のレディ』が言いえると、ハリーは残念そうに目を細めた。

「僕も死んだら、歩くの?」

 不安そうにロンは問う。

「……我々は死ぬと選べるのです。残るか逝くか……、私は逝きたくなかった……だから、……残った」

 自らに哀悼を述べる『灰色のレディ』に、場が葬式のように重い。

 そして、わかったこともある。

「お祖母ちゃんは逝ってしまったさ」

 独り言のように呟いたが、ハリーとロンにはしっかりと聞こえていた。

 ドリスは逝った。

 だが、クローディアは責めない。逆の立場で命を落としても、残らない。大切な人の死後は見たくないし、見せたくない。

 残った幽霊達は強い未練が心にあるのだろう。先学期、『灰色のレディ』は未練の話をしていた。

「残るとしたら、生き残るでしょう」

 沈んだ空気を吹っ飛ばしたのは、ロンの純粋な提案だ。クローディアとハリーの胸から、優しいモノが落ちてきた。『灰色のレディ』でさえ、嬉しそうに笑った。

「生きている人っておもしろいわ。時々、死んでいることも忘れそう」

 声を弾ませた『灰色のレディ』を初めて見た。ルーナの時といい、ロンは人を楽しませる力がある。

「ハリーは本当に良い友達を持ったさ。私も含めてさ」

 親指で自分を指すクローディアに、ロンが固い笑いでハリーと『灰色のレディ』に促す。2人ともロンのように固い笑みで、彼女に笑い返した。

 

 寮で制服に着替え中に、ハーマイオニーが飛び込んできた。

「聞いてよ、フレッドとジョージが張り紙してたのよ! 『ずる休みスナックボックス』の実験体になりませんかって!」

 早朝の話を聞いたようだ。誰が聞いているか知れないので、わざと双子に当たる口調にしている。

 ベッロはまだ2度寝中だ。非常用の餌を置いてきた。

 大広間の途中、クローディアは昨晩の事を聞かせた。

「ロジャーに学校に戻るなって言われたさ。ハリーと関わるなってさ」

「そっちでも、そういうことがあったの。こちらでも、シェーマスやラベンダーがハリーを嘘つきだって言っていたわ。団結しないといけない時に皆さん、本当に余裕ね」

 辛辣なハーマイオニーが何処となく、懐かしい。

「余裕はないだろうさ、なんせ今年は」

 クローディアはここで区切ると、ハーマイオニーは快活に笑った。

「「『普通魔法使いレベル試験』の年!!」」

 クローディアとハーマイオニーはレイブンクロー席に着いた。グリフィンドール席には、既にハリーとロンが座っている。アンジェリーナと話し込んでいる。

 フクロウ便が飛び交い、ハーマイオニー宛に【日刊予言者新聞】の最新号が届く。彼女は魔法省がどのような情報を放っているのか把握しておきたいのだ。

 一面記事を見た瞬間、ハーマイオニーは短い悲鳴を上げた。

【バーテミウス=クラウチJr、逃亡!】

 クローディアは焦燥感が募り、知らずとコップを落とした。

【『闇払い局』局長・ルーファス=スクリムジョールの証言では尋問の為にアズカバンから護送中に逃亡したとの事。魔法省ではバーテミウス=クラウチJrを指名手配にすると発表】

「本当かしら?」

「真偽はどうであれ、嫌なニュースさ。……ウィンキーに教えたほうがいいさ?」

 ウィンキーの名に、ハーマイオニーは頭を振るう。

「ウィンキーは喜ばないわ。今朝、厨房に会いに行ったの。私の姿を見た瞬間、泣かれたわ。ドビーに彼女はまだ落ち着けないって」

 いくらか朝食を腹に入れた頃合いを見計らい、寮監による新学期の時間割表が配布される。別席にいたハーマイオニーの分は、ネビルが届けに来てくれた。

「ハーマイオニー、まだその新聞、読んでるの?うちのばあちゃんは、購読をやめちゃったよ。デタラメばっかりだって」

「ネビル、敵がどんな記事を載せているのか、知っておくべきよ」

 すると、ネビルは小脇に抱えた【ザ・クィブラー】を差し出してきた。

「結構、おもしろいよ。ばあちゃんも読んでるし」

「遠慮するわ」

 丁寧だが、ハッキリと断った。

「私はルーナから買うさ」

 クローディアの発言に、ハーマイオニーは吃驚していた。

 新聞を片付け、2人は時間割を見せ合う。クローディアは自分の時間割に絶句した。

「一時限目から、スリザリンと『薬草学』さ」

 ドラコの顔など見たくない。げんなりしてしまい、わざとらしく溜息をつく。

「フレッドとジョージから、『ずる休みスナックボックス』を買ったほうがいいかもね」

「ネビル! 今だけ、その発言を許してあげるわ」

 ハーマイオニーは思い立ったようにグリフィンドール席へと向かっていった。

「あいつらに、警告でもしに行ったさ?」

「フレッドとジョージの張り紙、破いているの。僕見ちゃった」

 今は『薬草学』をサボりたい気持ちなので、クローディアは双子に肯定的である。

「聞いてくれ、ハーマイオニーが俺達に掲示板を使わせてくれないって言うんだ!」

 泣き言をほざくジョージを見て、すぐさま訂正した。

 地響きが大広間に来るのは、ハグリッドの登場を意味する。彼はクローディアに優しい声で語りかけた。

「よお、クローディア。おはよう。ちょいといいか? 金曜の夜は俺んところで夕食をどうだ? 勿論、ハリー達も一緒に」

 一瞬、ダンブルドアからの指示もあり、断ろうとした。しかし、普段の密会ではなく、ハグリッドとの夕食だ。問題はない。

「ありがとうさ。嬉しいさ、勿論、行くさ」

 望んだ返事を得て、ハグリッドは満足する。地響きを鳴らし、ハリー達にも声をかけていた。

 

 温室では多少の緊迫した空気が流れた。

 原因の2人はお互い目も合わさず、会話もない。しかし、生徒全員が他人の家庭に興味を持つのではない。我関せずと、授業を受ける生徒がほとんどだ。

「皆さんは6月に将来の手助けとなる重要な試験を臨む身です。4年生までに学んだ全ての復習と共に、新たな薬草・植物を知っていきます。私が授業で述べた事を事細かに覚え、または記録していれば、皆さんは余裕で試験を終えれるはずです。悔いのないように、一時限をしっかりと取り組んでください」

 何度か、欠席した生徒には厳しい状態だ。教科書やレポートだけでなく、授業中の作業も事細かに思い返さないといけない。

 クローディアも病欠やらで、授業を受けていない時があるので冷汗ものだ。

 『キーキースナップ』の苗木を鉢の植え替え最中、ベッロは慣れた『毒触手草』と遊んだ。

 

 『古代ルーン文字学』、『数占い』も宿題だらけだ。

「なあなあ、クローディア! 第3の課題の時、本当は何があったんだ? 本当に『例のあの人』を見たのか? 詳しく聞かせてよ」

 『魔法薬学』の授業中、スネイプの強烈な睨みを物ともせず、ザカリアスはクローディアに堂々と質問してきた。無謀にも程がある。

 慌ててアーニーとハンナが彼の口に、空きビンを詰めて黙らせた。

 だが、遅い。スネイプは冷酷に告げた。

「レイブンクロー、ハッフルパフ、共に5点減点。ミスター・スミス、誰が何を知っていようが、君が関心を持つべきは『O・W・L試験』を乗り越える実力がその頭にあるかどうかだ」

 レイブンクロー生は不満な視線をスネイプに送る。その視線を受けて、黒真珠の瞳は教室を見渡した。

「諸君。誰がどんな目に遭おうとも『O・W・L試験』は決して免除されん。それを努々忘れぬように」

 調合の続きを促され、皆、逆らわずに作業再開。

 スネイプの言うとおり、学生の身で出来る事は限られる。何も出来ないのなら、学ぶしかない。学んで身につける。身についたか周囲に知らしめる為に、試験があるのだ。

 

 夕食の時間、ハーマイオニーはこの上なくご機嫌だ。

 勿論、クローディアも上機嫌、何故なら、2人の作った【改訂版ホグワーツの歴史】が図書館に陳列されたのだ。製本された本を手に取り、2人は喜びで笑みを浮かべた。声を出さず、ニマニマと笑い合う様子にマダム・ピンスは不気味に思っていた。 

 ハーマイオニーの場合はそれだけではない。『闇の魔術への防衛術』の内容が関係している。

「おもしろい授業だったさ?」

「ええ、とっても! なんたって、『守護霊の呪文』よ! 今学期は、この呪文を重点に教えてくれるんですって!」

 興奮したハーマイオニーは、笑みが止まらない。

 『守護霊の呪文』、吸魂鬼に最も効果的な魔法。強力かつ、心の幸せが必要不可欠な高等魔法だ。ハリーが3年生の時に、ルーピンから教授された魔法でもある。

「うわあ、良いなあ。明日まで、待てないさ」

 まだ魔法を見ていないクローディアは、期待感で満ちた。

「それとね、ハリーが見たって生き物だけど……」

 声を落としたハーマイオニーは、極上の知識を話す様に微笑んだ。

「今朝、ハリーがハグリッドに聞いたら、その生き物、セストラルというそうよ。ハグリッドが言うには特殊な条件を満たした人にしか見えないんですって。ハリー、自分がおかしくなったんじゃないかって不安がってたでしょう? ……実を言うと、私もストレスかなって……。けど、ハグリッドが言うんですもの。間違いないわ」

「特殊な……条件?」

 奇妙な引っかかりが脳髄を刺激する。ルーナは魔法生物が好きだ。だから、色々な生き物について話してくれる。それなのに昨晩は、その生態どころか、名前さえも説明してくれなかった。

「その条件って何さ?」

「試験が終わったら、教えてくれるんですって。それまでお預けよ」

 残念と、ハーマイオニーは肩を竦める。

(……ますます、おかしいさ。動物自慢のハグリッドなのにさ?)

 急に、背を視線を感じて振り返る。クレメンスが何故かバスケットボールを手にしていた。

「クレメンス! 休暇はどうだったさ? そのボールどうしたさ?」

「作ったんだよ。マイボール、今年はバスケに専念しようと思ってね」

 意外な言葉に、クローディアは驚く。クレメンスは、あのスキータ記事を見てから、パッタリと部活に来なくなった生徒の1人だ。

「クィディッチの選考は出なくていいさ?」

「うん、セドリックにも話しているから。ただ、補欠して呼ばれた時は許してくれるよね?」

 クローディアは、勿論と了解した。

「セドリック=ディゴリーかあ、彼って素敵よね。クィディッチのキャプテンで、監督生で、おまけに首席よ! いいわあ、ねえ、チョウ=チャンとは、まだ続いているのかしら」

 黄色い声でサリーは、マンディに話しかける。しかし、彼女は聞こえないフリをして食事を続けた。

 

 一晩待った『闇の魔術への防衛術』。

 始業の鐘が鳴るより先に、生徒の出席日数が行われた。

 ルーピンも他の教員同様、『O・W・L試験』の重要性について話す。

「知っている者もいるだろうから、採点について質問しよう。誰かわかる人はいるかな?」

 アンソニーが一番に挙手し、指名された。

「『O』。『大いによろしい(Outstanding)』。それから『E』。『期待以上(Exceed expectation』。『A』。『まあまあ(Acceptable)』。『P』。『良くない(Poor)』。そして、『D』。『どん底(Dreaful)』です」

「正解だ、ありがとうアンソニー。流石だね、レイブンクローに5点上げよう」

 いつも穏やかなルーピンまで、試験の話をされ、モラグは陰鬱そうだ。

「では皆、教科書を閉まってくれ」

 お決まりの台詞に、皆は慣れた手つきで教科書をしまう。ルーピンは黒板に『吸魂鬼』と書き込んだ。

「この場にいる皆は、吸魂鬼を覚えているね? 彼らには対抗する呪文がある。知っている人はいるかな?」

 一番にセシルが挙手する。一手遅く、全員が挙手した。ルーピンは彼女を指名した。

「『守護霊の呪文』です。守護霊はプラスのエネルギーの集合体です。それらは人間にとって、歓喜、希望、幸福になります。本来、吸魂鬼の糧ですが、守護霊は人間ではありません。故に、傷つけられる事なく、人間の強力な盾となります。結果、吸魂鬼は守護霊のエネルギーに耐えきれず、逃走するのです」

 興奮を交え、セシルはつらつらと答え切る。満足したルーピンは寮点を与えた。

「ありがとう、セシル。素晴らしい正解だ。私では、そこまで丁寧に説明出来なかっただろうね」

 黒板に『守護霊の呪文』と書き込んだ。チョークを置き、ルーピンは生徒を見渡す。

「では、まず呪文を教える。一度しか言わ……」

 言いえるより先に、窓から衝撃音が放たれる。窓に注目すると、知らないフクロウが窓に体当たりをかましていた。フクロウの様子からして、緊急だ。

「皆、そのままにして」

 急いでルーピンは、フクロウを招き入れる。赤い封筒を彼に渡し、フクロウは慌てて去って行った。

 赤い封筒、即ち『吠えメール』に思わず全員、机の下に避難する。流石のルーピンも青ざめ、慎重な手つきで『吠えメール』を開封した。

《リーマス=J=ルーピン殿、我々は確かな情報筋より、貴殿が『人狼』と判明した。『反人狼』の違反により、貴殿をホグワーツ魔法魔術学校を解雇となります。ご理解されたし! 敬具

  魔法省

  魔法大臣上級次官  

  ドローレス=アンブリッジ》

 手紙はそう言い放つと、自らを破って千切れた。

 『吠えメール』の内容に、クローディア以外の生徒は動揺した。動揺して、教室中がざわめく。彼女はルーピンの秘密がこんな形でバレてしまい、冷水を浴びた気分になる。

 当の本人は諦めたように笑う。

 否、自嘲だ。

「皆、今日の授業はこれでお終いだ」

 まるで、『吠えメール』がなかったようにルーピンは優しく告げる。だが、誰も席を立たなかった。立てなかった。いきなり、現れた『吠えメール』の証言だけで彼を『人狼』と判断出来ない。

 一番に反応したのはモラグだ。彼は悲鳴を上げて立ち上がった。

「そんな授業はどうなるんです! 俺達は今年『O・W・L試験』なんですよ!?」

 少しズレた発言に、ルーピンは優しく返す。

「モラグ、そんな心配しなくていい。今から、校長先生と話し合ってくる。皆、終業の鐘まで自習にする。寮に戻っても構わないからね」

 ルーピンは誰にも振り返らず、教室を後にした。扉が閉まる瞬間、クローディアは追いかけた。

「ルーピン先生、待って、待って下さい!」

 彼に去られたくない。その想いに駆られ、ただ飛び出した。しかし、ルーピンは立ち止まろうともせず、廊下を歩き続けた。

「ベッロ、ハリーに伝えてさ。ルーピン先生を止めるように言うさ」

 足元にいたベッロは、すぐに廊下を這っていく。

 ルーピンが見えなくなった頃、パドマに無理やり教室へ戻された。中では、彼が本当に『人狼』か、審議していた。

「満月の時期だって、普通にいたよな」

「変身したところなんて、見たことない」

 不安を持ちつつも、何所か冷静に話し合っていた。

「あれじゃね? ハリー=ポッター、ルーピン先生と仲良いじゃん。最近の新聞って、ハリーの事、嘘つき呼ばわりしてるし、案外、校長先生を攻撃出来ないから、他から攻めてるとか?」

 テリーの意見に、微妙に納得する者もいた。

「けど、肝心のルーピン先生が否定しなかったじゃん。違うなら、魔法省に抗議するだろ。本当に……」

 マイケルが言い終える前に、クローディアは勢いよく立った。

「それこそ問題じゃないさ! ルーピン先生の授業は、ずっと楽しかったさ! 為になったさ! 先生が何者かなんて、関係ないさ!」

 クローディアの訴えに何人かが目を逸らす。確かに彼女の言うとおり、授業は楽しい。しかし、人狼は恐ろしい。満月の力で理性を無くし、獣の性で人を襲う。噛まれた者は、同じ人狼になる。

 終業の鐘が鳴るまで、討論会は行われた。

 皆、ルーピンが『人狼』かどうか、自分達の曖昧な情報で判断するのは避けた。ダンブルドアの判断が出るまで、互いに緘口令を強いた。

 クローディアは、皆が騒ぎ立てない様子に心底、安堵した。しかし、パドマは小さく耳打ちする。

「ホグワーツで秘密は無理に等しいから、あんまり期待しないでね」

「そうでした……、秘密は公言と同義語でした」

 突きつけられた現実に、クローディアの気分は最低まで落ち込んだ。

 

 2時限目までの間休、寮監のフリットウィックによって教室を追い出された。

「2時限目の『闇の魔術への防衛術』は、グリフィンドールと合同の『呪文学』に変わりました。さあ、行った行った!」

「ええ! じゃあ、3時限続いて、『呪文学』! そんな!」

 モラグの悲痛な叫びは無視された。

 クローディアとしては、ハーマイオニー達と堂々と話す絶好の機会だ。

「あれ? ベッロは?」

「ああ、ハリーの所へ行かせたさ」

 パドマは周囲をキョロキョロとベッロを探すので、クローディアは教えた。

「それは良い手ね。ハリーの話なら、ルーピン先生も聞くかも」

 その願いは虚しく消えた。

 『呪文学』の教室で、ハリーが青筋を立てて顔が怒りに歪む。

 それだけで、ルーピンの説得は終わったと見える。ロンに慰められ、ベッロも尻尾でハリーの頭を撫でる。

 グリフィンドール生は話が通っている為、歓迎してくれた。

「また、教室が広くなっている」

「『検知不可能拡大呪文』だろ、僕らも覚えないとな」

 テリーに答えたアンソニーは、フリットウィックの魔法に緊張の息を吐いた。

 クローディアはハーマイオニーの隣に座り、パドマもパーバティの隣に座る。各々、好きな席に座っていくと、始業の鐘が鳴った。

 『呼び寄せ呪文』の復習をしながら、ハーマイオニーは耳打ちする。

「ベッロが教室に来て、ハリーったら具合が悪いんです! って飛び出して行っちゃったわ。校長室まで行ったけど、ルーピン先生は……任務に専念するからって」

 任務とは、『不死鳥の騎士団』だ。確かに学校に居ては出来ない任務がある。しかし、ハリーを身近で守る事も任務ではないのか、そんな疑問が浮かぶ。

「では実践です。はい、どんどんやって下さい」

 フリットウィックに従い、それぞれが杖を振り、呪文を唱える。その雑音に紛れて、クローディアとハーマイオニーは、ロンとハリーを交えて、こそこそと喋る。

「ペティグリューだよ。あいつが魔法省に告げ口したんだ。ファッジさんはアズカバンへ行って、あいつに会った。次官のアンブリッジもきっと聞いていたに違いない」

 ハリーが憎々しげに吐き捨てる。

「成程、何か情報を渡して、釈放に便宜を図ってもらおうって魂胆さ」

 クローディアは軽蔑した。

「でも、なんで今更なの? 時間が経ち過ぎてるわ」

「バグマンさんのせいだ。あの人、大臣になってから、どんな決裁も賭博で可否を決めるんだ。アンブリッジは、何度もバグマンさんの賭けに負け通しだったんだって」

 政治の仕事を賭博で決裁。絶対にありえない内政に、クローディアは寒気がした。つまり、どんな酷い案件も賭博で決定してしまうのだ。

「それ、誰から聞いたさ?」

「さっき、校長先生からね。バグマンさんが校長先生に手紙をくれたんだよ。「ごめん、負けちった。アンブリッジがダンブルドアを退職させるって言ってるけど、そっちはまだ負ける気がしないから、許してね」だって」

 全く、責任感のないバグマンの行動はクローディアの脳髄を焼き切らんばかりに怒らせた。

「じゃあ、バグマンが大臣って、校長の差し金?」

 ロンの驚きに、ハリーは否定する。

「それについては校長先生じゃない。本当にバグマンさんは魔法省側が決めた大臣だよ」

 いっその事、ダンブルドアの計略だったら、納得出来た。

「ロン、パーシーに手紙で聞いて欲しい事があるさ」

 嫌そうな顔で、ロンが理由を問う。

「どうして、ルーピン先生を解雇したかって事さ。今年はロンが『O・W・L試験』、フレッドとジョージは『N・E・W・T試験』があるのにさ。っていう理由で、それとなくさ」

「アンブリッジは半人嫌いで有名だって、前にパパから聞いた事あるよ。『反人狼』もその一環だろ?」

 ロンの言葉で、ハーマイオニーが気付く。

「そうか、防衛術! アンブリッジ、つまりは……魔法省には、ホグワーツで防衛術を学ばせないようにしたい人達がいる。……『死喰い人』かもしれないのね……」

「大袈裟じゃない?」

「大袈裟じゃないよ。そのぐらいの気持ちでいないと僕らが危ない」

 冷静で、達観な声。まるで、ハリーでない人が喋っている気がした。

 その声が耳に入れば、クローディアは背筋に冷たいモノが落ちる。恐怖に怯える自分になる。

 ダンブルドアがハリーと距離を置くよう指示した意味を再認識した。

 

 ルーピンは昼休みになるより先、2時限目の間に学校を去った。クローディアは勿論、ハリーにも別れを告げずに……。

「ああ! もうお終いだ! 俺は落第決定だ! 絶対『T』だ!」

「こんな事なら、ルーピン先生の爪でも、髪でも、貰っておけば良かった」

 モラグは今から試験に絶望し、セシルは収集を逃して悔しがった。

「おまえら、もうちょっと、ルーピン先生本人の心配をしろよ」

 そんな2人にアンソニーは呆れた。

「『T』って何さ?」

「トロールよ、意味はそのまま」

 パドマの簡単な説明に、クローディアは納得した。

 落ち込んでも、午後の授業はある。選択授業なのでクローディア達はバラバラに出向く。

「さあリサ、『占い学』に行きましょう」

 リサは容赦なく、セシルを連れて行った。

 ハグリッドの小屋に行く途中、マンディがげんなりと呟く。

「次って、ハッフルパフと一緒ね。また、スミスが色々と聞いてきそう」

「なんでさ、マンディ? まだルーピン先生の辞職は知られてないさ?」

 クローディアが疑問に思うと、マンディは頭を振るう。

「そっちじゃなくて、ハリーの事とかよ。新任のグラブリー‐ブランクが、どんな先生かわからないし、スネイプ先生より恐いとは思えないし」

 それを聞いて、クローディアも同じく、げんなりした。

 『魔法生物飼育学』にて、ザカリアスは「×」を書いたマスクを着けられていた。アーニーなりの口封じだ。そんな彼を女子陣がクスクスと笑う。

 ブランクはザカリアスのマスクに触れず、授業を行った。

「さあ、ここにいる生き物がわかる者はいるか?」

 ハグリッドがいない授業は、寂しいが、新鮮だった。一見すると、小枝にしか見えないボウトラックルは、興味をそそられる。

 餌のワラジムシを少し取り、ボウトラックルを3人1組で一匹をスケッチする。

「……妖精の卵じゃないのね、残念」

「卵は貴重ですもの。当然ですわ」

 クローディアとパドマ、マンディの組に、いつの間にかセシルとリサが割り込んでいた。クローディアは最初、彼女達はあぶれたと思った。

「先生はワラジムシのほうが喜ぶって言ってでしょう? ……セシル、リサ……いつ来たの?」

 パドマが吃驚して、セシルとリサに聞く。彼女達は「最初から」と答えた。

「あれ、貴女達は『占い学』でしょう? やめたの?」

「「大丈夫、ちゃんと相談したから」」

 マンディの疑問に、彼女達は躊躇いなく答える。

(さっき、2人とも『占い学』に行ったさ)

 思い返してから、クローディアはふと、思い当たる。

 3年生の折、ハーマイオニーが特別に貸し与えられた『逆転時計』。同じ時間に、同時に居る事が出来る魔法の砂時計。過去の自分に会ってはならない。同じ時間を過ごした人と会ってはならない。自分が遡った場所に、必ず戻るなど、色々と条件付きの多いタイムマシン。

 おそらくだが、彼女達は『逆転時計』を使っている可能性がある。

 授業を終えてから、皆、満足そうに城へ戻る。

「ハグリッドの授業みたいに、ちょっとパンチが欲しかったわね」

 ハンナがそんな感想を漏らす。

 皆の雑談に交じり、クローディアはセシルとリサに慎重な口調で問うた。

「これから『占い学』さ? それとも行って来た後さ?」

 リサとセシルは、一瞬より短くお互いの目を見る。しかし、一切の動揺を見せない。

「……誰にも言わない約束なの」

 答えたのはセシルだ。冷静な眼差しは、クローディアの考えを見据えたように答えた。

 それで十分だった。

 




閲覧ありがとうございました。
原作にはハリー達3人が『透明マント』を被るシーンがありますが、ロンの身長を考えたら、結構、辛いですね。
ルーピン先生は解雇です。ありがとうございました!

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