こうして、私達は出会う(完結)   作:珍明

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追記:16年4月20日、17年3月9日、誤字報告により修正しました


6.監督生としての素質

 ブラック家で僅かな変化が起こる。厨房にマグル製品(料理器具)が増えた。コンラッドが炊事を行うためである。

 最初、クリーチャーは壁に頭を何度も打ち付ける程、機嫌を悪くしていた。それをどうやったかは知らないが、コンラッドの説得で落ち着くことが出来た。

「お父さん、お母さんより料理が上手さ」

 クローディアのその言葉は、正しい。

 モリーも料理は上手いが、コンラッドはそれを上回っていた。

 それにモリーが対抗心を燃やしたときは、食事の量が倍になった。

 ここでも、コンラッドはモリーを言いくるめ……もとい説得し、炊事分担を平等に行う方針を固めた。

 アーサーは隙あらば炊飯器を解体して調べようと狙っている。最もコンラッドとモリーの視線がある内は不可能だ。

 騎士団の面々もマグル製品に興味を持ち、勝手に触ろうとする。マンダンガスが不用意に電気ポットを触り、感電しかけた。

「好奇心は罪ではないよ、責任さえ果たせればね」

 呆れたコンラッドは、決められた人以外が触れられぬように魔法をかけた。触れぬ機会が益々減り、アーサーは悔しそうにしていた。

 

 最も変化があったのは、シリウスだ。

「シリウス……髪の毛……梳かしたの?」

 洗面所で、ハリーは不可解なモノを見る目で問うた。

 普段は、もじゃっとしているシリウスの髪が綺麗に流されていた。それに、無精髭で覆われていた顎が綺麗に剃られている。しかも、革製品の服が彼の好みだが、今は礼服に似たスーツを着ていた。

 まさに英国紳士そのもの。

「たまにな、ハリーも櫛を入れてみろ。いいもんだぞ」

 何処かに就職面接でも行くのかと思わされる。少しだけ、ハリーは嬉しく思えた。身なりを突然、気にかけるようになるには、理由がある。

 その理由のひとつが、想い人が出来た場合だとハリーは知っていた。

 シリウスが女性に想いを寄せられるようになって、何処か安心していた。何かとハリーを気遣ってくれるのは、勿論、嬉しい。それと同時に、幸せを得て欲しいのだ。

 ただ、問題がひとつある。シリウスが紳士的な態度を示す相手、それはクローディアの母・祈沙であるという事だ。

 この女性は魔法使いの屋敷ということで、好奇心旺盛、興味津々と色々な物に触れようとする。ガタガタ揺れる文机も勝手に開けるという無謀というか勇敢なことをしでかした。

 中身は『真似妖怪』、彼女の恐怖を映した姿に変身してしまった。彼女の悲鳴を聞きつけ、シリウスがその場を治めたらしい。

 何に変身したか、シリウスは教えてくれなかった。

 

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 ――気色が悪い。

 

 シリウスの変貌に対し、クローディアはそう感じる以外なかった。彼の劇的な変化は、クリーチャーの機嫌を良くしている。故にハーマイオニーは賛成だ。

 ハリーも何処となく嬉しそうだし、ロンや双子ども、ジニーは楽しんでいる。

「シリウスのあの恰好はなんだい? 恋でもしたのかな?」

 からかう口調だが、ルーピンも喜んでいる。

 この状況下で不快になっているのは、クローディアとコンラッドだけだ。コンラッドは極力、態度に出ぬ様努める。努めるだけで、笑顔が怖い。

 シリウスが留守する間はまさに平穏。

 中庭で洗濯物を干す祈沙を手伝い、クローディアは不満を口にする。

〔お母さん、ブラックさんにいちいち構わなくていいさ。気がある態度なんて取ったら、調子に乗るさ〕

〔あの人は、ただの親切さんさ。そんなに煙たがることないさ〕

 呑気に返事をする祈沙の態度がクローディアには腹立つ。祈沙の胸元にあるロケットが太陽の反射を受けて光った。クリーチャーが贈った物だ。ブラック家所縁の品にしては、【S】の文字が刻まれている。実に不思議である。シリウスも謂われを知らないらしい。

 役立たずと罵りたいが堪えた。

〔あいつ、学生時代に悪いことばっかりして、お父さんも嫌っているさ。その時のことも、全然反省してないさ〕

 眉間にシワを寄せ、クローディアは思いつく限り悪態を付く。

〔羨ましいもんさ。10代の頃の青春なんてさ。お母さんには、そういうのないからさ〕

 何気ない祈沙の言葉を聞き、クローディアは僅かな含みを感じた。あまりにも、自然な雰囲気に逃すところだった。

〔それって、勉強ばっかりで遊ばなかったってことさ?〕

 一瞬、祈沙の手が不自然に止まる。動揺の硬直とも取れるが、ただ間を置いたようにも見える。それから、洗濯物を干し終えるまで2人の口を閉じていた。

 洗濯籠が空になり、祈沙は身体を解すように腕を伸ばす。クローディアを視界に入れながら、天気の話をするような口調で言い放った。

〔お母さんさ、高校には行かなかったさ〕

 唐突な暴露にクローディアの胃が吃驚した。

〔その頃のお母さんは……、何もかも失って、……腐った魚より酷かったさ。そんな時にお父さんが拾ってくれてたさ〕

 この場においての父とは、トトを示している。

〔ちょうど娘が欲しかったって言ってくれたさ♪すごく嬉しかったのに、その時の私は……ありがとうも言えなかったさ。……そういえば、今も言ってないさ〕

 困ったように眉を寄せ、祈沙は微笑んでいる。

 何に驚けばよいかわからず、クローディアは困惑しかない。あまりにも、予期せぬ情報だ。

〔お母さんってさ、養子だったさ? お祖父ちゃんは、結婚してないさ? あれ、じゃあ……お母さんの本当の両親は、どうしたさ?〕

〔ひ・み・つ♪〕

 人差し指を立て、祈沙は快活な笑顔で誤魔化した。それで、誤魔化せてなどいないが追及しようした途端、クローディアは視線を感じ取った。好意的でなければ、敵意も感じない。この視線の持ち主には、心当たりがある。

「ミス・クロックフォード」

 闇色の声に納得し、クローディアはスネイプを振り返る。本部に来てから、彼に声をかけられたのは初めてだ。現れた闖入者に気付き、祈沙は丁寧に頭を下げる。

 母と恩師を交互に見やり、クローディアはすぐに2人を紹介し合わせた。

「お母さん、こっちはスネイプ先生さ。お父さんの……友達さ。スネイプ先生、こちらは母です。先週から、本部で寝泊まりしています」

「はじめぇましてぇ、娘がお世話になっていますぅ。あなたのことはぁ夫から、よく聞いてぇいますぅ。大切な方だと――――」

 スネイプは予想通りに険しい顔つきになった。

「コンラッドが貴女にどんな話をしたかなど、興味ありませんな。なんせ、私は貴女を何一つとして知らぬので」

 敵意を露わにしても、祈沙は全く臆せず微笑み続けた。我が子の恩師との対面というより、夫の友に対する態度というべきだろう。

 互いを確かめるような視線の絡め方に、何故かクローディアが緊張してしまう。失礼のないように2人を見比べながら、直感した。

(お母さんとスネイプ先生って、なんか……似てるさ?)

 決して顔立ちなどではなく、纏っている雰囲気だ。

「羨ましいぃです。竹馬の友って」

 祈沙の口から、優しい感想が漏れる。突然、スネイプの肩ががっしりと掴まれた。

「それは勿論! 大親友ですから!」

 意気揚々と叫んだのは、スネイプではない。クローディアでもない。

 ひょっこり現れたシリウスだ。彼は、満面の笑みでスネイプの肩を抱き寄せていた。

 シリウスの言葉と態度に、意表を突かれたスネイプは完全に硬直した。勿論、クローディアも脳内が真っ白になり、言葉が出ない。

「大親友ですかぁ?」

 きょとんとしている祈沙が問うと、シリウスは眩しいほどの笑みを向けた。だが、彼の唇が動く直前、干されたシーツが風もなく宙を舞う。

 そのシーツによって、クローディアと祈沙の視界が遮られた。シーツの向こうから、鈍い音がした。聞く者が聞けば、殴る音にも聞こえた。

 ゆっくりとした動作で祈沙がシーツを捕まえた時、向こう側にはスネイプしかいなかった。

「……ブラックさんはどうしました?」

「知らずともよい」

 疲労感を持ちながらも、スネイプは威厳を保つ。そして、杖を取り出してシーツを動かす。祈沙の手にあったシーツは、風に攫われるような動きで物干し竿に干された。

 その魔法を目にした祈沙は、驚きと喜びに興奮した。

「素敵な魔法をありがとうございますぅ。あ、次の洗濯物を取ってきますぅ」

 上機嫌な足取りで、祈沙は洗濯籠と共にいなくなった。

 2人だけになり、スネイプは本題だと言わんばかりに口開く。

「クィリナスに……会ったそうだな」

「はい、会いました」

 剣呑なスネイプに対し、クローディアは臆することなく答える。彼女の清々しいまでの堂々とした態度を見て、スネイプは不機嫌さを隠さない。

「……探しに行きたいか?」

「いいえ、探しません。必ず、会える時は来ます」

 自然と口にした言葉は本音であり、本心。

 クローディアはクィレルを探す必要はない。杖を返しに来たときのように、向こうから会いに来る。そんな確信があった。

「賢明な判断だ」

 眉間に皺を寄せたまま、スネイプは独り言のように呟いた。その呟きは、クローディアには安堵しているように聞こえた。

「私の誕生日だった……あの日、お祖母ちゃんに呼ばれていましたよね? 大丈夫でしたか? 奴らと鉢合わせたということは……」

「その心配はない。……君が保護された後、我輩のところにも報せが来たのでな。……君はどうなのだ?」

 語尾の問いの意味がわからず、クローディアは一瞬、沈黙する。すぐに察したスネイプは微かな躊躇いを見せつつも、付け足した。

「ドリスのことは残念だった。君が闇の帝王を……ルシウス=マルフォイを憎むというのなら……」

「憎んではいません」

 スネイプが言い終える前に、クローディアは断言してしまう。あの2人を憎むよりも、ドリスを失った悲しみが大きく、クィレルへの思いが強い。

「……憎んではいませんが、許しません」

 それがクローディアの2人に対する現状だ。

 言葉を改めたクローディアをスネイプは睨むような視線を向け続ける。

「その言葉……決して忘れてはならんぞ」

 まるで、復讐を阻止するような口調だった。そんなことをせずとも、クローディアは2人を憎んではいない。ドリスを殺されていながら、許せないという感情以外ない。

 

 ――――憎んではいない。

 

 それを胸中で繰り返した時、クローディアは自らの薄情さを思い知る。大切な人を奪われても、憎まない。段々と青褪めてきた。

「思い詰めるな。『許せない』と感じているだけで、十分なのだ」

 クローディアの表情に出ていたのか、スネイプは言葉を降らせた。今まで聞いたことのない優しい声。あまりにも現実離れしていて、錯覚と思う程だった。

 

 夏休暇を1週間切った日。

 学校からのフクロウ便が届いた。

「随分、ギリギリね」

「去年までこんなことなかったわ」

 ジュリアがジニーの教科書リストを眺め、クローディアも自分の分を確認していた。突然、ハーマイオニーが小さくも響く悲鳴を上げた。

 吃驚した3人は、ハーマイオニーに注目する。彼女は笑いを堪えるように手の中のバッジを見ていた。足元には、羊皮紙が落ちている。

 獅子を模り【P】の文字が書かれたバッジ。この部屋にいる者は、その意味を知っていた。

「あなたが監督生に選ばれたってこと?」

 ジュリアの確認に、ハーマイオニーは目を輝かせて肯定した。

 クローディアは我が事のようにハーマイオニーの手を握り、祝福する。

「おめでとうさ、ハーマイオニー」

「おめでとう。でも、ハーマイオニーなら納得しちゃうかな。……クローディアも来ているんじゃない?」

 ジニーの言葉を聞き、何故かハーマイオニーがクローディアの封筒を改めた。しかし、教科書リスト以外は何も出て来なかった。

「ないわ!? そんなはずは……」

 封筒の底をハーマイオニーは躍起になって探すが、残念ながら監督生に関するものはひとつもない。

「ハーマイオニーが選ばれただけで十分、嬉しいさ」

 監督生に選ばれなかったが、クローディアは悔しくなどない。むしろ、5年生になれば誰かが負うという事自体、忘れていた。

「きっと、ハリーにも来ているわ!」

 駆け出したハーマイオニーは止める間もなく、ハリーとロンの部屋へと向かう。それを見送ることもせず、ジニーはリストを手に取る。

「ママに教科書リストが届いたことを教えてくるわ」

「それなら、私もお父さんに教えてくるさ」

「じゃあ、私は男性陣からリストを集めましょう。どうせ、おばさまが教科書を買いに行くことになるでしょうからね」

 部屋を出た3人は、それぞれの場所へと向かう。ハリーとロンの寝室から、ハーマイオニーの慌てるような声がした。彼女の予想が当たったのだと3人は思っていた。

 

 モリーとコンラッドは厨房にいた。2人とも、もやしのヒゲ抜きに勤しんでいる。新学期のお報せを聞き、モリーは、肩を大きく解す。

「それじゃ、私とコンラッドでダイアゴン横丁に行ってくるわ。すぐに、ジュリアが皆の分のリストを持ってきてくれるでしょう。ロンの寝巻も買わなくちゃ、あの子ったら、どんどん背が伸びちゃってね」

 しゃべり続けるモリーに代わり、コンラッドがもやしを丁寧に片付ける。

「足りない教材がないか、皆に聞いてきてもらえるかな?」

「メモを取っておくさ」

 さっそく、クローディアとジニーは厨房を出ようした。しかし、それよりも先に降りてくる人物がいた。

 ロンだ。俯き加減で、羊皮紙を握りしめている。

「ロン、リストを持ってきてくれたの?」

 モリーがロンへ声をかけると同時に、『姿現わし』の音が響いた。前置きなしの出現に、フレッドとジョージがコンラッド以外は吃驚する。

「2人とも、本当にその魔法はやめて欲しいさ」

 仏頂面でクローディアが吐き捨てる。

「あ~、ぐちぐちうるさいな。まるで、監督生みたいだ」

「新学期が始まったら、ロンもそんな風になるのかなあ」

 わざとらしく、しかも嫌味たっぷりに双子は肩を竦める。

「ほお、ロンは監督生に選ばれたんだね。おめでとう」

 当たり前のように、コンラッドが言い放つ。

「違うわ、コンラッド。この2人なりの皮肉よ。そんなことばっかり言っているから、おまえたちは監督生になれなかったのよ」

 それを合図にしたように、ロンはモリーの前へ歩み寄る。そして、顔を真っ赤にして両手を突き出した。

 片手には、赤と金の獅子バッジ。片手には、ロンを監督生への就任させる内容の羊皮紙。

 一瞬、モリーは呆ける。

 だが、すぐに歓喜の悲鳴を上げた。

「信じられない! ロニー坊やが監督生! これで子供たち全員だわ! なんて素敵なの!」

 絞め殺す勢いでモリーはロンに抱き着き、顔中にキスの嵐を送る。モリーの激しい反応に、ジニーは呆気に取られた。

「僕らはなんだよ。お隣さんかい?」

 唇を尖らせたフレッドが不貞腐れても、モリーは全く気にしない。むしろ、聞こえてすらいない。それどころか、ロンはいずれ首席になるに違いないと豪語し出した。

「ご褒美をあげなくちゃ! 新しいドレス・ローブなんてどうかしら?」

「僕らがもう買ってやったよ」

 後悔を混じらせてフレッドは教えた。

 その言葉を聞き、クローディアは強い疑問を覚える。

 帰りの汽車で話した時、彼らはバグマンに唆されたことを落胆し、諦めていた。店を持つ為の大切な資金を無くしたからだ。

 卒業する頃に店を持つ。期限まで1年もないなら、少しでも稼がなくてはならない。

 そんな時期だというのに、ロンにドレス・ローブを贈るだけの余裕があるのは不自然すぎる。

(バグマンさんから、お金を取り戻したさ?)

 それならば、尚のこと資金に充てるはずだ。

 クローディアが怪訝そうに双子を見ている間、ロンは必死に新しい箒をねだっていた。モリーは要求に躊躇いを見せていたが、ロンの為に笑顔で承諾した。

 

 厨房を後にしたクローディア達に、ロンは興奮気味に語りかける。

「クリーンスイープの新作が出ているんだ。ちょっと贅沢だったかな?」

「ご褒美だもの、相応だと思うわ」

 我が事のように喜んでいるジニーが声を弾ませて答える。

「おめでとうさ、ロン。これからは下級生の見本さ」

「そうねえ、監督生としての振る舞いを期待しているわよ。ロン」

 クローディアの言葉に、ハーマイオニーの声が答えた。

 背後を振り向くと、ハリーとハーマイオニーが立っていた。何故か、2人とも洗濯物を抱えていた。

「ハーマイオニーがヘドウィックを借りたいっていうから、さっきまで中庭にいたんだ」

「そしたら、貴女のお母様に渡されたの」

 男女を分けているとはいえ、洗濯物は多い。

「パパとママに私が監督生になったって手紙を書いたわ。2人とも喜んでくれるわ」

「正直、ハリーが選ばれるって思っていたけどね」

 階段の手すりにいたジュリアが意地悪っぽい笑みで声をかけてきた。

 その言葉を聞き、クローディアとハーマイオニーは背筋に冷や汗を流す。ジニーも若干、表情が引きつっていた。

 監督生は5年生から寮につき男女1名ずつ。グリフィンドール寮5年生男子監督生がロンならば、ハリーは外れたことになる。

 自然と皆の意識がハリーに集中する。

「僕は、いろいろと騒ぎを起こしすぎたんだ。ロンはそんな僕のそばにずっといてくれた。そういうところが選ばれた要素だったんじゃないかな?」

 自然な口調でハリーは笑う。その笑みに緊張していた雰囲気が解けた。

 だが、クローディアだけは彼を不気味に感じる。この本部に来た時はありのままに感情を爆発させていた。

 今は全てが他人事のように達観している。

「クローディアも監督生になれなかったことだし、外れた者同士で慰めあったら?」

 愉快そうに笑みを向け、ジュリアはハーマイオニーの洗濯物を半分手に取る。

「え? クローディアも監督生になれなかったの?」

 余程、意外だったらしく、ハリーはクローディアを凝視する。

「ちょっと残念さ、監督生しか入れないお風呂に興味あったのにさ」

「ダンブルドアじゃなくても、あなたを監督生にはしないと思うけど」

 クローディアがわざとらしく嘆くとジュリアが茶々を入れた。そのやり取りにハリーが噴出したように笑う。

「確かに、クローディアは僕たちが面倒を見ていたようなものだもんね」

 笑いのツボを突かれたらしく、ロンは肩を震わせて笑いだす。

 皆を見渡し、クローディアは胸中が暖かくなっていくのを感じる。

 ここにいる人達とこうして仲睦まじく出来るなど、入学した日には想像も出来なかった。ハーマイオニーとは交流を深めようと必死だった。ハリーとロンには、ほとんど接点がなかった。ジュリアとは顔を合わせる度にいがみ合い、ジニーには嫌われていた。

 感傷に浸っているとハーマイオニーが咳払いした。

「それだけ、私たちは対等だということよ。早く荷造りしましょう。新しい教科書が来たら、予習するから覚悟しておいて」

 ハーマイオニーの冷たい語尾を聞き、ロンの顔色がみるみる青褪めていった。

 

 夕方5時を過ぎ、コンラッドとモリーは帰ってきた。

 コンラッドは女子の部屋に教科書を運んできた。彼は別に包装された分厚い本をハーマイオニーに手渡した。

「大人達から、監督生就任のお祝いだよ」

 それを聞き、ハーマイオニーは感謝を込めて受け取った。

「ロンの分もあるさ?」

「あるよ、モリーに託している。ハーマイオニー、中身を開けるより、先に行ってくれるかい?」

 今まさに、ハーマイオニーが包装を破ろうとする瞬間であった。彼女は、照れた様子で部屋を出ていく。

 コンラッドは、懐から杖を見せる。

「おまえの杖はまだ検査中だ。しばらくは……ドリスの杖を使いなさい。25㎝、ブナの木、マンティコアの鬚だ」

 杖。

 故人の杖、親しい人の杖、祖母の杖。

 感慨深くなり、クローディアの手先が若干、震える。それに気遣う様子も見せず、コンラッドは杖を押し付けた。

「大事にするさ」

 それだけしか、言葉は浮かばなかった。

 

 厨房では、張り切ったモリーにとって装飾されていく。

【おめでとう ロン、ハーマイオニー 新しい監督生!】

 赤い横断幕に金の文字で書かれていた。文字の文体が気に入らないのか、モリーは何度も直している。ジニーが手伝おうとしても拒否した。

 食卓はコンラッドによって彩られている。足元でクリーチャーがそれを手伝う。ものすごく、テキパキと行動している『屋敷しもべ』の姿にクローディアは感心した。

「うわお、すごい御馳走だね。コンラッド、味を見ようか?」

「つまみ食いすると、舌を切るよ。ルーピン」

 穏やかなルーピンと違い、コンラッドは変わらず機械的な笑みで返す。

「今回はぁ、私もハリキリましたぁ。このおにぎりを一生懸命、作りましたぁ」

「ご飯を握るという発想は素晴らしい。形も綺麗だ」

 上機嫌に祈沙がクローディアに話すと、何故かシリウスが答えた。

「シリウス、人妻はやめなさい」

 呆れた口調でトンクスは、シリウスの耳をひっぱった。痛がるシリウスを気にせず、祈沙はキングズリーの外套を預かっていた。

「シリウスって、まさかあなたのお母さんに……」

「言わないで欲しいさ」

 ジュリアの問いを最後まで言わせず、クローディアは苦笑した。

 

 料理が並べ終えた頃、ハリー達は下りてきた。モリーは最高に良い笑顔でロンに声をかけ、アーサーだけでなく、ビルも来るという話をしていた。

 つまらなそうにしているフレッドと違い、ジョージが横断幕を不思議そうに見上げていた。

「ママ、クローディアの名前を入れ忘れているぞ」

「忘れてるんじゃなくて、クローディアも選ばれなかったの」

 ジュリアの答えを聞き、ジョージはフレッドと顔を見合わせた。

「「クローディア、心の友よ!!」」

 満面の笑みを浮かべ、双子はクローディアの包むように抱きしめてきた。それだけでなく、両頬を摺り寄せてきた。

 肌の感触に、クローディアは小さく悲鳴を上げる。

「今夜の君は最高に可愛いぜ」

「クローディア、このまま俺と結婚しよう」

「やめろさ! 離れろさ!」

 必死で押しのけようとするが、双子の力は強い。

 結局、アーサーとビルと共に、マンダンガスが現れるまでクローディアは双子に抱きしめられた。

 普段、モリーはマンダンガスを目にするのも不愉快だが、今は最高潮に機嫌が良いので、歓迎している。

 双子から解放され、厨房を見渡すといつの間にかムーディも到着していた。彼はマンダンガスがオーバーを脱ごうとしない様子を警戒する。

 皆に飲み物が行き渡ったところで、アーサーが乾杯の音頭を取る。

「新しいグリフィンドール監督生、ロンとハーマイオニーに」

 主役の2人は、照れくさそうにそれでも嬉しさを込めて微笑む。それを見て、クローディアはロンを羨んだ。

 監督生になれたことではなく、ハーマイオニーと一緒に祝われている様子に対してだ。

「わたしは監督生になれなかったわ」

 食事が始まると、トンクスは懐かしむように語りだす。当時の寮監から、監督生に必要な資質が欠けていると評価されたそうだ。

「成績だけが監督生を選ぶわけじゃない。そういうことよ」

 ハーマイオニーが何故だが、得意げに語る。何処かで聞いた気がする台詞だが、クローディアは思い出せない。

「ルーピン先生は監督生だった?」

 興味深そうにジニーは、ルーピンに問う。代わりにシリウスが答えた。

「リーマスはいい子だったから、バッジを貰った」

「それは君達をおとなしくさせられるかもしれないっていう希望的な考えからだよ。見事に失敗したがね」

「そうなんだ」

 初めてハリーが明るい声を出した。

「私とジェームズは罰則ばかり受けていたんだ。監督生になれるはずないだろう。成績は良かったぞ」

 歯を見せるようにシリウスは笑う。ハリーはシリウスに笑い返すと、クローディアへ視線を向けてきた。その視線の意味を自分なりに解釈し、彼女はコンラッドに話をふる。

「お父さんはどうだったさ? お祖父ちゃんは監督生だったって聞いたけど」

 機械的な笑みに皮肉を混ぜ、コンラッドは首を横に振る。

「私は他人の面倒を見る性格ではなかったからね。私の時は……誰だったかな? 忘れてしまったよ」

 さほど、興味なくコンラッドは答えた。

「ふぁんとくふぇいって何?(監督生って何?)」

 ハムを口に咥えたままの祈沙が監督生について聞いてきた。

 ここでもシリウスは紳士らしく、語り出す。祈沙は言葉の意味を理解しているのか、ただ相槌を打つ。

「あなたのお祖父さんって、あのトトのこと?」

 空になったクローディアのゴブレッドへ飲み物を注ぎながら、ジュリアが聞いてくる。飲み物の礼を述べてから、否定した。

「お父さん側のお祖父ちゃんさ。ホグワーツでハッフルパフだったらしいさ。ハグリッドの友達さ」

「ハグリッド……ああ、あのデッカイ森番。相当、昔から学校にいるのね」

 周囲はそれぞれ、談笑に入っていた。

 ロンは誰彼構わず、新品の箒を自慢した。モリーはビルの長髪は彼の美顔を損なっていると訴えていた。

「ジョージったら、またフレッチャーと取引してるわ」

 ジュリアの声に、クローディアは振り向く。隅のほうでフレッドとジョージがマンダンガスと話していた。ハリーまで加わっている。

 4人は数分も会話せず、解散する。その様子をジュリアは苦々しい表情で見守っていた。

「最近、ジョージと上手くいっていないの……。ここに来てから特にね。私がここに来ることも、嫌がるの」

「ピリピリしているのは、皆一緒さ。それにジョージはジュリアを巻き込みたくないんじゃないさ?」

 クローディアの意見にジュリアは苦笑する。その表情から、ただ話を聞いて欲しいのだと察した。

「ジョージは、その人の意志を尊重するの。本気で関わろうとするなら、私の気持ちを汲んでくれるわ」

 それからジュリアはジョージとの付き合いについて、簡単な愚痴を零し続ける。クローディアは黙って彼女の話に相槌を打ち、合いの手を入れるように返事を繰り返した。

 

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 自分に監督生の責は負えきれない。ロンが選ばれたと分かり、安堵していた。

 勝手な予言による運命。これ以上、何も背負いたくない。ムーディはこの選択に疑問を抱いているが、ハリーはダンブルドアなりの優しさだと理解している。

 おそらく、クローディアを監督生から外したのも同じ理由だ。

 その理由も知らないのに、やはり彼女は受け入れている。悔しいなどと口で言っているが、本心ではない。

 視界にコンラッドの姿を捉える。夢の中で出会うボニフェースと瓜二つの彼。だが、その性格は違う。暖かさはなく、冷淡で機械的だ。

 ボニフェースの暖かさは、クローディアに受け継がれているのだろう。

 コンラッドは自分の妻に耳打ちすると、厨房を去っていく。反射的にハリーは彼を追いかけた。

 

 玄関ホールから、外へ続く扉にコンラッドは手をかけていた。

「コンラッドさん!」

 ハリーに呼ばれ、コンラッドは動きを止める。億劫そうだが、彼は振り返った。

「聞きたいことでもあるのかい?」

「……あります」

 質問の意味で呼び止めたのではないが、ハリーは咄嗟に思いつく。

「ボニフェースを殺したのは、誰ですか?」

 機械的な顔が青ざめる。珍しい顔色にハリーは恐怖を感じた。

「誰とは、どういう意味かな?」

「ヴォルデモートは、ボニフェースを殺していない。殺すつもりだったけど、別の人に殺された」

 不意にハリーの記憶が刺激され、ベッロの言葉が浮かぶ。『秘密の部屋』で、ベッロはトム=リドルの日記に『主人を殺させた』と怒鳴っていた。そして、気付く。ハグリッドもボニフェースの死について触れない。ダンブルドアも同じだ。

 気付けば、コンラッドは眼前に迫っていた。睨むようで探るような目つきだった。まるで、考えを読み解かれるような感覚だ。

「何故、君はボニフェースに会っているんだ?」

 夢の中の出来事を言い当てられ、ハリーの背筋に悪寒が走る。恐怖に支配された全身は、全力でコンラッドから逃げる道を選んだ。

 少しでも離れようと階段を上がり、適当な部屋に入ろうとした。慌てたせいで、ハリーの足がブラック夫人の肖像画を蹴ってしまった。

「無礼者! 汚らわしい身で、我に触れるな! 制裁を与えてくれる!」

 そこに肖像画があることを忘れていたため、ハリーは思わず飛び退いた。板で顔が見えないとはいえ、迫力がある。

 階段の下から、シリウスが駆け上ってくる姿を見た。彼はハリーを見つけ、心配そうに肩を掴んだ。

「ハリー! どうした? あいつに、クロックフォードに何か言われたか?」

「いや、違うよ。シリウス、本当、コンラッドさんは別に何も……」

 その場を取り繕うとしたハリーは、必死に言葉を口にする。

「コンラッド=クロックフォード?」

 その呟きは、2人からではない。声の元は、肖像画だ。喚いていたブラック夫人の声だと気付く。

「彼が来ているのか?」

 普段の喚き声と違い、ハッキリとした音声が問う。ハリーとシリウスは動揺の意味で目配せしながらも、答える。

「います」

 答えを聞き、ブラック夫人は沈黙する。そして、すすり泣く声が板から聞こえてきた。これにシリウスは驚きのあまり、声が出ない。

「……コンラッド、……彼の言葉を聞き入れていれば、……うう……私のせいだ……。私のせいで、レギュラスは死んだ。私のせいで……先祖代々のブラック家は……」

 レギュラスとは、シリウスの弟だ。

 ハリーが何気なく、家系図タペストリーを眺めている時、シリウスは教えてくれた。マルフォイ家、レストレンジ家、トンクス家との繋がりにも、驚いたものだった。

「コンラッドさんが何を教えたんですか?」

 ハリーは身を屈めて、肖像画に近寄る。しかし、シリウスが止めた。

「やめなさい、ハリー。いつもの独り言だ」

「でも……」

 肖像画は、感情を持っている。モデルとなった人物の性格がそのまま反映されるのだ。ハリーはそれを学校で嫌という程、学んだ。悲哀に満ちた泣き声は、ブラック夫人そのものの嘆きに違いない。

「大切なことを教えてくれるかもしれないんだ」

 切なげにハリーに訴えられ、シリウスは一瞬、躊躇した。だが、納得して肖像画の板を外した。

 ブラック夫人は背を向け、体を痙攣させるように震えていた。

「教えてください。何があったのか」

 ハリーの質問に答えるように、ブラック夫人は語り出す。

「コンラッドは私たちに教えた。……レギュラスを……あの人に関わらせてはいけないと……。あの人に賛同するのではなく……、中立の立場で見守るべきだと。主人と私はそれを聞き入れず、彼を追い払った……。彼を見たのは、それが最後だった。私たちと話した直後に行方がわからなくなったと、レギュラスは話していた……」

「そんな話……聞いたことない」

 思わず、シリウスは呻いた。

「あの人に知られない為に、黙っておこうと決めたのだ。余計な疑惑を与えて、厄を呼ばぬためにな。……だが、レギュラスは死んだ。……コンラッドの言うとおりだった……。彼はレギュラスの身を案じて、警告を……私はそれを無駄にした……」

「自業自得だろう。一族の繁栄だ、純血主義だなんだと浮かれて、現実を見なかったからな」

 軽蔑するシリウスに向かい、ブラック夫人は振り返る。涙で赤くなった瞳が鬼婆の印象を強くしていた。同時に、ハリーは哀れな母親の印象を受けた。

「なんという冷徹!! レギュラスは思いやりのある子だった! おまえよりもずっとずっとブラック家の人間だった! 誇り高い魔法使いだった!」

「その誇り高いレギュラス様は、ヴォルデモートのやり方に恐れをなして逃げ出した! だから、殺されたんだ!」

「やめて頂戴!」

 罵り合う親子を諌める声に驚き、ハリーは階段を振り返る。

 険しく眉を寄せたモリーがいた。手すりに置いた手が爪を立てている。握りしめられた杖を振るうと、板が肖像画に貼り付けられた。

 突然の暴挙にも関わらず、ブラック夫人は沈黙していた。

 モリーは足音を強くし、2人へと迫る。応戦しようとシリウスは身構えたが、モリーは彼を素通りした。身を屈め、肖像画を両手で持ち上げる。

「コンラッドは、この絵を避けていたわ。会えば、泣かれると知っていたんでしょうね。別の場所に移すわ」

 努めて明るい声を出し、モリーは重そうに肖像画を運ぼうとする。すぐにハリーは手を貸す。

「ありがとう、ハリー。そこに置きましょう」

 『真似妖怪』のいなくなった文机、慎重な手つきで肖像画を置いた。

 わざとらしく、モリーは安堵の息を吐く。

「もう寝ましょうね、夜も遅いし……」

 唐突にモリーは言葉を切った。目から溢れてくる涙を止めようと、手で拭いだした。

「ごめんなさい、……ちょっと、止まらなくて……」

 ハリーはポケットを探し、ハンカチを探す。どこにもないので、着ていたシャツを脱いでモリーに渡した。

 遠慮なく、モリーはハリーのシャツで涙を拭う。

「すまない、モリー。私が無神経だった」

 暗い声でシリウスが謝罪した。それを聞いて、モリーは必死に首を横に振るう。

 2人のやり取りから、ハリーはパーシーのことを思い出した。

 魔法省で出世し、浮かれて現実が見えない。パーシーもいずれ、同じ目に遭うのではないかという不安がハリーの中で芽生えた。

「パーシーは……きっとおばさんの気持ちをわかってくれます」

「パーシーのこと……だけじゃないの。……ドリスのことも……」

 その名にハリーの心臓がビクッと痙攣した。

 誰もその話題を口にしない。ダンブルドアやクローディアが一度だけ、話した。たったそれだけだ。

「ドリスと……最後に話した時、喧嘩別れになって、あなたを……家から連れ出した日に。あなたのためにしたことを……、私、危険だってドリスを叱ってしまって……」

「私だって、同じことをしただろう。だが、先にモリーにやられてしまった」

 シリウスは何気なく、意見を述べる。

「……後から、聞いたわ。クローディアが『隠れ穴』に逃げてきたって、それなのに……誰も残して置かなかった……。……そのせいで、ドリスは……、クローディアの足まで……酷い傷が……」

 クローディアは『隠れ穴』に逃げた。でも、皆は騎士団本部にいた。本部の存在も知らない彼女は、藁を掴む思いでハリーの家に逃げ込んだ。無許可に『姿現わし』を使ったせいか、集中力が足りなかったせいか、彼女の足は『バラけ』た。

 肉の隙間から見えた白い骨、今でも鮮明に思い出せる。

 その時の傷はまだ足に残っているが、クローディアは治そうとしない。傷そのものを忘れている可能性はある。己の身にある傷など、彼女はモノともしない。

「おばさんは悪くない。悪いのはヴォルデモートだ。ドリスさんだって絶対、そう言い増す」

 低くそれでいて力強い声でハリーは断言した。

 モリーはヴォルデモートの名に怯えた様子を見せたが、それでもハリーに答えた。

「そうね、そうよね……。ありがとう、ハリー」

 モリーはシャツを返した。その目には、まだ涙が残っていた。彼女の不安が杞憂であったことを現実にする為に、ハリーは戦わなければならない。

 

 ――逃げない。

 

 この瞬間、ハリーは決意した。決して逃げぬと――。 

 

☈☈☈☈☈

 ようやくジュリアから解放されたクローディアは厨房を見渡す。コンラッド、ハリーにシリウス、モリーの4人がいなくなっていた。

〔お母さん、お父さんは何処さ?〕

〔お祖父ちゃんに電話してくるってさ、このお家だと電波が悪いから外に行くってさ〕

 祈沙から話を聞いている間に、コンラッドは戻ってきた。

「さあ、皆。夜は更けた。そろそろ、お開きにしよう」

 皿も空になり、良い頃合いだった。

「あれ、お袋は?」

「モリーは疲れたから、先に休むそうだ。張り切り過ぎたんだろう」

 戻ってきたシリウスがジョージに答えた。

 子供たちは部屋へ戻るように促された。そこにコンラッドがクローディアを呼び止める。

「最近、誰かとボニフェースについて話したかい?」

「……ううん、全然してないさ」

 幾分か記憶を遡ったが、クローディアには覚えはない。コンラッドは簡単に納得し、他の子供達に着いていくように促した。

 

 寝巻に着替えている間、クローディアはジュリアからの何とも言えぬ視線を感じていた。部屋に入ってから、敵意でも興味でもない。深い疑問を持った視線というべきだろう。

「ジュリア、どうしたさ? 私の顔に何かついているさ?」

 耐え切れなくなり、クローディアが問うとジュリアは気まずそうに顔を逸らす。

「……ちょっと、立ち入ったこと聞いていいかしら?」

 ジュリアは部屋にいるハーマイオニーとジニーに視線を送る。それは退室を願っていた。それに気づき、クローディアが2人を引きとめた。

「この2人になら、知られて困ることないさ。何が知りたいさ」

 気遣いを無下にされたと言わんばかりに、ジュリアは不機嫌に眉を寄せる。

「あのルーピンって人、あなたの伯父とかじゃないわよね?」

 この場にコンラッドがいれば、笑顔が硬直する質問だった。

「違うさ、ルーピン先生に聞いたことあるさ。全くの他人さ」

「そうよね、そっか他人か……」

 安堵の息を吐くように、ジュリアは笑顔となる。

「兄弟っていう程、似てるかな? どうしてそう思ったの?」

 ジニーの素朴な疑問に、ジュリアは屈託なく答える。

「ジニーはベンジャミン=アロンダイトを知っているかしら? 作曲家なのよ。この前、彼が弟と映っている写真を見せてもらったの」

「え!? ベンジャミンとボニフェースの写真を!?」

 ハーマイオニーが興味津々に興奮する。

「そう、この2人がね。ルーピンと彼女のお父さんにそっくりなの。最初は他人の空似かなって思ってたんだけど、さっき、厨房で「ボニフェース」って言ってたから……」

 何かに気付き、ジュリアは話を止める。

「ハーマイオニー、どうして弟の名がボニフェースだって知っているの? 私だって、最近知ったのに」

 少し得意げになり、ハーマイオニーは答える。

「ハグリッドから聞いたの。だって、ボニフェースは彼の親友だったのよ。ベンジャミンのことも、よく話してくれたそうよ」

「へえ……」

 笑みを作ったまま、ジュリアは気の抜けた返事をした。

「それにね、前に【ザ・クィブラー】に記事が載っていたわ。今度、見せてあげる」

 ジニーの提案に、ジュリアは渋々、了承した。

「ジュリア、その写真っていつ頃、撮られたモノかわかるさ?」

「ええ……と、……確か、30年くらい前だろうって、言っていたわ。」

 一瞬、クローディアの思考が疑問に支配された。ベンジャミンの亡くなった年は知らないが、およそ30年以上前だ。つまり、亡くなった年あるいはその近い年に兄弟は再会を果たしていた。

 だが、それをハグリッドは語っていない。

 知らないことだからか、知られたくないことだからか、知るべき時ではなかったから……。

 同時に納得もした。

 成人したアロンダイト兄弟ならば、ルーピンとコンラッドはよく似ている。

「そういうことだったんだ……」

 ため息のように漏れたジュリアの呟き、クローディアの耳に届いていた。その呟きは、ベンジャミンの弟を皆が知っている事を残念がっているという印象を受けた。

 




閲覧ありがとうございました。
原作の「俺らはなんだよ、お隣さんかい?」は五巻での名台詞だと思っています。モリーさん、贔屓はあかんよ。

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