こうして、私達は出会う(完結)   作:珍明

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5.再会

 屋敷の外は、空気が違うとクローディアは肌で感じ取った。

 布地の薄い長袖と白いズボン、耳にはジョージがくれた飾りを着け、クローディアは堂々と道を歩く。

 空は青く、雲一つない。しかし、住宅が密集しているので少し空が狭く印象も受ける。

「晴れてて、良かったさ」

「このところ、天気は崩れないわよ」

 クローディアより、二歩先に行くジュリアが振り返る。

 ジュリアの隣を歩くジョージがマグルの住宅地を物珍しそうにキョロキョロと眺めていた。まるで都会に来た田舎者だ。少し恥ずかしい彼女らは、ジョージを挟んで歩くことにした。

「しかし、お袋の奴。ジュリアを何にも疑わなかったな」

 モリーがジュリアに買い出しを言いつけた。彼女は荷物持ちとして、人手が欲しいと要求した。ジョージを連れて行くことを許され、それに紛れてクローディアは屋敷を抜け出したのだ。

「信頼度の問題さ」

 クローディアは小脇に抱えた小包を見やる。フィッグから借りていた衣服が入っている。以前、モリーが返しておくと言っていたが、まだ屋敷に置いてあったのだ。

 故に郵便で配送して貰うことにした。

 魔法省に出かけたハリー以外は、今も屋敷で清掃中である。

「私だって嘘はついてないわ。ただ、クローディアも一緒だと言い忘れただけよ。あなたに貸しを作るのは、悪いことじゃないわ」

 何だが、嫌な予感がする。

(まあいいさ、多少の無茶は聞き入れるさ)

 本当に10分足らずで郵便局に着く。しかし、この郵便局は文具店と同化している支局であった。ジュリアに案内されなければ、見つけられなかったこと間違いない。

 ジョージは身体を一切動かさず、目だけで内装を見回していた。目立たないようにしているつもりだろうが、不気味だ。服を包んだ配送物をジュリアが窓口で手続きをとり、郵便物収集場所に置いた。

 これで用事は終わった。

 クローディア達が郵便局を後にした瞬間、窓口の順番を待っていた子供の顔が吹き出物だらけになって母親が悲鳴を上げた。

 こっそり様子を確認したジョージが無表情に背中でガッツポーズした。勿論、その手を見られたことで、彼は女子2人の拳骨を食らった。

 

 スーパーでの買物を終え、ジョージは一番重い袋を持たされた。わざとらしく悲観に暮れる。

「ひとつくらい、玩具買ってくれてもいいと思います」

「マグルの玩具を買ったなんて、おばさまが許してくれると思うの?」

 ジョージの背を押し進むジュリアを眺め、クローディアは通行人や自転車を避けて歩く。

 歩きながら、クローディアは前を歩く2人との距離が広がっている気がした。

「2人とも……」

 呼び止める前に、クローディアは強い力で肩を掴まれた。

「いやあ、げ、元気そうで何よりだ。ミス・クロックフォード」

 怯えるような引きつった言い方が、懐かしい。同時に焦燥が胸を走り抜けていく。瞬きさえ忘れた瞳でクローディアは、相手の顔を凝視した。

 スーツを違和感なく着込んだクィレルがそこにいた。その表情は愉悦と尊大の笑みに満ちている。まるで、ここにクローディアが来ることを待ち望んでいたようだ。

「クィレル……」

 咄嗟に手が動く。

 しかし、その手を掴んだクィレルは、そのままクローディアを抱き寄せる。同時、彼女の視界と肉体がひっぱられた。それが『姿くらまし』だとすぐに理解できた。

 

 光速が治まった瞬間、クローディアはクィレルを振り払った。後ずさりながら、その目は彼を睨み続ける。

 全く意に返さないクィレルの笑みが不愉快だ。

 それでも、視界の隅でこの場所を確認した。『死喰い人』の拠点地にしては、少し離れた道をマグルの人々が当たり前に歩いており、クィレルの後ろには図書館のような建物がある。耳を澄ませば、車やバイクのエンジン音も聞こえるので、道路が近いのだ。

「見たまえ、マグルがこんなにいる。皆、君に起こった悲劇を知らずに通り過ぎて行く。ご主人様の威光をないように振る舞っている。ご主人様のことを知らないなんて、なんて可哀そうな人なんだろう」

 まるで、この世の不幸を哀れむ聖人の如く、クィレルは目を伏せる。

 

 ――勝手に饒舌ぶっている今なら、簡単にXXせる。

 

 感情の高ぶりと共に、クローディアの影がクィレルに伸びる……はずだった。影が全く動かない。今度は意識し、影を動かそうと試みるが反応がない。

 疑問と焦燥が心臓を走っていく。耳の奥が熱さで立ちくらみしそうだ。

「マグルの学校……ここは大学というのだったな。魔法学校から入学してくる生徒が無暗に魔法を使わせないために、校内には『魔法封じ』をかけられている場所がいくつかあるんだ。ちょうど、君が立っているところだよ」

 指先をクルクルと回してから、クローディアの足元を指す。

 完全にクィレルの術中に嵌ってしまった。愕然としたクローディアは、呼吸が息苦しくなってきた。それでも、脳髄の一部が冷静に思考する。

 おそらく、クィレルの立っている場所は、『魔法封じ』の範囲外だ。もしくは、クィレルも範囲内に引きずり込めれば、後は乱闘に持ち込める。

 急にクィレルは、片手を上げる。その手……否、腕は一目で義手と分かる代物だった。木製の指先には、太陽の光で反射する物があった。

「君にしては趣味の良い物を着けているじゃないか」

 反射で片耳を触ると、そこにあった耳飾りがない。

「ボーイフレンドから貰ったか? それとも、死んだドリスからかな?」

 嗤う声が脳髄に直接、響く。

 

 ――誰が死んだ? いつ死んだ? 何故、死んだ?

 

〝ドリスのことは残念だったね〟

〝ドリスさんのことは、本当に残念だったわ〟

〝ドリスさんは殺されたんだ!〟

 親しくも数えきれない人の声が一気に聴覚を刺激した。

 違和感はあった。皆が自分に声をかけているが、その部分が理解出来ない。きっと、自分の知らない言葉を話しているのだと、勝手に納得していた。

(お祖母ちゃん……お祖母ちゃん……)

 2人を相手に、たった独りだけドリスが残った。クローディアが呼んだ助けは、間に合わなかった。

 看取ることも出来ず、ドリスを失ってしまった。

 自覚した瞬間、全身から力が抜けていく。足が折れ、膝が地面に着いた。土に膝が触れる瞬間が、長く重くクローディアの身体に絶望感を沁みこませる。

 もう、立ちあがる事は出来ない。

「ああ、君はそんな顔をして……泣くんだね」

 冷ややかな声が響く。

 クローディアは泣いてなどいなかった。苦悶に満ちた顔は泣き顔と呼ぶに相応しいだろう。視界の隅にクィレルを捉えていた。

 否、ただ視界にクィレルが映っているだけだ。彼は失望した眼差しをクローディアに向けている。

「私はね、私なりに君に感謝しているんだよ。あの老いぼれの目を誤魔化せたのは、君のお陰なんだから。君が私にくれた紙切れを受け取った時、私は賭けをした。改心したフリをして、機を待とうとね。君に寮点をやったぐらいで、老いぼれはいとも簡単に信じてくれたよ!」

 小気味よく笑いながら、クィレルは誇らしげだ。

 回顧するには十分である。あの日、ダンブルドアからクィレルを本当の意味で救ったと告げられた時、クローディア自身も本当に嬉しかった。自分の行動で、人が救える。それに感謝されたのだ。言葉では表現できない感動があった。

 紙切れとは、おそらく折り鶴のことだ。

「さあて、私は忙しい身だ。そろそろお暇しよう」

 世間話を済ませたように、クィレルは懐から杖を出しだした。

「私の……杖」

 墓場で奪われた杖が目の前にある。返されたようだ。

「ご主人様から、君に託だ。『ドリスを死なせるつもりはなかった。愛の為に命を投げ出すような愚かなことを貴様はしてはならぬ』」

 ドリスの死を貶されているが、クローディアは怒りが湧いて来なかった。ヴォルデモートは愛を愚行と呼ぶ男だ。如何にも、彼らしいとさえ思った。

「ひとつ、聞きたい」

 興味深そうにクィレルは、クローディアの顔を覗きこんだ。

「セドリック=ディゴリーは君を愛していたのか?」

 意味不明だ。何故、その名が出る。セドリックと口を利いたのは、数える程しかない。

「第3の課題、危うく、ハリーと引き分け優勝になるところだったんだろう? 残念だったねえ、もし、君達と一緒に優勝杯に触れていたら、卿の復活に居合わせる事が出来たのに……、運のない少年だ」

 クローディアの首の後ろが痙攣した。

 

 ――ただの痙攣ではない。凍った心を溶かし、燃え上がらせる前兆だ。

 

 そうだ。セドリックは優勝を諦めた。彼がどんな心情だったのか、知らない。しかし、それで墓場に行かずに済んだ。

 きっと、クィレルはセドリックが死んでいても何の感慨もない。

 思えば、この男はバーサ=ジョーキンズを死に追いやった。そうして、この先もクィレルは躊躇いなく、ヴォルデモートの為に人を死なせていくのだろう。

 こういう男だと理解していたはずだった。否、まだ理解し切れていなかった。頭の隅か、心の何処かで、クローディアはクィレルを見誤っている。1年生の折も勝手な判断を下して後悔した。

 

 ――ああ、再び……このような後悔が訪れようなど、あの頃にどうして想像出来ようか?

 

「許さない……」

 か細く呟いたが、クィレルの耳に十分届いていた。無表情なクローディアの瞳が光の反射で赤く輝いていた。確かな怒りと憎悪がある。

「許さないぞ……、クィレル……必ず……追いつめてやる。奴が滅んでも、私は貴様を追い続けてやる」

 掌から血が零れんばかりに拳を握りしめ、慟哭する。

「それでこそ、ヴォルデモート卿の認めた魔女だ」

 笑みを消したクィレルの瞳から、称賛が見えた。彼は『姿くらまし』で文字通り消え去った。

 

 己の杖をクローディアは、ハンカチに包んでポケットにしまう。何か呪いをかけられている可能性を危惧しての事だ。

「クローディア! そうでしょう!? 何しているの! ここで!?」

 聞き慣れた叫び声の持ち主は、なんとペネロピーだ。

 この大学は、ペネロピーが9月から通う学校であった。夏の間に、主な建物の位置を把握しておこうと訪ねてきたそうだ。

「【ザ・クィブラー】に……ドリスさんのことが載っていたわ……。……貴女は安全な場所に保護されたって……」

 涙を流しながら、ペネロピーはクローディアの肩を容赦なく叩く。お陰で、身体の揺れが治まらない。叩き続けているうちに、ペネロピーの興奮が治まった。

 見計らって、クローディアは状況を掻い摘んで説明した。ある場所に匿われていること、『死喰い人』と遭遇した事。

 不安そうだが、ペネロピーは何一つ否定しない。

「【日刊予言者新聞】が変だと思っていたの。私だけじゃないわ。ジュリアもね」

「ジュリアに連絡を取りたいさ、彼女は私が今、お世話になっている場所を知っているさ」

 意外だったらしく、ペネロピーは目を丸くする。

「急いでいるなら、『付添い姿現わし』しましょう。初心者は吐くけど、大丈夫?」

 無意識的に、『バラけ』た脚を意識する。痛みなど、とっくにない。しかし、今も傷痕が残っている。

「大丈夫さ」

 ペネロピーの腕を掴み、クローディアは『付添い姿現わし』した。

 

 ジュリアの自宅前にクローディアとペネロピーは現れた。似たような建物が並んでいる。しかし、それぞれの家には、住人の個性がしっかりと出ていた。

「ペニー! ちょうど良か……クローディア!?」

 居間の窓をから、ジュリアが叫んだ。その後ろにはジョージもいた。2人はクローディアがいなくなっている事に気付き、叱責覚悟でモリーに報告した。休憩していたトンクスがすぐに周辺を探しに飛び出した。

〝お前達には失望しました!〟

 ジュリアとジョージは、クローディアを見つけて来るまで本部の出入りを禁止された。

 クローディアはペネロピーに助けられたと簡潔に話した。

「私は、ここで失礼するわ。皆に貴女の無事を伝えたいから」

 まるでモリーから逃げるようにも見えたが、クローディアはペネロピーを引き止めなかった。

「ありがとう、ペネロピー」

 それだけ聞くと、ペネロピーは『姿くらまし』して行った。

 

 本部に戻ったクローディア達は、仁王立ちで待ちかまえたモリーに歓迎された。

「クローディア! あなたという子は一体どういうつもりかしら!? どれだけ心配したと思っているの!? トンクスとディーダラスがあなたを探しに駆けずり回っているわ! ロン! フクロウで2人に報せてあげて!」

 階段の手すりにいたロンが不承不承と階段を上がって行った。

「今がどれだけ危険な状態か! あなたはちっともわかっていないわ!」

「はい、おっしゃる通りです」

 クローディアは玄関先で正座し、モリーから怒鳴られた。

 ジュリアとジョージは、そそくさと奥に逃げようとしたが、モリーに掴まった。クローディア同様、座らされた。

 3人が並んで正座する姿は、哀愁が漂っている。

 

 1時間ほど経った頃、玄関の扉が開いた。

「何をやっているんだ?」

 ハリーと共に帰宅したシリウスが状況を把握しきれず、呆然と眺めてきた。

「ハリー!? お帰りなさい! どうだったの!?」

 怒りがなかったように、モリーは満面の笑顔となる。黄色くも甲高い声でハリーを出迎え、ジョージの足を思いっきり踏む。痺れた足に酷い打撃だ。

 ハリーの返事をする代わりに、シリウスが杖を振るう。玄関ホールの廊下に【勝訴!】の絨毯が敷かれた。

「やったわ! ハリー!!」

「さっすが!!」

 階段の手すりから、ハーマイオニー達が手を振るう。いつの間にか、トンクスがいた。

「さあ、さあ! お祝いしなくちゃ! あんた達、いつまで座っているの? ジュリア、ジニー。手伝って!」

 足が痺れたジュリアは、弱弱しく立ち上がり壁を伝ってモリーに着いて行った。

 クローディアとジョージも立ち上がったが、同じく足が痺れている。

「俺……、2度と正座なんてしない」

 シリウスの手を借りてジョージは、ゆっくりと歩いた。

「大丈夫?」

 ハリーがクローディアに手を差し出してきたので、遠慮なく掴む。

「おめでとうさ」

「僕の力じゃない。ダンブルドア先生が弁護に来てくれたんだ。……判決を貰った時、先生は僕の肩に触れて「偉かった」って言ってくれたよ……」

 随分と落ちつき払っているハリーの態度が不思議だ。何処となく達観している。

「ハリー、……私からも話したいことがあるさ。今と後、どっちがいいさ?」

「う~ん、安心してお腹空いちゃったから、後でいいかな?」

 クローディアの返事を待たず、ハリーは厨房に急いだ。階段から、ゆっくりとベッロが下りてきた。

「ベッロ」

 呼びかけられば、ベッロは素直にクローディアへとすり寄った。

〔あの時、私に何をしようとしたさ?〕

 日本語に語りかけても、ベッロは困惑しない。鎌首をもたげ、クローディアを見上げる。

[するべきことをしようとした]

 ベッロが語りかけた気がした。しかし、何を言っているのかわからない。それでも、ベッロの使命感に似た感情を読み取ることは出来た。

〔その事を誰に聞けば、確かめられるさ?〕

[時が来れば、聞かずとも知らねばいけない]

 また何かを語りかけてきた。意味はわからずとも、確かに何かを言っている。

(まだ……その時じゃないってことさ?)

 勘とも言える閃きでクローディアはベッロの考えを汲み取った。

 17歳として年齢が満たされた時、行うはずだった。しかし、何も行えなかったということは『その時』になっていないということだ。

 そのまま、お互い何も考えずに視線を絡ませる。

「クローディア、何しているの?」

 ハーマイオニーに声をかけられ、クローディアは閃いた。

 2人はバジリスクの魔眼で2ヶ月石化していたのだ。つまり、肉体の年齢が17歳を迎えるまでにズレがある。

(でも、それだと私は未成年だし……、そもそも、無許可で『姿現わし』を使ったことも咎められるはずさ……)

 今のところ、クローディアが『未成年魔法使いの妥当な制限に関する法令』に触れたという勧告はない。

(何か……法の抜け道があるさ?)

 トンクスに確認を取ろうと、急いで厨房に降りる。

 小走りで降り、そのままの勢いでトンクスへと詰め寄る。彼女は吃驚して、皿を落としそうになったがロンによって防がれた。

「2ヶ月間、石化された経験を持つ未成年者が17歳の誕生日を過ぎても、成人扱いになるかですって? ……そりゃあ、なるわ」

 『石化された時間』による成人への影響を聞き、トンクスは当然のように答えた。

「魔法省は、あくまでも『生まれてから登録された歳月』を数えているの。これはね、昔は『老け薬』や『若返り薬』で年齢を誤魔化す人が多かったから、それに対する処置なのよ」

 トンクスの説明を聞き、クローディアは『年齢線』を思い出す。『老け薬』を用いて、成人になろうとした双子は物の見事に玉砕した。

「そういえば、あなた達はバジリスクに石にされたんだったわね」

 何気なく、トンクスはクローディアとハーマイオニーに確認してくる。動揺したジニーがビクッと肩を痙攣させていた。

「それじゃあ、もしも数年単位で石化されていたとしても、通常通りに成人を迎えるのかしら?」

 真剣に問いかけるハーマイオニーの手には、何処からともなくメモ用紙がある。

「大体の人は、そのままにするわ。申請して年齢の書き換えを行えるけど、審査や検査で何日もかかるとか……」

 2か月程度なら、僅かなズレとして申請しなかったのだろう。

「私が無許可で『姿現わし』した事を咎められなかったのは、なんでさ?」

「『姿現わし』や『姿くらまし』は、そもそも追跡が難しいのよ。誰にも発見さず、『バラけ』た状態で、何日も過ごした例もある」

「だから、許可がいるのね? 『バラけ』た人を発見しやすく出来るように」

 クローディアの質問なのに、ハーマイオニーが嬉しそうにする。その後、トンクスは食事が出来るまで質問攻めにされた。

  ハーマイオニーの細かいツッコミに、トンクスはげっそりしていた。

 

 昼食が終わり、クローディアはクィレルとの再会を聞かせた。

 勝訴で浮かれ気分だった空気が一気に凍りつく。無断で屋敷を抜けだした結果、『死喰い人』に遭遇した為、またモリーの視線が痛い。

「杖を返して貰ったさ。トンクス。この杖に呪いがかかってないか、見てもらいたいさ」

 ハンカチに包んだ杖を見て、トンクスは緊張で唾を飲み込んだ。

「一度、『闇払い局』に持って行く。何が起こるかわからないから」 

 トンクスは杖を出し、クローディアの杖をハンカチごと叩く。すると、杖が消えた。

「クィリナス=クィレルが接触してきたこと、ダンブルドアに報告してくるわ。シリウスはここに残っていて、本部に何人か戻るようにさせるから」

「今夜はキンズグリーが来る事になっている。アーサーは君の代わりに当番だから、他を頼む」

 シリウスの意見を承諾し、トンクスは早々に出かけて行った。

「ジュリア。君はしばらく、ここに来ては行けない。それと出かける時は、決して1人にならないように、奴らの誰かに顔を見られているかもしれない」

「ここは『秘密の守人』で護られているんでしょう? そんなに神経質になることないわ」

 本部に立ち入れないという不満に、ジュリアは声を低くした。

「油断大敵!!」

 ロンが突然、大声を上げた。注目を集め、恥ずかしそうに咳払いする。

「マッド‐アイがいれば、きっとこう言うだろう?」

「優等生だな、ロン」

 いつものからかう口調で、フレッドがロンに笑いかけた。

「シリウスの意見に賛成だ。ジュリア、しばらく来ないで欲しい。君の為だ」

「念を押さなくても、帰ります」

 ジョージに挑むような態度で吐き捨て、ジュリアはシリウスに送られて行った。

 

 午後の掃除に向かい、各々は持ち場に行こうとする。階段を上ろうとした時、クローディアはジョージを呼びとめた。他の皆は、気付かずに階段を上がっていく。

「ジョージ、お祖母ちゃんのこと……思い出したさ。心配かけてゴメンさ。ありがとう」

「いいや、俺に謝ったり礼を言う必要ねえよ。何も間に合わなかったんだから……」

 悔しそうにジョージは顔を歪め、クローディアの耳飾りに触れる。

「片方、どうした?」

 指摘されクローディアは、片方が奪われたことを思い返す。折角用意してくれた贈り物を無くしてしまい、申し訳ない気持ちになった。

「ごめんさ、なくしちゃったさ」

 ジョージは怒る様子もなく、耳飾りごとクローディアの耳に触りつづける。

「そのままだと不格好だな。首飾りにしてやろうか?」

「え? 作り変えれるさ?」

 思ってもいない申し出に、クローディアは目を丸くする。

「それな、俺が作ったんだ。悪戯道具を作ってたら、その石が出来たんだよ」

 ジョージの手作りだと聞いた途端、不安になってきた。害はないと思いたいが、仕掛けを疑ってしまう。クローディアの心情を察し、彼はわざとらしく不貞腐れる。

「信用ねえな、俺。可哀そう、俺」

 哀れに振舞ったジョージは、わざとらしく階段に座り込む。普段の彼らしい行動に、クローディアは安心していた。

「これは、このままでいいさ。すっごく気に入ったんだから、返せって言われても返さないさ!」

 意地悪く舌を出したクローディアは、素早く階段を駆け上がった。残されたジョージは、足の間に頭を入れて俯く。両手で顔を覆い、肩を震わせる。

 雑巾の束を頭に乗せたベッロが階段を上がろうとし、ジョージを見上げる。指の隙間から、至福の笑みを浮かべる彼の顔が見えた。

 

☈☈☈☈☈

 お手洗いに2階へ降りてきたハリーは、手摺からクローディアとジョージの会話を聞くとはなしに聞いていた。

 クローディアはドリスの死をあっさりと受け入れていた。クィレルに襲われていながらも、彼女に怯えた様子はまるでない。むしろ、好戦的ともいえる雰囲気を彼女は放っている。

 しかも、それは『闇の軍団』ではなく、クィレルというただ1人に対してだ。

 これがハリーとクローディアの違いだ。彼女は他人の憎悪も賛美も批難も生死も受け入れ、誰を置いて行こうとも、先へ先へと行ってしまう。

 ハリーに人生を狂わされたと話されても、クローディアは責めるどころか、慰めてくるだろう。

 

 ――彼女は強い。

 

 強いが故、様々な出来事に悩み苦しむハリーを理解してはくれないだろう。何故、悩むのかと疑問するだろう。

 何でも出来る者には何も出来ない者の気持ちはわかりようがない。

 

 ――いっそ、彼女こそが僕であったなら、良かったのに。

 

 ハリーの身体から湧き起こるのは、嫉妬に似た憎悪。悲哀に近い憤怒。嫌悪から遠い憧憬。感情の高ぶりは極まった時、唐突に額の傷が痛みを走らせた。

 思わずハリーは額の傷を手で覆う。

「ハリー、どうしたさ?」

 いつの間にか、クローディアは目の前にいた。心配そうにハリーへ手を伸ばしてくる。彼女の手が肩に触れた途端、額の傷がまた痛みだした。

「やめて……大丈夫。色々な事があったら、ちょっと疲れているだけだよ」

 失礼のないようにクローディアの手を払う。傷の痛みに気付かれないようにする為、ハリーはお手洗いに逃げ込んだ。

 

 夕方になり、ディグルとシャックルボルト、そしてトンクスが訪れた。クローディアはディグルから散々叱られ、泣かれた。彼女は心配をかけたことを詫びる。

 

 勝訴祝いが始まり、ハーマイオニーと雑談しながら、クローディアはハリーを盗み見る。

 ハリーはロンと競ってパスタを貪り、フレッドとジョージの漫才のような冗談にも笑っていた。

(ハリーって強いさ。私が裁判なんて言われたら、逃げちゃいそうさ)

 魔法省がどれだけハリーを否定しても、『闇の軍団』は消えない。

 数時間前、額の傷を庇うハリーにクローディアは触れた。何とも頼りない肩は年相応の骨格を伝えてきた。

 あくまでも相応だ。その肩に闇の帝王と相対する重さを乗せらせはしない。誰にも乗せる資格はない。

 いるとするなら、ハリー自身である。

 

 食事が終わり、トンクス以外の女子陣はモリーと共に後片付けだ。

 ちなみにシリウス達大人組は、食後の紅茶を嗜んでいる。手伝えとは言わないが、せめて居間に行って欲しいとクローディアは思う。

 ハリーが部屋に戻ってから、シリウスは何処となく苛々しているように見える。

「そろそろ来る頃か……」

 懐中時計を確認したディグルが呟く。

「誰か来るの?」

「気にしないで頂戴。さあ、皆。もう片付けは終わったから、お部屋へ戻ってなさい」

 ジニーが問うと、モリーまでそわそわと落ち着きがない。

 3人は気にはなったが、厨房から解放された喜びが勝った。玄関ホールの廊下に出て、ジニーが欠伸をひとつする。

「さあて、今日の分の宿題片付けないと」

「「まだ、終わってなかったんだ?」」

 語尾はそれぞれ違うが、クローディアとハーマイオニーは反射的に言い放つ。

「ええ? 2人とも終わらせたの? 早すぎ」

 ジニーが悔しそうに頬を膨らませた時、玄関の扉から音が鳴る。扉の施錠が解かれる音だ。

 一瞬、3人は身構えた。ここには安全な護りがあるとわかっていたが、昼間のこともあり、自然と神経を尖らせる。

「ジニー、厨房から誰か呼んで来てさ」

 クローディアが声をかけるより先に、ジニーは厨房に降りて行った。

 扉が開くと、黄色くも押さえられた声が発せられた。

〔シャーロック・ホームズが住んでそうな家さ。素敵な秘密基地さ〕

「持ち主はムカつくが、良い屋敷妖精がいてくれるよ」

 クローディアの胸が心地よく弾んだ。そこにいたのは、父・コンラッドと母・祈沙だ。祈沙は旅行鞄を押しながら、玄関ホールを見回す。

 ちょうど、厨房からシリウスが上がって来る。彼は訪問客を目にして、急に硬直した。

〔来織!〕

 祈沙の視界にクローディアが映ったようだ。鞄を投げるように手放して突進してきた。ハーマイオニーは吃驚して下がった。

〔来織、会いたかったさ〕

 周囲の人に構わず、祈沙はクローディアに飛びつく。細腕ながらも強い力が彼女の肩を締め付けた。

 そのせいではないが、クローディアの身長は祈沙を若干、追い抜いていることがわかった。

〔遅くなってゴメンさ。お母さんももっと早く来たかったさ〕

〔祈沙、まずはご挨拶しないといけない。クローディアの友達が驚いているからね。そこの家主も……〕

 宥めるコンラッドが祈沙をクローディアから引き離す。

「やあ、こんばんは。ハーマイオニー、クローディアの面倒を看てくれて、ありがとう。私達は少し込み入った話があるから、客間を借りるよ。モリーに私達が来たことを伝えてくれるかな?」

「こんばんは、コンラッドおじさま。わかりました」

 上品にハーマイオニーが返すと、コンラッドは足元を見やる。いつの間にか、クリーチャーが無言で控えていた。

「こんばんは、クリーチャー。しばらく、ここで世話になるよ。前に話しておいた妻の祈沙だ。よろしくね」

「レギュラス坊ちゃまのお友達。クリーチャーは喜んでお迎えいたします」

 何処となく含みを込めていたが、それでも敵意など感じられない。クリーチャーにとって、コンラッドは客人と認識されている。祈沙は身を屈めて、クリーチャーと握手した。

 クローディアとハーマイオニーはクリーチャーの態度に驚かされた。

 だが、シリウスは別な点に吃驚仰天している。

「妻だと!? おまえ結婚していたのか!?」

 ずっと黙りこくっていたシリウスは、目を見開いて叫んだ。

〔祈沙、こいつ……この人はシリウス=ブラック。ここの家主で、クリーチャーのご主人様だ〕

 笑顔のまま面倒そうにコンラッドが説明し、祈沙はシリウスにお辞儀した。

「祈沙ぁと申しますぅ。これぇから、よろしぃくお願いぃしますぅ」

「ここ、こち……こちらこそ、マダム」

 耳まで顔を真っ赤にし、上擦った声でシリウスは会釈する。変に緊張している彼を見て、クローディアは嫌な汗が流れた。

(え? まさか、ブラック……)

 その考えを振り払うように、クローディアはコンラッドと祈沙の腕を掴んだ。シリウスから逃げるように、客間に連れ込んだ。勝手に扉が閉まった。おそらく、クリーチャーが閉めたのだ。

「さて、クローディア。いままで独りにしてすまなかったね。……怒りたいなら、怒っていいんだよ」

 相変わらずの機械的な口調がクローディアには何年分の懐かしさを感じさせる。目の前にいるのは、確かに父なのだ。そして、会えないだろうと思っていた母もいる。

「クローディア、母のことだが……。何があったか話せるかな?」

 クローディアの胃が一瞬、刺激された。嘔吐感に近かったが、深呼吸で抑え込んだ。必死に記憶を辿り、あの朝の出来事を語った。話せば話す程、少しも気は楽になれず、息苦しさに襲われた。

「……セブルスを招こうとしていた?」

 確認のように呟き、コンラッドは自らの口元を手で覆う。初めて、彼の瞳に焦燥が見えた。

「そうか、……わかった。辛い思いをさせたね。よく、頑張った……」

 躊躇うようにコンラッドの手がクローディアの頭に置かれた。

 クローディアは慰められている。それを理解した時、心臓に水滴が落ちる感触が襲う。その一滴が胸を満たし、瞳から涙を零させるに十分であった。

〔お父さん……お母さん……。お祖母ちゃんが……お祖母ちゃんが〕

 言葉が上手く言えないとわかっていながら、クローディアは口を動かして声を発した。気づけば、コンラッドと祈沙の腕を掴んで、ただ泣き叫んだ。

〔せめて、私が傍にいれば……〕

 嗚咽した祈沙も涙を溢れさせて、すすり泣く。コンラッドは泣かず、祈沙の肩を抱いた。

 安心して泣ける場所は、ここにある。

 クローディアは素直に喜んだ。泣き喚きながらも、ここまで来てくれた父と母に感謝した。




閲覧ありがとうございました。
クィレルとの再会で、正気を取り戻しました。
家族との再会は、素直に泣ける涙を流させました。二つの意味での再会でした。

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