こうして、私達は出会う(完結)   作:珍明

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閲覧ありがとうございます。
子供たちが宿泊するんだから、本部はもうちょっと清潔して欲しいですよ。

追記:16年4月12日、誤字報告により修正しました


4.予言の少年

 古びた黒一色の内装にお手洗いと風呂場と厨房だけが白く清潔である理由は、トトだった。

 誕生会の片付けの最中、ジニーがその時の状況を話した。

「ママね。トトさんと口論になったの。掃除を皆でするべきだっていうママと、子供達を安心して預けられるように自分が掃除するっていうトトさんでね。意見が真っ二つよ。ダンブルドアが仲裁に入って、水回りをトトさんに任せるってことで、一件落着したの」

「水回りだけって、お祖父ちゃんらしいさ」

 モリーが睨んできたので、クローディアは笑いを堪えた。

 大皿を下の戸棚に片づけようとしたクローディアに、突然、ナイフとフォークがギリギリに避けて降り注ぐ。

 上の棚でうっかり手を滑らせたトンクスが謝罪のウィンクをしてきた。彼女は変身以外、本当に不器用だと改めて認識した。

 

 日が変わる前に、子供達は用意された部屋へと向かう。女子の部屋には、何故か、荷造りされたクローディアの鞄やベッロの虫籠が置いてあった。トトが勝手に運び込んだのだろう。他の疑問は、3つの寝台とソファーがあることだ。前もって準備していたなら、寝台の数が足りない。

「私がソファーを使っているの。家がすぐ傍にあるから、遅くなったときだけしか泊まってないの」

 ジュリアの説明に、驚いたクローディアは反射的に窓を見る。

「ここから、見えるさ?」

「まさか、公園の向こう側よ。でも、本部が近くで助かったわ。私の生活に支障が出ないもの」

 その言葉にクローディアは、ジュリアが働いて大学資金を貯めていることを思い出した。

「ジュリアも何か活動してるさ?」

「私は、マグル生まれに魔法界のことを伝えて警告することよ。私のバイト先にもマグル生まれの子がいてね。『例のあの人』の復活に驚いていたわ」

 まるで後輩に試験範囲を教える口調だったが、レイブンクロー生にとっては重要な役割だ。元レイブンクロー生としての責任感がジュリアから感じられた。

「私も騎士団の為に、何かしたいのに。ママがダメっていうのよ」

 不貞腐れたようにジニーが枕に顔をつけた。否、役に立てないことに苛立っているようにも見える。

「私達に出来ることは、この屋敷の掃除よ! モリーおばさまもそうおしゃっているわ」

 唯一、それを納得しているハーマイオニーがジニーを窘めた。不満を隠さないジニーに対し、ジュリアは一言付け加えた。

「私だって、騎士団員じゃないわ。いくら魔法界で成人といっても、卒業していないんですもの」

 鞄から寝巻を取り出していたクローディアの手が自然と止まる。脳髄の奥から、よく知る声が反響した。

〝その日こそ、肝心なのよ。ハリー、クローディアが17歳になるときこそがね〟

 ハリーと別れた日に、ドリスがそう告げた。

 

 ――そういえば、ドリスは何処へ行った?

 

 考えようとすると回想が拒絶される。この感覚を自分は知っている。

 それを思い出す前に、クローディアは我に返った。

 身体が寝台に俯せであった。薄暗い部屋で目を凝らして見つめると、ハーマイオニー、ジニー、ジュリアはそれぞれ静かに寝息を立てていた。自分の行動を思い返すと、皆がそれぞれ寝巻に着替えて就寝の挨拶をして、寝台に座ったことは記憶している。

 TV画面を通したような他人事に感じ取れてしまうのは、疲れているからだ。

(皆に……パドマやリサに……ルーナに手紙を書くさ)

 瞼を閉じると、今度は自分の意思で眠りを自覚した。

 

☈☈☈☈☈

 ここは、廊下だ。

 どんなに暗くても終わりのない廊下はない。奥に扉が見えた。廊下はここで終わるが、扉は開かない。やはり、扉にはボニフェースがもたれている。そこにいることが当たり前だと主張しているようだ。

 こちらが嘲笑すれば、ボニフェースは屈託のない笑みを返した。嘲りを物ともしない態度に、いつも苛立っていた。

 

 ――――それで、俺様より勝っているつもりなのか?

 

「違うぞ、ハリー。おまえは、俺をそう思ってない」

 ――――知った風な口を利くな。俺様の何を理解しているというのだ? 俺様は、いつでも貴様を消せるのだ。

 この上ない冗談を聞いたといわんばかりに、ボニフェースは噴出して笑う。

「ハリー、目を覚ませ。おまえは俺よりも聞くべき相手がいるだろ?」

 

 問い返す前に、ハリーの瞼が開いた。

 薄暗い室内、おそらくは夜明け前だ。隣の寝台でロンが間抜けなイビキを掻いているので、起きる時間では絶対ない。

 寝台傍の机に置いた眼鏡を手探りで掴むと、聞きなれた声がした。

[起きたか、ハリー?]

 ベッロだとすぐにわかり、ハリーは眼鏡をかけて周囲を見渡す。扉のノブに尻尾をかけたベッロが暗闇でもわかる紅い目でハリーを見ていた。

[こっちだ。待っている]

 何の脈略もなく、ベッロは扉を開けて廊下へ出た。意味があるに違いないと踏んだハリーは、寝巻姿のままベッロを追いかける。

 

 厨房の扉を守るように立つ、いつもの双子。その姿が夢で見た光景と重なった。

「フレッド? ジョージ?」

 寝巻き姿のハリーを見て、双子は苦笑した。

「ベッロも気が利かないな。着替えくらいさせてやれよ」

「同感だね」

 ジョージがハリーの肩を叩き、扉の前に立たせた。

「ダンブルドアが君を待っているぜ」

 意外な名前を聞き、ハリーはジョージを凝視する。フレッドがハリーの頭に腕を乗せた。

「昨夜の約束、覚えてるか? 『積もる話は明日にしろ』って奴。僕らは残念ながら、聞けない。その代わり、パパから騎士団がどんな活動をしているのか、触りだけ教えてもらえることになったけどな」

 フレッドの言葉は、ハリーの耳にほとんど届かなかった。

 自らの脈打つ心臓の音が五月蠅いからだ。

 これまで自分を放置していたダンブルドアにどんな悪態を付くのか、わからない。会える嬉しさと何を聞かされるのだろうという緊張感が混ざり合い、胃が縮まる感覚に襲われた。

「「行けよ、ハリー」」

 双子の温もりが体から、離れた。より緊張を強くしたハリーだが、迷わずに扉を開いた。

 

 扉の先は厨房の姿をしていない。

 晴れた青空、豊かな緑に包まれた森林、木造で作られた円卓の席が設けられていた。森に住まう魔法使いの如く、ダンブルドアは座っていた。

 この一カ月の間、積もっていた不満と不信が一気に脳裏を駆け巡る。ロンとハーマイオニーと相対した時とは、比べ物にならない感情が胸を支配していた。

「ハリー、ここへ。さあ、おいで」

 愛する孫を誘うような声がハリーの蟠りを薄めた。

(そうだ。今こそ、教えて貰えるんだ。やっと、何でも聞けるんだ!)

 出来るだけ感情を抑え、ハリーは円卓の反対側に腰かける。

「ヴォルデモートは何所にいるんですか? 今、何が起こっているんですか? ルシウス=マルフォイはどうなったんです」

 挨拶もなく、ハリーは無遠慮に質問した。しかし、ダンブルドアは穏やかだが、真摯な態度で答える。

「ルシウス=マルフォイに何の拘束もない。今も往来の場を堂々と歩いておる」

「どうしてですか!? あいつは、ヴォルデモートと一緒になってドリスさんを殺したんですよ! それどころか! あいつを尋問すると言ってくれたファッジ大臣も! あいつらの差し金に違いないんだ!」

 少しも事態は進展していない。その怒りにハリーは、憤慨した。

「ハリー、確かか? コーネリウスが、ルシウス=マルフォイを尋問すると言ったのかね?」

 確かめる口調は、ハリーを微塵も疑わない。

「はい、ファッジ大臣はヴォルデモートの復活を認めてくれました。そしたら……」

 脳裏を掠めるファッジの死に顔、あれは無念を語っていたのかもしれない。

 急に黙り込むハリーに、ダンブルドアは髭の中で息を吐いた。

「……ドリス、コーネリウス、2人の死がもたらしたモノは大きい。……わしにとってもな。今日、ここに来たことも、きっと2人の導きじゃろう。それを過言とは思わん」

 ヴォルデモートとの戦いを宣言した時と同じ口調で、ダンブルドアは続けた。

「まずは、わしから詫びねばならん。ハリー、君に事情を説明せず、魔法界との繋がりを絶たせたことを……。何の相談もせず、騎士団を護衛に付けたことを……。すまなかった」

 頭を垂れるダンブルドアを見つめ、ハリーは息を詰めた。

 あの家に閉じ込められ、誰からも連絡もなく放置され、護衛という名の見張りを立てられ、身を守る為に魔法を使ったのに退学勧告を受けた。

 全てを理不尽だと感じていた。

 でも、決して謝って欲しかったのではない。ただ、教えて欲しかった。

「君には、聞きたいことがあろう。しかし、話さねばならんことがある。何においても、真っ先に聞かせねばならんことだ」

 ハリーは反対せず、了承する。聞きたい事が多すぎて、了承するしかなかったというべきかもしれない。

「覚えているかね? 賢者の石をクィレルから守り切った後、君はわしに『そもそもヴォルデモートは何故、僕を殺したかったのでしょう?』と……」

 覚えていた。確か、ダンブルドアは『今は答えられない』と返した。

「これから、話す事は君にとって身勝手極まりなく、最も理不尽に満ちておろう」

 

 ――そうして、ダンブルドアは語りだした。

 

 15年前の冷たい雨の夜、ダンブルドアは『ホッグズ・ヘッド』にいた。『占い学』の担当教授を志願する魔女を面接していた。その魔女は、『予見者』として名高い魔法使いの曾々孫に当たっていた。だが、魔女には『予見者』の才能は一つも受け継がれていない印象を受け、出来るだけ言葉を選んで不採用を伝えた。

 帰ろうとした瞬間、魔女は突然トランス状態に陥り、告げた。

〝闇の帝王を打ち破る力を持った者が近づいている……7つの月が死ぬとき、帝王に三度抗った者たちに生まれる……そして闇の帝王は、その者を自分に比肩する者として印すであろう。しかし、彼は闇の帝王の知らぬ力を持つであろう……一方が他方の手にかかって死なねばならぬ。なんとなれば、一方が生きるかぎり、他方は生きられぬ……〟

 その『予言』を告げた後、魔女は自ら口にした事を全く覚えていなかった。

「僕が……その子供?」

 ハリーは『予言』の内容に、絶句した。

「間違いじゃないんですか? その魔女にもう一度、『予言』してもらえませんか?  だって、こんなこと……」

「その魔女は既に2度も、わしに『予言』をもたらしておる。2つ目は君自身が直に聞いたとも」

 『予見者』の知り合いなどいただろうか?

 必死に記憶を辿ると、自分の人生で重要な起点を思い返す。三年生の時、『占い学』のトレローニーが確かに『予言』していた。

「トレローニー先生が……僕の『予言』を……」

「今話した『予言』の意味は、ヴォルデモート卿を永遠に克服する唯一の可能性を持った人物が15年前の7月末に生まれたということじゃ。この男の子は、ヴォルデモートに既に三度抗った両親の許にの」

 まさに息苦しい。今にも、胃液が逆流しそうだ。生まれる前から、ヴォルデモートと対決することが決まっていたなど、考えたくない。

「しかし、奇妙なことに……この『予言』に当てはまる男の子が、2人いたのじゃ。2人の両親は『不死鳥の騎士団』に属しており、辛くも三度、ヴォルデモートから逃れておった。1人はハリー=ポッター、君じゃ。そして、もう1人はネビル=ロングボトム」

 意外な人物の名に、ハリーは目を見開く。知らずと期待を込めて問うた。

「僕じゃないかもしれないってことですか?」

「残念ながら、最早、君であることは疑いようがない」

 思わず、反論しようとしたハリーをダンブルドアは遮った。

 額の傷痕、それこそが『自分に比肩する者として印』なのだ。ヴォルデモートは、2人の赤子の内、混血であったハリーを自ら選んだ。

 残念な気持ちに駆られ、ハリーは目を伏せる。

「予言を知っていたなら、そもそも赤ん坊の僕を襲うべきじゃなかった……」

 質問よりも、嘆きに近い。ハリーは初めて、ヴォルデモートを嘆いていた。

「それはヴォルデモート卿が知った『予言』は、最初の部分だけだったからじゃ」

 『ホッグズ・ヘッド』には、安いが多種多様な客が集まる店だった。ダンブルドアとトレローニーはただの面接目的で、その店を選んだだけだ。まさか、重要な『予言』を聞く事になるなど夢にも思わなかった。

 盗み聞いた相手は予言が始まってすぐに見つかり、店から放り出された。故に、ヴォルデモートは自分の行動が何を齎すのか知る由もなかった。

 だが、そんな事情はハリーに関係ない。

「僕は……『予言』で言うような力なんて持ってない。ずっと、叔母さんの家にいたんだ。貴方がそうさせた! ファッジさんが殺された日、叔母さんに『吼えメール』を送ったように! 僕をあの家に居座らせた! 僕だって……ずっと……」

 

 ――あの家を出たかった。

 

 その言葉を吐くことを自然と拒んだ。そんな弱音を吐いたとて、少しも胸は晴れない。更に自分を苦しめると感じた。

「それについては、君を生き延びらせる為じゃ。当時、ヴォルデモートが敗れたことで、多くの彼の支持者が危険な行動を取った。ネビルの両親を拷問した者達がそのひとつといえよう。また、ヴォルデモートは必ず戻ってくるという確信がわしにはあった。君を殺すまで決して手を緩めぬという確信もな」

 蘇ったのは、『憂いの篩』で見た裁判。クラウチJr以外は、ヴォルデモートの復活を信じていた。

「ヴォルデモートは、強力な呪いを知りつくしておる。同時に、そうでない呪いは軽視しておった。君の母上が君にかけた持続的な護り、あやつはそれに滅ぼされかけた。君を確実に護る。それを成し得るのは、君の母上の血筋、つまりはただ1人の血縁である妹御のところじゃ」

「叔母さんは僕を愛してない」

 それだけは、ハッキリしていた。厄介者、邪魔者として扱われた日々が証明である。

「ハリー、叔母さんは君を引き取ったのじゃ。どんな理由であれな。叔母さんの意思で、引き取られた。これが重要なのじゃ。それこそが、わしが君にかけた呪文を確固たるものにした」

 姉妹の血による絆。

 ハリーがダーズリー家を『家』と呼ぶ限り、ヴォルデモートから護られる。だが、ハリーの心はいつも惨めな気持ちで一杯だった。だから、魔法界との関わりは心の救いなのだ。

「君の叔母さんは、全て御存じじゃ。あの日、君を託した手紙に記しておいた」

「じゃあ……先生が『吼えメール』で叔母さんに言ったのは、手紙のことだったんですか?」

 ダンブルドアは肯定した。

 胃の中で冷たい塊が落ちた気分だ。

 ペチュニアは、ヴォルデモートとの復活を知り、恐れていた。事情がよくわかっていないバーノンでさえ、身の危険を感じてハリーを追い出そうとした。

 それでも、ペチュニアは世間体がどうとか言い訳して、ハリーを留まらせた。

〝こいつはストーンウォール校に行くんだ。そして、やがてそれを感謝するだろう〟

 ハグリッド出会った日、バーノンが吐き捨てた言葉。今まで一切、忘れていたはずが突然、脳裏に蘇った。

 もしも、バーノンの言うとおりにマグル側に生きていれば、魔法界を知らずにおれたなら、ヴォルデモートなどと関わりなく生きられたかもしれない。

 そんな仮の話を想定しまった自分に、ハリーは愕然とした。

「ここまでの話を聞いて、もし……君が逃げ出したいというのであれば、止めはせん」

 俯いていたハリーは、吃驚して顔を上げた。

「先生は僕を『予言』通りにヴォルデモートと戦わせる為に、生かしていたんじゃないんですか?」

 ヴォルデモートが復活した夜。全てを話すよう強制したように、戦わされると思っていた。

「ハリー、それは完全な誤解じゃ。君はヴォルデモートに選ばれた者というだけで、戦わねばならんのではない。君は、逃げてよいのじゃ」

 呆気に取られた。

 扉が開く音がした。振り返ると、そこにはコンラッドがいた。

 ハリーの反応を待たず、コンラッドは小脇の四角い箱を突き出した。無言で突き出され、取りあえず、椅子から立ち上がり、箱を失礼のないように眺めた。

 丁寧に包装された箱には、手の平程のカードが添えられていた。それが誕生祝いの贈り物だと、ハリーは理解する。

「私からじゃない」

 笑みを消さずとも、その声は何処までも冷たい。

 臆することなく、ハリーは箱を受け取った。同時、コンラッドはダンブルドアに会釈してから、切り取られた空間のように開いた扉の向こうに消えて行った。

「おもしろい仕組みじゃろう? トトに教わったんじゃ」

 ここに来て、初めてダンブルドアは穏やかな笑みを見せた。

 戸惑いながら、ハリーは包装に添えられたカードを読んだ。

【15歳おめでとう ハリー=ポッター  ドリス】

 身体の中心に穴が開く感覚がした。その穴に何処からか水が注がれてくる。水はやがて、冷たく全身を駆け巡る。動悸が激しくなってきたので、ハリーは深呼吸した。

 しかし、呼吸は穴のせいで通り抜けてしまう。自然とハリーは椅子に座り込んだ。

 脳裏にドリスの姿を浮かんだ。それは、珍しくマグルの服装であった。何の違和感のない何処にでもいる優しそうなお婆ちゃんだった。

 

 ――あれが最後だ。

 

「ダンブルドア先生。ドリスさんは……全部知っていたんですか? だから、僕に話そうとしてくれたんですか?」

「『予言』については、何もご存じではなかった。ただ、君の傷痕がヴォルデモートと何らかの絆になるのではと危惧しておった。わしの所に相談しに来られる程にな。君がホグワーツに入学する際、生徒側から君を護る者が必要ではないか――とね」

 意味がわからず、ハリーは自然と首を傾げた。

「僕がドリスさんと知り合ったのは、偶然です。入学前に、ハグリッドと『漏れ鍋』で……」

「そう、ドリスにとって、良き偶然であった。君と顔見知りになったことで、堂々と君を心配できるのだからのお。クローディアに対しても、違和感なくハリーと仲良くするように勧められるというものじゃ」

 クローディアの名を聞き、ハリーの焦燥が強くなった。

 情報がひとつの結論へと導いた。

「……それは、……クローディアの入学を遅らせたのは、僕と同学年にさせる為だった……ということですか?」

「その通りじゃ」

 間を置かず、ダンブルドアは答えた。

「さて、君と同級生になって貰う彼女には、入学を遅らせる理由が必要になった。誰もが納得せねばならなかった。日本の教育機関は、都合が良かったと言えよう。小学校を卒業するまで、日本から離れられなかったと言えば、誰1人、疑わなかった。君も……彼女自身さえも――」

 予期せぬ事実を知り、ハリーは眩暈に襲われた。

「……彼女にこの話は……なさるんですか?」

 きっと、クローディアは自分を責める。彼女の人生は、ハリーの都合に巻き込まれていた。

 罪悪感に胃が捩じ切れそうだ。

「それは10月3日になろう。彼女が何者であるかを知るのは……。それまで、誰にも話してはならん。もしも、聞かれれば、わしが口止めをしたと説明しなさい」

 実に有難い。

 勿論、皆に触れまわる気はない。誰にも話したくない。

 ヴォルデモートは、偶々自分達一家を襲い、ハリーだけが助かった。そう思っていた。否だ。寧ろ、逆だ。両親はハリーのせいで、死んだのだ。

 その実感に、嗚咽が止まらない。

 ダンブルドアは、優しく、慈しむ手つきでハリーを撫でてくれた。

 

☈☈☈☈☈

 フレッドとジョージは、父アーサーから様々な事を聞かされた。

 ヴォルデモートにとって、自分の復活の目撃者を生かしておいたことは想定外だった。彼が最も恐れたダンブルドアが即座に復活を知ったこともそうだ。故にヴォルデモートは、表沙汰にならないように暗躍しつつも、自らの闇の軍団の再構築を目論んでいる。

 それに対し、ダンブルドアは『不死鳥の騎士団』を自ら指揮し、人々(多種族)に闇の軍団へ加わらぬように説得させているそうだ。

 しかし、これに障害があった。

 足並みの揃わぬ魔法省だ。一部はヴォルデモートの復活を否定し、一部は肯定する。ブルガリア魔法省たるワイセンベルク大臣もブチ切れ寸前だ。

 この情勢は『死喰い人』にとって有益となってしまう。

「ワイセンベルク大臣は、グリンデルバルドが台頭した頃、真っ先に対抗組織を作り上げて戦った人らしい。ちょうど、この『不死鳥の騎士団』みたいにね。あの魔法使いが倒れてからも復興活動に力を入れ、その功績から支持を得て、大臣になったそうだよ」

 闇の魔法使いと戦い、倒すに至らずとも名を馳せた大臣。彼がダンブルドアに味方している為、世論はダンブルドアに有利だが、薄氷だ。

 一番呆れ返った事が新大臣。なんと、ルード=バグマンだ。

「いやいやいやいや、ありえないから!?」

「あいつ、博打狂いの借金踏み倒し野郎だぜ!魔法省は、本当にイカレっちまったのか!?」

 双子の極当たり前の反応に、アーサーは静粛を促す。

「父さんだって、信じられないよ。傀儡にしたって、酷過ぎる! という意見もある。本当に、ただのお飾りなんだろう。当座の大臣さ」

 苦虫を噛み潰した表情で、アーサーは耳を掻く。

「『例のあの人』にしてみれば、誰が大臣だろうとやり方は変わらないさね。奴らの関心は、他にもある」

「「何それ?」」

 双子が興味津々に問いかけると、母モリーが割り込んだ。

「これ以上はダメ! もうたくさん!」

 話はここで終わりと宣言され、フレッドは縋るように手を挙げる。

「ハリーの尋問って、魔法省の罠じゃないよね? そのまま逮捕とか、冗談じゃないよ!」

 その質問に、咄嗟にモリーはアーサーを見る。ハリーの身を案じているからだ。

「ファッジの死も意見が分かれている。『死喰い人』、ハリー、ただの事故。けどね、『死喰い人』の仕業だとしても、性急すぎると、私は思うよ。大臣を殺すなんて、あまりにも目立ち過ぎる」

 本当にここまでと、モリーは話を無理やり終わらせた。

 この話を双子は、子供達、皆に聞かせた。

 やはり、バグマンの就任に困惑を隠せなかった。

「「「「「傀儡にしても酷いわ」」」」」

 語尾は違うが、皆、同じ事を言い放った。

 

☈☈☈☈☈

 清潔な厨房に似つかわしくない風貌の男が食卓に顎を乗せていた。否、イビキを掻いて寝ていた。

「マンダンガス=フレッチャーだよ。今朝、ここに着いてから寝てやんの」

 わざとらしく呆れて溜息をつくフレッドは、マンダンガスの肩を叩く。起こされた彼は、間抜けな声を上げた。だらしない印象が強く、クローディアはフィッグが罵詈雑言を吐いていた理由を実感した。

「護衛の仕事、サボった人さ?」

「そうですよ。あなたが起きてくる前、ハリーに謝っていました。でも、ぶつくさと言い訳して、ちっとも反省していないわ」

 まるでマンダンガスをゴミでも見るようなモリーの眼差しは、おっかない。

 アーサー、モリー、シリウス、フレッド、ジョージ、ハーマイオニー、ハリー、ロン、ジニー、そしてマンダンガスという変わった面子を見渡しつつも、クローディアは目玉焼きを齧る。

「ジュリアもここで食べればいいのにさ」

「あいつは自由気ままなんだよ、こっちの気も知らないで」

 朝食は自宅で摂ると、ジュリアは帰った。自由に屋敷を出入り出来る彼女に、ジョージは悪態吐く。

「誰が食料の買い出しに行ってくれてると思ってるの!? ジョージちゃんは、もう少しジュリアに感謝なさい」

 モリーの剣幕に、ジョージは媚びるような高い声で応じた。

 まだ寝惚けているマンダンガスを見ているうちに、クローディアはフィッグのことを思いつく。

「私、いまからフィッグさんのとこに行ってきたいさ」

 この発言に、アーサーがコーヒーを噴出す。しかも、隣にいたシリウスの顔面へ容赦なくかかった。

 出来るだけ、柔らかい口調でハーマイオニーが問う。

「何しに行くの?」

「フィッグさんから、服を借りたからさ。返しに行くさ」

 即座にモリーが厳しい顔つきで却下した。

「服は私が返しておきます」

 それは承諾できなかった。長く世話になった相手だから、直接、礼を述べたい。

「フィギーばあさんには、手紙を書きゃあいい。喜ぶぜえ」

 マンダンガスの自然な提案を聞き、クローディアは少し考えてから受け入れた。

「偶には良い事、言うわね。偶には」

 皮肉たっぷりにモリーは、マンダンガスの前にポテトサラダを差し出した。

 黙々とした食事が終ると、アーサーは魔法省へ出勤し、シリウスとマンダンガスは情報収集に出かけて行った。

 

 屋敷全体の大掃除が、大忙しという言葉では絶対足りない。魔法界ならではの害虫が屋敷中に巣を作り、カビや埃がこびり付いている。

 モリーはクリーチャーの不手際を批難したが、ハーマイオニーは老いを理由に庇っていた。

 午前中だけで、へとへとになったにも関わらず妙な問題が起こった。マンダンガスが何処からともなく掻き集めてきた大鍋を大量に屋敷に持ち込んだ。これにモリーが我慢の限度と怒鳴り散らした。

「ここは盗品の隠し場所じゃありません!」

 玄関先で喚き散らす火の粉が飛ぶ前に、クローディア達は三階に避難した。

「おふくろが誰か他の奴を怒鳴りつけるのを聞くのは、いいもんだ」

 フレッドが上機嫌に階段から見下ろす。

 階段を上ってくるシリウスが見えた。ロンが挨拶すれば、シリウスは疲労感を漂わせていた。

「シリウス、もう帰ってきたの? 早くね?」

「ああ、マンダンガスがどうしても運びたい物があると言ってな」

 その結果が下から聞こえてくる怒鳴り声だ。段々と激しくなっている。

「フレッチャーさんは、何をしたくて騎士団にいるんですか?」

 剣呑を含ませたクローディアに、シリウスは苦笑する。

「あいつは、裏稼業に顔が広い。『死喰い人』の情報が集めやすいんだ。あの鍋に見合うだけの成果はあった……と思うがな」

 つまり、情報は得られたが、それが鍋と等価と問われると微妙ということだ。

「調子はどうだ、ハリー?」

「まあまあだよ」

 シリウスに声をかけられても、ハリーは笑みもなくただ返事だけを言葉にした。

 今朝から、ハリーの口数が少ない。相手がシリウスあるにも関わらず、馴染みのない人と接するように壁を作っていた。

 ダンブルドアと話したらしいが、どんな内容をまだ聞いていない。いつもなら、どんなことでも教えてくれる。珍しい。それだけ辛い内容だったのだと気付き、クローディアはハリーに部屋で休むように諭した。

「いや、掃除をしているほうが楽しいから」

 ハリーの発言を聞き、ロンが絶句した。その後も彼はダンブルドアとの会話について、語ろうとしなかった。

「皆に話すなって、ダンブルドアに言われたんだ」

 双子にしつこく詰問され、ハリーはぶっきらぼうに言い放った。最早、言い訳の代名詞となったダンブルドアの名に、誰も質問しない。

 

 それから、毎日が大掃除三昧だった。

 午前も午後も、ひたすら掃除、夜は爆睡。僅かに気力が残ったときだけ、手紙を書こうとした。しかし、街中でフクロウが再々飛び回るのは、無警戒だと止められた。

「それじゃあ、ダイアゴン横丁に行くさ。そこからなら、フクロウ便飛ばしても大丈夫さ」

「駄目ですよ。お掃除が先!」

 外に出ようと提案すると、必ず却下された。

 害虫退治の他、家財道具一式を片づけることになった。それに対してクリーチャーが細やかな抵抗を示した。その度に、シリウスとクリーチャーは言い争いになり、ハーマイオニーが仲裁に入った。

「ドビーみたいに、反骨精神が強いさ」

「比べる相手が違うと思うぞ」

 ご主人と『屋敷妖精』の諍いを暢気に見物するクローディアとロンに、ハーマイオニーが不謹慎だと怒ってきた。

 シリウスがいないときは、ハーマイオニーが必死にクリーチャーと打ち解けようとしていた。それを無下に扱うクリーチャーを優しく接する程、クローディアはお人好しではない。だからといって、無視はしない。挨拶もするし、クリーチャーがどれだけ罵ろうと決して言い返さなかった。

 

 その斐もあって、10日も経たないうちに大掃除は、一先ずの終着を見た。

 ブラック家の家計図タペストリーと常にガタガタと揺れる文机以外は、見違える程になった。雰囲気の変わった屋敷を見渡し、悲観に暮れたクリーチャーが哀れに思えた。

「ごめんさ。クリーチャー」

 心から謝罪したが、クリーチャーはいつもの罵りを返した。

 無論、掃除の間も本部として活用され、マクゴガナルやスネイプ、スタニスラフが何度も屋敷を訪れた。お互いに慌ただしく、クローディアと顔を合わせることはない。

 そして、コンラッドとトトは見かけることさえなかった。時折、ルーピン等を捕まえては2人の行方を聞いたが、誰も知らなかった。

 

☈☈☈☈☈

 次に目を覚ませば、懲戒尋問の為に魔法省へ赴かねばならない。

 不思議と怖くなかった。

 自分の課せられていた宿命に比べれば、懲戒尋問は取るに足らないとさえ感じた。

 シリウスに、『予言』を最初から知っていたのかという確認をする勇気が出ない。

 

 ――否、知っているに違いない。

 

 『予言』は、魔法省の『神秘部』に保管され、騎士団員で交代に見張っているという。シリウスも、その任に就いているはずだ。

 夕食の折、魔法省に同行したがるシリウスをモリーが窘めていた。理由は、シリウスが保護観察の身だからだ。裁判員に印象が悪くなると、モリーは説明していた。

 正直、今のハリーにシリウスの付添は気が重い。

 シリウスだけではない。ロン、ハーマイオニー、クローディアの存在がハリーに重く苦しい。自分に近いはずだった人達は、何処までも遠くにいる気がしてならない。

(もし、退学になったら……ここに住もう。シリウスとの約束、一緒に暮らす……)

 かつて、シリウスと交わした約束。少しも心が躍らない。

 いっそ、プリベット通りに籠り、魔法界から背を向けて生きた方が良いのかもしれない。そんなことをしても、ヴォルデモートはハリーを追ってくるだろう。

 逃げても、無駄なのだ。

 両親が命を捧げてまで護られたこの身が呪わしく思えてきた。

〝ハリー、わしは君を愛おしく思っておる。君が生きてさえくれるならば、何処へ行っても構わん。その為に、顔も名も知らぬ大勢がどうなろうと知った事ではないのじゃ。あやつの言葉を借りるならば、愛に溺れた愚か者といったところじゃろう〟

 最後にそう締めくくったダンブルドアをハリーは決して、嫌悪しなかった。自分が大切に愛されているという安堵感すら、あった。

「一方が生きる限り……、他方は生きられぬ」

 他人事のように呟き、他人事のように聞きながら、ハリーの瞼は重くなった。

 

 廊下を歩いているのは、自分。何故だが、確かに廊下を歩いている。

 辿り着く先は、やはりボニフェースがいる扉だ。ボニフェースは自分を見ると不思議そうにしていた。

「おや、ハリー。今日は自分でここに来たのか?」

「……あなたは、死んだはずです」

 自分の言葉にボニフェースは暖かい笑顔を崩さない。

「そこにツッコミを入れられるなんて、余裕だな。ハリー」

「これは夢ですよね?」

 周囲を見渡すがおぼろげな廊下は視認できない。以前、トム=リドルの日記を見たときに近い感覚だ。それよりも不確かといえる。

「夢というよりは……願望かな? 俺がここに居て欲しいという」

「誰のですか? ……もしかしてクローディアのですか? ベッロとか?」

 その名を聞いてボニフェースは首を傾げる。

「誰のことかわからん。そもそも俺は俺自身じゃないから、ボニフェース本来の質問をされても困るんだよな」

「本来のあなた……ではないって……。つまり、『記憶』ということ?」

 トム=リドルの実例を思い返した。難問に挑むようにボニフェースは腕を組んで唸る。

「さっきも言ったように、俺は願望だ。そうだな……奴の目から見たボニフェースってところか?」

「奴って……まさか……ヴォルデモートですか?」

 すると、ボニフェースは冗談を言われたように笑いだした。全てを安心させるような笑みだ。

「な~んだ、ちゃんと気づいていたのか? その通り、俺はヴォルデモートの願望さ」

 改めてボニフェースを見る。よく観察すれば、二十代かそこらの容貌だ。自分はそんな頃のボニフェースを知らない。

「でも、それなら僕を知っているのは、おかしいです」

「そういえばそうだな。なんでだろうな?」

 全く問題にせず、ボニフェース快活に笑う。彼の笑顔を見ていると、悩んでいることそのものが愚かに思えてしまう。

 何故なら、人はこうして笑って生きていけるのだ。

「どうして、貴方はここにいるんですか?」

「殺される為だよ。ヴォルデモートに」

 待ち合わせをしていると言わんばかりの口調に、自分は面を食らった。

「ヴォルデモートは、俺に心残りがある。ひとつは、俺の口から奴の名を呼ばせられなかったこと」

 ヴォルデモートという名。しかし、それは恐怖と畏怖の対象ではなかったかと疑問した。

「もうひとつは……俺を自分の手で殺せなかったことだ」

 驚く間もなく、ハリーは目覚めた。

 

 時計に目をやると、まだ5時半だ。それでも、熟睡したように頭が冴えていた。取りあえず、用足しに行こうと寝台から起き上がる。

 足元には、洗い立てでアイロンまできっちりとかけられた衣服が置かれていた。モリーの気遣いだ。印象を良くするために、一番良い服を選んでおくと言っていた。ハリーの服でそれに該当するのは、全てドリスがくれた服だ。この薄手のYシャツは、先日の誕生日に貰ったものだ。

 どんな思惑があろうと、ドリスはハリーにとってかけがえない人だった。

〝ドリス=クロックフォードです。ポッターさん。お会いできるなんて、信じられないぐらいです〟

 『漏れ鍋』の握手から、始まった。手の温もりは抱擁に変わり、いつもハリーを包んでくれた。その温もりに、二度と触れられない。

 気付けば、ハリーの目から涙が零れていた。ドリスが死んでから、初めて流れた哀惜の涙だった。

 




閲覧ありがとうございました。
新大臣は、バクマンに決定しました…。どうしてこうなった…?

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