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追記:16年9月1日、誤字報告により修正しました
美しい夜景を楽しむには、十分な時間ではなかった。しかし、慣れない長距離の飛行経験は十二分だ。地面に足を着けるのが懐かしい。
小さめの広場の周辺は、花壇の植物に覆われている。花壇の向こうに住宅地が見える。夜間の清掃車が道路を過ぎて行くのを見送り、ムーディが先導してクローディア達は道路に出た。
シャーロック=ホームズが住んでいそうな住宅地を見上げ、番地札を目にしてクローディアは疑問する。左には、11番地。右には、13番地。間がない。札の番号が間違っているのかもしれない。しかし、自分達が立っている位置が二軒の間だと気づく。
すると、ムーディが懐から銀のライターを取り出し、火を点けるような音を鳴らす。音に吸い寄せられるように、一番近くの街灯が消えた。
周辺の街灯を消し終えるまで、ムーディはライターを鳴らし続けた。
「ダンブルドアから借りた。『灯消しライター』だ」
クローディアとハリーの視線に、説明したムーディはライターを懐にしまう。
「それで火事の火は消せますか?」
不可解だと言わんばかりに、ムーディは眉間の皺を深く刻む。
「やったことがないから、わからん」
低く呟いたムーディは、杖で地面を鳴らす。音の反響がその場を留まっている気がする。杖の音の反響を受けた住宅地が揺れ動きだした。否、建物があるべき姿に戻ろうとしていた。
壁や窓、冊子、玄関扉、階段が違和感なく現れた。
〔秘密基地さ?〕
若干、クローディアは心が躍る。
郵便受けと鍵穴がなく、蛇がとぐろを巻いたドアノッカーのみの扉だ。レイブンクロー寮のドアノッカーの印象に似ていた。それで、ここが魔法使いの家なのだと察した。
急に胸騒ぎがする。危機感というより、激しい嫌悪感がクローディアの胸中で暴れだした。
(入りたくないさ)
クローディアの心情に気付かず、ルーピンが杖で扉を叩く。扉全体から、鎖が解かれていく音がしたかと思えば、自然に扉が開いていく。
「さあ、入って」
クローディアとハリーを押し込むように、ルーピンが急かす。
「ただし、あまり奥には入らないように、何も触っちゃいけない」
つまりは、玄関から動くなということだ。入ってみれば、湿気と埃が饐えた苦いが充満していた。それでも、『叫びの屋敷』よりはマシだ。この屋敷は、それ程、長く放置されていたものではないかもしれない。
あくまでも、クローディアの勘だ。古びていることに変わりない。
最後に入ってきたムーディが腕だけ外に出し、『灯消しライター』を鳴らして街灯を元通りにした。
ムーディが扉を閉めると、暗闇で周囲が見えなくなった。
しかし、何処からともなく廊下の灯りが点けられる。古くて手入れのされていない壁やカーペット、天井から落ちてきそうなシャンデリア、虫に食われて顔の判断がつかない肖像画が視界に映る。それでも、凝った額縁の造り、繊細な柄のカーペットや無駄に黒を基調とした内装から、裕福な一家が住んでいたと推測できる。
「進め、ただし、慎重にな」
「忍び足でさ?」
ムーディの声に、クローディアは先頭を歩く。廊下の奥にある扉から、人の気配を感じた。
急に扉が開くと、モリーが顔を出す。モリーは、ハリーとクローディアを交互に見つめ、目に涙を浮かべて抱き着いてきた。
「ハリー、クローディア。また会えて嬉しいわ。………………」
安心したように囁きモリーは、一回り痩せた気がする。
「少し痩せたわね。ちゃんと食べてる?夕食は会議の終わった後だから、もうちょっと待ってね」
2人の頬を撫でたモリーが、階段を見上げる。つられて左側を見上げると、階段にジュリアが座り込んでいた。当然の如くいる彼女に驚いた。
「ジュリア、この子達を部屋に案内して頂戴」
モリーに言われ、ジュリアはクローディアとハリーの手を掴む。
「こっちよ、静かにしてね。これすごく大事だから」
囁くように警告するジュリアは、ハリーの背を押して階段を上がる。クローディアは、一度ルーピンを振り返ったが、彼らは奥の扉へと入っていく。
クローディアとしては、もう少しルーピンの傍に居たかった。
階段を上がりながら、壁に嵌めこまれた棚には、水気のない首が丁寧に飾られている。その首は、全て『屋敷しもべ』の物だと気づいた。気味が悪い、趣味を疑う光景だ。
その棚の隣に、額縁が置かれていた。しかも、板を打ち付けて見えないようにしている。
3階まで上がり、ジュリアが部屋を指差した。
「ハリーは右側で、クローディアは左側よ。まずは右に入るといいわ」
無造作にジュリアが扉を開け、クローディアとハリーを招く。中に踏み入れると、そこには寝台がふたつ置かれていた。
そのひとつに、ベッロが堂々と寝ている。
「ベッロ! 良かったさ!」
ベッロが無事だったという確認でき、クローディアは胸に溜まっていた不安が軽くなった。ベッロに注意を逸らしていた彼女に、柔らかな髪と肌の感触が抱き着いてきた。
「あああ、クローディア!」
甲高い声に振り返ると、泣きそうな顔でハーマイオニーがそこにいた。胴体を抱きしめる手には、突かれた傷跡がいくつも見られた。
「ハリー! クローディア! 元気なの? 大丈夫なの? ああ、聞いたわ!色々…………」
「ハーマイオニー、落ち着けよ。まずは、息つけば?」
冷静だが、嬉しそうにロンがクローディアとハリーに笑いかけて挨拶する。
驚いたことに、ロンは一か月顔を合わさなかっただけで、頭一つ分、身長が伸びていたのだ。
「でっか、あんた、どこまで伸びる気さ?」
「言わないでよ。これでも、成長痛で寝苦しいんだから」
やれやれとロンは肩を竦める。やはり、彼の手にも突かれた痕があった。
この家に凶暴な鶏でもいるのかと、想像する。あまりにも古びているので、お化け屋敷だと言われても納得してしまう。
翼の音がクローディアを掠めると、ヘドウィックがハリーの肩へと舞い降りた。
「ヘドウィック!」
声を弾ませたハリーがヘドウィックを撫でる。ヘドウィックは信頼を示すように、ハリーの耳を優しく噛んでいた。
ジュリアが扉を閉め、ベッロの眠る寝台に腰かける。
「改めて、久しぶりね。クローディア、ハリー。会えて、嬉しいわ。本当よ…………」
「ジュリアも元気そうで、何よりさ。早速、本題だけど、此処は何処さ?」
挨拶するジュリアに、クローディアは問いかける。
「『不死鳥の騎士団』の本部よ。ダンブルドアが前回の『例のあの人』との戦いで組織した軍団なの」
反抗組織があったなど、クローディアは知らなかった。
忙しなく説明するハーマイオニーに、堪えるような表情でハリーは唇を噛む。
「それ、手紙には書けなかったの?」
明らかに責める口調のハリーに、ハーマイオニーがビクッと肩を震わせた。代わりにロンが躊躇いながら、肩を竦める。
「そりゃ、書きたかったさ。でも、校長先生がハリーに何も教えないように誓わせたんだ」
「それで?」
冷たく突き放すハリーは、ヘドウィックを撫でていた手をとめる。
「ハリー、やめるさ。それよりも……、ハーマイオニー、ロン、その手どうし……」
「重要じゃないって言うのかい? 僕は何も知らずに、ダーズリーのところに釘付けにされた。僕が勝手をしないように見張りまでつけられていた」
クローディアが言い終える前、ハリーの怒声に遮られた。寝台から腰を上げたジュリアは、何も言わず腕組みをして箪笥にもたれかかる。
「見張りじゃないわ。護衛よ。校長先生があなたの身を案じていたから」
「役に立たなかった。だから……ファッジ大臣は、殺されたんだ。僕とダーズリーは死にかけた挙句に、僕は魔法省から退学を言い渡されたんだ」
必死に説明するハーマイオニーに対し、ハリーは目じりのシワを深くする。
「そのことで校長先生がお怒りだったわ。すごく怖かったわよ」
ダンブルドアへの畏怖の意味を込めてハーマイオニーは、胸元に手をあてる。ハリーは素っ気なく、ヘドウィックを寝台の柄に乗せる。寝台で目を覚まさないベッロを眺めた。
ベッロが起きて来ないと確認し、ハリーはハーマイオニーとロンを睨まない程度に見つめる。
「僕が懲戒尋問を受けることも知ってるんだよね? 当然」
不自然な音調で、ハリーは吐き捨てた。
「ええ、だから調べたわ。魔法省はあなたを退学にできないのよ。『未成年魔法使いの妥当な制限に関する法令』で、命を脅かされる状況においては、魔法の使用が許されることになってるの」
「クローディアから、聞いたよ。僕が報せるまで、彼女さえ何も知らなかった」
嫌味な態度にクローディアが口を挟もうとしたが、ジュリアに止められた。
「(言いたいことを言わせてあげて)」
ジュリアの唇が確かに動いた。
「君たちは、そうやって何もかも知ってたんだ。僕達の気も知らずに?」
一瞬、ハリーがクローディアを見たが、すぐ2人に視線を戻す。
ハリーがハーマイオニーとロンを相手に憂さ晴らししている姿が哀れに思えた。だが、ここで彼の胸に溜めこんだ不安や怒りを出さなければ、ならない。
クローディアは堪えた。
「何もかもじゃない。ママ達は、僕らを会議から遠ざけてる。若すぎるからって」
真剣に話すロンをハリーは、我慢の限界だと声を張り上げた。
「それがどうしたって言うんだ! 僕はいつだって、戦ってきたんだ! バジリスクも吸魂鬼もドラゴンも僕は倒したんだ! あいつの復活も目撃して、皆に報せた! それなのに、除け者にされた! 僕は情報欲しさにゴミ箱から新聞を漁ったんだ!」
感情の爆発が部屋中に響く。
吃驚したヘドウィックは、一番高い箪笥の上へと逃げ込んだ。寝台の下から、小さな鳴き声がしたので、クローディアは見やる。ピッグウィジョンが怯えていた。
「僕に全てを教えてくれると言ったXXXは、XXXれた! 僕が知ったことは、XXXがXXXXことだけだ! ルシウス=マルフォイはどうしたんだ!? 逮捕されたのか!? どうして、XXXはXXXXんだ!? あの人は、僕に何を教えようとしたんだ!!!」
ハリーの叫びを聞いているうちに、クローディアの視界が歪んだ。まるで、水の中にいるような眺めだ。しかし、手足の感覚はそのままだ。
腹の底から、憤怒の感情をぶちまけたハリーは冷静さを取り戻す。クローディアを見た途端、彼は目のやり場に困っていた。
ズボンのポケットから、ジュリアが黄色いハンカチを取り出した。そのまま、クローディアの頬に押し付ける。頬が生暖かい水に濡れている感触で、クローディアは涙を零していたのだと他人事のように気づいた。ジュリアからハンカチを借りる。
「クローディア、あなた……泣かなかったのね?」
深刻に尋ねるジュリアに、クローディアは首を傾げる。
何故、そんなことを聞くのか、甚だ疑問だ。クローディアには、涙を流す理由はない。最後にハリーが叫んでいた言葉もうまく聞き取れなかった。
この涙は、ハリーの怒りに同調したのだ。そうに違いない。
涙を拭ったハンカチをクローディアは、ジュリアに返す。同情の視線が送られても、気に留めなかった。
『姿現わし』の音が炸裂したと同時に、フレッドとジョージが部屋の真ん中に現れた。それに驚いたピッグウィジョンとヘドウィックが抗議のために鳴く。
「いい加減に、それをやめて!」
半分諦めた口調でハーマイオニーが双子を叱る。
「やあ、ハリー」
「やあ、クローディア」
「なんだが、あま~い声が聞こえたな。」
「怒りたいときは押さえちゃダメだ。全部吐いちまえ」
先ほどまでのハリーの剣幕をなかったように、陽気な声で交代に双子が話しかけてくる。フレッドがハリーの肩に腕を乗せ、ジョージがクローディアの肩を優しく撫でる。
「無事で良かったよ。………………」
ジョージが最後に何を言っているのか、聞き取れない。
ジョージだけではない。この屋敷に着いてから、皆が口々に何かを言っている。声が耳に入ってくるが、言葉を理解できない。慣れない長時間の飛行で、クローディアは聴覚が鈍くなっているのではと疑う。
「君達、2人とも『姿現わし』試験に受かったんだね?」
不機嫌を隠さずハリーは、一応、合格を祝っているように努めて話す。便乗してクローディアも双子に祝いの言葉を贈る。
「すごいさ、合格おめでとうさ」
「「ありがとう」」
ノックもなく扉が開くと、ジニーが挨拶してきた。
「ハリー、クローディア、いらっしゃい」
何の緊張もなく、ジニーは普段通りの態度だ。急にハリーの毒気が抜かれていく。
「あなたの声が聞こえたように思ったの」
扉を閉めたジニーがクローディアに対し、哀惜の視線を送ってきた。疑問を抱いても、クローディアは何も問い返さなかった。
無反応のクローディアに構わず、ジニーはフレッドとジョージへ残念そうに腕で『×』を作った。
腹から息を吐いたフレッドは、肩を竦める。
「どうしたの?」
ハリーの疑問に、ジョージが返事をする。
「俺たち、盗聴のために『伸び耳』を開発したんだ」
ジョージの視線でフレッドが『伸び耳』なる道具を見せつけた。完全に耳の形をしているのが少し気味悪い。
「二つで対になってるんだ。片方を仕掛けて、片方で聞く。こいつのお陰で、随分、情報が集まったもんだ」
「ママにバレるまではね」
フレッドの言葉に、ロンが付足した。
「ママがカンカンになって、ゴミ箱に捨てたんだ。フレッドとジョージが残りの『伸び耳』を隠したんだけど……、それもトトさんが隠しちゃった」
「なんでお祖父ちゃんがさ?」
疑問するクローディアに、ジュリアは首を横に振る。
「この屋敷の何処かに隠したから、自力で見つけてみろってね。今日まで探し回って、その片方だけしか見つからなかったのよ」
「こっそり、フレッドが『呼び寄せ呪文』を使ったけど、無駄だったの」
悔しそうにジニーは嘆息した。
「今回のゲストはスネイプだから、かなり重要会議だったのに」
「スネイプ!」
反射的にハリーが叫んだ。
「スネイプ先生」
即座にクローディアが咎めたので、ハリーは小さく「先生」と付け加えた。
「スネイプ先生のいる会議が重要ってことは、滅多に来ないってことさ?」
「ああ、2日に1回、会議をしてるが、スネイプ、先生はその半分も出席していない」
ジョージは寝台に腰かけながら、嫌悪を込めた。
「嫌な野郎」
フレッドとジニーも同じ寝台に腰かける。
「スネイプ先生は、もう私達の味方よ」
ハーマイオニーが咎めるが、ロンは鼻を鳴らす。
「嫌な野郎に変わりないぜ。あいつが僕たちを見る目つきときたら」
「ビルもあの人が嫌いだわ」
多数決で、スネイプに味方意識を持てないのだと言うように、ジニーは締めくくった。
皆が寛ぐような姿勢になっていくのを見て、クローディアは適当に窓へともたれかかる。
ハーマイオニーがクローディアの隣に立ち、ハリーはベッロを起こさないように寝台に腰を下ろした。
「会議にいるのってさ、モリーおばさんだけさ?」
「いや、親父とビルがいる」
ジョージから、ウィーズリー家で騎士団にいるのは、夫妻とビルとチャーリーの4人だと知る。
ビルは騎士団の活動のため、エジプトから銀行事務職に異動した。同じ時期、あのフラーが銀行に勤め出したらしい。彼女の教育指導係をビルが兼ねていることを双子は怪しく笑った。
チャーリーは外国人魔法使いの勧誘と説得のために、今もルーマニアで活動している。
「それは、パーシーができるんじゃないの?」
ハリーの疑問に、兄妹とハーマイオニー、ジュリアが気まずい雰囲気を見せた。
「どんなことがあっても、パパとママの前でパーシーのことを持ち出さないで」
淋しそうにロンが告げると、フレッドが説明しだした。
パーシーはクラウチの死について、責任を取らされた。秘書でありながら、クラウチの異変を察知できぬのは、大いなる怠慢だと、上層部は考えた。
ファッジは庇うことなく、パーシーをアーサーと同じ部署に異動させた。
これは出世コースから外された事を意味する。パーシーは目に見える程、落ち込んだ。だが、ファッジの死後、突如、ドローレス=アンブリッジ上級次官の秘書官に抜擢された。
突然の処遇に、パーシーは浮かれ喜んだ。
このアンブリッジは純血思考の強く、自尊心の強い魔女で、決して温情で人に仕事を与えたりしない。アーサーは、反ダンブルドア派が自分たちの行動を把握する為にパーシーを利用しようと企んでいると、睨んだ。
パーシーに警告すると、彼は激怒してあらん限りの言葉でアーサーを罵った。
〝うちの家計が苦しくて、僕達兄弟がどれだけ惨めな思いをしていたのか、考えたことがあるのか! それもこれも、パパがくだらない役職に拘って出世を逃すからだ! 全部、あんたのせいだ!! もう、うんざりなんだよ!〟
パーシーは家を出て、ロンドンに住んでいるというのだ。
「どうしたら、そういうことになるさ?クラウチ氏もファッジ大臣も殺されてたっていうのにさ。バッカじゃないさ?」
命より、出世が大事。クローディアは脳髄が沸騰するような怒りに、遠慮なくパーシーへ悪態をつく。
「頭がいなくなって、魔法省はバラバラよ。まだ大臣も決められなくて……、正直、ハリーを尋問している場合じゃないわよ!」
「大人って、建前や世間体ばっかりで本質が見えないものねえ?」
魔法省への不快さを露にしたハーマイオニーに、共感したジュリアが呟く。
不意に階段を上ってくる足音が耳に入り、フレッドとジョージが過敏に反応する。『姿くらまし』の音を弾いて、双子は文字通り姿を消した。
それを計ったように、扉が開いてモリーが顔を覗かせる。
「会議は終わりましたよ。降りてきていいわ。夕食にしましょう。ハリー、皆があなたにとっても会いたがっているわ」
「すみません。モリーおばさん、一つ質問してもいいですか?」
クローディアが問いかけると、一瞬、部屋の空気が緊張した。モリーは穏やかに微笑んだ。
「ここは魔法使いの家ですよね? 騎士団の誰かの家ですか?」
質問の内容に、ジュリアが安堵の息を吐く。更に表情を綻ばせたモリーが頷く。
「そうね、話してなかったわね。ごめんなさい。ここは、シリウスの家よ。シリウスが本部に使って欲しいって提供してくれたわ」
「ここがシリウスの家!?」
意外な返答だと、仰天したハリーはここに来て初めて表情を輝かせる。しかし、クローディアは不機嫌に眉を寄せ、歯噛みした。
正反対の反応に、ハーマイオニーとロンが焦りを見せる。一番、困っているのはモリーだ。
クローディアの表情から、ただ事ではないと察したジュリアは解散の意味で、手を叩く。
「おばさま、夕食作りを手伝います。ジニーも行きましょう」
我関せずと、ジュリアはジニーとモリーを連れて行った。
扉が閉められ、部屋には4人だけになる。誰が口を開くべきかと、お互いの視線が問いかけあう。躊躇いながらハーマイオニーは、クローディアの手を握る。
ハーマイオニーの手が不安を伝えるように、痙攣していた。
「クローディア、ここは安全なのよ。まさか、出て行くなんて言わないわよね?」
痛い所を突かれたクローディアは、ハーマイオニーから目を逸らす。
「誰が何と言おうと、ブラックは嫌いさ」
クローディアは、ぶっきらぼうに言い放つ。返答に困ったハリーは、ロンに助けを求める視線を向けた。ロンは、兄妹揃ってスネイプを非難したばかりなので、反論しても説得力がないと悟った。
「シリウスと仲良し子良しになれなんて言わないから、いがみ合わないで頂戴。あなたがいつも言っていることじゃない? コンラッドお父様とシリウスが憎みあうことに、自分達は関係って、そうでしょう?」
「私は、個人的にシリウス=ブラックが嫌いさ。それに関しては、ハリーにも遠慮しないさ」
頑固な態度でクローディアは、ハーマイオニーを見返す。
「もういいだろう。腹ペコだ。行こうぜ」
両手を放り出したロンが降参の姿勢を見せると、同時に彼の腹が豪快に鳴った。
廊下に出たハーマイオニーが声を潜めて、クローディアとハリーに警告する。
「階段を下りきるまで、声を低くするのを忘れないでね」
「うぎゃあ!!」
『屋敷しもべ』の首を並べた棚を通り過ぎようとしたとき、ロンが唐突に悲鳴を上げた。まるで、合図のように、棚の傍にある額縁の板が吹き飛んで行った。
そこから、断末魔に似た叫びが放たれた。
「汚らわしい塵芥の輩め! 先祖代々の館を汚しおって!」
額縁に納められていたのは、魔女の等身大肖像画だ。絵ではなく、本当にそこにいるような生々しさが伝わってくる。魔女は皺だらけの白髪で、魔女というよりは山姥と呼ぶべきだ。包丁でも持たせれば、完璧だ。
「ハリー、手を貸してくれ」
慌ててロンが板を魔女の肖像画に押し付ける。ハリーも一緒に力を加えて板を押さえつけるが、強い力に押さえ返されそうだ。
階段の下から、足音が迫ってくる。
シリウスとルーピンが階段を上ってきたのだ。シリウスは魔女の肖像画へ飛びかかるように迫った。
「黙れ、この鬼婆。黙るんだ!」
シリウスが杖を振るうと、一本の縄が板と共に肖像画を括り付けた。魔女はまだ罵詈雑言を吐いていたが、板は取れる様子はない。躊躇しながら、ハリーとロンは板から手を離す。
「下りて、早く!」
今のうちにと、ハーマイオニーがクローディアの腕を引っ張り、階段を下り切った。
魔女の唸り声が微かに聞こえた。それで十分と、ハーマイオニーは胸を撫で下ろす。
「何さ、あれは?」
「シリウスのお母様よ。ロン、なんで声を上げたの?」
怒りを抑え込んだハーマイオニーは、下りてきたロンを遠慮なく睨んだ。
「クリーチャーだよ。いきなり、走り抜けて行ったから吃驚したんだって」
詫びるように肩を竦めたロンは、小走りで奥へと歩いていく。
「クリーチャーは、ここに住んでいる『屋敷妖精』よ。ちょっと人見知りが激しいの」
ハーマイオニーの指が階段脇にある古びたカーテンを指差す。
「元々は、そこに飾られていたの。トトさんが剥がして、2階に移動させてくれたのよ。それでまで大変だったわ。物音を立てたら、ギャーギャー騒いで、他の肖像画まで大騒ぎよ」
「お祖父ちゃんもここに来たさ?」
聞き返すクローディアに、ハーマイオニーは肯定した。
「トトは先週から、この屋敷に出入りしているんだよ」
階段を下りてきたルーピンが付け加える。
「先週から、ここに集まりだしたんですか?」
階段を下りてきたハリーが暗い声で問い返すと、その後ろからシリウスが否定する。
「今月に入ってから、ここを利用しだした。あの婆の肖像画の裏には、『永久粘着呪文』がかけられていたようでね。誰も剥がせなかった」
母親に悪態をつくシリウスは、嫌悪と侮蔑を隠していない。その様子から、シリウスは母親と折り合いが悪かったのだと理解した。
「でも、剥がせたんだよね?」
ハリーが口を開くと同時に、『姿現わし』の音が弾く。クローディアの背後にフレッドとジョージが現れた。突然の出来事に驚いたハリーは、全身を竦ませた。
無論、クローディアも吃驚し、双子を睨む。
「それ、本当に嫌さ」
構わず、フレッドとジョージは親しみを込めて意地悪く笑う。
「シリウスのお袋さんに会っただろ? あの肖像画には、僕たちもお手上げ状態だった」
「そこに、トトがやってきた。なんて言ったと思う? 『永久粘着呪文』がかかっているなら、魔法で剥がせば良いじゃろうって、あっさりと簡単に外してくれたよ」
おおげさに双子は、感心と尊敬を態度で示した。
「その時のシリウスの顔といったら、見物だった。是非、見せてあげたかったね」
冗談っぽく微笑んだルーピンがシリウスを振り返る。
その時の己を思い返したシリウスは、恥ずかしそうだ。目を泳がせて言葉を選び、上擦った声を出す。
「あの人は、ずば抜けている。ただ、それだけだ。仮に、私達が同じ方法で、我が親愛なる母上の肖像画を剥がそうとしても無駄だったろうに」
「「そういうことにしておきましょう♪」」
忍び笑いする双子から、シリウスは逃げるように奥へと歩いて行った。
「ハリー、飯ができるまで時間がかかるから、風呂入ってこいよ」
「そうそう、ここの風呂最高だぜ。おススメする」
「え? お風呂? あ、ちょっと……」
ハリーの返事を聞かず、双子は客引きをする店員のように2階へと連れて行った。確かに、長時間の飛行で身体は冷えている。身体が冷えたという意識で、クローディアは身震いする。
「ハーマイオニー、お手洗い何処さ?」
「2階にあるわ。お風呂場の傍よ」
2階からブラック夫人の肖像画を移動させて欲しいものだ。怪訝するクローディアに、ハーマイオニーは微笑する。
「トトさんの提案なの。男子が女子の入浴を覗かないための防犯対策なんですって」
ルーピンが口元を手で押さえ、噴き出す笑いを堪えていた。
既に誰かが罠にかかった様子だ。
出来るだけ足音を立てないように、クローディアは階段を上って縄で括られた肖像画を通り過ぎた。
廊下の奥に明かりがある。近づいていくと、分厚い布地のカーテンから光が漏れていた。カーテンの下を覗くと、服の置かれたカゴと白い枠の硝子戸が見える。微かにシャワーの音がするなら、ここは脱衣所だ。向かいの扉がお手洗いだ。
――この屋敷は、黒が基調だ。それは間違いない。
壁紙とトイレマット、トイレカバー、タオル、トイレットペーパーカバーが白いのは、何故だ。スリッパだけは水色だ。しかも、どれも卸し立ての新品だ。ここだけ新築されたばかりとしか言いようがない。扉を閉めて振り返ると、薄い時計がかけられていた。
呆然と便座の蓋を下ろしたまま、クローディアは座り込んだ。まさか、お手洗いは別の家に通じているのかと想像してしまった。窓がないので、確認が出来ない。お手洗いに来た目的も忘れ、クローディアは天井の電灯を見上げた。
結局、何も出来ぬままクローディアは厨房に向かう。
肖像画を通り過ぎようとしたとき、開け放たれた扉から囁く声が聞こえてきた。
「忌まわしい者が奥様のお屋敷を荒らして、哀れなクリーチャーにはお止めできない。奥様がお知りになったら、なんとおっしゃるか」
扉を覗くと、膝小僧の高さもない人影が背を丸めている。細い手足と垂れ下がった耳、そして腹に巻いただけの風貌から、『屋敷しもべ』だと、すぐに知れた。
「こんばんは」
クローディアが丁寧に声をかけると、『屋敷しもべ』は囁きをやめて何も気づいていないように首だけ振り向く。歳月を語る皮膚の垂れ下がり具合から、高齢だと判断できる。線の如き目を更に細め、『屋敷しもべ』はクローディアを見上げる。
「クリーチャーは、お嬢様に気づきませんでした。知らないお嬢様が屋敷に乗り込んできたことを知りませんでした」
敵意を込めた眼差しで、愛想もなく呟く。
ここまで正直な性格の『屋敷しもべ』がいるとは、思わなかった。以前、ドビーとウィンキーを思い返していると、クリーチャーは尚も呟き続ける。
「奥様のお屋敷を好き勝手する忌々しい者が増えた。ああ、お可哀想な奥様がお知りになったら、クリーチャーにどんなお叱りを」
「あんたは、叱られたりしないさ」
クローディアに言葉を遮られ、クリーチャーは不潔な物を見る目つきになる。怯まず、クローディアはクリーチャーの目の高さまで身を屈めた。
「はじめましてさ、クリーチャー。私は、クローディア=クロックフォードさ。よろしくさ」
「友達面して話しかける。クリーチャーは騙されぬ」
素っ気なくクリーチャーは、背を向けて囁きだした。
「クリーチャー、厨房が何処か教えて欲しいさ」
「何も知らない、クリーチャーは知らない。厨房に続く階段があることをクリーチャーは教えない」
クリーチャーとの対話が限界だと計り、クローディアは彼に礼を述べて階段を下りる。厨房へ続く階段は、あっさりと見つかった。
――やはり、おかしい
ここの厨房も真っ白な壁紙、毛崩れひとつない絨毯、光沢の良い鍋や釜、食器棚と長い食卓と椅子は灰色だが新品同然、ここだけが立て直されたように清潔だ。既に食卓には、大皿に乗せられた料理が並べられていた。
「クローディア、会えて嬉しいよ!」
食卓の奥に座っていたアーサーが急ぎ足で、クローディアの手を強く握った。
「本当に無事で何よりだ。………………」
また言葉が聞き取れない。これは、言語理解のせいかもしれないとクローディアは推察する。皆は知らない英語を話している。それが一番、自分に納得できる。
アーサーの後ろから、ビルが手を挙げて挨拶したので、クローディアも返した。
「掛けていてよ、クローディア。もうすぐ出来るから」
今にも食器を落としそうな手つきで、トンクスが明るくウィンクした。ウィンクするより、食器から目を離さないようにしてもらいたい。それを見たジニーが食器を取り上げる。
「トンクスは、ハリーを呼んできて。ロンもハリーに着替えを持って行ってあげて」
「わかったわ」
快活に返事をしたトンクスは、食卓にコップを並べていたロンの腕を引っ張り、階段を上がって行った。
トンクスに強引に連れて行かれるロンの背を見送りながら、クローディアは苦笑する。『闇払い』とは思えない無警戒だらけの彼女は、妙な親近感を与える。
「私も何か手伝うさ」
「それなら、これを持って座ってて」
ハーマイオニーがクラッカーを手渡し、クローディアを適当な椅子に座らせる。
手にクラッカーを握り、クローディアは食卓を見渡す。ただの夕食にしては、豪華すぎる。モリーとジュリアが慎重にケーキを乗せた皿を運んでいる。そのケーキは、苺色で文字が書かれていた。それを見て、納得した。
料理を乗せ終えたところで、アーサーが弾みながら皆にクラッカーを配っていく。
「さあ、皆、クラッカーを持ったわね。ハリーの顔が見えたら、一斉よ」
モリーが厨房を見渡し、声を押さえるように言い渡す。アーサー、モリー、ルーピン、シリウス、ビル、フレッド、ジョージ、ジュリア、ハーマイオニー、そしてクローディアは手にしたクラッカーを掲げる。
階段を下りてくる足音に、穏やかな緊張が走る。
無理やり寝巻を着せられたハリーがトンクスに、落とされそうな勢いで厨房に下りてきた。
「「「「ハッピーバースディー!!」」」」
クラッカーの騒々しい音が放たれ、散りばめられた紙吹雪達が宙を舞う。紙吹雪の一枚一枚が寄せ集まり、『お誕生日おめでとう』の文字を完成させた。
主賓たるハリーは、すっかり面を食らう。驚きすぎて反応しきれていない。それでも、瞳が大きく見開かれて喜色を表している。必死に口を動かし、か細い声で「どうも」と告げた。
「座れよ、ハリー」
ロンに背を押されて、ハリーは戸惑いながら腰かける。
食卓の料理と眼前に用意されたケーキを見つめ、ハリーは喜びの中に複雑な感情を含めていた。ダーズリー家に、押し込められていた不当さをハーマイオニーとロンに吐き出したばかりだし、知りたいことを全てシリウスから問いたかった。
ここにいる自分が場違いな気分になり、ハリーは自然と眉間に皺を寄せる。
「ハリー、積もる話は明日にして、今日は食べようさ?」
親しみのある声を聞き、ハリーは顔をあげた。リンゴジュースが注がれたコップを差し出してきたクローディアは、誕生日を祝福する友の顔で微笑んでいる。その屈託のない笑顔を目にし、ハリーの心臓が痙攣するような痛みを走らせた。
――皆が祝ってくれることを遠慮してはならないのだ。
「ありがとう」
喉奥から声を出したハリーは、クローディアからコップを受け取る。そして、厨房にいる全員の顔を見渡した。
「ありがとう、本当に嬉しいよ」
コップを掲げたハリーに、誰からともなく安堵の息が漏れた。
食事を口にしだすと、ジニーがトンクスにせがんでいる。
ウィンクしたトンクスの口元が、黄色く伸びて鳴きだした。まるで、アヒルだ。それを見たジュリアが腹を抱えて笑う。次に、耳が象のように大きく褐色になる。
「トンクスは『七変化』なんだぜ。……つまりは、『ポリジュース薬』とか使わずに、他人に変身が出来るってこと」
ロンがハリーに説明しているのをクローディアは、聞くとはなしに耳にする。いつかのマクゴガナルの授業で、生まれ乍らの特異体質でまさに変幻自在だと聞かれた気がした。
そしてクローディアは失礼ながら、トンクスが『闇払い』であることを初めて納得した。
ある程度、腹が膨れると贈り物の開封が行われる。嬉しさを隠さず、ハリーは順番に包装用紙を解いていく。中身を確認しては、ハリーはそれぞれに感謝の言葉を述べていた。
「お風呂、確かに最高だったよ。木でできた浴槽なのに、ゆったりできたよ」
お手洗いに行きたくなったクローディアは、失礼のないように席を立つ。穏やかな笑い声を背に受け、階段を上る。廊下まで上がり、何気なく振り返るとジョージが着いてきていた。
「あんたもお手洗いさ?」
「いや、君に用事だ」
ジョージに腕を掴まれたクローディアは、客間らしき部屋へと連れてこられた。窓からの僅かな明かりだけが部屋を視認させる。不気味に静まり返り、かびた調度品すらも自分達を睨んでいるような感覚がする。
その中で、ジョージの顔だけが暖かく色彩を明確にしていた。
薄暗いせいかジョージは、クローディアの手を確かめるように握りしめてくる。しかし、ジョージは握りながら、何かを手渡した。
「クローディア、遅くなったけど、誕生日おめでとう」
手の中には、涙の粒のように小さい赤い石と金色細工で包まれた耳飾りが二つある。
意表を突かれたクローディアが顔を上げると、額に生暖かい感触を認める。勘違いでなければ、ジョージの唇が彼女の額に押し付けられている。
軽い音を立てて、ジョージの唇がクローディアの額から離れる。
「君の瞳に合わせたんだ。綺麗な赤がよく似合うよ」
普段のジョージからは、想像が出来ないほど、熱っぽく告げられた。ほんの少し、クローディアの心臓が心地よく跳ねそうになる。
だが、クローディアは手の中の贈り物に奇妙な違和感を覚える。否、違和感ではなく強い疑問だ。その疑問を何の迷いもなく、ジョージに問いかけた。
「ジョージ、私の誕生日っていつだったさ?」
笑顔が強張るどころの話ではない。
ジョージは、ゾッと寒気がした。目の前の彼女は、首を傾げながらも彼を見上げてくる。照れも皮肉も何もない。本当に知らないから、聞いてきたのだ。
この屋敷にクローディアが来てから、ジョージは彼女の言動が不可解だった。
その原因をジョージは、理解した。どれだけクローディアの心が蝕まれていたのかを理解してしまったのだ。
笑みの消えたジョージは、苦渋に満ちた表情へと変わっていく。
素直に驚いたクローディアが声を上げる前に、ジョージが身体で彼女を覆い隠すように抱きしめてきた。
右手で黒髪を撫で、左手で腰元を締めんばかりに抱く。ジョージの全身が小刻みに震えていた。
「ジョージ、寒いさ?」
目の前がジョージの胸元しか見えず、クローディアは困惑する。
「ごめんよう……、助けられなくて…ごめんよう」
消えてしまいそうなか細い声が呟く言葉は、ただクローディアを混乱させるだけだった。
閲覧ありがとうございました。
皆でハリーの誕生日を祝いたかったので、この日を本部への到着日にしました。
クローディアの心の異変は、しばらく続きます。