こうして、私達は出会う(完結)   作:珍明

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閲覧ありがとうございます。
UA5万突破しました!ありがとうございます!
今回、残酷な描写があります。
視点がコロコロ変わり、最初はシリウス達です。
フィッグさん家は、映画仕様のお向いさんにしています。

追記:16年9月1日、誤字報告により修正入りました


1.死別

 

 グリモールド・プレイス十二番地にあるブラック家は、隠れ家としては最適な場所だ。

 しかし、陰鬱な思い出しかない屋敷に足を踏み入れなければならないのはシリウスには億劫すぎる。屋敷に長年、棲みついている『屋敷しもべ妖精』のクリーチャー。彼の態度もシリウスの忌まわしい記憶を刺激した。

 ダンブルドアからクリーチャーと信頼関係を結ぶように忠告されたが、知った事ではない。これだけは譲れないのだ。

 『不死鳥の騎士団』の活動を理由に、シリウスはクリーチャーと極力関わらないようにしていた。クリーチャーもシリウスに対抗してか『屋敷しもべ妖精』としての義務を怠り、家事や清掃に手を出さない。

 だが、主婦であるモリーを中心とした子供達が清掃に勤しんでいる。故に生活面において、問題はない。益々、クリーチャーは引きこもった。

 この屋敷を本部としてから、三週間あまりが過ぎる。任務の為に外出していたシリウスは夜が明けた頃、屋敷に戻ってきた。

 厨房に行くと、既にモリーが朝食の支度をしていた。

 挨拶をしようとした時、スタージス=ポドモアが現れる。蒼白な表情でシリウスを捕まえた。

「ドリスの家が襲われた。孫娘がハリーの家に逃げてきたぞ!」

 一気に厨房の空気が緊張する。すぐさまシリウスは上着を羽織直し、モリーは腰に巻いたエプロンを払いのける。

「私とシリウスで行くわ! あなたは、他の人に報せて!」

 階段上から、子供たちがこちらを見ていた。

 

 マグルの住宅地にあって、決して知られない魔女の家。手入れが行き届いた庭の芝生に足を踏み入れたシリウスとモリーは、杖を構えて神経を尖らせて警戒する。

「玄関が破られているわ」

 戸口を見分したモリーが先に、建物に入ろうとする。

 突然、2人の背後から『姿現わし』する音がしたので咄嗟に振り返る。杖を構えたジョージが厳しい表情で立っていた。

「ジョージ! 何をしているの! 帰りなさい!」

「俺だって、成人だ!」

 叱りつけるモリーに構わず、ジョージは建物へと入り込む。

 憤慨したモリーは、シリウスの背を押すようにジョージの前に立たせた。3人がお互いの背を守るように周囲を窺う。

「ドリス?」

 モリーが囁くように住人を呼ぶ。

 飛び散った硝子、折れた脚の食卓。絨毯に寝そべるように横たわるドリスの姿があった。

 悲鳴を上げてモリーはドリスに飛びついた。

 ドリスの紫の瞳は光を失ったように見開かれ、肌は氷より冷たく、皮膚は身体中の血管が紫色に浮き出ている。

 呼吸は一切、していない。

「ドリス……」

 悲痛に顔を歪め震えた声でモリーは、もう一度ドリスに呼びかける。その手で開いたままの瞼を閉ざしてあげた。

 そして、絞り出すような声でモリーは喘ぐ。泣き崩れた母親の背をジョージが優しく撫でて労わった。

 玄関の外から『姿現わし』してくる音が次々と鳴る。ルーピン、ポドモア、ディグルが居間に入り、その惨状を目の当たりにして息を飲んだ。

「そんな……ここの護りが破られるなんて……」

 現実に慄き、ディグルはドリスの傍に座りこんだ。

 後から来たダンブルドア、ムーディの登場に全員の目が集まる。

「私たちが来たときには、もう……」

 シリウスが言葉を言い終える前に、ダンブルドアが頭を振る。

「クローディアは、どうしたかね?」

「フィッグの家にいます。無理やり『姿現わし』をしたようで、脚がバラけていました……」

 ダンブルドアに報告するポドモアは、語尾を躊躇うように口を閉ざす。それにムーディが気づいて眉を動かしたが、ダンブルドアが視線で窘める。

「モリー、辛いじゃろうが、『煙突飛行術』にてフィギーの家に行き、クローディアに報せてあげなさい」

「ダンブルドア、今日はハリーもフィッグの家に居ます。ダーズリー親子がハリーを預けたのです」

 ポドモアの言葉を聞き、ダンブルドアは一度、目を伏せる。

「おそかれ、はやかれ、知ることじゃ。ハリーにも伝えてやりなさい。クローディアには暫し、フィギーの家で養生してもうらうのじゃ。いま、あの2人を引き離すのは得策ではない」

「私が行きます」

 胸に手を当てたシリウスが進言する。ルーピンは一瞬、不安そうな表情になった。

 クローディアがシリウスを快く思っていないことを知っているからだ。だが、彼自身も承知している。

「よかろう。2人が君を責めるかもしれないが……」

「覚悟の上です」

 決意を込めた口調にダンブルドアは頷く。その場に膝を折ったシリウスはドリスの頬に触れる。

「暖炉を借り受けます」

 無論、返事はなく、シリウスは『飛行術粉』を摘まんだ。

 

 その後、この家でコンラッドとトトを待つ役目をモリーとディグルが名乗りを上げる。それぞれの任務に戻るため皆は否応なく、その場から『姿くらまし』した。

 モリーは散らかった硝子や机の破片を片づける。ディグルは杖を振るい、簡易寝台を用意してドリスの身体を慎重に寝かせた。

 一時間程経ち、ダンブルドアから連絡を受けたコンラッドが先に帰宅する。ドリスの亡骸を目にした途端、彼は足の力を無くしたように崩れ落ちた。

 

 ――機械的な表情に絶望が見えた。

 

 目に涙を浮かべたモリーがコンラッドの肩を撫でる。唇を震わせたディグルが彼の傍に立つ。

「娘は無事だ……娘さんは無事だ」

 モリーとディグルは啜り泣いたが、コンラッドは眉ひとつ動かさない。

 コンラッドも胸に穴が開いたような衝撃に戸惑う。戸惑う以外、何も出来ないのだ。

 それから5分も経たないうちにトトが舞い戻る。敷地内に入った途端、彼は異変に気づく。

「結界が切れておる……。馬鹿な……」

 居間にいる3人とドリスの変わり果てた姿を見て、トトは心臓が凍るような感覚に襲われた。

「何があったのじゃ?」

 拳を握りしめたディグルは、歯噛みする。

「ルシウス=マルフォイの仕業だ! あいつが『例のあの人』とここに押し入った! ドリスはあの子を逃がすために、きっと命を……」

 ルシウスの名にコンラッドの肩が痙攣する。涙を拭ったモリーが深呼吸した。

「クローディアは逃げ切って無事に保護されたわ。それだけが……救いね」

 クローディアが無事だと知り、トトは胸中で安堵する。

 しかし何故、この場所に侵入出来たのか疑問が強い。結界に関して、この国でトトの右に出る者などいないと自負していた。

 詳しく調べないとわからないが結界が『壊れた』のではなく、『切れた』ことが気にかかる。

 突然、コンラッドは無気力に立ち上がる。労わる手つきでドリスを抱きかかえた。

「母は私が埋葬します。どうか、任務に戻ってください」

 抑揚のない口調に、モリーが拒んだ。

「私達にも最後のお別れをさせて!」

「それに、ちゃんとした葬儀も行わんと。ドリスは……任務でもなんでもなく、こんなことに……」

 言い分を述べるモリーとディグルに、トトが頭を振る。

「ご家族や友人にも、同じことが起きんように連絡網を回すのです。すぐに行動せねばならんのじゃ。ドリスのことはワシらに任せてくだされ」

 頭を下げるトトを眺め、モリーはもう一度、哀悼の涙を流した。

 

☈☈☈☈☈

 早朝に起きた出来事は子供達全員の耳に入る。3階の寝室にハーマイオニー、ロン、フレッド、ジニー、ジュリアは集まり、ジョージから知りうる限りのことを聞かされる。

 ドリスの訃報に4人は驚きを隠せない。ジュリアは彼女との面識はないが、少なからず動揺する。

 沈黙のため、ピッグウィジョンのか細い鳴き声が部屋を満たす。堪らずハーマイオニーは両手で顔を覆い泣き出した。

「酷いわ! こんなこと!」

 涙を零したジニーがハーマイオニーの背を撫でる。ジュリアは寄り添うようにジョージの腕に手を回そうとしたが、彼は失礼のないように自然と手を払う。

 一瞬、ジュリアは顔を顰めたが何も言わずに箪笥にもたれかかった。

「クローディアは、どうするの?」

「ハリーと一緒にいることになるよ。ダンブルドアが2人を引き離すのは危険だって話していた」

 ジュリアに答えたジョージは、我知らずと拳を強く握る。

「さっきもママ達が『不死鳥の騎士団』の会議を始めたけど、クローディアのことなの?」

 涙声のジニーの肩をロンが慰めるように撫でる。この屋敷に来てから、子供という理由で『不死鳥の騎士団』の情報を与えられない自分達は少々不公平だと感じていた。

「お袋達が話してくれるもんか! くそ……クローディアのことなら、俺たちも無関係じゃないのに」

 恐怖と憤りの混ざった声でロンが呟く。

 箪笥にもたれていたジュリアは1人、冷静になって情報を纏める。

「殺す必要があったのかしら? クローディアを逃がしてしまったんだから、人質として利用出来たでしょうに」

 ジュリアの問いかけにハーマイオニーが息を飲んだ。

「ジュリア、口を慎めよ」

「ここで話せないなら、何処で話せばいいのよ? おばさま達の前でこんな話出来ないじゃない」

 ジョージとジュリアは睨みあう。

「殺されたんじゃないとしたら?」

 遠慮がちに、それでジニーの口調はハッキリとしていた。意外すぎる意見に誰も理解したくなかった。

「ジニー、心当たりでもある?」

 ハーマイオニーが確かめると、ジニーは皆の顔を見渡す。

「私が一年生の時よ。ドリスさんは『例のあの人』の名を呼んでいた……。恐れてなんかなかったのよ。そんな人が易々と……殺されるとは思えないわ」

 悲痛そうに顔を歪め、ジニーは口を噤む。続けて言い放ちそうなった言葉を止める為だ。

 ジニーの言動から、その場に居た誰もが彼女の言葉を予想してしまった。

「そんな……」

 ようやく、口を動かしたフレッドだけが絶望を吐いただけだった。

 

☈☈☈☈☈

 一週間が過ぎた。

 目を覚ますと見慣れなかった天井が馴染むには、十分な時間だ。居間のソファーから起き上ったクローディアは、数匹の猫の視線を受けつつも、寝巻から普段着に着替える。

 フィッグの若い頃に着ていたお古だが、何も着ないよりはマシだ。家に帰れば、着替えがある。しかし、今のクローディアは家に帰れない。また『死喰い人』が襲撃してくる可能性がある。

 ダンブルドアがフィッグの家を離れないように指示してきたのは、クローディアの身を案じてだ。

 アラベラ=フィッグは突然の居候であるクローディアに良くしてくれた。その礼を兼ねて、家事を手伝った。食器を洗い、洗濯物を干す。

 猫に餌をやろうとしたが、クローディアが相手だと猫達は逃げてしまう。

 ハリーは毎日のようにフィッグ家に通い詰めた。魔法界の話題を口にしないという条件を嫌々ながら承諾し、クローディアから離れない。

 居間でTV番組を見て、ニュースを見て、夕食を共にしてからハリーはダーズリー家に帰る。ダーズリー夫妻は最初は怪しんでいたが、一時でも自分の敷地に居ない状況に文句を言わない。

 ハリーの訪問にはフィッグが一番喜んでいた。だが、緊張した事態を受け、おおげさに、はしゃぐことはしなかった。

 

 しかし、今日は昼過ぎてもハリーは訪れない。家が向かい同士なので道に迷うことはないはずだ。

 妙に落ち着けないクローディアは、TVチャンネルを変え、新聞を逆さまに読んではハリーを待つ。

 ふわふわした毛の猫ミスタ・プレンティスの毛をブラシで手入れしていたフィッグは、忙しいクローディアを窘める。

「流石のバーノンも、ハリーが家に来ることを楽しんでいると勘付いたようだね。大方、しばらく行かないようにって、叱りつけるだろうよ。バーノンは、ハリーが喜ぶことはしたくないのさあ」

 失礼ながら、あり得る話であった。

 クローディアはハリーが来られないことを残念に思い、溜息をつく。そして、空虚な心を埋めるために彼に甘えていたのだと気付いた。

「夕飯の買い出しに、行ってくるね。クローディア、何があっても家を出ちゃいけないよ。ああ、こんなときにダッグの奴が当番なんて……」

 ヘアネットを着けたフィッグがタータンチェックの室内用スリッパを履いたまま、ブツブツと文句を述べながら、出かけて行った。

 世話になっておきながら、クローディアはフィッグの服装はダメだと思った。

 洗濯物を片付け終え、身の細い猫ミスタ・チブルスを猫じゃらしで戯れようとする。猫の本能で猫じゃらしに反応するミスタ・チブルスを眺め、クローディアは不意に思いつく。

(フィルチさんもミセス・ノリス飼ってるさ。……スクイブは皆、猫が好きさ?)

 猫じゃらしに翻弄されるミスタ・チブルスの様子に、一時の安らぎを得ていた。

 クローディアは脳裏にベッロの姿を掠める。自分を逃がす偽装をしてくれた蛇は無事なのか、奴らがドリスに何をしたのか、憶測が浮かんでは消える。

 一気に陰鬱な気分に陥ったクローディアは、猫じゃらしを離した。

 床に落ちた猫じゃらしを見つめたミスタ・チブルスが突然、背筋を伸ばして居間の窓を見つめる。つられてクローディアも窓を見やると外から弾けた音が鳴った。

 その音には、聞き覚えがある。『姿くらまし』をするときの音だ。

 即座に、ミスタ・チブルスは玄関の猫用入口を通って外へと飛び出す。思わずクローディアも玄関口に行こうとしたが、ミスタ・プレンティスが立ちはだかった。

「私を行かせないつもりさ?」

 尋ねるクローディアに答えるように、他の猫達も彼女の足元に集まってくる。

 ハリーの身に危険があるかもしれない。

 構わず、玄関の戸に触れようした。一斉に猫が飛びかかった。傷つける為ではない。引き留める為に、纏わりつく猫に負けた。

 クローディアは諦めの息を吐き、大人しく居間に行く。無論、猫を身体にくっつけたままだ。定位置となったソファーに座り、窓を見る。

 ハリーが乱暴な足取りで家を出て行く姿が見えた。彼の姿に安心した時、猫達は離れた。

 

☈☈☈☈☈

 プリベット通りを歩きながら、ハリーは朝食の席での出来事を思い返す。

〝お向かいの家に、親戚の子が泊まりに来ているらしいな〟

 嘲るような口調でベーコンを齧るバーノンに、ハリーは特に反応を見せなかった。それを生意気だとペチュニアは罵った。

〝おまえの目当ては、その子だろ? 冗談じゃないよ。もしも、おまえが異常な子だと知れたら、どうする? おまえみたいな子を誰が真面に相手にする? おまえが異常であることが近所に知れ渡ったら、私達は大恥だよ!〟

 嫌な予感がした。食器を洗い終えたハリーは、すぐに玄関に走ろうとした。しかし、ダーズリーが壁となって塞いだ。

〝わしらが許すまで、向いの家には行かさんからな!〟

 道路を挟んだ向こうの家が遠いと感じたのは、生まれて初めてだ。

 部屋に戻ったハリーは、シリウスへの手紙にクローディアに会えなくなった事を綴った。眠そうなヘドウィックを無理やり飛ばし、ハリーは返事を待った。

 夕方になって、ヘドウィックが手紙を携えて戻ってきた。期待に胸躍らせて開くと、そこにはシリウスからの警告文しか書かれていなかった。

【あの子は、君の傍にいる。しかし、君はあの子に依存してはいけない】

 意味がわからない。

 シリウスもダーズリー夫妻同様、クローディアがハリーに相応しくないと告げている気がした。思えば、シリウスとコンラッドは憎みあう仲だ。

 誰もがハリーとクローディアを恋仲にしたがる。正直、そんな感情はない。クローディアは例えるなら、家族愛・姉弟愛という言葉がしっくりしている。

 ドリスも家族のようにハリーに優しくしてくれた。

 そのドリスは逝ってしまった。ヴォルデモートが殺してしまった。両親のようにハリーの大切な人を奪った。

 腹の底から憤るハリーは、唇を強く噛んだ。

 あの日の朝。長く暗い廊下の夢で目を覚ました。起きた瞬間、額の傷を強烈な痛みが襲った。一瞬のことだったので気に留めなかった。

 否、休暇に入ってから、額の傷は痛んでいた。だから、深く気に留めなかったのだ。せめて、その痛みに疑問を感じ、誰かに報せていれば良かった。

 そうすれば、きっとダンブルドアが助けに向かったはずだ。

 

 ――何故、魔法界の情報が自分に来ない?

 

 ――何故、ドリスは殺された?

 

 答えをくれる者は、この場にいない。

 答えをくれそうな人達は、ハリーに何も教えてはくれない。

 混濁した感情が渦となって腸を捩じらせる。

 マグノリア・クレセント通りの小道に入ったとき、ゴツゴツと着ぶくれた老人とすれ違った。

「ハリー」

 聞き覚えのある声、ハリーは吃驚した。振り返って確認すると間違いない。ファッジだ。

「……どうして」

 魔法省の大臣がマグルの街・リトルウィンジングにいる。しかも、夏だというのに(もう夕方で冷える)厚着だ。マグルに変装しているつもりなのだろう。

 何から問えばよいか、わからず、ハリーはただ目を丸くする。周囲を警戒しつつ、ファッジは彼の肩に手を触れる。

「ハリー、話があるんだ。私1人で来た。どうか、話してくれるか?」

「はい、僕も色々聞きたいです」

 ちょうど良い。ファッジから聞き出す。睨まないようにハリーはファッジと人気のない公園に入る。

 手近い遊具に2人は腰かける。

 しばしの沈黙。欝憤の溜まっているハリーと違い、ファッジは躊躇うように指先を弄ぶ。

 堪え切れなくなったハリーが苛々と口開く。

「ファッジさん、僕に話があるんですよね?」

「そう、そうだ。ハリー、第3の課題で……『例のあの人』が……蘇った時の事を話してくれ」

 ファッジは、否定した話を聞こうとしている。

 何を今更と思う半面、やっと聞きに来てくれた嬉しさが湧く。

 ハリーは包み隠さず話した。優勝杯の『移動キー』で墓場に行かされた事、クィレルがヴォルデモートの為に大掛かりな儀式を行った事、マルフォイを含めた『死喰い人』が主人に忠誠を誓った事、クローディアと逃げ帰った事。

 ハリーの話が終わった時、ファッジは感慨深く空を見上げた。緊張で乾いた唇を舐め、苦悩に目を瞑り、呟いた。

「……戻ってきたのか……」

 全てを諦めた言葉だ。ファッジはヴォルデモート復活を受け入れた。

 喜びと共にハリーは疑問する。

「……今になって、僕の話を聞く気になったんですか?」

「ピーター=ペティグリューに会って来た。……彼は、正気を失っていて、私との会話も成り立たなかったよ。その姿を見て、……私はこんなになりたくないと思ったのだよ。親友を裏切り、ただ生きるだけの愚か者に……」

 まさかのペティグリューの名に、ハリーは胃が痙攣する。そこでシリウスがファッジを庇った時の事を思い出した。

 シリウスはペティグリューに戦い強いた事を悔いていた。彼の言葉がファッジを動かした。そんな気がする。とても嬉しい。

「ハリー。私は……ルシウス=マルフォイを尋問しよう。よおし、決めたぞ」

 怯えを残しつつも、ファッジは決意した。

 ハリーの心が少し晴れた。きっと、ダンブルドアも喜んでくれる。早く皆に報せたい。

 喜び勇んでハリーが立つと、ファッジもつられて立った。

「ハリー、家まで送ろう。君の身が一番危険だ」

 以前と同じ孫を見る優しい目に戻ったファッジに、ハリーは質問も忘れて了解した。ファッジが動けば、ハリーの状況も変わるはずだ。

 

 ――そんな期待があった。

 

「どうして1人で来たんですか? 護衛を連れたほうが良かったんじゃ?」

「……アーサーのように確かに味方といえる人物は、実は少ないんだ……。前の時もそうだった……」

 公園を出ると、往来の場を我が物顔で歩くダドリーを見つけた。目敏く、従兄弟はハリーに気づいた。

「やあ、ビックD!」

 ハリーが陽気に声をかけると、ダドリーが渋い顔をする。「ビックD」は彼の仲間内の愛称だ。愛すべき両親にも内緒だ。

「友達かね?」

 怪訝そうにファッジが尋ねた瞬間、ハリーは「従兄弟です」と答えようした。

 そこに塊が飛んできた。塊は公園の遊具・鉄棒だ。

「危ない!」

 命の危機にハリーは叫んで飛び出した。

 危機感のないダドリーを突き飛ばし、地面に伏せる。だが、別の遊具・滑り台が飛んできたので、ハリーは自分達の身を守る為に杖を構えた。

「プロテゴ!(守れ!)」

 『盾の呪文』は本来、呪いから身を守る。しかし、強く発動を期待すれば、物理的な物からも身を守れる。ハリーの思惑通り、遊具は魔法の盾に跳ね返された。

 安堵したハリーは、驚きすぎて怯えているダドリーの肩を叩く。

 ダドリーの指がのろのろと上がる。それはハリーの後ろを指さしていた。

「ハリー……」

 振り返ったハリーは、臓器がけたたましく痙攣した。

 最初に飛んできた鉄棒がファッジの胸に食い込んでいた。食い込みから、じわじわと血が滲んでいく。

 慌てふためいたハリーはファッジに駆け寄るが、そこで彼はひゅうっと息を吐く。その息の意味を瞬時に理解した。

 否定したい、理解したくない。

 胃液が逆流し、ハリーは思わず口を塞ぐ。

 

 ――ハリーの目の前でファッジは死んだ。

 

☈☈☈☈☈

 日が暮れて、薄暗くなると近所の街灯が点いていく。それに倣うように家々からも灯りが起こる。

 クローディアも居間と玄関に灯りを点け、フィッグを待った。夕飯の買い出しにしては、帰りが遅い。スーパーで猫缶の特売でもあったのかもしれない。

 玄関から音がしたので、クローディアが出迎えに行く。フィッグから買い物袋を受け取った。

「まったく、マンダンガス=フレッチャーめ、あんな奴に護衛なんて無理だったんだ!」

 扉を閉めた早々、フィッグは怒鳴り声を上げる。その剣幕にクローディアは驚いた。口調は悪いが、それでも温厚だと思っていた。

 ただ事ではない。クローディアが詰め寄ると、フィッグは深く溜息をついた。

「……いいかい、落ち着いて聞いておくれ。……ファッジが……たった今、死んじまった」

「は?」

 一瞬、理解が遅れた。

「ファッジって……、ファッジ大臣? どうして?」

「……わかんないよお。なんでかハリーと歩いてて、なんでか鉄棒が飛んできたんだよお」

 

 ――死、また死んだ。

 

(また? またって何?)

 頭が真っ白になりながら、脳髄の奥は冷静に言葉を吐かせる。

「ハリーは? ハリーはどうしたさ?」

「ハリーは『盾の呪文』で、身を守ってたから、怪我はしてないよ。けど、ショッキングなもんを見ちまった。可哀そうにねえ」

 フィッグも動揺が治まらず、手が痙攣している。

「警察に知らせるさ。すぐに!」

「もう来てるよ。警官が来ている最中に、魔法省からも人が来てな。……後は、あいつらの仕事だ。あたしらに出来ることなんざないよ」

 

 ――プルルルルルル。

 

 突然、鳴りだした電話の呼び出し音に、フィッグはビクンッと肩を跳ねらせる。自分を落ち着かせ、すぐに廊下にある電話の受話器を取る。

「はい。あんたか、報せを聞いたんだね。はいはい、そこにいるよ」

 受話器を耳につけたままフィッグがクローディアを手招きしてくる。困惑しつつ、フィッグから受話器を受け取った。

「もしもし?」

 躊躇いながら、クローディアが呼びかける。

〈手短に話すぞ。来織〉

 聞きなれた頼りがいのある野太い声が受話器から聞こえてくる。胸を撫で下ろしたクローディアは、感情が高ぶり、目に涙を浮かべた。

〈バーノン達は出かけさせる。それまで、その家に行くな。よいか? 勝手な行動は控えるんじゃ〉

 無情にも電話は切られた。

 聞いて欲しい言葉がたくさんあった。しかし、ファッジの死という異常事態に泣き言をほざいている場合ではない。目頭の涙を指で拭い、フィッグにトトからの伝言を教える。

 納得したフィッグは、買い物袋を下げ台所に向かう。

「トトがバーノンを連れ出す手筈を整えているなら、尚の事、あたしらに出来ることはないね」

 フィッグの後を追いながら、クローディアは何気なく問いかける。

「フィッグさんは、私のお祖父ちゃんを知っているさ?」

 猫缶を棚に片づけながら、フィッグは気が付いた表情になる。

「言い忘れていたね。あんたがここに来てから、電話で様子を教えていたんだよ」

 人の知らないところで電話をしていた。何故、電話を代わってくれなかったのかと、少々苛立つ。それが表情に出ていたので、フィッグは気まずそうだ。

「電話が来るのが、いつも、あんたが寝ちまった後だったんだよ。勘弁しておくれ」

 無礼な態度を出さないように、クローディアは眉間のしわを解す。

「ハリーとフィッグさんはどうなるさ? 事件の目撃者なんだから、これから警察が色々と取り調べとかするさ?」

「魔法使いが被害に遭った場合は、魔法省が事件を捜査することになってるんだよ。普通はね」

 この異常事態にフィッグは怯えていた。

 クローディアも嫌な予感がした。最悪の流れが起こるという予感だ。

 

 翌日、【日刊予言者新聞】にファッジの死は大きく報じられた。ハリーは魔法省大臣の死に関与した疑いを持たれ、ヴォルデモート復活をホラ吹いた『嘘を吐いた男の子』として、魔法界の情報誌を賑わせる事になった。




閲覧ありがとうございました。
ごめんね、ファッジ。この展開しか、思いつかなかったのです。

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