こうして、私達は出会う(完結)   作:珍明

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閲覧ありがとうございます。
切りの良いところがなく、長文です。


24.招かざる者

 優勝杯を掴んだ2人は、一瞬で消えた。

 その消え方に驚いたセドリックは、ハリーに優勝を譲ったことに全身が緊張していた。

(これで良かったんだ)

 クローディアは公平に、セドリックに優勝杯を渡そうとした。ならば、自分も公平な判断を下さねばならない。

 セドリックを応援してくれた皆から、批難や中傷を受けるだろうが、絶対に後悔しない。

 空に上げた救援用の赤い花火は、自分への祝福だ。

 すぐに救援に現れたマッド‐アイによって、セドリックは迷宮の入り口へ運ばれた。比喩的な意味ではなく、本当に荷物のように雑な運ばれ方をした。

 迷宮から現れたセドリックは、敗者決定の落胆と健闘への賛辞の視線を受ける。拍手する手もあった。

 両親が駆け寄り、満身創痍だが五体満足を喜んでくれた。寮監のスプラウトも優しく抱きしめてくれた。

「セドリック、よくここまで戦いました……」

「セドリック=ディゴリー! 君が戻ってきたということは! 優勝は! 彼ということか!」

 スプラウトの言葉を遮り、バグマンが大はしゃぎでセドリックへと迫る。その気迫は、不気味に思える。今度はスプラウトがバグマンを遮り、彼を選手控えのスタンドへと導いた。

 そこには、疲れ切ったビクトール=クラムとフラー=デラクールが座っている。

 ビクトールの姿に一瞬、セドリックは怯んだが態度に出さなかった。迷宮で襲われたが、ハリー曰く、ビクトールは操られていたらしい。そうでなければ、彼が後ろから人を襲うことはないという見解だった。

 警戒を気づかれぬように、セドリックはビクトールの隣に座る。周囲を見るとはなしに見てから、カルカロフの姿がないことに気づく。

「カルカロフ校長は何所に行ったんだい?」

「さあぁ知らない、試験の前から見ていない」

 深く気に留めず、皆、後は、ハリーをそしてクローディアを待つだけだった。

 しかし、30分が経過しても2人は帰って来なかった。

 ダンブルドアがセドリックへ状況を聞きに来たので、ハリーとクローディアは優勝杯に触れた瞬間に消えたと説明した。だが、優勝杯にそのような仕掛けをしていないという話が上がった。

 異常を察したダンブルドアは、寮監を残した全ての教師を迷宮への捜索に駆り出させた。観客席もざわめき、席を立とうとする生徒も後を立たない。

 そこに2人は帰ってきた。

 

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 芝生を背に打ち付けクローディアは、地面に降りる。降りたというより、叩きつけられた。それでも、彼女の手はハリーをしっかり掴む。

 2人を決して離さないように、手の力を強める。応じてハリーも彼女の手を痛い程、掴んだ。

 いままで暗がりにいたせいか、観客席に用意された篝火が眩しく感じる。

 空気を求めて、喘ぐ。

 目を見開いて、場を見る。ここはホグワーツだ。試験会場、迷宮の入り口、観客席の中心。誰もが2人に視線を注ぐ。

 まっ先にダンブルドアが駆け寄る。校長に気づいたハリーが藁を掴む思いで、その腕を掴む。

「ヴォルデモートが……ヴォルデモートが戻ってきました!」

 腹の底から、ハリーは慟哭する。

「奴が……ヴォルデモートが戻ってきました……、僕……止められませんでした」

 懺悔するハリーを嗚咽が襲う。ダンブルドアに安心したから、墓場での恐怖が蘇ったのだ。よく戻って来れたとクローディアも安堵と共に、恐怖で身体が震える。

「ハリー、君は疲れているんだ。すぐに授賞式を行おう。その後でゆっくり休むといい」

 わざとらしく微笑んだファッジがクローディアとハリーの手を離させようする。それをダンブルドアが制す。

「緊急事態じゃ、授賞式は行わん。生徒は全員、寮へ戻りなさい」

 ダンブルドアの断言に、ファッジは青ざめる。群がってきた生徒や教員も驚きと批難の声を上げた。

「そんなわけにいくか! ハリーの優勝は決定なんだ! それを示すんだ!」

 大声で反論したのは、何故かバクマンだ。

「ハリー、ハリー! 君は優勝したんだ! よくやった! さあ、さあ大臣! 授賞式です! こんなにめでたいんだ! 皆で祝うんだ!」

 狂ったようにバグマンは黄色い声で叫ぶと、ハリーを掴み起こそうとした。

「バーサ=ジョーキンズがハリーの手を離すなと言いました。彼女はヴォルデモートに殺されたのです」

 クローディアの抑揚のない声は、バグマンにしっかりと届く。彼の笑みが凍き、こちらを睨んだ。

「折角のハリーの優勝だぞ! 水を差すのか! もういいから、医務室にでも行って……」

「クローディアに勝手な指示をなさるな」

 バグマンの喚き声は、ダンブルドアの優しくも強い声に止められる。

「待て待て、ダンブルドア。無傷とは行かなくても、2人はこうして帰ってきたんだ。きっと迷路で錯乱でもさせられたんだ。いちいち、鵜呑みにするのはよくない。よし、こうしよう。娘さんには、先に医務室で休んでもらおう。ハリーは予定通り授賞式を行う。それでいいだろう? な? では、ルード。君が連れ行きたまえ」

 ファッジの早口に、バグマンは気の抜けた声を上げる。

「娘さんに医務室を勧めたのは、君だ。君が連れ行くのが、筋だろう」

「この子を連れて行ったら、授賞式をするのだな」

 今までと違い、緊迫した声でバグマンはファッジに確認する。

「待ちたまえ、彼女もここにいてもらう」

 ダンブルドアが止めるのも聞かず、バグマンはクローディアを無理やり立たせた。その拍子に、クローディアとハリーの手が離れてしまった。

「待って下さい、授賞式よりもヴォルデモートが……」

「君は黙って着いてきたまえ! 医務室で好きなだけ聞いてやる!」

 クローディアの声も遮り、バグマンは野次馬を喚き散らして退けた。

 

 粗野で乱暴な力に引っ張られ、クローディアは何度も振りほどこうとした。しかし、バグマンはビクともしない。

 正直、バグマンを侮っていた。

 城の中へ入り、ようやくバグマンは手を離す。離したというより、振りほどくように離された。

「医務室へは勝手に行け、私は授賞式を見届ける義務があるんだ!」

 我慢の効かない子供のように、バグマンは吐き捨てる。地味に痛い手首を擦り、クローディアは礼儀を忘れて睨んだ。そこに地面を揺らす足音が響く。

 ハグリッドだ。彼はクラウチを肩に担いで、クローディアへと走り寄ってきた。

 森番の姿に、クローディアは少し気持ちが和らいだ。

 慌てふためいたハグリッドは、クラウチを半分おざなりに地面へ下す。クラウチは今にも、バグマンに刑罰を与えそうな勢いだった。まるで、違反者を見つけたフィルチのように怒っている。

「バグマン、何を焦っているかはしらんが、ここはダンブルドアに従おう。授賞式は中止だ」

 バグマンが反論する前に、クラウチは杖を振るう。五月蠅い彼の口を塞ぐためだ。

「クローディア! すぐにダンブルドア先生のところに戻るんだ。先生がお決めになったことだ。さあ、こっちへ」

 彼に従い、クローディアは太く頼りがいのある手を取ろうとした。

「今夜のことは、君にも衝撃的なことだったろう。私も後から行く。だから、墓場で何があったのか、それまで話すのは待っていたまえ」

 聞き流していたクローディアは、『墓場』という単語で背筋が熱くなった。視線をハグリッドから、クラウチへと移す。

 そして、ゆっくりとクラウチから距離を取り、ハグリッドの腕を掴んだ。

「ハグリッド……、ハリーが墓場の話をしたさ?」

 囁くような確かめの言葉。

 ハグリッドは瞬きを繰り返して、ほとんど反射的に否定した。そして、敵を見つけた態度でクラウチからクローディアを隠す。

 声の出せぬバグマンさえも事態を飲み込んで、クラウチを凝視した。

 3人の視線を受け、クラウチは笑う。これまで見せていた厳格で気難しさを絵に描いていたはずの雰囲気が消え去り、欲望に飢えていた。

「君の母上は、美しいな」

 それだけ、呟く。

「ステューピファイ!(麻痺せよ)」

 瞬間、クラウチはバグマンとハグリッドへを向け、放つ。大の大人2人は無様に倒れ伏した。ハグリッドの倒れる音で、クローディアは城内へと走り出す。

 本当に混乱して、走る方向を間違えた。何処かに隠れてやり過ごそうと、教室へと飛び込む。すぐに影と変身し、必要もないが息を潜める。

 クラウチの声が追いかけてくる。

「君が選手であったなら、今夜、君の母上にお会いできたものを本当に惜しいことをしたものだ」

 教室に入ったクラウチは、ゆっくりと歩きまわる。

「だが、ハリー=ポッターを闇の帝王に引き合わせるためには、仕方なかった。君まで、選手にしては流石に勘付かれてしまう」

 それは、クラウチがヴォルデモートに加担していたという告白だ。

 絶対にありえないことだ。

 コンラッドとシリウスがそれを証言していたし、クローディアの見解としても、クラウチは絶対にヴォルデモートと組みするはずはない。

 

 ――それが、全て覆った。

 

 クラウチは教室内にクローディアの姿を確認できなかった。しかし、彼は杖を強く振るう。光線が部屋中を駆け巡り、彼女に直撃した。

 瞬間、身体が延ばされる。否、強制的に影から人へと戻らされたのだ。

 自分の手を眺め、魔法が解かされたことに呆然とする。

「先ほど、マッド‐アイが君はおもしろい術を使うと教えてくれてね。おもしろいというだけで、どんなモノかと思ったが」

 クラウチはクローディアを見下ろし、彼女の髪を丁寧に触れる。思わず、座り込んだ。

「あ……あんたは、『死喰い人』を憎んでいるはずさ」

 動揺したクローディアは、全身の筋肉が引き攣るように呻く。

「憎いとも、我が身可愛さで『闇の帝王』を捨て去った。許しがたいこと、この上ない。君も知っているだろう。ワールドカップで、私の打ち上げた闇の印に恐れをなして逃げ去った臆病者どもを……、奴らには仮面をつける価値もないのだ」

 確かな憎悪の感情を込めてクラウチは、忌々しく吐き捨てる。

 クラウチの口から発せられる一言、一言。クローディアには信じがたく、ヴォルデモートを前にしていたときより、身体が竦んでいた。動悸が激しさを増し、声を出そうとするが喉に力が入らない。

 クローディアから手を離したクラウチは、杖を彼女に向ける。動揺のあまり、己を守る術を忘れ、目を見開き愕然と口を開くことしか出来なかった。

「君は闇の帝王によって死ぬ手筈だったが、よく、帰ってきてくれた。君が死んだら、君の母上は、最期を看取った私に頼るだろう」

 口元を舐めるクラウチは、嗤っていた。

 

 ――殺される。

 

 なのに、身体が動かない。心の中で助けを呼ぶことさえ出来ない。

 クラウチが杖を振り上げようとしたとき、誰かが教室に駆け込んだ。

「エクスペリアームズ!(武器よ去れ)」「ステューピファイ!(麻痺せよ)」

「インペディメンタ!(妨害せよ)」

 3つの呪文が同時に言い放たれ、それらはクラウチを吹き飛ばすに十分だった。クラウチは黒板まで飛んでいき、激しい音を立てて倒れた。

「『妨害の呪い』は必要なかったようですね」

 緊張した声でスタニフラフは、机を隅へと寄せる。

「ラブグッド、すぐに先生たちを呼んできてくれ」

 ロジャーが扉の向こうにいたルーナに声をかけ、彼女はジニーと共に廊下を走り出した。

 

 ――皆が来てくれた。

 

 困惑するクローディアは、ジョージに頬を触れられた。暖かく逞しい感触で、漸く、助けが来たのだと理解できた。

「どうして……さ?」

 ここに来たのか? ここにいることがわかったのか? 様々な疑問を込めた問いに、ジョージは普段の快活な笑みを見せてクローディアを抱きしめた。

「(言ったじゃん、君を独りにしないって)」

 耳元で囁かれ、妙に安心されられた。硬直していた身体をどうにか動かし、ジョージの背に手を回す。彼も慰めるように、クローディアの背中を優しく擦った。

「ルーナ=ラブグッドに礼を言っておけ。あの子がクローディアのことを危ないっていったんだ。それで俺たち、先生が止めるのも聞かずに探しに来たんだ」

 ロジャーはクローディアの頭に手を置きながら、クラウチを警戒する。

「僕は曾祖父さまの命でクラウチ氏を呼びにきたのですが、幸いでした」

 スタニフラフは、床に倒れたクラウチを見やる。杖をクラウチに向け、何かを見つけ疑問の声を上げる。

「クラウチ氏の皮膚が裂けている? でも、血が出ていない?」

 確かめずにはいられない。クローディアは引き留めるジョージを押しのけて、クラウチへと迫る。スタニフラフの言葉通り、クラウチの右頬が椅子にあたった拍子に裂けた傷を作っていた。だが、その傷は血の色を帯びていない。まるで、分厚い皮が捲れているだけだ。

 躊躇いながらクローディアは、クラウチの頬に触れてみる。暖かい体温が指先に伝わるし、胸が呼吸の動きを教えているので、クラウチは生きていることは確かだ。

「クローディア、もうよせ!」

 ジョージが後ろからクローディアを抱きしめ、クラウチから離す。

 慌ただしい足音が部屋に迫ってきた。ダンブルドアとスネイプ、フリットウィック、ルーピンが部屋に飛び込んできた。扉のところで、ジニーとルーナが覗き込んでいた。

「僕らがここに来た時に、クラウチ氏がクローディアを殺そうとしているのが聞こえました」

 正確にロジャーが事態を説明しているとき、ルーナがクラウチを指差した。

「その人、顔が取れるよ」

 突拍子もない発言に、誰かが「はあ?」と返した。

 一瞬、混乱したクローディアだったが、「顔が取れる」に、思い当たるモノがあった。変装モノのドラマや漫画では「顔が剥がれる」という意味だ。

 もしやと思い、クローディアはクラウチに手を伸ばす。彼の頬にできた傷を引っ張ろうとした。だが、ジョージとスタニフラフがそれを制した。

「何をすればいいんだ?」

「傷を引っ張るさ。思いっきりさ」

 腹に力を入れて、声を出すクローディアをスタニフラフが頷いて返した。杖を向けたまま彼は、クラウチの頬を強引に引っ張り上げる。

 クラウチの顔面の皮膚が伸ばされ、音を立てて千切れた。その皮膚の下には、色白の若い男の顔があった。

「バーティ=クラウチJr」

 引き攣ったようにスネイプが男の名を呼んだ。フリットウィックが思わず悲鳴を上げ、クローディア達をクラウチJrから離そうと下がらせた。

「クローディアは、ここに残りなさい」

 普段の穏やかさを消し去ったダンブルドアがクローディアを適当な椅子に座らせる。

「しかし、こんなところに居させるわけにはいけません!」

 フリットウィックが反論するが、ダンブルドアは強く首を横に振る。

「フィリウス、他の子たちを寮に戻すのじゃ。朝になるまで、生徒は寮を出てはならん。リーマス、ハリーを呼んできなさい。アラスターも連れてくるのじゃ。セブルスは厨房に行き、ウィンキーという『屋敷妖精』を連れてきておくれ」

 指示を受けた教員達は、すぐに行動で出た。フリットウィックが追い払うようにジョージ達を部屋から追い立てる。皆は部屋に残りたがったが、寮監は厳しく連行した。

 クローディアはダンブルドアと2人きりになったが、何も話さなかった。校長から放たれる戦意が質問を拒ませた。実際、口を開く気力もなかった。

 十分も経たないうちに、ルーピンがハリーを背負って戻ってきた。義足の足音も響いたので、ムーディも一緒だ。

 ルーピンは、ハリーを慎重にクローディアの隣へ座らせた。ハリーは、衰弱していて目を開けているのがやっとだ。

 その後、スネイプがウィンキーと共に部屋に戻ってくる。ウィンキーは、クラウチJrの姿を見て金切り声を上げた。

「坊ちゃま! ああ、坊ちゃまが殺されました!」

 クラウチJrの胸に飛び込んだウィンキーは、彼に縋りつく。

 耳元で騒がれたせいか、クラウチJrは呻き声を上げながら、目を覚ました。

 途端に、ダンブルドアはクラウチJrの口を乱暴に掴む。無言の視線でスネイプに指示を送る。

 すぐにスネイプは澄み切った透明の液体の入った小瓶を取り出し、栓を抜いて中身をクラウチJrの口に注ぎ込んだ。

 『真実薬』だ。如何なる真実も語らせる魔法薬がこの場で使われている。

 その光景をクローディアは、他人事のように見ていた。何を語られるのか、考えたくなかったのかもしれない。

 『真実薬』を飲まされたクラウチJrは、呼吸を求めて口を何度も動かす。薬が効いてきたらしく、表情を緩ませる。

「話して欲しいのじゃ。アズカバンから逃れて、ここに来た理由を」

 口調は優しかったが、ダンブルドアの目つきは厳しい。クラウチJrは、抵抗なく抑揚のない声で機械的に話し出した。

 クラウチは病床の妻の最後の頼みとして、息子をアズカバンから助けた。アズカバンに面会に来た夫婦は、『ポリジュース薬』で妻と息子を変身させ、入れ替わった。妻は、アズカバンで息子として亡くなり、埋葬された。息子は、クラウチ邸で『透明マント』を被らされ、『服従の呪文』で不自由な生活を送った。

 

 ――すべては、息子が『死喰い人』に戻らないようにするための処置だった。

 

 だが、バーサ=ジョーキンズがクラウチの不在中に屋敷を訪れ、息子の生存を知ってしまった。クラウチはジョーキンズの記憶を『忘却術』で消し去ったが、強くかけすぎたため彼女は記憶障害にまで陥ってしまったというのだ。

「どうしてあの女の人は、あたしたちをそっとしておかないのでしょう?」

 心からの訴えを口にし、ウィンキーが両手を組んで啜り泣く。

「ワールドカップでのことを話しておくれ」

 ダンブルドアの問いに、クラウチJrは再び抑揚のない声で話す。どうやら、何もかも洗いざらいに話すのではなく、質問に嘘偽りなく答えるらしい。

 何か月もかけてウィンキーがクラウチを説き伏せたため、息子は『透明マント』で隠された状態でワールドカップを観戦した。

「ウィンキーは、俺が時折、自分自身を取り戻していることに気付かなかった」

 観客席の状態を話すとき、クラウチJrの声に抑揚が戻った。

「女が俺たちに飲み物をくれた時もそうだった。女の声を聞いた時、俺の意思はハッキリとしていた。女はウィンキーと『透明マント』を被った俺に笑いかけた。母が出かけるときに、いつも俺に飲み物をくれたことを思い出した。俺は、あの女が欲しくなった。だが、声をかけられなかった。ウィンキーが見ていたからだ。俺は残念に思いながら、『透明マント』の中で飲み物を飲んだ」

 急に抑揚が消えた。また淡々とした口調に戻った。

 試合中、前の席にいたハリーの杖を盗んだ。ウィンキーは、高所恐怖症で目を閉じていたので、それを見ていなかった。試合後に『死喰い人』が騒動を起こした時、彼らの低俗さに腸が煮えくり返った。

「俺が『闇の印』を打ちあげようとした時、奴らはあの女を捕えようとしていた。俺は助けに行こうとしたが、ウィンキーがあの女を助けた。俺は安心して、『闇の印』を打ち上げた。奴らの不忠を教える為に、俺こそが仮面を被るに相応しいことを示すために。奴らは逃げた。俺は傍にいた小娘の服に杖を忍ばせた。俺が持っていては、父に気付かれる恐れがあった。魔法省の役人と共に、父が現れた。父はウィンキーが俺をテントから出したことに激怒した。俺を逃がすところだったからだ。皆がいなくなってから、父は俺に『服従の呪文』をかけ直し、家に連れ帰った。アーサー=ウィーズリーがウィンキーを解雇させぬように説得しに来たが、無駄だった。アーサー=ウィーズリーは真実を知らない。父はウィンキーを解雇した」

 ウィンキーが解雇された後、クィレルに抱かれたヴォルデモートがクラウチ邸を訪れた。ジョーキンズに『磔の呪文』をかけてクラウチ親子の情報を聞き出したのだ。

 その話になると、クラウチJrの顔が嗤いだした。

「ご主人様は、三校対抗試合で誰にも気取られずに、ハリー=ポッターを優勝杯に誘導する召使が必要だと、俺におっしゃられた。父の立場が打ってつけだった。試合中の優勝杯の管理も父の仕事だった。俺は『ポリジュース薬』で父に成りすませようと考えたが、クィレルがそれに反対した」

 クィレルの名に、クローディアは眉を痙攣させた。

「父を殺した後だった。それに薬による変身では、小まめに薬を入手しなければならなかった。クィレルは、父の顔と同じ覆面を用意して、それを俺の顔に被せた。父は潔癖症で人前でも手袋を外さなかった。だから、見える部分は誤魔化すことが出来た。更に審査員である立場と元『死喰い人』の監視という名目でホグワーツに滞在できた。これで、魔法省に顔を出さずともよくなった。筆跡も父の自動速記羽ペンで書類にサインしていた。誰も俺を疑わなかった」

 クラウチJrの目がクローディアを捉えた。何の感情も籠っていない眼差しだが、今のクローディアを怯えさせるには十分だ。

「クローディア=クロックフォードが俺とウィンキーを引き合わせた。俺はウィンキーがホグワーツにいることに驚いた。ウィンキーは、俺が父ではないとわかっていた。俺は父が重い病に倒れたので、代わりをしていると話した。ウィンキーは納得した。そして、俺を父として扱った。父の考え方ややり方を熟知していたウィンキーが俺を助けた」

「どうやって、君はハリーを優勝杯に導こうとしたのじゃ?」

 ダンブルドアの問いに、クラウチJrはクローディアを見つめたまま、話し続ける。

「ルード=バグマンにやらせた。俺はルード=バグマンにハリー=ポッターが17歳ではないのが、残念だと話した。ルード=バグマンは僅かな不正をおもしろがった。第一の課題で、俺はルビウス=ハグリッドに、さしものハリー=ポッターもドラゴン相手では荷が重いと話した。それだけで、ルビウス=ハグリッドはハリー=ポッターに教えた。第2の課題では、ウィンキーが丸いボールを水の入った容器に落とすところをセドリック=ディゴリーに見せた。セドリック=ディゴリーは、それから『卵』の謎を解き、ハリー=ポッターに教えた。湖に入る方法は、ネビル=ロングボトムが【地中海の水生魔法植物とその特性】を持っていたから、問題なかった。第3の課題では、ルード=バグマンに『錯乱の呪文』をかけ、クローディア=クロックフォードを優勝杯の守り手のするように推薦させた。優勝杯を墓場に行く『移動キー』に変え、クローディア=クロックフォードに渡した」

「何故? クローディアにその役目を負わせたのじゃ?」

 初めてクラウチJrの目がダンブルドアに向けられた。

「ご主人様はクローディア=クロックフォードから耐え難い侮辱を受けたとおっしゃられた。ハリー=ポッターの前で殺し、絶望を味あわせることも目的だった」

 誰もがクラウチJrの掌で踊っていた。ハリーを応援したい気持ちがまんまと利用されたのだ。

「あんたが敵だとベッロがどうして気付けなかったって言うのさ!」

 堪らずにクローディアは叫んだ。それを質問と受け取ったクラウチJrは抑揚なく話す。

「クィレルが蛇に気を付けろと警告していた。選手を発表した晩、蛇は俺の部屋にやってきた。蛇はご主人様のお気に入りだ。殺さない為には『錯乱の呪文』をかけるしかなかった。俺も含めた客人全てが疑わしいと錯乱させた」

 それは効果的だった。皆のハリーへの不信感の募りもあり、ベッロの感覚は狂わされた。

 スネイプとルーピンが確認し合うように、視線を合わせた。

「お父上は、どうして殺されたのだ?」

 一層、厳しくなったダンブルドアの声にクラウチJrは緩やかな笑みを見せた。まるで、恋い焦がれたような表情だ。非常に寒気がする。

「ウィンキーがいなくなり、家は俺と父だけになった。それなのに、父は何処か浮かれていた。ホグワーツに行く事を楽しみにしていた。クローディア=クロックフォードに会えるからだ。父は彼女の母親に恋をした。あわよくば、小娘を通じてあの女に会える望みを持っていた! 俺には、すぐにわかった! 父はあの女が欲しくなった! 俺が先に目を付けたのに! 俺は家に帰ってから、毎日のようにあの女の事を考えた。それだけで俺は小僧のように舞い上がれた。俺の中で父への怒りが湧き起こった! 俺は手で掴める物を何でも掴んで、父を殴った。父の息の音が止まるまで、殴りつづけた! そうして、父は俺に殺された。その後、ご主人様がおいでになられた」

「ああああああ! バーティ坊ちゃま!? 何をおっしゃるのですか!」

 告白を受け入れられず、ウィンキーは悲鳴を上げた。

「クリスマスの夜、クローディアを傷つけたのは君じゃな?」

 一瞬、スネイプがクローディアを一瞥する。

「そうだ。女に会いたかった。娘が痛めつけられれば、見舞いに来ると思った。だが、ジョージ=ウィーズリーが怪我を隠した。あの場で殺しておけば良かったと後悔したが、それではご主人様に逆らうことになる」

 本当に残念そうな口調だ。

「クローディアが傷つけば、その母親が悲しむと思わなかったのかね?」

「あの女は、悲しむだろう。だが、俺が癒してやれる。今夜、ご主人様の復活と共に、俺はあの女を手に入れられる!! あの女は俺の物だ!」

 甲高く笑いながらクラウチJrは、クローディアに手を伸ばそうとした。

 寒気が走ったクローディアは、思わずハリーに縋るように下がった。スネイプとルーピンが彼女の前に立ちはだかった。

 手が届かないと知ったクラウチは、焦点の定まらない目つきで黙り込んだ。ウィンキーの泣き声だけが部屋中に響く。

 嫌悪を露にした目つきのままダンブルドアは、クラウチJrを睨まない程度に見ていた。そして、瞼を一度、閉じてからムーディに視線を送る。

「アラスター、見張りを頼む」

「承知した」

 怒りに唇を震わせたムーディの義眼が、クラウチJrに釘付けになる。次にダンブルドアは、スネイプに顔を向ける。

「セブルス、ファッジ大臣をここに呼ぶのじゃ。全てを話さねばならん」

 承知の意味で頷いたスネイプは、すぐに部屋を後にする。それから、ダンブルドアはルーピンを見る。

「リーマス、ホグズミードの『三本箒』から、シリウスを医務室に連れてきてくれ。ニンファドーラには、コンラッドを呼び寄せるように頼んでおくれ」

「承りました」

 ハリーとクローディアを一瞥した後、ルーピンは急ぎ足で部屋を出ていく。

 最後に、ダンブルドアは普段の温厚な雰囲気を漂わせた。クローディアとハリーと同じ目線まで身を屈める。

「ハリー? クローディア?」

 反射的にハリーは腰をあげたが、足元が覚束ない。クローディアがハリーを支えるように肩に手を回し、その隣に立つ。

「もうここにいる必要はない。おいで」

 ダンブルドアに従い、2人は歩く。月夜に照らされた廊下を進みながら、クラウチJrの告白とウィンキーの涙がクローディアの中で木霊し続けた。

 ウィンキーはクラウチが大好きだった。その忠誠心さえも、クラウチJrの心を動かすことは出来なかった。だが、ウィンキーは誰も恨まないだろう。クビにされた時のように、自責の念に駆られ悲しみに打ちひしがれてしまう。一体、どんな言葉をかければいいのか、クローディアには見当もつかない。

 校長室を守護するガーゴイルの石像の前まで来た。ダンブルドアの合言葉で、螺旋階段が現れた。クローディアとハリーは、そのまま導かれた。

 不死鳥フォークスに出迎えられ、クローディアとハリーは椅子に腰かけた。もう立ち上がる気力が2人にはなかった。フォークスがハリーの膝に留まり、すり寄ってくる姿が心に活力を漲らせた。

「ハリー、クローディア。優勝杯に触れた後のことを話しておくれ」

 

 ――そんな体力はない。

 

 口に出して訴えたかったが、2人とも、それさえ叶わない。今夜の出来事を思い返して言葉にすることなど、どれだけの精神力が必要か、ダンブルドアもわかっているはずだ。

 だが、ダンブルドアは決して2人に容赦しない。すぐにでも、知らなければならないと強い視線が2人に注がれた。何故か、怖くはない。むしろ、全て話さなければという気持ちになった。

 ハリーの手がクローディアを掴んだ。そして、ハリーの口から、墓場での出来事が語られた。

 クィレルによるヴォルデモートの復活、母親の護りが効果を失い、『死喰い人』の集い。

 自分が気絶している間に起こった出来事に、吐き気がする。

「ヴォルデモートは僕に殺すように命じました。そうすれば、僕を生かして帰すと言いました。僕が断ると、ルシウス=マルフォイが……、クローディアはコンラッドさんの娘だと話しました。ヴォルデモートはクローディアを殺すのをやめました」

「その理由をヴォルデモートは語ったかね?」

 首を横に振るハリーに、ダンブルドアは頷く。

 そこから、ハリーに代わってクローディアが口を開く。

「私は、その辺にあったモノで彼らを撹乱しました。その隙に優勝杯に逃げようとしましたが寸でのところで、ヴォルデモートに邪魔されました。私達は墓石を盾にして、身を潜めました。あいつは、私が下れば、ハリーを逃がすと言っていました。でも、私が断ったので、ハリーに決闘を挑んできました」

「クローディアは僕だけでも逃げろと言いました。けど、僕はクローディアと一緒に帰りたかった。だから、僕はヴォルデモートの決闘を受けました。彼女に優勝杯を探させる時間稼ぎのつもりでした」

 そして、ハリーとヴォルデモートの杖が金色の光となって繋がり、死んはずのジョーキンズ、見知らぬ人々の姿を現した。

「父と……母です」

 ハリーが涙ぐんだ。最後に現れた2人の男女、あれがハリーの両親。そして、ハリーは初めて両親と言葉を交わしたのだ。彼は口を利く余裕がなかったので、必死に頷くだけだったが、それでもハリーには十分な会話と言えるだろう。

 感傷に浸るハリーの為に、一旦、クローディアは言葉をとめさせようとした。

 しかし、ダンブルドアが構わず続けさせた。彼らの足止めによって時間を稼ぎ、ハリーの『呼び寄せ呪文』で優勝杯を手にした。2人は命からがら、その場を逃げおおせた。

 2人の話を聞き、ダンブルドアは深刻な目つきで黙り込んだ。

「校長先生、杖に何が起こったんですか?」

 ハリーの問いに、ダンブルドアの表情が一瞬、輝いた。

「直前呪文による呪文逆戻し効果が起こったのじゃな」

 直前呪文は、杖が何の魔法を使用したか調べることが出来る。呪文逆戻しは、杖が使用した呪文を再現することだ。金色の光に現れたのは、杖の犠牲者達で間違いなかった。

「このフォークスの尾羽根より作られた兄弟杖が、稀な現象を引き起したのだろう」

 クローディアは、ハリーの杖がフォークスの尾羽根で作られている事実に、驚いた。しかも、ヴォルデモートの杖と兄弟だと述べた。額の傷以外で、2人を結びつける物があるなど、クローディアには強い衝撃だ。深刻にハリーの杖を見つめる。

 途端に、フォークスがハリーの膝から離れた。2人の頭上を舞い、その瞳から輝かしい涙を零した。涙はハリーの腕とクローディアの後頭部にある傷へとかかり、痛みと傷を癒した。

 ほんの少し体が軽くなった気がする。

 これが今夜の出来事を話した褒美だと、クローディアは思う。

 フォークスを肩に乗せたダンブルドアがまるで、長年の友に交わすような口調で2人に声をかける。

「今夜、君達は、わしの期待を遥かに超える勇気を示した。感謝しておる。さあ、医務室にて安静にするのがよかろう」

 フォークスの涙によって、傷を癒された2人は立ち上がる。

 自然とお互いの顔を見やったクローディアとハリーは、存在を確かめ合うように手を握りしめた。

 

 医務室に着くと、モリーとシリウスが凄まじい勢いでマダム・ポンフリーを問いただしていた。ルーピンが間に入って、モリーとシリウスを宥める。しかし、コンラッドとビルは、2人の剣幕を呆れた様子で遠巻きに見ていた。

 ダンブルドアに連れ添われたクローディアとハリーが現れたと知るや、モリーとシリウスは競い合うように駆け寄ろうとした。

「モリー、シリウス。ちょっと聞いておくれ。2人は今夜、恐ろしい試練をくぐり抜けてきた。そのことをわしに全て話してくれたばかりじゃ。この子達に必要なのは、静かに眠らせてあげることではないかな?」

 当然だと、モリーとシリウスは頷く。

「わかったの? この子達は、安静が必要なのよ!」

「うるさくするな!」

 何故だが、ルーピンとコンラッド、ビルに静かにするよう叱った。

 シリウスを目にするだけでも不快な気分にされるクローディアは、思わず彼の脚を蹴る。油断し切ったシリウスは、脚の痛みに低く呻いた。

「あんたが一番、五月蠅いさ」

 仏頂面で睨んでくるクローディアに、シリウスはか細い声で「すまない」と返した。

「今夜、ここに君らがいても、構わん。しかし、ハリーとクローディアが答えられる状態になるまで、決して質問してはならぬぞ」

 特に、ダンブルドアはシリウスを強く見つめた。

「明日、わしがここに来るまで、医務室を出てはならん」

 ダンブルドアはルーピンと共に、医務室を後にした。クローディアとハリーは、それぞれの寝台に行き、マダム・ポンフリーがカーテンで囲った。

 クローディアの寝台にマダム・ポンフリーが寝巻を運び、着替えるのを手伝った。着替え終わったとき、コンラッドがカーテンの中に入ってきた。

 コンラッドはクローディアの枕元にある椅子に腰かける。

「お父さん……、ホグズミードにいたさ?」

「いたよ。今夜のことがどうしても気がかりだったからね」

 マダム・ポンフリーが布団をクローディアの肩まで覆ったとき、コンラッドは紫色の飲み薬を渡してきた。疑いなく受け取り、薬を飲む。半分飲み終えた時、意識が蕩けていくのがわかった。

 それが異常に恐ろしく思えた。墓場でも、意識を手放したせいで、何も出来なかった。

 

 ――きっと、自分が起きていれば、ヴォルデモートは復活などしなかった。

 

「嫌、眠りたくない!」

 大声を上げたので、心配したモリーがカーテンの向こうから様子を見に来た。

「どうしたの? ハリーは、寝てしまったわよ?」

 クローディアを覗き込んでくるモリーの姿が奇妙に歪んでいる。視界が揺らいでいるのだ。

「クィレルも私を眠らせようとした! お父さん! クィレルは私が邪魔だったから、だから……」

 襲いくる眠気に抗おうとクローディアは、無造作に手を伸ばす。その手をコンラッドが掴んだ。

「手を握っていよう。さあ、おやすみなさい」

 機械的な笑みを浮かべたコンラッドの唇が囁く。逞しくも滑らかな手の感触が、クローディアを心から安心させた。

 

 心地よい感触で意識を取り戻したクローディアは、騒がしい声が耳につく。

「クローディア=クロックフォードは何処だ!」

 ファッジの怒声だ。

 驚いて飛び起きたクローディアは、コンラッドの手を意識した。彼は、自らの唇に人差し指をあて、沈黙を示す。

「(出て行かないほうが良い。ファッジ大臣が来ている。おまえまで行くと、話が拗れる)」

 カーテンの向こうでは、ハリーの声も聞こえた。

「僕は騙されてない! ヴォルデモートが復活するところを見たんだ!」

「いやいやハリー、それは違う! 君はそう思わされている!」

 2人の言い合いに耐えきれず、クローディアは寝台から飛び降りてカーテンを払いのけた。

 カーテンの囲いから出てきたクローディアに、ファッジは肩をビクッと痙攣させた。医務室には、戻ってきていたダンブルドア、眉をより険しくしたスネイプもいた。

 皆、クローディアに注目していた。

 視線を気にせず、クローディアは口を開こうとした。その前にファッジが迫まり、彼女の肩を乱暴につかんだ。

「君の父親は、『死喰い人』のはずだ! 君がハリーにありもしない妄想を吹き込んだのだ! そうだろう! 君が原因だ! 君のせいで、ハリーは現実と妄想の区別がつかないんだ!」

 頭ごなしに怒鳴られても、クローディアはファッジが怖くなかった。彼の狼狽は、何かに似ている。そう、恐怖に怯えた自分の姿だ。

「あなたも……死んだ人に生き返られたら、恐ろしいのですか?」

 クローディアの憐みの視線を受け、ファッジは驚愕して離れる。

「違う、そんなはずはない……戻ってくるはずはない」

 怒鳴らずとも、響く声でファッジは否定した。

 突然、医務室の扉が開かれた。ワイセンベルクとスタニフラフが怪訝そうに室内を見渡す。

 そして、ファッジを目にしたワイセンベルクは、迷いなくツカツカと歩み寄る。

「『例のあの人』が、よみぃがえったのです。対策を明確にぃしまえんと、後手にまわりましゅう」

 ワイセンベルクに迫られたファッジは、まるで侮辱されたといわんばかりに顔を真っ赤に染め上げた。

「わかったぞ! そうやって、私を魔法省大臣の地位から追い立てるつもりだな!? ダンブルドア、外国人の魔法使いに取り入り、私を恥さらしにするのだろう!?」

 捲りたてるファッジの言葉が聞き取れなかったワイセンベルクに、スタニフラフが通訳を耳打ちする。

 ファッジの言葉を聞いたワイセンベルクは、それまで見せていた親しみのある老人の雰囲気を消した。まるで、ここが重要な会議場であるかのように、威厳に満ちた態度で言い放った。

「あなたが、この国ぃの魔法省大臣ですう。『例のあの人』に対し、宣戦布告を宣言しなければ、なりません。そうでなければ、多くの人が命を失います。我々ブルガリアはぁ、あなた方と共に『例のあの人』と戦う所存ですう」

 舌足らずだが、ワイセンベルクの意思の強さが、その場にいる全員に伝わった。

 気迫に押されたファッジは、目を泳がせて手先を弄ぶ。そして、全てに落胆した息を吐いた。

「わかった……、……わかった……。この件に『死喰い人』が関与していることは認める。だが、……だが、『例のあの人』のことは……どうか、待ってくれ」

 頭を掻きむしりながら、ファッジは息絶え絶えに呟く。

「そんな場合ではないのじゃ! コーネリアス、ヴォルデモート卿は決して待ってくれん」

 子供の言い訳のような口調にダンブルドアが喝を入れる。そこでシリウスは、ダンブルドアの肩に手を触れる。まるで校長を止める仕草だ。

「待ってあげましょう」

 情け深い言葉が、シリウスから出た。その場にいた全員が驚き、彼に注目する。

 ダンブルドアが否定的に眉を寄せたように見えた。それをシリウスは、躊躇わずファッジを気に掛ける。

「時間がないのは、わかっています。なれど、誰も彼もが強いわけではありません。このままでは、大臣を追い詰めることになります。そうなれば、ペティグリューの二の舞になってしまうでしょう。今思えば、あいつに戦いを強いたのは、私です。それがあいつを追い詰めていたのだと思います」

 予想外だったシリウスの温かい言葉に、ファッジは顔を伏せた。今にも、泣き出しそうな顔をし、帽子を深く被る。目元が見えない状態で、ファッジはハリーの寝台まで進む。

 膨らんだ袋を懐から出し、ハリーに手渡した。

「……君の賞金だ。誰に恥じることのない。……君の物だ」

 消え去りそうな声でハリーに告げると、ファッジは逃げる足取りで出て行った。

 ファッジが医務室から、十分に離れた頃合いでダンブルドアは皆を振り返る。

「こうなっては、仕方あるまい。やるべきことをやる。モリー、あなたとアーサーを頼りにできると考えてよいかな?」

「もちろんですわ」

 蒼白な表情だが、モリーの唇だけが強い意志を示すように引き締められていた。

「僕が父の所に行き、報せてきます」

 母の決意に呼応するように、座っていたビルが立ち上がる。彼の態度に、ダンブルドアは頷く。

「アーサーに事の次第を説明し、近々わしが直接連絡すると伝えてほしい。決してコーネリアスに気取られぬように十分、注意するのじゃ。あ奴は、まだ我々の側ではない」

「僕に任せてください」

 ビルはハリーの肩を叩いてから、モリーの頬にキスをして、速足で部屋を出て行った。

「ワイセンベルク大臣、すぐに国に戻り、周辺諸国に呼びかけてもらいたい」

「全ては盟約に乗っ取り、恙無く」

 握手を求めるワイセンベルクの手に、ダンブルドアは両手で握り返した。

「スタニフラフを伝達係にお使いください」

 ワイセンベルクは、クローディアを一瞥し、スタニフラフと共に医務室を後にした。

「ポピー、アラスターの所に行き、ウィンキーという屋敷妖精を元気づけてやっておくれ。それから、厨房に連れて帰って欲しい。そこにいるドビーが良いようにしてくれる」

「は、はい」

 自分に指示が来るとは思っていなかったマダム・ポンフリーは、驚きながら出て行った。

 医務室の扉を閉めたダンブルドアは、初めてクローディアを見やる。正しくは、その後ろだ。

「さあ、信頼を確固にするべき時がきた」

 ダンブルドアに応え、コンラッドはカーテンから姿を見せる。スネイプの眉間に深い皺ができる。

 コンラッド、スネイプ、シリウスの3人が何処となく睨みあうような雰囲気を放っていた。実際は、スネイプはコンラッドを睨み、シリウスは2人から視線を外している。

 コンラッドのみ平然とダンブルドアと視線を合わせていた。

「君たちは、同じ陣営なのじゃから、握手するのじゃ。よいか? 真実を知る者が少ない、結束せねば望みはないのじゃ。わかったな?」

 握手という単語に、コンラッドは嫌そうに口元を歪める。

「お互いのしがらみは、先延ばしということにしておきなさい。それで、手を打ちなさい」

 若干、キレ気味にダンブルドアは3人に握手を求める。

 一触即発の雰囲気で、3人の手が一つに握手された。コンラッドの差し出した手をスネイプが躊躇いながら乗せ、シリウスは目を合わさず、乗せた。まるで、犬のお手に似ている。

「当座はそれで十分じゃ」

 3人を見渡し、ダンブルドアは深刻さを消さない。

「シリウス、ニンファドーラと共に、昔の仲間に警戒体制をとるように伝えてくれ」

「でも」

 不安そうにハリーが声を上げる。シリウスとの別れが辛いのだ。ハリーの意思を汲み取ったシリウスは、彼の手を握る。

「またすぐ会えるよ、ハリー。約束する」

「…うん」

 自分の気持ちを堪え、ハリーはシリウスの手を握り返した。即座に犬の姿に変じたシリウスは、扉を押しのけるように、走り去っていった。

「コンラッド、トトと共に、彼の盟約に従う者達に、計画を実行するように呼びかけてくれ」

 続けて命じられたコンラッドの手が、クローディアの頭に置かれた。

 粗雑な置き方だが、微かに、震えを感じる。流石のコンラッドもヴォルデモートの復活に動じずにはいられない。クローディアは、彼を見上げた。いつもと同じ機械的な笑みは、何も語らない。

 それから、コンラッドはスネイプを一瞥し、医務室を出て行った。

「セブルス、君に何を頼まねばならぬのか、もうわかっておろう。もし、準備ができているなら、もし、やってくれるなら」

「大丈夫です」

 これまでと違い、スネイプに対する指示は曖昧だ。しかし、彼は理解していた。

 それがどれ程、危険かクローディアは想像したくない。あのスネイプの顔色が、普段よりも青ざめているからだ。

「それでは、幸運を祈る」

 スネイプは誰にも振り返らず、歩いていく。その後ろ姿をダンブルドアは心配そうに見送った。

「クローディア、寝台に戻って眠りなさい。モリー、ハリーと寝台を繋げておあげ。できるだけ、近くにいさせてやりなさい」

 それだけ言い残し、ダンブルドアもいなくなった。

 3人だけになった医務室で、モリーが杖を振るって寝台を隣り合わせにした。クローディアが寝台に横になる。お互いの息が聞こえる位置まで、距離が近い。傍に誰かがいるという実感が安心感を与えた。

 

 ――ドタ、バタ!

 

 窓のほうから、ぶつかり合う音がした。驚いたモリーが2人を守るように杖を構えた。

[捕まえた! 捕まえた!]

 窓の向こう側で、ベッロとクルックシャンクスが何かを奪い合っていた。

 ベッロを目にしたとき、クローディアはヴォルデモートの姿を脳裏に蘇らせた。

 出来れば今だけはヴォルデモートを忘れたかったクローディアは、布団を深く被り、無理やり眠ろうとした。

「ちゃんと薬を飲みなさい」

 モリーに叱られ、クローディアは渋々、さっきよりも濃い紫の飲み薬を飲み干した。

 

 




閲覧ありがとうございました。
はい、クラウチ氏に変装したクラウチJrでした。『忍びの地図』を誤魔化すには、これしか浮かびませんでした。マッド‐アイの義眼も、普通の変装なら見抜けないんじゃないかと思いました。

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